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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑧ ~滅亡へのカウントダウン~】
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【第十八章】 閉ざされた国

10/26 話数の間違いを訂正→十八章



 事前に聞いていた通り、船に乗り込んだ僕達が目的地に到着したのは日が暮れ始めて間もなくした頃だった。

 雲が多い空はオレンジ色に染まり、明確に時の進行を示している。

 ボートという程ではないが、それでも比較的小さな帆船で海を渡る数時間は特に操縦しているおじさんとの会話もなく、速度に対する焦れったさを感じながら静かに過ぎていった。

 どうしても馬と比べてしまうせいか走った方が早いレベルのスピードは時間が無いという状態ではどうにも心理状態によろしくない気がしてならない。

 他の船など一隻も見掛けることなく、どこまでも無限に広がる海一色の景色が色々と余計なことまで考えさせている中、そんな焦る気持ちも、先行きを憂う不安も、それでも挫けてたまるかという使命感も、遠くに見えてきたそれ(、、)が全てを吹き飛ばした。

「なんだ……あれ」

 思わず声が漏れる。

 到着を告げるが如く視界に飛び込んできたのは、言ってしまうならば壁という他に表現のしようがない物だった。

 まるでサントゥアリオ共和国の王都と同じ様に、ぐるりと巨大な円形に石のブロックを積み重ねて作ったと思われる壁が広がっている。

 都市とか、町ではなく国単位を城壁で覆っている……ということなのか?

「あれが、フローレシア王国なんですか?」

 ほとんど無意識に、ここにきて初めて後ろで舵を握っているおじさんに声を掛けていた。

 僕を得体の知れない人物だとでも思っているのか、あちらもあちらで自発的に話し掛けてくることは一度もないままでいる。

「そういうこと、らしいね。まったく、あんな物騒な所に何の用があるのかしらねえが、本当に大丈夫なのかい」

 敢えてその問いを無視し、僕はそのまま目の前にある壁を眺め続ける。

 船が近付いて行くに連れてその異様さが増していくかのようだった。

 本当に海の上に伸びる高い壁がどこまでも続いていて、やはり円形に広がっているらしく城郭都市と同じで国その物が城壁で覆われているという推測に間違いはなさそうだ。

 そして、傍まで来ることで初めて分かったのだが、その一部に小さな門が見えている。

 なるほど……あそこから国への出入りを行っているのか。

 それが分かればやることは一つ。見た目だけで相当に日和りそうになるぐらい不気味な印象しかないが、引き返すわけにもいかない。

 僕はおじさんに門の存在を伝え、そこに向かってもらうことに。

 こんな小舟ならいざ知らず、大きな船では通ることが出来ないのではないかというぐらいに城壁の大きさに比べて小さな門だ。

 外部の人間が入国するのはまず不可能だという国だ。大きな船など出入りする必要がない、ということか。

「……ん?」

 チクチクと全身を刺す緊張感が明確に肌に伝わってくる。

 息を飲み、唾を飲み、今度は何が出てくるかと全ての神経を警戒に費やす中、どういうわけか船を寄せるよりも先に目の前で門が開いた。

 少し考えれば僕達が近付いていることが察知されていたという答えに行き着くが、だからこそ問答無用で攻撃されなかったことに安堵し、その危険性に今更気付いた自分が間抜けに思えてならない。

 後ろではおじさんが小さな悲鳴を上げているが、僕が前に立っている以上何かあってもどうにか最初の一撃ぐらいはどうにかなるはず。

 としか今は言えないが、どうやらひとまずその心配はなさそうだった。

 すぐに門が完全に開き、その境界の向こう側が露わになる。

 そこに立っていたのは一人の女性だ。

 歳は僕よりも一つ二つ上ぐらいだろうか。

 茶色いショートヘアの若い女性で、白い刺繍が所々に施されているボタンの付いた黒い服にへその辺りに服の上から巻かれた白く太いベルト、そして同じく黒いズボンにブーツという格好は普通の服とは程遠く、かといって戦装束という感じでもなく、どこか軍服を連想させる厳つさを感じさせた。

