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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第十四章】 三戦必勝

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 2/16 台詞部分以外の「」を『』に統一


 ハヤブサ。

 そう男は名乗った。

 男かどうかということですら声や口調、仕草による推測で語ることしか出来ないその生物は、自らの名前をそう告げた。

 鳥獣ハヤブサ、と。

 扉を潜った僕とサミュエルさんの前に広がっていたのは、やはり何もない大きめの部屋だった。

 例えるならば学校の二十五メートルプールぐらいだろうか。やや奥行きが深く横幅の方が狭くなっているが、それでも三人しか居ない空間としては十分な広さだ。

 明かりは来ており、視界に困るほどの暗さもなかったが、後から設置されたのであろう真新しい扉とは違い壁や地面はそれなりに老朽化していることが見て取れる。

 そして、そんな空間の中央付近に男は立っていた。

「我は鳥獣ハヤブサ。汝が相手か、双剣の勇者よ」

 何の躊躇もなく近付いて行くサミュエルさんに続いて恐る恐る前に出ると、背丈は僕よりもずっと大きい男は腕を組んだまま落ち着いた口調でそれだけを告げる。

 いきなり襲ってくることはないらしいことに対するひとまずの安堵と、僕の存在が無視されているような気がする虚しさが入り交じった例えがたい感情が生まれた。

 その外見は、例えるならば【鳥人間】という表現がこれほど当て嵌まる生物はいないのではなかろうかと、そう思わせる風貌をしている。

 その名の通り、白い隼をそのまま人と同じサイズにして二足で立たせ、翼を腕に代えたらこうなるだろうという姿形は、まさしく鳥人間と例える他に説明する言葉が見つからない。

 腕や足には真っ赤な鎧を装着しており、シルエットこそ人間そのものだが四肢は羽毛で覆われ頭部の毛は逆立ち、さらには顔にくちばしがあるその風貌はやはり鳥人間と比喩せざるを得ないものだった。

 そして腰にはレイピアというのだったか、細身で先の尖った剣が携えられていることが敵でありこれから命の奪い合いをする事実を事実であると物語っている。

「私を知っているとは意外ね。私はアンタなんて見たこともないけど、本当にシェルムの配下なわけ?」

 同じく腕を組んだままのサミュエルさんも落ち着いた口調で言葉を返す。

 やはり僕と違って戸惑いも驚きも感じている様子は一切なく、どちらかと言えば訝しげな表情だ。

「我はこの国、いや、そもそも地上に居なかったゆえ当然であろう。シェルム様の下にいては戦闘を楽しむ余地も無いのでな。だが汝の事は勿論知っている。勇者などという時代遅れの産物がと嘲笑する者も我々の中にはいるが、我にとってはどうでもよいことだ」

「今からその時代遅れの産物に壊滅させられるわけだけど、アンタもしかして戦闘狂タイプ? 珍しいわね、魔族のくせに人を殺すよりも戦う方が好きだなんて」

「己が力を示すためには一方的な惨殺など意味を為さぬ。正々堂々戦って勝つことこそが力の証明なのだ。仮にも女勇者を名乗っているのだ、汝も同じであろう」

「気が合わなくてよかったわ。残念だけど、私はそこまでご立派な心掛けは持ち合わせていないの。勝者が強者、それが私の主義」

「ほう。魔族のくせになどと言う割には、随分と勇者らしからぬ考えをするものだ。だがそれもどうでもよい。我にとって重要なのは汝が殺すに足る人間か否か、ただそれだけ」

 男の表情は終始変化も無く、ただ淡々と言葉を続ける。

 顔はほとんど隼そのものなので、そもそも表情が変化するのかどうかも定かではないのだが、その見た目以上に漂う風格からは危険な人物であるという香りがありありとしている。 

 サミュエルさんは男のそんな言葉を聞いて一瞬不敵に笑ったかと思うと、おもむろに背中の二本のククリ刀を抜いた。

「コウ、下がってなさい。手出すんじゃないわよ。アンタの流儀に合わせて一対一でやってあげる。どっちが勝つか、どっちが強いか、大事なのはそれだけ。そういうことでいいんでしょ?」

「上々」

 短く答えて、鳥人間……いや、鳥獣ハヤブサは同じく腰のレイピアを抜いた。

 出せる手も無い僕はせめてサミュエルさんの邪魔にならないように、下手をして足を引っ張ってしまわないように、体の向きを変えずに五メートルほど後ろに下がる。

 魚人の次は鳥人というラインナップに未だ動揺は残るが、それよりもその時と同様にただ見ているだけしか出来ない自分が情けなく感じた。

 だからこそ、あの時と同様に何かあればすぐに飛び出せる様に準備をして、何かに気付けばすぐに伝えられる様に心の準備をする。

 それが僕に出来る唯一のことだ。

 あの強いサミュエルさんが負けるはずがない。そんな希望的観測が現実のものとなってくれと祈りながら。

 そうして見守る僕の前に居る二人は剣を手に、ジッと動かずにお互いを見合っている。

『あのエスクロって男もそうだが、奴も中々やりやがるな』

 ジャックの言葉が無音の空間に静かに響く。

 返す言葉は、聞こえていないはずの二人がまるでそれが合図であったかの様に同時に地面を蹴ったことで声にならずに飲み込んだ。

 もの凄い早さで一気に距離を詰めた両者は合計三本の武器で相手に向かって躊躇無く斬り掛かる。

 目の前で繰り広げられるのは一歩間違えば即死の、まさに常人ならざる攻防だ。

 まず初動で縦に横に振り抜かれたサミュエルさんの二本のククリ刀をレイピアで弾いて防いだハヤブサは、弾かれた刀が他所を向いた隙にレイピアによる突きを繰り出した。

 胴体に真っ直ぐ向かってくるその鋭い突きを身体を回転させて躱したサミュエルさんは、その回転を利用してそのまま右手の刀を振り下ろしてみせる。

 さらにそれを後退することで躱したハヤブサはその動作の中でレイピアの向きを変え、切先を下に向けたそれを下から薙ぎ払う様に振り抜くもサミュエルさんは残った左手の刀でその攻撃を防ぎ、刀と剣がぶつかり合った衝撃を利用して後方へ飛び退いた。

