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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】
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【第二章】 再び異なる世界へと

1/13 誤字修正 再開→再会

4/4 台詞部分以外の「」を『』に統一

「どうぞ」

 予期せぬ再会を果たした異世界の勇者セミリア・クルイード。

 何故ここに居るのか、どういった用で現れたのか、色々と聞きたいことだらけではあったが、話を聞くにもひとまず座って貰い飲み物を出すことに。

 ソーサーに乗ったカップに入っているのは以前うちに来た時にも出したホットココアだ。始めて飲んだらしいココアを甘くて美味しいと気に入っていたので今回も同じチョイスにしておいた。

 四人掛けのテーブル席で興奮する高瀬さんと再開を喜び合っているセミリアさんは一度懐かしむように眺めてからカップを口元へと運ぶ。

 ちなみに、タイミング的に仕方ないことではあるが夏目さんも同席したままだ。

 むしろ彼女が一番聞きたいことがありそうな顔で隣に座るセミリアさんを凝視している。

「ありがとうコウヘイ。久しぶりだな、このココラも。やはり良い匂いだ」

「ココラではなくココアですよセミリアさん。それで、本題ですけど……」

「そうだぜ勇者たん。なんでまた急に現れたんだ?」

 僕の言葉を遮り、高瀬さんは興奮状態を維持したまま身を乗り出さんばかりの勢いだ。

 暴走されても困るので僕が戻るまでは言いたいこともお預けになっていたのだけど、とうとう我慢出来なくなったらしい。

「突然訪ねてすまなかったな。なにぶん事前に連絡を取る手段もない、それは容赦してくれると助かる。しかし、コウヘイに会いに来てみればまさかカンタダまで一緒に居たとは私も驚いた」

「僕も驚きましたよ。噂は人を呼ぶとはよくいったものです」

「噂? それはどういうことだコウヘイ?」

「今ちょうど勇者たんと旅をした時の話をしてたところなんだよ。そしたらまさかの本人降臨だ、うっかり俺が召還魔法を使っちまったのかと思ったほどだ」

「ほう、そうだったのか。お主等に思い出してもらえることがあるというのは私も嬉しい限りだ」

「ったりめーよ。あれだけの冒険をしたんだから忘れるわけがねえ」

「うむ、あの時は世話になった」

 と、セミリアさんが言った時だった。

「あの~、ちょっとええ?」

 僕達の会話を黙って聞きながら割って入るタイミングを窺っていた夏目さんが始めて口を開いた。

 あれだけズケズケと物を言っていた先程までの姿が影を潜めているあたりまだ目の前の勇者という存在への戸惑いは拭えていないらしい。

 そりゃそうだ、何の説明も出来ていないんだもの。

「ああ、私ばかり話してしまって申し訳ない。挨拶も出来ていなかった、貴女は二人の友人だろうか?」

「お二人とも説明が出来てなくてすいません。セミリアさん、こちらは夏目飛鳥さんです。高瀬さんの知り合いでして、今日は高瀬さんに会いに来ていたんですよ。それで、夏目さん、こちらはセミリアさんです。説明が難しいですが……僕や高瀬さんの知人です」

 慌てて夏目さんはセミリアさんの方へと椅子を近づける。

 ちなみに高瀬さんは『こんな女俺は知らん』とまだご立腹の様子だ。

「そうだったのか。私はセミリア・クルイード、勇者をしている。よろしく頼む」

「それやそれ! セミリアさん言うた? それ例の小説に出てくる女勇者とおんなじ名前やで! その格好もそうやし、今自分でも勇者てゆーたし、あんたそのコスプレはどういうことなんよ?」

「コスプレ? というのは意味がよく分からぬが、小説とは何の話だ?」

 食い付く夏目さんの言葉にセミリアさんはただただ首を傾げる。

 僕も最初会った時はしばらくコスプレごっこだと決めつけていたし、この反応ばかりは無理もない。

 こうなると思ったからこそ説明が難しかったわけだ。

「小説というのはですね、高瀬さんが前回御一緒した時のことを文章にして公開しているんですよ。夏目さんはそれを読んだみたいで……」

「ほう、そうだったのか。カンタダはその様なことまで出来るのだな」

「俺様もあの戦いは後世に伝えなければならないと思ったからな。勇者一行としては当然のことよ」

 絶対に違う目的だったのは問うまでもなさそうだが、そんなことはさておき夏目さんが二人の会話から事情の把握をするのは困難だと判断したらしく、僕の耳元に口を寄せた。

「康平君……ちょっと頼むわ。ウチに分かるように説明してくれん? 何がなんやら分からへんし」

「まあ……概ね夏目さんのリアクションが正しいんだと思いますよ。僕も最初はコスプレだと思い込んでいましたし。ただ高瀬さんの小説に出てくる勇者の名前が同じであるなら、この人が本人ですよ。もうこうなったらハッキリ言いますけど、僕や高瀬さんはこの人と一緒に異世界にも行きましたし魔王と対峙もしました。簡単に信じられる話でもないですし、信じる方がどうかしてるとは僕も思いますけど、それでいいと思います。無理に納得しなくても。このまま同席しているならおかしな話してるなーって感じで聞いておけばいいと思いますし、勿論席を立つならそうした方がいいでしょうし」

「そんなん言われたら余計混乱してくるやん……」

 夏目さんはがっくりと一度肩を落としたが、すぐに開き直ったように顔を上げる。

「よっしゃ。ウチも大阪人や、ややこしいことは分からんけど余計な口は挟まん。だから最後に一個聞かせて欲しい。セミリアさんよ」

「なんだろうか」

「あんたがこの二人と一緒に魔王と戦ったり王様助けたりしたっちゅうのはホンマなんか?」

「ああ。正確にはこの二人と別にもう二人、この世界から付いて来てくれた者が居るが、それについては間違いなく事実だ」

 もう二人。

 一人はみのりで、もう一人は春乃さんというこの辺りの大学に通う女子大生だ。

 その春乃さんも何度かこの店に顔を出してくれいていて未だ交流のある共に冒険した仲間の一人。

「そうか……やっぱりウチにはよー分からんけど、邪魔してすまんかったね。もう黙って聞いとるから話続けてくれや」

 席を立つという選択肢はなかったらしい夏目さんは腕を組んで正面を向いた。

 まあ、聞かれて困る話でもないだろう。

 吹聴されたところで痛い目を見る、というよりは痛い目を向けられるのは本人でしかないわけだし。

「それで、えーっと……セミリアさん。今日はどういったご用でこちらに?」

「そうだったな。説明が後回しになってしまってすまない」

「まさかまた魔王が復活したんじゃねえだろうな勇者たん」

「いや、そのようなことはない。あれ以来我が国は平穏を取り戻せているし、徐々にではあるが以前の活気を取り戻しつつあるぐらいだ」

「それは何よりです。でも、だからといって遊びに来てくれた、というわけでもないんですよね?」

「さすがにおいそれと遊びに通うことは出来まい。それが出来ればお主等とももう少し顔を合わす機会もあっただろうがな。今日はリュドヴィック王の遣いで来たのだ」

 リュドヴィック王。

 セミリアさんの暮らす国の国王の名前だ。

 一度目に会った時は偽物だった。

 本物の王様を助けるために冒険したりもしたし、魔王を追い払った後には大層持て成してもらったのも今にしてみれば懐かしい。

「あの王様ですか。元気にしているんですか? あの方も僕達が居る間だけでも結構な災難に見舞われた身ですけど」

「ああ、今は国の復興に向けて忙しくしておられる。ゆえに私が王から指令を与えられたというわけだ」

「指令とは?」

「うむ、二日後にサミットがあるのだ」

「サミット……ですか」

「サミットってなんかニュースで聞いたことがある単語だな。詳しくは全く知らんが」

「主要国の代表が集まって国際的な問題や世界情勢などについて話し合う場ですね。あくまで僕達の中での認識でいえば、ですけど」

「いや、その認識で間違いはない。さすがはコウヘイといったところか。そのサミットは世界でも五大王国と呼ばれる五つの国の代表が集まる場でな。そこにコウヘイも同行して欲しいと王は考えておられる。ゆえに私がそれをお願いしに来た次第だ」