 両腕には金色のブレスレットが見えていて、武器こそ持っていないようではあるがここ最近の経験からして腕のあれが(ゲート)であれば何の安心材料にもならないと分かっているだけに微塵も気が抜けない。

 というか、それ以前に鋭く威嚇する気しかないであろう敵意剥き出しの視線がこちらからのコンタクトを自重させている。

「何者だ!」

 大きな声が響く。

 またしてもおじさんが情けない声を上げていたが、ここで僕が怯んではいけない。

「ユノ王国女王ナディア・マリアーニの遣いで来た者です。こちらの国王に話があって参りました。これがその証明です」

 言って、ネックレスと封筒に入った手紙を差し出す。

 女性は数秒それに視線を向けたが無言のまま手に取った。

 そしてまじまじと真贋を判別するかのように眺め、続けて僕を睨み付ける。

 胡散臭いとでも思われているのだろうかと居心地が悪くて仕方がないが、それでもジッと視線を返すことしか出来ない。

 言葉を待つ少しの間を経て、女性はそれを僕に押し返した。

「入れ。ただし、貴様一人だ」

「分かりました。おじさん、送ってくれてありがとうございました。ここまでで十分ですのでどうぞ引き返してください」

 さすがにこれ以上巻き込むのは不憫だし申し訳ない。

 もう帰る方法なんて後で考えればいいだろう。

「あ、ああ……じゃあ、兄ちゃんも気を付けてな」

 門の奥にある木の板みたいな地面に足を降ろすと、おじさんはあからさまな愛想笑いを浮かべてサッサと引き返す用意をしていた。

 その姿を見届けることなく門が閉じ、僕の視界は遮られる。

 改めて見渡してみると陸地ではなく人工的に作られた橋の様な物の上に立っていて、人が通るための道と船が入るための海の部分が半々になって奥へと続いているようだ。

「余計な問答は受け付けん。黙って付いてこい」

 くいっと、動かした首を奥に向けると女性は返事を待つことなく背を向け歩いていく。

 一人この場に残り、足を踏み入れた時点で黙って従う以外に僕に選択肢はない。

 少し歩き木の足場ではなく土の陸地に辿り着くと、その先には二頭の馬がいて、再度女性は顎でその内の一頭を差し自分ももう一方の馬へと跨った。

 問うまでもなく、この馬を使えということだろう。

 その通りに馬に飛び乗ると、やはり女性は何も言わずに発進した。

 幸か不幸か、馬の乗り方を教わっていてよかったなぁ。なんて現実逃避な感想を抱きながら会話も無いままに縦列を組みその後ろを走る。

 その中で遠くに見えていた町中を通り抜け、更に遠くに見えている城を目指していることを理解したが……どうにも予想していたのとは少々違った風景が続いていた。

 城壁で囲んでしまえるぐらいだ。

 外から見てもそこまで大きな国ではないということは何となく分かっていたのだが、相応に文明、文化という意味でもそれに比例して発達が進んでいないとでもいうのだろうか。

 町は大きく、左右にひたすらに家屋の群れが続いているのだが、例えばグランフェルト王国、例えばシルクレア王国やサントゥアリオ共和国といった実際にこの目で見た大国と、或いは先程までいたフェノーラであったり足を踏み入れた経験のあるゴーダ王国なりウェスタリア王国と比べても大きく劣り、ほとんど村や集落と言っていい程に木や藁で作った様な家ばかりだ。

