【第十九章】 猫耳の少女
城を離れた僕はそのまま例の研究所へと向かっていた。
馬に乗り、来た時と同じく列を作り同一方向へひたすら何かを運んでいる町人達を横目に、だ。
そんな中でも緊張感が極限に達しているからか、ふと頭が冷静さを取り戻していく。
よく考えてみると町中を馬で走り抜けるというのは凄いことだよなぁ、と。今更ながらの自覚が芽生えるのは果たして冷静さのおかげか無自覚の現実逃避か。
日本では絶対にあり得ない、それは間違いないだろう。
そもそも日本で暮らしていれば僕が馬に乗れるようになること自体なかったはずだ。
この世界では馬に乗れないと移動もままならないという事情によるものだが、しかしまあ頑張って練習しておいてよかったものだとも今更ながらしみじみと思う。
と言っても周りの人達と比べると速度も全然出せないし、操縦の技術もまだまだ未熟なんだけど。
そんなことを考えながら、一人どんよりした空気に包まれた町を駆けていく。
馬での移動ということもさることながら雰囲気がそう感じさせるのか、シャツ一枚では肌寒いため途中で紺色のトレーナーっぽい服を購入し、それ以外は一切の寄り道をせずに目的地へと向かった。
十分か十五分が経ったぐらいか。
急激に建物の群れが途切れたかと思うと、その先にある荒れ果てた大地に出るなり見えてきたのは予想以上にホラー感満載の光景だった。
金網のフェンスに囲まれた石造りで横に広い建物は否応無く不吉さと不気味さを伝えてくる。
見るからにボロボロで廃墟と言って相違ない薄気味悪い全貌は、今から入っていくことに凄まじい躊躇いを抱かせると同時に勇気を振り絞ったところでどうにかなるレベルの話なのだろうかという疑問を遠慮無く頭に放り込んできていた。
とはいえサミュエルさんがいると聞いては引き返すわけにもいかず、サミュエルさんがいなくてもそれが条件だと言われては帰るわけにもいかず。
あからさまに城下に広がる町とは隔離された場所にある時点で安全さの欠片も無さそうな建物に一人で進むことに対する心細さが半端ないが、それでも馬を下り、金網にキツく結んで入り口を目指すことに。
数十メートル向こうには金網が扉になっている部分があって、見張り番なのか一人の女性が立っている。
話は通しておくから、とマクネア王が言っていたのでここでの一悶着はないはずだが……。
「よっ、お前が王さんが言ってた野郎か」
近付いていくと、やはり僕が事情を説明するよりも先に向こうから声を掛けてくる。
なぜかやたらと気さくな感じで片手を挙げるのはこれまたやはり若い女性だ。
城に案内してくれた人と同じく僕と歳の変わらない女性、ということは彼女も守護星とやらなのだろうか。
おでこを出したセンター分けの肩に届かない程度の黒髪にペイントなのか刺青なのか、右目の下に外から赤青紫の大中小の三つの星が並んでいる特徴的な見た目。
風貌はというと水色の半袖シャツ、下はショートパンツに膝までのロングブーツを履いていて、腰には青竜刀みたいな先端の方が面積のある剣が存在感を放っている。
何よりも目立つのは目の下の星ではなくヘッドティカと言えば分かりやすいか、インド人とかが付けているような赤と銀のチェーンのアクセサリーを額の高さに巻いていて、丁度眉間の上あたりに黒いガラスのような粒が付いているあたり案内役の人のブレスレットと同じくお洒落のためのものなのか武器やアイテムとしての効果を持つ物なのかが気になって仕方がない。直接僕の安否に関わりそうなことだけに尚更だ。
「中に入ってもいいと言われているんですけど……」
「ああ、聞いてるよ。昼過ぎにも無愛想な女を一人通したところだ、あんたもそれ関係なんだろ?」
「ええ……まあ」
「中にゃバズールやら何やらしかいねえってのに、一体何を考えてんだか。あの変人の王は基本的に私達への説明が足りてねえよ、そう思わねえ?」
「いや、僕はほとんど初対面みたいなものなのでそれは何とも言えないですけど……」
自国の王に対しても遠慮や容赦がないなこの人。