「僕をですか? どうしてまた……というかセミリアさんの世界は五つの国に別れているんですね」

 地球と比べるととんでもない少数に感じられる。

 もっとも、あの世界が地球ではないどこかであるのかどうかも定かではないのだが……。

「小国を含めれば他にも国はあるが、世界の中心となるのはその五大王国だ。シルクレア王国、サントゥアリオ王国、ユノ王国、フローレシア王国、そして我らがグランフェルト王国の五カ国だな。サントゥアリオ王国は現在共和国と名前を変えているが、数百年の歴史の上ではこの五つの王国によって世界が築かれてきたというのが私達の世界における共通認識とも言える」

「なるほど……」

 行った経験のあるグランフェルト王国も含め、やっぱりどれも聞いたことのない名前だ。

 もっとも、ワープしたり化け物がいたり魔法を使える人間がいたりということが当たり前の様な世界が聞いたことがある場所にあっても困るわけだけど……。

「それで、どうして僕をそのサミットに?」

「話したことがあったかもしれないが、我が国は兵力が乏しい。目立って腕の立つ者も居なければ、国に仕える兵士の量や質もシルクレアやサントゥアリオには遠く及ばない。他国には有名な戦士も多くいて、今回のサミットにも王の護衛として同行してくるだろう。ある種それも駆け引きというか、自国の戦力をアピールする意味合いが強いのだがリュドヴィック王の護衛としてそれらの国に通用するのは精々私やサミュエルぐらいのものだ。実際に戦闘になることはないだろうが、やはり公の場で他国と比べて劣っている様がはっきりしすぎているのは面目も立たないというものだろう。そこで王は魔王討伐の折に私やサミュエルと共に戦った者を呼べないだろうかと私に相談したのだ」

「それで僕を……」

「ああ。異なる世界の住人であることは王にも説明している。だからこそ全員は無理でもせめて一人や二人ぐらいは、ということだった。そして私やノスルクの推薦によりコウヘイに白羽の矢が立ったというわけだ」

「推薦してもらえるのは信頼されているみたいで嬉しいのですが、そのサミットの場に僕なんかが居ても何も出来ないと思うんですけど……知っての通り護衛をしようにも僕は戦ったりは出来ないわけですし」

「先程も言ったが、実際に戦闘になることはないさ。コウヘイに期待しているのは、いわば大臣のような役割だろう。我が国には秀でた大臣も中々いない、ゆえに王も苦労しているようなものでな。言うなれば頭が良く、側近の立ち位置を演じることが出来ればそれでよいということだと思う」

「なるほど……大臣、ですか」

 大臣って具体的に何をする人なんだろう。日本で言う政治家の大臣とは違うよね、きっと。

「事情は分かりましたし、まあ……王様はともかくセミリアさんやノスルクさんにそう言われてしまってはついて行くぐらいのことは吝かではないんですけど、今の話を聞くに兵力的には五カ国中三番手ってことですよね? であればそこまで見栄に拘る必要もないのでは?」

「三番手と言ってよいかどうかは難しいところがあるのだ。残る二つの国だが、ユノ王国はそもそも軍隊を持たない国だしフローレシアに至っては兵士どころか国民が存在するのかどうかすら不明という始末でな」

「国民がいるかどうか分からないって……それで国として成り立つんですか?」

「成り立っているからこそ王国を名乗るのだろうが、あの国は徹底した相互不干渉主義なのだ。他国の者が出入りすることすら不可能で、何一つ情報を明かさない。ゆえに国際社会からも孤立しているし、黒い噂が多いこともあって強く情報の開示を要求されているが聞き入れることもない。少し前にそれが原因でシルクレア王国と小競り合いがあった程だ。しかし、世界一の兵力を持つシルクレア王国の船団を沈めるということは相応の力を持っていることの証明でもあるということだろう」

「なんだか難しい話になってきましたね」

 歴史と時事問題の勉強を同時にしている気分だ。

 というか、魔物との争いが終わったばかりなのに国と国が争ってどうする……というのはこの世界でも何ら変わりないことなので口にしていいものかどうか。

「少し話が反れてしまったな。言ってしまえば兵力云々や国際社会の問題などはコウヘイはおろか私にも関わりがあるものではない。そう難しく考えずともよいさ」

 それで、と。

 セミリアさんは一度ココアに口をつけてから本題に戻した。

「どうだろうか。同行してもらえれば私も嬉しく思うが、無理を強いるつもりはない。あくまでコウヘイの意志や都合を考慮の上で検討してもらえればいい」

 ふむ。

 そう言われては僕としても断りづらいものがある。

 前みたく危ない目に遭うこともなさそうなので嫌がる理由はないが、そう何度も異世界への旅を経験していいものだろうかと思うのも事実。

 何よりも、その大臣の代わりが僕に出来るのかどうかはとても重要な問題な気がする。

 国の代表が集まるような場で粗相があっては国というとんでもない単位のものに迷惑を掛けてしまうのではなかろうかと思えてならないが、しかしまあ、あのノスルクさんが大丈夫だと思ってくれているならそこまで難しい話ではないのかもしれない。とも思う。

 さらに言えば、僕らしくない感情かもしれないけどセミリアさんが頼ってくれるのであれば無碍にしたくはない気持ちも当然あるのだ。

「セミリアさんから見て僕が付いていくことに問題がなさそうであれば僕に断る理由はない、という答えでいいですか?」

「そう言ってくれるか。ありがとうコウヘイ。私はコウヘイを推薦した身だ。何も不安はない」

「では……」

 段取りなどを聞こうとすると、珍しく黙って聞いていた某氏が待ったを掛けた。

「ちょっと待てい!」

「どうしたカンタダ。急に大きな声を出して」

「勇者たん、戦力が必要なら俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ」

「忘れているわけではないが、お主も同行してくれるのか?」

「無論よ。勇者一行の切り札、最後の砦とは俺のことだ」

「では是非お願いするとしよう。王は魔王討伐メンバーを可能ならば二人ぐらいはと言っていた。しかし、そう簡単な話でもないことは理解しておられるからこそ少なくともコウヘイだけでも、という結論に至ったのだ」

「ったく、あの王も困ったもんだ。俺を忘れるとは」

「………………」

 大丈夫だろうか。

 この人礼節なんて知ったことじゃないって感じだからまた王様に無礼を働くだけなのでは……不安だ。

「よし、ではコウヘイとカンタダの二人に頼むことにしよう。それで、いつここを出発するのが都合がいいだろうか」

「俺はいつでもいいぜ」

「んー、準備もあるでしょうし出来れば今日の夜がいいんですけど」

「今日のうちでよいのか? 明日でも私は構わないが」

「それが普通なのかもしれませんけど、出来ればみのりには知られたくないんですよね。またついてくるって聞かないでしょうし、極力そうして欲しくないもので」

「ふっ、相変わらず仲良くやっているようだな。二人揃ってお互いの心配ばかりなのもどこか懐かしい。ではコウヘイの希望通りにしよう」

「ありがとうございます。セミリアさんは前の時みたくそれまではうちで過ごしてもらって大丈夫なのでゆっくりしていてください」

 母さんもまた歓迎してくれるだろう。

 みのりへの口止めだけはしっかりしておかねば。

「高瀬さんも、一度帰られますよね?」

「ああ、装備を取ってこないとな」

「では今が五時前なので……二時間後にまた集合ということでいいですか?」

「おけ、二時間後にシャボンディー諸島だな」

「違います。うちの店です」

「では私はコウヘイの世話になるとしよう。母上にも挨拶せねばな」

 そんなわけで話は纏まった。

 母さんに事情を説明して店番を代わってもらわないといけないし、お客さんが居ないうちにセミリアさんにも会ってもらおう。

 そう決めて立ち上がろうとすると、再び待ったが掛かった。

 今度は女性、すなわち夏目さんの声だ。

「ちょ、ちょっと待ってえな」

 僕達の話を自分で言った通りずっと黙って聞いていた夏目さんが両手を広げて立ち上がる僕達を制する。

「どうしたんですか、夏目さん」

「つーかお前まだ居たのか」

「ずっとおったわ。それよりやな、康平君、セミリアはん」

「セ、セミリアはん?」

 恐らく始めて耳にするであろう大阪弁に戸惑うセミリアさんを他所に、夏目さんはなぜか両手を合わせて僕とセミリアさんに向かって頭を下げた。

 〇〇はん、というのが大阪弁なのかどうかはいまいちよく分からないけども……どちらかというと京都のイメージか。

「正直言うてあんたらが話してることがどういう次元の話なんかはよう分からん。でもホンマに他所の世界なり他所の国なりに行こうとしてるんやったらウチも連れて行ってもらえんやろか。この通りや!」

