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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】

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【第五章】 霧蝙蝠

11/24 誤字修正 ですが→ですか

 



 息が切れる。

 かれこれ十分以上も走り続けているのだ、無理もない。

 陸上経験者じゃなければとっくに疲れ果て足を止めていただろう。

 私服な上に肩から鞄をぶら下げて走っているだけに体力の消耗も数段違ってくるが、目の前にはもう港と思しき建物の群れが見えてきているのでどうにか持ちそうだ。

 なんて安堵の息を漏らしたのも束の間、ようやく目にすることが出来た光景にはどこか違和感があった。

 荒野を抜け、小さな丘を越えた所で目的地である大海とそれに面した施設の数々は見えてきているのだが、どこか人気が少なく静けさに包まれているのだ。

 今まで港と呼べる場所に立ち寄った時には例外なく駐在の兵士達がいたのに全く言っていい程に姿は見えず、それどころか船すらも一隻として確認出来ない。

 マリアーニさん達の行方を追っているのはこの国の軍隊とてそう変わらないし、何なら先回りしているシルクレア軍だっているかもしれないぐらいに思っていたというのに……こうも想定と違っていると逆に警戒心や不信感が増してしまうぞ。

「そうは言っても、行くしかないんだけど……」

 港を前に一旦立ち止まり、息を整えつつ冷静になるための時間を置く。

 よく考えるとそんな状況に飛び込むことになる可能性があるのに丸腰の僕が一人で走って来るのは愚行も甚だしいんじゃなかろうかと今更気付いたりもしたが、もう反省は後でいい。

 逆に自分が不審者になってしまっては不味いと、ここからは徒歩で港に近付いていくことにした。

 宿舎らしき大きめの建物に入ろうかとも考えたが、ちらほらと魚や果物を並べている店や飲食店らしき建物が並んでいたのでそちらで話を聞いてみることに。

 足を踏み入れて改めて感じたことは、どこか落ち着きのない空気というかざわつき混じりの雰囲気というか、そういった普通とは違った奇妙な空間と化している感覚だった。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 とにかく情報が必要だと判断し、一番人の良さそうな果物の並ぶ出店に立つ壮年の男性に声を掛けることにした。

 僕の人を見る目がどの程度の物なのかは定かではないが、男は何気ない口調と表情で普通に反応を示してくれる。

「どうしたんだい? どこから来たのか知らないけど、多分しばらく船は出ないと思うよ」

「そのことを詳しく教えていただきたくて……何かあったんですか?」

「それが驚きだよ。女の子がさ空を飛んで行ったんだ、びゅーんってさ」

 男は興奮気味に身振り手振りを交えてそんなことを言った。

 それが事実であるなら、僕には思い当たる節がある。その可能性は大いにある。

「……空を、ですか」

「そうなんだよ。髪の毛が半分金色の小さな女の子がさ、別の女の子を二人抱えて海の向こうに結構な早さで飛んでたんだ。嘘じゃない、皆見ていたんだから」

「え、ええ……疑っているわけではないんです」

 半分金髪……やはりエルだ。

 もしもの時の隠し球である飛行能力。

 それを利用したということは何か事情があったのか、或いはより急がなければならない理由が出来たのか。

「詳しくは知らないけど、何でも緊急の処置とかって昨日からシルクレアの兵隊が何十人も滞在していたんだけど、みんな残った船を使ってその女の子達を追い掛けていってしまったよ。ほら、遠くに見えるだろう?」

 男が指差す方向に目を向けると、確かに遠すぎて視認しづらくはあるが、精一杯目を凝らして見ると小さな何かが複数浮かんでいることだけは分かる。

 恐らくは十以上の数になるそれは、つまりこの港にあった船というわけか。

「あの、他に船は残っていないんですか?」

 僕に飛行能力なんて勿論ない。

 このままでは……追い掛けようにも海を渡る手段がないぞ。

「邪魔になるからって移動させられた漁船が一隻だけ向こうの方に残っているはずだけど……動かせる人が居るかどうかは分からないよ? 元々居た兵士達だって今朝方人払いされちゃったぐらいなんだから」

