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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

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【序章】 再会

※1/13 誤字修正

 3/20 台詞部分以外の「」を『』に統一


 四月の末日。

 世間はゴールデンウィークに突入したばかりのある土曜日のこと。

 店内は賑わっていた。

 と、物語の冒頭ぐらいはそれっぽく言いたいところではあるが、実際はそんなに賑わってはいなかった。

 僕こと樋口康平は毎週のシフト通り母の経営する喫茶店、その名もピープルのカウンターで洗い終わったグラスを磨いている最中だ。

 店内にほとんど客の姿はない。

 午後三時とくれば元々喫茶店が混むような時間でもないし、加えてゴールデンウィーク最初の土曜日なのだからいくら常連が多い店とはいえ彼等にも喫茶店以外に行く先があるのだろう。

 かくいう僕もせっかくの連休に何が悲しくて母の手伝いを……という不満を抱かないわけでもないが、よく考えてみれば特に出掛ける用事もないのでいつも通りの土曜日でしかなかった。

 いや、唯一の不満は相変わらず時給が五百円であるということだろうか。

 同じくこの店で働くアルバイトであり幼馴染みでもある月野みのりの時給は僕の倍である。

 みのりの半分の能力しか持っていないとは全く思えないのでそろそろ労働基準監督署に相談に行かねばならないのではないかという気持ちは日々増していくのだけど、元々みのりと違って土日しか手伝わないのでこれも親孝行の一環だと無理矢理納得させている次第だった。

 平日は学校に通い、特に部活をしているわけでもなく、土日はアルバイト。

 なんとも平凡な生活っぷりだろうか。

 元々目立った特徴もないどこにでもいる高校生だと自負しているとはいえ、やっぱり個性がないと自覚してしまうのも悲しい話だ。

 運動は人並み、学力はそれなり、得意なことは頭を使うゲーム……うーん、やはり地味なプロフィールだ。

 本当にどこにでもいそうな高校生過ぎていつか就職活動なんかをしたときに自己紹介として提出するのが躊躇われるぐらいの普通さである。

 どこにでもいる。というのは逆にいえばどこにいることを以て一般的であることの指標として成り立っているのか甚だ疑問ではあるが、しかしまあ特に目立たない存在という意味であるならば否定する材料が見つからないのでもうこの話はやめよう。

「ありがとうございました~」

 また一人、会計を済ませてお客さんが店を出ていった。

 つい先ほど交代で入ったばかりの僕とはいえ、二人いた客の一人が帰ってしまい早くも残る客は最後の一人を残すのみとなる。

 最後の一人で、最後まで一人であるその客はふと僕と目が合うと、思い出した様に空のグラスを振りながら僕の名前を呼んだ。

「おーい、康平たん。コーヒーおかわり」

「……………………はーい」

 あまーいカフェオレしか飲めないくせに格好付けてコーヒーとか言わないで欲しい。

 そんな溜息も心に留めてそそくさと準備に取り掛かる。

 毎日毎日朝から夕方ぐらいまで、一人で来店しては一番奥の席にカフェオレ数杯と昼ご飯の注文で居座り、一人で持参したノートパソコンをカタカタやりながら日が暮れる頃に一人で帰っていくこの最近常連客になった若い男性。

 名前は高瀬寛太といって、春休みにちょっとした現実離れをした時に知り合った二十五歳の自称引き籠もりで自称オタクで自称魔女っこなんとかというアニメのファンクラブを作ったといっても過言ではないらしい変わった人だ。