「ちょ、ちょっと夏目さん。どうしたんですか急に、頭を上げてください」

「そうだぞアスカ、どうしたというのだ」

「アンタらのしてたその春休みの話……内容はウチが小説で読んだんとほとんど一緒やった。だからって異世界っちゅうもんがホンマに存在するとは簡単には思われへん。でもこいつはともかく康平君やセミリアはんみたいな人がありもせん世界の話を人前で熱心に演技で語るとも思えへんねん。異世界やなくてもどこかに行って、探検というか冒険じみたことをしようとしてるんやったらウチも一緒に行かせて欲しいんや」

 まるで懇願する様に言って、夏目さんはもう一度頭を下げた。

「却下だ。諦めろ」

「お前には頼んでへんわ。なあ、ええやろ二人とも」

「いやぁ……どう考えてみてもやめておいた方がいいかと」

「うむ、私も同感だな。かつてこの世界で見ず知らずの人間に助けを求め、連れ帰った私が言えることではないかもしれないが、やはり勝手知らざる者には色々と危険が多い」

「危険って、具体的にどういうもんなん? ブロッコリーの化けモンとかでっかいムカデとか?」

「そこまで知ってるんですか……でもまあ間違いではないというか、その辺りは序の口だったというか、僕や高瀬さんも含め皆揃って何度も死にかけましたからね。最終的には大小それぞれとはいえ怪我で済みましたけど」

「コウヘイも最初はそうだったが、この世界の人間は魔物の存在も魔法の存在も知らないものなのだろう。今になって思えば、それゆえに危険度も増していたとも思う。カンタダはそういう物の存在も知っていたようだが、皆に言わせればそれは特殊な部類だと言うし」

「特殊な部類というか……ただのゲームやアニメの知識ですしね」

 それを現実としてあっさりと受け入れた順応性はそのおかげなのかもしれないけど……そう思うとある意味特殊な人間なのか?

「そういうことだ。俺たちゃ命懸けで魔王を倒した勇者と女勇者とその仲間達だ。それを信じもしないお前が今更一緒に行きたいとは虫が良過ぎるんじゃねえのか、ああん?」

「……高瀬さんの立ち位置は勇者なんですね」

 自分が主人公としてあの出来事を小説にするなら、この人はきっとそうするだろう。別にそれは自由だけどさ……。

「それは分かっとる。そやし、今でも異世界ってもんが存在すると完全に理解したわけでもない。やけど、もしホンマやったとしたら、そうやなくても何か特別な事をしようとしてるんやったら……ウチも体験してみたいんや。ある作家先生が言うとった。知らん世界を表現したいと思うなら、いくら資料を買い集めるよりも実際に海外旅行の一つでもした方がよっぽど良いもん描けるって。ウチはまだまだ実力も何も無いけど、色んな体験が生きるんやったらそのチャンスを逃したくない。だから頼むわっ」

 必死の様相にどうしたものかと反応に困る。

 セミリアさんと顔を見合わせてみても、お互いに困ったという表情をすることしか出来なかった。

「中々良いことを言うなその先生は。同じ創作者としてはよく分かるぜ、その言葉」

 そんな中、高瀬さん一人が腕を組み、うんうんと頷いていた。

 よく分かるってあんた引き籠もりって自称してるのに……。

「そやろ? あんたも実際その体験があってあんな面白い小説書いたわけやから、うちの言ってることも分かってくれるやろ」

「まあ、あんな体験は普通できねえだろうしな。俺も運が良かったと思ってるぜ。たまたま二ヶ月振りに家を出たら仲間を募集してる勇者たんの告知を見つけたんだからな」

「あんたにとってそれが運やったら今ここに居合わせたことがうちにとっての運やと思うねん。運も実力の内っていうか、のし上がる人間にはそういうのも絶対必要やと思ってるからこそ、や。もしあの小説がホンマの話なんやったら、他にも色々凄いのんがおるんやろ?」

「す、凄いのん?」

 既に目を輝かせ始めている夏目さんの興奮は収まらず。

 繰り言になるが、その小説を知らない僕にはどこまで事実に則っているのか分からないだけに信じるなら信じるで鵜呑みにするのはどうかと思ったりするわけで、僕の名前が一応変えられているにも関わらずセミリアさんはそのままだというし、高瀬さんのことだから有ること無いこと追加されて自分が格好良く描かれている気がしてならない。

「その小説には紫の肌した魔法使いのじいさんとか出て来たし」

「偽物の王様のことでしたら、まあ確かにいましたけど……虎の人がやっつけたという話でしたっけ」

「虎の人! それって筋肉ムキムキの虎やろ? おったおった」

「虎っていうか虎のマスクをかぶった人間なんですけどね……」

 元気にしてるかなぁ、あの人。

「他にも覚えてるで。喋るネックレスとか」

「ジャッキーな」

「正しくはジャックですけど……そういばセミリアさん、ジャックはどこに?」

 ある禁断の呪術によってネックレスになった元は人間である意志を持ったネックレスのジャック。

 最初は胡散臭い存在でしかなかったけど、結局最後まで僕を助けてくれたっけ。

 あっちの世界から帰る時、僕が持って帰るわけにもいかずセミリアさんに預けたんだけど、セミリアさんの首にはジャックは掛かっていない。

「ジャックならノスルクの家に預けてきた。ジャックもコウヘイに会えるのかと嬉しそうにしていたぞ」

「そうですか。ならまた向こうに行ったら僕の首にぶら下がっていてもらわないといけませんね」

「ああ、そうしてやってくれ。私が持っていると胸当てが固くて居心地が悪いと文句ばかりでな」

「はは、それはジャックも災難だ」

 懐かしい話の数々があの時の記憶を呼び起こしていく。

 こうして再びセミリアさんに会えなければいつかは現実の出来事ではなかったのではないかと記憶も薄れていきそうな経験だっただけに、どこかホッとした。

 様々な出会いと様々な冒険、危険、そして思い出が嘘ではなかったのだと自覚出来るというのは中々に感慨深いものがある。

「んで最後に魔王倒してローラ姫とかいう人と結ばれるってのもホンマなん?」

 そこで不意に不安的中。

 やっぱりそんなことまで書いていたのかこの人は……。

「いや、そこはフィクションですね……そういう名前の人は実在するみたいですけど、僕達がいる間にはお城に居なかったので会ってないですし」

「フィクションじゃねえ、あれは予定だ。王と約束したからな」

「してないでしょ。ローラ姫っていう人の話は確かにしてましたけど、その相手は偽物の王様でしたし」

「だとしてもだ、お姫様ってのは勇者と結ばれるもんだろ?」

「だろ? って言われても定番的なものは僕には分からないですけど……」

 第一あんた勇者じゃないし……。

「何よりも、お城に居ないんじゃ会うことも出来ないのでは?」

 と、僕が言うと。

「いや、姫はすでに城に戻られているぞ? 今回のサミットにも同行することになっているしな」

 セミリアさんが言わなくていい情報を高瀬さんに与えてしまった。それが事実なら向こうに行った時点で分かってしまうんだろうけどさ。

 案の定高瀬さんが興奮し始めてしまったことを踏まえるとここは言わないでおいた方がよかったのは間違いなさそうだ。

「マジで!? やっとローラ姫に会えるのか。つーかローラ姫って美人?」

「ああ、とても高貴で綺麗な方だぞ」

「うっひょー!!! テンション上がってきたぜぇぇ」

 だからといって失礼の無いようにな。

 というセミリアさんの言葉は聞こえていないらしく、高瀬さんは異世界の前に妄想の世界へ先に一人で入ってしまった。

「やっぱその辺は嘘やったんか。まあこいつやしな、姫様と結ばれるとかあり得へんわな。しかし、セミリアはんよ」

「なんだ?」

「その姫様がナンボ綺麗かは知らんけど、あんた鏡見たことあるか?」

「いくら私でも鏡ぐらいは見るが……何か付いているのだろうか?」

 セミリアさんは不思議そうに自分の顔に手のひらで触れた。

 夏目さんはきっとそういう意味で言ったんじゃないだろうし、事実呆れた顔をしている。

「いやいや、そこで天然出されても。自分の方がよっぽど綺麗なんちゃうのって話やんか。正直うちはあんた程綺麗な顔した人間見たことないで? 髪の色もそやし、何よりビジュアル的にテレビや写真で見たのを合わせてもズバ抜けて次元が違うっていうか、もはや女でも目ぇ合ったらちょっと照れてまうレベルや」