「そう、なんですか……いや」

 この際現状の把握は後回しだ。とにかく行ってみなければ何も始まらない。

 昨日みたくお金を払ってでも乗せて貰わないともう方法は無いのだ。

「色々とありがとうございました。それでは」

 一方的に謝意を口にして、僕はおじさんが指差した方向へと駆け出した。

 進行方向に船の姿は無い。

 岸がカーブ状になっているため、死角となる奥の方にあるということなのだろう。

 半ば願望混じりの推測でしかなかったが、それでも真っ直ぐに走っていく。

 距離にして二百メートル程だろうか。

 そろそろ足に掛かる負担も無視出来ないレベルになってきていることを感じながらも、僕は件の船を発見することが出来た。

 この世界で何度も乗ってきた軍用の船ほどの大きさはない中規模程度の帆船が一隻、静かに佇んでいる。

 そこまではよかったのだが、しかしながら今しがた聞いた通り辺りに人影は全くと言っていいぐらいに見当たらない。

 どうする、考えろ。

 どうすべきだ、考えろ。

 どうしたらいい、考えるんだ。

 何度も何度も自分に言い聞かせる様に脳内で繰り返しながら周囲を見渡してみる。

 それだけのことで人を見つけることなど出来るはずもなかったが、それでも一つの希望に繋がる情報を耳が捕えていた。

 船内から物音が聞こえている。

 船を出す準備をしているのか、或いはそれ以外の何かしらの作業をしているのか。

 いずれであっても僕に選択肢は無い。

 迷わず船内に続く外付けの階段を駆け上がり、誰の所有物かも分からない船の上へと足を踏み入れる。

「…………」

 デッキには誰も居ない。

 しかし確かに物音は続いている。

 どこからの音なのかと耳を澄ませてみると船体中央付近、操舵室と思われる建物に隣接する小部屋の扉の奥から聞こえていることが分かった。

 すぐに開きっぱなしの扉を潜り、不審者と思われぬように挨拶を述べながら接触を試みようととする……が。

「あの、すいませ……」

 無意識に第一声は消えていく。

 中には望んでいたはずの人の姿があった……のだが、どこかおかしい。

 室内にいるのは六人、全てがそう歳のいってない二十前後の女性ばかりだ。

 食料を運んでいたらしく、野菜やら果物が入った樽だったり中身の定かではない木箱を運んでいる。

 そこまでは何ら問題無いのだが、女性達の風貌はどうしたって引っ掛かりを覚えざるを得ない違和感だらけの物だった。

 上下茶色のダボついた衣服に腰には例外なく剣を携えており、頭にはこれまた揃って黒いバンダナの様な布を巻いている。

 ヘアバンド風に折り畳んでいたり三角巾の様にしていたりと様々ではあったが、全員が服装を揃えているということだけは明らかだ。

 船員と分類するならばそれ自体はおかしなことではないのだろうけど、どう考えても船員のそれとは程遠く、偏見かもしれないが……まるで山賊の様にさえ感じられる。

 というか見るからに、そして経験則からしても一般人ではないと直感が告げていた。


「なんだテメエは!!」


「侵入者か!!」


「獲物を横取りしに来やがったのか!!」


「国が寄越した追っ手だな!!」


 こちらが反応する間もなく矢継ぎ早に怒鳴られる。

「いや、あの……勝手にお邪魔したことは申し訳ないんですけど、お尋ねしたいことがあるというか、どうしても船を出してもらう必要があって……」

 どう無理矢理に理由を探してもこの人達に向けるために用意していた言葉では無い気しかしないが、明確な身の危険に何も分かってない風を装うしかない。

 後退りながらどうにか口にしてみた僕だったが案の定聞く耳持って貰えず次の瞬間には、


「とっ捕まえろ!!」


 という一人の号令を合図に一斉に全員に飛び掛かられていた。

「ちょ、ちょっと!!」

 逃げる暇も無く、戦う能力はもっと無く、つまりは抗う術を持たない僕はあっという間に捕えられ身動きを封じられる。

 不幸中の幸いと言っていいのか暴力を振われることはなかったが、それでもほんの数十秒で両手を後ろで縛られ、鞄を取り上げられ、自由を奪われた状態で地面に座り込む羽目になっていた。

 その上そうなってなお僕の言葉の一切を無視し、女性達は勝手に今後の相談をし始める。

「で、どうすんだコイツ。首を刎ねるか?」

「んー、取り敢えず親分に報告した方がいいんじゃない?」

「それもそうだ、おやぶーん!!」

 大声を上げながら一人が部屋を慌ただしく出て行く。

 親分と言ったか?

