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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

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29/335

【第六章】 情報交差と水晶の試練

※11/9 誤字修正

 5/27 台詞部分以外の「」を『』に統一


 他国の面々との顔合わせから約一時間後、サミットが始まった。

 本来ならば明日の昼に行われる予定だと聞いていたのだが、あの真っ赤な髪をした完璧超人ことシルクレア王国の女王であるクロンヴァール王の提案により前倒しして今日行われることになったのだ。

 既に五カ国の王が揃っているのだから無駄に一晩を過ごす必要もないだろう。という話に僕達の代表であるリュドヴィック王を初めとする諸国の王が同意した形だ。

 唯一その場に居なかったフローレシアという国の王の意見を聞くまでもなく賛成多数で可決という感じだったあたり、どこの世界でも偉い人達が集まると数や発言力が物を言うらしい。


「それに、今回は終わった後にも一仕事あることだしな」


 なんて意味深な言葉を付け加えたクロンヴァール王の言わんとすることは僕には分からないけど、そんなわけで各国の王達は揃って専用の会場である二階の大部屋に入っていった。

 聞くところによると会場に入れるのは代表となる人間……といってもほとんどの場合が王ということになるらしいのだが、それプラスその一族の者に従者が一人だけという話だ。

 中身の半分は政治や外交の話になるらしく、本来は大臣を同行させるのが一般的なのだそうだけど僕達の中に大臣なんて居ないわけで、何故か同行者の候補に僕を入れた王様に危うく指名されそうになったりもした。

 僕では意見や見解を求められても答えられない事の方が多いのでとどうにか回避し、結果予定通りセミリアさんが会場入りすることで事なきを得ることが出来たというわけだ。

 もっとも、僕であるかどうかは別としてそれが例外的な人選だったのかと言われるとそうでもない様で、実際に大臣という役職を与えられた人間を同行者にしたのはサントゥアリオ共和国のイケメン王子(僕と夏目さんが勝手にそう呼んでいるだけ)一人だった。

 そんなわけで会場入りしない僕達は改めて自由時間となったのだが、周囲を見ると実際に自由な時間を過ごしているのはどう見ても僕達だけであることが分かる。

 他の国の人達……といってもどういうわけか国王が一人で来ているらしいフローレシアという国を除いてだが、残っている四人の従者の内二人はこの会場の外のホワイエで王を出迎えるべく待機していて、一人は各国に一階ずつ与えられていて他国の者は許可無く立ち入ってはいけないというある意味不可侵な空間である自国のフロアをそれぞれ階段の前で見張っている。そして最後の一人は有事に備えて一階の玄関口、あるいは建物の外で警備をしているという万全の態勢だった。

 そんな中で僕達はというと、サミュエルさんは『寝る』とだけ言い残して勝手に部屋に帰ってしまったし、高瀬さんと夏目さんはこの溜まり場で片っ端から他の国の人達に声を掛けて回っているという無駄なアグレッシブさを存分に発揮している。

 ほとんどが相手にされずに終わっているみたいだけど、中には普通に話が出来た人もいるそうだ。

 僕はあんな人達に自分から交流を持とうという気が全く起きないので遠慮したが、よくあそこまで馴れ馴れしく会話に割って入っていけるものだと感心すらする。

 そしてそして、ミランダさんとアルスさんは夕食の準備で居ない。

 というわけで僕は皆と同じ空間に居ながらも一人で窓から外の景色を眺めていた。

 この風景だけを切り取れば一面に自然が広がっているだけの本当に長閑な島だ。

 時代背景というか、世界情勢みたいなものを考えない様にすれば遠くに小さく見える船の列もどこか趣深いものがある。

 誰かであったり何かであったりを退治しなくてもいいということが気を張る必要性を薄れさせているのか、念のため高瀬さんと夏目さんの動向に気を配りつつだったはずの風景観賞もいつの間にかそんなことを忘れてしまっていた。

「横、いいかな」

 ふと、背後から声がする。

 両端に一つずつある窓のうち僕が居る側の壁際付近に他に人の姿はない。つまりは僕に対する言葉だとみていいだろう。

 振り返ってみると、すぐ目の前に見たこともない男が立っていた。

 風体からするに歳は三十代半ばぐらいか。ボサボサの頭と無精髭がそう感じさせるだけでもしかしたら二十代なのかもしれないが、とにかく見るからに『おっさん』と比喩されそうなだらしのない風貌の男がこちらを見ている。

「横、いいかな」

 男は同じ言葉を繰り返した。

 一言どうぞと返して少し横にずれると、男はそのまま窓から身を乗り出し煙草を吸い始めた。

 どうやら僕に話があったというわけではなく、ただ煙草を吸いに来ただけのようだ。

 というか、この世界にも煙草があったのか。

 今の今までこっちで目にすることがなかったけど、若干巻いている紙がヨレヨレであるぐらいで何も持っていないはずの指から出した火を使った以外は日本で普段見る物と大きな違いはなさそうだ。

 それはさておき……この人は誰だろう。

 今日ここに来て会ったり見た人の中に居ないことは間違いないが、であるからこそ考えても分かるはずもなく、横目とはいえ余りずっと見ていても失礼かと僕も視線を窓の外に戻すことにした。

 二人並んで無言のまま窓の外を見つめているという何とも表現に困るおかしな空間だったが、その沈黙を破ったのはあちら側だ。

「おや?」

 ちらりと、横目で僕を見た男が体ごとこちらを剥く。

 どこか不思議そうな表情を浮かべているのは気のせいではあるまい。

「君……その(ゲート)はどうしたんだい?」

「ゲ、ゲート?」

「んー、ちなみに君はどこの国の子?」

「一応……グランフェルト国王のお供として来ている身ですけど」

「グランフェルト? あの国に僕達の側の関係者が居た記憶は無いけど……」

 男はほとんど独り言の様に呟き、何かを考える素振りを見せる。

 正直、僕には言っていることの意味は一切分からなかった。

「まあいっか。分からないことを考えるのは面倒臭いもんね、僕は面倒臭いことが嫌いだよ」

「はぁ……」

 男は僕の反応などお構いなしにそう結論付けて、火の付いたままの煙草をデコピンの要領で窓の外に飛ばした。

 そんなことをしていいのかという疑問は大いにあるが、そんなことを言える雰囲気でもなく。

「じゃ、お邪魔したね。君がそれを持っているならまた会うこともあるのかな。その時まで君の顔を覚えている自信はないけど、一応またね、と言っておくよ」

 やはり僕の返事を待つこともなく言いたいことだけを口にして男は去っていった。

 何だあの人……全然会話になってないよ。

「………………ジャック、あれ誰?」

『俺に聞かれても分かるわけがねえってもんだ。ただ確かなのは他所の国の誰かってことぐれえだろう』

「そりゃそうか。あんまり気にしても仕方ないのかな」

『念のため顔だけは覚えておくといい。欲を言えば名前や出身地ぐれえは聞き出しておくべきだったんだろうが、奴がそれを答えたところで大した信憑性もねえだろうよ』

「ごもっとも、だね。見た感じ意味の無い嘘をつくタイプっぽいし」

 自分が昔そうだったからなんとなく分かる。

 ある意味隙を見せないためにやっていることだったりするんだけど、やっていて自分でイタくなってきたので僕は高校に入った頃にやめた。

 なんか格好付けようとしているみたいで逆に格好悪いんじゃないかと感じ始めたせいだった。

『おっと、また誰かこっちに来ているようだ。俺は静かにしてるぜ』

 誰かって誰?