 夏目さんはまじまじとセミリアさんの顔を見つめる。

 そして、その大いに気持ちは分かる。僕だって初めて見た時には中々目を合わせられなかったものだ。

 恋愛感情なんて抱いたことがない僕ですら、こんなに綺麗な女性がこの世にいるのかと思ってしまった程にセミリアさんが美人であるという認識は今も変わりないぐらいの外見である。

「それは持ち上げ過ぎだぞアスカ。私は戦うしか脳の無い人間だ、外見など大した意味も持たないさ」

「はぁ~、勿体無いなぁ。まあうちがとやかく言える話でもないけど。それより、そういうわけやからうちも付いていっていいやろ? 一生のお願いや」

「む、そう何度も頭を下げられると私としても心苦しいのだが、どうしたものだろうかコウヘイ」

「お、その口振りやと康平君がええって言ったらオーケーってこと?」

「私は戦闘以外で適切な判断が出来るほど頭が良くないのでな。そういう場合は基本的にノスルクかコウヘイの意見や指示に従うことにしている」

「へぇ~、随分と信頼されてるんやね康平君は。それやったら康平君、頼むっ!」

「困りましたね……」

 化け物退治に行くわけじゃない以上危険度は薄れるのだろうけど、王様に頼まれて行くサミットの場に興味があるからという理由で勝手に連れて行っていいものなのだろうか。

 ということを言ってみると、

「それは一理あるかもしれんな。だがサミットに同行するかどうかは別としても私達の世界に来るだけであれば問題がないようにも思う。無論誰も彼もというわけにはいかないだろうが、お主やカンタダの知人であれば理解してあげたい気持ちもないわけではないし、何より王も恐らく今回の事情からしても反対はするまい」

「なるほど……それは確かにそうかもしれませんね」

「へ? どういうこと? なんで王様は反対せーへんって思うん?」

「要するにですね、僕に大臣? 的なポジションを演じて欲しいと思っていると言っていたように、よその国に魔王を倒した時の勇者の仲間が同行していると思わせることが重要なのであって、事実はあまり関係無いということですよ。僕達は明らかに向こうの世界では目立ってましたし、その僕や高瀬さんと一緒に夏目さんが居れば夏目さんもその内の一人だと思わせることは難しくないでしょうから」

 見た目も格好も浮きまくっていたせいで何度も芸人扱いされたからね。

 数だけ居ればいいなら春乃さんやみのりを呼んでもいいんだろうけど、二人も怖い思いばかりして怪我もしちゃっただけに極力こちらから巻き込みたくはないのが本音だ。

「なーるほど、そういうことか。ていうかよく今のセミリアはんの言葉だけでそこまで理解出来るな康平君」

「コウヘイの頭の良さは私が保証する。例え生命に関わる問題であったとしても私はコウヘイにこの身を委ねることが出来ると断言出来るぞ」

「うわ、格好ええこと言うなぁ。信頼を通り越して二人デキとるんちゃうん?」

「そういうのじゃないですって……それに、それこそ持ち上げ過ぎな気もしますし」

「そう照れなって。そんで、行くにあたってなんか心掛けとかはあるやろか?」

「…………」

 勝手に同行することに決定していた。

 まあ興味本位ってだけじゃなくて自分の夢のためにって真剣に頭を下げているわけだし、断固として反対することもないか。

 彼女の言う通り、これも何かの縁というか、この場に居合わせた事が彼女の運だったのだと理解してあげよう。

 何より、これは例の『はい』を選ぶまで無限ループのパターンっぽいし、僕が折れておくしかない気もする。

「簡単に言うとですね、本当にゲームとか漫画の世界だと思ってください。僕達の常識はほとんど通用しないですけど、いちいち驚いていたら身が持たないのでこれはこういうものなんだと納得することが大事になると僕は思いました」

 これは僕の台詞ではないんだけどね。

 以前の旅で春乃さんがそう言ってくれたことで随分心持ちが楽になった。その時の受け売りだ。

「なるほど、了解や。じゃあうちも準備してから戻ってくるわ。なんか用意しといた方がええもんとかは?」

「女性なら着替えとか衛生用品は持参した方がいいかと。そういうものはほとんど向こうでは手に入らないので」

「なるほどな。まあうちも二、三日はこっちで泊まるつもりで来たからその辺は持って来てるけど、どのみちホテルに取りに帰らなあかんわ。チェックアウトもせなあかんし、一時間もあれば戻ってこれる思うけど」

「あー、それなんですけど、チェックアウトはしない方がいいかもしれないです」

「なんでや? そのサミットとかいうのが二日後ってことは少なくとも帰ってくるのは三日後とかになるんやないの?」

「理屈は説明出来ないですけど、あっちとこっちでは時間軸? みたいなのが違うみたいで、仮に三日間向こうの世界で過ごしても多分こっちに帰ってきた時には日も変わっていないと思います。あと携帯は電源も入らないので」

「なんやのそれ? いや、まあええわ。いちいちツッコんでたらアカンて今言われたとこやしな。けったいなことやけど康平君がそう言うんやったらそういうもんやと思っとくことにする」

「理解が早くて助かります」

 こればかりは僕にも全く説明出来ないことだ。

 以前の時には一週間ほど向こうの世界で過ごした。しかし、帰ってきた時に経過していた時間は数時間だったのだ。

 おかげで僕は怒られずに済んだものの、化け物や魔法の存在よりもよっぽど謎な現象だった。

「ほんなら一旦ホテル戻ってからまた来るわな。二時間後に間に合わんてことはないから」

「ええ、戻るのが早くなるのであればセミリアさんと同じでうちで時間を潰してもらって構いませんし、逆に慌てて戻られなくても大丈夫なので」

「そーか、ありがとうな。じゃあまた後で」

 夏目さんは立ち上がると、僕とセミリアさんに向かって片手を上げ、そのまま店を出て行った。

 あ…………コーヒー代もらうの忘れてた。

「では僕も準備しますかね。セミリアさんもうちへどうぞ」

「ああ、そうさせてもらおう。しかし今回はコウヘイにも準備があるのだな。以前は手ぶらだったろう?」

「ええ、その経験も踏まえていくつか持って行こうと思っている物もあるのでその準備をしようかと。高瀬さんもそろそろ戻って来てください」

 虚ろな目でぶつぶつ言いながら例のお姫様との生活を満喫していた高瀬さんの肩を揺すって現実世界へ呼び戻し、一旦この場は解散するのだった。


          〇



 すっかり日も暮れ、時刻は午後七時を迎えた。

 我が家を出てすぐの曲がり角で僕、セミリアさん、夏目さんの三人で高瀬さんを待っている。

 前もあの人だけ遅れて来た記憶があるけど、その時はヒーローは送れて登場するものだとかって不愉快な理由だったっけ。今回もそういう理由なのだろうか。

 宣言通りすぐに荷物を持って帰ってきた夏目さんは、その後うちでセミリアさんと一緒に過ごしており、延々とセミリアさんに春休みの件を質問し倒していた。

 そして準備を終えた僕も少しの外出から家に戻り、七時になる直前に揃って外に出たという感じだ。

 夏目さんは細身の身体には似付かわしくない大きなボストンバッグを肩に掛けており、格好も女性向け雑誌とかに載っているモデルのようなお洒落な雰囲気がプンプンしていて旅行に行くために来ましたと言わんばかりである。

 もう表情からもワクワクしているのが丸分かりだ。

 逆にその横に居るセミリアさんは随分と落ち着いている。

 前回は精神的に切羽詰まっている様子だっただけに、こうしてまた一緒に行動をすることになりながらも使命感に駆られて余裕を無くしている姿ではないことにどこか安心してしまう自分がいた。ついでに言えば腕を組み遠くを見つめる姿がまた随分と絵になっている。

