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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑫ ~Road of Refrain~】
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【第六章】 団欒の時

12/9 誤字だらけだったので一通り修正


 その後、メイドさんの一人に案内されて大部屋へと通された僕とユノの一行。

 あの当時と変わらず僕を受け入れてくれることにすくなからず安心した気持ちはあるけれど、どうにもこのファミリー感満載の和気藹々とした雰囲気には慣れるのに苦労しそうだ。

 前に一緒にいた時は事態が事態とあってピリピリした空気のことが多く、それどころではなかったのでそこまで意識することもなかったけど、男女比率がこうも偏っているとそこに混じってワイワイやることに若干の抵抗があるというか。

 この国にはラルフ兄がいるし、シルクレア王国であればハイクさんやアルバートさんがいるからまだ馴染み易いのだが、こうも女所帯だと自分自身の場違い感というか異物感が凄い。

 しかもここに守護星が加わるというのだからもうどうしたものかという感じである。

 つまりは女八人対男一人になるわけで、心細さも尋常ではなさそうだ。

 いや、別に不満とかではないし皆良くしてくれているのも理解しているし、露骨というか過剰なまでに僕を含めて一体感を出そうとしてくれるので居心地が悪いだとか孤立する様なことは一切無いと分かってはいるんだけどさ。

 ナディアは正式に奥さんということになり、ウェハスールさんとエルは姉だと言って譲らず、キャミィさんに至っては僕の従者になる決意を勝手に固めているので受け入れ態勢が行き過ぎなのではという感じなんだけど。

 エルは未だテンションが高いままで僕に負ぶさっているし、ナディアはずっとニコニコしながら腕を組んだままだしと別の意味でメンタルが持たなそうだな……そんなことを口にする程に愚かなつもりはないのでどうあれ頑張るしかない。

 余談ではあるがそういった人間関係があることを知っているのかいないのか、部屋に案内される途中で廊下の角からミラとラルフがジト目で覗いていたことには気づいていないふりをした。

 そんなこんなで部屋に入るとソファーに腰を下ろし休息のひと時を迎える。

 常日頃そういう役回りなのか当たり前の様にウェハスールさんが全員分の紅茶を煎れてくれていて、その間に別の侍女が運んできてくれた茶菓子が先にテーブルに並んだ。

 僕は真ん中に座らされており、両サイドで変わらずナディアとエルががっちり寄り添っている。

 というよりは密着し過ぎて身動きが取り辛いレベルである。

 エルは僕に背中を預ける格好でもたれ掛かっているし、ナディアは未だに腕を組んだままで、これでは寄り添っているというよりは拘束されているのではないかと錯覚しそうになるんですけど。

 キャミィさんだけが何故か座らずに後ろに立っているし。

 女性陣が着替えている隙に耳打ちしてきたウェハスールさん曰く『わたしを含め皆がコウちゃんに感謝し恩を感じているということも勿論あるんですけどねぇ、あんな風にせっかく仲良くなった傍から離れ離れになってしまったので先程言った通り皆寂しく思っていたんですよ~。エルもずっと会いたがっていましたし、姫様なんて特に。一世一代の恋を叶えた直後にお別れしてしまったわけですから、心の中で恋心が倍々ゲームになってしまってコウちゃんのことを話に出さない日は一日も無かったですから~。というわけで愛妻と妹の気持ちをしっかり受け止めてあげてくださいね~』とのことだ。

 そう言われると少し離れてくれという指摘もし辛くなる。

 きっと僕がこういったコミュニケーションが苦手なのを察して先回りした節も微かに感じるのが悩ましいところだけど、ウェハスールさんは主君だからとナディアの味方をしているわけではなくもっと仲良くなって欲しいと心から思っての行動だと分かるからこそ余計にだ。