 と聞くよりも先に、再び後ろから声がした。

「ちょっといいかな」

 台詞も似たものだったが、振り返った先にいたのは先程とは別の人だ。

 歳はこちらも推定三十代半ばで少し長い茶髪に兵士さながらの装備と腰には剣。

 確かあのクロンヴァールさんの国の人だったと記憶している。名前はアルバートといったか。

「えっと……僕に何か?」

「ちょっと聞きたいことがあってね。ああ、別に答えたくないことを無理に聞こうとは思ってないから安心してくれていいよ」

「聞きたいこと……ですか」

「うん、さっきの人と何話してたのかなと思ってね」

「さっきの人? というと、ここで煙草を吸っていた人ですか?」

「そう、その人だ。君は確かグランフェルトの一員だったよね? あの男とはどういう知り合い?」

「知り合いも何も、今日どころかさっき初めて会ったばかりで名前も知らないですけど……」

「あれ? そうなんだ。こりゃ早とちりしたかな」

 男は苦笑しながら頬を掻いた。

 さっきの人の事を探りにきたのだろうか。しかしまあ、口振りからするに恐らくではあるが良い意味ではあるまい。

 どういう事情や背景があるのかは知らないけど、この人が情報収集のために来たのであればせっかくなので僕も真似をさせてもらうとしよう。怖い人じゃなさそうだし。

「僕からも質問させてもらってもいいでしょうか」

「なんだい?」

「あの人は一体どういう人なんですか?」

「顔はともかく名前も知らないというのもちょっとおかしな話な気もするけど、あの男はフローレシアの国王だよ。名前はマクネア」

「え? 王様なんですか? だって今サミットの最中なんじゃ……」

「いつものことだよ、顔だけ出したかと思うといつの間にか居なくなる。それをさせないために僕と仲間がここで待機していたんだけど、まさかこんなに早く抜け出してくるとはね」

「抜け出してって……一服しに来ただけとかではないんですか?」

「最初はそう思ったけど、案の定会場には戻らなかったみたいだね。仲間が尾行しているけど、どうなることやら」

「尾行……ですか」

 確かこの人の国とフローレシアという国は一悶着あったという話だったっけ。

 それにしても逃がさないように見張る目的で待機していたとは。

「そんなに不安そうな顔をしなくても今日この場で手を出したりはしないさ。さすがに大きな問題になるし、姫様もそれを望んではいないだろうからね」

 あくまで今日は、だけどね。と、男は続けた。

 今日こういう場でなければどうなっていたかは分からない、ということか。

「でも、こういった場で無断で居なくなってしまうとあの人やあの人の国の立場は悪くなりますよね? そういうことは考えないのでしょうか」

「まさか、あの国がそんな事情に配慮したことなんて過去一度もないさ。そのぐらいは君も知っているだろう?」

「いえ、実はあまり……国王に仕え始めたのがつい最近のことでして、そういった情報には疎いもので。他の国からはよく思われていない、というぐらいしか知らないんです」

 さすがに初対面の人間に違う世界から来ましたとは言わない。これがもっともらしい口実だろう。

 幸いにも男は怪しむ様子もなく、むしろ僕の疑問に答えてくれた。

 パソコンも新聞も存在しない世界だ。そういう人間が居ること自体は珍しくないのかもしれない。

「僕の勘違いで探りを入れにきたお詫びに少しぐらいは説明してあげてもいいか。その代わりこれでチャラだよ」

「別にそれを失礼だと思っているわけではありませんが、教えてくださるのであればとてもありがたいです」

「フローレシアという国は異端でね、大昔から一環して不干渉主義を貫いている。他国と関わりを持たず、その代わり干渉もさせない、そんな方針だ。唯一の同盟国であるユノからの要請がなければそもそも今日もここに来てはいないだろう。言い伝えではユノ王家は天門を守る一族と言われているらしいけど、そのユノ王家を守るべく作られたのがフローレシアという国の発端だそうだ。どこまでが事実かは定かではないけど、その二国が隣接しているところを見るにあながち迷信でもないのかもしれないと僕は思ってるんだけどね。だからといってそのユノとも国交を持たず、外部の人間が一切出入り出来ないというのはおかしな話だし、それゆえに数々の黒い噂も信憑性を増していく一方なのさ。うちの国からの開示要求も全て無視で、とうとう兵を派遣するまでに至ってしまった。それがついこの間の話だ」

「その黒い噂というのは?」

「いくつかある。一つは邪神教という謎の宗教だ。今世界中で蔓延していて、教徒になったものは決まって行方不明になる。多くの失踪者達の行き先は勿論フローレシアだ。勧誘された人間だけに留まらず強制的に連れ去られる人間も中には居るようでね、これは逃げ出して来た複数の人間が証言しているし、そうでなくても今世界中で問題になっているんだよ。それからもう一つが怪しげな研究所だ。その証言者の情報では国民は近付くことすら許されていない研究所があるらしい。噂では黒魔術の研究をしているとか合成獣(キメラ)を生みだそうとしているとか、ロクでもないものだって話さ。あと一つは悪魔、かな」

「悪魔?」

「これも詳細は不明だけど、フローレシアは悪魔の住む国だと言われているんだよ。どういう存在なのかは分からないらしいけど、そう言われる何かが存在するということは国民達にとっては共通の認識らしくてね。何もかも分からないことだらけだけど、自国の中の問題だと言って通る問題ではなくなってきているのは明らかだと思わないかい? そんなわけで世界の盟主であり誰よりも平和と安寧のために戦ってきた我が国の姫様が情報の開示と立ち入り調査を求めたわけさ」

「それで、その要求も無視された、と」

「そう。それどころか強硬手段に出たものの、うちの船団は半壊の被害だ。訓練された兵士六百人がわずか四人の戦士に、ね」

「四人……」

 また滅茶苦茶な話だな……。

 もう国その物のことも含めて全く現実味が湧かないよ。

「おっと、少し喋り過ぎたかな。どうも君とは近しいものを感じるせいで口も緩んでしまうね」

「近しい……ですか? とてもそうは思えませんけど」

「なんていうか、立ち位置がさ。気を悪くしないでほしいんだけど、君も意外と地味なポジションっぽいしね」

「確かに僕はそうですけど、アルバートさんは兵士の中で一番上なんですよね? とても地味な立ち位置とは言えないように思えますけど」

「あれ、僕の名前は知っているんだね。自己紹介はしていなかったと思うけど?」

「ついさっきセミリアさん……いえ、仲間に教えてもらったもので」

「セミリア? ああ、聖剣の彼女か。あの娘も凄いよねぇ、うちの姫様に認められる戦士なんてそうそう居ないんだから。ビジュアルにしたって強さにしたって姫様に対抗出来る人間なんて世界広しといえど彼女か、精々サントゥアリオのキアラ団長ぐらいのものだよ。僕なんて隊長って肩書きを預かっているけど、周りの個性が強すぎるおかげで地味なキャラだよ本当」