 そして僕はというと、心の準備だけではなく前回の経験を生かして色々と備えをしてきたこともあってやはり前回あっち(、、、)に行ったばかりの頃みたいな緊張感や非現実感はそこまでない。

 といっても役に立ちそうな物をあれこれ持って来ただけなのだが、それでも通学用のショルダーバッグがそこそこ一杯になる程度には数も種類もある。

 着替えなども用意したかったのだけど残念なことにこのバッグでは入りきらなかったため、そこは前回同様向こうで用意する必要があるのが懸念材料か。

「待たせたな俺の仲間達~!」

 ふと、通りに大きな声が響く。

 三人が同時にその方向を見ると、確認するまでもなく高瀬さんが歩いてくるところだった。

 例によって変な人形が胸ポケットから覗き、背中には大きめのリュックサックが背負われている。

「悪い悪い。準備と録画予約とたまたま届いたフィギュアを愛でる作業に時間食っちまってよ」

「気にするなカンタダ。私達も来たばかりだ」

「……明らかに後ろ二つはいらん工程ちゃうんかい」

 暖かく出迎えるセミリアさんに続いてボソリ呟く夏目さんだったが、合流即一触即発の春休みに比べてこちらも平和なものだ。

 なんてしみじみ思っていると、その高瀬さんが僕のバッグを指差した。

「今回は康平たんも荷物持って来たのか。俺を手本にするってのは良い心掛けだぞ、うんうん」

「前回手ぶらで後悔しましたからね。多分高瀬さんと違って武器的な物はほとんど無いですけど」

「愛用の魔法銃はあっちに預けたままだけどな。今回もイグニッションファイアーを始め、色々と持って来たぜ。つーかそういう康平たんは何を持って来たんだ? 冒険に行くのに武器以外で必要な物なんてあるか?」

「あっちではあれば便利であろう物って意外と多いですよ? 僕の場合は趣味の混ざった使うことがあるかどうかも分からない物ばかりですけど」

 趣味というか悪趣味というかは難しいところ。

「よく分からんが、具体的には何が入ってんだ?」

「物語の後半になって実はこんな物を持って来ていた、なんて後付け設定で危機を乗り越えたみたいに思われたくないので先に言っておくのもいいかもしれませんね」

「……何の話だ?」

「お気になさらず。僕が持ってきたのは懐中電灯、ライター、それから護身用のスタンガンにICレコーダーと発信器、あとは薬類を何種類かぐらいですね」

「発信器やらスタンガンって、おま……よくそんな物が手に入ったな」

「少し前に護身用の物を通販で買ったんですよ。一番威力が高いやつなので人一人動けなくするぐらいは出来るかと」

「立派な武器だろそれ……ていうか発信器やらレコーダーやらは動くのか? 向こうじゃ携帯も駄目なのに」

「そこは実験的な意味も兼ねてますね。確かに携帯は電源も入らないですけど、よく思い出してみてください」

「寛太は【ふかくおもいだす】を使った。何も思い出せなかった」

「なんですかそれ……あのですね、向こうでは高瀬さんの懐中電灯は使えましたよね? それを踏まえて一つの仮説として、バッテリー系の物が駄目で電池で動く物なら大丈夫かもしれないと思いまして、一応両方とも普通の電池で動くものを揃えました。発信器は小型のチップが単独で電波を飛ばす物なので、この小型のモニタがそれを受信出来れば使えるかもしれないと思って」

「なるほど、そりゃ確かに可能性はあるが……揃えましたってこの二時間で揃えてきたのか?」

「ええ、近所ではないですがその時間で買って帰ってこれる店を予め押さえていましたので」

「押さえてたって無理ゲーだろJK。前々から調べてなきゃ不可能じゃんかよ」

「前々から調べてましたよ? 正確には春休みに向こうの世界から帰って来た次の日に、万が一次に同じことがあった時はこういう物を用意しておかないといけないという物のリスト含め」

「どんだけ準備いいんだよ!」

「それも含めて趣味みたいなものですから」

 無意味な準備や傾向と対策が大好きな僕だった。

 ありもしない不足の事態に備えて対処法を練り、軽くやり過ごしている自分の姿を妄想することが趣味と化しつつある程だ。

 ICレコーダーなんかは思い切り趣味で持っているだけでロクに使ったこともないし。

「各々準備が万端なようで何よりだ。ではそろそろ行くとしよう、みんな手を繋いでくれ」

 セミリアさんのその言葉で一旦お喋りを止め、例によって輪になるように手を繋ぐ僕達。

 一人初体験の夏目さんに軽く説明を挟みつつ、やっぱり道端で輪を作るおかしな風景の一部になっている自分に若干の恥じらいを覚えたりもしつつ、久々のワープの時を待つ。

「アスカ、決して手を放さないようにしてくれ。では準備はいいな、アイルーン!」

 ワープのための呪文? をセミリアさんが唱えると、以前の時と変わりなく徐々に目に映る景色が歪曲していった。

 視界が正常に戻った時、僕達はまたセミリアさんの世界に足を踏み入れることになるのだ。

 今回はどんな出来事が待っているのだろう。そんな、前回とは全く違った心持ちで僕はその時を待つのだった。


          ○


「おいおいおいおいおいおい、なんやこれ? 何がどないなってんの? ていうか、ここどこなん!?」

 ほとんど陽は沈んだ空の下。

 僕達は無事ワープに成功し、またこの世界へとやってきた。

 日差しの有無などほとんど関係無いような薄暗い森の中に降り立つと同時に繋いだ手を放すやいなや、夏目さんは一人で上下左右を何度もくるくる見回している。

 まあ誰でも最初はこうなるだろうと思う。ワープやら瞬間移動を体験してこうならなかった人間を僕は後にも先にも高瀬さんしか知らない。

「ここはエルシーナという街の外れにある森の中だ。城に向かう前に寄るところがあるのでな」

 前にも聞いたような説明を律儀にも夏目さんに対してもするセミリアさんだったが、本人は恐らくほとんど理解できてはいないだろう。

「エルシーナって何!? いや、分かっとるで? ウザい反応してるってことは。康平君に言われた通りいちいちテンパらんと受け入れろって話なんやろうけど、さすがにノーリアクションではおられへんねん。ウチ大阪人やしさ」

「オーサカジンというのはよく分からないが、驚くのも無理はないさ。こればかりは徐々に慣れてもらうほかない、分からないことがあれば聞いてくれ」

「分かった、ありがとうな。しっかし、康平君やTKの落ち着きっぷりを見るに諸々の話はリアルやったって実感するわ。瞬間移動? みたいなもんウチは初めて体験したで、当たり前やけども」

「TKって言うんじゃねえよ」

「いやいや、二人とも済まんかったな。これで二人の話がガチやったって認めざるを得ーへんわ。失礼なこと言ってごめんやで」

「まあセミリアさんの言う通り、それが普通の反応だと思うのでお気になさらず」

「これに懲りたら俺の事は今後……」

「そう言ってくれると助かるわ。んで、寄るところってのはどこなん? こんな森の中にあるん?」

 素直に非を認め、頭を下げる夏目さんは賑やかな言動とは裏腹に最低限の社会性は持ち合わせているようだ。

 ちなみに持ち合わせていなさそうなもう一人は『聞けよ』と一人でツッコんでいた。

 それからは夏目さんの質問攻めを受けつつ少し森の中を歩き、そう時間が掛かることもなく目的地である小さな小屋に辿り着いた。

 木々以外に目に入る物もない薄暗い森の中に不自然にポツリと建っている小屋だ。

 木で出来た扉を、やはりノックもなしに開けて土足のまま入っているセミリアさんに続くと、中には二つの人影があった。

 一人は正面にある一人用の小さなテーブルの前に腰掛けている紫色のローブを着た白く長い髭を蓄えた背の低い老人だ。

 名前はエルワーズ・ノスルク。

 セミリアさんが勇者として戦う中で唯一頼りにしている人物であり、僕達を主に不思議な道具をくれたりして助けてくれる元魔法使いであるらしいおじいさんである。

 目の前には占い師よろしく大きな水晶玉が置かれており、以前と変わらぬいかにも好々爺な優しい表情で僕達に出迎えの言葉をくれた。

「よく来たの、コウヘイ殿、カンタダ殿、そしてアスカ殿じゃったかな」

「お久しぶりです。お元気そうで」

「久々だなおじいたん」

「どうもよろしゅうに。しっかし、この人がノスルクはんかー。ホンマに会う前から事情分かってるんやな……ていうかおじいたんとかワケの分からんこと言うなやTK」

 などと口々に挨拶を済ませる中、僕はもう一人に目を向けた。

 窓際の壁にもたれ掛かるように立ちながら腕を組み、あからさまに不機嫌な顔で睨むように僕達を見ているその女性こそがこの国のもう一人の女勇者サミュエル・セリムスである。

