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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑫ ~Road of Refrain~】
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【第四章】 懐かしき顔触れ


 迎えた出発の日。

 特に前触れやきっかけもなく起床の時を迎えた僕達は各々が分担した役割をこなすという朝の時間を過ごした。

 今日これから何をするのかという事に対する緊張感も当然あるんだけど、毎度のことながら起きるなり目の前にアイミスさんの顔があるのが本当に心臓に悪いし止め処ないドキドキで一日が始まるシステムにはどうにも慣れられる気がしない。

 まあ……その最大の理由は挨拶を交わすなり当たり前のようにキスをされたことにあるんだろうけど。

 思い出したら恥ずかしくなってくるので気を取り直して食事の用意をしよう。うん、それがいい。

 担当は僕が朝食を、アイミスさんが馬の世話をしてから洗濯物の取り込みをといった具合である。

 といっても昨日のスープを温め直してパンを焼くだけなので大した手間はない。

 そんな塩梅で二人向かい合って食事を済ませ、後片付けと出発の準備を終えたところで城へと向かうことに。

 しつこいようだけど起床時と同様に家を出る際にも前に当たり前のように……いやそれは置いておいて、僕はこれから城に行ってユノ王国の面々と会う手筈になっている。

 こうして当たり前の様に見慣れた町並みの中心を歩くというのも、よく考えてみると凄いことだ。

 初めて来たときは何から何まで全てに頭が追い付いていなくて驚くとか突っ込むことすら出来ない状態だったもんなぁ。

 あの時はアイミスさんと、ネックレス時代のジャック、そしてノスルクさん以外には顔見知りなんて一人もいなかったというのに、今やこうして歩いているだけで道行く人や店先に立っている人、すれ違う兵士の方々にまで声を掛けられるのだから時間や経験の積み重ねというのは不思議なものだ。

 もっとも、当時は他に日本人が三人もいたし、のちにはもう一人の勇者サミュエルさんも加わったわけだけど。なんて考えるとやっぱりサミュエルさんがいなくなってしまったというのが少し寂しくもありしっくりこない感じがしてしまう。

 粗暴で短気で自己中心的で協調性がなくて……って、これじゃあただの悪口みたいになってしまっているけど、それでも意外と面倒見はよかったし何だかんだで僕を助けてくれる頼りになる人だった。

 強さという意味でもあの人が居る居ないでこの国にとっても心強さが随分違っただろうにと思うと残念に思えてならない。

 こればかりは嘆いたところでどうにもならないけどさ。

「どうしたコウヘイ、難しい顔をして」

 大通りを抜け城門が見え始めた頃、隣を歩くアイミスさんがどこか心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

 どうやら思い出に浸ってしまっていたせいで黙り込んでしまっていたらしい。

「ちょっと昔のことを思い出してしまって。アイミスさんやジャック、サミュエルさんにノスルクさん、リュドヴィック王や虎の人……初めて来た時には色々な出会いがあって、その全てに僕は大層お世話になってきたなぁとか。サミュエルさんはどこにいったんだろう、なんて」

 まあ、あの時のジャックは僕の首に掛かった髑髏のネックレスだったし、女の子バージョンのラルフなんて存在も知らなかったけども。

「そうだな、行き先も告げずにどこに行ったのやら。出国の許可証を取りに来た以外は何も言わなかったと聞くし、サミュエルらしいと言えばそれまでだがこうなるならもう少し後にしてくれればよかったのにと私も思う」

「また、どこかで会うことがあるんですかね」

「お互い生きてさえいれば必ず会えるさ。だから今はお主自身の心配をしてくれないと困るぞ?」

「それもそうですね」

 本当にその通りだ。

 ここから先はそれ以外を考えている余裕なんてなさそうだし、僕はいつも通り必死に頭を使って皆が無事に目的を達成し一人も欠けることなく帰れる方法と手段を考え倒すことに全てを注ぐとしよう。

