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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】
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【第九章】 希望の光



 二つめの扉を開いた盗賊達と僕は引き続き洞窟を進んでいく。

 子供騙しにもならないクイズを解いた先に何があったのかというと、それまでと何ら変わりのないひんやりとした岩に囲まれた一本道だ。

 曲がり角こそ多少あるものの分かれ道もなければ特に仕掛けや罠もない、真っ暗とまではいかない殺風景なトンネルが続いているだけの空間が続いているのだからいい加減どれだけ歩いたのかも分からなくなってくる頃合いではなかろうか。

 僕は一体いつ帰れるんだろう。

 そんな不安を人知れず胸に抱いてしばらく歩き、三度目となる下層へ続く階段を下りてまた五分程歩いたところで僕達はようやく足を止めることとなる。

 辿り着いた先にそれ以上の道は無い。

 一つの扉、そしてその奥にある小さな空間。

 あるのはそれだけで、すなわち隠し通路などが無ければという前提で考えればここが最深部ということを示す光景だった。

 とはいえ、率直な感想を述べるならばそう単純な問題ではない気しかしない。

 今までの強固な物とは違うスライド式であろう鉄格子の扉があるのだが、どういうわけか既に半分開いた状態になっているのだ。

 その一部には先程と同じくダイアルがあって、四桁の数字を入力するタイプだということは一見すれば分かるのだが……難易度という意味では前回の数倍の時間を要することも明白だった。

 所謂パズル風であることに違いはないし難易度なんてあってないようなレベルでしかないけど、単に考える手間が何倍にもなっている、という具合だ。

 鉄格子に打ち付けられている木の板に掘られているのは数字の列。

 九マス×九ブロックの空白を埋めていくナンプレと呼ばれる類のものであると予想される。

 

 ○57 6○8 4○3

 ○①○ ○2○ ○1○

 18○ ○○3 ○○7


 7○○ 4②6 ○2○

 6○8 ○9○ ○○○

 ○9○ 2○○ 58○


 54○ 3○○ ○○③

 ○○9 ○○○ 6○2

 ○1○ 5○2 ○4④

 