「それを言ってしまえば僕も同じですよ。参謀? だなんて役職を与えられてはいますけど、やっていることはただの解説役ですから。全然役に立てていませんし、皆さんみたいに肉体的な強さが無い分アルバートさんより遙かに地味なものです」

 正直言って旅のほとんどはただ付いて歩いているだけの状態だ。

 いっそ馬車を暖めている方がいくらか救われる気さえする今日この頃。

 ノスルクさんやジャックは知識や情報を活用し、知能で相手を上回り、頭脳をもって仲間を守るのが僕の役割だと言っていたがそう上手くいかないのが現実というものだ。

 その活用すべき情報や知識が全然足りていないというのも理由の一つだろうが、基本的に『そうなってから対処しようとする』以上のことが出来ないことばかりなのが辛いところである。

「似たり寄ったりさ。姫様も含めて隊長より強い人が何人も居るんだもん、そりゃ地味なキャラにもなるってもんだ。あ、そうそう、うちにAJって子がいてさ、彼も僕と同じ地味キャラ同盟の一員でね」

「じ……地味キャラ同盟?」

 嫌な同盟だ。

 そんな派閥があるならば漏れなく僕にも入会資格がありそうだけど……。

「そう、といっても構成員は僕とその子しかいないんだけどね。その子は諜報員なんだけど、僕達幹部衆以外はそのことを知らなくてさ、兵士や城で働く人達なんて彼が何をしている人間なのか知らないっていうんだから酷い話だと思わないかい?」

「ま、まあ……それは確かに」

 僕もグランフェルトのお城では同じ風に思われてそうだな。

 あまり笑い事じゃないぞこれ。

「本来なら身分はずっと上のはずなのに、半分不審者扱いなんだから可哀相な話だよ」

 はははと、アルバートさんは快活に笑った。

 さっきフローレシアの王の話をしたときとは大違いだ。

 日本でも歴史上の問題や領土を巡って他所の国と火花が散っているけど、そういう国家間の不仲という意味では日本の様に話し合いを続けようとする姿勢を見せるだけでは済まない、いわゆる武力行使による解決に出る国と同じ思想が当たり前の世界なのだと思うと日本人というのはどれだけ贅沢な環境に暮らしているのだろうかと実感させられる。

 平和で当たり前。

 それでいて国、或いは他人に対する不満は留まることを知らず、義務を蔑ろにし権利を主張する。

 この世界に限らず明日も一日を全う出来る保障の無い人間が世界にどれだけ存在するのかを彼等はきっと考えることもないのだろう。

 もっとも、僕だってそこまで深く考えたことはないのだが……。

「おっと、仲間が呼んでいるみたいだ、僕は戻るよ。重ね重ね時間を取らせて済まなかったね。じゃあ」

 軽く片手を上げると、アルバートさんは背を向けこの場去っていく。

 見た目は優しそうなおじさん風なあの人も、セミリアさんやサミュエルさんを始めとする武器を持った女性達も、この世界で戦うことを本職とする人間なのだと思うと少し遣り切れない気分になるなぁ。

 なんてことを考えながら、遠ざかっていく背中を見送るのだった。


          〇



 約二時間程が経ってサミットが終わると、僕達は王様の部屋に集められていた。

 王様や王女様からミランダさんやアルスさんまでこの島に上陸した全員が揃っている。

「ご苦労様でした、リュドヴィック王」

 大きなテーブルに座る僕達の前に紅茶(のような味と匂いのする飲み物)が配られると、全員に行き渡るのを待ってセミリアさんが話を切り出した。

 上座に座る王様はカップを一口啜るとお疲れの様子で大きく息を吐き、苦笑を浮かべる。

「苦労といっても、いつも通りの流れであったがな。時折ジェルタール王が見解を述べたりわしが意見を求められたりはしたものの、ほとんどクロンヴァール王の独演会の様なものだ。相変わらずユノの女王は聞かれた事に答える以外はだんまりだしのう」

「ていうか、そもそもどんな事を話し合うん? この国のことすらよー分からんし聞いても理解出来るかどうか怪しいけども」

「基本的に対魔王軍における情報の共有だとか、連携の強化だとかそういった話が一番多いことは間違いない。あとは……いつも通り勝手に居なくなったフローレシアとその王の件も相当割合が増していたように思うが、それ以外では武器の輸出入についてだとかサミット参加国以外の国々のことだな。そして今回に至ってはもう一つ議題があったが、それは後ほど王から話があるだろう」

 代わりに夏目さんに説明をするのはセミリアさんだ。

 というか、やっぱりあの煙草の人は勝手に抜け出していたのか……なんだってそんな滅茶苦茶な真似をするのか。

 確かに外見も言動もいい加減そうな人ではあったけど、場を弁えないとどうなるかぐらい僕でも分かるというのに。

「それはそうとコウヘイ、先は見事な答弁であったぞ。あのクロンヴァール王を引き下がらせるとは、わしは大いに感服した」

 不意に、会話の切れ目で王様が思い出した様に手を叩いた。

 正直その件のことは完全に忘れていたんだけど、勝手にありもしない話をでっち上げただけに怒られやしないかと心配していたので大丈夫そうで何よりだ。

「なんだ? なんかしたのか康平たん」

「そっか、TKはあのときおらんかったんやな。凄かったで康平君、あの完璧超人に堂々と言葉で対抗しとったもん」

「うむ、私もあれには驚いた。さすがはコウヘイと言う以外の言葉がない」

「せやろ? 康平君弁護士とか向いてるんちゃう?」

「いや、さすがに弁護士は……」

 やっていることはどちらかというと詐欺師だし。

「あの時僕が口にしていたことは全部作り話なので、むしろ勝手な事を言ってすいませんでした」

「何を言うかコウヘイ、むしろわしには思い付きもしない立派な対策案だったとすら思うぞ。あの話を実際に行うために知恵を貸してもらおうと決めた程だ」

 決めた程なのか……勝手に決められても。

「え? ていうか、あれ作り話なん?」

「ええ、馬車の中で聞いた話を元に向こうが強く言えないだけの努力をしようとしている風に聞こえる話をしただけです。実際に出来るかどうかなんて考えずに言っていたので細かく掘り下げられたら不味かったかもしれないですしね」

