【第三章】 出発前夜と二人のメイド
※10/5 誤字修正
4・15 台詞部分以外の「」を『』に統一
以前来た時と同じく、という表現を何度繰り返すのかとそろそろ自分でも疑問になってきた頃合いだが、やはり以前と同じように城下町の少し手前にある関所あたりへ、例によってワープというか瞬間移動というのかといった方法で移動し、関所を潜って街へと向かって歩く。
城下町へと直接ワープすることは禁じられているらしいことは以前から聞いていたが、では誰がそれを取り締まり、どういう罰を受けるのだろうかなんてことを考え始めると疑問が止め処なく溢れてくるところまで以前と変わりない。
この世界の存在や在り方からして謎だらけなおかげでそんな疑問も些細な事に感じてしまうのも以下同文だ。
「なあ勇者たん、そういやゲレゲレはどこ行ったんだ?」
遠くの方に薄っすらと街が見えて来た頃、不意に、思い出した様に、高瀬さんが言った。
僕もノスルクさんの小屋に居なかったことで気になってはいたのだが、サミュエルさんが怒っていたりノスルクさんと内緒の話をしている内に質問するタイミングを失ってそのままになっていたので是非聞きたいところだ。
ちなみに、僕、セミリアさん、高瀬さん、夏目さんはほぼ横並びで固まって歩いているのだが、サミュエルさんは一人でさっさと前の方を歩いている。
さすがのサミュエルさんも国王の意志には逆らえないのか、一人で行くと言わないだけ大いに我慢や葛藤、譲歩がありそうだ。
「虎殿か、彼とはあの日お主等を見送って帰った後すぐに別れたまま一度も会っていないな。なんでも元居たところに帰る、と言っていたが詳しくは聞かなかったものでな」
虎殿。ゲレゲレ。猫さん。虎の人。
色々と呼び名があったが、彼も僕達を守り助けてくれたかつての仲間の一人。
何故か虎を模したマスクをかぶり、ボディービルダー並の筋骨隆々な体付きを惜しげもなく披露した格好が特徴的なおかしなしゃべり方をする大男だ。
何度あの人のおかげで危険を回避しただろうかと思い返してみると、せっかくこの世界に来たのに会えずじまいというのも少し寂しいものがある。
あの渋い声や上半身裸という奇抜な風貌、そして僕をボーイズラブなどと呼ぶことを含め個性が強すぎただけに尚更である。
「ゲレゲレって虎の仲間やんな? 何や火吹いたりするキャラやったってことは覚えてるけど、あれは事実なんか。それやったら一目見てみたかったなぁ」
「あいつは結構な使える奴だったのに勿体ねえ気もするが、そのうちまた会えるだろ。大人になった頃にリボンの使い方さえ知っていればな」
「……それ十年ほど奴隷になれゆーてんのか?」
好き勝手感想を漏らす二人を見てセミリアさんはやや苦笑し、
「彼のことだ、きっと元気にやっているだろう。居場所が分かっていれば今回の件にも同行してもらえないかと書簡の一つでも認めるところだったのだが、こればかりは巡り合わせというものだ」
そう言いつつも、セミリアさんは彼を懐かしむように少し残念そうな顔をした。
確かに強さに関しては超一級品だったと僕も記憶している。
僕達を襲った巨大ムカデのみならず、あの偽物の王様すら一人でやっつけてしまうほどだ。
「こっちの世界では手紙とかって誰が届けてくれるんですか?」
仮に連絡を取れたとしたらどんな返事が返ってくるのだろうかと予想してみようと思ったが、その前に書簡を認めるといったセミリアさんの言葉の方に興味が移った。
まさか郵便局なんてものがあるとは思えず、かといって車も自転車も無い世界で国中に手紙や配達物を行き届かせる方法があるとも思えない。
まさかワープし続けて配って回るわけにもいかないと思うのだが……その辺も魔法的なもので解決するのだろうか。
「確かコウヘイの世界では人間が世界中に配って回るのだったな。私にしてみればそちらの方が驚きだが、私達の世界ではあれだ」
「一人の人間が配っているわけではなく、組織的なものなので驚く程のことでも……って、あれ?」
セミリアさんが指差す先は夕暮れの上空。
釣られて見上げてみるが、大きな鳥が二匹ほど飛んでいるだけだった。遠くてはっきりと断定は出来ないが、鷹とか鷲とかそんな部類の鳥だ。
「え、ひょっとしてあの鳥……ですか?」
「ああ。レースイーグルといってな、あれが各地に手紙を運んでいるのだ。勿論単独でそのようなことをしているわけではなく、管理調教などをする人間が居てのことだが」
「レースイーグル……」
つまりは鷲ということか。
その名前からしても、僕達でいう伝書鳩のようなものなんだろう。
魔法や化け物の存在だけではなく、日常生活にも色々と文化の違いがあるものだ。
○
陽もほとんど沈み、辺りが薄暗くなってきた頃。
城下町に入った僕達は真っ直ぐに王様の住む城へと入った。
門番に拝謁の許可を貰い、すぐに玉座の間に通されると程なくして国王との面会に至る。
「よくぞ参った、二人の勇者とその仲間達よ。礼を言う」