 店らしき店も家の数に見合わぬ少なさで、更に言えば広さの割に賑わいの欠片もなく、どこか沈んだ空気と重苦しい雰囲気だけが辺りを包んでいるようでさえあった。

 そして何よりも僕の気分を重くさせるのは、すぐ横を通る人々の列である。

 年齢様々な男達が例外なく山程の荷物が乗った荷台を引いており、同じ方向に向かってノロノロと進んでいる。

 何を運んでいるのかは荷物に布が被せられているため不明だが、その様はさながら奴隷労働という言葉を頭に思い起こさせる光景だった。

 やはりロクな国ではないのか。

 こんな所で本当に助けを得ることが出来るのか。

 より不安が増していくが、それでも馬は城へと近付いていく。

 こちらも大国とは全然違っていて、いつか見たサントゥアリオのスコルタ城塞ぐらいの規模しかない小さな城だ。

 城門の前で足を止めると馬を下り、今度は徒歩で城内へと僕達は進んでいく。

 建物の中にこそ侍女らしき人達が行き交う姿があったが、門番がいるでもなく凡そ兵士と思しき人間は一人としていない。

 早足で歩く軍服風の女性の後に続いて階段を上がると、二階にある一つの部屋の前でようやく立ち止まった。

「ここで待て」

 そう言って、女性は一人で部屋の中へと消えていく。

 返事をする前に行動に出ることも、ノックをせずに入っていくことも、あの人の立場が許すものなのか単にあの人の人間性がそうさせるのかがそろそろ怪しくなってきた頃合いではあるがともかく、僕は一人黙ったまま突っ立って待つしかない。

 そもそもこの国に入ってからというもの一言も喋っていないのだが……。

「あ……」

 言ってる間に初発言が終わっていた。

 ただの一文字ではあったが、それを誘発したのは不意に開いた目の前の扉である。

「入れ、中に王が居る」

 ここまで案内してくれた女性は一言それだけを残し、そのまま立ち去っていく。

 王が居る。

 にも関わらず一緒に中に入らない?

 どういうことなのか想像も付かないが、しかしそれを問う相手はもはや目の前から消えている。

 若干の逡巡を挟み、それでも僕は扉に手を掛けた。

 一つ息を吐き覚悟を決めて室内に入ると、所謂玉座の間という空間であることが一目で分かる光景が広がっている。

 そう大きいわけでもない部屋の奥には豪華さの伺える椅子が置いてあって、そこに一人の男が座っていた。

 気怠そうに、崩した体勢で、だ。

 他に人影は無いが、一応の警戒をしつつ近付いていく。

 そして王の眼前まで歩き、そこで足を止めた。

 目の前に居るのはこの国の王。

 確か名前はメフィスト・オズウェル・マクネア。

 いつか見た時と同じ、ボサボサの髪と無精髭が不潔感を抱かせる悪い言葉で形容するならばどうしても『小汚いおっさん』という風貌をしているが、顔立ちを見るに思っている程年を食っているわけではないのかもしれない、とも感じられる。

 フカフカのファーみたいなのが付いたマントこそ羽織っているが、服装自体は茶色い七分丈の上下であることもそんな印象になってしまう理由の一つかもしれない。

「おや? 君は確かサミットの時の」

 まず自分から挨拶と自己紹介、そして訪ねてきた目的を述べるべきだろうと口を開こうとするも、先手を打ったのはマクネア王だった。

 いや、それよりも……、

「僕を……覚えているんですか?」

「覚えているさ。あの時はああ言ったけど、どうにも人の顔を忘れるのが苦手でね。確かグランフェルトの人間だと聞いた記憶があるけど、その君がどうしてマリアーニ王の遣いとしてやってくるのかな? ま、それもどうでもいいか」

