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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】
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【第六章】 王の決断



 昼を迎える少し前。

 サントゥアリオ本城、玉座の間には再度の招集を受けた三人が国王の前に列を作っていた。

 肩に触れるかどうかの金色の髪やマントベストを重ね着した特徴的な戦装束、円錐型の長い槍が代名詞である二十三歳にして王国護衛団(レイノ・グアルディア)総隊長を務める女戦士エレナール・キアラ。

 そのキアラの部下であり補佐役兼連絡係を担う若き魔法使いコルト・ワンダー。

 そして胸部と両手足にのみ鉄製の防具を装着し背中まで伸びた綺麗な銀髪と不死鳥の紋が掘られた大剣、恐ろしいまでに整った端正な顔立ちで世界に名を馳せる異国の女勇者セミリア・クルイードの三人だ。

 それぞれに労いの言葉と呼び出しに対する謝意を口にすると招集を掛けた張本人であるブロンドの美青年、国王パトリオット・ジェルタールは神妙な面持ちを崩すことなく早々に本題に入った。

「ご存じの通り、今朝までにコウヘイ殿と連絡を取ることは出来ませんでした。どこに居られるかを考えると当然とも言えるでしょう、少なくとも居場所と無事を把握出来ただけでも我々にとっては一つの朗報ではありますが……残念ながら私達に残された時間はそう多くはない。従って昨日(さくじつ)申し上げた通り、私の方策に沿って行動していただきたい」

 ジェルタール王は重々しい雰囲気を纏いながらも、どこか決意じみた強い眼差しを三人へと向けた。

 ワンダーの持つ特殊な魔法【不言の通信網シークレット・ディスパッチ】によって昨日の昼、夕方、夜、深夜、そして今朝方と繰り返し康平との接触を試みるも一度として連絡が取れずにいる。

 安否を心配していた一同が康平の無事や居場所を知ったのは早朝に届いた一通の手紙の内容を聞いてからのことだった。

 同時にフローレシア王国に滞在していることこそが連絡が取れない理由であることを知ることとなる。

 四人にとって、特にセミリアやワンダーにとって康平の存命は何よりの知らせであったが、その理由を知ったがゆえに今現在フローレシア王国を離れワンダーの魔法で連絡を取ろうと思えばそれが可能な状況であるにも関わらず思い込みが先行しワンダーは明朝を最後に能力を使わないまま時間を消化してしまっていた。

 なぜ康平がフローレシア王国に。

 そんな疑問は四人に共通していたものの、安堵と等しく不安と心配も大きく、それゆえにその可能性に思い至ることなく今を迎えているのだった。

「それに関して異議はありませぬが、一体どういった考えなのです」

 最初に返答するはセミリアだ。

 出身国でもあるこの国の危機に単身救援の目的でやって来たものの現状を打破する方法など簡単に見つかるはずもなく、その場合にはジェルタール王の指示に従うことを既に了承している。

「これ以上無益な戦いを続けさせるわけにはいかない、一刻も早くこの争いを止めなければならない。まず我々が行うのはそのための準備と根回しです。そこでクルイード殿には早急に港に向かっていただきたい。恐らくクロンヴァール王は更なる援軍を呼び寄せ大軍を率いてこの王都を攻めようと考えるでしょう。そうなる前に止める手筈ではありますが、事の次第が前後してしまう可能性も大いにあり得る。その場合の対策として港の兵と共に警備に当たってもらいたいのです。迎え撃つためではなく侵攻と交戦に対する抑止力として……キアラを本城に、クルイード殿を港に配置することでより上手くいく可能性が高まるはずです。どうか頼まれてはいただけませんか」