 船長ではなく、親分と。

「ちょっと待ってください。僕はどういう理由で縛られているんですか、というか僕をどうする気ですか、そもそもあなた方は一体何者なんですか」

 どうにか状況の把握に努めようと疑問点を一気に並べる。

 もう言葉を選んだり自分の立場を弁える余裕は無い。はっきりと生命の危機と直面しているのだ、余裕なんてある方がおかしい。

「うるっせえ、一気に質問すんな!」

「お前の処遇は親分の心一つだ、黙って待ってな!」

 ある意味では予想通り一蹴された所で僕に残されたのは黙ることだけだった。

 ご親切にこちらが知りたいことを教えてくれるはずもない、どうせ駄目元だ。ならば後は下手に気を損ねないようにするしかない。

 僕を含め誰もがその親分とやらの登場を待つ中、すぐに現れたのはある意味想像通りやはり若い女性だった。

 背は高くなく、僕と同じぐらいだろうか。

 歳だって僕とそう違わない様に見えるが、格好は一人だけ他の連中と大きく違っていた。

 すねまでの茶色いブーツにソックスは膝上までの白い物を履いており、丁度そのソックスの上までの丈がある短いグレーのパンツ、上はへその上までしかない黒いタンクトップという格好で、頭には青いテンガロンハットみたいな帽子を被りうなじまでの黒髪を後頭部で縛っているという随分とアウトドアな格好をしている。

 そんな女性は近くまでずしずしと歩み寄って来ると、真っ直ぐに僕を見下ろした。

「アタイ等の船に乗り込んで来た馬鹿がいるって聞いて来てみりゃ子供とは驚きだぜ。アタイはメロ、無く子も黙るメロ・リリロア様とはアタイのことさ」

 かと思うと、どこか誇らしげにそんなことを言う。

 メロ……メロ・リリロア。

 その響きに引っ掛かりを覚える。

 恐らくは聞き覚えがある名前だったはずだ。

 いつ聞いたのだったか。

 誰に聞いたのだったか。

 思い出せ……思い出せ。

 目を見合わせたままどうにか思い起こそうと記憶を辿ると、脳内で再生されるぼやけた映像の中でその名を呼び上げるのは渋い声だった。

 間違いない、覚えのある声の持ち主は……セラムさんだ。

 セラムさんと直接会話したのは数える程しかない。

 確かあれは……、


『特に、メロ・リリロアという名の女頭領の戦闘力は高く、名うての賞金稼ぎ達を簡単に返り討ちにする程だ』


 そうだ、あの時だ。

 その前後に出てきたワードは……、

「霧……蝙蝠」

 世界で最も名の知られている盗賊団、とかという話を教えて貰った時に出てきた。間違いない。

「へえ、お前みたいな貴族の坊ちゃんにまで知れ渡っていたとは、アタイ等も偉くなったもんだぜ」

「いや……僕は貴族なんかじゃ」

 自然と口を突いた単語にリリロアという女性は何故か得意げに小柄な体躯に見合った小さな胸を張る。

 ウェハスールさんが買ってきてくれた服が庶民の物とは少々違っていたのか、おかしな誤解を受けているようだが否定の言葉はあっさりと仲間なのか部下なのか子分なのか周囲の女性達が遮っていた。