この女性、ボーイッシュな顔立ちが関係しているのかどうかは定かではないが、少なくとも口調や態度を見るに蓮っ葉な性格の持ち主らしい。
「そうなのか? ま、なんだっていいけどよ。私の仕事は通せって言われた奴だけを通す、それだけだ。何しに行くのかなんて知らねえけど、精々死なねえように気を付けるんだな」
そう言うと、女性は金網の扉を開き中へ入れと言わんばかりに道を空けた。
付け加えられた最後の一言も心配しているのではなく小馬鹿にした風ではあったが、それこそ彼女には何の関係も無いのだから文句を言える筋合いもないだろう。
ありがとうございます、と。
必要だったのかどうかもよく分からない一言を残し、それでも僕は金網の向こうへと進んでいく。
近くに来て初めて分かったことだが、建物自体も崩壊しつつあるのではないかと疑いたくなる程にボロボロで、もはやホラー特番とかで見る廃病院のような不気味さが施設のみならず外にまで充満しているかのような錯覚すら覚える気味の悪さだ。
町並み以上にどんよりした空気に足取りも自然というか必然と重くなるが、意を決して研究所へ向かって歩く。
四方を金網で囲っているからなのか、建物自体は誰かが見張っているわけでもなく、施錠してあるでもなく普通に入り口のボロボロの扉は開きっぱなしの状態だった。
とにかく不意に何かあった場合に備えての警戒と取り乱さないための心の準備に全てを費やしながら恐る恐る足を踏み入れると、予想通り中は中でボロボロになっており薄暗い中にも所々発光石が残っていて僅かに明かりがあるものの見通しが悪いことこの上ない。
壁も床も扉も、どこもかしこも崩れたり割れたりという具合で、ガラスも割れているしそうでない部分も大半が燃えた後であるかの如く真っ黒になってしまっている。
どんな心霊スポット巡りだと言いたくなるが、言う相手も居ないのでシーンとした建物の中を心細くも一人で探索しなければならないというのが悲しくもあり虚しくもある最悪な環境だ。
グランフェルトの牢獄探索然り、シルクレアの獄中体験然り、ネックレス時代のジャックがどれだけ精神的な救いになっていたかがよく分かる。
更に悪いことにここからは目的地への道筋は一切教えて貰っていないのだからもう救いがない。
『僕は地下施設の存在を知らなかったわけだから、必然そこへの行き方も知らなくてね。悪いけど、それは頑張って自分で探してね』
という無責任な発言をするマクネア王を恨む筋合いでもないのかもしれないが、恨み言の一つや二つは言いたくなって当然過ぎる。だって何一つとして「それなら仕方がない」とはならないもの。
「はぁ……」
とはいえ、いい加減ネガティブなことばかり考えていては気が滅入るので溜息一つで切り替え腹を括って捜索を開始することにした。
扉が無かったり外れて倒れていたりする小部屋を三つほど覗いて、これまた不気味な牢が並ぶ通路を通り抜けて、角を二つ曲がった時だった。
通路を進む先、進行方向にぼんやり人の姿が見える。
それも倒れて動かない状態の、である。
一瞬サミュエルさんかと鼓動が早まったが、少し近付いただけでそうではないことが分かった。
だからといって放置というわけにもいかず、僕は慌てて駆け寄る。
仰向けに倒れているのは下手をすれば僕よりも年下なのではないかという少女で、どういうわけか上半身は裸だった。
「もしもし、大丈夫ですか」
軽はずみに動かしてもいいものかと迷い、ひとまず肩を叩いて声を掛ける。
呼吸をしているようなので死んではいないようだが、頭を打ったりしていると下手に起こしたりしては不味いかもしれない。
誰も近づけないはずのこの建物の中でなぜ倒れているのか、とか。
なぜ上半身が裸なのか、とか。
疑問は尽きないが、それら全てを吹き飛ばす物が目の前に一つ。
本当の本当にどういうわけなのか、長くはない黒髪の少女の頭には耳が生えている。
分かりやすく例えるならば猫耳? みたいな、見るからに動物の耳だ。
「…………」
僕は夢でも見ているのだろうか。
いやいや、現実逃避からは脱却したばかりだろう。
魔族なのか?