この国で一番偉い人間であるその人物は横一列に並ぶ僕達に向かって、微かに相好を崩してまず謝辞を述べた。
名をリュドヴィック王といって、前に魔王をやっつけた時には会ったことのあるこの国の王様だ。
頭には王冠が乗っていて、真っ赤なマントの付いたいかにも王様な格好こそしているが、その風貌に似付かわしくない、いかにも温厚そうな中年男性という印象を受ける。
この国の大きさがどの程度なのかは聞いたことがないが、失礼ながら率直な感想を言わせてもらうのであれば威厳や風格のようなものはあまり感じられず、とても一国の主とは思えぬどこにでもいそうなおじさんという感じだった。
「リュドヴィック王。ご要望に従いコウヘイと、同じく魔王討伐メンバーの一人であるカンタダを連れて戻りました。こちらの女性は件の戦いとは無関係ではありますが、二人の知人であり同行を希望したため勝手ながら私の判断でそれを許可し共に参った次第です」
セミリアさんが膝を折り、事の顛末を王に報告する。
同じような体勢を取るべきかどうか大いに迷ったが、サミュエルさんがやっていないあたり僕だけ続くのも不自然なので現状維持でいることにした。
「楽にせよ勇者クルイード、そなたの判断であればわしに異論はない。皆の者、出発は明日の昼前を予定しておる。しばしの旅になるがよろしく頼む」
「仰せの通りに」
王様の言葉を受けてセミリアさんが立ち上がる。
ほとんど同時に話は終わった風な王様へ高瀬さんが待ったを掛けた。
「ちょっと待てい、王様」
「どうしたのだ、カンタダよ」
「ローラ姫はもう帰って来てるって聞いたんだが、どこに居るんだぜ? 未来の妃に一目会っておかねえと」
「確かに城に戻ってはおるが、今日はもう休んでいるはずだ。間違っても妃などではないが、また明日改めて紹介するということで引き下がっておくれ。明日の出発前に戻るとばかり思っていたのでな」
「ぬぅ~、わざわざ起こして嫌われても不味いし……ここは我慢しておくが吉か」
一人ブツブツと呟く高瀬さんだったが、それ以上は誰も何も言わなかった。
もう放っておくのが一番楽で平和なんじゃないか。そんな周囲の共通認識が残念過ぎる空気だけど、僕も全く同じ意見なので致し方あるまい。
「何はともあれ、大部屋を用意させているので今日は城で泊まっていくといい。すぐに案内を……ぬ?」
そうだった。
と、再び締めの言葉を口にした王様が何かを思い出したような素振りとともに動きを止める。
かと思うと、その視線が僕一人へと向けられた。
「すっかり忘れておった。コウヘイよ」
「はい?」
ポンと手を叩き、なぜか僕の方へ寄ってくる王様。
僕個人に用があるかのような態度だが、全く思い当たる節はない。
「お主に贈り物があったのだ。贈り物、或いは贈り者というべきか。魔王討伐の折に唯一報償を受け取らなかったお主に、今回同行してもらうにあたってわしにとっても都合が良いものだと思っておる」
「はぁ……贈り物、ですか」
今更何かを貰うというのもおかしな話な気がするけど……金品を受け取るつもりはないと前にも言ったはずなのに何をくれようというのだろうか。
同行するにあたって都合の良いもの。それって一体なんだろう?
ひょっとして芸人じゃない証明書みたいな? それならちょっと欲しい。
なんて馬鹿なことを考えていると、王様は脇に控える兵士に声を掛けた。
「二人をここに呼んでくれ」
王様が言うと、兵士は『はっ!』と元気良く返事をし、早足で部屋を出て行ってしまう。
そう時間を要することなく、何が始まるのかと黙って見ている他ない僕達の前に現れた人の姿は三つ。すぐに戻って来た兵士の後ろには二人の女性の姿があった。
上下青色の衣服で、膝のあたりまであるスカートがふんわりと広がっており、その上から真っ白なエプロンを身に着けている格好をした見覚えのない女性が二人。
見た目の年齢は方や僕と同じ歳ぐらいで方や僕よりも少し年上であることが分かる。
そして、初対面のこの二人が誰なのかは知らないが、この服装には見覚えがあった。この城の使用人が同じ格好をしていることを僕は知っている。
「二人とも、ここに来て挨拶を」
王様の言葉に『かしこまりました』と声を揃え、二人の給仕さんは僕達の前に並んだ。
一人はどこかあどけなさの残る若い女の子で、頭のてっぺんにお団子を作った小柄なその女性は少し恥ずかしそうに目を伏せている。
この歳でお城で働いているというのも日本にはない、いかにも文化の違いというものを感じさせる有様だ。そもそも人が住む城自体日本にはないんだけど……。
そしてもう一方はというと、年齢でいえば精々僕よりも二つ三つ上ぐらいなのだろうが、そう感じさせないほどに大人っぽい雰囲気を纏っている女性だった。
あからさまに緊張している様子のもう一人と違って、どこか余裕すら感じさせる佇まいで微笑しつつ、こちらを見ている。
