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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

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【第八章】 囚われの王女

11/15 誤字修正

6/19 台詞部分以外の「」を『』に統一


「要人失踪事件、という言葉をご存じですかな?」

 そう言ったバートン殿下は視線を窓の外からほとんど僕一人に向ける様に動かし、こちらの反応を待っている。

 記憶を探るまでもなく僕には聞き覚えのない言葉だけど、響きからして良い話であるはずがないことぐらいは明らかだ。

 とはいえ。

 聞いたことがありません。と、素直に答えてしまうのも心証はいかがなものか。

 そう考えて、返す言葉を探す一瞬の沈黙でそれを察したのか自然な流れに聞こえる様に説明を始めたのはセミリアさんだった。

「要人失踪事件、今日のサミットでも少し話題に上がりました。世界各地で王族や位の高い大臣、権力を持った貴族や商人が何者かに拉致され行方不明になるといった事件が増えている、そういう話でした。魔王軍の仕業である可能性が高い、という報告でしたが……」

「首謀者が誰であるか、ということまでは私共に知る由もありません。しかし、その魔の手が我々を襲ったのです」

 神妙な顔で語るバートン殿下の言葉にセミリアさんは目を見開いた。

「まさか……それは事実なのですか、バートン殿下」

「三日前、村が寝静まった真夜中でした。突如現れた男達に私の娘が連れ去られてしまったのです。門番の一人は負傷したものの、一人が密かに尾行し根城を突き止めるに至りました。しかし見ての通り村にはこの屋敷の衛兵を含めても二十に満たない兵士しかおらず娘を救い出すために送り出すことが出来ない。本城に派兵を要請している最中ではありますが、それもいつになるか分からないという有様でしてな。それが私の提示する鍵をお渡しするにあたっての条件です」

「つまり……囚われた王女を連れ戻して欲しい、と」

「王家の血筋を引いているというだけで王女というわけではないのですが、端的に申せばそういうことです。我々小国の兵士と違い高名な勇者殿であれば賊に遅れを取る心配もないとお見受けしての頼みです。どうか娘を取り戻していただきたい」

 バートン殿下は深く頭を下げる。

 先程言っていた『なりふり構っていられる状況ではない』というのはそういうことだったのか。

 王女であるかどうかは問題ではなく、人が不法に連れ去られた、助けてくれ、と言われて知らない関係無いと言ってしまえる人間は少数派だろう。

 だけどそれは口に出してしまうかどうかという話であって、加えて言えば助けようとするに至るだけの能力を持っているか否かによって返答は変わってきそうな話ではあるが、十分すぎる程にそれを持っている二人がいて、おまけに目上の人間に頭まで下げられてはやはり無下には出来まい。

 それでも損得勘定や我が身を第一に考えて行動するのがごく一般的な考え方だとは思う。

 僕の中にだって『どのみち鍵を貰うためには』なんて考えが無いことを否定することは出来ないのだから。

「コウヘイ」

「分かっています」

 それでも。

 僕みたく腹黒い打算をしないのがセミリア・クルイードという人間であり、いつだって世のため人のためが最優先のセミリアさんだからこそ僕が代わりに打算をしてでもこの世界で共に行動しようと思えるのだ。

「鍵なんて関係無しに助けに行こう、ということですよね」

「ああ、私はそうしたいと思う」

 力強く頷いたセミリアさんを見て、他の皆に視線を送ってみる。

 僕が意見を求める前に答えは返ってきた。

「康平たん、野暮な事は聞くなよ? 姫様を助けに行く冒険とか、お前それ俺が一番求めてたやつじゃねえか」

「ウチもええで~。どうせウチは何の役にも立たへんけど、困ってるモン見捨てるっちゅうんは人情の町、大阪の人間としては出来ひんしな」

「話が早くて助かります。サミュエルさんも悪人をやっつけて人助けをするためなら問題ないですよね?」

 極力機嫌を損ねぬ物言いをしたつもりであったが、案の定フンとそっぽを向かれてしまった。

 否定はしないけど分かった風な口で言われるのは腹が立つ、そんな心情を推し量るのもそろそろ慣れたものだ。

 理由はそれぞれだけど、とにかく方向性は決まった。

 本音を言えば夏目さんとミランダさんには留守番していて欲しいところだが、まず聞き入れてはくれまい。

 ならばまた、ここからは少しでも危険を無くすために、無事に帰ってこられるように考えるのが僕の仕事だ。

「それではバートンさん、犯人達の根城というのを教えていただけますか?」

「付近まで、ということになってしまいますが、馬車で送らせましょう。皆々様方のご決断に感謝致します。ですが、その前に娘の部屋を見て行ってはいかがでしょう」

「部屋を?」

「三日前から手付かずのままにしてあります。賊の根城も仮のものかもしれませんし、日頃目にすることのないあなた方が見ることで何か手掛かりになるものが分かるかもしれないと思いましてな。専属の使用人も立ち会わせますゆえ、侵入前後の話もさせていただきましょう」

「それもそうですね。情報は少しでも多い方がいいですし、よろしくお願いします」

 こうして前回に引き続き身分に王と付く人物の奪還任務を引き受けた僕達は第一歩として連れ去られた王女の部屋へ向かった。


          ○


 バートン殿下の部屋を後にした僕達は少し離れた王女の部屋へと移動した。いや、実際には王女ではないらしいのだけど……代わりの呼称も見当たらないので勝手にそう呼んでいるだけだ。