「それで、こいつどうしやすか親分」

「ヤっちまいますか?」

「いや、ただヤっちまうのも勿体ねえ。こいつと引き替えに金を引っ張っちまおうぜ」

 しかも、尋常ならざる物騒な方向に話が進んでいる始末である。

 何故こんなわけの分からないことになるんだ、身勝手なことばかり好き放題言って……そう思えば思うだけこんな状況にありながらも怒りが湧き始めていた。

「ちょ、ちょっと、どうしてそんな話になるんですか。お金ならあるだけ差し上げますから返してください。本当に急いでいるんです、僕は時間を浪費している場合じゃないんです」

 思うがままに抗議と義憤の弁を述べるが、強まる語気が不興を買ったのか盗賊リリロアは舌打ちをしながら近付いて来ると僕の胸座を乱暴に掴んだ。

 そのまま額がぶつかる寸前まで顔を近付け、低い声で凄まれる。

「ギャーギャーうるせえんだよ、てめえには選択肢も決定権もねえ。アタイ等に金を運んでくるか、それが出来ずに死ぬか、二つに一つだ。だが今はお前に時間を割いている暇じゃねえ。空いてる部屋にでも放り込んどけ」

「了解ッス親分」

 そこで掴まれていた腕が離れるが、入れ替わりに指示された子分二人に担ぎ上げられてしまった。

 足と脇を持たれる格好で僕の体は横になった状態で宙に浮く。

「逃げようとしたら殺しちまえ。つーか……」

 暴れることの無意味さを悟り、ただこの理不尽に対する憤りだけでもぶつけてやらねば気が済まないとリリロアを睨むことしか出来ない。

 それがきっかけだったのかどうかは定かではないが、そのリリロアはニヤリと笑ったかと思うとダンと、右足で強く床を踏みつけ理解不能なことを言い出した。

「これでどう足掻いたところで逃げられないんだけどな」

 耳元で放たれたその言葉を最後に僕はそのまま運び出されてしまう。

 そして一つ隣の小部屋まで担がれると、かなり雑な方法で床に転がされた。

「おい、もう船を出すぞ。一人こっちを手伝ってくれ」

「合点」

 寝っ転がた体勢をどうにか起こそうと腹筋に力を入れていると、部屋の外からの呼び掛けられ僕を運んできた二人のうち一人が外に出る。

 もう一人は見張りとして残るようだ……当然、か。

「…………くそ」

 何をやってるんだ僕は、こんなタイミングで盗賊に捕まるなんてことがあり得るか?

 これではサントゥアリオの時と同じ失態を繰り返しているじゃないか。

 悠長にしている暇なんて少しも無いのに!

 いや……自分に腹を立てている場合じゃない。

 どうにか打開策を見つけなければマリアーニさん達と合流するしない以前に殺されてしまうかもしれないんだ。

 考えろ、考えろ、きっと何か方法はあるはずだ。

「…………」

 室内を見回してみても人が通れる程の窓はない。

 いや、それ以前にあったとしても船が出てしまったら絶望的だ。

 必要なのは情報、そして隙を作る術と交渉の材料。

「あの……」

 扉の前で腕組みをしたまま立つ見張りの女性に声を掛ける。

 先程見た盗賊の一味の中では一番若い、十代であろう唯一喧嘩腰で僕を怒鳴ったりしなかった人だ。

「ん?」

「えっと……この船はどこに向かうんですか?」

「あんたがそんなこと知ってどうするのさ。ま、どうでもいいけど。この国の古い王族の隠し財宝が近場の海上洞窟の奥に眠っているって情報を入手してね、今からそいつを根こそぎいただきに行くんだよ。そのためにこの漁船を奪った。そう遠くはないらしいけど、帰りの荷物を考えりゃボートで行くわけにもいかないからね」

「なるほど……」

 遠くない、という情報が唯一の救いか。

 いずれにしても目的があるということは連中が船を下りるタイミングがあるということだ。

 それまでに何らかの結論に辿り着く必要がある。

 何が何でも脱出しなければならない。

 いつか魔界で捕まった時に比べればまだ希望はある。

 半ば言い聞かせる様に無理矢理自分を励まし納得させながら、身動きもほとんど出来ない状態で必死に頭を働かせるが時間が待っていてくれるはずもなく、盗賊達の目的地へと向かう船は着々と海の上を進んでいった。


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