それとも何らかの能力?
考えつく可能性はその辺りだが、勿論はっきりとした答えが見つかるはずもなく、もしもそうなら軽々に近付いては危険なのではないかと思い至った時、少女が声を発した。
どうやら意識を取り戻したようだ。
「んにゃ……」
「あ……だ、大丈夫ですか?」
「ん……大丈夫にゃ。ちょっと気を失っていただけにゃ」
「…………」
にゃっ、て……言った。
「えっと、取り敢えずその状態では色々と不都合があると思うのでこれを着てください」
言って、買ったばかりの上着を脱ぎ、ゆるりと体を起こす少女の肩に掛ける。
素直に受け取った少女は袖を通しながら、なぜか僕をジッと見つめていた。
「えっと、何か?」
「ひょっとしてひょっとすると……にゃーはボーイズラブにゃ?」
「え……」
ボーイズラブ。
僕をそんな風に呼ぶのは、この世界に限らず全ての世界でただ一人しか記憶に無い。
「もしかして……虎の人の知り合い、なの?」
驚きのあまり敬語もすっ飛んだ。
少なくとも外見は年上ではなさそうなので気にしないでおこう。
「にゃは、虎の人、懐かしい呼び名だにゃあ。やっぱりにゃーはボーイズラブだったにゃ。まあ知り合いといえば知り合いにゃし、知り合いじゃないといえば知り合いじゃない、というのが答えにゃ」
「……どういうこと?」
「その虎の人というのはにゃーの兄者にゃ、そういう意味では知り合いにゃ。にゃけど、その虎の人というのはにゃー自身でもあるにゃ。そういう意味では知り合いではにゃく本人ということになるにゃ」
「全然意味は分からないけど、ちょっと謎かけとかやってる場合じゃないから分かりやすく説明してもらえるかな」
「簡単に言えば、にゃーはここで作られた【合成獣】の一人なんにゃ」
「キメラ……」
「兄者と、妹のにゃーと、【氷炎猛虎】という魔物を融合して出来たのがにゃーという存在なのにゃ。【合成獣】であり【雌雄嵌合体】でもある、というわけだにゃ。だからあの時にゃー達と魔王とやらを倒す旅をしたのも兄者でありにゃー自身ということになるんにゃ、にゃーは兄者の中でちゃんと見てたにゃ」
「融合って……そんな非人道的なことが」
許されるわけが、ない。
それがこの研究所の姿……そういうわけなのか。
でも、だからって……そんな。
「そう思うのが普通の人間にゃ、にゃけどそれを我関せずで見て見ぬふりをするのも人間ってもんにゃ。それはそうと、ボーイズラブはなぜここにいるにゃ?」
「だからボーイズラブじゃないって……」
「レディーマスターはいないんにゃ?」
「うん、今回……というかあれ以来ずっと僕一人だから」
「ならにゃーはにゃーのご主人ということになるにゃ。レディーマスターの身内なら似たようなもんにゃ、二人はにゃーを助けてくれた恩人にゃからにゃ」
「ご主人と呼ばれる程のことでもないと思うけど……まあ、今はそれを議論している場合でもないから何だっていいんだけど、一つだけ言わせてもらえるかな」
「なんにゃ?」
「二度と僕のことをボーイズラブって呼ばないで」
「なんでにゃ? 可愛らしい顔にぴったりじゃないかにゃ」
「君が知らないのは仕方がないことだけど、その呼び方は僕の暮らしていた所ではとても不名誉で不謹慎な物なんだよ」
「そうにゃのかー、にゃらにゃーのことはご主人と呼ぶことにするにゃ」
一人称も二人称も『にゃー』だからいちいち分かりづらいな……猫耳ならぬ虎の耳が生えている理由も判明したとはいえ、なぜ虎なのに『にゃ』になるのか。
いやそれもどうでもよくて、
「それで、君の方はどうしてここに? というか、名前は無いって言ってたっけ」