 くれぐれも中の物に触らないように、という約束の下、王女の専属使用人という中年の女性に案内され扉を潜ると三十畳ぐらいの広い個室に机が一つとたくさんの本棚に天蓋付きのベッドまである、いかにも権力者や富豪の子供に与えられた感じな部屋だった。

 全くと言っていい程に散らかっておらず、家具も本棚の中の本も壁に並ぶ額も四隅にいくつも置いてある花瓶や花も、生活の中で生まれる乱れが一切感じられない。

 精々机の上に一冊本が置いてある程度で、それ以外は生活感が感じられないレベルの整頓具合だ。

 こんなの人が連れ去られた痕跡どころの話ではない。

 偽物に変身していた男の様にまた物理的な理屈無視の超能力でも持っている相手と対峙しなければならないのではあるまいな……。

 兎にも角にも、これでは手掛かりも何もなさそうだが……せっかく入れてもらってこのまま出て行くわけにもいかないか。

「随分綺麗にしてあるんですね。当時のままだと聞いてましたけど」

 というわけで話を振ってみると、案内役の女性は物悲しげな表情を浮かべる。

「ええ、ララ様はとても綺麗好きな方でしたので。わたくしの仕事は精々床の掃除と寝具や衣類の取り替えぐらいのものでした。整理整頓もさることながら、物の位置が変わることも気になされるぐらいに几帳面で、出した物や使った物をそのままにして別の用事をされることすらしないという徹底ぶりでしたわ」

「でも、この机の上の本は出しっぱなしですけど何か理由が?」

 駄目だと言われているのを承知でこっそりその本の表紙をめくってみると、辞書ほどもある分厚い本にびっしりと文字が並んでいた。

 どうやら続き物の小説らしく、背表紙には④と書いてある。

「連れ去られたのが読書の最中だったのでしょう。殿下の言い付けで片付けないようにしていいるのですが……」

「読書の最中? 確か事件があったのは深夜だったのでは?」

「仰る通りです。ただ、この部屋を見ていただければ分かると思いますが、ララ様はとても読書好きな方でもありましたゆえ。寝付きが悪いと夜中に起きて本を読んでからまた床に着く、ということも頻繁にございました。その日も消灯したのを確認してこの部屋を出たのですが、結局起きてしまわれたのだと思います。手に取った本を途中で置くことは絶対にしないぐらいで、食事も睡眠も後回しで読書にふけることもよくありましたし、外に出る用事があると分かっている日はそれが終わるまで本を触らない、という決め事をご自分で遵守しておられたぐらいで」

「ふむ……なるほど」

「一度読んだ本は二度と開かない、なんて拘りがあるのですぐにいっぱいになってしまって」

「そ、そうですか……」

 得た情報。

 読書好き、綺麗好き……役に立つだろうか。

「セミリアさん、僕はもう大丈夫ですけど」

「コウヘイがそうであるなら私も問題はない。正直、争った跡もないようでは手掛かりにはならなそうだ」

「そうですね。では行きましょうか」

 というわけで天蓋付きベッドを輝いた目で眺めている夏目さん、なぜかジーッと衣服が積んである棚を至近距離で見つめている高瀬さん、一切興味がなさそうに扉のそばから動かないサミュエルさんに声を掛け、部屋を出ることに。

 そのまま屋敷を出た僕達は犯人達のアジトへ向かう前に村にある食堂のような雰囲気のお店に入り、昼食を取ることにした。

 既にバートン殿下の配下が馬車を出してくれているので食事が終わり次第、また僕達は危険に立ち向かうことになる。

 最後の晩餐になったりしませんように、なんて不吉な事を考えながら料理を待つのも束の間。待望のお昼ご飯が僕達の前に並んだ。

 正直言って僕もお腹はペコペコだ。

 あれだけ歩いたのだから当然といえば当然だが、そんな空腹具合を刺激するような良い匂いのする、この世界では二度目となる肉料理が人数分運ばれてくる。

「うっわー、めっちゃ美味そうやん!」

「これぞ男の料理って感じだな。欲を言えば骨付き肉にむしゃぶりつきたいところだったがな」

 特に空腹を訴えていた二人のテンションも上がりまくりだった。

 羊の肉であるらしい、サイコロステーキのような塊に甘辛いタレがたっぷりと掛かっている食欲を沸き立たせる事間違いない料理だ。

 確かに凄く美味しいけど、目立ってしょうがないしサミュエルさんがイラ立ち始めているっぽいのでもう少し静かにして欲しいところである。他に客も居ないので敢えて指摘はしないけども。

 そんな二人ははしゃぎながら、他の三人はごく普通にという食事の時間もそろそろ終わりそうになってきた頃、ふと思い出したことが一つ。

 端的に言えばマリアー二さん達の動向である。

 仮にも協力関係、同盟関係にある以上は無事でなければ色んな意味で困る。

 というわけで脇に置いたショルダーバッグから小型の液晶モニターを取り出して電源を入れると、隣に座るミランダさんが興味深そうに僕の手元を覗き込んだ。

「コウヘイ様、何をなさっているんですか?」

「ユノの人達はどうしてるかなーと思いまして」

 モニターの反応位置を見ると、東に三十キロ程の場所を示している。

 この国の広さによっては効果を失う可能性もあったが、なんとか受信範囲内だったらしい。

 発信機は最新の物なので携帯のGPSのように世界中どこでもとはいかなくても五十キロ以内なら現在地を特定することが出来る。

 衛生からの受信に切り替えれば地図情報も表示出来る製品だが、この世界ではそれも出来ないので方位と距離ぐらいしか分からないのだけど、地図が手元にあるおかげで大体の居場所は特定出来そうだ。