 その時限りの付き合いだと僕は思っていたのだが、それ以来この人はほぼ毎日うちの店に通っている。

 他のお客さんの前で『康平たん』なんて罰ゲームとしか言い様がない呼び方をされるのは本当に勘弁して欲しいのだけど、何度言っても聞き入れてもらえないのでもう諦めた。

 僕はそういうタイプではないが、あれだけの文字通り命懸けの冒険を共にしたのだから多少の仲間意識というか、友情的なものを感じてくれるのは理解したいとは思う。

 だからといって毎日やって来て、毎日一人でパソコンをいじって過ごすというのはまた別の問題なのではなかろうか。

 パソコンで遊ぶだけなら家でやればいいのに……とか。

 毎日居ることでニートという自称が事実であることは疑い様のない事実となってしまったが、よくお金を払って毎日通っていられるものだ……とか。

 色々指摘したいことはあるものの諸々含めて極力触れないことにした僕だった。

「お待たせしました」

「サンキュー」

 グラスをテーブルに置くと、高瀬さんはすぐにストローに口を付けた。

 それでいて片手でパソコンをカタカタやっているのだから相当使いこなしていることが分かる。

 時折目に入る画面にはいつだってゲーム中の画面だったり変なアニメの、主に僕の年齢じゃ見てはいけないことになっている絵が写っていた。

 他の客の迷惑になっているわけでもないから強くは言わないけど、この店の何がそんなに気に入ったのだろうか。

「康ちゃーん、わたし帰るね。お疲れ様~」

 空いたグラスを洗っていると、僕と交代で上がったみのりが店を覗いて軽く手を振った。

 月野みのり。

 僕の幼馴染みであり、春休みの大冒険を体験した一人。すなわち、勿論高瀬さんとも顔見知り。

「お疲れ~」

「うん。高瀬さんもごゆっくり」

「うむ、今日も美味しいご飯だったぞみのりたん」

「あはは、ありがとうございます。じゃあ帰るね、また明日康ちゃん」

「うん……また明日」

 また明日はいいけど、そうやってみのりや母さんが歓迎ムードだから高瀬さんも平気で居座るのではなかろうか。

 きっとみのりにそれを言っても理解してはもらえないだろうが……母さんに至っては『康平の友達だから特に何も言う必要も理由もない』的な認識をしているから困る。

 間違っても友達という関係ではないというのに。

「そういえば、珍しいですね。この時間におかわりを頼むのは」

 いつも午後四時ぐらいに帰る高瀬さんは昼食後の一杯を最後に追加のオーダーはないのが恒例なのだが、時計を見ると既に午後三時を過ぎている。

「ん? ああ、今日はちょっと遅くなりそうだからな」

「どうして遅くなるんです?」

「聞いて驚け。なんと人と会う約束があるんだよ」

「え…………高瀬さんが……人と………………会う?」

「どんだけ驚くんだよ!」

 いやいや、ここ一ヶ月ずっと一人だったし……。

「えっと、ちなみに……お友達とかですか?」

「いや、弟子というかアシ候補だな」

「足候補? 運転手とかそういうことですか?」

「その足じゃねえっての。アシスタント候補だよアシスタント候補」

「………………」

 なんのアシスタント?

 ニート? オタク? ファンクラブ?

「なにその可哀相な人を見る目」

「気のせいですよ。それより、一体なんのアシスタントなんですか?」

「フフン、聞いて驚け」

「………………」

 僕は質問に答えてもらうたびに聞いて驚かないといけないのだろうか。

 聞かなければよかった臭がハンパない。

「実は俺は同人作家をやっていてな、まあ業界ではそこそこ名も売れているわけだ」

「はぁ……同人作家、ですか」

 なんとなーくしか聞いたことのない言葉だ。

 簡単に言うとアマチュア作家として何かを書いて売ってをしている、という感じの意味だったはず。

「おうよ。今まで言ってなかったが、俺はニートはニートでも自分の使う金は自分で稼ぐニートだからな。そんでまあ夏コミに間に合わせようと薄い本の新作を描いているわけだが、俺もそろそろ本格的に発行冊数を増やしていこうと考えたんだなこれが」

「はあ……」

「でだ、一人じゃスケジュール的にキツいってんでアシを募集したところ何人か応募があってな。まあ十八禁の二次創作限定とはいえそれなりに名前が売れてる俺様だからこそなんだが、チャットで話をしたり実力や見た目なんかも踏まえて一人に絞った。まあほぼ見た目重視だけどな。その一人が大阪から来ることになってて、今日四時からここで実際に会っての最終面接をしようってわけだ」