「例えそうだとしても、恐らく我が国の大臣では真似出来なかっただろう。内容も理に適っておる。早急に実現に動くべきだと思えるだけの価値がな」

「しかし、あれをその場の思い付きで言っていたのかコウヘイ。それはそれで凄いことだと私も思うぞ」

 なんだか褒め殺しだった。

 半分は二人が話していたことだし、そこまで大袈裟なことではないと思うのだけど……。

 なんて事を考えていた時、

「ていうか完璧超人って誰なんだよ。ビッグザ武道でも見たのかコンニャロー」

 とかとわけの分からないこ指摘をする高瀬さんの声はサミュエルさんがテーブルに拳を叩き付けた音によって掻き消される。

 怒りに身を任せて、といった感じではなく単に会話を遮ろうとしただけなのだろうが、当然全員の視線がサミュエルさんに集まった。

「大事な話があるって言うから来たんだけど? 雑談するだけなら部屋に戻るわよ」

 王をも恐れぬ物言いである。

 幸い王様もセミリアさんも呆れた様に溜息を吐くだけだったけど、それすらも気にせずサミュエルさんは奥に見える個室の扉をチラリと見て舌打ちした。

 あの部屋には一人だけここに呼ばれる事を拒否したロールフェリア王女が居る。

 どう見ても人に従うタイプじゃないだけに王女一人が好き勝手していることが気に入らないのかもしれない。

「まったく、相変わらずせっかちなことだなセリムス」

「そうだぞサミュエル。国王の言葉を遮るなどと無礼であろう」

「つーかサミュたんはずっと不機嫌だな。女の子の日なのか?」

「死ねTK。サミュやん、なんぞ気に食わんことでもあるんかいな?」

 次々に自分に向けられる言葉の数々にもサミュエルさんは『フン』と言っただけだった。

 見かねた王様は仕方なくといった様子で話を本筋に戻し、その説明を始める。

「セリムス、お前に取っては退屈かもしれんが、それでも同行させたことにはちゃんと理由がある。これからお主等にはとある試練に挑んでもらわねばならぬのだ」

「「「試練?」」」

 と、声を揃えた僕達の中にサミュエルさんは含まれてはいなかったが、それでもやる気なさげな表情が一変したことが分かった。

 それはさておき、試練とはどういうことだろうか。

 何のことやらさっぱりな僕達は上座に座る王様の言葉を待つ他なく、

「この島が結界や呪法によって外敵から守られていることは聞いているであろう。この島でサミットが行われるようになった頃、先人達の魔術によって施されたものだ。だが、だからといって放っておいても永続的に効果を発揮し続けるということなどあるはずもない。であるからこそ継続的に効果を発揮し続ける方法を取ったのだ」

 そんな僕達に王は説明を続けた。

 ところどころ初めて耳にする人物名や地名などが出て来たものの、要約するとその先人達はより長きに渡ってこの島を守る魔法の効果を持続させるためにその魔力の源を二つの水晶に分けたのだそうだ。

 偶発的に、或いは作為的に水晶が失われてしまった場合に一切の効果が失われてしまうことを避けるべく、二つに分けた。

 そしてその水晶はそれぞれ別の場所に封印してあるのだが、では水晶を残しておくだけで永続的な効果を得ることが出来るかといえばそうでもなく、そのためには定期的に十分な魔法力を注ぎ込むことが必要なのだとか。

 その時期というのがこのサミット三回おきということらしく、今回は偶然……なのかそれを見越して僕達が呼ばれたのかは定かではないが、とにかく各国が協力して水晶の元へと向かわなければならないということだった。

「既に居なくなったフローレシアを除く四カ国がそれぞれ五名ずつを選抜し、さらに二カ国ずつに別れて水晶が封印されている場所へと向かうことになっている。当然ながら探せば見つかる様な場所に置いてなどいないし、封印されている洞窟には水晶を守るべく罠が張られている。他国に出入りしなければならないことや魔物との遭遇も含め戦闘もあり得るだろう。そういう危険な試練だ、だからこそセリムス、お前を同行させたのだ」

 一転して真剣な表情で説明を続ける王様の言葉が途切れると、サミュエルさんはカタっと音を立てて椅子から立ち上がった。

「ま、そろそろ血が見たいと思ってたし、そういうことならやってやろうじゃない、その試練」

 すぐに出発するんでしょ? と、サミュエルさんは不敵に笑った。

 何が見たいと言ったのかは敢えて聞こえなかったことにするとして、やっぱり物騒な話ほどテンションが上がる奇特な人らしい。

「うむ、サミットも前倒しになった手前そういうことになっておる。間もなく一階に集合することになろう。元々はレザンも同行させようと思っておったが、幸いここには五人いることだし我が国の遠征メンバーはクルイード、セリムス、コウヘイ、カンタダ、アスカとする。それぞれ異論はあるか?」

「俺様の大冒険に意義なーし!!」

「ウチも連れていってくれるんか! ちょっと楽しみやん、全然文句なんかあらへんで」

「まあ……僕も異論はないですけど」

 拒否しようものならいよいよ来た意味が無くなりそうだ。

 目的の達成にこの二人の安全も考えないといけないというのも簡単な話ではないのだけど、それがこのパーティーで頭を使うぐらいしか役に立てない僕の仕事なんだもんなぁ。

 聞く限りじゃ化け物と遭遇する可能性もあるみたいだし……どんどん最初に聞いていた話と違ってきている気がする。

「ちなみにですけど、四つの国が二チームに分かれるんですよね? 僕達はどの国とペアになるのかはもう決まっているんですか?」

 ふとした疑問に答えてくれたのはセミリアさんだった。

 僕達にとって良い結果だったのか悪い結果だったのか、どちらにせよ随分な不安の残る組み合わせがその口から発表される。

「私達はユノとチームを組むことになった」


          ○


「改めまして、ナディア・マリアー二と申します。どうぞよろしく」

「樋口康平です。ただの代理の身ですが、よろしくお願いします」

 自己紹介を返して、マリアー二さんが差し出した手を握る。

 王様の話が終わり、僕達とユノ王国勢は港……と表現していいのかどうかははっきりしないが、件の試練へと挑むべく各国の船が並んでいた海岸に集合していた。

 僕達の側は、僕とセミリアさん、サミュエルさん、高瀬さん、夏目さんにミランダさんを加えた六人。

 あちらは会場入りした時に顔を合わせた、若きユノ王国の女王であるらしい紫色の綺麗なドレスに身を包んだ綺麗な女性マリアー二王、サミュエルさんと因縁のあるらしい半分金髪の薙刀を背負った少女カエサルさん、そして背が高く片腕が武器で覆われている無口そうな女性キャミィさんに初対面の男女一人ずつを加えた五人だった。

 最大五隻は並んでいたはずの海岸には二隻の船しかなく、その理由はすでにシルクレア王国、サントゥアリオ共和国チームがそれぞれ自国の船で出発しているからだ。残り一隻は勿論途中で帰ったあの煙草の人が乗って帰ったのだろう。