「それは兄者が格好付けて口癖にしているだけにゃ。実際二人と一匹が融合してしまっているわけにゃから名前なんてあって無いようなものにゃけどにゃ。にゃー達の名前はちゃんとあるにゃ、ラルフって呼んでくれればいいにゃ」
「ラルフ、か」
「ちなみににゃーにゃー言ってるのはキャラでやってるだけにゃから気にしないでいいにゃ。融合させられたこととは無関係にゃ。兄者も一緒にゃ」
「あの、語尾にトラって付けるやつ?」
「にゃ」
いや、それなら是非やめた方がいいと思う。
言葉を理解するのに僅かながら無駄な思考時間が必要になってるから。
「で、にゃ。にゃー達がここに戻ってきたのは他の連中を助けるためなのにゃ」
そこで、ラルフという名であることが判明した少女であり虎の人は物悲しげな顔で俯いた。
ようやく真面目な話になるらしいと、引き続き聞いてみるとこれまたとんでもない事実が判明する。
「他の連中っていうのは?」
「ご主人が知っているかどうかは分からにゃいけど、ここは研究所だとか実験施設だとかって呼ばれていた建物なのにゃ。にゃー達みたいな存在を作り出すための、にゃ」
「怪しげな研究をしていたって話ぐらいは聞いたけど……確か魔王軍の管理下にあったんだっけ」
かつてリュドヴィック王に化けていたエスクロと対峙した時にそれとなく口にしていたのを聞いた覚えがある。虎の人は『施設に逆戻り』させる、というようなことを。
それがこの施設のことだったということに気付いたのは今まさにこの瞬間という具合だが、いずれにせよ邪神教の本部という存在も然り、魔王軍がこの国で好き勝手に謀を進めていたという話はサントゥアリオ戦線に参加した辺りで幾度となく耳にしている。
のだが、すぐさまその憶測は否定された。
「魔王軍というのは少し違うにゃ。奴らはここがぶっ壊された後に地下に移されていた合成獣やらバズールやらを狙ってきただけなのにゃ。結局バズールに返り討ちにされてしばらくは半ば放置状態になっていたにゃ」
「そうなんだ……ていうことは、元々はやっぱりこの国の人間が悪いことをするのに使っていたってこと?」
「それも違うにゃ。元を正せばこの建物を使っていたのはアルヴィーラ神国の連中なのにゃ。さすがに国内でこんな実験をしているのが漏れれば色々と不味いからにゃ、そこで外に漏れる心配の少ないこの国に秘密裏に研究施設を作ったらしいにゃ」
「アルヴィーラ神国……」
最近、ことさらよく聞く名前だ。
「ここでの研究や実験を取り仕切っていたのはあのイカれた開発者にゃ」
「いかれた開発者?」
「知らないかにゃ? 【悪魔の頭脳】と呼ばれている狂った開発者、その名もフローラ・バロンテイカーって女にゃ」
「悪いけど初耳だよ。で、その人が君をそんな風にした、と」
「そういうことにゃ。他にも実験体として捕らわれた人間がたくさん居たんにゃけど、それはここがブッ壊された時にいなくなったみたいにゃ。逃げたのか、保護されたのか、別のどこかに連れて行かれたのかは分からにゃいけど……」
「ふむ……」
「残ったのは地下に移されたバズールと、にゃーを含め四体の合成獣完成体だけだったにゃ」
「ラルフの他に三人も同じ様にされた人がいる、ってこと?」
「にゃ。一人は小型のドラゴンと、一人はエルフと、一人はスライムとマミーと、それぞれ融合させられたんにゃ。にゃーはマクネアって奴に逃がしてもらえたんにゃけど、他の連中は地下にいたままだったのにゃ」
「その人達を助けに来たってことか。それで、助けに来て助けることは出来たの?」
言うと、ラルフはゆっくりと首を振った。
「うんにゃ、にゃーよりも先に三人を解放した奴がいたにゃ。みんなあいつに連れていかれてしまった……というよりも、自らついていったにゃ」