「向こうも予定通り、鍵が保管してある街に到着しているようですね」

「ほえ? どうしてそんなことが分かるのですか?」

 当然ながら発信機なんて物の存在を知らないミランダさんは首を傾げている。

 それどころか、いつの間にか他の面々までこちらを見て僕達の話を聞いていた。

 機械とか発信機なんて言葉を使っても中々伝わらないままに、どうにか言葉を選んで分かりやすく説明してみると、

「ほえー、コウヘイ様の世界には凄いアイテムがあるんですね~。でも、ユノの方達の居場所を知る為にはそのチップ? を向こうが持っていないといけないんですよね? いつの間にお渡ししたんですか?」

「いえ、面と向かっては渡してないですよ。さすがに一方的に居場所を知られるだけの物を素直に受け取るとも思えないので」

「そ、それもそうですね。でも、ではどうやって?」

「ここだけの話なんですけど……」

 それは、この国に来る途中の船の上での事だった。

 マリアー二王への報告役を代わってもらったセミリアさんがデッキから離れた後、僕は一人考える。

 仕込みの半分はこれで完了。

 残りの半分は自力でどうにかしなければならないのだが……さてどうしたものか。

「ジッとしてても何も変わらない、か」

 誰にともになく呟いて、僕は船内散策をするべくその場を離れた。

 しかし、そうはいってもこの船には合計十一人しか乗っていない。

 加えて、相手はあれだけ戦慣れしていそうな面子だ。そうそう気付かれないように仕込むチャンスはないと見ていいだろう。

「……あれは」

 何気なく、デッキを進行方向から見て後ろ側に歩いていくと、操舵室の窓から中にシャダムさんが居るのが見えた。

 物は試しだ、行ってみるとしよう。

 そう決めて、控えめに入り口の扉をノックをしてみると『入れ』と、短い答えが返ってきた。

「失礼します」

「なんだ貴様か、異国の王。何用だ」

 シャダムさんは僕を一瞥してそう言うと、すぐに視線を進行方向に戻した。

 舵を片手につまらなそうな顔で操縦に戻る姿は様になっているといえばなっているが、その芝居がかった口調は二人きりの時も変わらないらしい。そもそも誰が異国の王だ。

「邪魔でなければ少し見学させてもらえないかと思ったのですけど、操舵室という場所に入った経験がないもので」

「フン、好きにしろ」

「ありがとうございます」

 意外とあっさり許しが出た。

 僕はそのままきょろきょろと辺りを見回しながら、さも物珍しい光景に興味津々な人を装って壁際をゆっくりと歩いて回った。

 勿論、真の狙いは船内見学などではなく奥側の壁に掛かったシャダムさんの着ていた黒い上着だ。

 唯一にして最大のチャンスをふいにしてはいけないと、不自然なぐらい『へぇ~』とか『おぉ~』とか言いながら徐々に近付いていき、あたかも今その服に気付いたような大根芝居を挟んでその真っ黒な上着に手を伸ばした。

「おい」

 しかし、その手が触れる前に停止を余儀なくされる。

 振り向くと、シャダムさんはきっちりこちらを見ていた。

 ばれてしまった……どう言い訳しよう。

 と、内心焦ったのだが。

「俺の上着に触るな」

「すいません……格好良い服だなぁと思ったもので」

「そのセンスは評価に値するが、その闇の衣に不用意に触れると魂を乗っ取られるぞ。そうなれば二度と自我を取り戻すことは出来ないだろう。俺の様に闇を封じ込み、闇に己を封じ込ませるだけの暗黒の力が無い限りはな」

「………………」

 あれ? なんだこれ?

 勘付かれたり、怒ったりしたのかと思ったんだけど……これはまさか例の中二病というやつか?

 いやしかし、もしそうならば逆にチャンスなのではないだろうか。

 幸いこの手の人間の扱い方は高瀬さんで慣れている。

 要は脳内設定に合わせて持ち上げたり機嫌良くさせておけば寛容になってくれる、というだけだが……試してみる価値はありそうだ。

「僕のことなら、心配はいりませんよ」

「あ?」

 胡散臭そうな顔をするシャダムさんの前で、僕は掛かっていたその上着を乱暴に引っ張り下ろした。

 わざと胸についたポケットのあたりを掴み、背中の方をシャダムさんに向けることで予め握っていた発信機を入れることも忘れない。

 これで一応ミッションはクリア、あとは怪しまれないように事後フォローをするだけだ。気の進まない方法ではあるけども……。

「ほらね、大丈夫でしょう? 僕にはもう乗っ取る魂なんてないですから」

「無茶をしやがる、人の忠告を聞かねえ野郎め……しかし、魂がないとはどういう意味だ」

 自然な動きで上着を元に戻しつつ、今度はジャックを首から外してシャダムさんに突き付けるように差し出した。

 こればかりはある種賭けではあるが……。

「僕の魂はもう半分乗っ取られているんですよ、この闇のアイテムによってね。あなたなら分かるでしょう、同類のあなたなら」

「お前が……闇のアイテムに魅入られし人間だと? フン、笑止千万だな。贋作を掴まされる馬鹿は多い。大方お前もそのクチだろう、チンケなアイテムを手にして特別な人間になったつもりでいる、そんな凡人を腐る程見てきたぜ俺ぁよ」