 高瀬さんは得意気に、ドヤ顔で胸を張る。

 なるほど漫画を描いていたのか。僕が時々目にしていた画面の中のエッチな絵は彼の自作だったということらしい。

 詳しいことは専門用語が色々混ざっていていまいち飲み込めないが、一つ言いたいことはハッキリしている。

「……うちの店を勝手に面接会場にしないでもらえませんかね」

「そう固いこと言うなって、俺と康平たんの仲じゃねえか。がっはっは」

「…………」

 どんな仲だ。

 とはいえ既に待ち合わせてしまっているのであれば追い出すわけにもいくまい。他に客がいないだけに納得させるだけの言い分もないし。

「はぁ……では他にお客さんが来るまではカウンターで本でも読んでいるので用があれば声掛けてください」

「おうよ」

 短く答えて、高瀬さんは再びパソコンを触り始める。

 あのペンみたいなのがパソコンで絵を描くだめの道具なのか。タッチペン的なものだとばかり思っていたよ。


          〇


 やがて、時刻は午後四時前を迎えた。

 幸いと言っていいのか悪いのか、あれ以来客は一人も入ってきていない。

 平日は三時から五時ぐらいに一度人が増える時間帯があり、土日は逆に六時ぐらいに少し客入りが増す。

 仕事が終わるタイミングだったり食事を取るタイミングの違いなのだろうが、しかしながら土曜日の夕方前は暇だ。

 きっとこれが時給に対する文句を自重させている大きな要因になっているに違いない。

 同じ読書をするだけの時間なら僕は部屋でゆったり読みたい派なのに。

 なんて愚痴ばかり浮かんでくるせいで結局その読書に集中出来ないまま三十分程を過ごしていると、不意にドアベルが来客を伝えた。

「いらっしゃいませ~」

 反射的に手にしていた本を閉じて立ち上がる。

 席に案内しようとホールに出ると、若い女性が一人で入ってきたところだった。

「あの~、ちょっと待ち合わせで来たんやけど」

 スーツケースを引っ張りながら扉を潜る女性は返答を口にしつつキョロキョロと店内を見渡した。

「待ち合わせ……ですか」

 ということは……この人が高瀬さんのアシスタントの人?

 歳は僕よりも少し上という感じの、印象だけで言えばどちらかというと今風な女性だ。

 見た目で選んだというのがよく分かる、美人というか可愛らしい感じの見た目をしている。

 それも大阪からわざわざ訪ねてくるだなんて、本当に高瀬さんって有名な人なのかもしれない。

 とはいえ、絶対に高瀬さんとは反りが合わないタイプの人だと思うのだが……僕がそれを指摘するわけにもいかず。

「奥でお待ちですのでご案内します。どうぞ」

 諸々のリアクションを飲み込み、店員として高瀬さんの待つ一番奥の席へと先導する。

 歩く先に居る高瀬さんは既に目を輝かせながらこちらを見ていた。

 あまりにも欲望と下心が丸分かりの笑顔すぎて、この物語のタイトルが【高瀬が女性をギラギラした目で見ている】に変わってしまいそうな勢いだ。いやいや、そんなことはさせないけども。

 そんな高瀬さんは立ち上がり、腕を組み、どういう人物像を頭に描いているのか、おかしなキャラで女性を出迎えた。

「よく来たな、ペンネームアス☆ミン」

「あ……あんたが、創造神TK先生?」

「いかにも。まあ座りたまえ」

 自分を待っていた変な人を見て【アス☆ミン】とかと呼ばれた女性は完全に面食らっている。ていうか創造神TKって……ダサい。

「いや、ちょー待ってや。なんかウチが想像してたんと全然違うわ……なんちゅうか、うん、ちょっと気持ちの整理させてもらえんやろか」

 大阪から来たというだけあって本場っぽい関西弁で話すアス☆ミンさんはこめかみを抑えながら高瀬さんの前に腰を下ろした。

 まあ実際に会ったこともない人で、それがさらに女性とくれば当然のリアクションか。

 僕はもう慣れてしまっているが、この高瀬さんという人物は言動もさることながら外見も相当特殊な人なのだ。

 チェックのシャツをジーンズにこれでもかというぐらいに深く入れて、頭には緑のバンダナ(色については基本的に日替わりである)を巻いており、そのバンダナからは切るのが面倒だから伸ばしていると言わんばかりの長髪が惜しげもなくはみ出ている。

 更にはシャツの胸についたポケットには例の魔女っこなんとかというアニメのキャラクターらしい髪が水色のフィギュアが上半身を覗かせていた。

 そんな慣れた僕でさえ街中で声を掛けられたくはない風貌をしている高瀬さんを初見の女性が受け入れられるとは中々思えないというのが正直なところ。悪い人ではないんだけどね、おかしな人ではあっても。

