【第四章】 国王行列
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翌朝。
目を覚ましたのは午前七時だった。
といっても僕の腕時計がその時間を指しているというだけであってこの世界の一日が二十四時間で回っているとも限らないのだが、外の様子や身体の具合からいっても大体そんなところだろうとは思う。
起きた時にはすでに部屋に居なかったサミュエルさんを除いて僕達は二人のメイドさんに起こされたわけだが、一晩経っても若い女性に『康平様』と呼ばれることには違和感と分不相応感しかない。
アルス・ステイシーさんとミランダ・アーネットさんという二人のメイドさん。
王様から僕に贈られた僕専属の世話役……らしいのだが、起こしてくれた後に僕だけ髪を梳かそうとしたり、衣服の埃を払ってくれたりということをされると本当に気まずいったらありゃしない。
夏目さんやセミリアさんは笑ってくれていたが、高瀬さんが贔屓だなんだと拗ねていただけに申し訳なくなってくる。
とはいえ、やはり『これが仕事ですから』と言われてしまうと遠慮し続けるのも心苦しいことは事実であるし、
『お食事の用意が出来ております』と、起きたばかりの僕達に言う彼女達は一体何時に起きたのだろうかと思うと同時に、お城で働くというのは大変なんだなぁ、なんて思えば思うほど僕の我が儘で二人の仕事を阻止しようとしているみたいで二人に対しても気を遣わないといけなくなってくるという悪循環だった。
眠たそうな顔も大変そうな顔もしなければ身なりもキチッとしているし、それでいて昨日会ったばかりの人間に謙らないといけないというのだから本物のメイドさんというのは凄いものだ。
○
部屋で朝食を済ませた僕達は、準備が済み次第王様のところへ来るようにと伝令を受け取った。
夕食の肉料理も美味しかったが、朝食として振る舞われたパンに野菜やフルーツを挟んだサンドウィッチの様な食べ物もあっさりしていて僕好みの満足のいく食事だったと言える。
ややパサパサしている米らしき物が主食なのかと思いきや、パンもあったり魚料理も肉料理も野菜メインの料理もあったりと食文化は豊富なようだ。食材のほとんどが聞いたこともない物なだけに、異文化に触れている感じがプラス補正となっているのかもしれない。
とまあ異世界食レポはこのぐらいにしておいて、僕も準備をするとしよう。
といっても持ってきたショルダーバッグを肩に掛けるだけで終わってしまうので他の皆を待ってる状態なのだが、それはそれで手持ち無沙汰である。
自分で食べたものは自分で片付けるという我が家のルールに加えて、バイトの癖で人が食べた後の食器まで下げたくなる僕は食後の片付けを手伝おうとしたのだが、
「コウヘイ様にそんなことをさせられるはずがありませんっ。どうかおやめ下さい」
というアーネットさんによる懸命な訴えにより却下されてしまった。
慌てふためき、半泣きで言われてしまっては僕も引き下がるしかなく。
そんなわけで僕は今部屋で夏目さんとセミリアさんの準備が終わるのを待っているのだった。
ちなみにサミュエルさんは結局食事が終わっても戻ってこなかったし、僕と同じく準備が無い高瀬さんは城を探検してくるぜと勝手に出て行こうとしたのでせめてもの目付役にジャックを持たせておいた。
何か粗相がありそうで一人にしておくのは恐ろしい限りなのだけど、だからといって僕達の制止を聞き入れる高瀬さんではない以上は最低限の対処だといえるだろう。
そして夏目さんは化粧をするために洗面室に籠もっているので実質部屋には僕とセミリアさんしかいないのだが、セミリアさん達は化粧もしなければ髪の手入れをするわけでもないのにどうしてあれだけサラサラの髪や綺麗な外見を維持出来るのだろう。不思議だ。
そんなセミリアさんはいつもの重そうな防具を胸部や両手足に装着し、鞘に入った剣を腰にぶら下げると小さな巾着袋から小さなレンズのような物を取り出した。
薄くて小さな円形をしている透明のそれは、僕達の世界でいうコンタクトレンズとほとんど同じ物に見える。
「セミリアさんって目が悪いんですか?」
思わず聞いてみた。
するとセミリアさんはレンズを目に付けようとする手を一度止め、不思議そうな顔で僕を見る。
「うむ? なぜそう思うのだ?」
「僕達の世界にも同じような物があるんです。それを目に付ければ視力が良くなるという物なんですけど、セミリアさんの反応からするにそれはまた違う物みたいですね」
「そのような物があるのか。やはりコウヘイの世界のマジックアイテムは凄い物ばかりだな」
……それは相当お互い様だと思う。
そもそも魔法じゃないし、という説明は科学の意味を理解してもらえなかったので出会って間もなく諦めたわけだけど。
「だが私は目は良いほうだぞ。これは何か特殊な効力がある物ではなく、ただ瞳の色を変える為の物だ」
「瞳の色を……変える? どうしてそんなことを?」
要するにカラーコンタクトみたいな物ということなのだろうか。
しかし、なぜセミリアさんがそんな物を……まさかお洒落でというわけでもあるまいに。
「ふむ、そうだな。コウヘイには話しておいてもいいだろう、これは私の出生に関係のある話でな」