 ではなぜ僕が向こうの王様と握手などしているかというと、僕が同行しない王様の代理に任命されてしまったからである。

 コウヘイに任せられるならわしも安心だ、なんて言っていたが、どうもあの王様は僕のことを過大評価している節があるのが悩みの種だ。

 といっても王様代行というから大袈裟な話になってしまうのであって、要はこの旅に参加するメンバーのリーダー的なポジションを任されただけの話なので別に偉くなったというわけでもないのだけど。

 僕としては当然セミリアさんがやった方がいいと思うのだが、やっぱりセミリアさんも僕を推薦するのだから遠慮する方法を探すのも一苦労といったところか。

 そんなわけで船を操る術を持たない僕達はユノ王国の船に目的地まで乗せていってもらうこととなり、そのユノ王国の船の前で集合しているというわけだ。

 魔法を使えないという理由で融通を利かせてもらうだけでなく自分達で船も出せないというのは国の面子的にどうなんだろう……出来ないものは仕方ないけどさ。

「ケイト、シャダム、ご挨拶を」

 マリアー二さんは僕にとってまだ名前も知らない二人の男女を見た。

 共に二十歳前後であろう二人を含めて国を代表しているはずのこの場にはおおよそ大人と位置づけられるような歳の人は皆無である。

 戦乱の世であるがゆえのことか、この世界ならではのことか。真っ赤な髪の完璧超人(これも僕と夏目さんが勝手にそう言っているだけ)ことクロンヴァールさんの国には大人もいたし、どちらかといえば前者なのかもしれない。

「我が名はシャダムだ。闇の帝王の名、よく覚えておくといい」

 脳内で考察をしていると、男性の方が変なポーズをしながら言った。

 短髪で上下ともに黒い衣服、腰にはクロスボウとかいったか、トリガーによって弓矢を発射するタイプの武器が装着されている。

 いや、それよりも……。

「や、闇の帝王?」

「今宵の月は血を欲している、警告と捉えるか予兆と捉えるか……お前はどう考える?」

「……思いっきり昼間ですけど」

「ふっ、虚像に踊らされるのもまた一興というわけか」

「………………」

 ……わけ分からん。

「こら、シャダム。失礼でしょう、挨拶ぐらい普通になさい」

 戸惑っている横からマリアー二さんの叱責が飛んだ。

 普通にしろと言われるということは意図してこんな口調をしているということだろうか。

 どういう意味があるのかは一切分からないけど、当のシャダムという男は全く気にしていなさそうだ。

「王よ、この俺の第六感が外れたことはない。この匂い……お前達、異界の者か」

 一瞬、鼓動が早くなった気がした。

 異界の者。

 まさか僕達が別の世界から来た事に気付いたというのか。

 知られて困ることがあるかどうかはともかく、不用意に触れ回ると立場を悪くすることもあると来る前にノスルクさんに言われたっけ。

 とはいえこの場合、しらばっくれるのも不自然でもある。ならばどうするか……。

「えーっと、異界というのは一体どういう意味でしょうか」

 どこまでのことをどういう根拠で気付いたのかを探ってみることにした。

 その答えによって対応を考えるべきだと思ったのだが、しかしそれは杞憂に終わりそうだ。

「失礼しました、コウヘイ様。余りお気になさらないでください、このフレーズも会う人全てに同じ事を言っているだけで大した意味はないのです」

「あ、そうなんですか……」

 心配して損したよ。

 と思いつつ、やっぱり康平様だなんて呼ばれることがむず痒い。しかも相手は一国の王というのだから尚更だ。

「シャダムさん~、余り姫様に迷惑を掛けないようにといつも言っていますよね~。聞き分けが無いようだとまたご飯抜きにしちゃいますよぉ~」

 と、そこで。

 もう一人、二人の新参のうち女性の方がにこにこしながらほんわかとした口調で言った。

 右目に片眼鏡を付けた、若い女性だ。

 いかにも魔法使いな感じの黒と緑の混ざったローブに二次元で見掛けそうな魔法の杖を持っている。この人が魔法使いじゃなかったら誰が魔法使いなんだって感じだった。


「水晶に魔力を補充するにはそれなりの魔法力が必要なのだが、いかんせん我が国にはレベルの高い魔法使いがおらぬ。サントゥアリオも同じく元々魔力が使える者が極端に少ない国だ。シルクレアにはあのロスキー・セラムがいるし、ユノにもかなりのレベルの魔法使いがいる、それが理由だ」


 これはペアとなる国がどうやって決まったのかということを質問した時に王様が僕に言った台詞である。

 この人達の中にハイレベルかどうかは別としても、魔法使いがいるのであれば間違いなくこの人だろう。

「や、ちょっと待てよウェハスール。俺は別に迷惑なんざ掛けちゃいねえぜ」

「うふふ~、弁明よりも他に聞きたいことがあるんですけどねぇ」

「………………す、すまん」

「わたしは姫様ではないですよぉ?」

 なんだか僕を放ったらかして奇妙なやり取りが展開されている。

 というか、顔はニコニコ口調はフワフワな方眼鏡の女性の穏やかな圧力に変な男の人の方が完全に屈しているってどういう関係図なんだろう。しかも脅し文句がご飯抜きって……。

「なんですか、あれ」

 あっちの連中が内輪であーだこーだ言ってる隙にこっそり後ろに居る二人に聞いてみる。

 ちなみにサミュエルさんの舌打ちは聞こえなかったことにした。

「ありゃ……中二病だな」

「ちゅうにびょう?」

 しかも重度のな、と。えらく深刻そうな顔をする高瀬さんの言葉に聞き覚えは無い。

 あれって何かの病気なの? 

 と一瞬思ったが、僕が知らないことを高瀬さんが知っているとは思えないのできっと気にする程の回答でもないのだろう。

「お前失礼な奴だな康平たん」

「酷い誤解です。僕は何も言ってませんよ」

「ていうか康平君、中二病知らんの?」

「夏目さんは知ってるんですか?」

 これでは僕一人が浅学みたいだ。

 隣で一緒に首を傾げているミランダさんの頭を無意味に一度撫でると、謎の病気について夏目さんが説明してくれた。

 完全に余談だが、妹キャラ推しである夏目さんはミランダさんが可愛くて仕方がないらしい。

 確かに見た目は若干幼さの残る可愛らしいタイプなので分からなくもないけども、いちいち顔を赤くするミランダさんを愛でている姿は到底姉妹とは言い難いですよ?