「おい康平たん、この子にコーヒーを。俺様から」

「……コーヒーというのは本当のコーヒーですか? それともカフェオレですか?」

「うむ、コーヒーだ」

「いや、だから……」

 それは答えになっていないというのに。

 もう面倒なので直接女性に聞くことにした。

「何か飲まれますか? メニューはそちらにありますのでご覧になってください」

「ん、ああ、すまんな兄さん。ホット頼むわ。お代は自分で払うから伝票別にしとって」

「かしこまりました」

 まだ葛藤している様子の女性はそう言って顔を上げると、ようやく高瀬さんの方を向いた。

「えーっと、もっかい確認するけどホンマにあんたがTK先生なんやな?」

「そうだと言っているだろ、どこに疑う要素があるというのか。なんなら俺のノートに保存してあるイラスト見せてやろうか?」

「いや、疑ってるわけやないっていうか、信じたくない気持ちがあったっちゅうか、余りにも想像と違ったもんやから戸惑っとんねん。もうちょい普通の人やおもてたもん、チャットとかしてた感じ」

「まあ普通の人じゃないというのは間違いじゃないけどな。業界の中で見ても一人の人間としても」

「そーゆー才能とか確立した地位の話やなくて、もっと根本的なことやっちゅうねん。一人の人間として見たら確かに普通やないわ。大体今そこの店員さんのことなんて呼んだ?」

「康平たん」

「やっぱ聞き間違いちゃうかったんかい! おかしいやろそれ。男に『たん』付けて! いや女相手やったとしてもリアルで使ったら色々アウトやろもう。ウチかて別に出会い厨でもなけりゃ漫画家なるゆう夢の為にわざわざ大阪から来た身やけどやな、さすがにモラルも外聞も知らん人間に教えを乞われへんて。大体住み込みアシってあたりからおかしいおもてたし」

「何がどう色々アウトだってんだ。黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、このゆとり世代が! もうお前なんかクビだぁぁ!」

「誰がゆとり世代やねん。お前なんかこっちから願い下げやハゲェ!」

「俺のどこがハゲだぁぁぁ!」

 もの凄い怒声の応酬がキッチンまで聞こえてくる。

 言わんこっちゃない……他にお客さんがいなくて本当によかった。

 なんだか高瀬さんと誰かの口論を仲裁するのは随分久しぶりな感じがするが、放っておくわけにもいかないので気が進まないながらもコーヒー片手にテーブルへと戻ることに。

「二人とも落ち着いてください、高瀬さんも一旦座りましょう。お席も別に用意しますので、どうか店内であることをお忘れないようにお願いします」

 言うと、二人は一瞬無言で睨み合ったものの女性の方が溜息と共に先に腰を下ろした。

「はぁ、アホらし。すまんな店員さん。えらい迷惑掛けてしもて」

「いえ、落ち着いてくださったのならよかったです。カウンターの方に移りますか?」

「あー、えーよえーよ。そこまで迷惑掛けられへんわ。こいつの顔見んようにしてそれ飲んだら帰るから、兄さんも座りーな。ちょっと飲み終わるまでウチの愚痴でも聞いてや」

 やや大袈裟手を振ったかと思うと女性は自分の隣の椅子を引く。

 出身地に左右される問題化どうかは微妙なところだが、コミュ力が高くて逆にこっちが気後れしそうだ。

「康平たん、こんな失礼な奴にコーヒーなんて出さなくていいぞ、ったく。人が目を掛けてやろうってのに不愉快なことばっか言いやがって」

「お客さんのオーダーなのでそういうわけにも……」

 第一あんたが持ってこいって最初に言ったんじゃないか。

「また言うとる! なんやねん康平たんて、あんたもおかしい思わへんの?」

「いや、まあ……僕はもう慣れてしまったので。悲しいことに」

「災難やなぁ。康平君て言うん? ウチは飛鳥や、夏目飛鳥。よろしくすることもないやろけど、一応自己紹介しとくわ」

「夏目さんですか。僕は樋口です。樋口康平」

 夏目飛鳥。

 飛鳥だからアス☆ミンなのか。

「さよか。しっかし、ほんまの災難はウチやで。せっかくええ話もろた思ったらこんなオチや」

 夏目さんは椅子を真横に向けることで僕一人に話しているのだという意思表示をしつつ、湯気の立つコーヒーをブラックのまま啜った。

 高瀬さんは『フン』とか言いながらすでにパソコンをカタカタする作業に戻っている。

 そんな高瀬さんを気にすることなく、夏目さんは僕の反応を待たずに続きを話し始めた。

「そらな、ウチかて簡単に目標を達成出来るとは思ってへんねん。漫画家にしても作家にしても、今はそれを目指してる人間なんか飽和状態や。何かしら賞とってデビューゆうんが王道やけど、そんなもん倍率考えたら途方もない。せやから今はアマチュアでも実績残していかなあかん時代やねん。分かるか康平君」