 ちなみに、名前が上がったついでに敢えて余談を述べると何度か行ったことのあるサミュエルさんの家は元々ノスルクさんの家だったそうだ。

 あの人が森の中に潜む前に使っていた、すなわちかつてジャックやガイアという人物が大魔王と戦った後に合流した家だということで、それをサミュエルさんが譲り受けたということらしい。

「コウヘイはすぐにアネット様の所に向かうのか?」

「それでもいいんですけど、ユノの皆さんが来るのは昼ぐらいという話ですし、それまでは手持ち無沙汰みたいなものなので姫様や虎の人に挨拶しに行っておこうかなと……あとは出来ればリュドヴィック王の墓前にも」

「ふむ、では後ほど共に参るか? 何も今日のうちに天界に赴くわけでもあるまいし、急ぎ招集が掛かる様な事態にもならぬだろう?」

「そうですね。ジャック曰く城で一泊するか早めに目的地に赴くために船の中で一晩を過ごすかのどちらかになるということですし、時間などはこちらの都合に合わせてくれるみたいなので急ぐ必要はないと言われています」

「ではコウヘイの挨拶周りが終わり次第、共に向かうとしよう。もしかすると私の方が少々時間を食うかもしれぬが……」

 アイミスさんはこれから大将のルードさんと緊急時である今現在の警備、防衛についての話し合いがあるのだと昨夜の内に聞いている。

 軍隊に属しているわけでもないのにそっち方面の問題では常にこうして頼られるのだからこの人の名声と信頼の絶大さはいつまで経っても変わらないものだ。

 勿論ジャックが国王代理でいることも無関係ではないのだろうけど。

「僕の方もあちこち回ってている内にある程度の時間を食うでしょうし、こちらのことはお気になさらず。特に姫様に捕まったらどうなることやらといった感じですし」

「それもそうだな。いや、ロールフェリア様のことはともかくとしてだが……いずれにせよ今日のうちにアネット様に原案を提出せねばならぬし、こちらも昼には終わるだろう」

「ではこっちが先に手が空いた場合には部屋で待っていますね」

「ああ、それではまた後でな」

「はい」

 中身は代わる代わるながらも尽きない話題が時間の概念を忘れさせ、いつの間にやら城門を潜った辺り。

 軽く片手を挙げ、その場を去っていくアイミスさんに頑張ってくださいという意味を込めて会釈を返し、僕も反対側の通路を進んで入り口へと向かった。

 門番の方達による仰々しくさえ思える大袈裟な挨拶と敬礼を受け、申し訳なくなりながらペコリと頭を下げて城内へと足を踏み入れる。

 まず昨日挨拶に行けていない上に、行けていないことがバレたら不味いことになりそうな姫様。

 そして結局顔を合わせることのないままの虎の人だったり真っ先に飛んできそうミラだったり、向こうは別に僕に会いたくもないだろうが副将のレザンさんだったりとまだ会えていない人もいるのでやっぱりひとまずは挨拶回りからだな。