 とはいえずっとこのままでは色々と困るのでそれとなく言ってみるしかない。

 こうやって遠慮混じりの口振りになるから効果が薄いことにそろそろ気付けという話なのだけど。

「……ナディア」

「はい?」

「随分と距離が近いね」

「はいっ、近いです。こうしているだけでも満たされた気持ちでいっぱいです♪」

「…………」

 うん、説得とか無理だね。

 その眩しささえ覚える満面の笑みを向けられて誰が離れてくれと言えるというのか。

「お待たせしました~」

「ありがとうございます」

 そんな葛藤の間に五つのティーカップがテーブルに並ぶ。

 黙って用意されるのを待つのが性に合わない僕は手伝おうとしたものの、その申し出はあっさりと遠慮されたのでせめてとばかりにお礼を述べていた。

「レイラ、あなたも席に着いていただきましょう?」

「は。構いませんか我が君」

「…………」

「王子?」

「へ? ああ、そうか……僕のことなんでしたね。いや勿論どうぞ座ってください……というか、むしろ最初から座っていてもらった方がありがたいですし、何なら僕の許可とか要りませんよ?」

「いえ、忠僕として分を弁えぬ愚かな真似は出来ません。どうぞお気遣いなきよう、我が君」

「忠僕って……別に僕に仕える必要はないですよ本当に」

「…………」

 何故そこで無言に。

 前にもあったな似た様なシーンが。

「王子、どうかそう仰らないでください。少々不器用が過ぎるのではとわたくしも昔から言い続けてはきたのですが、どうにもこれがレイラなりの恩への報い方だと譲ってくれないのです。従者として扱えとは言いませんので、王子を含めわたくし達の家族としての在り方や関係性の一つとして受け入れてあげては貰えませんか?」

「まあ……ナディアと古くからそういう関係だってことは聞いているのでそれ自体はいいんだけど、せめて対等な関係がいいというか我が君はやめて欲しいというか」

 確かナディアのお母さんにも大きな恩があって、それゆえにナディアを守るために傍にいるという話は以前に自ら明かしたことがあった。

 そしてナディアの従者として傍らに控えているからには立場的に僕相手にも似た対応、態度になることもまあ理解は出来る。

 とはいえそんな呼称はさすがにこっちが気を遣うというものだ。

「ナディアとも従者というか護衛みたいな関係でも家族として接しているんでしょ? なら僕も上下関係はいらないからさ」

「わたくしも昔から幾度となくそう言ってはいるのですが、本人が忠を尽くすことに過分に誇りや使命感を見出しているため中々聞き入れて貰えずといった具合でして」

「うーん……なるほど、と言っていいものか」

「こちらの接し方一つだとわたくしも諦めておりますので王子も同様にしていただけると嬉しいのですが……」

「そういうことでしたら、まあ……ただ呼び名だけは変えて欲しいところではあります」

「レイラもそれなら構わないわよね?」

「御下命とあらば。ですが、どの様にお呼びすれば?」

「ではでは、コウちゃんは姫様の夫となったわけですしご主人様というのはどうでしょう~? 仰々しくもなく、他の者にも関係性が伝わる良い折衷案かと」

 横からそんな提案をしたのはウェハスールさんだ。

 確かに仰々しさは幾分マシなのだろうが、意味合いが変わっていないのに折衷案と言ってもいいのだろうか。

 悲しきかなナディアはノリノリだけど。

「それは良い案ねケイト。レイラも構わないかしら?」

「はっ、では今後は御主人様と」

「王子も構いませんか?」

「まあ……うん」

 普通に名前で呼ぶという選択肢がないのであれば『我が君』よりは百倍マシか。

 そもそも呼び方の話をするならばナディアの『王子』だって意味不明なわけだし、正直人前で呼ばれた時の恥ずかしさはそれこそ百倍増しなわけだし。

 これに関しては説明を求め、回答を得た上で意味不明なままなのでもうどうしようもない。

 日本人の感覚で恥ずかしいとか大袈裟だとか思う僕と、身分制度や主従関係が存在するこの世界の一般的に差があるのでやっぱり平行線な議論であり、ここにいる以上は最大限僕が折れたり慣れたりしなければならない問題の一つではあるのだろうけど。

 そんなわけで僕が『ご主人様』と呼ばれることと僕の方は皆と同じく『レイラ』と呼ぶことまでが決まり、雑談の中身は必然的に明日からの話に移っていく。

 ちなみに夕食の用意が間もなく始まるとのことなので茶菓子に手を伸ばすのはエル一人である。

「皆はフローレシア王国に行ったことはあるの?」

「レイラを除けばわたくしが一度だけ。立場上数年に一度は天門の状態を確認に行かなければなりませんので。それとは別に数年に一度フローレシアの王が訪ねて来る決まりになっております」