「ある、男」
「マクネアから聞いていたから名前も分かるにゃ。確かレオン・ロックスライトとかいう奴だにゃ。他の三人はにゃーが居ない間に随分と前から奴に手引きされていたらしいんにゃ。そいつはにゃーも連れて行こうとしたんにゃけど、抵抗して襲い掛かったら返り討ちにあってしまったのにゃ……感覚的には二、三日は寝てたっぽいにゃ」
「レオン・ロックスライト、どこかで聞いた覚えがあるんだけど」
どうにも思い出せない。
どこで聞いたのだったか、誰に聞いたのだったか。
気のせいだと言われても納得してしまうぐらいに朧気な記憶なのだが……。
「それより、体は大丈夫なの? どこか痛い所は?」
「兄者は守備力が高いからなんとか大丈夫にゃ。ただ、今は傷を癒すためににゃーと入れ替わってるにゃ。用があるなら代わろうかにゃ?」
「ううん、休んでるならそっとしておいてあげて。ていうか、虎の人……いや、お兄さんとは自由に入れ替われるの?」
「替われるにゃ。兄者とは体の大きさが違い過ぎて毎回服がなくなるのが難点にゃけど」
「…………」
だから上半身裸だったのか……さっきまでのラルフも、あの時の虎の人も。
「ちなみに氷炎猛虎の姿にもなれるにゃ。今度背中に乗っけてやるにゃ」
「うん、いや、遠慮しておくというか、逸れた話はそれこそ今度にしようか。真剣な話の最中なんだし」
「それもそうにゃ……でも、にゃー達は負けてみんな行ってしまったにゃ。冗句の一つでも言ってないとやってられんにゃ……」
「ラルフ……」
「ここが潰れたならせめて自由になる権利ぐらいはあるかと脱走して機会を窺っていたんにゃけど、あいつらはみんなそれを選ばなかったにゃ。復讐や欲求に、或いは秩序の無い世界に惹かれてあいつに付いていってしまったにゃ」
「落ち込まないで、ラルフは間違ってなんかないんだから。それよりも、安全な場所に戻る? だったら一旦外までは送っていくけど」
「ご主人はどうするにゃ?」
「僕もそのマクネアって人に聞いて、ある人を助けにきたんだ。だから結構時間に余裕は無いというか……あの時一緒だったから知ってるよね、サミュエルさんって」
「んん~? …………………………ああ、あの口と性格の悪い小娘かにゃ」
「まあ、否定はしないけども」
「にゃーを匿ってくれていたのも、傷を手当てしてくれたのもそのマクネアって奴にゃ。 あいつは良い奴にゃ」
「そう言えばこの研究所を破壊したのもマクネア王だって話だっけか」
「そうにゃ。そもそもはそれもここで行われていた実験やら計画を阻止するためだったらしいにゃ」
「そういうことだったのか……メフィスト・オズウェル・マクネア、よく分からない人だな」
そういや軍属だったとか言ってたし。
「メフィストってのはこの国の王が名前の上に付ける称号みたいなものらしいにゃ」
「あ、そうなんだ」
何その謎システム。
「変な奴ではあっても良い奴だと思ってるにゃけど、ご主人は違うにゃ?」
「僕はまともに話したのは今日が初めてだからよく知ってはいないんだけど、世間では悪評だらけなんだよね? 国民に強制労働させてるって本人も言っていたし」
「強制労働??」
「見なかった? 町で男の人達が延々と何かを運ばされているの」
「ああ、あれのことにゃ。ご主人はどうやら誤解しているにゃ」
「どういうこと?」
「マクネアは数年前から城下の地下に広い空洞を作っていたらしいにゃ。理由は世界が破滅しても民が犠牲にならないようにするため、とか言ってたにゃあ。この国は王の命令で働く兵や奴隷がいないってことで民達に手伝って貰っているって話だにゃ。今やってるのは避難する時のために生活用品やら食料を運ばせているって何日か前に聞いたのは確かにゃ。全てはこの国の人間が無事でいるためにゃから、連中も不満なんてあるわけないにゃ」