 そこでようやく二人の動きが止まる。

 紛うことなき命の奪い合いに戦慄を覚えると同時に、互角の戦いだと思っていた僕の見解はすぐに素人の目算であることを思い知らされることになってしまう。

 その身を案じてサミュエルさんに目をやることで感じる違和感。

 目を凝らして見てみると、サミュエルさんの足下にポタポタと赤い液体が滴っていた。

「どうして血が……」

 なぜサミュエルさんが出血している……攻撃は全て回避していたはずなのに。

『身体の右側だ。よく見てみな、攻撃を受けている』

 ジャックが冷静に、だが少なからず驚きの混じった声で言った。

 僕の位置からではほぼ背中しか見えないのだが、ちょうどサミュエルさんが体の向きを少し変えたおかげでその言葉の意味を知る。

 体の右側、肩に一本と上腕二頭筋の辺りに二本、それぞれに鳥の羽根が刺さっていたのだ。

 真っ白な羽根が、まるでダーツの矢の様に露わになっているサミュエルさんの肌に直接突き刺さっていてそこから血が流れている。

「いつの間にあんなものが……」

『最後の攻撃と同時に、だな。完全には躱し切れないと判断して咄嗟に致命傷を避けるべく腕で受けたみてえだが、あんな攻撃でも積み重なれば確実に不利になるぜ』

「積み重なる前にもう怪我してるじゃないか……サミュエルさん!」

 思わず大声を上げていた。

 この世界に来て、初めて見た自分以外の人間の血。

 こうなればただ見ているだけでなんていられない、そう思うと無意識に名前を呼んでいた。

 しかしサミュエルさんは、

「大袈裟に騒ぐんじゃないわよみっともない。このぐらい大したことないっての」

 そう言って、左手で乱暴に羽根を抜いては放り捨てていく。

 その間にも血は腕を伝い、滴となって地面に垂れていっていた。

 出血量そのものは微量なのだろうが、間違っても痛くないなんてことはないはずなのに……。

「とはいえ、厄介な攻撃ね。それがアンタの戦い方ってわけ?」

「顔面を狙ったつもりだったが、さすがにそう甘くはないようだ。ククク……素晴らしい、それでこそ勇者というものだ」

 ハヤブサは笑っている。

 初めて見せた感情を表す仕草と言葉。

 それは命の奪い合いの最中に見せた嗜虐的な笑顔だった。

 狂っている……そう思うには十分なほどの嫌らしく、おぞましい笑みに背筋がゾクゾクしてくる。

 その異質な顔の造りがそう思わせているのか、僕には到底理解出来ない気の高ぶりを隠そうともせずハヤブサは続けた。

「さあ、休んでいる暇も惜しい。もっと我を楽しませてみせろっ」

 その言葉を皮切りにハヤブサはサミュエルさんに突進し、また二人は距離を詰めた。

 先ほどと同じ様に、斬り掛かり、防ぎ、突きを放ち、躱し、そして距離を置く。二人はそんな攻防を二度三度と繰り返した。

 互いの肉体に相手に触れることは一度としてなかったが、距離を置く度にサミュエルさんの体には何本もの羽根が刺さっている。

 太ももに、腕に、おへその辺りに、それぞれ刺さった数本の羽根は確実にサミュエルさんの体力と血液を奪っているだろう。

 肘と膝以外に防具を着けておらず、露出も多い格好が仇になっていると言わざるを得ない状況だ。

 何も身に付けていない僕が言うことではないのかもしれないが、少なくともセミリアさんの様に腕や肩、胴体、そして膝から下にも籠手や鎧を纏っていれば少しは違ったであろうことは明らかだと言える。

 部屋に入る前にも口にしたが、もしもこういう戦いに相性というものがあるのならば確実に悪い方の部類に入るとしか思えないほどに、ただ血を流す一方の勝負になってしまっているのだ。