「はあ……出生、ですか」
「私の瞳を見てくれ」
そう言って、セミリアさんは自分の目を指差しながらグッと顔を近付けてきた。
あのセミリアさんの顔が数センチの距離にある。正直、瞳の色どころではない。
「薄いブルーであることが分かるだろう?」
「え、ええ。そうですね」
それでも辛うじてその瞳を目視する。確かに金髪の外国人をテレビなどで見掛ける時に目にする様なブルーの瞳をしている。
もっとも、これは出会った頃から認識していた。
単に異世界人かどうかということよりも日本人ではない以上そういうものなのだと思って特に触れることがなかっただけのことだ。
「これからサミットに行くにあたって、この瞳を見られるとあまりよくない場合があってな」
そこでようやくセミリアさんは顔を離した。
同時に僕は考える。どうしてサミットに行くことに瞳の色が関係するのだろうか。この世界の常識に通じていない僕にはいくら考えたところで答えに行き着ける気がしない。
そんな僕を見て理解してもらえていないことを察したのか、セミリアさんはそのまま説明を続けた。
「昨日サントゥアリオの話をしたのを覚えているか?」
「ええ、勿論」
「実は私はそのサントゥアリオの出身でな。昨日あの国の歴史を少し話したが、説明した通り少々複雑な事情がある国なのだ。そういった歴史が原因で今なお内乱に近い争いが続いている」
「内乱……ですか」
「ああ。古くからあの国に住まう先住民族であり、国民の大多数を占めるガナドル民族とかつて武力によって国を侵略した過去を持つ移住民のピオネロ民族の争いだ。今でこそ大きな事件も少ないが、少し前まではピオネロ民族を排除しようとする動きがあったり、逆に対抗したピオネロ民族によって先代の国王が暗殺されたりといった大規模な抗争があった。ゆえにピオネロ民族は国内では忌み嫌われる存在となっているのだ。そしてその二つの民族というのは瞳の色ですぐに見分けがついてしまう」
「それはつまり、セミリアさんはそのピオネロ民族の血を引いているということですか? だからその国の人達に見られるとまずい、と」
「さすがはコウヘイ、と言いたいところだが少し違う。私はその両民族のハーフなのだ。サントゥアリオ共和国の人間どころかピオネロ民族にすら本来受け入れられる存在ではない。ガナドル民族はグレー、ピオネロ民族は薄く緑がかった瞳をそれぞれしているのだが、そのハーフはブルーの瞳になるということは彼等にしてみれば周知の事実。サントゥアリオの人間全てが排除派というわけではないし、共存を唱える者も中にはいるが、それはどうしても少数派だ。参加国にサントゥアリオが含まれている以上は極力は知られない方がいいということでこうして対策をしているというわけなのだ」
「そういうことだったんですか。なんだか、嫌な話をさせてしまってすいません」
「なに、気にするな。自分の意志で話したことだし、お主に知られて嫌な思いをする私ではない」
本音かフォローか、セミリアさんは優しく微笑しレンズを装着する動作を再開した。
今まで触れなかったことに触れれば触れる程、今まで気にしていなかった事を知れば知る程、新たな事実をや情報を得るばかりだ。
僕がこの世界で誰かの役に立とうと思うのなら、昨日ノスルクさんに言われた通り情報を生かし、かつてジャックが言ったみたく全てを疑い、頭脳で相手を上回るぐらいしか方法はない。
無条件に僕を信用してくれるセミリアさんを見て、僕は僕の出来る事をするために様々な事を知り、色々な事を考える癖を付けなければと、改めて決意した。
○
セミリアさんと夏目さんの準備が終わると、予定通り玉座の間に集合した僕達。
間もなくして国王陛下が来られますとステイシーさんからの報告を受けたのだが、そんな段階にきてなおこの場にサミュエルさんの姿はなかった。
セミリアさんが兵士の一人から報告を受けているのを聞いたところによると、日課である朝の鍛錬を済ませたのち汗を流しているらしく、出発時に直接外で合流すると言っていたとのことだ。
分かっていたこととはいえ、なんとまあ団体行動の取れない人だろうか。それが許されるのは勇者であるがゆえのことか、サミュエルさんであるがゆえのことか。
そのどちらにせよ今僕が気になって仕方がないのはサミュエルさんよりももう一人の協調性を欠いた同行者の方だった。
その名も高瀬さんは合流してからというものの、なぜかずっといじけたように一人でブツブツと独り言を繰り返している。
声を掛け事情を聞いてみるべきかどうか迷う僕だったが、他の二人がそれをする様子がないのは触れると色々と面倒臭そうだという考えによるものだと薄々感じられるだけに少し躊躇われるところである。
直前まで一緒にいたジャックに聞けば事は済むのかもしれないが、ジャックは周りに人がいる場所では返事をしてくれないし、そもそも今は喋るネックレスを面白がった夏目さんが強引に持っていってしまったせいで僕の首に掛かっていないためこっそり聞くことすら出来ない。
「いいんだいいんだ、俺にはルミたんがいるさ。どいつもこいつもセオリーってものを知らねえんだ、この世界の住人はよ……」
「………………」
空気が重い。
少し城の中を散歩しただけで何をそこまでどんよりした姿で帰ってこなければならないというのか。