 短めの赤茶色い髪に肩も背中も腹も太ももから下の足も全部出ている露出の多い服装、そしてセミリアさんとは違い、本当に肘と膝にだけ防具を着けているのが特徴的だ。

 子供が自転車の練習をするときに怪我防止のために付けるようなあれを金属製にしたような感じ。

 そして、こちらも前回会った時と同じく細い身体には似付かわしくない大きなククリ刀が二本、背中に装着されている。

 通称を『撃滅の双剣乱舞』というらしいサミュエルさんは人と馴れ合ったり打ち解けることを嫌いシビアな思考や言動が目立つものの、意外と面倒見は良い頼りになる人物だ。

 そんなサミュエルさんがいつにも増して機嫌が悪そうな理由は概ね想像が付くが、余りにも眼光が鋭いせいで気軽に挨拶をしていいものかどうか……。

「コウ、ちょっとこっちに来なさい」

 なんて躊躇していたのが不味かったのか、先にご指名を受けてしまった。

 サミュエルさんは壁に体重を預ける体勢と苛立つ表情はそのままに、人差し指をクイクイと動かして僕を呼び付ける。

 省略した方が呼びやすいからというだけの理由で僕をコウと呼ぶサミュエルさんは確かに短気な方ではあるが、怒られることはあっても殴られることはないと思う。いや、思いたい。

 どちらにしても、そんなサミュエルさんの人となりを知らない夏目さんや高瀬さんも含め、この場にいて初めて口を開いたサミュエルさんをみんなが見ているせいでなんだか公開説教を受ける羽目になりそうな気しかしない。

「お、お久しぶりです」

「別に再会の挨拶をさせるために呼んだわけじゃないわ。私が何を言いたいか、分かる?」

「まあ、いえ……まぁ……」

「ハッキリしなさい」

「なんというか……概ねは」

 もはや不機嫌なのはお前の責任だとでも言わんばかりの責める口調に言葉に詰まる。

 そんな時、いつも助け船を出してくれるのはセミリアさんだ。

「こら、サミュエル。何をいきなりコウヘイに当たっている。そもそも呼び付ける前に挨拶ぐらいするのが礼儀というものだろう」

「黙りなさいクルイード。そもそも全てはアンタが悪いのよ」

「一体何の話をしているのだ。私もコウヘイも前後の会話も無しに悪態を吐かれても事情が把握出来ないぞ」

「悪態吐かれるのも事情を把握出来ないのもアンタが馬鹿だからでしょ。コウはもう分かってるじゃない」

「む、人を馬鹿だなどと失礼な。そんな態度で一方的に文句を言われたところで何も分かるはずがないだろう。コウヘイだってそうに決まっている」

 そうだろう?

 と口で言う代わりにセミリアさんは僕の方を見た。

 半ば口論のようになってしまっているせいか、他の三人も口を挟もうとしてはくれない。

 高瀬さんが喧嘩し始めた時はノスルクさんの咳払いが炸裂すれば沈黙を作る事が出来たはずなのだが、サミュエルさんには効果が無いのか、あまりにも日常茶飯事過ぎて呆れているのか、いかにノスルクさんといえどこの二人の言い合いに割って入ろうとは思わないらしい。

 まあ間違いなく矛先が自分に向くだろうし、分からなくもないけども……。

「要するに……誰がこんなに大勢連れてこいって言ったのよ、ということなんじゃないかと」

 仕方なく、僕は観念して答える。

 ほぼ間違いなくそういう理由か、そうでなければ『いつまで待たせんのよ!』という理由のどちらかだと僕は思っているのだが……。

「そうなのかサミュエル?」

「そういうこと。アンタが呼びに行ったのはコウ一人だったはず、この変な奴は百歩譲って分かるとしても、どうしてどこの馬の骨かも分からない無関係な女まで連れて来るわけ? 馬鹿なの? 馬鹿なのね。馬鹿なんだわきっと」

「馬鹿馬鹿と言うなというに。それに、仕方なかろう。カンタダは元々共に戦った仲間なのだ、同行してくれるというのであれば断る理由は無い。アスカに関しては確かに無関係ではあるが、だからといって王の意志に反したものではないだろう。確かにお前は呼ぶのはコウヘイ一人でいいと言ってはいたが、だからといって他の者の申し出を断ってまでコウヘイ一人であることに拘る必要もあるまい」

「アンタの言いそうなことよね、クルイード。そうやって善意で何でも解決すると思ってるあたり、相変わらず平和な思考回路だこと」

「そういう問題ではないだろう……まったく、どうしてお前はそういう考え方しか出来ないのだ」

 さすがのセミリアさんも呆れて肩を落とした。

 ここでムキになって反論しないあたりは付き合い方をよく分かっているというか、悪い意味で慣れてしまっているというか、きっとそれなりに苦労してきたのだろう。

「まあまあ二人とも、そないやいやい言い合いしなや。確かにウチも無理言ってついてきたけど、別に邪魔したろ思ってるわけやないしよろしくしたってえな。ウチは夏目飛鳥や、よろしく」

 自分達の存在が言い合いの種になっていることを見兼ねてか、夏目さんがこちらに寄ってきたかと思うと自己紹介をしつつ手を差し出した。

 当然ながらサミュエルさんがその手を取って握手をするなどということはない。

「よろしくする必要がないわね。何をしに来たのか知らないし興味も無いけど、物見遊山のつもりならさっさと帰った方が身のためよ」

「なんや感じ悪いなー。初対面でそこまで拒否られたら凹むわー」

「そうだぞサミュたん、ロープレの仲間なんてもんは増えたり減ったりするのが常なんだ。みのりたんや金髪ゴスロリの代わりと思えばいいじゃねえか。俺達は特技【ツッコミ】を持つ奴が居ないと成り立たないパーティーなんだからよ」

 呆れたように高瀬さんが言うと、サミュエルさんは一層鋭い目付きで高瀬さんを睨んだ。

「アンタ達は別に私の仲間じゃない。私には仲間なんて必要ない。それからサミュたんって呼ぶなって何回も言ってんでしょ!」

「サミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんー! さて問題です一体……」

 何回サミュたんと言ったでしょう。

 そう続けるつもりだったであろう高瀬さんの悪ノリは、サミュエルさんの行動によって途中で遮られてしまった。

 ジャランと。

 金属を擦る音と共に背中から一本の刀を抜いたかと思うと、それを高瀬さんの眼前で高々と振り上げたサミュエルさんは瞳孔が開き殺意の混じった目で睨み付けながら代わりにその続きを口にする。

「さて問題です。アンタの残した最後の言葉は何だったでしょう。答えは自分の口で言いなさい」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「そう、それが正解なのね。答えも分かったことだし、問題通りそれを最後の言葉にしてあげる」

 そう言ってまた一歩高瀬さんの方に近付いたサミュエルさんは、今にも刀を振り下ろしそうな雰囲気だ。

 まさか本気でやらないだろうなと一瞬焦ったものの、その前にセミリアさんがそれを防いだ。

「こらサミュエル。冗談が過ぎるぞ、いい加減にせんか」

 高瀬さんの前に割って入ったセミリアさんの真剣な表情にサミュエルさんは一度肩を竦め、ようやく刀をしまう。

「冗談で済んだだけありがたいと思いなさい。とにかく、私とそいつらは無関係だからアンタが面倒見ることね。勝手についてきて勝手に死ぬことになったって知ったことじゃないわ」