「まったく、乙女の柔肌にブスブスと刺しまくってくれちゃって。これだから男ってのは嫌になるわ」

 腹に刺さった羽根を乱暴に抜き取りながら、サミュエルさんは呆れた様子で首を振る。

 痛くないはずがないのに、なぜこうも平然としていられるのだろうか。

 それどころか活路の見えない攻防の繰り返しに悲観する様子すらなく、ただ面倒臭そうな態度を取れるのはどうしてなんだ。

 苦境に立っている状況的不利を悟らせまいと敢えてあっけらかんとしているのか、それとも……。

「そろそろ白旗でも揚げてみるかな? 我の趣味ではないが、汝は殺せとの命を受けているゆえそうなっても生かしておくことは出来んがな」

「冗談でしょ。生かしておけないのはこっちの台詞、刺されまくったおかげで掴めてきたし、そろそろ終わりにしてあげる」

 サミュエルさんはそう言って地面に刺してあったククリ刀を手に取り改めて構えを取った。

 それを受けてハヤブサもまた、両手で持ったレイピアを肩の上まで持ち上げ切先をサミュエルさんに向ける。例えるなら霞の構えというやつだ。

「長期戦に勝機は無いと見たか。だが一撃の殺傷力は我とて引けを取らぬぞ」

「確かにアンタはそこそこは強い。だけど、勇者を討つにはまだまだまだ力不足もいいところよ。アンタ程度を相手にチンタラしているほど私の歩む道は簡単じゃないのよね」

 だから―

 と、そこまで言って一度言葉を止め、サミュエルさんは不敵に笑った。

「そろそろ楽にしてあげるわ。器の違いってもんを教えてあげる」

 今度はゆっくりと構えるハヤブサとの徐々に距離を詰めていく。

 これだけ同じ結果を繰り返してまだ真正面から攻撃を仕掛けようというのか。

 何か考えがあるにしても、そうじゃないとしても、二人の言葉からして今度ばかりは羽根を刺されたぐらいの事では終わらないのではないかという気がしてならない。

「ジャック……何か僕に出来ることは」

『やめとけ。気持ちは分かるが、お前さんがしゃしゃり出ても半裸女に付け入る隙を与えるだけだ。いくら盾があろうが鳥男の剣術に対抗する力はねえだろう? 中距離の攻撃魔法でも使えりゃ話は違うんだろうが、それはお前さんの役所じゃねえ。そうでなくても互いに望んで一騎打ちをしてんだ。信じて見守るほかあるめえよ』

「…………」

 信じて見守った結果が最悪の結末だったら……僕は一生後悔するじゃないか。

 痛いほど唇を噛み締め、そんな言葉を辛うじて飲み込んだ。

 例え刺し殺されるのを覚悟で向かっていったとしてもサミュエルさんの助けになどならないだろう。

 少なくとも盾になって仲間を守ることぐらいは出来る。

 そんな当初の計算がほとんど意味を成さない事実に胸が痛んでしかたがない。

 いくら歯痒い思いをしても、仲間の身を案じていても、その気持ちが状況を左右することなどないのだ。

 二人の勇者がこの国の希望であるように、この世界では【身を守る術を持っている】ことよりも【戦う事が出来る】者が必要とされている。

 だからこそ僕はいつだって見守ることしか出来ない……こんなことなら僕にも戦う手段を与えて欲しかったと思う気持ちも結局は的外れなのだろうが、見ているだけの状況がこれほど辛いものだとは思ってもみなかった。

 先の首飾りのことといい、僕はどこまで役立たずで何も出来ない男なんだ。

『自分を卑下するな相棒、他の奴等も言ってるだろう。戦うのが奴等の役目、奴等を守るのがお前さんの役目だ。揃って武器を振り回すしか出来ねえパーティーなんざ強みも何もねえってもんさ』

 ジャックの言葉は果たして事実なのか単なる慰めなのか。

 そんなことを判断する暇もなく、あっという間に二人の距離が詰まっていく。

 そして次の瞬間にはまたしても目の前で常人ならざる攻防が繰り広げられていた。

 先制の攻撃を仕掛けたのはハヤブサだ。

 構えたレイピアで勢いよく突きを放つと、やはりサミュエルさんがそれを防ぐ。

 刀身で突きを受け止めた瞬間、ハヤブサの左手が羽根を飛ばす動きをしたのが見えた。

 だがその羽根が今まで通りサミュエルさんの身体に刺さることはなく、払い落とすように右手のククリ刀がその攻撃を阻止する。

 しかし、その間に再び突きの構えを取っていたハヤブサの二撃目がサミュエルさんに向かって放たれていた。

 体勢を変えて躱そうとするも羽根に気を取られたせいで僅かに間に合わず、ハヤブサの全体重を乗せた渾身の鋭い突きはサミュエルさんの左肩を貫通する。

 不味い!

 僕がそう思うのと同時にハヤブサもニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべる。

 が、その表情は一瞬にして驚愕のものへと変わった。

 後ろから見ていても肩の辺りからレイピアが飛び出ていることがはっきりと分かる状態のサミュエルさんは、いつの間にか刀を手放している左手で肩を貫通したままのレイピアを掴んだかと思うと、右手に持つ刀をハヤブサに向かって振り下ろしたのだ。

 武器を掴まれ動きを制限されたハヤブサはそれによって動作が遅れて回避が出来ず、首元から胴体にかけて斜めに振り下ろされた刀がそのままハヤブサの身体を切り裂いた。

「ぐ……かは……」

 切られたハヤブサはそこでようやくレイピアから手を放し、ふらふらとよろめきながら二歩三歩と後退する。

 誰がどう見ても致命傷となる傷からは鮮血が溢れんばかりに流れ出ていた。

「クク……ク……なるほど……な……肉を切らせて骨を断つ……か……」

「ふぅ……私の勝ちね」

「残念だが、そのよう……だな……これが汝の覚悟というわけか」

「アンタ、戦い方が綺麗すぎるのよ。典型的なヒットアンドアウェーってやつ? 方法はこれしか思い付かなかったとはいえ、戦術的にも持ってる武器からしても懐に入ってしまえば脆い。あれだけやり合えばその型にはまった動作は簡単に予測が付くってことよ」

「そうか……だが、抜かりがあったわけではない……汝の方が強かった、ただそれだけのこと……持って行け、汝らが求めていたオーブだ……」

 ハヤブサは懐から光る球体を取り出したかと思うと、サミュエルさんに向かって放った。

 サミュエルさんがそれをキャッチするとほぼ同時にハヤブサは膝から崩れ落ち、前のめりに倒れたまま動く気配がなくなる。

「楽しかったぞ……双剣乱舞……その強さ、どこまで通じるか地獄で見物させてもらうとしよう……人間がどうなろうと、魔族がどうなろうと……我にはどうでもいい話しだが……な……」