「中二病っちゅうのは思春期特有の思考の変化とでも言うんかな。ゆーても実際の病気やなくてただのネットスラングや。簡単に言えば格好付けてみたり、自分は特別やとか人とは違う存在やとかって感じのイタい思い込みみたいなもんや。重度になるとアニメや漫画の世界と現実を混同しだしてもう周りからみたらそれこそ変な病気にでも掛かったと思わなしゃーない感じに見えるからこそ中二病っていうんやろうけどな。まあ簡単にいえばTKみたいな奴っちゅうこっちゃ」

「なるほど、最後の一文のおかげでなんとなく理解出来ました」

 確かに言動というか、言葉の使い方とか高瀬さんを思い出したのは事実だったりする。

 誰が中二病だオイ、と夏目さんを睨む高瀬さんだったが、説明を聞いてなお首を傾げたままのミランダさん含めてフォローは後回しだ。

 向こうは向こうで内輪話が終わったらしく、あの片眼鏡の女性が戻ってきた。

 戻ってきたというか、ただ視線が僕の方へ戻っただけなのだが、それでも女性はにっこりと微笑んで僕に手を差し出した。

「失礼しました、わたしはケイティア・ウェハスールと申します。以後お見知りおきを」

 手を握ると、穏やかな表情のままウェハスールさんは僕の目を真っ直ぐに見つめる。

 近くで見て気が付いたが、方眼鏡だと思っていた右目についている輪っか……レンズが入っていないんじゃないか?

 ただのお洒落やファッションだとも思えないけど……。

「コウヘイ様、でしたね~?」

「あ、はい。樋口康平といいます。こちらこそよろしくお願いします」

「はい~、よろしくお願いしますね~。ところでコウヘイ様、コウヘイ様はリュドヴィック王の代理として遠征班を代表する立場なんですよねぇ?」

「え、ええ。その器であるかとうかは定かではありませんけど、王にその立場を託されているのは事実です」

「そうですかぁ、お若いのに立派ですねぇ」

「いやぁ……それは全体的にお互い様だと思いますけど」

 今この海岸には十一人いるが、最年長が高瀬さんなんじゃないかというぐらいだ。

 ほとんどが二十歳前後で、にも関わらず国を代表して戦っているというのだから恐るべしである。それに比べれば僕はただ若いだけだ。

「コウヘイ様はお城に仕えておられるのですか?」

「ええ勿論。長らく仕えているわけではないですけど」

「そうですかぁ、何やら事情がおありのようですねぇ。わたしが口を出す問題ではないのでしょうけど~」

 うふふふ、ともう一度笑ってウェハスールさんは手を離し、後ろに下がった。

 代わってマリアー二王が一歩前に出ると、

「それでは出発するといたしましょう。お部屋を用意しますので、当初の予定通りルートと合流地点をそちらで決めてお知らせください」

 にこりと余所行きの笑みを向け、そのまま僕達を船へと促した。

 こうして僕達は試練と銘打たれた旅へと向かうべく、どことも分からない国を目指してサミット会場のある島を出発する時を迎える。

 前回の旅とは大きく違って他所の国の五名と共に、この個性的な面々のリーダーなんて役割を引っ提げて、僕はまた異世界での冒険へと足を踏み出すのだ。


〇          



 少しして再び海の上を進む船からではそろそろ島も見えなくなってきた頃。

 ユノ王国の船の一室を借りて到着までを過ごすことになっている僕達はテーブルを囲んで座り、今後についての話をしている最中だ。

 そこまで大きな船ではないがそもそも乗組員などいないわけで、乗っているのが十一人であることを考えると十分な大きさであると言える。

 船内に四つある部屋に個室はなく、今僕達がいる部屋も十畳ほどの広さにテーブルがあったり暖炉があったりとどちらかといえば談話室といった感じだ。

 最初に聞いた話によると夕方になるまでには余裕で到着する距離らしく、船内で寝泊まりする必要が無い以上は特に不便もないだろう。

 乗組員なしに船が無事到着するのかどうかという疑問は当然あったものの、なんとあのシャダムさんが船を操縦出来るのだそうだ。

 例え中二病であってもそんなことが出来るだけで凄いものだと感心を通り越して尊敬しそうになる。

 聞くところによるとシャダムさんはユノ王国の軍師とか文官という類の役職の人らしい。

 軍師というからにはあの孔明や郭嘉の様な立場だと推測出来そうだが、よくよく考えてみるとユノ王国は軍隊を持たない国だと聞いたばかりだし、実際には少し違った意味になるだろうか。どちらにしても僕には確かめようのないことだし、大きく意味が変わることもないだろう。

「と、いうわけです」

 僕は説明を終える。

 終えたのだが、

「というわけって……どういうわけなん?」

 そう言って首を傾げる夏目さんを含め、誰一人として何一つとして分かっていなさそうだった。

 そりゃそうだ、何故なら僕は何一つ説明していないのだから。

 しれっと全ての説明を終えた場面まで描写が飛んだことにしようと思ったのだが、世界はそう甘くはないらしい。

 こうなってしまっては仕方がないので僕は王様から受け取った紙をテーブルに広げてみると、皆がそれを覗き込んだ。

 描かれているのはこの近辺の海図である。

「サミットが行われた島がここです。真っ直ぐというわけではないですが、この船は今ここから北上していて、こっちの小さな島に向かっています。目的地はラミントという小さな国で、僕達のグループはこの国にある水晶を担当することになっているというわけです。この国の南端から入国して北西にある洞窟に保管してある水晶の所へ向かうんですけど、その洞窟に入るためには二つの鍵が必要だそうで、船を降りたらここからさらに東回りと西回り、地図で言う左右二手に分かれて鍵を受け取りに行かないといけません。二つある鍵のうちどちらの国がどちらの鍵を取りに行くかということと、こちらも二つ候補がある鍵を手に入れた後の合流地点をどちらにするかということを僕達が決めてマリアー二さん達に連絡しなければならないというのが今話し合うべきことですね」

 ほとんど出発前のリュドヴィック王とマリアー二王の話し合いに同席させられた時に聞いた話をそのまましただけだが、多分説明に漏れはないはず。

 問題はどちらのルートを僕達が選ぶか、ということなのだが……。

「私はどっちでもいいわ。ていうかそれ以前に比較のしようも無いじゃない」

 サミュエルさんの言う通り、判断するだけの情報が無いのだ。

 僕はおろかセミリアさんもこの国に入ったことはないというし、リュドヴィック王からも役に立ちそうな情報は特に得られていない。どちらがいいかということを決めるだけの根拠は何一つないのが現状というわけだ。

「確かに、サミュやんの言う通りどっちがええかって言われてもウチらじゃ選びようないで康平君」

「こういう時は左と相場が決まってるんだよ。な、康平たん」

「前回だいぶそれで苦労した気がするので却下で。セミリアさんとミランダさんは何か意見や考えはありますか?」

「わわわわたしですか!? わたしはコウヘイ様の後を付いて行くだけですのでいいい意見なんてとんでもないですっ」

 何を慌てる理由があるのか、あわあわと両手を振りながら答えるミランダさんだった。

 使用人の習性なのか、今も椅子に座るように勧めても後ろに立っているし、雇い主である王様も居ないんだからそこまで遠慮しなくてもいのに。というのはやや酷というものか。

「私も皆と同じ意見だな。選べるだけの情報も無いし、理由も無くどちらが良いとは言えない」

 セミリアさんだけはやや真剣な表情だ。

 根が真面目なのでどっちでもいい、どっちも同じ、とは簡単に言わないのがセミリアさんである。

 そういう場合は、

「ちなみにだが、コウヘイはどう考えているのだ?」

 と、このように仲間に意見を求めるのがやっぱりセミリアさんなのだ。

「僕は西回りのルートでいくべきだと思っています」

「そうなん? 理由は?」

「こっちのルートを選んで、かつそのルートから近い方の合流地点を選べば僕達の移動距離はもう一方に比べると短くなります。どういう道を行くのか、道中に何があるのかが分からないので単純に楽なルートとは言い切れないですけど、向こうの連中と違って日頃から鍛錬しているメンバーだけで構成されていない僕達にとっては体力も考慮していくべきだと思うので」