 そうなるとどう考えても姫様を後回しにするわけにはいかないよね……。

 ということでこの国に残った唯一の王族であるローラ姫ことロールフェリア王女の部屋へと向かうことに。

 プライドと自尊心が高いのであの人の従者の一人である(と今でも思われているらしい)僕が顔も見せないままだと知られればお説教は免れない。

 ほぼ間違いなく筋を通して挨拶に行ったところで何かしらの理不尽を突き付けられるであろうことは容易に想像出来るけど、呼び出されてからになるよりはマシだと信じよう。

 とまあそんな具合で兵士であれ侍女であれ誰かとすれ違う度に立ち止まって挨拶をしながら城内を歩いていると、遠くの方から何やら慌ただしい足音が聞こえた。

 振り返るとちょうど一人の少女がこちらに走ってくる姿が見える。

 一度立ち止まり、確実にこちらに向かってきている少女を待っていると目の前にまで来たところで声を掛けようとするも先に飛び掛かられていた。

「コウヘイ様っ」

 勢いよく突進してくる小柄な少女を受け止めると、胸元から満面の笑みが僕を見上げる。

 水色の給仕服に白いエプロンを重ね着した女の子。それはすなわち、この城で働く侍女ということでもある。

 名前はミランダ・アーネット。

 歳は十六歳で僕がこの国この城に滞在している間は身の回りの世話をしてくれる健気で直向きでもあるいつだって明るく元気な女の子だ。

「お帰りなさい、コウヘイ様」

「うん、ただいまミラ」

 挨拶を返し、日頃の癖でつい頭を撫でてしまっているうちにミラはようやく体を離した。

「昨日城に来られたと聞いてとても残念だったのですけど、今日お会いできてよかったです。今日のうちに出立すると伺ったのですが、まだお時間ではないのですか?」

「今日ここを出るかはまだ分からないんだけどね、迎えが来るのは昼過ぎだって話だから今のうちに皆に挨拶でも思ってさ。ミラや姫様には昨日会えなかったから僕としてもミラに会えてよかったよ」

「そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが……姫様に挨拶、ですか。それは何ともタイミングがよろしくないと言いますか、おすすめは出来ないと言いますか……」

「へ? 何で?」

「何と言いますか、ひじょ~に虫の居所が悪いようでして」

「そうなんだ……でもまあ、行かなかったことがバレても結局同じことになりそうだし、腹を括るしかないんだけどね」

「そ、そうですよね。わたしも同行したいのは山々なんですけど……」

「いいよ気を遣わなくて、お仕事の最中なんでしょ? ミラはミラの役目を頑張って」

「はい。コウヘイ様も必ずや無事にお戻りください、約束ですよ」

「うん、約束」

 改めて向けられた明るい笑みに軽く手を振り、深いお辞儀で見送られながら僕は姫様の元へと向かう。

 が、聞いていた通り偉く不機嫌で『うるさい出て行け』と枕が飛んできただけで追い出されたのだった。

 

          ○


 まさに門前払いを食らいながらも、どこか記憶のままの姫様であったことに懐かしさを覚えたり、もう二十歳になるんだからもう少し大人になれないものかと心配になったりしながら階段を下り、いつの間にか用意されいつしか自他の両方から当たり前の存在と認識をされてしまっているこの城にある僕の個室へと向かう。

 フローレシア王国から連れ帰ってからはろくに使うこともない僕の部屋を使ってもらっているのだが、昨日はジャックの鍛錬に付き合ったのちに疲れて寝ているタイミングだったため会えずじまいでいた虎の人との再会を果たすためだ。

 彼、そして彼女もまた一番最初の冒険以来の付き合いであり短くはあっても濃い関係であると僕は思っている。

 まあ……彼であり彼女でもあることを知ったのは随分後になってからのことだったのだけど。


 コンコン。


 と、部屋の前まで来るなり軽くノックをしてみると中から『にゃ?』という声が聞こえてくる。

 それだけで部屋にいること、今日は寝ている時間の訪問ではなかったこと、そして今この瞬間は『虎の人』ではなく『猫の子』であることの全てが把握出来た。

 返事があったなら問題は無さそうだなと、ゆっくり扉を開くと目的の人物がすぐに目に入り、そして視線がぶつかる。

 ベッドの上に寝っ転がりながら背中をこちらに向けた状態のまま顔一つだけで振り返るのは小柄な少女、その名もラルフだ。

 年齢は確か十五歳だと聞いた覚えがある、肩に届かないぐらいの黒髪のてっぺんに二つの猫耳が生えた一見すると摩訶不思議な少女。

 この子が妹で、お兄さんであるプロレスラーどころかボディービルダー並の筋骨隆々な肉体を持ち、上半身裸で虎を模したマスクで顔を覆っている背が高い男性こそがかつてフローレシア王国の研究所なる場所で生み出された合成獣(キメラ)の一人でありかつての仲間の一人である。