 倒れたまま僅かに表情を崩しそう言ったかと思うと、ハヤブサの姿が徐々に薄くなっていく。

 そして十秒と掛かることなく、見守る僕やサミュエルさんの前から完全にその姿は無くなってしまった。

 この辺りは他の化け物たちと同じ様になっているらしい……それにしても、凄い戦いだった。言葉を挟む余地も無いほどに。

「サミュエルさん……怪我をどうにかしないと」

「どうにもなんないでしょ。別に戦えないほどのダメージでもないわ」

 やはりあっけらかんと言って、サミュエルさんは刺さったままのレイピアを抜いて地面に放った。

 カランカラン、と音を立てて地面を転がる武器の先端は当然なが血によって赤く染まっている。

「どうにもならないって、そんな大怪我をしているのに……ジャック、僕の時みたいに治してあげてよ」

『無茶を言うな。羽根が刺さった傷ぐれえは塞いでやれるが、そのレベルの傷を治せるほどの上級魔法が俺に使えるわけがねえだろう』

「申し訳程度の回復魔法なんて結構よ。痛くないとは言わないけど、このぐらい我慢出来るレベルなの。戦いの最中なのに怪我する度に大袈裟に騒いでられるかってのよ。ほら、オーブも手に入れたし行くわよ……って言っても他の奴等が戦い終わるまでは出られないんだっけか」

 サミュエルさんは流れる血を手で拭って入り口に向かっていく。

 肩を貫通する程の怪我が我慢出来るって……それは無理があるでしょう。

『相棒からすりゃ驚くのも無理はねえが、戦いに身を置くってのはそういうもんだ。俺が人間の姿をしていた時代からそうだった。戦うと決めた奴ってのは肩を刺されようが腹を刺されようが、傷を負ったから一休みなんてわけにはいかないのさ。ましてや奴は勇者なんだ、しつこく心配なんざしてやると余計にプライドに障っちまうぜ? 見た感じじゃ致命傷でもなけりゃ戦いに影響する様なダメージじゃねえ、本人がああ言っているうちはそっとしておいてやんな』

 そんなジャックの言葉は僕にしてみれば到底納得の出来る理屈ではなかったが、本人に言ったところで聞き入れてはもらえないのだろう。

 勇者に化け物、戦争と平和……やっぱり僕には慣れることなんて出来ない世界だと改めて自覚しつつ、先に歩いていくサミュエルさんの背中を追った


          〇


 ~another point of view~



 ギィー、という濁った音がしたかと思うと直後に手を離れた扉がバタンと乱暴な音を響かせた。

 春乃、寛太、そして名を持たぬ虎の男が意を決して開いた扉の先には奥行きが深く、横幅はその半分程になる長細い部屋が広がっている。

 暗くもないが、明るいとも言えない程度の光が辺りを照らす空間を見回すよりも先に三人の目に入ったのは小さな人影だった。

 決して身長が高い方ではない春乃や寛太よりも一回り小さな体格の老人は肌がうっすら紫がかっており、耳や口、爪の形から人間ではないことが一目で分かる風貌をしている。

 黒地に白い模様が入ったローブを身に纏い、その丈と並ぶ程の丈がある木製の杖を持つこの男の名はギアンといった。

 魔導士ギアン。

 魔王軍の中でも上位に位置する魔法使いである。

「あっ、偽物ジジイ!」

「紫ジジイハケーン!」

 すぐにその姿に気付いた二人は示し合わせたかの様に同じ動きで指を差し、声を揃える。

 ここ数日、彼等に降り掛かった危機苦難の元凶ともいえる男の姿を見たことで少なくとも不安や警戒心を超えるだけの怒りが沸いていた。

 二人は感情に身を任せて無計画なままギアンに向かっていこうとするが、虎の男が太い腕でそれを制する。

「迂闊に近付くなトラ。どう見ても奴は魔導士、何を仕掛けてくるか分からんトラぞ」

 冷静な声音にが春乃と寛太はぎりぎり踏み留まる。

 元来、直情径行な二人ではあったが脳裏に浮かんだ城での出来事が自制させたのだ。

 そんな中でも魔法の力を持つ武器をそれぞれが構え、二人は虎の男の背後という安全な位置を保ちつつギアンの待つ空間の中心へと徐々に近付いてゆく。

 やがて声が届くだけの位置まで来て向かい合った四人の表情は何とも対照的なものだった。

 敵意を隠そうともせず険しい顔で睨み付ける春乃と寛太に対し、ギアンは気味の悪い笑みを浮かべたまま口を開くこともなく、余裕すら感じられる佇まいでただ目の前の三人を眺めながら出方を窺っている。