「だったら……その耳で聞いてみますか? あなたも選ばれた人間であるならば、聞こえるはずです。この闇が生みし呪われた魂の声が」

 さてどう転ぶか。と思っていると、


『闇ノ帝王ノ復活ハ近ヅイテイル……ヨリ強大ニ……ヨリ残虐ニ……全テヲ滅ボスベク……戻ッテ来ルノダ』


 意外にも乗ってくれるジャックだった。

 今ばかりは、さすがは相棒と最大の賛辞を送りたい。おかげで僕の賭けは成功といったところか。

 もしジャックが乗ってこなければ『あれ? 聞こえないんですか?』とかいって煽ることで無理矢理乗ってもらうしかなかったので凄く助かった。それでもこの人なら簡単に乗ってきそうだけど……。

「クックックック、面白い。まさかこんなところで闇の世界に片脚を突っ込んだ野郎と出会うことになるとは」

「出会っていても名乗り合わないのが普通ですからね」

 知らないけど。

「なぜ貴様は闇に染まった異国の王よ。魂を捨てて何を望む」

「男には、例え魂を売ってでも力が必要な時というのがあるものでしょう。身を委ねる勇気があるかどうかは別にして、ね」

 知らないけど。

「フン、気に入ったぞ。俺も人間に混じって暮らすことに退屈していたところだ、何か困ったことがあれば俺を頼るといい」

「あなたの真の姿は一体……」

闇夜の(ナイトメア)皇帝(キング)と呼ぶ事を許可してやろう」

「分かりました、頼りにさせていただきますよ。キング」

 もう自分でも何がしたいのかよく分からなくなってきたが、シャダムさんが横目でこちらを見つつニヤリと笑ったのを確認して、僕は操舵室を出るのだった。

「と、いうわけです」

 ここで回想終了。

 正直、あのキャラを演じていた自分を自分で説明しちゃうというのは普通に恥ずかしかった。のだが、どういうわけか周囲はシーンとしていた。

「康平君……あんた一体何モンなん? ウチとおんなじ人間ちゃうやろ実は」

 それどころか夏目さんか引き気味だった。

 だからあんなキャラになりたくなかったのに……という後悔は少し的外れだったらしい。

 ちなみにジャックの事を知らないミランダさんは僕の顔とジャックを交互に見ながら首を傾げている。

「いやいや、僕は普通の高校生ですよ。ただこの世界も二回目ですし、前に来た時は慣れるのに時間が掛かったり考えが後手に回って後悔したことばかりだったので、戦えない僕がセミリアさんやサミュエルさんの役に立とうと思ったらこういうことしか出来ないですから」

「こういうことって……発信機を仕込むことなん?」

「というよりは、情報を得ることとか作戦、対策を考えること、頭を使うこと、じゃないですかね。あっちの居場所が分かるだけでも助けが必要になった時や、その逆の場合に動きやすいでしょうから」

「それにしたって随所に天才的な行動力を見せすぎちゃうん……可愛い顔して恐ろしい子やで」

「天才的は言い過ぎなのでは……」

「つーか何がナイトメアキングだ、この次元(ディメンション)(キング)を差し置いて」

「気が合いそうでなによりです」

 やっぱり言わなきゃよかったかな……。

 そんな昼食時だった。


          〇


 森を一つ抜け、村から三十分程の距離を馬車で走ると件の誘拐犯のアジトだという建物に辿り着いた。

 送るのは近くまで、という事前の約束通り少し手前で馬車を降りたのち歩いて今いるこの場所へ来たのだが、目の前にある石造りの小屋は確かに民家という感じではないことが分かる。

 周囲に何も無い枯れ野原にポツンと建ったその小屋は人が住んでいるとは到底思えない立地や風化の度合いだったが、幸か不幸か出入り口である扉の前に立つ一人の男がそんな分析を否定していた。

 僕達が小屋の存在を認識出来る位置まで近付いたのと同時に男の側もこちらに気付いたのは明らかで、見張り番らしき腰に剣を差したその男はジッとこちらを見たまま動こうともしない。

 お世辞にも綺麗な格好とは言えない茶色く袖の無い服に頭に巻いた手拭いと、見るからに盗賊とか山賊とか、そういったものを連想させる格好をしている。

「何をしてくるか分からない、警戒を怠らないようにしてくれ。特にアスカとミランダは決して離れるな」

 セミリアさんの言葉に、ミランダさんはやはり僕の背中に隠れる様な位置に回り込んだ。

 そんな中、夏目さんはというと……。

「すっごいなー、あれ。時代劇とかに出て来そうな感じやん」

 何故か普通に感想を述べていた。

 この人はあまり深く物事を考えないタイプというか、来る途中で見た狼人間で早くも慣れ始めてしまった感があるという善し悪しは別としてある意味逞しい人だったらしく、

「連れてきてくれ言うたんはウチや。難しいことなんかなんも分からんけど、こういうゲームみたいな世界に来れたのも、皆と出会えたこと自体もウチの財産やと思ってる。せやから今してるこの経験もちゃんと財産にしたいねん、今更お留守番しとけなんて言わんとってや。危ないとか怖いとかも確かにあるかもしれんけど、自分だけそれから逃げとったら格好悪いしツレって呼ばれへんくなるしな。あの二人や康平君が守ってくれるんやろ? 頼りにしてるで!」