 兄妹と虎の魔物を合成させられていて肉体と魂、自我に至るまでを自由に入れ替えることが出来るという、恐ろしくもあり非人道的な実験、研究の被害者でもあるラルフはそれでも過去に二度僕と共に戦ってくれた頼れる人物だ。

 兄妹共にラルフと名乗っているので僕はお兄さんの方を『ラルフ兄』と呼び妹を『ラルフ』と呼んでいる。

 実際のところ心の中では過去と同じ『虎の人』って勝手に呼んでるわけだけどそれはさておき、外見やキャラは特異なものがあれど、それでも強さは相当なものなので過去にはシェルムちゃんとの戦いや究極生物バズールとの戦いで彼ら抜きでは生きて終えられなかっただろうというぐらいには仲間としても戦力としても大いに貢献してくれた。

 歳もお兄さんの方は二十二であることもあって性格的にもしっかりしているが、妹の方はどちらかというと子供っぽく無邪気で暢気なイメージが強いだろうか。

「久しぶりだねラルフ」

「ご主人にゃ!?」

「…………」

 出た~、いつまで経っても変わらないキャラ付けと自ら宣言している妙な語尾~。

 何の拘りなのか、お兄さんは『トラ』妹は『にゃ』というのを頑なに付け加えたがる二人なのだ。

 そんなラルフは飛び上がる様に立ち上がると、目を輝かせながらすぐにこちらへ駆け寄ってくる。

 そしてミラと同じく僕の懐に迷い無く飛び込んできた。

 違いがあるとすればミラが抱擁みたいな形だったのに対してこっちは文字通り飛び掛かって両腕を肩に、両足を腰に回してぶらさがている様なしがみついている様な格好になっている辺りだろうか……うん、それってものすごーく大きな差だよね。

「久しぶりにゃんご主人、いつの間に戻ってきたんにゃ?」

「昨日だよ。その時にも会いに来ようと思ったんだけど、疲れて寝てるって言われたから遠慮したんだ」

「そうだったのかにゃ~、最近兄者は髑髏の鍛錬に付き合うのが日課みたいになっているからにゃ~……」

「ジャックもありがたがっていたし、お兄さんも体が動かすのが好きそうだからよかったじゃない」

「それはそうにゃけど、にゃ~は日々暇なのにゃ! ミランにゃしか遊び相手をしてくれる奴がおらんにゃ!」

「……ミランにゃ? ああ、ミラのこと」

 ミラン『ダ』ね。

 ジャックに世話役を頼まれたというのは聞いたけど、どうやらしっかりやってくれているようだ。後で僕からもお礼を言っておかなければいけないな。

 なんて思っている間にラルフが僕の上? というか前から下りた。

 過去に見たのはセット売りしているベージュの地味なシャツ姿ばかりだったのだが、今日は白い女の子用のシャツを着ているせいでどこか新鮮な感じがする。

 というのも質の良い物や拘った格好をしてもすぐに破れてなくなるからという残念な理由があるがゆえのことなのだけど……城で暮らしている限りは必要に駆られて緊急で兄と入れ替わらなければならないシチュエーションもそうないだろうし、年相応に着飾ることが出来るのならそうさせてあげるべきであることは間違いない。