 最初に口を開いたのは唯一その表情が隠れている虎の男だった。

「お前がギアンか」

「いかにも。言葉を交わすのは初めてだったかな? エスクロに捕らえられた貴様が性懲りもなく脱走し、あまつさえ我らに挑もうとは笑わせる」

「大人しく幽閉されてやる筋合いはない。それよりも、件の鍵は持っているのだろうな」

「毎度せわしない連中よ、勇者の一味というのは。オーブなどくれてやる、元よりこんなゲームに興味はない」

 嘲笑を浮かべ、ギアンは空手であったはずの右手に光を帯びた球を出現させたかと思うと、それを虎の男に向かって放った。

 途端にその目が見開かれる。

「そんな物に拘らずとも三人とも生け捕りにして連れて行くことは決定事項だ。貴様は研究所送りだがな……ディアロス」

 言葉が途切れると同時にギアンは三人に杖を向け、呪文を唱えた。

 刹那、杖の先からピンク色の煙が吹き出し周囲に広がっていく。

「な、何よこの煙!」

「毒かー! 死ぬー!」

「慌てるな、毒ではない。だが吸い込むと眠らされるトラぞ、吸い込まない様にするか逃げるかしろトラ」

 虎の男が取り乱す春乃、寛太を諫めると二人は慌てて息を止めるが、既に手遅れだった。

 微量ながら煙を吸い込んだ二人に魔法への抵抗力はなく、徐々に意識が覚束なくなっていく。

「な……なんか、ふらふらする……」

「頭が……ボーっとしてきた……ぞ」

 その言葉を最後に立っていることが困難な状態に陥った二人はゆっくりと膝を突き、手を突き、そして完全に地面に倒れ込んでしまった。

 今や意識は無く、春乃は俯せに、寛太は仰向けになったまま寝息を立てている。

 虎の男ただ一人が倒れることなく、腕を組んだまま姿勢を保ってはいたが、こちらもやはり指一本として動く様子はなかった。

「フン、無様に突っ伏すのはプライドが許さないとでも言いたげではないか。どちらにしても、他愛のないことよ。馬鹿共の下らぬ主義に合わせて無駄な時間を使ったわ」

 鼻で笑うギアンは吐き捨てる様に一人呟いて杖をしまった。

 残る仕事は部下を呼び三人の身柄を運び出すだけだと、背を向けたのとほとんど同じタイミングだった。

「無駄な時間、か。ならば有意義な時間に変えてやろう。お前の今際の時という名のな」

 背後で声がした。

 ギアンは反射的に振り返る。

 まず最初に浮かんだ第三者の存在である可能性はすぐに否定された。

 この場に自身と相対した三人以外の姿は無く、目に映るのは倒れたままの二人の人間と仁王立ちのまま動かない虎の男だけだ。

 そして冷静に思考し、声と状況から虎の男の声であったことを悟る。

「貴様……眠っていなかったのか」

「何を驚くことがある。お前があの研究所とどういう関係があるのかは知らんが、()()()()()()()()()()()()()

「効果耐性……だと? まさか貴様如きに備わっていたとは驚きだが、やはり所詮は下等なものよ。眠っていれば痛い目を見ずに済んだものを、これではうっかり殺してしまうではないか」

「お前のような三下にそれが出来るとも思えんが?」

 虎の男は組んでいた腕を解き、パキパキと指を鳴らした。

 特にそれ以外の動きはなかったが、戦闘態勢と見たギアンは素早く杖を取り出し不意打ちで先制攻撃を仕掛けた。

「ほざけ下等生物がっ! フレアブラスト!」

 ギアンが今一度呪文を唱えると、杖の先から灼熱の渦が勢いよく吹き出した。

 広く大きな炎の渦が虎の男に襲いかかる。火炎系最上級の呪文だ。

「カアッ!!」

 だが、露程も動じることなく虎の男は口から火炎を吐き出し対処する。

 同レベルの威力を持つ火炎がギアンの呪文を相殺し、瞬く間にその場から火の気を消し去った。

 予想外の光景にギアンの顔が苦々しげに歪む。

「小癪な……これならどうだっ、ミカルギオン!」

 ギアンはすぐに二度目の呪文を発動させた。

 今度は雷系の呪文だ。

 杖の先からは雷撃が閃光となって放出され、虎の男に向かって飛ぶ。

「フン!」

 しかし、それすらも虎の男は容易く打ち破ってしまった。

 ただ殴り付けるように振り抜いた拳が光の筋を掻き消し、破裂するように飛散したかと思うとやがて消滅する。

「馬鹿な……最上級魔法がいとも簡単に」

「いつ以来だ、こうしてまともに戦闘をするのは。他人を貶めるしか脳の無いお前が、力を競う勝負など出来るわけがなかろう」

 虎の男はジリジリと距離を詰めてゆく。

 見るからに動揺が浮かぶギアンの表情は瞬時に殺意に満ちていった。

「ぐ……付け上がるなっ」

 ギアンは地面を蹴ると、素早い動きで虎の男の視界から消えた。

 この高速移動はギアンの身体能力ではなく魔力によるものではあったが、それゆえに通常より高いレベルの速度を可能にさせている。

 魔法が効かないのであれば他の手段を取るまでのこと。

 そんな判断の下、直接的な攻撃に打って出たギアンだったが、その行動はやはりあっさりと阻まれてしまう。

 大きく回り込んだはずのギアンの目の前には、虎の男が行く手を塞ぐ様に立ちはだかっていた。

 虎の男に高速移動術を扱う能力は無い。

 これは一重に身体能力によるものであり、加えるならばギアンの動きに反応し合わせただけではなく予測による対応であったことも動きを封じた大きな要因であるといえた。

「お前の考えそうなことだな。大方後ろの二人でも人質に取ろうとしたのだろう、どこまでも下衆らしい思考だ」

 虎の男は大きな右手を勢いよく伸ばし、ギアンの首を鷲掴みにすることで自由を奪っている。

 首を締め付けられ、体ごと持ち上げられたギアンは動くことはおろか呼吸もままならず苦しみながら手足をばたつかせるばかりだ。

 そして虎の男は最後の言葉を口にした。

「俺はお前達の非道を責めもしないし、謝罪を求めることもない。償いは命を以てする他に無いからだ。お前達の勝手な都合でどれだけの命を弄んだ……贖罪は地獄でするがいい」

 冷酷に告げると虎の男は左手の手刀を掴んでいた首元に向けて振り抜いた。

 鈍い音と共にギアンの頭部は胴体から切り離され、地面に転がる。

 息はあるものの、動くことが出来ないギアンは自らを見下ろす虎の男に吐き捨てる様に言葉を投げ掛ける他なかった。

 それが自分の最後の言葉になることを理解した上で。

「下等生物……風情が」

「どこまでも救えぬ男だ」

 虎の男は憤るでもなく、哀れむでもなく、ただそう言い残して右足を上げると、そのままギアンの顔面を踏み潰した。

 ぐしゃりという鈍い音が伝播すると共に、グランフェルトという国、そして勇者一行を混乱の渦に巻き込んだ魔道士ギアンは今度こそ完全に絶命し、残された身体も一切の動きを止めた。