 ヒントであるらしい数列はこんな感じだ。

 難易度そのものが飛躍的に上がっているわけではない。

 これだって時間を掛ければ大抵の人間は正解を導き出せる、その程度の問題だ。

 付け加えるならば扉の向こうの小さな空間には小さな木箱がポツンと一つ置かれている。

 先に続く道が無く、もしもあの中に連中の言うお宝とやらが入っているのであればここが最終的な目的地ということになるのだろう。

 数学好きだなぁ。とか、そういえば誰かが学者の国って呼ばれているとか言ってたっけ。とか、暢気な感想が浮かばないでもないが、事態はそう単純ではあるまい。

 鍵を開ける為に問題を解く必要がある……しかし鍵も扉も既に開いている。

 あまりにも不自然過ぎるだろう、どう考えたって何らかの罠や誘導じゃないか。

 そう考えるとこことさっきとで問題のレベルがこうも違ってくるのがあからさまに思えて仕方がない。

 不用意に立ち入るべきではないのは明らかだが……悲しきかな盗賊達にそういった発想は微塵も無いようだ。

「つーか馬鹿だよなー、肝心の鍵を閉め忘れるって」

「ただでお宝ゲットっすね親分」

 やっと見つけただのお宝だのとはしゃぐ盗賊達には警戒心の欠片も無い。辺りを見回し鍵やヒントを目にして尚それは変わらない。

 どうする、進言した方がいいのか。

 素直に聞き入れてくれるとも思えないが……と、逡巡する少しの間が意外な発言を呼ぶ。

「待てお前達」

 ぞろぞろと無警戒どころか一仕事終わったみたいな達成感みたいなものすら醸し出しながらぞろぞろと扉を潜ろうとする子分達を他ならぬリリロアが制止したのだ。

 一同は足を止め、不思議そうに振り返る。

「どうしたんスか親分?」

「なーんかキナ臭ぇ気がしてな。ここまで二つも鍵の付いた扉を突破してきたのに最後だけ開けっ放しなんてことがあり得るか? こりゃ何かあるとアタイの勘が告げてんぜ」

「考え過ぎですぜ親分」

「ただ管理してた奴がアホなだけですよ親分」

 だから……アホはあんたらだ。

 と、口を挟める空気でもなく。

 リリロアは顎に手を当て少し考える素振りを見せたかと思うと、どういう結論に至ったのか小さく数度頷いた。

「ま、念のためだ。誰か様子を見てこい」

「では私が」

「おう、頼むぜシェン」

 シェンと呼ばれた女性、すなわち見張りをしていた若い女性はコクリと頷き一人で扉の向こうに進んでいく。

 今のところ特に何か起きる気配はない。

 そのままシェンさんは左右上下に視線を向けながら木箱の前まで歩くと膝を折り、ゆっくりと手を掛けた。

 徐々に中身が露わになっていく。

 一番後ろにいる僕の位置からでも分かる、中に入っているのは見るからに金銀財宝といった風の宝石やら何やらの山だ。

「親分、お宝ですっ」

 興奮気味にシェンさんが振り返ると、途端に歓声が上がる。

 それは僕以外の誰もが自分達も財宝を拝もうと駆け出そうとする瞬間のことだった。

 ガーン! と大きな金属音が響く。

 誰も触れていない状態のままだというのに、半分程開いていたはずの鉄格子が勢いよく閉じたのだ。

 必然、中にいるシェンさんと僕達は分断される。

 それだけに留まらず、その唐突な光景に一人の例外もなく呆気に取られ固まる中で更なる想定外が降り懸かっていた。

 足下がぐらついたかと思うと不意に地鳴りがし始め、同時に洞窟内が小刻みに揺れ始める。

 何が起きているのかと周囲を見渡すが事態を把握するだけの情報は何も無く、遅れて聞こえた声が全てを明らかにした。

「親分! 天井が!!」

 盗賊の一人が鉄格子の方向を指さし、もう一方の手でリリロアの肩を揺する。

 自分の身に何らかの危険が迫っている可能性が一番に浮かんだせいで周囲ばかりを見ていたが、その指の向く方向に全ての答えがあった。

 鉄格子を挟んで向こう側、すなわちシェンさんが閉じこめられている空間の天井が見る見るうちに下がってきているのだ。

「な……」

 驚き言葉に詰まりながらも、その光景を目にしたことによって頭の中で何もかもが繋がる。

 あれこそが侵入者を狩る罠だった。

 財宝を奪おうとする者を簡単に迎え入れ、そこに想定外の仕掛けを打つことによって虚を突き冷静さや判断力を失っている間に為す術が無くなる。

 あの天井がどこまで下がろうとしているのか。言い換えれば脅しの類なのか命を奪うまでの狙いがあるのかはまだ分からないが、そういう意図あっての罠であることは間違いないだろう。

 中に入るためではなく外に出るために鍵を開けなければならない仕組みであり、加えて言えば一つ前のヒントと同じ系統であることで単純な仕組みであるかのように思わせ油断を誘っておいていざ答えを求めなければならない状況になって初めて難易度の格差によってより余裕を奪われるという二重の精神的な圧力を与えようという狙いも今になってみれば明らかであるとも思える。

 時間を掛ければ簡単に解ける問題でしかない。

 ではなく、時間を掛けさせればそれでいい。そういうからくりだ。

 その油断によって全員で中に入って宝箱を開けていれば詰んでいたはず。

 そうなっていないことだけが唯一の救いではあるが……だからといって何一つとして気を抜いていい状況ではない。

 鉄格子の向こうでは既に天井が二、三メートルの高さまで下がって来ている。

 盗賊達はすぐに駆け寄り、どうにかシェンさんを助け出そうと扉を力尽くでどうにかしようとするが鉄の塊がどうにかなるはずもなく、一人と大勢が黒い網目を挟んで足掻くことしか出来ない状態と化していた。