「あの……高瀬さん?」
居たたまれない空気に根負けした僕はついに声を掛けてしまった。
まるで自分以外の誰かがそうするのを待っていたかの様に、夏目さんとセミリアさんもちらりとこちらを一瞥したのがどうにも貧乏くじを引いた感を増長させる。
「おお、なんだ康平たん。居たのか」
「ずっと居ましたよ……ていうか、何があったんですか。そんなに肩を落として」
「そうだな、康平たんには教えておいてやろう。唯一俺の気持ちを分かってくれそうだしな。きっと康平たんも幻滅するぜ」
「げ、幻滅?」
「場内を探索してたらよー、ローラ姫に会ったんだよ」
「ロ、ローラ姫……ですか」
王様の娘であり王女の名前だ。
かねてより顔を合わせることを誰よりも楽しみにしていたのが高瀬さんだったはずだけど……。
「確かに結構な美人だったよ。でも……」
「……でも?」
「すげー嫌な奴だった……あんなん俺の求めていたお姫様じゃねえ。見下したような態度で罵詈雑言を浴びせられた挙げ句にゴミを見るような目で見られたぜ」
「………………」
それは毎度の事なのでは、とはさすがに言えず。
しかしあの高瀬さんが言葉や態度でここまで凹むとは……そこまで本気でローラ姫とやらと結ばれる気でいたのか。
「全然聞いてた話と違うぜ勇者たんよー、俺はあんな奴のために世界を救ったのかと思うと悲しくなるぜ」
「ま、まぁ……確かにローラ姫は少しばかり子供っぽいところもあるが、慣れるとそこまで悪いお方ではないのだ。あまり気を落とすなカンタダ」
セミリアさんも精一杯のフォローだった。
高瀬さんとローラ姫のどちらに対するフォローかはさておき、別に世界を救うまでの大それたことはしていないと思うのだが……。
「待たせたな諸君」
そんなタイミングで、ようやく王様が部屋へと現れた。
いつも通りに絵に描いた様な王様の格好に真っ赤なマントを羽織ったこの国の王はのそのそと玉座の右奥にある扉から入って来ると、その大きく豪華な玉座へと歩く。
そして現れたのは王様は一人ではなく、後ろに真っ白なドレスを着た若い女性を引き連れていた。
察するに、あれがローラ姫と呼ばれる人物なのだろう。
そのドレスや身に着けた物の煌びやかさが若干大人っぽさを感じさせてはいるものの、実際の年齢は精々僕より少し上といったところか。
確かに不貞腐れた表情で入ってくるなり値踏みする様に周囲の人間を見回す態度や目付きは、性格キツそうだなぁと思わせるには十分なものがあった。
「お父様。どうしてそう急かすのですか、まだ準備が済んでいないと言っているではありませんか。王女であるこのわたくしがまだ朝食も取っていないというのに」
ドレス姿の女性は、挨拶の一つもないままに玉座に腰掛けた王様に向かって不満を漏らし始める。
王様をお父様と呼ぶあたり王女であることは間違いなさそうだが、であればこそ高瀬さんの言っていることもあながち偏見ではなさそうだと思わざるを得ない感じだ。
「そう思って随分と前から用意を済ませるようにと伝えてあっただろう。どうしてそういつも準備に時間が掛かるのだお前という奴は」
「王女としての嗜みですわ。それを差し置いてまで優先すべきことなどあるとでも?」
「今日はサミットへ向かう日なのだぞ。数年に一度の国際的な交流の場に我々が最後に到着したのでは格好も付かぬであろう。お前も王女王女と言うならばそういうことも覚えよ」
「その様な上っ面だけの見栄などお父様が覚えていれば十分です」
何とも辛辣な言葉を投げ掛けると、そこでようやく王女は玉座の前に並ぶ僕達を見渡した。
右から左へと一周したのち、その視線は僕へ向いたところで制止する。
「そこの下人、今すぐ厨房に行ってわたくしの食事を用意するよう伝えてきなさい」
「げ、下人?」
この世界では何度も芸人と間違われてきた僕だったが、ここにきて『い』が取られることによって更に身分が下がってしまったらしい。
王女に対する口の利き方というか、接するにあたっての距離感が分からず返す言葉を探していると、セミリアさんが慌てて口を挟んでくれた。
「ロ、ロールフェリア様、彼は使用人ではありません。魔王討伐時のパーティーの一人であり、王の護衛として招聘された私の仲間です」
「あら、そうでしたの。余りにも戦士らしくない見窄らしい格好をしているものだから見間違えましたわ。そうならそうでもう少しマシな格好をなさい」
王女は悪びれる様子もなく、むしろ畳み掛けてきた。
今まで十七年近く生きてきて見窄らしいなんて言われたのは生まれて初めてである。康平の精神に280のダメージだった。
とまあ冗談はさておき、ロールフェリアというのがあの人の本名なのか。ロールフェリア王女、それでローラ姫というわけだ。
「これローラ、失礼な事を言うでない」
と、叱責する王様の言葉もさることながら、
「な、俺の言った通りだろあれ」
なんて耳打ちしてくる高瀬さんの言葉にも大いに納得だ。
そして結局、
「と・に・か・く・わたくしは朝食を済ませてきます。終わり次第準備をして馬車に向かうので迎えは結構ですわ。衛兵、付いてきなさい」
ほとんど一方的に言い残して、王女は振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。