 虎の男は頭部を失った肉体から手を放すと、眠ったままの仲間の元へと寄っていく。

「むしろ、眠っていてくれて良かったのかもしれんな。オーブも手に入れ、一の鍵とやらも開いたようだ。後は二人の勇者の戦いを待つだけだな…………トラ」

 虎の男は二人の傍に静かに胡座を掻いて座り、その時を待つことに決めた。


          〇


 他の二部屋と同じく横並びに存在するにはどう考えてもに無理がある広さのある空間で二人は向かい合っていた。

 一人は長い銀髪を携え、四肢と胴に同じく銀色の鎧を纏った容姿端麗な少女だ。

 名はセミリア・クルイード。

 世界に【聖剣のシルバーブレイブ】という二つ名を轟かせる現代の女勇者である。

 対するは全身を黒一色の甲冑で包み、その表情すら外からは見えない面妖な風貌をした男。

 名をエスクロといい、漆黒の魔剣士と呼ばれる魔王軍の大幹部である。

 魔王軍において、長たる魔王を除けば最上位に位置される四天王の一人に数えられるトップクラスの精鋭であった。

 別の部屋に待機する幹部ギアンやハヤブサがこの四天王に含まれていないという事実は今この空間においてはエスクロ本人以外が知る由はない。

 セミリアの少し後方にいるみのりを含め、それぞれが張り詰めた空気を漂わせているが武器を構えて臨戦態勢を取っているのはセミリア一人だった。

 元々武器を持たず、加えて安全な位置にいるよう指示を受けているみのりは除外してもエスクロが剣を構えない理由はない。

 その余裕ぶった態度や軽薄な言動がセミリアを一層不快にさせる。本人にそのつもりはなくとも挑発と受け取るのも無理はなかった。

「なぜ剣を抜かぬ。貴様の望み通り、私が相手をしてやろうというのだぞ」

 セミリアは絶えず殺気の籠った鋭い目を離さないでいる。

 しかしエスクロは両手を広げ、天を仰ぎながらやれやれと首を振るだけだ。

「せっかちな奴だ、一体俺が何を望んだってンだ? ええ?」

 その緊張感の無い態度、口振りにセミリアは抑えていた感情に押さえが効かなくなりつつあることを自覚する。

 今にも斬り掛かってしまいそうになるほどに感情が高ぶるのは、エスクロが国王や仲間に手を出すことを許してしまった後悔によるところが大きかった。

「貴様が一騎打ちを望んだからこういう状況にあるものだとばかり思っていたが? それとも、貴様にはそんな勇気などありはしなかったか?」

「はっ、安い挑発だな聖剣。だがまあ、概ね間違ってもいねえ。てめえのせいで予定は狂いっぱなしだが、それもここで元通りにしてやるさ」

「予定だと? 王を捕らえたことを言っているのか」

「王も、お前達もだよ。しばらくは大人しくしてもらうつもりだったンだ、それを揃いも揃って……こうも手間を掛けさせられちゃ面子も何もねえってもンだ。そう思うだろう?」

「貴様等の予定など知ったことではない。もっと言えば貴様はここで私に倒されるのだ、面子など気にする必要もない」

「はっはー、言うねえ。何がそうまでしてお前を戦いに(いざな)う。勝てもしねえ戦いに、何を求めて挑み続ける」

「知れたこと、この国の未来と平和のためだ」

 眼光が一層鋭くなり、剣を握る両手にもより力が増していくが、やはりエスクロに戦闘態勢を取る様子はなく、大袈裟に両腕を広げて再び天を見上げるだけだ。

 直後に聞こえてきた奇妙な声の正体は、笑い声だった。

「クックック……クックックックック」

 この場に似つかわしくない言動にとうとうセミリアの表情が訝しげに歪む。

 頭の片隅には時間稼ぎでもしようとしているのではないかという疑念が生まれ始めていた。

「……何がおかしい」

「この国のために……ねえ。いやはや、小せえなぁ」

「なんだと?」

「小せえ……小せえよ、小せえぜ聖剣よぉぉ!」

「………………」

 突如変貌した様に声を荒げる姿にセミリアは言葉を失う。

 だがエスクロは気にも留めず、甲冑に覆われた体を大きく広げ感情の赴くまま叫ぶ様に一方的な言葉を続けた。

「俺に勝てるかどうか、シェルムを倒せるかどうか、そんなちっぽけなことにいつまで拘ってやがる! そんなつまらねえことにいつまで苦労してやがる! なぜもっと広い視野を持てねえ? どうしてもっと大きなものを見ようとしねえ? それがお前の器か? ああ! 聖剣よ!」

「何が……言いたい」

「あと少しだ……あと少しでやってくる。この世界全てを巻き込む嵐が、うねりをあげてやってくるンだ! その嵐が、戦乱が、新たな時代を作り出し、生き残った者だけが次の時代に進む。分かるかおい? 生き残りを賭けたバトルロイヤルが始まるンだ。そして俺達は常にその中心にいる。だから、俺が試してやろう……お前に新たな時代へ進む資格があるかどうかを!!」