「まあ……なんとなくは」

 言葉遣いのせいか、どこか責められているのではないかという錯覚さえ覚える。

 大人しく隣に座った僕が悪いのかもしれないけど、さすがに二人のままにしておくわけにもいかないので致し方あるまい。

 そんな僕の心情など知る由もなく、夏目さんの愚痴は留まることをしらずにほとんど一人で喋る続けている状態だ。

「そんでな、アマチュアとして漫画描こうおもたらどうしたって同人誌なり投稿サイトになるやん。ウチは二次創作とかはあんまり興味無いし、そもそもエロ本作家志望でもない。でも実績も何も無いウチが好き嫌い言うてられる立場ちゃうし、同人から商業プロになっとる人もよーさんいてる。それを考えたらまずは舞台に立ってナンボやろ? だからウチも同人なりウェブ作家なりから始めようとしたわけや。どっかサークルにでも入るって手も考えんかったわけやないけど、趣味の延長みたいなヌルいところに入ってしもたら時間が無駄になるし、かといって今のウチが有名なサークルに入れてもらえるとも思われへん。だから個人でやってて、本格的に活動してて、かつ多少なり名前が知れとる人のところで修行しようと思ったわけや。そしたらこの人がアシスタント募集してるんみっけて、駄目元で応募したんやけど、よっしゃお眼鏡に適ったと思っていざ会いに来たらこのザマや……中々上手くいかんもんやでホンマ。そらこいつは綺麗な絵描くし本もそれなりに売れてるみたいやし、ホームページに載ってた小説がまた面白かってん。なんていうか、臨場感とか熱さみたいなもんがヒシヒシと伝わってくるような小説やったわ。そやけどや、作家としては凄いかもしれんけど、やっぱ人間合う合わんってのがあるやん?」

「はぁ……」

 凄いなこの人。一つの鉤括弧で何行使うんだ。

 言ってることも半分ぐらいしか分からない僕には曖昧な返事しか出来ないし。

「そうやって結局自分の都合の良い環境ばっか求めてるからお前はいつまでたってもアマチュアにもなれないんだよバーカ」

 そんな僕の反応を見てか、高瀬さんが視線をパソコンに向けたまま辛辣に言い放った。

 漏れなくまた口論が始まる予感がするのは春休みの経験則だろうか。

「お前も別にプロちゃうやろが。えらっそうに言うなハゲ! 大体なんやねん、創造神TKって。ダサいねん、サムいねん」

「誰がハゲだぁぁぁ! そもそも読み方間違ってんだよゆとり脳が! 創造神とかいてジェネシスって読むんだよにわかめ。正しくはジェネシスTKだ」

「そんなもん外から見て分かるか! 間違えられたなかったらルビでも振っとけや」

創造神(ジェネシス)TK。これでどうだ!」

「何を勝ち誇っとんねん、それはお前の力ちゃうやろ。明らかに外部の手が加わった結果やないか。そもそもジェネシスやったところで大差ないわ」

「このセンスが分からないとかお前才能無し!」

「アホか、お前の本は評価されても名前はネタにされとるっちゅうねん。一回1ch見てみい」

「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 結局、二人は無視を決め込むことなど忘れてテーブルに手を突いて顔を付き合わせながら罵り合っていた。

 迷惑なうえに面倒臭いことこの上ないが、なぜ懐かしく感じてしまうのだろう。不思議だ。

 なんて言ってる場合ではなく。

「二人とも落ち着いてくださいって。店がどうこうの前に近所迷惑になっちゃいますので」

「あ~ハラ立つわ。なんや知らんけど無性に言い返したくなるわ。格好のせいか性格のせいか分からんけども」

 一応座ってはくれたが、夏目さんは相当苛立っている様子だ。

 どうにか話を反らしたいところなのだけど……作家の世界の話題を振ろうにも僕にはそんな知識などない。どうにか話の中から拾ってみるしかないか。

「その高瀬さんのホームページの小説って、どんな内容だったんですか?」

 この話題なら夏目さんも認めている物の話でもあり、高瀬さんが褒められた話でもあるので波風立つまい。

「んー、簡単に言うとファンタジー小説やな。ある日突然勇者が現れて、魔王を倒すために力貸してくれ、みたいな。んで一緒に異世界に行って冒険する感じの話やった。冒頭に書いてあったノンフィクションて設定には無理があるけど、中身はよー出来てたで。ウチも夜通し読んだぐらいや」