近くにいた槍を持った兵士が二人、慌ててその後に続く。
そして扉の向こうに消え、完全にその姿が見えなくなると同時に王様が溜息と共に肩を落とした。
「はぁ、まったく誰に似たのやら……」
「えっらいお姫様がおったもんやな~。おっちゃん、ちょっと甘やかし過ぎちゃうん」
……いや、その物言いもどうだろう。
「不愉快な思いをさせて済まなかった。なにぶん母親を亡くしてからは叱る者もいなかったものでな……少々我が儘に育ってしまったのがわしの悩みの種でもあるのだ」
「あれが少々ってレベルかよ。期待して損したっつーの」
吐き捨てる様に言う高瀬さんに少なからず同意したいところではあったが、その高瀬さんや夏目さんの態度を考えるとお釣りがくるぐらいなので敢えて僕は何も言わないでおくとしよう。
苦笑する他ない王様だったが見かねたセミリアさんが二人を宥めることでようやくこの場も落ち着き、王様が本題に入った。
「裏門を出たところに兵士と馬車を待機させておる。これからそこに向かってもらおうと思っておったのだが、ローラがあの様子では出発までは少し時間が空くだろう。一刻後に改めてそこに集まってくれればそれでよい、それまでは各々自由に過ごしてくれ」
そんなわけで僕達はしばしの自由時間を得ることになった。
一刻後。僕達の基準でいうと三十分後か。
それなら僕も一度部屋に戻り、ゆったり過ごさせてもらうことにしよう。
○
そんな暢気な考えは大層甘かったらしく、それから十分後には僕は城を出て街を歩いていた。一人ではなく、隣には給仕服姿のミランダ・アーネットさんがいる。
何故こんな事になったのかというと、それは王様の一言がきっかけだった。
僕達は名目上、王様の護衛として同行することになっているわけだけど、夏目さんと僕だけ武器を持っていないのはいかがなものかと指摘を受けたのだ。
女性である夏目さんはともかく、男である僕は格好だけでも、或いは自衛のためにも武器を持っていた方がいいのではないかということだ。
僕が持ってきた物の中で武器といえるのは確かに護身用のスタンガンぐらいだし、ICレコーダーや小型のモニターで受信するタイプの発信機が電池で動くことは確認したもののスタンガンは動作確認をしていないというのが実際のところ。
一人になる時間が全く無かったとはいえ、人前でスタンガンを取り出すという非常識な行為を躊躇ってしまうあたり僕もまだまだ日本で過ごしている時の認識を棄てきれずにいるらしい。
そんなわけで幸か不幸か王様は城の武器庫から好きな凶器を持っていっていいと言ってくれたのだが、いざ見に行ってみるとズラリと並ぶ本物の剣や槍、斧は僕には重すぎて使用するしない以前に持ち歩くだけで力尽きそうだったので諦めるほかなく、かといって弓矢やブーメランなんて使い方も分からないのでやむを得ず街の武器屋で何か適当な物を探しに向かわされた次第である。
模造の物ではなく実際に人や化け物を殺傷するために作られた物なのだ。当然といえば当然なのだろうけど、こんな僕ですらそういった物を持っていた方がいいというのだから物騒な世界だ。
使える使えないや重量に関係無く、そんな物を持ち歩くこと自体が嫌で仕方がないのが本音ではあったが、前回の旅では盾で攻撃を防ぐ以外に役に立っていない事実があるだけに必要ありませんとは言えないジレンマがあったりもした。
銃の所持が認められている国であったり戦争や内乱、テロが続く国も多い僕達の世界で銃刀法違反なんて法律があり自分の身を自分で守らなければいけないなんて意識が薄い日本で暮らしているから抵抗があるだけなのかもしれないけどさ……。
「コウヘイ様、あそこの角を曲がれば武器屋に到着します」
そんなことを考えていると、ふとアーネットさんが通りの先を指差して言った。
無理矢理僕に与えられた、この世界での僕の生活をサポートしてくれる役の一人であるアーネットさん。
僕より年下だろうに僕よりもよっぽどしっかりしている人だ。と、最初は思っていたのだが、道を間違えたり通行人にぶつかったりと普通におっちょこちょいだった。
それでも、あたふたしながらであっても一生懸命なのは伝わってきたし、真面目で誠実な性格であることも理解出来るだけに僕などに付き従わなければならない境遇が不憫でならない。
「すみません、わざわざ案内させてしまって」
「何を仰るのです。コウヘイ様のお役に立つことがわたしの仕事だと何度も言っているじゃないですか」
「確かに何度も聞きましたけど、元々偉そうにお供を引き連れるような人間でもないのでやっぱり申し訳なくなっちゃうというか」
「遠慮なさらないでください。コウヘイ様はこの国を救ったのですよ? 堂々としていてくれればいいんです。でないとわたしも志願した甲斐がないというものですから」
わたしなんかがお供では格好も付かないですけど、と付け足してアーネットさんは舌を出して微笑んだ。
志願したとは一体どういうことなのだろうか。
聞いてみると、僕には知る由もない事実が発覚する。
「勇者様がコウヘイ様を連れてくると知った国王様がコウヘイ様のお世話をするための使用人を募ったのです。だからわたしは真っ先に立候補したんですよ?」