「なるほどー、確かにセミリアはんとサミュやん以外はどう見ても体力に自信アリって感じやないわなぁ。しかしよー気付くもんやなぁ、康平君は」

「うむ、やはり聡明さでコウヘイに適う者はおらんな」

 いつだって持ち上げすぎの二人の言葉はやっぱりむず痒いけど、それよりも目を輝かせて僕を見ているミランダさんと目を合わせる勇気がなかった。

「ま、メイドたんも含めて俺達戦士と体力を比べるのは可哀相ってもんだし、いーんじゃねえの?」

「お前もどう見ても体育会系ちゃうやん、何が俺達戦士やえらっそーに。ていうか二人以外はみんなそうちゃうん? 康平君も文化系やろ?」

「まあタイプでいえば間違いなくそうでしょうけど、僕は中学時代陸上部なので体力はそれなりじゃないかなぁと」

「へぇ、意外やなー。でも確かに余計な肉とか全然ないもんな康平君て」

 感心した風の夏目さんはポンポンと僕の腹筋を触る。

 セミリアさんの二の腕といいミランダさんの頭といい人の身体を勝手に触るのが好きな人だな。

「ではコウヘイの提案を我々の総意としてユノの面々に報告する、ということでよいか? サミュエルはどうだ?」

「同じ事を言わせないで。私はどっちでもいい。どんな道だろうが誰が襲って来ようが関係ない、足を引っ張る奴は放って行くだけ」

「まったくお前という奴は……少しは仲間意識を持っても冥王の腹は空かんぞ」

「仲間意識? そんな物は犬にでも食わせておけば少しぐらいあんたの頭の中も平和になるんじゃないの」

 話が終わったんならもういいでしょ、と。

 素っ気なく言い残してサミュエルさんは部屋を出て行ってしまった。

「はぁ……すまんな、協調性の無い奴で」

 扉の向こうに消えていく後ろ姿を眺めつつ、溜息を漏らすセミリアさんは頭を抱えている。

 高瀬さんの暴走と違って周囲が制御しきれないというのも頭が痛い問題だ。

 口や態度だけで本当に人を見捨てるような人ではないと、分かっているのはセミリアさんと精々僕ぐらいのものか。

「別にセミリアはんが謝ることちゃうやん。ウチはそない気にならへんし、なんていうか子供やなーって感じでしかないから気悪ぅしたりはないもん。素直やないっていうか、ストイックな自分を意識してるっていうか、そんなもんやろ」

「ま、サミュたんはツンデレだからな。むしろあっちの方が萌えるぐらいだぜ」

 どうやら二人もそこまで気になっていないみたいだ。

 変にギスギスしていては旅に支障が出そうだし、二人が大人でよかったといったところか。いや……高瀬さんの言い分はよく分からないけども。

「そう言ってくれると助かる。あまり度が過ぎるようならキツく言うことも考えなければならないのだろうが、簡単に聞き入れるとも思えないのでな。お主等が寛容でいてくれれば揉め事にもならないだろう」

 なるほど、前回は春乃さんが何度か突っ掛かっていったりしていたけど、このメンバーじゃその心配も無さそうだ。

 逆にその寛容な態度が助長させてしまったりしない限りは大丈夫だと思う……多分。

「では僕はマリアー二さんのところへ行ってきますね」

 僕も海図を畳んで立ち上がる。

 ルートと合流地点はこちらに一任すると言っていたし、マリアー二王も異論を唱えたりはしないだろう。

 ただその前に、一度冷静に考え直す必要があるとは思う。

 自分の発言に責任を持つ。と言えば格好良いのだろうけど、安易な決定になってしまわない様に。

 また海でも眺めながら何か見落としがないかぐらいはおさらいしてから行くことにしよう。ちょっと気になることもあったし良い機会だ。


          ○


 船は緩やかに、それでいて快調に海を進んでいる。

 程よく日も照って良い天気だ。

 そんな人生二度目の木造の帆船の上、部屋を出てデッキに上がると僕はやはり無人の甲板で海を眺めていた。

 なんだか今日は景色を眺めてばかりいる気がする。

「はぁ……」

 気苦労が絶えないというほどのことはしていないけど、慣れない環境で何かをしようとするのは中々に大変なものだ。

 郷に入っては郷に従えというが、口でそう言っていても開き直って全てを受け入れるというのは簡単なことではない。

 まさか自分がホームステイとか出来ないタイプだとは思ってもいなかった。いや……逆にこの経験があればホームステイぐらいなんてことないのか?

『どうした相棒、溜息なんざ吐いてよ。何か気になることでもあるのか?』

 愁いの中、久々にジャックの声を聞いた気がする。

 数少ない僕の相談相手、その名もジャック。

 ゴツい髑髏のネックレスに慰められる人間という絵面は果たしてどれほど間抜けに見えるのかと思うと悲しいものがあるけど、これでもジャックの助言は何も知らない僕にとってはとても役に立つのだ。

 話の分かるジャックだし、ずっと身に着けていればあちらの認識じゃないけど相棒という表現もそろそろ馴染んでくる。

「あの人達をどこまで信用していいのかなーって思ってさ」

『前にも言ったかもしれねえが、何をするにしたって他所の国の連中をあんまりアテにするもんじゃねえぜ? 結局は利害によって敵にも味方にもなる様な関係なんだからよ』

「こんな世界じゃそうだろうね……いや、僕達の世界でもそれは一緒か」

『あのアルバートって野郎みたいに敵でも味方でもねえうちから情報の一つでも仕入れに来るぐれえが賢い生き方ってもんなのさ。必ずしも仲間の反対が敵にゃならねえんだろうが、かといって敵とそれ以外が同義にはなるまいよ。安易に信頼してると痛い目みるぜ』