「シェン! すぐにそっちに行ってやる、身を低くしてろ!」

 一番近くで鉄格子を掴むリリロアがほとんど怒鳴るような声でシェンさんに叫ぶ。

 その言葉が意味するのは例の影を使った移動方法のことだろう。

 確かにあの(ゲート)の力を使えば向こう側に行くことが出来るかもしれない。

 そう思ったのも束の間、リリロアは何らかの行動に出るよりも先に子分の一人に腕を掴まれ制止される。

「駄目です親分! 向こうに行ってもシェンを連れて戻って来る方法が無いじゃないですか!」

「だったらどうすんだぁ!」

「とにかく鍵を、鍵を開けないと!!」

 そこでようやく一番確実であろう方法に行き着いたらしい盗賊達は一斉に振り返り一番後ろに居る僕に視線を集る。

 そして焦燥感に満ちた必死の形相で駆け寄ってくるリリロアは僕の両肩をがっちり掴んだ。

「おいお前、さっきみたいに鍵の番号を解読してくれよ! このままじゃシェンが死んじまう!」

 その言葉を皮切りに子分達も同調し僕に脅し文句や懇願するような訴えを投げ掛けてくる。

 正直、邪魔で仕方がない。

「ちょっと黙ってください! 今……必死に考えているんです」

 そんなものは落ちてくる天井を見た瞬間からやっている。

 難しくはなくとも時間が必要なヒントである上にメモやペンを使って分かった部分を記録出来ないことで余計に難易度が上がり、記憶を頼りにする他ない状態が無駄に思考の回数を増やしているのが口惜しい。

「………………」

 盗賊達が黙って見守る前で必死に視線を動かし続け、数字を頭に刷り込んでいく。

 右上のマスはこれでいいはず。

 左上……2,7ときて消去法で9も埋まる。

 縦の列……問題なし。

 横の列は候補が複数……後回しだ。

 残りのブロックで一番埋まった数字が多いのは……。

 右のブロック終わり……真ん中もこれで埋まる……斜めも同じ法則なので左下も終わり……よし、これで多分全てのマスが埋められた。

「6……8……8……9!」

 もう答えを見直している暇なんてない。

 とにかく自分の頭の中で出来上がった解答に照らし合わせ、鍵の番号を示唆している空白の数字を順に叫んでいた。

 慌てて盗賊の一人が鍵の元に駆け寄っていく。

 なぜボーッと待っている……どう考えても予め鍵の傍でスタンバイしておくべきじゃないのか。

 そんな愚痴も死に物狂いで頭を使った疲労感が言葉に変える気力を奪って声にはならない。

 既に扉の向こうの天井はシェンさんの身長程の高さまで落ちてきている。

 しゃがみ込むことでどうにか無事でいるシェンさんは取り乱すこともなく、ただギュッと唇を結んでこちらを見ているだけだ。

 ゴゴゴゴゴと、物騒な音を立てながら岩の塊が迫ってくる恐怖はどれ程のものだろうか。

 それでいて冷静さを失わないのだから盗賊であっても僕が今までに出会ってきた人達と同じで強く逞しい女性という性質の持ち主なのだろうか。

 そんなことを考えている僕の頭の中が目を合わせたままのシェンさんに伝わっているとは思えないが、動き続け地面に迫る天井には目もくれずにその時を待つ祈る気持ちは全員に共通しているはず。