 そこでようやくエスクロは背中から剣を抜いた。

 刀身から柄まで全てが黒い、細身の剣だ。

「見慣れぬ剣だな。それが貴様の真の武器というわけか?」

「ご想像にお任せするさ。さあ、お喋りは終わりだ。()()に眠るか、先に進むか……見せてみな、お前の答えってもンを」

 その言葉が途切れた瞬間、二人は同時に地面を蹴った。

 神速と謳われるセミリア、そしてそのセミリアと互角のスピードを持つエスクロは幾度となく剣と剣をぶつけ合い、凄まじい速さで攻防を繰り広げる。

 端で見ているみのりには二人の動きを目で追うのが精一杯だ。

 もはやどんな攻防が繰り広げられているのかもほとんど分からず、響き渡る金属音を数えることしか出来ていない。

 比較的動体視力の良いみのりがそんな状態になる程に二人の動きは常識外れのものだった。

 決して広大とは言えない空間の中を、一瞬にして右に左に上に下にと移動しながら金属同士を叩き付け合う音が十回二十回と絶えず響き続ける。

 やがて距離を置いて、着地する様に地面に降り立った二人はそこでようやく動きを止めた。

「ふっふっふ……なかなかどうして、動きの早さだけじゃねえようだ。想像以上だぜ、聖剣よ」

 甲冑で覆われた表情がどのようになっているのかは誰に判断出来ることもなかったが、その口調や声色はまるで楽しんでいるとさえ思えるものだった。

 対して、セミリアの表情に余裕はない。

 一つ大きく息を吐き再び剣を構える姿に大きな変化はなかったものの、左肩と右こめかみ辺りからは薄っすらと血が流れていた。

「セミリアさん!」

 見かねたみのりが思わず叫ぶ。

 今にも駆け寄って来そうなみのりをセミリアは視線や体をエスクロへ向けたまま片手で制した。

「案ずるな、私は平気だ。ミノリは自分のことだけを考えておいてくれればよい」

 セミリアは静かに息を整え、考える。

 戦闘技術で劣っているとは思わない。

 しかし同じ手数と精度の攻撃を繰り出し合っても、あの全身を包む甲冑がダメージを与えることを困難にしている。

 その差が今傷を負った自分と無傷のエスクロの差……ならば小競り合いを続けても活路は見出せない可能性が高い。

 それどころか徐々にこちらの傷は増え、体力も奪われていくだろう。それでは差が開く一方となってしまう。

 ならば……。

「打開策でも見つかったかい?」

 意を決した表情に変わったセミリアに気付いたエスクロがからかうような口調で問い掛ける。

 エスクロもまた、自らの優位性を理解しているがゆえに余裕ぶった態度に変化はない。

「ああ、今まさに……決意が出来た」

「決意だあ?」

「ここでお前を倒し、その後シェルムも倒してしまおうという考えがそもそも甘かったらしい。お前一人を倒すことに命を懸けねば先などないようだ、ならば相応の覚悟で挑むだけのこと」

「そりゃ慧眼なことだ、ついでに倒せるほど俺ぁ甘かねえってことにようやくお気付きとは。だが、それが分かったところで実力差が埋まるわけでもねえぜ」

「言っただろう、その差は覚悟が埋めると。ここで貴様に勝てぬならどのみちシェルムを倒すことなど出来まい……ならばせめて貴様だけでも冥府に連れ添ってもらう、それが私が仲間の為に出来ることだ」

「ほう、ここで死んでも構わねえと」

「貴様を倒せば扉が開く、先程のオーブも手に入れられる。私が共に倒れたとしても仲間は先に進むことが出来る。何ら憂いはない」

「お前抜きでシェルムを倒せるとは思えないがねえ。それより何より、他の部屋の連中が無事生きているかどうかも定かではないわけだが」

「私が心配していない、それで十分だ。私の仲間は貴様が思っているほど脆くはない」

「そうかい、ならば今この時の戦いを楽しむことにしよう」

 そこでエスクロは再び剣を構えた、その時。

 みのりが二人の居る方向へと一歩足を踏み出した。

 二人に近付こうと歩き出す一歩目の足が地面に着いた瞬間、みのりに目もくれていないはずのエスクロは腕だけを動かし、みのりに剣の先を向ける。

「戦うことも出来ねえ小娘に用はねえ。死にたくなければそれ以上足を進めるんじゃねえぜ? 一歩でも近付いてくれば殺す」

「ミノリ、下がっていてくれ! 私なら心配は要らぬと言ったはずだ」

「セミリアさん……怪我してるじゃないですか。わたしも……セミリアさんと一緒に戦います。見てるだけじゃ意味が無いんです」

 震える声を返しながらも、みのりは次の足を踏み出せない。

 恐怖はある。

 だがそれでも、ただ見ているだけの方が何倍も辛かった。

 何も出来ない自分の代わりに誰かが傷付くことに耐えられなかった。

「ミノリ……気持ちは嬉しい。だが、お主にはお主の役目があるのだ。こうなっては私も無事にこの部屋を出られるかは分からん。何があってもこの男はここで仕留めるが……最悪の場合はお主がオーブを皆の元に届けてくれ」