 なんてことを、出発前に夏目さんとミランダさんの同行を一応の反対をしてみる僕に笑って言うのだった。

 赤信号みんなで渡れば怖くない。とか、大体のことはノリで解決する、とか意味不明な前向き発言を連発していたあたりは少し不安だが、前回から含めてこういう仲間意識を持ち出されては強く反対出来ないのが人情だと思って諦めるしかない。

 そんなことを思い出している間にも小屋の前へと到着。

 高瀬さんやサミュエルさんあたりが問答無用に襲い掛かっていきそうだと心配していたのだけど、高瀬さんは馬車の後遺症でテンション低いモードだったし、サミュエルさんは一緒に来たものの全然やる気がなさそうだ。

「何の用だ」

 目の前数メートルに立つ盗賊風の男が先に言葉を発する。

 それに答えたのは先頭にいるセミリアさんだ。

「知れたこと、貴様等が連れ去った王女を返してもらおう」

「フン。ようやくのお出ましか、随分とのんびりしているものだ。しかも女だらけの討伐隊とは笑わせる。だが、まあいいだろう。ボスを呼んでくる、少し待っていろ」

「……ボス?」

 反復するセミリアさんの言葉を無視し、男は小屋に入っていく。

 不敵な笑みに加え、あっさりと背を向けるあの態度……。

「随分と余裕があるみたいですね……焦ったり慌てたりということもしないし、僕達を前にして武器を取ることもしない。急に攻撃されたり、そのまま中に乗り込まれるということを考えないのでしょうか」

「うむ、コウヘイの言う通りだな。余程の準備があるのか強さに自信があるのか。あの男にそれだけの強さがあるようには見えないが……」

「どちらにしても、そのボスとやらの存在が問題になりそうですね」

「毎回毎回難しく考えすぎなのよアンタ達は。ただ愚鈍なだけってことも十分にあり得るじゃない。ボスだかなんだか知らないけど、たかだか人攫いの賊に負ける心配なんてないわ」

「サミュエル、油断などするものではないぞ。どんな相手かも分からんというのに」

「油断なんかしてないっつーの。余裕ぶっこいてるだけ」

「大して違わん!」

「というか……相手が強いとか弱いとかの前に人質が居ることをお忘れなく」

「その通りだ、王女を取り戻すことが目的だということを忘れるなサミュエル」

「それも心配いらないわよ。怪我してようが死んでようが連れて帰るのが条件なんだから、今五体満足で帰りにそうじゃなかったとしてもあいつらのせいにしておきゃどうにでもなるじゃない」

「それではどちらが賊か分からんぞ!」

 セミリアさんが若干苛立った様子で詰め寄った。言いたくはないが、なぜ今この場で口論ができるのか……。

 そんな本気かどうかも分からないサミュエルさんの発言に憤慨したセミリアさんが捲し立てるという難儀な図も、入り口の扉がガチャリと開いたことで言葉の応酬が止まる。

「あ、出て来たで」

 夏目さんが指差す先から現れたのは三人の男だった。

 先程の男にもう二人、えらく太った横幅の広い男とガッチリとした体格の男が加わっている。

 歳はそれぞれ三十前後あたりだろうか。似た様な格好をしている男三人が横並びに立つと、ガタイの良い男が最初に口を開いた。

「よく来たな。と、ひとまずは言っておこう。目的は聞いた、さっそくルールの説明をさせてもらおう」

 ルール。

 この場に似付かわしくないその単語に、真っ先に食い付いたのはサミュエルさんだ。

「ルール? 何言ってんのアンタ、私達が遊びに来たとでも思ってんじゃないでしょうね」

「そんな愉快な勘違いをする愚か者だと思われているのであれば腹立たしい限りだ。お前達は娘を助けに来たのだろう、今からその娘を賭けて決闘をしてやろうというのだ。ルールがなければ決闘は始まらない」

「はっ、人攫いの分際で格好付けんじゃないわよ。私達がそのルールを律儀に守ると思ってるならやっぱりあんたはただの馬鹿ね。アンタ達全員ぶっ殺して王女を持って帰る、それで全部終わりじゃない」