 吐き捨てる様に言って、サミュエルさんは反応を待つことなくそのまま出入り口の方へ行ってしまった。

「お、おいサミュエル。どこへ行く」

「戻ったらその日の内に城へ来いって話なんでしょ。だったらさっさと準備してさっさと出発させなさい。ジジイも渡す物があるなら早くして、外で待つわ」

 バタンと大きな音を立てて、サミュエルさんは出て行ってしまった。

 以前と全く変わらない我が道を行く感じだなぁ。

「ほっほっほ、相変わらずじゃな」

「笑い事ではないぞノスルク。カンタダもアスカも嫌な思いをさせて済まなかったな。口や態度は悪くとも悪人というわけではないのだが、どうにも協調性に欠ける奴でな」

「ま、サミュたんのツンデレは今に始まったことじゃないから俺はむしろ萌え~だけどな」

「ウチもまあ、そこまで気にしてへんよ。ツンツン娘がいてるゆーのは例の小説でもそうやったから予想はしてたし。その小説も結局どこまで事実なんかって疑問は再燃しつつあるわけやけど」

 お姫様のくだりとか。

 と、ジト目で付け加える夏目さんだった。

「そう言ってくれると助かる。ではノスルク」

「うむ、城に向かう前にコウヘイ殿とカンタダ殿に渡す物があるのじゃが、時間を掛けるとまた怒鳴り込んで来かねぬし済ませてしまうとしようかの」

 ノスルクさんは立ち上がると、壁際の棚から小さな木箱を持って来てテーブルに置いた。

 以前も貰った首飾りでもくれるのかと思ったが、それなら僕達二人にだけというのもおかしな話だし、何よりセミリアさん達がそれを付けていない以上その線はなさそうだ。

「なあじっちゃん、二人に渡すもんってなんなん?」

「以前この二人に授けたマジックアイテムじゃよ。さすがに二人の世界に持ち帰るわけにはいかないということでここで預かっていたのでな。まずはカンタダ殿じゃ」

 小さな木箱の蓋を開けると、そこには見覚えのあるリボルバー式のエアガンだかガス銃だかが入っていた。

 前回の冒険の時に高瀬さんが使っていた武器で、弾が出ない代わりに火やら電撃やらを発射することが出来るという物理的説明が不可能な文字通りノスルクさんが魔法によって仕様を変えた摩訶不思議アイテムだ。

「おー、懐かしいぜマイベスト装備!」

「もしかしてこれが例の炎やらエネルギー弾が出る銃かいな」

「そうよ。こいつのおかげでどれだけの敵を蹴散らしてきたことか」

 目を輝かせて手に取った銃を様々な角度から見る高瀬さんのテンションが徐々にゲーマー兼オタクモードになってきた。

 あれをエネルギー弾と表現するあたり、この場に限った性質じゃないのだろうけど……。

「あとはコウヘイ殿じゃが、下の部屋に置いてあるので少し付き合って欲しい。セミリア、先に外で待っていてもらえるかの。すぐにコウヘイ殿も向かわせる」

「うむ、わかった。カンタダ、アスカ、私達も外で待っているとしよう」

 まるで僕一人を残そうとするかの様な口振りのノスルクさんの意図を汲み取ったのか、セミリアさんは二人の背中を軽く押しつつ小屋を出た。

 二人は銃に夢中で若干おかしな事の運びにも気付いていないようで、あれこれ評論しながら誘導されるがままにセミリアさんに次いで部屋を出る。

 結果、騒がしい連中が揃って居なくなり小さな部屋には僕とノスルクさんの二人が残された。

「すまんの、おかしな事をすると思ったじゃろう。下の部屋に案内するので少しだけ時間をおくれ」

「あ、いえ、全然それはいいんですけど。というか下の部屋というのがあったんですね」

 下に降りる階段らしきものは見当たらないけど……と部屋を見渡していると、ノスルクさんは持っていた杖で床をトントンと、二度突いた。

 直後、ガチャリという音と共に床板の一部が開き、下に繋がる階段が出現する。

 なんというか、絡繰り屋敷みたいでちょっと格好良い。

「凄い仕掛けですね」

「下の部屋はわしの書物を保管しているだけの部屋じゃがな。さあこっちじゃ」

 先導して階段を降りるノスルクさんに続いてひんやりとした薄暗くて視界の悪い石段を降りていく。

 先にあった部屋は言葉通り四方に本棚が並んでいるだけの空間だった。蝋燭が何本も立っているが十分な明かりとは言えず、さながら占い師の館のような不気味な雰囲気だ。

「まずはこれを」

 差し出されたのは高瀬さんが受け取った物より一回り小さな木箱が二つ。

 僕の貰ったアイテムは指輪だったので小さいのは当然だけど、なぜ二つなのだろうか。

 疑問に思いつつ、一つ目の箱を空けると、そこにはやはり指輪が一つ収まっていた。

 ノスルクさんに貰ったこの指輪はキーとなる呪文を唱えることで見えない盾を出現させることが出来る凄い物だ。

 この指輪のおかげで僕は敵の攻撃をこの身に受けることなく乗り切ることが出来たし、仲間の盾になることも出来た。

 これを貰っていなければ僕は前回の旅であっさり死んでしまっていただろう。そのぐらい重要な役割を果たしたアイテムだ。

「この指輪じゃが、少し改良しておいた。カンタダ殿の手前皆の前で言うのも少し抵抗があってな」

「そうだったのですか。配慮に感謝します」

 僕の分だけ改良されたと聞けば高瀬さんは憤りや妬みを抱く可能性が高い。それで僕一人を残したのかと思うと確かに納得のいく話だ。

「具体的には二つ。一つはシールドの出現位置をゼロ距離にしたのじゃ」

「ゼロ距離? ということは……」

「そう、かざした手の少し前に出現するよりは使い易くなったということじゃな。かざした手そのものが盾となるような感覚になった分、攻撃を防ぐにあたっての計算目算も立てやすければ敵に対してハッタリも効く」

「ふむふむ……」

 確かに手の数十センチ前に現れるよりは分かりやすい気はする。その分受ける攻撃が近くなって度胸も必要としそうではあるが、それは贅沢を言い過ぎか。

 そしてハッタリというのはどういう意味かと考える。この透明な盾を使っている自分を想像してみると、すぐに合点がいった。

「つまり……この盾の存在を知らない相手にしてみれば僕が腕一本で攻撃を防いだように見える、と?」

「そういうことじゃな。さすがに頭の回転が早くて助かる」

「いやあ、そんなに持ち上げられても困りますけど」

 そもそも敵が誰で、どういう状況でまたこれを使うことになるのかということに関してはどれだけ頭を働かせても想像出来ないし。

「それから二つ目じゃが、これは前回の失敗を生かした改良じゃな」

「前回の失敗?」

「うむ、この盾を使って攻撃を防いだものの衝撃に耐えきれずにダメージや傷を負った場面が何度もあったじゃろう?」

「あぁ……確かにそういう場面は何度もありました」

 盾を出現されて攻撃を防いでも威力に耐えれずに身体ごと吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるという二次災害は痛烈なものがあった。

 こればかりは僕の筋力的な要素が原因だし、まともに攻撃を受ければその前に死んでいただろうから文句を言う筋合いはないと諦めていた部分だ。

「その反省を生かして、重力の無効化が出来るようにしたのじゃよ」

「重力の……無効化」

「その盾に触れた物がどれだけの衝撃や重量があろうとも、それをゼロに出来るということじゃ。言うなれば絶対防御じゃな」

「絶対防御……それは凄い」

「もっとも、攻撃に気付かなかったり、気付いていても発動する前に受けてしまっては効果は得られんがの。それでも攻撃用の装備でなければ戦闘要員ではなかった分、君は常に自分と仲間の身を守るためにその指輪や頭を活用していた。それに相応しいアイテムになったとわしは思っておる」

 じゃが、と。

 僕がお礼の言葉を返すよりも先にノスルクさんは続ける。

「残念ながらこれ以上の改良などは期待しないで欲しいのじゃ。わしももう歳での、これらのアイテムを作ることも含め魔法力を駆使するここともそろそろ限界が来つつある。今回また君達の世界に行ったセミリアの様子は見ていたが、あの水晶を使ってあの子達の旅を見届けるのもそれが最後になるじゃろう」

