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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

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23/334

【プロローグ】 パレス オブ アークヴェール

※1/7 誤字修正

 3/13 台詞部分以外の「」を『』に統一



 淵界。

 それは人々が住む地上と呼ばれる世界の遙か下層にその世界は存在する。

 数百年、或いはそれ以上の歴史を遡ったところで誰が名付けた名称であるかは不明であれど、それが正式な名称とされている。

 人々はその世界を魔界と呼ぶ。

 月に似た真っ赤な球体が上空から地平を照らし、太陽は存在せず、枯れ果てた荒野に黒く暗い森や光を反射し赤く染まった大河が大地の大半を埋め尽くしており、見る者によっては地獄と比喩される薄暗いそんな世界には一つの大きな宮殿が聳え立っていた。

 名をパレス・オブ・アークヴェールという、魔族を統べる一族とその配下である者達のみが暮らすことを許される魔の総本山ともいえる宮殿である。

 そして、その広大な建物の中でも一番大きな広間には今この時、魔族の長とその子息達が一堂に会していた。

「よくぞ集まった、我が子達よ」

 作られた明かりに照らされる室内。

 大広間にある面積に比例して大きな椅子に座った大柄な男が目の前に並ぶ四人を見下ろしながら言った。

 ガッチリとした肉体に青色がかった長い髪、そして白い顎髭を蓄えた男は派手な玉座に腰掛け、頬杖を突いて気味の悪い笑顔を浮かべている。

 名をゴアという【淵帝】或いは【大魔王】と呼ばれる魔族の頂点に立つ男である。

 玉座の前にはその子息、子女が横一列に並び、それぞれが違った面持ちで投げ掛けられた言葉に耳を傾けてはいるが、近親とあって近い様で似て非なる大きな肩書と立場を感じさせる雰囲気や緊張感は一切ない。

 長男メゾア、次男カルマ、三男ドネス、四女シェルム。

 それぞれが大魔王の血を引き魔族の長である一族として魔王軍を統括する立場にあるが、その中には人間との抗争やその歴史には関心が無い者も含まれていることもあって親子の顔合わせという認識以上の意味が薄まっているのも無理からぬことだった。

「よくぞ集まった、じゃねえぜ父上よぉ。わざわざ全員集める用ってのはなんなんだ」

 兄弟の中で最も、否、唯一といっていい好戦的な性格の持ち主である長男のメゾアが不愉快な感情を隠そうともせずに声を荒げる。

 短気かつ攻撃的なメゾアの態度からは大魔王である父に対する恐れはおろか敬意すらも感じられず、己が一番の強者であると言わんばかりの態度だ。

 そんなメゾアを宥めるのはいつも次男カルマの役目だった。

 メゾアとは対照的にカルマは温厚さや賢さでは他の兄弟とは大きく差をつける性格、人格といった面では良くできた人物である。

「兄さん、落ち着きなよ。久々にシェルムが帰ってきたんだから、その話に決まっているじゃないか」

「カルマ、俺に指図するなといつも言ってるだろう。シェルムが帰ってきただと? そのぐらい馬鹿でも分かる。それに関する話だってこともな。分かってて聞いてんだよ、シェルムが帰ってきただけの話でわざわざ呼び出される理由になると思ってねえからよ」

「まったく、少しは妹の無事を喜んでも罰は当たらないと思うけどね。父上だって久しぶりに俺達が揃ったからこうして顔を合わせようと俺達を呼んだんじゃないか」

「俺の知ったことか、シェルムは勝手に人間界に行って勝手に負けて帰ってきただけだろうが。妹だろうが人間だろうが負けたのはそいつが弱いからだ、世の中負けた奴の負けなのさ」

 メゾアの馬鹿にする様な口振りにカルマは呆れるばかりだ。

 その横で槍玉に挙げられたシェルムは拗ねた表情でただメゾアを睨んでいる。シェルムはいつだって誰彼構わず馬鹿にし、見下した態度のメゾアのことが嫌いだった。

 加えて気が弱く、口を挟む勇気もない三男ドネスはオドオドしながら二人の顔を交互に視線で追うことしか出来ない。

「その辺にしておけ、メゾア」

 大魔王ゴアが口を挟むと、メゾアは大層つまらなそうに舌打ちを漏らしたもののそれ以上は何も言わなかった。

 閉口する二人を見てゴアは言葉を続ける。

「今はシェルムの無事を素直に喜んでおくのだ。じき我々も戦地に赴くことになるだろう、それまでは安穏と暮らすのもいいものだ。シェルムもそうむくれるな、お前が無事ならそれでよい。あの程度の国にお前が危険な目に遭ってまで手に入れる価値は無いのだ、これに懲りたらしばらくは宮殿で過ごしていろ」