「それをさせないためのルールだということにまで理解が及ばないか女よ。勇ましいだけが強さだと思っているのであれば見た目通りただの幼き戦士でしかないようだな」

 カチン、という音が聞こえてきそうな勢いでサミュエルさんの顔が引き攣った。

 素早く背中に付けた二本の刀を取り出し、今にも宣戦布告の言葉を発しようとするサミュエルさんだったが、男の声がそれを遮る。

「その意味を教えてやろう。中に入るといい」

 男は扉を開くと、招き入れようとする形でその扉の中へと促すポーズを取る。

 罠か、何か他に狙いがあるのか、勿論素直に中に入れてもらおうとする者は僕達の中には居ない。

「中で何をしようというのだ」

 セミリアさんも訝しげな表情を浮かべる。

 何を言われようと連中を信用出来るはずなどないが、折り合いが付かないから帰るという選択肢は僕達にはない。

 王女を取り戻すために向こうが条件を出すつもりならば、少なくとも聞くだけでも聞いてみない限り話は進まないのだ。

「そう警戒しなくてもいい。俺達が言い出したことだ、俺達もルールは守る。ただその前に娘に合わせてやろうと言っているのだ」

「……王女に? どうする、コウヘイ」

「入るしかない、ですかね。わざわざ王女に合わせようとする意味も分かりませんし、罠である可能性がほとんどって感じですけど。諦めて帰るわけにもいかないでしょうし、ルールの意味も気になります。連中の言う決闘以外に王女を取り戻す方法があるのかどうかも含めて、ここで言い合っているだけでは判断が出来ません。罠だった場合に無事で済むかどうかが問題ですね」

「なるほど……だが一つ言わせてもらえるならば決闘を受けてもいいと私は思う。いや、むしろそれで済むならそうした方がいいとさえな」

「どういうことです?」

「正直に言えば、あの三人に勝てばいいというのはさほど難しい条件ではない、ということだ。どんな武器や能力を扱うのかは知らないが、戦闘で苦労するような相手ではないということは見れば分かる」

「そ、そうなんですか?」

「コウ、クルイードの言う通りよ。あいつらじゃ私かクルイードどっちか一人いれば三人纏めて楽に倒せる、そんなレベル。だからこそあいつらもルールなんて言い出すのよ」

「向こうも実力の違いは分かっている、ということですか? だとしたらそのルールというのは僕達にとって不利なものである可能性もあるってことですよね」

 そもそも、なぜ決闘を望んでいるかのような口振りなのか。

 なぜ王女を連れ去りながら三日経った今なお同じ場所で過ごしているのか。

 そしてやり合う前に王女に合わせようとする意味は……こうも色々と説明が付かないことが多い状態では自分達がどうするべきかの決断も難しい。

 ならば、

「では、僕が一人で中に入ります」

 嫌だなぁ、怖いなぁ、と思う気持ちしかないけど。

 だからといって他の誰かに代わりに行かせるわけにもいかず、万が一の事が起こった場合に皆が無事に逃げ帰るためにはこうする他にない。

 セミリアさん、サミュエルさんの言葉が事実ならば二人が残ってさえいればあの人達にやられてしまう心配は少なくて済む。

 勿論夏目さんやミランダさんに囮になってもらうわけにも行かないし、罠だった場合や中に入ることで捕まってしまった場合に少しの可能性に賭けて駆け引きが出来るのは僕しかいないのだ。

 罠でなければ少しでも情報収集をしなければいけないことも含めてこの人選しかない、そんな感じだ。

「しかし、コウヘイ一人が危険なことに代わりは無いではないか。せめて私も行かせてくれ」

 そんな説明では納得してくれないのがセミリアさんである。

 自分以外の誰かが犠牲になる方法を嫌う、それは当然の様で当然でも簡単なことでもない。仲間想いのセミリアさんだからこそ言える言葉だろう。

「どのみち危険が伴うのであれば全員よりは一人の方がいいじゃないですか。個々の安全度を比較した時にこれが一番なんです。情報収集は僕の仕事、これは今回それなりに拘ってきたことですしね」

「だが……だからといって」

「時間も無限じゃないですし、納得してください。王様代行権限です」

 ちょっとズルい方法かなと我ながら思う。

 それをどう感じたのか、セミリアさんは僕の肩に手を置く。

「そう言われては反論できないことを分かって言うか……お主という奴は。だが、私は罠だと察知した段階で乗り込むぞ。あとでどんな罰を受けようともこれだけは譲れない」

「出来れば安全な方法でみんなを無事に帰して欲しいんですけど、その後の展開までは予想してもきりがないですし、臨機応変にという前置きの上でお任せしますよ」

「コウ、もしアンタが死んだらアイツ等もそうしてやるから安心して死になさい」

「ちょ、サミュやん縁起でもないこと言いなや。康平君、ホンマに大丈夫なん? やめといた方がええって絶対」

「危ないからやめておく、では僕を必要としてくれた人達に面目が立ちませんからね。前も最後の方までそんな状態で心配するしか出来ないことばかりでしたし、たまには心配される側に回らないと王様に合わせる顔がないというものです」

「康平たん、お前の男気しかと受け取った。骨は拾ってやるぜ」

「あ、ありがとうございます……」

「コウヘイ様……わ、わたしも一緒に」

「駄目です」

 僕を見上げるミランダさんは涙目だった。

 一つだけ言いたい。

 可能性の高低とか、そうだった場合の対処としての人選であり配置なのに既に死ぬ事確定みたいな送り出され方してません?