 女の子のお洒落について論ずる知識なんて僕にあるはずもないが、まあ素人目に見てもVネックの若い女の子らしく可愛らしい服だ。

 ただ気になるのは下半身が普段と変わらない濃紺の、言っちゃ悪いがラルフにはどう考えてもサイズが大きい男物のズボンであることだろうか。

「それに関しては兄者が頑なに拒絶するせいでお洒落は出来ないのにゃ。短いスカートでも履いたまま入れ替わったら地獄絵図にゃ、こればっかりは仕方がないにゃ」

「……そりゃそうだ」

 あの体格と声の男性がスカート姿で現れたら完全に通報案件だもの。

 例えそれが顔見知りであっても通報しちゃいそうな光景だもの。

「というわけでにゃーは暇なのにゃ。ご主人、相手をするにゃ」

「ごめんねラルフ。そうしてあげたいのは山々なんだけど、僕は今からユノ王国の人達と会わなきゃいけないんだよ」

「にゃ? ああ、そういえば天界に連れて行かれるとかにゃんとか言ってたかにゃ」

「そうなんだよ、なぜか僕だけ……」

「にゅ~、快適なお城暮らしはいいにゃけどやることがないのもつまらんにゃ~」

 ラルフは唇を尖らせながらベッドに倒れ込むとバタバタと両手足でマットを叩いた。

 なぜ一瞬だけ『にゅ』になったのかはさておき、まあ確かに日本と違ってテレビもゲームもパソコンもスポーツもないこの世界では娯楽に分類される趣味はそう多くはない。

 ミラだけではなくジャックやアイミスさんも仕事がある時間帯では相手をしてあげられる人もいないわけで、何もせずに城で過ごせというのも酷な部分もあるのも分かるといえば分かる。

「だったら帰ってきた後でどこかに連れて行くのにゃ!」

「そうだね、その時はお詫びも兼ねてどこにでも連れて行ってあげるよ」

「約束にゃ」

「うん」

 無邪気で割と天然なラルフも今日ばかりは素直に納得してくれたようで『なら良しとするにゃ』と屈託無く笑った。

 ラルフなりの激励と僕を心配しようという言葉だと思いたいところだが、この子の性格からしてそんなに深い意味はないのかもしれないし何とも微妙なところだ。

 そんなこんなで少しの間、お城で暮らし始めて以来どういう生活をしているのかという話を聞いたりしながら久々のこの部屋での時間を過ごす。

 本人によると仕事中のミラを強引に遊びに付き合わせたり、それが出来ない時は一人で町に繰り出してみたり、ジャックに鍛錬に連れ出された時は隙を見て虎の人と入れ替わって押し付けたり、姫様にちょっかいを出しに行っては毎度毎度欠片も相手にされずに追い出されたりといった生活が主になっているようだ。

 それだけではなくアイミスさんなどもラルフの暇暇アピールを耳にして城に来る用事がある時は買い物や食事に連れ出したりしてくれているらしい。

 一人の暴君を除いてみんな面倒見がいいなぁ……と感心はするけど、連れてきた僕が何もせず人に押し付ける格好になっていては流石に本人にもみんなにも申し訳ない気持ちになってくる。

 無事に帰って来られた暁にはもう少し相手をしてあげよう。

 なんてことを密かに誓っている最中、ノック音が室内に響き会話を途絶えさせた。

 二人で『?』を浮かべて顔を見合わせつつ返事をし、扉の方へと向かう。

 何だろう? と思ったのは事実とはいえコンコンという音の後に『宰相殿、勇者様よりご伝言を預かってございます』という声が聞こえているので兵士の誰かであることは明白だ。

 これは余談だけど、彼らに取っての僕は階級が上の存在ということになっているため『どうぞ』とか『入ってください』とこちらから許可の言葉を口にしない限り返事をしたからといって勝手に扉を開かれることは決してない。

 だからといって僕にしてみれば学生の自分と年上の兵隊さんを比較するならばあっちの方が目上なわけで、ゆえにそんなことを平気で口に出来ずに毎度自分で出入り口に出向くのが当然の習慣となっているのだった。