 それを証明するかの様に一転して人の声が消えた広いとは言えない空間で皆が同じ方向を見つめている。

 十秒と待たず、すぐ目の前でカチカチとダイヤルを回していた女性が振り返った。

 縦回転の数字の列は確かに僕が出した答えと同じになっている。

 ほとんど同時にガチャンと大きな音が響き渡り、それが鉄格子の扉が勢いよく開いた音だと視界が理解させた。

 あれがデフォルトの状態なのか、来たときと同じく開いているのは半分だけだ。

 それを合図に地鳴りと揺れが収まると、いよいよ身長よりも低いぐらいにまで迫っていた天井も動きを止めていた。

「……止まった」

 無意識に声が漏れる。

 閉じこめられていたシェンさんを除けば僕が一番なんじゃないかというぐらいの安堵が頭を埋め尽くしているせいか脱力してしまい全身から力が抜ける。

 扉を見て、天井を見てから再び目が合ったシェンさんは何かを言おうと口を開き掛けたが、その声は僕達以外全員の歓声が掻き消していた。


          ○


 それから三十分程度の時間が過ぎた頃、僕達は太陽の下に戻っていた。

 場所は海の上に浮かぶ船の一室、僕の前には盗賊達が勢揃いしている。

 どういうわけか、全員が正座している状態で。

「改めて礼を言わせてくれ。お前のおかげでシェニーは死なずに済んだ、感謝してもしきれねえ」

 呆気に取られ言葉を失っていると、一番前にいるリリロアが深く頭を下げる。

 ああ……あの人の本当の名前はシェニーだったのか。

 それでシェンと呼ばれていたわけね、リリロア以外一人も名前を聞いていないから心の中で勝手にシェンさんと呼んでしまっていたよ。

 いや、そんなことはどうでもよくて。

「ちょっと、やめてくださいよ。どうしたんですか急に」

「アタイは他の何よりもお宝が好きだ。だけどな、アタイにとって他の何よりも大切なのは子分達なんだよ。お前はそのアタイにとって一番大事なものを守ってくれた、謂わば恩人ってわけだ」

「無事に終わったなら僕はそれで構いませんから、もう立ってくださいってば」

 帰り道で縄も解いてくれたし、随分と態度が変わったなとは思っていたけど……まさか盗賊が頭を下げるまでのことだったとは。

 仲間意識が強いのは良いことなんだろうけど、色々と複雑な心境過ぎる。

 無事に済んでめでたしめでたしならば僕だって文句は無かったさ。だけど、その後きっちり木箱の中の財宝を根こそぎ持ち帰っているのだから抜け目ないというか強かというか。

 いつかこの人達が捕まった時に共犯になったりしないだろうな……。

「色々と悪かったな。恩は返す、何でも望みを言え」

 リリロアは立ち上がると、僕の肩に手を置く。

「本当ですか? だったら、僕を解放してください。何度も言いましたけど僕は貴族でも何でもないですし、あなたが言ったように僕にも大切な仲間がいるんです。その人達は今こうしている間にも命を狙われていて、少しでも早く助けに行かないといけないんです」

「そうだったのか……そりゃ尚更わりぃことをしたな。よし分かった、すぐに陸に降ろしてやる。おい誰かこいつの荷物を持って来てやれ、それから一旦近くの岸に船を着けるように伝えろ」

「へいっ」

 子分の一人が慌てて出て行く。

 まさか本当に解放してもらえるとは、そう考えると必死に盗賊を助けた甲斐もあったと言えるのかもしれない。 

「お前、名前は?」

「周りの人には康平と呼ばれていますけど……」

「そうか。コウヘイ、お前が今やらなきゃならねえことが終わったらよ、アタイらの仲間にならねえか?」

「えーっと……まだ先のことを考える余裕がある状況じゃないので、全てが終わって働き口がなければその時改めて考えさせていただきます」

 絶対ならないけど、あからさまに拒否して心変わりでもされたら最悪だ。今はこのぐらいの言い回しがベターだろう。

「その時を楽しみに待ってるぜ。すぐに陸に向かわせるからよ、ちょっとだけ待ってな」

「分かりました、ありがとうございます」

「なに、アタイは子分は大事にする女なのさ」

「…………」

 僕もう子分になってんの?