「ということはマクネア王とは顔見知りってことになるのか」

「一応は、というレベルではありますけれど面識はあります。王子も前回の旅でご一緒した時に入国したのでしたね」

「うん、ナディアから預かったネックレスがなかったら入れてもらえなかっただろうけどね」

「わたくし……というよりはユノ国王とその従者以外に入国許可が与えられることは原則ありませんからね。きっと王子は歴史上唯一の例外でしょう。今日この日までは、ですが」

「明日からは違うの?」

 というか僕の前にサミュエルさんが国外から通っていたという話なのだけど、生まれがフローレシア王国という話なのでまた別になるのかな。

 どちらにせよ誰も知り得ない話だろうから周囲の認識は変わらなそうだけども。

「見送りにクロンヴァール陛下が来られるとのことです」

「なるほど……そりゃそうか。というか面識の話をするならエルだってマクネア王と知り合いなんだよね?」

「ほえ? ああ、オズ? 昔そうだっただけで今は全然接点無いけどね、いつの間にか王様になってたけどサミットの時に姿を見掛けたぐらいで会話もしたことないし」

「そっかぁ」

 エルは何とかっていう過去に滅んだ国の出身で、そこにサミュエルさんやマクネア王にあの偽聖職者とレオン? とかって人が古馴染みで幼少期を過ごしたという話ぐらいは聞いている。

 なぜそこから一国の王になったり世界の破滅に手を貸そうとするテロリストみたいなのになったりするのかは全然分からないけど、筆舌に尽くし難い複雑な事情がありそうだ。

 これまた随分前の話になるけど、サミットの時に見たエルとサミュエルさんの険悪具合が全てを物語っている。

 その辺りの話題に安易に触れるのは躊躇われるので僕がフローレシアに行った時にサミュエルさんがいたことは伏せておいた方がいいか。

「エル、すぐに夕食にお呼ばれするんだから程々にしておきなさいよ~」

「もご、あべぶぶがが……」

「そんなに口一杯に詰め込まなくても誰も取らないから……」

 呆れるナディアにウェハスールさんも苦笑い。

 当然と言えば当然だけど、肩肘張っていた先程とは打って変わって安らかな空間であることが僕にも伝わって来る。

 どちらが正解という話でもないのだろうが、クロンヴァールさんの所は逆にしっかりし過ぎて常に大なり小なりの緊張感があるので僕の背筋の伸びっぷりも大違いだ。

 そういう意味でもエルの末っ子キャラというのは大きな意味合いを持つのだろう。

 どこか懐かしさもあるそんな感想を抱きつつ少しばかり他愛の無い談笑の時間を経て、お迎えの侍女さんがやってきたタイミングで晩餐のために揃って部屋を移動するのだった。


          〇


 時刻で言えばまだ三時とか四時とかといったところ。

 明日に備えてという意味と、異国の要人を歓待する意味とで早めに設けられた夕食の席。

 ゲストを迎えた時に使うための広い晩餐室の長いテーブルに僕達は向かい合って座っていた。

 僕の隣にはジャックが居て、向こう側には同じく招かれたアイミスさんが座っており正面にはユノの面々が並んでいる。

 所狭しと並ぶ様々な料理にほぼジャックのためだけに用意されていると言っても過言ではないワインが何本も広がっており、如何にも宴といった様相だ。

 というか既に三本ぐらい空瓶になっているんだけど、この人は客人の前だとか公務の場とか関係ないんだね。知ってたけど。

「しかし、よくフローレシアの王が協力を受諾したなぁ」

 やはりここでも話題の中心は明日からのことやこれからのことになりがちである。

 そう時間も経っていないはずなのにほんのり頬を赤く染めているジャックがグラスのワインを飲み干しつつ、やや難しい顔を浮かべた。

 ジャックは百年前から生きているので何か歴史的な背景などを鑑みた上での感想なのかもしれない。

 反応したのはナディアだ。

 余談ばかりになるが、流石は上流階級とでも言うべきかナディアやウェハスールさんは所作、作法もどことなく上品である。

 話の内容への配慮なのか給仕をする侍女さんが控えていないためエルは主に肉ばかりを選んで自分の皿に移しているし、キャミィさん……ではなくレイラはそもそも一言も発していない。