「わ、わわわたしはミランダ・アーネットと申しますっ。皆様のご高名はかねがね承っております。よ、よろしくお願いします」
まず、若い方の女性があっぷあっぷしながら自己紹介をし、見事なまでの九十度のお辞儀をした。
もう一人もそれに続く。
「わたくしはアルス・ステイシーと申します。以後お見知りおきを」
アルス・ステイシーと名乗る女性も丁寧に腰を折る。
自己紹介をしてもらえるのはいいのだが、お見知りおきをと言われても結局のところこの二人とどういう関係になるのかが分かっていない僕達は名乗り返すわけでもなくただそれを見ていることしか出来ない。
「うわー、これいわゆるメイドさん的なことちゃうん? 凄いなー、本格的やなー、ウチほんまもんのメイドさんなんかメイド喫茶でしか見たことないわ」
そんな中、夏目さんが一人で感動していた。
メイド喫茶のメイドさんは果たして本物のメイドさんといえるのだろうかということや、
「前回はパーティー内にもゴスロリメイドがいたんだぜ? ただのコスプレだったし、あんまあいつ役に立ってなかったけど」
とか言ってる高瀬さんはさておき。
「リュドヴィック王、この二人は?」
と、セミリアさんが代表して聞いてくれたので僕も王様に向き直る。
ちなみにサミュエルさんは一切興味が無いようで、腕を組んだままそっぽを向いて二人を見ようともしていない。
「この二人をコウヘイの専属使用人とすることにする。前回もそうだったと聞くし、慣れない環境で過ごすのは苦労も多いであろう。二人とも出来た使用人だ、こっちに居る間の身の回りの世話や生活のサポートをさせれば気苦労も少しは軽くなろう」
「……………………はい?」
僕の専属使用人?
なんで急にそんなおかしな話に?
「おいおい、そりゃねえぜ王様。なんだって康平たんオンリーなんだよ。俺にもくれ」
「お主はさんざっぱら金品を受け取ったであろう。それに、元々わしはコウヘイ一人が来るものだとばかり思っていたのでな。不満ならばまた帰りに土産を持ち帰るとよい」
「土産よりメイドさんが欲しいっつーの! メイドの土産が欲しいっつーの!」
「こ、こらカンタダ。いい加減にせんか、国王に向かって何という口の利き方だ、失礼であろう」
「だって不公平だろこれ。不康平だろこれー」
「何をさっきから上手いこと言おうとしとんねん。なんや事情はよー分からんけど、お前痛いぞ。ちょっと大人ししときや。王様と康平君の話やねんから」
セミリアさん、夏目さんに諫められる高瀬さんは依然不満そうだが、僕はそれどころではない。
戸惑っている隙に『では二人とも、しっかりやるのだぞ』と言い残して勝手に話を切り上げようとする王様に慌てて声を掛ける羽目になってしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「んん? どうしたのだコウヘイよ」
「急に専属と言われても、僕のような人間にそんな大層なことをする必要なんて……」
「はっはっは、きっとそう言うだろうと思っていたよ。だが、そう大袈裟に捉えることはない。先程も言った通りだ、前回も今回も君には世話になるのだ。少しでも過ごし易い環境を用意せねばこちらの立つ瀬もないであろう。二度に渡る国やわしの助けになってくれる働きに対する恩賞なのだ、何も遠慮することはない。用事があれば何なりと言い付けて構わないが仮にも女性だ、あまり嫌がることはしないでやってくれると嬉しい。君はそういう人間ではないだろうがね」
はっはっは、と。もう一度豪快に笑って僕の肩をポンと叩いたかと思うと王様は部屋を出て行ってしまった。
「………………どうしよう」
専属の使用人だなんて……扱いに困るし、偉い人間でもない僕が女性に雑用や身の回りの世話をさせられるはずもないじゃないか。
第一、一人は僕より年上なのに……。
「コ、コウヘイ様」
途方に暮れていると、若い方の使用人が僕の名前を呼んだ。
ミランダさんといったか、いや、この場合はアーネットさんになるのか。
「はい? ……いや、あの、様とか付けなくていいですよ」
「そうはいきません。あなた様はわたし達の主人なのですから」
「しゅ、主人? それは飛躍しすぎでは……」
そんなことを言われてもこっちの気を遣わないといけない度が増していく一方なんですけど……。
「いいえ、専属の使用人として仕えるというのはそういうことでございますわ。所用雑用に身の回りの世話から伽のお相手まで、なんなりと申し付けくださいませ」
「伽って……ステイシーさんまでそんなことを」
年上なのだから僕が困っていることを察してフォローの一つでもしてくれればいいのに……と思ったが、この大人びた微笑を見るに、むしろ僕をからかうためにわざと言っている気がしてならない。
この人がそういうタイプなのだとしたら、王の目論みに反して僕の気苦労は一層増えそうだ……。
なんて内心がっくりしていると、
「よし、じゃあ俺達を部屋へ案内しろい」
何故か、横から高瀬さんがものすごーく偉そうに言った。