「そうだったんですか。でもどうしてアーネットさんはそうしようと思ったんですか? 見ず知らずの人間にわざわざ付いて歩くのも大変でしょう」
「アーネットさんだなんて他人行儀な呼び方ではなくミランダとお呼びくださいと何度もお願いしているのに……」
「そう言われましても……」
拗ねた様に言われても困る。
日本人とは名前の位置が反対であることに考えが及ばずセミリアさんやサミュエルさんを勝手にファーストネームで呼んでしまっていたのは後から考えれば相当失礼なことだったはず。
二人は特に何も言わないので今さら呼び方を変えることもないのだろうけど出会って間もない、しかも女性をいきなり名前で呼ぶというのはどうかと思うわけだ。
「それから、その敬語も必要ありません。貴方様はわたしやアルスさんの主人なのですから」
「いやぁ、その主人というのが僕には簡単に受け入れられることじゃないというか、本来そういう立場の人間でもなければ僕が暮らしているところではそういう文化が無かっただけに慣れないというか」
実際のところ一切無いということはないのだろうけど、庶民感覚でいえばやはりあり得ないシチュエーションであることに間違いはない。
執事だメイドだなんてのは二次元の中でしか馴染みがないのが大多数の日本人の認識だろう。
「駄目……ですか?」
今度は縋る様な目で見られた。
なんとまあ罪悪感を掻き立てる顔だろうか。
小動物的というか、ぞんざいにすることがイコール自分が酷いことをしている様な気にさせられそうですらある。元々小柄な体格なだけに余計にそう感じる。
「で、ではミランダ……さん」
意志薄弱な男、その名も僕だった。
「もうっ、さんはいらないですってば~」
「僕なりに慣れないながらも葛藤した結果なので……今はこれで勘弁してください」
「じゃあ敬語をやめたら許してあげます。なーんて、冗談ですよ。コウヘイ様があまりにもお人が良いのでからかってみたくなっただけです。でもまあ、敬語や呼称については本音なんですけどね」
もう一度アーネットさん……いや、ミランダさんは舌を出して笑った。
この状況でからかってくるとは、存外逞しい子のようだ。
「僕は別に自分が偉いだなんて思っていないですし、あまり畏まらないでもらえた方が助かるのでそのあたりはお互い様ということで。ミランダさんが敬語をやめたら僕もやめるというのはどうです?」
「うふふ、ずるい言い方をするんですね。わたしは国王様の命を受けてコウヘイ様のお側に居させていただいているんですよ? そのわたしがそんなこと出来るわけがないじゃないですか」
気を悪くした風ではなく、どこか茶目っ気を含んだ意味だ。
王様相手ならまだしも僕とミランダさんの間に立場が上も下もないと思うのだが、ミランダさんのそれが僕が喫茶店の客に敬語を使うのと同じ認識なのだとしたら気さくに話せといっても無理な話か。
「そもそもミランダさんっていくつなんですか? 失礼でなければ」
「どうして失礼なんです? わたしは少し前に十六になったばかりですよ」
ということはやっぱり僕より年下なのか。
ギリギリとはいえ、だったら敬語ぐらいなくしてしまってもいいのかもしれない。
「凄いですね。十六歳でお城で働いているなんて」
「え~、もしかしてそれって嫌味ですか?」
「いや、全くそんなつもりはないですけど。どうしてそう思うんですか?」
「だって、だったらコウヘイ様はおいくつなんですか?」
「僕も十六ですよ。もうすぐ十七になるからミランダさんの一つ上ってことになりますね」
「ほら、わたしとほとんど変わらないじゃないですか。それなのにコウヘイ様や二人の勇者様はこの国を救ったんですよ? そっちの方が百倍凄いことです」
「それは別に僕個人が凄いわけじゃないですよ。僕は付いて行っただけでほとんどセミリアさんやサミュエルさんの存在あってのことですし」
あと虎の人と。
「コウヘイ様は本当に勇者様の仰る通りの方なんですね」
「勇者様って、セミリアさんのことですか?」
一体何を聞いたんだろうか。
どういうわけかセミリアさんは僕の事を良い方向に誤解している節があるので若干不安である。
僕は大した役に立てなかったことを本当に悔やんだし、化け物達をやっつけたのもほとんどセミリアさんやサミュエルさんなのに何故か皆のおかげだということを強調するセミリアさんだけに尚更だ。
「はい、その勇者様から聞いたんです。コウヘイは頭も良いし勇気も持ち合わせているが謙遜してばかりなのが欠点なのかもしれないって」
「いや、別に謙遜しているつもりは……」
「他にも色々と聞かせてもらいました。なんでもコウヘイ様は異世界の住人なのだとか。しかもその世界では魔族も存在せず、魔法もなくて国民は平和が乱れる心配なんてしていないんだって」
「それはまぁ……間違ってはいないですけど」
あくまで日本に暮らしている人間は、という話ではあるけど。
ほとんどの日本人にとって戦争なんてものは自分の身に降り掛かる恐れのない他所の国の話か、そうでなければ歴史の教科書に載っている昔の出来事ぐらいの認識しかもっていないだろう。そういう意味では間違った解釈をされているというわけでもない。