「クロンヴァール陛下と何らかの交渉と取引があったようですね。詳しくは後日発表されるかと思いますが、お国柄わたくしの側に付かなければならない事情と天界から課せられた役目との狭間にいる難しい立場なのですけれど、ご本人は特に難色を示す様なこともなかったそうです。見たままの方ですから、天界との決別もこれといって悩む様子もなく飄々としていらっしゃいましたね」

「あ~、確かにそういうタイプだよねあの人は」

「相棒は直接対話もしたんだったか」

「うん、ただのイメージといえばそれまでだけど『別にいいんじゃない?』とか言って興味無さそうに軽い感じで考えてそう」

「ええ、まさにその様な具合だったと」

「なるほどねぇ。で? その同行する守護星ってのはどんな連中なんだい。アイミスからサントゥアリオでの話は聞いてるんだが、これといって絡みも無かったらしいから情報がほとんどねえ」

「私も戦闘をしている姿を見ていませんし、なにぶん直接の会話もありませんでしたから。人となりに関してはほとんど分からないというのが本音でしょうか」

「その辺はどうなんだい相棒?」

「う~ん、戦闘能力という意味なら強いことは間違いないと思う。体調に問題があったとはいえクロンヴァールさん達と簡単に互角以上でやりあってたし。まあ全員が門を持っているっていうのも大きな要因だとは思うけど」

「ほう」

「ただまあ、人間性で言うと……正直あまり良い印象はないかなぁ。なんていうか、我が道を行く人達の集まりっていう感じ。本人たちの中では一体感みたいなのはあるみたいだけど」

 厳格で自他へ厳しく全然話を聞いてくれない人。

 難しいことを考えずにノリでどうにでもなると思っていそうな人。

 そもそも任務だとか緊迫した状況だとかにも興味がなさそうにキャピキャピしている人。

 基本無言で意思表示も少なく、指示待ちみたいな風でぼんやりしているけど僕を友達だと言ってくれる人。

 見た目も性格もまあ外から纏めるのが困難な顔触れだった。

「そういった部分に関しては問題ないでしょう。形式の上では彼女達の上官であるレイラがおりますので」

「そういえば物凄い慕われてる感じでしたね」

 あの怖い人がキャミィさんの話になった途端に僕に食い掛ってきたぐらいだ。

 皆が尊敬していることはあの短い時間でもさすがに察することが出来る。

「そっちの姉ちゃんは元々はそこの隊長っつー話だったか」

「…………」

 話を振られたレイラに特に反応はない。

 無視されたとは思わなかったのかジャックは『ん?』みたいな反応をしている。

 社交性に難がある人だな……と思いつつ僕が目を向けてみると、反応を求めていることは伝わったらしく、それでいてまるで僕個人と話をしていますみたいな雰囲気でようやく口を開いた。

「仰る通りです。天子様の元に馳せ参じることの出来るよう派遣先をフローレシアにしてもらった私に役職を与える意味もあったでしょうが、公務を嫌うメフィスト・オズウェル・マクネアが官吏代わりに外敵からの防衛と民草の管理を託すべく作られたのが守護星なのです」

「よくもまあ、そんな奴が一国の長になったもんだ。アタシも人のことは言えねえが」

 そうだね。

 本人はあくまでただの代理だからって理由が通用しているつもりみたいだけど、仮にも一国の代表がそんな下着と大差ない格好で公の場に出たり異国の代表と食事してるのは普通におかしいもんね。

「そういう印象が目立つ人ではあるけど、本当の悪人ってわけでもないと思うよ? 全部が全部と言っていいのかは分かんないけど、世間で言われてる悪評とかも与えられた立場だとか課せられた役目に従わなきゃならないから自分の意思でどうこう出来ないっていう境遇による部分もありそうな感じではあったし。とはいえ無気力なのは間違いなさそうだけど……」

 まあ見た目から態度までやる気の一つも感じられない人だからなぁ。

 それでも悪い人ではないとは思っているんだけど。

 僕に協力もしてくれたし、交換条件もサミュエルさんを心配してのことだったしさ。

「そうであれば無関係で済ませるわけにもいかねえアタシ達としてもありがたいがね。相変わらず赤髪の王とはピリピリしてるわ、挨拶も無しにいつの間にか勝手に帰りやがるわと常識ってもんを叩き込んでやりたかったぜアタシはよ」

 ……言われてみれば前のサミットの時も勝手に帰ってなかったっけ?