アーネットさんは困惑した顔で僕とステイシーさんの顔を交互に見ている。
どうすればいいのか分からないと言わんばかりの表情で、何往復したかも分からなくなるぐらいに何度も何度も繰り返し。
「お断りしますわ」
答えたのはステイシーさんだ。
この部屋に入って来た時から一切変わらない微笑を崩さず、それでいて毅然とした明確な拒絶の意志が感じられる物言いに高瀬さんが憤慨する。
「だが断るだとぉ!? お前にゃメイドさんの自覚が足りないようだな……ツンデレ喫茶じゃねえんだぞ、ああん?」
「わたくし共がお仕えするのはコウヘイ様でございます。国王様や勇者様ならまだしも、あなた様に命令される覚えはございませんわ」
「なんだとぉ~……やい康平たん! この駄目イドになんとか言ってやれ」
「そんなこと言われても……僕もまだどうしていいのやらって状態ですし、お願いするにしても言い方があるでしょう」
案内しろ。と言われたら誰でもイラっとするものだ。
日頃喫茶店で働く僕だけに、そういう勘違いした偉そうな客にあたることは稀にある。あれほどストレスの溜まることは無いと言ってもいいぐらいだ。
「そうだぞカンタダ。この二人は王がコウヘイの為に傍にに置くと決めたのだ、あまり困らせるものではない」
「そうやそうや、大体女に対してなんちゅー物言いやねん。お前がモテへん理由がよー分かるわ」
「今日会ったばっかのお前が勝手に俺がモテないと決めてんじゃねぇ!」
相変わらず反れた話で賑やかな連中だった。
とはいえ、僕もそろそろ休みたいし、そもそもいつまでもここに居るわけにもいかず。何よりサミュエルさんが僕を睨んでいるので僕がどうにかしなければならないらしい。
「えーっと……アーネットさん、ステイシーさん、すいませんが王様が用意してくれた部屋に案内して欲しいんですけど……」
僕にはどんな言葉が返ってくるのだろうかと恐る恐る言うと、二人は声を揃えて『『かしこまりました。ご案内します』』と、腰を折った。
「僭越ながらコウヘイ様。ステイシーさん、などという他人行儀名呼び方はお辞めくださいませ。どうぞステイシーまたはアルス、とお呼び下さい」
「わ、わたしはミランダとっ」
「ぜ……善処します」
「ふふ、奥ゆかしい方なのですね。ではご案内しますので後に続いてくださいますよう」
にこりと笑って、ステイシーさんはくるりと背を向け歩き出した。
なんだか出発する前から予想外のことばかりだが、やっと部屋でゆっくり出来ると思うと少し肩の荷が下りそうだ。
「納得いかねえぇぇぇぇぇぇ!!!」
そんな高瀬さんの断末魔も、今は聞かなかったことにしよう。
〇
玉座の間を出た僕達は二人のメイドさんの案内によって一夜を過ごすことになる部屋へと移動した。
ようやく一息吐けるのかと思ったのも束の間、例によって全員で一部屋というこの世界の認識を失念していたおかげでもっぱらそれも叶いそうにない感じだ。
それでも手荷物を降ろし、王様が用意してくれた食事をいただいたのち、大した長旅ではないながらも旅の疲れを癒そうと備え付けの風呂に入ることになったおかげで少しはゆったり出来そうだ。
女性陣が先にということでサミュエルさんが最初に入り、なぜかセミリアさんと夏目さんが一緒に入り、次に僕の順番が回ってきたのだが、入ってみると部屋が広いだけあって浴場も結構な大きさがあってちょっとした温泉気分である。
ちなみに、二人の給仕さんは部屋に僕達を案内するなり、
「部屋の外に待機しておりますのでご用の際はお呼び立て下さい」
と、ほとんど僕にだけ言って部屋を出て行ってしまった。
部屋の外でお呼びが掛かるまで待機させるというのも結構な良心の呵責があるのだが、それが彼女達の仕事だからと言われてしまっては返す言葉もない。
っと、今はあれこれ考えずにせっかくの広い浴場を堪能してリフレッシュしなければ。
「は~……生き返る」
心地の良い湯加減に思わず親父臭い一言が漏れる。
手足を軽々と伸ばせるゆったりとした空間がなんとも言い難い脱力感を誘った。
『しっかし相棒も出世したもんだな、専属の使用人とは。虫も殺さねえ顔して大したもんだぜ。さすがは俺の相棒ってことろか、俺の人を見る目は確かだったらしい』
「からかわないでよ。僕だって不相応だと思ってるから悩ましい思いをしてるんじゃない。この身なりの僕がどんな顔して用事を言い付ければいいんだって感じだよ」
僕のそんな言葉にもジャックは『カッカッカ』と笑うだけだ。
腹いせに身体の位置を低くしてお湯に沈めてやろうと試みてみたものの、元々呼吸をしていないジャックは全然平気そうにしていた。
『そんなに気になるなら断りゃよかったろうに。そういう押しに弱いところがお前さんらしさなのかね。言い換えればお人好しともいうがな。なにせ魔王を助けてやろうとするぐれえだ、俺ぁ未だかつてそんな人間を見たことがねえよ』