「………………」

 どこかで、主に春休みあたりに聞いたような話だった。

 いや……まさか…………うん、この人なら十分あり得る。

「無理なんかねえよ。ありゃ実話を元にしたノンフィクションストーリーだっての」

「はぁ? 異世界行って化けモン倒した人間が現実におるわけないやろ。お前頭おかしなっとるんか」

「おかしなってねえよ。そうだよな、康平たん」

 その台詞が終わると同時に、二人が揃って僕を見た。

 なんていうか、色んな意味で反応に困る。

「高瀬さん……それってもしかして春休みの……」

「ご名答だ。あの冒険を戦記風に書き起こしたものをホームページに載せてみた。創作じゃないからか結構評判良いんだぜ?」

「書くのは自由ですけど、あんまり実体験とか言わない方がいいんじゃ……」

 言ったところで誰が信じるのかという話ではあるけど……というか、今の夏目さんみたいに事実どうあれ単に高瀬さんが痛い人扱いされて終わるだけな気がする。

「なんや康平君。康平君もあれが実際の体験を元にしてるって信じてるんか?」

「あれ、と言われても僕はその小説を読んでいないのでなんとも言えないですけど……」

「アホめ、康平たんはむしろ登場人物側なんだよ。康介って名前の人物が実際の康平たんだ」

「…………知らないところで僕も出ていたんですね」

 どんなキャラとして登場するのか不安すぎて読むのが怖い。

 第一康介って……捻りなさすぎでしょ。

「あの康介が康平君やて? 康介ゆうたら魔法の盾使う参謀役のキャラやろ? なんかよー分からんけど、康平君はどないやねんな」

「……どないやねんな、とは?」

「こいつの言ってる事が事実かどうかってことに関して、や。こいつの言い方やとまるで康平君と一緒に異世界行ったゆうてるみたいに聞こえるで? お前の頭おかしい妄想に康平君を巻き込むなや」

「巻き込んでねえし。紛れもない事実だし。ま、お前に信じてもらおうと努力するメリットもねえし、好きにほざいてろ」

「いちいちハラ立つなこいつ……で、どやねんな康平君よ」

「……どやねんな、とは?」

「……その返し気に入ったんか? 要するに、や。ハッキリそんな話は知らんて言うたってもええんやでってことや。こんなもんに気ぃ遣わんでも」

「まあ……本人がどう思われてもいいと言っているのならそれでいいんじゃないかと。感想は個人の自由ということで」

 正直言ってあまり他人に話したいことではない。

 その理由は勿論、今そうであるように信じてくれる人がいるとは思えないからだ。

 だけど春休みに勇者を名乗る女性と共に旅をし、危ない目に何度も遭いながら魔王という存在をやっつけたことは事実で、それを否定されるのは良い気分がするものではない。そういう理由だ。

 実際問題、誰一人としてあの出来事を話した相手はいない。みのりも同じだと言っていた。

「いまいち要領を得んけど……少なくとも否定はせーへんねんな」

「言った通りですよ。僕はその小説を読んでいないので否定も肯定もしようがない、それだけです」

「読んでなくても自分が異世界に行ったかどうかはハッキリしてるやろ?」

「それはそうですけど……」

 結構ぐいぐいくるなこの人は。

 この手の性格の人は確かにはっきり言わないと引き下がってくれなさそうだ。

 小説の内容がどこまで事実に沿っているのかは定かではないが、僕は異世界に行ったことを肯定して、肯定したことに対して否定されるのは嫌だし、だからといって自らそれを否定するのはもっと嫌だ。

 紛れもなく僕は今いるこの世界とは別の場所で冒険をしたし、実際に血も流したのだから。

 だからこそ、答えたくありませんとハッキリ言おう。

 そう決めた瞬間だった。

 まるで、仮にもお客さんに対して失礼な態度を取るものではないというお告げであるかの様に、店の出入り口が開いた。

 ドアベルがカランカランと音を立て、僕は言葉を飲み込んで反射的に出迎えるべく立ち上がる。

 開いた扉から日の光が強く差し込むせいで、眩しさに少し目を細めることでようやく確認出来た人影は、胸部と肘、膝から先に鉄製の鎧を纏い、腰には鞘に収まった大きな剣をぶら下げ、背中の辺りまで真っ直ぐに伸びた綺麗な銀色の髪が輝く外国人女性だった。

 その女性は唖然として立ち尽くす僕に向かって、にこやかな表情でこう言った。

「久しぶりだな、コウヘイ」

 かつて異世界からやってきた勇者、セミリア・クルイードがそこにいた。

 

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