 特に敵意や警戒心はなさそうだ。

 おかしな態勢や怠そうな声色がそう思わせているだけでなければ、だけど。

 それでもこっちが警戒を解くわけにはいかない。

 この人は魔王軍に協力して邪神復活の手助けをした。

 謎の研究所とやらで怪しげな実験をしているとも聞いた。

 何よりも今回の一件において、天界の目論見を黙認した謂わば共犯者だ。

 どうしたって良い人だと認識を改めることなど出来ない。

「こちらの用件を述べさせていただいても?」

「それはもう聞いたからいいさ、二度手間は御免だ。持ってきた物を見せて貰えるかい?」

「分かりました」

 今一度ネックレスと手紙を取り出す。

 しかし、マクネア王は広げた手をこちらに向けた。

「王章は結構だよ。手紙だけ寄越してくれればいい、そろそろこうなるだろうと予想していたし今更目を通すまでもないんだろうけど」

「…………」

 手紙の方だけを差し出すと、マクネア王は今度こそ素直に受け取った。

 封を解くと、いかにも流し読みといった塩梅で数枚の羊皮紙に目を通していく。

「どうやら、君は僕の事が嫌いみたいだね」

 嫌悪感が表情や視線に出てしまっていたのか、マクネア王は紙に目を向けたままそんなことを言った。

 下手に機嫌を損ねてしまえば不味いことになる。

 そう思ってはいても、命を弄ぶ行為に対しての憤りのせいで演技であってもそれを否定するための言葉が口を突くことはなかった。

「嫌いというわけではありませんが、どうしたって良好な関係を築きたいとは思えませんね」

「聞きかじりの知識で人を判断するものじゃないよ。ま、君の誤解を解く必要性も感じないけど。君はこの国が何を守っているか知ってるかい?」

「天門……ですか」

「そう。つまりは王なんて名ばかりの神々の傀儡というわけさ、この名を背負っている限りはね。この国を外部の全てから守る、僕が王として許された役割はただそれだけだ」

「仮に王としての役割がそうだとして……今回の一件も、邪神の件も、研究所やシルクレア王国との悶着だって、正しいこととは到底言えないでしょう」

「言えないと主張する権利すらない、ということさ。今回の一件だって同じだ、僕に口を挟む権利はない。あの研究所に入る権限もない。武力を以て押し入ろうとすれば排除する、というのはこの国に限らず当然の権利だと思うけどね。邪神教のことに関しても、僕は関与出来ないからこそこの国の人間を巻き込まないことだけは約束させた。とはいえ、外部の君がそれを知っているはずがないんだけど、それもマリアーニ王から?」

「いえ、そういうわけでは。単に僕自身が勝手に得た知識というだけで」

「ふーん。ま、いっか。兎にも角にも、君が訪ねてきた理由も、マリアーニ王の要望も理解はした。君が僕をどう思うかはどうだっていいけど、一連の騒動を見て見ぬふりというのもいい加減ストレスだったし、力を貸してあげるよ」

「き、協力してくれるんですか?」

「そうじゃないよ。言葉の通りだ、力を貸してあげる。この国が誇る守護星達をね」

「……守護星?」

「この国唯一の兵力さ。君をここまで案内して来た子もその一人だ。きっとあの子達ならクロンヴァール王が率いる大軍相手にも互角以上の戦いをするだろう。元々は五人だったんだけど、ちょっとした事情で今国にいるのは四人だけだ。せっかく五人いるんだから名前も数字の五を取って【守五星】にしようと思ったんだけどね、ダサイって言われちゃったよ」

「…………」

「と言っても、勿論タダというわけじゃあないけど。交換条件を飲んでくれれば、ということでどうだい?」

「交換……条件」

 さすがに一国に対して、一国の主に対して無条件で協力を仰ぐのは虫が良すぎる、か。

 そればかりはこの人の人間性云々の話はそこまで関係ない。

「難しいことじゃないよ、理屈はね。一人の少女を助けてあげて欲しいんだ」

「少女とは?」

「君はグランフェルトから来たと言っていたね」

「元々は……そうですけど」

 今ここでそう言った覚えはない。

 恐らく、最初の一言も含めかつてのサミットの時に交わした会話を指しているんだろう。

「だったら、もう一人の勇者って知ってるよね?」

「もう一人の……勇者。それは、サミュエルさんのことですか?」

「ご名答。そういう風に呼ぶってことはそれなりに近しい関係なのかな?」

「それなりにはというか、長くはなくとも色々と深い付き合いだとは思っていますけど。と言っても、そう思っているのは僕の方だけなんでしょうけどね。というか、サミュエルさん側が親しい間柄だと思っている人間なんてそもそも存在しない気もしますし」