「王様に言われて誰が断れるのさ。大体そう思うならジャックが口添えしてくれりゃよかったじゃない。城に入ってからは一言も喋らなかったくせに、薄情な相棒がいたもんだよ」
『そう言ってくれるな。俺は元々外法から生まれた存在なんだぜ? クロティールなんざ連れてると知れればむしろお前さんの立場が悪くならあな。それに半裸の勇者様は俺が喋ると機嫌が悪くなるしよ。何より、俺はこの国の王家にゃ嫌われてっからな、極力お前さんやクルイードしか居ない時以外は無駄口は叩かねえようにしてるのさ』
「……なんだかすごーく意味深な言葉が付け加えられた気がするけど、今僕の脳内はいっぱいいっぱいだからまたの機会に聞かせてもらうことにするよ」
『ま、気が向いたらそのうち話してやんよ』
○
風呂から上がり高瀬さんと入れ替わるかたちで皆がいるベッドの並ぶ部屋へと戻ると、どういう状況なのか二人で同じベッドに腰掛けている夏目さんがセミリアさんの身体をペタペタ触っていた。
ちなみにサミュエルさんは一番壁際のベッドで一人黙々と武器の手入れをしている。
立ち尽くしているわけにもいかず、僕も自分のベッドの方へ近付いていくとセミリアさんが僕に気付いて声を掛けてくる。
これまたちなみに、もう当たり前のように男女揃って並んだベッドで寝ることになっていたりする。
「コウヘイ、多少疲れは取れたか?」
「ええ、おかげさまでのんびり温もりました」
替えの下着こそ用意されていたものの、着替えを用意していなかったせいでまたジーンズで布団に入るのかと思うと安眠は難しそうだと今更になって気付く。
余計な趣味の持ち物ばかり用意して肝心な物を忘れるとは僕もまだまだ未熟なのか。
元々ホテルで何日か泊まる予定だった夏目さんは持参した可愛らしいピンクのパジャマに着替えているだけに余計に目立つ感じだ。
「というか、お二人は何をしているんです?」
「セミリアはんの身体をチェックしとってん。康平君も一緒にする?」
「いやいや……そもそもチェックってなんのチェックなんですか」
「それがなー、見ての通りあの鎧みたいなん外したらセミリアはんめっちゃスタイルええねん。腕とかもほっそいし、なんでこんな細い身体であんな重いもん身に着けてられるんか不思議やと思わへん? 筋肉質ゆう感じでもないし」
若干興奮気味に疑問を投げ掛けつつ、夏目さんは改めてセミリアさんの腕をふにふにと揉み始めた。セミリアさんも特に嫌な顔をするわけでもなくされるがままだ。
確かに鎧を外し、部屋着に着替えたことで露わになっているセミリアさんの色白な腕はとても鉄の塊を振り回せるとは思えないほどにか細く見える。
とはいえ、あまり男の僕が凝視しているのも失礼なのでそんな感想も心で留めて隣の自分のベッドに腰を下ろすことにした。
「アスカも修行をすればこうなるさ」
「いやぁ、一ミリたりともそうなれる気がせぇへんけど……ん? それなにつけてるん? ネックレス?」
ふと、夏目さんがセミリアさんの首元を覗き込んだ。
確かにその首から服の下に収まる様に微かに細いネックレスチェーンが見えている。
「ん? ああ、これか。これはネックレスというほど洒落た物ではないさ」
ほら、と。服の下から引っ張り出したそれを外し、僕達に見せてくれる。
それは確かにネックレスという感じではなく、国の偉い人などが衣服に付けている記章だとか勲章バッジっぽい何かチェーンを通して首に掛けられるようにしただけの物だと見た目からも思えた。
「なんかいかにも思い出の品って感じやなー。ひょっとして大事な男からの贈り物とかやったりして」
「何を言うかと思えば、私に恋人など居るはずがなかかろう。ただ、これは昔私を救ってくれた人に貰った物でな、お守り代わりに身に着けているのだ」
「へー、そうなんや」
と、興味深げに頷きつつも夏目さんがセミリアさんにそれを返した時。
同じタイミングで風呂から出た高瀬さんが戻って来たことで思いがけず会話が途切れる。
バンダナを外しているせいで無精なロン毛がいつも以上に不愉快だった。
「あ~、良い湯だったー」
ドライヤーなんて存在しないのでこれは仕方のないことだけど、湿った長髪を手で払う高瀬さんは一人満足げだ。
対照的にものっすごい白けた顔を向けるのは夏目さんである。
「お前……えっらい早いな。ちゃんと頭洗ったんか?」
「洗ったわ! かーちゃんみたいなこと言ってんじゃねえよ!」
相変わらず揃うと賑やかな二人だが、慣れてしまった僕達はともかくサミュエルさんが大層ウザそうに舌打ちをしたせいで二人の言葉がパッと止まり、揃って視線がそちらに移る。
二人の文句の言い合いの矛先がサミュエルさんに向かうとまた恐ろしいことになりそうなのでやむを得ず僕が話題を反らすことにした。
「そ、そういえばセミリアさん。サミットって具体的にどんなことを話し合うんですか? やっぱり僕達の世界とは違うんでしょうけど」
「ん、ああ、それはだな」