「多分大丈夫だと思うのでそこまで深刻にならないでください」

 中に招き入れることが目的ならばもう少し方法もあっただろう。

 見張りがいなければ勝手に中に入っただろうし、見張りが逃げた振りでもすればそれでも同じ結果だったはずだ。

 一度中に入って仲間を呼んだ上でそうしようとすることが上策だとは思えない。裏をかいてそうしているなら向こうが一枚上手なのかもしれないけど、果たしてどう転ぶか。

「お前一人か?」

 五人を残して男達の方へ近付くと、やはり発言するのはガタイの良い男だけだ。

 この男がボスなのか、他の二人は口を挟もうともしないな。

「ええ、遠慮無くお邪魔出来る間柄でもありませんし王女の無事を確認するにしても、ルールの説明を受けるにしても僕がさせていただきます」

「結構、では中に入れ」

 お邪魔します、と言える雰囲気でもないのでそのまま恐る恐る扉を潜る。

 決して広いとはいえない小屋の中は、半分が無理矢理設置したような檻になっていて余計に狭く感じられた。

 その半分程のスペースにテーブルやソファーが置いておあり、そのテーブルの上には食べ物や飲み物が散らかっている。

 そして、その鉄格子の向こうには一人の女性がいた。

 歳は僕と余り変わらない女の子は僕に気付くと手に持っていた本を置いてこちらに駆け寄ってくる。

「お前を助けに来たそうだ。外にも何人か居るが、王族が攫われたというのに助けに来たのがガキばかり六人で、しかも半分以上が女とは舐められたものだ」

 僕に続いて中に入ってきたボスらしき男は冷笑する。

 平均年齢然り、性別のバランス然り僕も全く同意見だし、僕の感覚からするとそれは当たり前の発想だと思うので意外と気が合いそうだ。

 しかしこの女性、檻に入れられてても本を読んでいるって読書好きにも程があるでしょう。

 中にはベッドが一つあるだけだし他にやることが無いといえばそれまでなのだが、しかしそんなことよりも……。

「わたくしを助けに来てくださったのですか!? お願いです、ここから出してください」

「え、ええ。お父様に頼まれて助けに来ました。どうにか一緒に帰れるようにしますので少し待っていてください」

 極力冷静に聞こえるように王女に言葉を返し、僕はボスっぽい人に向き直る。

「それで、中に入れてもらえた意味はなんだったのでしょうか。王女の無事を確認させてくれた、というわけでもないですよね」

 幸い罠らしき物もなければ連中にそんな動きもない。

 僕としては心の中で凄まじい勢いで安堵の息を吐いているわけだけど、ならば彼らの目的はなんだったのだろうか。

「それも一つといえば一つだが、言っただろう。ルールの説明だとな」

「ルール……」

「最初に言った通り、俺達三人と決闘をしてもらう。お前達が勝てば女は返してやるが、それ以外の方法で取り戻す方法は無い。見ろ」

 男が指差したのは檻に付けられている錠だ。

 鍵穴があるタイプではなく、番号を合わせるタイプのものだと一目で分かる。

「鍵を開ける番号は俺達しか知らない。間違った番号を打ち込んだり、それ以外の方法で中に入ろうとすると……ドカンだ」

「ド、ドカン?」

「牢の中の壁を見てみろ」

「あ、あれは……」

 王女の居る鉄格子の向こうに目を向けると、壁の上の方に拳ぐらいの石らしき物がいくつも貼り付けられていた。

 あれは一体……。

「俺様特性の爆弾石よ。あれだけの量があれば小屋ごと吹き飛ぶぜ」

 そこで初めて、太った男が口を開いた。

 いや、そんなことよりも。爆弾石というのが言うまでもなく文字通りそういう物なんだとしたら……。

「そう、それがルールだ。ルールを破れば女は死ぬ。俺達三人に決闘で勝つ以外に救い出す方法はないということだ」

 なるほど。そういうことか。

 やはり人質という表現は間違いではなかったらしい。

 これでは勝ったところで約束通り王女を返してくれるかどうか……それでいて身代金を要求してくる誘拐犯を相手にしているが如く言いなりになるしかないというある意味最悪の状況だ。

「心配するな、お前達が勝てば女は返す。下らん悪足掻きはしない」

「どうして……そこまでルールと決闘に拘るんですか? 人攫いなんて真似をするあなた達が律儀にルールを守る意味とは……」

「簡単な話だ、俺達は王家が憎いわけでも金が欲しいわけでもない。ただ強い奴と戦いたい、それだけだ。分かったらさっさと仲間のところに戻って事情を説明してこい。決闘は一対一を三戦行う、お前達の勝利条件は三勝することのみ。一度戦った者が再び戦うことは出来ない。理解出来たなら行け」