「そんな……それじゃセミリアさんが……」

「心配は不要だ。何度も言ったろう? 私は……魔王以外に負けたことはない」

 赤い血が伝う顔でみのりに優しく微笑み、セミリアは再びエスクロの方へと視線を戻した。

 仲間の存在が、ここにきて一層胸に抱く覚悟に全てを託す決断を後押しする。

「さあ、最後の時だ。勿論……貴様のな」

「誰のかはさて置いても、長々ヤり合うのも時間が勿体ねえ。次の一撃をどっちがブチ込むか、ブチ込んだ後にどっちが立っているか……そんな勝負も面白れえ」

「受け継いできたこの勇者の剣が貴様等の……いや、貴様の野望を討つ」

「自慢の黒刀で受けて立ってやろう」

 しばし無言で向き合い、二人はまたしても合図なく同時に地を蹴ると高速で移動を続けながら剣をぶつけあった。

 キィン、という甲高い金属音が四方八方から幾度となく響く。

 その音が十を数えるよりも先に、その時は訪れた。

 同時に後ろに飛び退いた二人が一気に距離を詰めるようと互いに向かって突進していく。

 繰り出す攻撃は両者共に乾坤一擲の突きだ。

 剣術による斬撃では勝機無しと見たセミリアは渾身の突きを放つタイミングを計っていた。

 それを察知した上で敢えて同じ方法での勝負に乗ったエスクロも同じく突きを放つ。

 まさにどちらの攻撃が先に致命傷を与えるか、そんな攻防だった。

 二人の距離が一気に縮まる。

 同時に剣を持った手が伸びきり、切っ先が相手の胴へと真っ直ぐに迫った。

 だが、本来の二人の力にスピードによる勢いが加わり、両者共に鉄製の鎧など貫いてしまうだけの威力を持った突きは僅かにエスクロの剣が早い。

 微かに上回る身体能力と腕の長さがその差を生んだのだ。

 しかしそれでも、セミリアは引くことも防御に転じることもしなかった。

 例え心臓を貫かれても、同じく相手の心臓を貫くことが出来ればそれでいいと思う気持ちに一切の迷いはない。

 もはや相手の剣がどこにあろうと目で追うこともせず、ただ自らの放つ突きの照準だけに全てを集中していた。

 それは今まさにエスクロの突きがセミリアの胸に届こうとした瞬間だった。

「なっ!?」

 突如、黒刀が弾かれたように向きを変える。

 不意の出来事に何が起きたのかを把握出来ないエスクロが咄嗟に衝撃を受けた方向に目を向けると、そこには離れた位置からこちらに拳を向ける少女の姿があった。

 黒刀を弾いた物の正体。

 それはみのりの拳が繰り出した衝撃破だった。

 二人が再び戦闘を始める中、みのりはなんとかセミリアの手助けが出来ないかと考え二人に近付こうとしたが、ぎりぎり思い留まる。

 この状況であのエスクロという男が自分に何かをしてくるとは思えない。

 だが、今あそこに割って入ったところで自分がセミリアの助けになることが出来るだろうかと考えると、むしろ邪魔をしてしまう可能性の方が高いのではないかと思ったからだ。

 武術の経験があるおかげか、二人の動きにも目が追い着いてきた。

 そして、恐らくエスクロは両手に装着したグローブのことを知らない。

 ならば―

 (きた)るべきタイミングで不意を突いた一撃を放つ。

 それが唯一にして最も効果的にセミリアを手助け出来る方法であるはず。

 そう思い至り、静かに目を凝らすことを決意する。

 そのタイミングとは即ち、勝負を決する一撃を放つタイミング。

 それは自らが培ってきた武術の経験が自然と理解させていた。

 日が暮れるまで訓練した昨日の感覚を思い出しながら、ただその時のために、みのりは全神経を集中して息を潜めていたのだ。

「小娘がっ……」

 攻撃を弾かれたエスクロは反射的に声を上げる。

 否。エスクロにはそれ以外に出来ることはなかった。

 すでに誰かを責めることも、悔やむことも、嘆くことも許されず、ましてや再び攻撃を繰り出すことはおろか防御する時間さえもエスクロには残っていない。

 何故なら間髪入れずにセミリアの突きがその身を貫いたからだ。

 どうにか身を捻り致命傷を避けるべく体勢を反らそうとしたがそれも間に合わず、甲冑を貫いた太い剣が身体の中心を貫通する。

「ぐ……がはっ……」

 根本まで突き刺さった剣をセミリアが引き抜くとエスクロは吐血し、よろめきながら緩やかに後退していく。

 傷口を手で抑えてはいるが、甲冑の下からは止め処なく血が溢れ出していた。

「力一つで言えば……貴様の方が上だったのだろう。だが、共倒れを覚悟して臨んだ私がこうして立っているのは偏に仲間のおかげだ。それが勝敗を分けた、それが私と貴様の差だった」

 立っていることもままならず、膝を突いたエスクロをセミリアが見下ろしている。

 みのりの横槍を予期していたわけではない。

 結果論としてのそんな言葉は、それを自覚してなおセミリアにとっての掛け替えのない事実だった。

 一人で勝てぬなら仲間を作ればよい。

 それは、かつて恩人に言われた言葉だ。

 セミリアはその言葉の意味を、心強さを今誰よりも感じている。

 仲間のおかげで命を拾い、仲間の力で強敵に勝利した。

 その事実がより一層セミリアに力と勇気を与える。

「ク……ククク……まさか俺が……こんなモンのために負けることになるとは……なぁ」

 エスクロは震える手でオーブを取り出した。

 だがそれをどうすることもなく、剣を支えにすることでどうにか倒れずにいた体も限界を迎え、力尽きるように地面に倒れるとそのまま手を離れたオーブが地面を転がる。

「先に進めよ……聖剣…………精々くたばるンじゃねえぜ……新時代が……お前を待って……いる……ぜ」

 それがエスクロの発した最後の言葉であり、最後の行動だった。

 ガクリと首や腕から力が抜け、一切の動きを失う。 

 その姿を確認し、セミリアはオーブを拾い上げてみのりの元へ向かおうとしたものの、既にみのりが駆け寄ってきていた。

「セミリアさんっ」

 まるで抱きつく様に、みのりはセミリアに飛び付いた。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「ミノリ……礼を言う。お主のおかげでなんとか無事で済んだ」

「でも……セミリアさんは怪我してて、わたしはいつも役立たずで……どうにかしなきゃって……」

「私は大丈夫だ、大したダメージは負っていない。それに、役立たずなどではないさ。お主や他のみんなが居てくれたおかげで私は今こうしてここにいるのだ。ミノリにもとても感謝しているのだぞ?」

「う、うぅ……ぐすっ……セミリアさん……」

「こらこら、泣くなミノリ。まだ闘いは終わっていないのだ。見てみろ、鍵が開いたようだぞ。二つ同時に開いたところをみると私達が一番最後だったようだが、それが皆も無事であることを証明している。さあ、みんなの所へ戻ろう」

 優しく微笑みかけるセミリアに、涙を拭ってみのりは頷いた。

 この旅の、この挑戦で一番の強敵を倒してのけた二人は肩を並べて出口へ向かう。

 試練を乗り越え、出口となる扉がこの先に待ち受ける最後の闘いへの入り口に変わったことを理解しながらも、どこか心強さや勇気が増したことを感じながら、鍵の掛かっていない扉を再び開いた。

 

 

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