 悪人かどうかの前に人としてテキトー過ぎるでしょうに。

「ま、十分な戦力を揃えられたことに関しては僥倖ではあるがよ。相棒に何かありゃ誰に止められようとアタシ達が乗り込んで暴れること必至だ」

「先程の話にありました通り守護星の方々の実力は間違いないかと存じます。天界には大規模な軍隊を持つ神はほとんどおりませんし、確かなことは言えませんが戦力値としては十二分に渡り合えるレベルにはなるかと」

「いざ戦闘になりゃどうしたって未知数な要素だらけだからな。そこを補うのが我らが大将の卓越した頭脳ってわけだ」

「はい、その点に関してはこちら側の誰もが信頼しておりますので信じてついていくだけですわ」

「いや、戦いに関しては素人なのであんまり持ち上げられても……」

 第一その言い方だと僕が皆を率いているみたいな感じになっちゃうし。

 フローレシアの連中が僕の指示に従う姿……いやあ、全く想像出来ないな。

 エーデルバッハさんなんて命令したら殺すとか言ってたし。

「ま、その辺りは適材適所ってやつだ。お前さんが導き手になって、戦闘に関しては出来る奴にやらせりゃいい。そういう意味では未知の領域を旅するって時点で苦労も多そうではあるが……」

「山や大河を渡らなければならない、ということはありませんし気温や天候も比較的安定しているので人為的な障害を除けば旅の妨げになる様な物はほとんどないでしょう。魔物がいるでもなく、都市や町村も少ないですから。気候で言えば一部の地域に雪が降るぐらいで嵐や豪雨もほとんどありませんし」

「雪か、この国にゃ降ることがねえから物珍しいもんだ。相棒は知ってるか? 故郷で見ることがあるのかい?」

「身近な物とまでは言わないけど、一部の地域では年の半分近く降ってるよ。寒い季節になると家が埋まるぐらいに降り積もるしね。僕が住んでいた場所ではまあ、年に数回見るかどうかってぐらいかな。積もるレベルともなると滅多にないし」

「なら相棒にとっても物珍しいもんってこったな」

「うん、だからこっちで見た時にはちょっと感動したよ」

「お? どこかで見たのか?」

「え? ジャックも一緒だったでしょ? ずっと一人で寒い寒い言ってるから、そんな格好してるからでしょって呆れてたじゃない僕が」

「いや……記憶にねえが」

「んん? 本当に言ってる?」

「ああ、酔ってるだなんてベタなツッコミは不要だぜ? この姿に戻ってからは間違いなく雪なんざ見てねぇ」

「……あれ? じゃあアイミスさんかな?」

「いや、私もこの国に来て以来雪を見たことはないのだが……」

「おいおい、むしろ相棒が酔ってんじゃねえのか?」

「最初の一杯がまだ半分残ってるのに酔うわけないでしょ。別の記憶とごっちゃになっちゃってるのかなぁ」

 酒なんてこの世界でしか飲まないので酔うという感覚すら分からない僕が酔っていないと自己申告したところで信憑性がどの程度なのかは不明だけど、ふと頭に浮かんだ記憶はいつ、どこで、誰とのそれと混同しているんだろうか。

 まあ本人達が知らないと言うからにはこちらの勘違いではあるのだろう。

 そんなこんなで食事の時間が過ぎていく。

 しかし、山程クッキーを食べていたエルが一番食べているのだからびっくりだ。

 主に肉ばっかりだし、一番小柄なのに大したもんだよ。同じ年の僕が少食過ぎるのか?

 側近の立場的な癖なのか、侍女がいない席だからかウェハスールさんが率先して双方に料理を取り分けたり空いた皿を整理してくれるという気の利かせっぷりに申し訳なくなりつつも他愛も無い話が少しばかり続き、やがてジャックが酔っぱらってお開きを宣言したところで宴の時間は終わりを迎える。

 ちなみに、ナディア達の部屋で共に一泊しないかと誘われたのだけど、明日の用意をしなければならないからと半分こじつけみたいな理由で遠慮してアイミスさんと共に新居に帰ることにした。



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