「それも少し寂しい話な気がするけど、人の世っていうのはどこも同じなんだね。だったら僕も情報収集をしようかな、ジャックでさ」

『教えてやれることは何だってご教示くれてやるが、俺に聞いたって仕方ねえぜ? 俺は他所の国のことなんざ大して知らねえ』

「他所の国のことは知らなくてもこの世界のことなら分かるでしょ?」

『そりゃそうだが……一体何が聞きたいんでい』

「人の心を読むことが出来る……なんて魔法があるのかどうか、かな」

 この世界では化け物や魔法の存在は常識といっていい。

 僕達にとっての非現実的な事象もそれらが現実にしてしまうことが多々あるのだろう。移動方法然り、化け物退治の方法やジャックの存在然り。

 ではそういったものが現実にどこまで干渉することが出来るのかということを僕はほとんど知らない。こればかりは体験に基づいた知識か、聞いて覚える他ないというわけだ。

『また唐突な話題だな。なぜ急にそんな事を聞くんだ相棒』

「ちょっと気になることがあってさ、ウェハスールさんって居たでしょ?」

『あちらさんの魔法使いの女か?』

「そう、その人」

『あいつがどうかしたんでい』

 ジャックの反応を見るに僕の考え過ぎという線も浮上してしまった感じだが、それでも僕には気になっていることがあった。

 つい先程、正確には出発前にユノ王国の人達と挨拶をしている時のことだ。

 ウェハスールさんと自己紹介をし合い、年齢の話などをしている中、あの人はこんな事を言った。


「コウヘイ様はお城に仕えておられるのですか?」


 実際はそうではないが、勿論僕は肯定する。

 この世界においてはそれが自然だし、王様や僕の立場を考えてもそういうことにしておくのがベターだというのは考えるまでもないことだからだ。

 王のお供としてサミットに同行し、王の命を受けて王の代理として挨拶をしている人間がそれを否定してしまう方がおかしな話だし、それを肯定することに何ら不自然さはないはずなのだ。

 それは疑う余地もないし、それ以前にそういう質問をすること自体が逆に不自然だと言ってしまってもいい。

 にも関わらず、あの人はこう言った。


「何やら事情がおありのようですねぇ。わたしが口を出す問題ではないのでしょうけど~」


 にこやかな顔のまま、まるで歓談の続きであるかの様に、誤魔化したことを察していると言わんばかりのそんな台詞をサラッと口にしたのだ。

 僕の答えのどこに疑問を抱く要素があっただろうか。どこに察するだけの何かがあると思わせる要素があっただろうか。

 僕にはそれが不自然さや違和感があると思えてならない。

『なるほど、言われてみりゃ確かに相棒の言う通りだな』

「理解してくれたならよかったよ。それで、どうなの?」

『お前さんが望む答えかどうかは分からねえが、はっきり言っておく。俺の知る限りそんな魔法は存在しねえ』

「ジャックの知る限りってことは……」

『勘違いするなよ? 俺の知識の多寡でその有無が変わってくるって話じゃねえ。要するに、だ。既存の魔法やマジックアイテムにゃそういう力を発揮するものはねえってことだ』

「既存以外の魔法の定義が分からないけど、ジャックがそういう姿になったみたいに本来禁止されているようなものってこと?」

『それも違うな。禁呪だろうが黒魔術だろうが文献は残ってるもんだ、それらは俺の知る範囲として考えてくれていい。いくら俺でも敵が使ってくる可能性がある魔法ぐれえ全部覚えたもんだぜ』

「ますます話が分からなくなってきたけど、だったらジャックの知らない魔法って何を指すのさ」

『お前さんが知らねえのも無理はねえが、世の中にはその人間にしか使えねえ唯一無二の魔法ってもんが存在する』

「唯一無二の……魔法」

『例えば炎や氷を出したり、以前俺が相棒に使った回復魔法、他で言えば毒消しだったり逆に毒を浴びせたり相手を眠らせたりと魔法にもいくつか分野がある。得手不得手はあるもんだが、魔法力を持つものなら鍛錬すればいずれ身に付いていくのがここでいう既存の魔法だ。だがその概念に囚われない特殊な魔法ってのがあってな、血統や遺伝だったり、そんなもんは無関係にある日突然身に付いたり、何らかの危機に瀕した時に発揮することもあるかと思えば、魔法力なんざ縁もゆかりも無いような農家のガキが持って生まれたりもする。そういう既存の魔法とは異なる性質を持った、ただ一人にしか使えない魔法をこう呼ぶ」


 生まれ(ナチュラル)持った(ボーン)覚醒魔術(ソーサリィー)


 ジャックはそう言った。

『基本的には身に付けた本人以外には使えねえ。つまり世間一般に知れ渡ることはそうそうねえってことだ、余程その能力込みで有名な戦士にでもならねえ限りはな。どれだけ博識であってもこればかりは知る由もねえ、それが俺の言った意味ってわけだ』

「なるほど……そういう魔法を持っている人がいることを否定することは誰にも出来ないってわけか」

『そういうこった。だが、だからといって使い手が溢れている力でもねえ。世界中に何人いるんだってレベルの特殊な事例だ。それなりに才能も必要だろうぜ、そこまで考慮する必要はほとんど無いといってもいい。お前さんの知るところで言うと、以前国王の姿を借りた偽物が居ただろう? あれがまさにそうだ。他人の姿に変わる、或いは誰かを変えさせるってのは普通の魔法じゃ不可能だ』

「あの紫色の人か……でもまあ」

 ギアンという人……というか正確には魔族というのか。

 どちらにしてもあの人はもう死んでしまったという話だ。

 であれば今後偽物であるかどうかをいちいち疑わなくてもいいのだとしたらちょっと助かるかも、なんて思ったり。

『さっきも言ったが、基本的には能力を得た本人にしか使えねえ。何が言いたいか分かるか相棒』

「要はその本人にしか使えないはずの魔法すらも使うことが出来る能力を持った人が居なければ、って話でしょ?」

『ご名答、野暮な問題だったようだな。何が言いてえかっていうと、そんなところまで考えちまうとキリがねえって話さ』

「確かめる方法もないし、ってことか」

 ストレートに疑問をぶつけて、そういう能力を持っていますと答える馬鹿がいるとも思えない。

 確かにジャックの言う通りか。

「でも、今僕が知りたいことに限れば調べる方法はあるんじゃない?」

『どういうこった』

「ちょっと考えがあってね」

『ほう、興味深い話だなそりゃ』

 ジャックが答えたのと同時に、足音が近付いて来るのが聞こえた。

 誰かがデッキに上がってきているようだ。

「コウヘイ、ここに居たのか。マリアー二王のところへはもう行ったのか?」

 姿を現すなり僕に気が付き、近寄ってくるのはセミリアさんだった。

 来るときの船でも思ったことだが、風に舞うセミリアさんの銀色の髪の毛は余計に綺麗に見えるなぁ。

 なんて場違いなことを考えている場合ではなく、

「いえ、それはまだこれからでして。その前にセミリアさんを呼びに行こうと思っていたのでちょうどよかったです」

「私を? 何か話があるならば是非聞こう」

「マリアー二さんへの報告ですけど、セミリアさんに行ってもらえないかと思いまして」

「私は構わないが……何か理由があるのだろうか」

 無理に聞こうとは思わないし、コウヘイがそうしろというなら理由がなくても構わないのだが。

 なんてことを素で言うセミリアさんの信頼に若干心が痛むが、これも全て仲間のため。

「事情は後で説明しますので。それで、その報告に関してなんですけど、一つお願いがあります(、、、、、、、、、、)

 

 


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