「にも関わらず危険を承知で自分に手を差し伸べてくれたんだって、勇者様は仰っていました。何度挑んでも魔王に勝てなかった私がそれを達成出来たのは仲間のおかげであり、全てはコウヘイに出会えたことから始まったのだ、とも。そんなコウヘイ様に感銘を受けてわたしはお世話役に立候補したんです。見ず知らずの人間のために見ず知らずの魔物と戦うことを受け入れて、その頭脳で敵の罠を見破り、国王様を救い、時には仲間の盾になり、そして最後にはこの国を救ってしまう。こんなに凄いことはないと思うんです」
「いやぁ……それは色々と都合の良い表現や解釈をしすぎな気がしてならないんですけど」
「そんなことはありません。まるで自分のことのように誇らしく語る勇者様のお姿は今でも覚えていますから。わたしなんて村を離れてこの街に来るだけでも怖がっていたのに、世界にはそんな凄い人もいるんだなぁって。それでそういう人の傍にいれば弱虫なわたしにも学べることがあるかもしれないと思って立候補したんです」
ミランダさんは無垢な笑顔で僕を見上げている。
もしや遠回しに今回の王様のお供という任務をしっかり果たすんだぞと釘を刺しているのではあるまいなと思ってしまう程の持ち上げっぷりには困惑するしかないのだけど、まさかこのミランダさんがそんなことはしないだろうと信じたい。
どちらの場合にしても反応に困ることに違いはないのだが、返す言葉を探すよりも先にミランダさんが目的地に到着したことを告げたため話題も変わってくれたのでよしとしよう。
「コウヘイ様、ここが武器屋さんです」
という言葉と共に立ち止まった僕達の前にまる一軒のお店。
サイズも見た目も思っていたより普通の雑貨屋さんみたいな雰囲気のお店だった。剣の絵が描かれた看板が掲げてあるが、特に店の名前とかは見当たらない。
「らっしゃい」
店に入ると、店主であろうこれまた普通のおじさんが僕達を出迎えてくれる。
やはり壁や棚には剣やら槍が並んでいて、お城の武器庫と違うのは鞭や杖らしき物まであることぐらいだろうか。
「何をお探しかな?」
どう見ても武器なんて扱えそうにない中年店主が僕達の方へ寄ってくる。
それなりに賑わう街の中の、しかも衣料品店や食材を売っている店と同じ通りに並んでいるところからしておかしな話だと思うのは今この場においては僕だけなのだろうか。
「小さくて軽い物を探しているんですけど、持ち歩くのに不便がないような」
「そうかい。確かに兄ちゃんは非力そうだし、大型の武器は扱えそうになさそうだもんなぁ」
余計なお世話だ。
と心で呟き、手招きする店主に付いていくと奥の棚にナイフのコーナーがあって、様々な形のナイフが所狭しと並んでいた。
なるほど、確かにナイフなら僕が持ち歩いても不便はなさそうだ。
というかこのぐらいなら最初から用意しておくことも出来ただろうに、使うかどうかも使えるかどうかも分からない機械にしか頭がいっていない自分に万歳だ。
「これにします」
刃がギザギザだったり、アイスピックのように細く尖っていたりと形もデザインも色々ある中から僕が選んだのは普通のナイフである。
普通といっても決して普段料理に使うような物ではなく、どちらかというとコンバットナイフのような形の物だったが下手に変わったデザインの物を選んでも扱いに困るだけだろう。
「あいよ、ブロンズナイフね。150リキューだよ」
リキューという通貨単位の価値を知らない僕にはこれが高価なのか安価なのかも分からないけど、王様からお金を預かっているミランダさんがあっさり払っているあたり迷惑を掛けるほどの値段ではなさそうだ。
壁に掛かった派手な剣とか1300リキューとか書いてあるし、それに比べれば安い物なんだろう。
「毎度あり。兄ちゃん、さっそく装備していくかい?」
「いえ……結構です」
本当に言うんだ……この台詞。
装備していくもなにも、これ持ってるだけでそういうことになるんじゃないの?
「そうかい。また来てくんなよ」
この世界の常識は、やっぱり僕には理解が出来ないことばかりだ。
○
そのまま来た道を戻り、集合場所である城の裏門へ到着した僕の前には壮絶な光景が広がっていた。
大きな広場に今までどこに居たのかという程の兵士がずらりと整列していて、さらには木製の台車に乗った大砲がいくつも並んでいる。
何百人という兵士とその一人一人の横に馬がいるという、まるで今から合戦でもしに行くかのような雰囲気に唖然とするしかない感じだ。
僕はこんな光景など昔テレビで見た三国志のドラマでしか見たことがない。
「コウヘイ、戻ったのか。既に出発の準備は出来ているぞ」
思わず立ち尽くす僕のところへセミリアさんが寄ってきた。
元々傍に居たのか後から近付いてきたのかすら把握出来ていない僕は大層間抜けなのだろうが、そんなことが気にならないぐらいにこの光景に見入ってしまっていたらしい。
「良い物は見つかったか? 中々この国では上等な武器も手に入らないのが辛いところではあるのだが」
「そっちの方は問題なく解決しました。それより、凄いですねこれ……一体何人いるんですか?」
「剣兵、槍兵がそれぞれ百人と弓兵、魔法部隊が五十人ずつだ。道中の護衛として王を守るべく同行する」
つまりは合計三百人ということか。
これだけの兵隊がいるのになぜセミリアさんやサミュエルさんが一人で戦わなければいけなかったのだろうか。