「……はーい」

 シェルムは唇を尖らせる。

 言い訳の一つでもしようかと口を開き書けたが、それはメゾアの大きな声に遮られた。

「そのことだが父上よぉ、いつまでチンタラやってるつもりなんだよ。わざわざ俺達を地上に派遣しておきながら下級魔族を使って適度に暴れさせておくだけでいい、なんて命令が下ってりゃ世話ねえぜ。なんだってサッサと人間を滅ぼしちまわなんだ」

「全ては計画の始動と共に、だ。我らの目的は人間を滅ぼすのではなく人間界を消し去ること。その為には圧倒的かつ絶望的なまでの力で捻り潰してこそ長き戦いの歴史に終止符を打てるというものだ。何度も話して聞かせただろうメゾア。全ての準備が整った時、我々が全ての世界を手中に収めるのだ。それまでは人間の相手など人間にさせておけばよい、わかったな?」

 最後の一言がやや威圧的だったせいか、メゾアは反論の言葉を失う。

 それでいて素直に聞き入れる姿を見せることへの抵抗とばかりに背を向けた。

「あーあー、分かったよ分かった。その時が来たら全ての力を集結させて攻め込んでやるとするさ。いくら父上の命令だとしても……そうなりゃ俺は止まらねえ」

 ゴアを一睨みし、メゾアは広間を出て行った。

 敢えて不遜な態度を咎めはせず、ゴアは手の掛かる息子だと呆れ顔を浮かべ鼻息を漏らすだけだ。

「メゾアめ、誰に似たのか血の気が多い奴だ。だがまあお前達が大人しい分バランスが取れているというものか。カルマ、ドネス、お前達も計画を忘れるでないぞ。要件はそれだけだ、下がってよい」

「承知しています」

「わ、分かってるよ」

 ゴアの言葉にカルマとドネスは続けて答え、ゴアが広間を去るのを見送ったのちに残った三人もそれぞれその場を後にする。

 各々が広く大きな廊下を歩き、自らの部屋へと戻っていく中、廊下を歩く次男カルマの元へ末妹のシェルムが駆け寄った。

 とてとてと傍に寄って、後ろから声を掛ける。

「お兄ちゃん」

「どうしたシェルム、何か用かい?」

「またメゾアが意地悪言った!」

 唇を尖らせる妹に対し、カルマは微笑しシェルムの頭に手を置いた。

 幼いシェルムにとって唯一甘えることの出来る兄とあってシェルムも満足げだ。

「そう言ってやるな。兄さんは口は悪いが、あれでも心配していたさ。父上も俺も同じだ、無事でよかった。お前に何かあったら悲しいからね」

「えへへ~、お兄ちゃんは優しいね」

「そう思うなら少しは言うことを聞いてくれ。散々お前が人間界に行くことに反対したろう? お前は押し切って行ってしまったけどね」

「むー、だってお兄ちゃん達みたいにしたかったんだもん」

「まあ、過ぎたことはいいさ。これに懲りたらしばらくはゆっくししておくんだよ」

「うん、もう人間界はいいや」

 特に人間に対する憎しみを抱いているわけでもなく、争いの歴史についての知識もほとんどないシェルムにとっては人間界侵攻など興味本位と兄達についていくという以外に大きな意味を持つものではない。

 自分が嫌な思いをしてまで拘る理由は何一つなかった。

「シェルム、一つ教えてくれるかい?」

「ほえ? なあに?」

「勇者と戦って負けた、と言ったね?」

「うん。銀色の髪の奴と、なんとかって奴と、あと他にもいっぱいいた」

「いまいち要領を得ないが、銀髪というのはグランフェルト王国の勇者で間違いなさそうだ。しかしよく勇者に敗れて生きて帰ってこれたね。それが聞きたいことだよシェルム、よく怪我一つなかったものだと思ってね」

「あのね、変な奴が助けてくれたんだよ」

「変な奴?」

 相手がかの勇者であること以外の情報が把握出来ないカルマは疑問符を浮かべる。

 シェルムが滞在していたグランフェルト王国には勇者以外に腕の立つ戦士はいなかったはず。その他に敵となりうるのは精々もう一人の勇者と言われている二刀流の戦士ぐらいだと知っているのだ。