一瞬不意を突かれた様子だったもののセミリアさんも僕のやろうとしていることを理解してくれたらしく、気を取り直したように話を合わせてくれる。
「主立ったものはやはり魔王軍へ対抗するための連携や情報交換になるだろうな」
「あん? 魔王は前に倒したじゃねえか勇者たん。まさかあの幼女がまた攻めて来たのか?」
「そうではない。が、これは他国を含んだ問題なのだ。我が国が魔王を追い払い平和を取り戻しつつあるからといって無関係というわけにはいかないということだ」
「いまいち話が飲み込めませんけど、それでは他の国は魔王を追い払えていないということですか? あの女の子が他所の国へ行ってしまったと?」
「それも違う。というよりは、そもそも前提としてお主等に対する説明が不足していたな。魔王というのは大魔王の子息子女を指す言葉なのだ。魔族の長に君臨する大魔王という存在がいて、その子が魔王としてそれぞれ各国へと攻め入っているというのが今の大まかな情勢だと言えよう。そして我が国へ侵攻していたのが先の戦いで退けたシェルムであり、他国では今なおシェルム以外の三人の魔王が率いる魔王軍との争いが続いているというわけだ」
「そういうことになってるんですか……」
大魔王。
あの化け物みたいな子が他に三人も居て、更にその上にもっと凄いのがいるのか。
……よく人類滅ばないなこの世界。
「魔王が他に三体もいてその上に大魔王ってセオリー無視もいいとこだろ……普通一つの世界に魔王が一人と裏ボスが一匹なんじゃねえの? まあネトゲでも結局次々に先が増えていくから似たようなもんと思えば納得も出来るけどよ」
「なんか難しすぎてよー分からんなってきたわウチ。実際に見てないウチからしたら魔王っていうからにはあの小説に出てくるようなバケモンじみた超能力使うんやろうなってことぐらいしか理解出来へんもん」
「お主等にしてみればそう思って当然なのだろうな。だがまあ、近年はそこまで苦戦している国もなかったのだ。街や村が襲われることもほとんどないし、目立った争いもそこまで多くはなかった。だが、最近になって魔族に新たな動きが見られるらしくてな。それを話し合うのも今回のサミットの目的の一つというわけだ」
「改めて、凄い世界に来たんだなーって感じですね。もう想像が追い付かなくなってきましたよ僕は」
ただでさえ高瀬さんと違ってゲームやアニメの知識が豊富なわけではない僕だ。
ここが異世界であることや、魔法や化け物の存在を受け入れるだけで正直精一杯である。
「ってことはよ、他の国にも勇者が居るってことか? さすがに兵士だけで魔王を倒すとか無理ゲーだろ。勇者たんですら俺様という救世主が加わらないと勝てないぐらいなんだぜ?」
「うむ、さすがはカンタダだな。鋭い考察だ」
「よせやい」
「ということは高瀬さんの言うように他の国にもセミリアさんやサミュエルさんのような勇者が居るということですか?」
ここに今二人いて、他の国にもいる。
それは魔王が複数居るのであれば理屈としては成り立ちそうな話ではあるが、少なくとも僕にとってこの二人は特別な使命感や意志の強さを持ち、その為に我が身を削って人のため平和のために戦っている特別な存在だ。
だからこそ普段は他人に興味を示すことなんてほとんどない僕が尊敬の念すら抱いているし、頼られればそれに答えたいとも思うわけで、そんな二人の勇者という称号のようなものが他にも複数あるというのはちょっと嫌だなぁなんて思ったりした。
したのだが、すぐにそれはセミリアさん本人に否定される。
「勇者の称号を与えられた者は私とサミュエル以外に存在しないさ。だが、勇者以外にも強者は世界中にたくさん居るということだ。その最たる例がクロンヴァール王だろう」
「「「クロンヴァール王???」」」
「国土、人口に加え国の豊かさや兵力に至るまで名実ともに世界一であるシルクレア王国の女王の名だ。若くして国を治め、それでいて天武七闘士の一人に数えられるほど屈強な戦士でもある強さも美しさも世界一と名高い方なのだぞ」
「なんやのそれ、美しさも強さも世界一でさらには女王様て……完璧超人すぎるやろ。ていうか、その天武七闘士ってなんなん?」
「そりゃお前、天下〇武道会みてーなもんだろ?」
「そうなん?」
「いや、知らねーけど」
「どないやねん! 語呂が似てたから口にしただけかい」
「あ、分かったぞ。王〇七武海みたいなもんじゃね?」
「数字がかぶってるだけやろどうせ、ナンボほどジャンプ好きやねん。大体それ海賊やし、悪者やし。もうお前黙っとけや、話進まんやん。セミリアはんに聞いた方が早いわ」
呆れるのを通り越して蔑んだ目を向ける夏目さんだったが、間違いなくジャンプ読者ではないセミリアさんは逆にそれらの言葉の意味を聞きたそうな顔をしていた。
強さを求める人にとって天〇一武道会という響きは聞き過ごすことは出来ないものなのなのかもしれない。