「承知いたしました。すぐにでも出発した方がよろしいのですか」

「時間の余裕はありません、出来れば今すぐにでもそうしていただきたい。無理を言っているのは百も承知。何卒、宜しくお願い申し上げる」

 ジェルタール王は両手を膝に置き、深く頭を下げる。

 その姿にセミリアは慌てて口を挟んだ。

「貴方は王なのです、頭など下げないでください。この争いを止められる可能性が僅かにもあるならば私はそのために全力を注ぐ。その意志は最初から何も変わっていません」

「感謝致します。ワンダー、クルイード殿を軍馬の元に案内してくれ」

「わ、分かりました。では勇者様、参りましょう」

「うむ」

 不意に名前を呼ばれたことに慌てながらもワンダーはすぐにセミリアに向き直ると出口の方向へと促した。

 そのまま二人が玉座の間を出て行くと、広い室内にはジェルタール王とキアラだけが残される。

 僅かに生まれる沈黙の間を破ったのはキアラだ。

「陛下……わざわざ人払いをしたのです。何をお考えなのか、話していただけると思ってよろしいですね」

「敵わぬな……見透かされていたか」

「…………」

 キアラは敢えて言葉を返さない。

 脱却が困難極まりない窮地にある現状を変える手段がそう簡単に見つかるとは思えず、どこか嫌な予感がしていた。

「無論そなたには話しておくつもりだった。前置きしておくが、先程の言葉に偽りはない。今朝方、クロンヴァール王に私から手紙を送ったのだ」

「直接、ですか」

「ああ。とはいえ、クロンヴァール王は国内外を行き来しているという情報があったであろう。それゆえにシルクレア軍が陣を張っている場所に使者を送った」

 港にある船を利用しクロンヴァール王とその腹心達がどこか別の場所を行き来している様子である。

 現在、港とベルジオン中継基地の中間付近の川辺に陣を張るシルクレア軍を監視している兵からそんな報告が届いたのはつい先日のことだった。

 その情報は外部には明かされておらず、ジェルタール王とキアラ以外に知る者は居ない。

「して……その内容は」

 ジェルタール王の行動を把握していなかったキアラはただ動揺し怪訝な表情を浮かべている。

 今になって双方の王が遣り取りをすることにどのような意味があるのか、考えを巡らせてみたところで答えは見つからなかった。

「そう難しい話ではない。双方の捕虜を解放し引き渡す、そういう提案をしたのだ」

「ですが……それはあちらにとって優位性を維持する重要な要素の一つです。クロンヴァール陛下がそう簡単に同意するとは思えませんが……」

「それだけの提案であれば無論そうなるであろうな。だが、そうならぬよう条件を付け加えた。必ずやクロンヴァール王は提案に乗るはずだ」

「条件、ですか」

「捕虜の交換、それに加え全ての戦闘行為の中断及び禁止という要望の交換条件として私がクロンヴァール王と二人で会う。そういう提案だ」

「な、何を仰っているのです! それが何を意味するか、分からないわけではないでしょう!」

 キアラは声を荒げ、ジェルタール王へ詰め寄る。

 しかし王は俯き、目を閉じて深く息を吐くだけだ。

「それがこの無益な戦いを止める最善の策であろう。私は……これ以上国や民を争いに巻き込みたくはないのだ。罪悪感で夜も眠れぬ、己の無力さに嫌気が差す、そのような日々を続けることに……疲れてしまった」

「だからといって……私が、その指示に従えるとお思いですか。貴方様を守ることもまた、私の使命であるはずです」

「勘繰るでないキアラ、何もこの命を差し出して全てを収めようというつもりでいるわけではないのだ。これ以上私自身がただ見届けるだけでいるわけにはいかぬ、私自身が立ち向かわなければならない。その意思表示であり、そなた以上に民を守らなければならない立場にある私のなけなしの矜持なのだ。キアラ総隊長、そなたは城壁の外に部隊を配置してくれ。万が一のことが無いとも限らぬ、総員準戦闘配備を取りクロンヴァール王を迎え、捕虜の交換が完了したのちに士官一人を選定しこの玉座の間に案内させよ。不慮の事態に備えワンダーは傍に置いておく。それならば問題はないであろう」

「そんなことで……納得出来るはずがないでしょう。陛下がどういうつもりであれ、それ以上にクロンヴァール陛下の心づもりなど一つしかないではありませんか」

「例え消去法でしかなかったとしても、求められる役割を全うすることの出来ない無能で凡庸な人間だったとしても……私はこの国の王だ。玉座に腰掛けただ憂いているだけでは置物と変わらぬではないか。この国の長として出来ることがあるならば、逃げることはしてはならぬ、目を逸らしてはならぬ。私はこれ以上……後悔したくはないのだ」

「陛下……」

「そのような顔をしないでくれ。先程も申した通りワンダーを傍に置き帯剣もする。これでもかつては王国護衛団の士官として部隊を率いていた身なのだ。クロンヴァール王が暴挙に及ぼうともそなたを呼ぶまでの時間ぐらいは稼げよう」

「…………」

「これは決定事項だ、異論反論は認めぬ。さあ、そなたもすぐに準備に掛かってくれ」

「承知……致しました」

 心の内では何一つとして納得など出来てはいない。

 それでもキアラはこれ以上の問答に意味がないことを悟っていた。

 たった今語られた王の考えが何を意味するか、思い付く先にある結末はただ一つ。

 ならば自分は何をするべきかと、精一杯思考を巡らせる。

 その心根を心胸を推し量られぬよう顔を伏せ、歯痒さに下唇を噛みつつも一礼して玉座の間を後にした。


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