「なんかね、勇者の仲間のよわっちそうな変な奴」

「ふむ、よく分からないが変わった奴もいるものだ」

 気に留めるほどのことでもないと判断したカルマはそれ以上の追求はしない。

 歩きながら話をしていた二人はカルマの部屋の前に着いたことで一度足を止めた。

「じゃあ、俺はやることがあるから戻るよ。しばらくは勝手に出歩いたりせずゆっくりしておくんだよ」

「えー、遊んでくれないの? せっかく久しぶりに帰ってきたのに~」

「済まないね、今やっていることが終わったら遊んであげるから、今日はシオンに遊んでもらってくれ」

「ぶー、分かった。絶対だよ、約束!」

「ああ、じゃあまた後で」

「うん♪」

 笑顔で手を振り来た道を走って戻るシェルムの後ろ姿を見送って、カルマは扉を開け部屋に入っていく。

 扉を閉め、一度部屋の外の気配を探り、誰も居ないことを確認してから自分以外に誰も居るはずのない部屋の中である名前を呼んだ。

 カルマにとっての一番の腹心の名を。

「エスクロ」

 声に反応するかの様に、バシュっという音と共に突如として一人の男が姿を現した。

 特殊な呪法を用いることでこの宮殿に住む者は宮殿内であれば転移魔法によって好きな場所へその身を移すことが出来るのだ。

 現れた男は全身を黒い甲冑に身を包んでおり、顔も含め肉体はほとんど隠れている面妖な姿をしている。

 エスクロと呼ばれた男はそのまま膝を折り、跪くようにカルマの前で屈んだ。

「ここに」

「問題はないな?」

「全て計画通りに」

「そうか。お前は例の女勇者とやらの実力はどう見た」

「確かにそれなりの力は持っているんでしょうが、あなた様方を脅かす程ではないでしょう。今はまだ、ね」

「今は、か」

「まだまだ発展途上ってなもんです。レベルアップする余地もないではない。いずれは我々の前に立ちはだかることになるでしょうが、だからといってあなた様が唯一危惧するあやつ程の驚異でもない。それよりも、良かったので? ギアンのじいさんとハヤブサの野郎を死なせちまって」

「まさか揃って死ぬとは思っていなかったが、仕方あるまい。その女勇者一人生かしておけばどうとでもなるはずだったというのに、敗れて死ぬのだからその程度の存在だったということだろう。ギアンの能力は中々に役立ったが、新生魔王軍に雑魚は不要だ」

「仰るとおりで。とはいえ、そう何度も負けた振りをするのも気分が良いモンじゃないんですがねえ」

「そう言ってくれるな。それも演出というものだ」

「しかし良かったので? 女勇者のみならず国王まで逃がしてしまって」

「構わんさ。今、弱小国の唯一の戦力を削ぐわけにもいくまい。そうなればあの国の戦力値は無に等しくなる。あの程度の国であれ戦線から外れられては困るからな。それでは何のために地上への侵略を制限させているか分からんだろう、それが奴等との契約だ」

「全てを巻き込んだ大戦争、ですかい。そこまで念を入れる必要があるとも思えませんがねえ、どのみちしばらくは我々は準備期間なのでしょう」

「我々の計画のために奴等もそれなりの働きを見せているからな。仮にも協定を結んだ以上は顔を立ててやらねばなるまい。お互い協力などではなく利用している腹積もり、その時が来れば共に消してやればいいだけの話だ。だが気を抜くな、人間の強さが馬鹿に出来ないことは長きに渡る戦いの歴史と、他ならぬお前自身が証明したことだろう」

「こいつは失言を。ですが、だからこそ戦力を削っておく必要があるンでは?」

「言われるまでもない。グランフェルト、フローレシアは捨て置いて構わないし、サントゥアリオは奴等に任せておけばいい。残るはユノとシルクレア、特に……」

「ラブロック・クロンヴァール、ですか」

「奴と奴の率いる国は強大だ。だからこそ捻り潰す価値もあるというものだが、どちらにせよ時が満ちるまでは静観しておくさ。それまではお前も人柱集めへ回れ、ギアンを欠いたとなれば動ける者にも限りがあるだろう」

「御意に。それで、例の実験の件は?」

「そっちの準備もそろそろ終わる。上手くいけばラブロック・クロンヴァールも消せるかもしれんが……そう甘くはないだろう。失敗に終わったとてサンプルが採れれば十分に価値がある。あの国に混乱を招き、のちの計画の為の下準備だと思えばどう転んでも失敗はないのだ。お前にも平行して準備に加わってもらうが、ひとまずはフローレシアに向かえ」

 エスクロはもう一度『御意』とだけ答え、再びバシュっという音と共に部屋から消えた。

 室内には部屋の持ち主であるカルマ一人が残されている。

「ククク……いよいよ新時代が幕を開ける。俺達の……いや、この俺の新しくもあり最後の時代が」

 一人そう呟いて、カルマも部屋から消えた。


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