それでも夏目さんと高瀬さんが揃って自分を見たことでそんな疑問も飲み込み、天下一武〇会ではなく天武七闘士というものについての説明を始める。確かに語呂は似ているな……。
「天武七闘士というのは世界でも最強の戦士と言われる七名を総称した言葉だ。一国の王でありながらそこに加わっているというのだから頭が上がらない。私も以前合同演習の時に手合わせをしてもらったが、私など足下にも及ばなかった」
「セミリアさんが足下にも及ばないんですか……」
もう人間じゃないでしょ、それ。
「ていうか勇者より強い王様ってわけ分かんねえな。そんなRPG嫌過ぎる……」
「あくまでその時は、という話だ。今ならばそう簡単には負けないさ。私も当時より数段強くなったという自負はある。魔王がいなくなってじっくりと鍛えることも出来たからな」
「なあなあ、セミリアはんはその剣使って戦うんやんな?」
「ああ、勿論だ」
「そのナントカ王って人も一緒なん?」
「家柄もあってか元々は戦士長を務め騎士として最前線で戦っていた程に剣技に長けたお方だ。それに加えて、唯一無二の魔法剣の使い手でもある。あの能力の凄さや強大さを初めて見た時には驚かされたものだ」
「魔法剣っておま、竜の騎士じゃあるまいし」
「竜の騎士? カンタダ、それはなんだ?」
「セミリアさん、漫画の話なので気にしないでください」
「マンガ? ああ、例のカンタダの病気のことか」
「病気じゃねえよ!」
立ち上がってまで全力でツッコむ高瀬さんを即決でスルーするという判断をしたのは僕だけではないらしく、夏目さんも聞こえなかったことにして質問が続く。
しかし悲しいことに、そうされることに慣れてしまったらしい高瀬さん自身もあっさりと腰を下ろした。
「そんで、その魔法剣ってのは言葉の通り魔法と剣を一緒に使うってこと? そもそも魔法を使うってことからして頭こんがらがりそうやけど」
「少し違うな。正確には魔法陣と剣、つまりは結界術と剣術を合わせた能力だ」
もはや専門用語ばかりで僕にはさっぱりだった。
恐らくは夏目さんや高瀬さんも同じだと思うのだが、高瀬さんだけは『なるほどなー、そりゃすげえはずだぜ』とかなんとか知ったかぶってか、また別の知識と混合してか、納得いったかのように頷いている。
「その通り、大したお方だ。側近や兵士、国民の人望も厚い。それでいてあの天武七闘士に数えられているのだから恐れ入る」
セミリアさんが感慨深げにそう言った時だった。
言葉の途切れたタイミングに合わせたように背後でもう一度舌打ちが聞こえる。
出所は問うまでもないのだが、何が気に障ったのかと恐る恐る振り返るとサミュエルさんが手入れを終えた刀を脇に置き、こちらを向いていた。
「ふっ、それって皮肉で言ってるわけ?」
やや軽蔑混じりの目でセミリアさんを見て、サミュエルさんは鼻で笑う。
なぜ不機嫌になるのかも分からなければ、言わんとしていることも分からないのはセミリアさんも同じだった。
「何が言いたいのだ、サミュエル」
「アンタも入ってんじゃない、その天武七闘士に」
その言葉に、サミュエルさんに向いていた視線が一斉にセミリアさんに戻る。
「へ……そうなん?」
「ああ。別に隠そうとしていたわけでも皮肉で言っているわけでもないのだが、一応はそういうことになっている」
「ってことは勇者たんは世界で一番強い七人に入ってるってのか。だが、そうこなくちゃつまらねーってもんだ。さすが俺様の仲間ってもんよ」
「必ずしもそういうわけではない。そもそも明確な基準があるわけでもなければ実際に武を競って順位を付けた結果というわけでもないからな。世間一般の風評による称号のようなものだし、それにしたって善悪を問わず知名度や評判の多寡によるところが大きい。名が知られていない強者など世界にはゴロゴロしているしな」
「でも、だからこそ世間一般でそう言われるだけの知名度や強さを持っているということなのでは?」
例えばそれは、魔王を倒したということもそうだろうし、勇者であることが所謂正義のヒーロー的な意味での支持を得ているのであれば合点がいく。
それは有名だからではなく、有名になるだけのことをしていて、それでいて他に勝る強さを持っているからこそなんじゃないだろうか。
だとすれば、だからサミュエルさんには嫌味に聞こえてしまったのか。あの口振りからして二人の勇者のうちセミリアさんだけがその称号を得ているから。
「でもまあ、康平君の言う通りやで。どんな理由でもそういう扱いを受けるってことは色んな人に認められてるってことや。でもそうなるとセミリアはんとその王女様以外にはどんな人がそこに入ってるんか気にならへん? ウチなんかが聞いたところで意味無いんやろうけど」
「そんなことはないぞアスカ。私を除いても半数はサミットに同行してくるはずだ。名前ぐらいは知っておいて損はないだろう」
そう言って、セミリアさんはその天武七闘士とやらに数えられているという七人の名前を教えてくれた。二つ名や異名、通り名のようなものも含めて。