この中の誰か一人にすら喧嘩で勝てる気がしない僕ですら一緒に行くぐらいのことは出来たというのに……。
「それほどに魔王軍が驚異的であったということさ。それに、彼等の仕事は敵を倒すことよりも国民を守ることだ。兵士の大多数を犠牲にしてまで戦いを続けてもどのみちこの国に未来はないだろう」
そんなことをあっさりと言うセミリアさんは大した器量だ。
僕に限らず他の人が同じ立場にいればきっと不平不満の嵐だっただろう。そういう性格のセミリアさんだからこそ勇者として認められているのだろうけど。
「さあ、他の者はすでに馬車で待っているぞ。私達も行くとしよう」
「分かりました。僕はどっちの馬車に乗れば?」
二台用意された馬車に王様、王女、セミリアさん、サミュエルさん、僕、高瀬さん、夏目さんにミランダさんとステイシーさんが別れて乗り込み移動するということは事前に聞いていた。
まあ無難にいけば僕達日本人組プラスミランダさん達とそれ以外に別れるといったところか。
「前の馬車に王と王女、私とコウヘイに使用人のどちらかということのようだ」
意外な振り分けだった。
王様や王女と一緒って気を遣いそうだなーという感想もさることながら、サミュエルさんと一緒の高瀬さんは五体満足で到着出来るのだろうかという不安がハンパじゃない。
とはいえ、いつまでも僕待ち状態で待機させているのも申し訳ないので黙って乗り込むことにするのだった。
かくして二台の馬車が前後に並び、更にその前後にはズラリと兵士達が列を作る大名行列ならぬ国王行列での移動が始まる。
イメージ的に固い椅子に座ってガタガタと揺られる様なものだと思っていたのだが、椅子にはクッションが備わっているし、そこまで揺れに悩まされることもなく生まれて初めて乗る馬車は思ったよりも乗り心地は悪くないものだった。
出発して以来しばらく王様とセミリアさんが話が続いていて口を挟む者はいない。
内容には少なからず興味を抱いているものの地名や人名からして何のことやら分からない僕は口を挟むことも出来ないため黙って窓の外を眺めている。
別に景色を眺める必要性はないのだろうが、あからさまに暇そうで不機嫌そうな王女に絡まれでもしたらたまったものではないという理由だったりした。
そんなわけで二人の会話に聞き耳を立てながら黙って過ごしていると、王様が深く溜息を吐いた。中身はサミットの話みたいだ。
「しかし、一番の問題はやはりクロンヴァール王と顔を合わせた時だろうな。ああ困った……」
「支援の件、ですか」
「うむ、確実に自立への見通しや対策についての説明を求められることにだろう。シルクレアの船が入りやすくなるよう新たに港を作り始めてはいるのだが、果たしてそれだけで満足してくれるかどうか……魔王が去り平和を取り戻したとはいえ、生産能力の低下はそう短期間で改善出来るものではない。情けない話だが、今シルクレアからの支援が打ち切られてしまえば我が国も立ち行かなくなってしまうことは紛れもない事実なのだ」
「確かにクロンヴァール王には回復の見通しを立てるよう強く言われてはいますが、実際に改善に向かっているというお話だったと思いましたが?」
「それは間違いないと思っておる。農民、漁民を中心に城下に集中していた国民も元居た場所へ戻り始めてはいるし、商人達の動きも徐々に活性化してきてもいる。しかしそれだけで解決する問題というわけでもないのだ勇者よ。主要都市から農村漁村への供給にも苦労しているし、その反対も同様に生産、流通の両立が果たせなければ効果も薄い。加えて人員が使えるようになったところで方法を模索するだけでどれだけ多くの時間を必要とすることか。かといってそんな悠長な返答で満足してくれるものかどうか……穀物や銅製品を献上することで溜飲を下げてもらえればよいのだが」
「確かに我が国の穀物や銅製品は他国からの需要が高くはありますが、あのお方は物に釣られて意見を取り下げるような人間ではありますまい」
「であろうな……どうにかして納得してもらえるだけの説明を考えねば」
そう言って、王様はもう一度深く溜息を吐いた。
一見なんとなく王様をやっているように見えても一国の主というのは存外大変なものらしい。
○
およそ一時間程の馬車での移動は港へ到着することで終わりを迎えた。
ここからは船で会場へと移動することになっているらしく、辺り一面に大海原が広がる綺麗な景色がどこまでも続いている。
そして目の前には木造の大きな帆船が泊まっており、これまたテレビや模型でしか見たことのないような物を生で見られるというシチュエーションに僕もちょっとテンションが上がった。こういう歴史や異文化に触れる感じが好きな僕なのだ。
そして兵士達の馬を港に預け、三百人以上の人間が乗り込むとすぐに船は沖へと出航の時を迎える。
小耳に挟んだところによると目的地はサミットの為だけに使われているとある小さな島であるとのことらしい。
そんなわけで前回の徒歩かワープで移動していた旅とは違って色んな体験をしている僕達は帆を張って海を進む船の上にいる。
王様と王女が部屋に入ったことを確認すると到着までは自由時間をもらえることになったため、僕は一人でデッキから海や船の様子を眺めることにした。