 少し乱暴に背中を押されて僕は小屋を出される。

 王女の縋るような顔を横目に外に出ると、無事を喜んでくれたみんなの所に戻り、中で見た事、聞いたことを説明した。

 確かにルールはあったし、彼らの言いたいこともまぁ分からないでもない。

 しかし、今になって考えてみると、閉じ込められている王女、あの男の腰の剣、そしてバートン殿下の屋敷で見たもの、これはもしかすると……。

「コウヘイ」

「………………」

「コウヘイ?」

「へ? ああ、えーっと……なんでしたっけ?」

「どうしたのだ、そんな深刻な顔をして」

「そりゃ深刻にもなるやろー。中に爆弾仕掛けてあった、なんて話聞かされたら」

「ええ、それもそうなんですけど、少し考え事がありまして。それで、何の話でしたっけ」

「誰が決闘に臨むか、という話ですよコウヘイ様」

 ああ、そうだった。

 例によって高瀬さんや夏目さんのせいで話がいちいち逸れるから僕も違う事を考えてしまうんだ。きっとそうだ。

「リーダーはコウヘイだ、お主が決めてくれ。私達はその決定に従う」

「分かりました。といっても、実質四人の中から三人を選ぶのでほとんど采配も何もないんでしょうけど……セミリアさん、サミュエルさん、僕ということで」

「ちょっと待ったぁぁぁ! 俺が馬車要因とはなんたることか」

 そんな高瀬さんの待ったも予想通りだったけど、今回は納得してもらわなければならない。

「高瀬さんは狼の化け物を格好良く退治したじゃないですか。今回は相手が人間ですし、高瀬さんの強力過ぎる武器は相手が可哀相ですよ」

「む、そう言われるとまあ俺様最強説的にはもっともだが……康平たんで大丈夫なのか?」

「相手次第ですね。無理だと判断したら高瀬さんにお願いすることにしますので。切り札は温存しておかないと」

「そこまで言われりゃしゃーねぇな。いつでも俺を召還しろ」

 ありがたいぐらい簡単な人だった。

 こんなところでサミュエルさんの作戦が役に立つとは思いもよらない。だけど、おかげで準備も整った。

「相手次第って、誰が誰とヤるかは決めてるわけ? 正直全然楽しそうじゃないし、私は誰でもいいけど」

「それなんですけど、僕はあの太った人に当ててもらいたいです。残りはお二人で決めていただいて構いませんので」 

「コウヘイ、それでは体格差が一番大きい組み合わせになるのだぞ? 大丈夫なのか」

「体格差よりも見ての通り他の二人は武器を持ってますからね。ボスの人は斧、もう一人は腰の剣、唯一武器を持っていないのがあの太った人なんです。凶器を持った相手に接近戦を挑まれたら僕にはどうしようもない、というわけです」

 凶器よりも恐ろしい物を持っているのは一目で分かるのだけど、僕が盾を生かそうと思った場合には一番条件が軽くなることに違いはない。

「では言う通りにするとしよう。サミュエルはどうする?」

「じゃ、斧の奴で」

「しっかり一番格上を取るのだな。お前らしいといえばお前らしいが」

「あんな連中じゃどれも大差ないでしょ。一振りで殺して終わりよ」

「そのことなんですけど、セミリアさんとサミュエルさんにお願いがあります」

「……なーんか嫌な予感がするんだけど?」

「お願いとは何だ、コウヘイ」

「今までの話からお二人が負ける心配はいらないということは分かったんですけど、勝つにしても相手を殺さないように勝って欲しいんです。殺さないというか、自分が無事でいられる範囲で出来るだけ相手のダメージも少なくさせる様な、そういう勝ち方を」 

「はぁ~、まーたそんな話? アンタは毎度毎度敵のことまで助けようとして……そこまでいったらお人好しを通り越してただの馬鹿よ」

 お人好しだから言っているという自覚はこれっぽっちもない。

 僕は悪人は捌かれて然るべきだと思っているし死刑だって賛成派だ。

 事実偽物の王様になっていた二人は死んでしまっても仕方ないというつもりで戦いを見届けたし、殺さないで欲しいというのはその時の事情によるものでしかない。

 例えば相手が子供だったり、今回で言えば人間だったり、そうでなくても今僕が感じている疑念だったり色々だけど。

「サミュエル、悪人とはいえ相手は人間だ。反乱組織でもないただの山賊の様な連中まで殺す必要は無いと私も思うぞ。裁くのは法律がすべきだろう、ましてや命のやり取りをしなければ勝てない相手でもない」

「アンタの良心なんて知ったことじゃないわね。悪人は討たれて当然、法を犯すことは殺されても文句は言えない行為、そういう法律があることも事実じゃない」

「サミュエルさん、確かに相手が人間であるということも理由の一つですけど、王女を助けるためには必要なことなんです」

 不機嫌さが増すサミュエルさんだったが、その言葉の意味をボソリと呟いたのはミランダさんだった。

「そうか、相手を死なせてしまってはその錠の番号を聞き出せない、というわけですねコウヘイ様」

「なるほど、鍵ってもんがあるんやったら後で奪えばいいけど聞き出さなアカン以上生きててもらわな困るんか。そんなこと関係無しにウチは人が殺されるようなとこ見たくないけど……トラウマなりそうやわ」

「だけどよー、一人生かしときゃ問題無いんじゃね? 番号は三人とも知ってんだろ?」

「アホやなーTK、仲間殺されて平気で教えてくれるとは限らんやろ。むしろヤケクソなって道連れにーとか言って爆弾爆発させられたらどないすんねんな」

「そりゃそうだが、アホは余計だゆとり」

「誰がゆとりやねんハゲ」

「誰がハゲだぁぁ!」

 せっかく的を射た意見だったのに結局話が反れる二人は置いておいて。

「大体そういうことなので、お願いしますサミュエルさん」

「わーかったわよ。ていうか元々素手でやるつもりだったし、死にゃしないでしょ」

「え……相手は斧を持っているんですよ? 勇者様」

「だったら何? ほらコウ、さっさと連中に準備出来たって伝えて来なさい」

 ミランダさんの心配そうな顔から目を反らし、こちらの作戦会議が終わるのを待ってくれている三人組の方をアゴで差すサミュエルさんの言う通りに僕はボス風の人へと報告へ向かった。



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