現シルクレア王国・女王【姫騎士】ラブロック・クロンヴァール
サントゥアリオ共和国・王国護衛団総隊長【雷鳴一閃】エレナール・キアラ
勇者の魂を受け継ぐ者【聖剣のシルバーブレイブ】セミリア・クルイード
三代目大賢者【千術導師】ロスキー・セラム
蘇った旧サントゥアリオ帝国・帝国騎士団団長【戦争麒麟児】エリオット・クリストフ
流浪の狩人【灰炎】レオン・ロックスライト
人類最強【龍を宿す双腕】カノン・バルディゴ
「………………」
もう何がなにやら。
序盤はともかく戦争麒麟児、狩人、人類最強って……そんな人達と会いたくないんですけど。
「なんや知らんけど一気にバトルマンガのノリになってきたな……」
「くっくっく。近い将来、八人目として俺の名前もそこに載ることになるぜ。異名はそうだな……【次元マスター】でどうだ?」
「いや、ドヤ顔で同意を求められてもリアクションに困るんやけど……」
そんな中で一人だけ気後れしないどころか自分も肩を並べようと言い始めるのだからある意味羨ましい性格だ。
今更分からないこと、理屈的におかしいこと、説明が付かないことについて深く悩むつもりはないが、だからといって高瀬さんほど脳天気な反応も出来ない僕は一つ疑問をぶつけてみることにした。
「ちょっと気になったんですけど、どうして共和国なのに王国護衛団? というものがあるんですか?」
「サントゥアリオのことだな。あの国は少々特殊な歴史があるのだ。元々は王制国家だったのだが、一度サントゥアリオ帝国と名前を変えている。その後再び王国に名を戻し、それから少しして今の共和国となった。王国護衛団の名前もその名残で引き継いでいるだけで特に意味は無い、と聞いたことがある。国を治める人間も国民の投票によって決まるが、選ばれた人間は王を名乗る。かといって王族も王家もすでに存在しないという変わった国だ」
「なるほどそういうことですか。なんだか、どんどん新しい事を知っていくせいで頭がこんがらがってきそうですけど」
戦うことが出来ない僕がこの二人や王様の役に立つ方法は知識や情報を得て思考思案することぐらいなのだろうが、単語一つ取っても聞いたことがないという状況下でそれをするのは結構な難易度である。
夏目さんも僕と同じく脳内メモリが限界に達したのか、ギブアップだと言わんばかりに両腕を広げてベッドに倒れ込んだ。
「ほんまやでー、もうウチも頭ごちゃごちゃや。正味な話、出発する前どころかこっちに着いたあたりでもまだちょっと観光気分やったけど、さすがにカルチャーショックが多すぎて追い付かんようなってきたわ。いや、別に文句言ってるわけやないで? 連れてきてもらったことには感謝してるし、今後の良い経験になると思ってるしな。でも質問攻めして答えを聞いても想像するだけじゃ中々理解も追い付かんし、あとは明日自分の目で見て学ぶことにするわ」
「そうした方がよさそうですね。僕も見たこともない人の名前や国のことを聞いても現時点ではさっぱりですし」
「せやろ? てなわけで、悪いけどウチはお先に休ませてもらうとするわ」
そう言って、夏目さんは自分のベッドに移動し前のめりにダイブした。
明日も大変そうだし、僕も早めに寝るとしようかと靴を脱ぎ横になると、セミリアさんも布団を整えて就寝に備える。
「王に同行するのが役目であって会場に到着してしまえばほとんどやることはないだろうが、着くまでは結構な旅になる。私達も明日に備えて休むとしよう。サミュエルも構わないか? よければ明かりを落とすぞ」
「好きにしたら?」
素っ気なく答えたサミュエルさんが横になったのを見て、セミリアさんが部屋の電気を落とした。
この世界の電気は発光石という光を放つ特殊な石が用いられているのだが、この発光石は寿命となって帯びている光が消えること場合以外に光を消す方法はないらしく、壁に設置された石を同じく壁に垂らしてある布で覆うことで消灯としている。
覆うのが黒い布とはいえ少なからず光が漏れてきているのだが、それが丁度僕達の世界でいう就寝用の豆電球の明かりのような寝るには程よい具合になっていた。
各自が自分用のベッドへ横になり、おやすみ、とそれぞれ言い合ったのを最後に会話がなくなる城の客室。
慣れない環境で心身共に疲労していたのか、目を閉じるとすぐに眠気に見舞われる。
何はともあれ明日が本番。
学生の僕がサミットなどという国際的で重要な場に出向いていいのかという疑問は未だ残っているが、王様はともかく仲間だと言って僕達を守ってくれるセミリアさんや、仲間だと言わなくても僕を助けてくれるサミュエルさんの役に立てることがあるならば、僕はしっかりとその役目を果たそう。
そう決めたのと同時に眠気に身を預け、意識が遠のいていくのを待つのだった。
「あれ? そういや、康平君は風呂入る前に歯磨いてたけど、TKは磨いてたっけか?」
「徹夜ゲーが多い俺は朝磨く派だ」
「不潔やぁぁー!」