 ドヤ顔で鼻を擦る意味がさっぱり分からないんですけど。

「コウヘイ」

 げんなりしていると、別の声が僕の名を呼ぶ。

 いつの間にか傍に居たのは見張り役の女性、すなわち洞窟で閉じこめられた女性であるシェニーさんだ。

「ありがとうコウヘイ、あんたのおかげで私は死なずに済んだよ」

 そう言って、シェニーさんはペコリと頭を下げ僕の手を握る。

「先程も言いましたけど、シェニーさんが無事だったならそれでいいですよ。何度もお礼を言われると恐縮してしまいますから」

「可愛らしい顔をして男前だね。親分が言ったけど、きっといつか戻ってきなよ。あんたがいたら心強い、あんたの頭脳は親分の役に立つ」

「お、いいこと言うじゃねえか。絶対だからなコウヘイ、アタイのことは親分って呼べよ!」

 バッシバシ背中を叩いて豪快に笑うリリロアだった。

 二人で勝手に盛り上がられても困るのだけど……まさか今生の別れのつもりでいるとは言い出せるはずもなく。

 それから陸地に着くまであれこれと武勇伝を聞かされながら船に揺られるのだった。


          ○


 船の中で過ごすしばしの時間を経て僕はようやく土の地面に降り立つことが出来た。

 最初の港とは全然違う場所ではあるが、流石に船を盗んだ港に戻っては厄介な事態になりかねないのでそこは仕方あるまい。

 荷物を返して貰い、改めて全員からお礼を言われ、ついでに再会する前提の別れの言葉をいただき船は僕一人を残して再び海の上を進んでいく。

 周りには建物一つ無く、人影も一切無い本当に陸地と海の境界線という感じの土地だ。

 聞けば少し向こうに進めば村だか町だかがあるらしい、とのことだけど……どちらにせよそんな場所にいつまでもポツンと立っている場合ではない。

 離れていく船が声の届かない距離まで行ったのを確認し、僕は一度地面にショルダーバッグを置き中身を取り出していくことにした。

 疑っているわけでは無い。と言い切れないのが悲しいところではあるが、念のために持ち物が抜かれていないかのを確かめておかなければなるまい。

 流石にあの態度からそんなオチが付いたりはしないだろうし、むしろ荷物は増えているんだけどね。

「はぁ……」

 お礼と称して強引に手渡された小さな巾着袋の重みが心にまで重い。

 中身は今しがた盗んできた財宝の一部である。


『盗賊が手に入れたお宝なんだからよ、分け前があるのが当たり前だろうが』


 とか言って押し付けられたわけだけど……心底要らないのに。これでますます共犯にされるかもしれない具合が増すじゃないか。

 いやいや、もうそんなことは後で考えればいい。

 捨てていくわけにもいかないので持っておくしかないけど、無事に終わってからジャックあたりに相談すればいいだろう。

 今やるべきことは荷物の確認、そして合流の手段を考えること、だ。

 そう決めて、改めてバッグの中身を取り出していく。

 いつの間にか腰に装着することもなくなったスタンガンやコンバットナイフみたいなデザインの刃物。

 使うタイミングもなく入れっぱなしになっていた小型の発信器とモニター。

 小さなポーチに入った諸々の錠剤、ライター、懐中電灯。

 この辺りの日本から持ってきた物は大丈夫そうだ。ナイフは随分前にこっちで買ったものだけど。

 残りは指輪ケース程のサイズの小さな木箱が二つ。

 この中に入っているのは羽根だ。

 サントゥアリオでの戦争の折、天鳳ことジェスタシアさんという女性から預かった物だ。

 親友と子供に会うことがあればその時に渡してくださいと託された物だが……はっきり言って今後それが実現することがあるとは思えないでいる。

 次いで手に触れたのは銀色の派手な装飾が施された小さな手鏡。

 これは魔界に連れ去られ、そこでシェルムちゃんと再会したりシオンさんと出会ったりして別れ際に貰った物だ。

 何でもシェルムちゃんの部屋にある鏡を通して通話みたいなことが出来るという話だったのだけど……結局一度も使わないままだな。

 そして最後に取り出したのは手の平サイズの金色のベルだ。

 先端が龍の形になっていて、本物の黄金なのではないかというぐらい綺麗に輝いているこのハンドベルはカノンという女の子に貰った物である。

 魔界から帰ってきて、サントゥアリオに戻る途中で出会った少女を親元まで送るために回り道をして、いざ辿り着いてみると驚くことにその母親がドラゴンのボスみたいな方で、そこで猪の肉をいただいたり鱗を貰ったりして最後にはドラゴンの背中に乗って送ってもらったんだっけか。

 こうして思い返してみると、この世界では本当に色んな経験をしてきたんだなぁと感慨深くなってくる。

「………………ん?」

 あれ……ちょっと待てよ?

 確かあの時………………そうだ、間違いない。

 回顧するこの世界での記憶の数々。

 その中に今、僅かな希望の光がはっきりと灯った。


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