「ま、あの子はそういう性格だよね」

「それで、サミュエルさんがどうしたんですか?」

「あの子は今、この国にいる」

「……へ?」

「何をしに来たと思う?」

「何をしにって……」

 そんなの、決まっている。

 グランフェルトを出る前に聞いたばかりじゃないか。

「それは……バズールとかいう怪物を倒すため」

「そう、だけどそれは簡単じゃない。ないんだけど、僕が言っても聞く耳を持ってくれないからね。ちなみに、僕と彼女の関係は知っているかい?」

「昔の知り合いだと教えてくれたいくつかの名前の中にあなたの名前があったことは覚えていますけど、それ以上のことは。誰かに師事していたという話でしたか」

 そういえば、その中にはエルの名前も含まれていたんだっけか。

 

 アンタみたいな裏切り者―


 随分と前の記憶がふと蘇り、頭の中で再生される。強烈なインパクトとして未だ覚えていた、あの時のサミュエルさんの台詞だ。

「へえ、君は色々と知っているんだねぇ。あの子はそう言うことを人に話したりしないと思っていたけど。さておき、彼女がバズールと戦う理由は、世界を救うためなんかじゃない。【人柱の呪い(アペルピスィア)】とは無関係に、こうなる前からずっと彼女はバズールを討つことを考えていた。それだけのために力を欲していた」

「こうなる……前から」

 その辺りの話は、僕は全くと言っていい程に聞いたことがない。

 強さに固執していることは勿論幾度となく言動から感じてはいたが……。

「バズールは研究所の地下に封印されている。さっきも言ったけど、僕は研究所に近付くことは許されない。魔王軍だったりアルヴィーラ神国の連中だったりが出入りしては舐め腐った研究をしていたのを知った上でだ。そしてもう一つ、僕はかつてあの研究所を破壊したことがあってね。合成獣(キメラ)実験の被験者達を逃がすことはほとんど出来なかったけど、それでも終わらせることだけは出来たと思っていたんだ。だけどそうじゃなかった。完成体やバズールが地下施設に移っていたことを知らなくてね。実験自体は一時的に止めることが出来たけど、そのせいであの子はバズールに妄執するようになった。つまり、僕のせいだとも言えるというわけだね」

「どうして、研究所を破壊することがサミュエルさんがバズールに固執することに繋がるんですか?」

「後から知った話だけど、あの子の父親が研究所の関係者の一人だったようだ。その後どうなったのかは僕にも分からない。なぜそれが彼女を固執させることになったのかも僕は知らない。だけど、だからといって放っておくことも出来ないとは思わないかい?」

「あなたがどう感じているかはともかく……危険が伴って、サミュエルさんが危険を省みず無謀な戦いを挑もうとしているなら放っておきたくはない、とは思います」

「それで十分だ。話が長くなってしまったけど、あの子を助けてやってくれ。それが君達に力を貸す条件だ」

「そんな交換条件がなくとも、知ってしまった以上は行くに決まってるじゃないですか。僕なんかじゃ助けにもならないかもしれませんけど、それでも放っておけるわけがない」

「なら、交渉成立だ」

「一つだけ、聞いてもいいでしょうか」

「なんだい?」

「どうしてそこまでサミュエルさんのことを思っていながら自分で行かないんですか」

「言ったろう、この一件が天の意志である限りこの国の王である僕は手出し出来ない。例えどれだけ反吐が出る程のクソったれた陰謀であろうとね。当時の僕はただの軍属だったけれど、今は立場というものがあるんだよ」

 さあ、お喋りはここまでだ。

 そう言って、マクネア王は一方的にその研究所とやらの場所を説明し始めた。

 確かにどちらの事情を取っても悠長にしている時間はない。

 僕は黙って位置情報を頭に入れ、そして話の終わりと同時に出発することとなった。

 一言の挨拶だけを残して背を向け、玉座の間を後にする。

 その途中で一度、足を止めた。

「最後に一つだけ、聞かせてください」

「何なりと」

「町中にいた人達は……何をしているんですか?」

「強制労働さ、かれこれ数年は続いているかな」

「…………」

 サミュエルさんのことを心配し僕に託した辺り少なからず良心や人間らしさを持っている人なのかと思いそうになったこともあったが、やっぱりこの人はロクな人間じゃないに違いない。


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