「そうだったんですか……いや、でももう十分過ぎる程によくしてもらったと思っています。前回僕が生きて帰ってこれたのもノスルクさんのおかげですから」

 この人が何歳なのかは分からないが、見た目だけで判断しても相当な年齢だろう。六十や七十できくかどうか、そのぐらいの年齢だと思う。

「そう言ってくれると無理をした甲斐もあったというものじゃな。それでは指輪の説明は終わるとしよう。もう一つも開けてごらん、そろそろ待ちくたびれておるじゃろうしな」

 にこりと笑うノスルクさんに促されるままに二つ目の箱を開ける。

 その口振りで中身も予想出来てしまったが、それはそれで僕にとっては懐かしく嬉しい再会だったりもする。

 小さな箱の中には予想通り、綺麗に収納された髑髏を模したごついペンダントトップがついた銀色のネックレスが入っていた。

 ただのアクセサリーではなく、指輪と同じく僕を助けてくれるものの一つであり大切な仲間だ。

 名前をジャックといい、意志を持ち、言葉を操る、元々は人間だったという不思議なネックレスは僕が声を掛けるより先に色々と言いたいことを爆発させた。

『おっせーよ相棒!! エルワーズ、てめえもだ。ごちゃごちゃ話する前に俺を出せよ!』

 まるで変声期で変えた声みたいな奇妙な音声が小さな部屋に響く。

 どういう原理なのかという説明を求める無駄はし飽きたので省くとして、何から何まで懐かしい限りだ。

「ほっほっほ、それは先に指輪の箱を開けたコウヘイ殿に言うてもらいたいのう」

「久しぶりだね、ジャック」

『久しぶりはいいが、酷い仕打ちを受けたぜ』

 半ば拗ねるように言うジャックを手に取り、自分の首に掛けてみる。

 ちょぴり重量感のある不便さもまた、懐かしいものがあった。

『やっぱ俺はぶら下がるなら相棒の地味な首がいいぜ。クルイードの奴じゃガンガンガンガン鬱陶しいったらありゃしねえ』

「地味ってのは別に言わなくてよかったよね。それにしても、ずっとこの中に居たの?」

『んなわきゃねえだろ。エルワーズがお前さんと二人で話をするために入ってやってただけだ。おかげで俺一人再会の喜びを分かち合うことも出来ねえってんだぜ?』

「そりゃ災難だったね。でもまあ、元気そうで良かったよ」

『相棒も変わりないようで何よりだ』

「また今回も分からないことだらけだろうけど、アドバイスよろしくね」

『任せときな』

「じゃあノスルクさん、僕もそろそろみんなのところに……」

 そろそろ待たせている時間も長くなってきた。

 余り待たせるとバッシングの嵐が待っていそうで怖いし、話が終わったのなら早めに合流したいところだ。

「うむ、と言いたいところじゃが、もう一つ渡したい物があるのじゃよコウヘイ殿。むしろ二人で話をしようとした理由としてはこっちがメインじゃな」

「はぁ……渡したい物、ですか」

 この他に受け取る物があっただろうか。

 思い返してみても心当たりがない。新しいアイテムとか?

『なんだよ、まだ渡してなかったのかエルワーズ』

「順序というものじゃよジャック。コウヘイ殿、これなのじゃが」

 と、背後の本棚からノスルクさんが取ってきたのは五冊の本だった。

 古い書物のようで羊皮紙のような材質であると思われる、まるで広辞苑のような分厚さのある、それ事態が武器にさえなりそうな重量感たっぷりの本が五冊、目の前のテーブルに積まれた。

「えっと、これは一体なんの本なんでしょうか」

「これはわしが書いた物での。わしも長く生きてきた中で、色々な経験をしてきたと自負しておる。あらゆる土地に行き、魔法使いとして長きに渡って戦いも繰り返して来た。その経験を元に体験したこと、見てきたこと、聞いたこと、知ってきたことの全てを記した物じゃ。五冊それぞれが異なった内容となっておる。一冊は魔術と呪術について、一冊は魔族について、一冊は世界の歴史について、一冊は天界について、そして一冊はわし自身の冒険譚をそれぞれ記しておる。名付けてノスルクの書じゃな」

「ノスルクの書……」

 話の流れが急過ぎて把握することが出来ず呆気にとられてしまう。

 魔術、呪術、天界……聞き慣れない言葉だらけでこれを受け取ってどうしろというのかもいまいち理解出来ていなかった。

『相棒、受け取ってやってくれ』

「ジャック……」

『ネーミングセンスは絶望的だが、正直世界中のどこを探してもこのじいさん以上の知識や経験を持つ人間はいねえ。それをお前さんに授けようってんだ、これはこれ以上ない誉れなんだぜ?』

「でも……どうしてまたそんな貴重な物を僕に?」

「コウヘイ殿が戸惑うのも無理はない。じゃが、この先また戦渦が世界に広がることがあるかもしれないとわしは思うておる。そして、もしもそれが兵力に乏しいこの国にも災いをもたらすようなことがあればセミリアやサミュエルは戦地に赴くことになるじゃろう。そうなれば、あの子達がまた君を頼ることもあるかもしれない。その時に君にあの子達を助けてやって欲しいと思うているのじゃ。君の人柄や賢さはきっとあの子達だけではなく、この国や世界の助けになるとわしは思っているのじゃよ。勿論、決めるのは君じゃがな」

「僕が……あの二人や国を助ける」

『エルワーズの勘ってやつは結構当たるんだぜ。要するに隠居するじじいの後を継いで奴らの仲間としてサポートしてやってくれって話だ』

「そんなことが僕の様な平凡な人間に出来るとは思えないんですけど……」

 何度も言いたくはないが、僕はどこにでもいるただの高校生だ。

 人に自慢できるようなものも特にない、何の変哲もない人間でしかない。

「君がそう思うのであれば今はそれでもよい。それに、あまり大袈裟に考えずともよいのじゃよ。もし君がまたこの世界に来ることがあるのなら、知っておいて損をする情報などないじゃろうというぐらいの意味だと思ってくれればよい。暇潰しに目を通すだけでも構わないし、今後この世界に来ることがなければ記念にでも持っていてくれるだけでもよい」

「まあ……確かにこの世界では見る物聞く物知らないことだらけではありますけど、そんな曖昧な理由で受け取ってもいいものかどうか」

「わしは全て頭に入っておるし、他に読んでもらえる人間もおらんのでな。価値や思い入れなどあってないようなものじゃし、気にせずともよい。ジャックにも拒否されたしのう、ほっほっほ」

『俺ぁ文字を読むのが嫌いなんでな。そんな分厚い本なんざ一瞬で嫌気がさすぜ』

「その辺は相変わらずじゃな。じゃが、そういうことじゃよコウヘイ殿。これは君に何か使命や責務を課す意味は一切含んでおらん。君の知識が増えればその分セミリアやサミュエルにアドバイスしてくれる事も増えるかもしれない、その程度の認識で十分じゃ」

「………………」

 それはそれで結構な重責というか、プレッシャーみたいなものがある気もするが、ノスルクさんの口振りでは軽い話なのか重い話なのかの判断も難しいところだ。

 またこの世界にくることがあるのかどうか、それは今の僕には分からない。だけどそうなった時に生き残るための術や誰かの助けになるだけの情報が増えるのは決して悪いことではないとも思う。

 全ては今僕が何を求められていて、それに応えるだけの器量や度胸があるのかどうか、そういうことなんだろう。 

 一番上にある本を一度適当にめくってみた。

 書いてあることはさっぱりだったが、少なくとも今こうして会話が成立しているように文字も僕が読めるようになってはいるらしい。

「何も悩む必要はない。これをどう使うかは君が決めればよい。さあ、そろそろ他の者達も待ちくたびれておる頃じゃろう。さすがに持ち歩くには重量があるじゃろうし、この本は帰る時に改めて渡すことにしよう」

『難しく考えたって仕方ねえよ。貰えるもんは貰っときゃいい、そんだけの話だ。誰も相棒にこれを使って戦って来いなんて言ってんじゃねえんだからよ。さ、俺達も行こうぜ』

「うん……そうしようか」

 ひとまず全てを保留し、僕もみんなが待つ小屋の外へと向かうことになった。

 

         

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