ちなみに他の面々はというと、一番テンションが上がって暴走しそうな高瀬さんは、
「オレサマ、ノリモノ、ダメ」
と、まるでミスターポポのような台詞を残して部屋で寝込んでいる。
馬車の段階で酔って顔色が悪くなる程に乗り物に弱い体質だったのは意外だったけど、余計な心配が一つ減ったのは朗報だと言っていいものかどうか。
逆にテンションの上がった夏目さんは一人で船内探検に向かったのだが、
「無駄に重いし、全然喋らんからもう返しとくわ」
と、ジャックに飽きてしまったため元通りジャックは僕の首に掛かっているのだった。
サミュエルさんは予想通り一人で部屋に戻り、セミリアさんは有事に備えて同じくデッキにいる。
加えて言えばセミリアさん一人ではなくデッキには何人もの兵士が周囲を囲む様に並んで立っているため優雅な船旅もどこか仰々しいことは否めない。
それでも好天に恵まれ暖かい気象にどこまでも広がる青い空と海は日本では簡単に味わえるものではないだろう。そんな環境に僕の心もようやく一息といったところか。
デッキを見渡してみると、昇降口からは頻繁に兵士や船員が出入りしているし、非常用のボートが立て掛かっていたり、マストからは何本ものロープが垂れ下がっていたり、何が入っているのか分からない樽が積み上げてあったり、キャプスタンがあったり大砲が並んでいたりと本や画面でしか見たことのない光景が盛りだくさんだ。
化け物が跋扈する異世界ではなく、まるで戦国時代にでもタイムスリップしたかのような感覚になってくるなぁ。
と、そんな愉快で暢気な心の呟きが引き金となったのかというのは別の問題なのだろうが、それでもそんなタイミングで事は起きた。
突如、船の前方で大きな水飛沫が上がったかと思うと、ブリッジで見張り番をしていた船員が大声で叫ぶ。
「魔物が出たぞー!!」
戦場全てに響き渡る大声に何事かを辺りを見渡すと、次の瞬間には十数メートル先に巨大なイカらしき生物が海面から姿を現そうとしていた。
この船と変わらない大きさの赤黒く、気味の悪いま見た目は完全にイカの姿をした化け物だ。
船は進行速度を落とし、下のキャビンへ繋がる階段からは次々と兵士達が駆け付けてくる。
瞬く間にデッキには百人近くの兵士が集まり、弓や杖を構え、剣や槍を化け物に向けて臨戦態勢を取っていた。
イカの化け物はうねうねと大蛇のような足を数本、まるで獲物を選んでいるかの様に遊ばせながらこちらを見ている。
それでいてすぐに停止することが出来ない船は徐々に化け物との距離を詰めているわけだけど、いくら大人数であってもあのサイズの化け物に対して人間が手に持てる程度の剣や弓矢どころか大砲を使ったところでどうにかなるとはどうしても思えない。
怖いとか恐ろしいとかよりも、驚きと唖然とする気持ちが入り交じってどうしていいやら分からなくなっている僕が判断出来ることはほとんどその程度でしかなかった。
「セ、セミリアさん……」
「うむ、あれはデビルクラーケンという魔物だ。この辺りの海の主などと呼ばれているが、まさかこんなに近くにいるとはな。だが心配するなコウヘイ」
私は魔王以外に負けたことはない。
何度も耳にしたそんな言葉を、セミリアさんは今一度口にした。落ち着いた様子で、自信たっぷりに。
「今から向かうサミットに居る戦士達の方が何倍も強いというものだ。修行を重ねて身に着けた私の奥義を見せてやろう」
そう言って僕の肩に手を置いて微笑むと、セミリアさんはゆっくりと船首へ歩いていく。
「兵士達は下がっていろ。私がカタを付ける」
そして先頭に移動し立ち止まると剣を抜き、突きを放つ体勢を取ると同時にイカの化け物の足が勢いよくセミリアさんに向かって伸びた。
しかし、次の瞬間。
「第一の奥義……牙龍翔撃」
そう呟くと同時にセミリアさんも化け物に向けて突きを放った。
本来ならば届くはずのない剣による攻撃。
なのに、放った剣の先からはまるで剣がそのまま伸びていくかの様な斬撃が化け物へと伸びていく。
渦巻くように太さ大きさを増していくその斬撃はいとも簡単に化け物の足を貫いたかと思うと、そのまま貫通し巨体をも纏めて貫いた。
破裂音さながらの大きな音が一帯に広がると共に化け物の身体には大きな穴が空いており、規格外の大きな胴体に空いた大きな穴から後ろの景色が見えているという、致命傷どころか即死を確信させるような一撃だった。
残った足だけがわずかに蠢きながらも、化け物はそのまま海面へと沈んでいったかと思うと、その半ばで消えてしまった。
化け物を倒すと消滅し姿が消えてしまう、大きさに関係なくそれは以前と同じらしい。
いや、そんなことよりも。である。
あんな化け物を一撃で倒してしまうセミリアさんの強さはいよいよ同じ人間とは思えないレベルになっていしまっているのではなかろうか。
それでいて特に騒ぐほどのことでもないと言わんばかりの余裕っぷりは見ていて頼もしいやら仲間と呼ばれることが烏滸がましくなってくるやらで複雑な心境になってしまわざるを得ない。
「さて、それぞれ持ち場に戻ってくれ」
そう言ったセミリアさんに兵士達は揃って敬礼する。
もうグランフェルト王国どころかセミリアさん一人で世界を救えるのではなかろうか。
そんな感想を抱いた生まれて初めての船旅だった。