「そういうこと……だったのか」
そんな説明、僕には一つもなかったのに。
誤解を解く必要性もないなんて言いながら、わざと誤解させるような言い方をしてるじゃないか。本当に、食えない人だ。
「まあ、あの人の印象の見直しは後でいいとして、とにかく僕はそのサミュエルさんを助けに行かなきゃいけないんだ。バズールって化け物と戦ってるらしくてさ。僕にはそのバズールが何かもよく知らないから助けに行くっていうのがどういうことなのかも実際問題しっかりとは理解してないんだけど」
「バズールというのは究極生物を作ろうという目的で生み出された化け物ってことぐらいしかにゃーも知らないにゃあ。結局は失敗して、御しきれもしない怪物が出来ただけに終わったもんにゃから地下に封印したってことだけは聞いているんにゃけど」
「そっか。でもまあ、無茶だろうと無謀だろうと行くしかないんだけどね。そうだ、その地下への行き方って知ってる?」
「勿論にゃ。にゃーが案内してやるにゃ」
「場所と行く方法だけ教えてくれればいいよ、ラルフだって休んだ方がいいだろうし」
「にゃにを生臭いことを言ってるんにゃご主人」
にゃははと、ラルフは笑って僕の肩をペシっとはたいた。
まるで僕が冗談を口にしたかの様なリアクションではあるが、冗談に聞こえるのはそっちの発言だろうに。
「……生臭い? ああ、水臭いってことね」
「それにゃ。ご主人が行くならにゃーもなら付き合うにゃ、兄者も文句無いはずにゃ」
「でも、悪いよやっぱり。ラルフを巻き込むわけにはいかないしさ」
「にゃーの心配は無用にゃ。ご主人一人を危険な場所に向かわせてしまってはペットとしての名折れってやつにゃ」
「いや、ペットって……」
「ご主人は恩人にゃ、猫っていうのは意外と義理堅い生き物なのにゃ」
「ラルフの中にいるのは虎の魔物だってさっき自分で言ってなかったっけ?」
「似たようなもんにゃ、気にしたら負けにゃ」
押し通し方が雑過ぎる……。
「兎にも角にも、いや、虎にも牙にも時間が無いんにゃら押し問答の時間ももったいないにゃ」
それは確かにそうだ。
「分かった、じゃあ案内をお願いするよ」
「お願いされたにゃ」
「でも、危なくなったら逃げてね。危険さはラルフの方がよく知ってるんだからさ」
「それを言うならにゃーの方がご主人の数倍強いにゃ。ご主人が逃げる手助けはしてもご主人を置いて逃げるような真似はしないにゃ。虎っていうのは意外と義理堅い生き物なのにゃ?」
「聞かれても……」
とまあ、予期せぬ再会を果たし、更には色々と予想外の真実や知らなかった事実を知ることとなったが、二人でサミュエルさんがいるという地下室へと向かうこととなった。
本当に、まさか虎の人と再び出会うことになるとはと今でも思う。
しかも今目の前に居る年端もいかない(ように見える)少女がその妹で、その上同一人物と化しているというのだからもう滅茶苦茶だ。
そんな人権を無視し倫理に悖る人体実験が許されるだなんて……いや、許されないからこそ今は潰れてしまったのだろうけど、それでも本人の前では口にしないだけで憤りや嫌悪感が溢れ出てくるようだ。
ラルフが軽口を挟んで空気を和らげていなければ、それこそ憎しみを抱いてしまいそうになるぐらいに。
「ちなみに、ラルフは何歳なの?」
「人間の歳で言えば、にゃーは十五歳で兄者は二十二歳にゃ」
本当に、世も末だ。
笑顔で語りかけてくるその姿が、奇跡に思えるぐらいに。