「お待たせしました」

 ということですぐに扉を開くと、目の前に居たのは二十代半ばほどと見られる若い兵士だった。

 間違いなく見覚えのある顔ではあるものの、申し訳ないけど名前までは知らない人だ。

「は、今し方勇者様より伝言を受け取り、こちらの要件は無事済んだゆえ城門にて待つとお伝えするようにと」

「あ、そうだったんですか。分かりました、ではすぐに」

 何一つ宰相としての仕事なんてしていないのにいつまでそう呼ばれるのだろうか。

 という疑問は今や心の中限定の愚痴になっているわけだけど、いい加減普通の一般人に戻してくれてもいいのに。

 ああ、でもそうなると城に部屋があるのはおかしいし、姫様の世話役だって出来ないのか。

 いや後者には大して思い入れもないのだけど、そもそも普段みたくジャックに会うために城に顔パスで入ってくることも難しくなっちゃうよね。

 とまあ色々と複雑な心境になりながら、ラルフにまたねと別れを告げてまた広い廊下を歩く。

 そのまま外に出て待っていてくれたアイミスさんと合流すると、そのまま二人でジェルタール王のお墓へと向かう流れに。

 城下からはそう遠くない森の手前にある、王族のお墓がならんでいる墓地だ。

 目的が目的だからか馬に二人乗りで移動する道中はそう会話が弾むでもなく、風と自然を感じる静かで穏やかな時間が流れていた。

 二十分程度が経った頃にそんな空間も終わりの時を迎え、馬を繋いで墓地の中を歩いていく。

 どこか独特の空気や雰囲気を感じつつ一般の物とは違って鉄製の十字架がいくつも並ぶ花に囲まれた芝生の真ん中にあるリュドヴィック王の墓前まで進むと、二人揃って膝を突き、両手を合わせた。

 そう長い付き合いではないのかもしれないけど、この世界では色々とお世話になったり取り立てられたりとそれなりに濃い関係性だったように思う。

 これまでの感謝と、この国この世界の無事を祈っていてくださいと目を閉じる十秒か二十秒かの無言の間を経てその目を開かせたのは、隣にいるアイミスさんの声だった。

「コウヘイ、本音を言えば……私が傍に居られないことが心苦しくてならぬ。なぜ戦いの場に赴くお主の隣に立つのが私ではないのかと、思わなかったと言えば嘘になろう。不躾にもクロンヴァール王やマリアーニ王に訴え出てしまったことも事実だ」

「はい……」

 既に立ち上がってるアイミスさんのどこか神妙な面持ちや声音に心配になってしまうけど、話の中身を聞いて初めて城を出てから口数が少なかった理由を理解した気がした。

 何か言いたいことがあるんだろうなと察してはいたが、まさかそういうことで悩んでいたとは。

「それでも、かつての【人柱の呪い(アペルピスィア)】騒動の時と同じくお主は求められ、お主を必要とする者のために旅立ってゆく。そして私もあの時と同じく守るべき物のためにやるべきことを、果たすべき使命を全うしようとしている。この場合における私に取っての守るべき物とはすなわちこの国とこの国の民、そしてお主の帰る場所だ」

「……はい」

「だからこそ、あの時と同じく別々の場所でそれぞれの道を歩もうとも一心同体であり続けられると信じている」

「…………」

「私はな、コウヘイ。お主にもらったこの先の希望と幸福、そして温もりに溢れた人生を手放すつもりは一切ないのだぞ? だから約束してくれ、必ず無事に帰ると」

「はい……約束です」

 誰も彼もが僕に再会を約束させる。

 その気持ちが心に染みて、それだけではなく残る側がどんな思いでそれを託すのかを考えると心苦しくもあって、感情が複雑なままに気を抜くとしんみりしそうになるのを必死に誤魔化しながらどうにか了承の返答を口にする。

 対するアイミスさんはそれ以上何も言わず、ただ満足げに少しの微笑みを浮かべていた。

 どこかしんみりしてしまったが今はそれ以上の言葉は必要なく、その後二人で少しの回り道をしながら帰路に就いたこともあって昼を過ぎた頃に城へと帰り着き、改めてジャックやアイミスさんと共にユノ王国御一考の到着を待つのだった。




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