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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第十三章】 最終決戦へ

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 1/5 台詞部分以外の「」を『』で統一

 ゴシック・ロマンスというジャンルの小説がある。

 十八世紀の終わりから十九世紀にかけて流行した中世ヨーロッパ発祥のSFやホラーの元となった娯楽小説だ。

 ゴシック風の古城や寺院などを舞台に信仰や伝承を元にした、例えば吸血鬼や幽霊、破戒僧などの怪奇を描いたものが主となっていて、現代においてもオペラ座の怪人、フランケンシュタイン、ドラキュラなどの有名作品は日本でも広く認知されていることだろう。

 ゴシック・ロリータというファッションも、元を正せばここからきていることを現代人がどれだけ把握しているだろうか。

 若干話が逸れてしまったが、なぜ急にそんなことを長々と解説するのかというと目の前にある物を何かに例えようとしたときにそれ以上に適した表現が見つからなかったからである。

 僕達は一人と欠けることなくセミリアさん、サミュエルさんを先頭に目的地であるその建物の前に立ち、その全容を見上げていた。

 名をラグレーン城というらしいこの古びたお城は百年以上も昔に使われていた廃城だとのことだ。

 先日訪問したグランフェルト王家の住む城よりもさらに大きく広大ではあったが、まさにゴシック小説に出てくる古城の様に風化し黒く朽ちていて昼間であるにも関わらず薄暗い雰囲気に覆われている。

 周りにコウモリが飛び回っていないことが逆に違和感を感じさせるほどに危険な匂いがプンプンしていた。

「さすがに……気味悪いわね。なんていうか、一昨日のあれとはまた違った空気だしさ」

 ()()()()の誰もが言葉を失いつつある中、最初に口を開いたのは春乃さんだった。

 それもそのはず、正直に言ってこうして建物の前に立っているだけでも危険なことをしている自覚が芽生えてくるレベルに不吉さが伝わって来る。

「なんつーか、ただの建造物だってのにラスボス感がハンパねえな」

 返事をしたというわけでもなく、高瀬さんも独り言の様に漏らしている。

 今からここに入っていくのだと思うと、それはもうネガティブな感想しか出てこないわけだが、思いの外みのりは怖がっていない様に見える。

 この間の地下牢獄も然り、こういうホラーな雰囲気は一番嫌いだったはずなんだけど……。

「みのり、大丈夫?」

「うん。一昨日ほど怖くはない、かな。それに……見えない物にビクビクしてちゃ駄目だって決めたから」

 そう言ったみのりの目には決意がありありと表れていた。

 いつの間にそんな男らしい決心を……昨日僕が居ない間に何があんたんだろう。

 ノスルクさんの指導の下に修行というか訓練をしていたはずなんだけど、その時になにか自信を付けるきっかけとなる出来事でもあったのだろうか。

 元々みのりと春乃さんが同行することに反対した僕としては驚く他ない感じだ。勿論そんな進言は怒りの却下を食ったわけだけど。

「ふん、見掛けにビビってんじゃないわよ。どうせ中に居るのはアイツだけなんだから」

 ボソリと、サミュエルさんが言った。

 大層気に食わなさそうなその態度は、セミリアさんも含めて幾度となくここに来ては敗北している過去があってのことなのだろう。

 僕達もそうだが、このノスルクさん製の首飾りがあるおかげで負けても死ぬことだけは回避出来る。

 だけど、それは言い換えれば負けてしまうことによってその挑戦が終わることはないということであり、彼女達が背負う使命は魔王という存在に勝利しこの国に平穏を取り戻すまで半ば永遠に続くということだ。

「あいつ、というのは魔王という存在のことですか?」

 僕は問う。

 これだけ広い城に魔王一人ということはないんじゃないだろうかと思えてならなかった。

「そうよ、アイツは手下を傍に置くようなことはしない。もっと言えばこの国に巣食う魔物どもを指揮するようなこともしなければ自分から人間を滅ぼそうとすることもない。ただ野に放って放置してるだけの何考えてるか分からないヤツなのよ」

「なるほど、そういうタイプなんですか」

 漫画やゲームで知る魔王とは随分と勝手が違うものだ。

 しかし言い方を変えれば僕達にとっては相手が魔王一人に限られるというのは光明にも思える。

 魔物というのは主たる存在を失えば独自に猛威を振るうようなことはないらしく、この場合においてはその魔王を倒すか追い返せば本来その指揮下にいる化け物達も完全にとまではいかなくともこの国から居なくなるだろう、ということだ。

 だが、不安材料が一つ。

 今までがそうだったとしても、今日に限ればこの城の中にいるのは魔王一人ではないのだ。

「サミュエル、伝えるタイミングが無かったが今回ばかりはシェルム一人が相手というわけではない」

 代わりにセミリアさんが言ってくれたので、続きは僕から説明するとしよう。

「どういう意味よクルイード。他に誰が居るってのよ」

「魔王の配下の、しかも幹部であるらしい刺客が待ち受けているとのことです」

 エスクロという地下牢獄でやりあった剣士。

 ギアンという王様に成り代わっていた老人。

 少なくともその二人は居ると見ていい。シェルムという名の魔王の配下であると、確かに聞いた。

「そいつらがここで待ち構えてるっての? 何でそんなことが分かんのよ。ていうか先に言いなさいよ、そういうことは」

「すいません、セミリアさんが言った通り説明するタイミングが無かったもので……ただ事実であることは間違いないと思います。そのエスクロという男本人が言っていたということなので」

「あっそ。まあいいんじゃない? 幹部クラスの魔族ならまとめて始末しないと後々面倒だろうし」

 丁度いいわ、と。

 サミュエルさんは大したことではないように続ける。

 いつにも増して、というほどの長い付き合いがあるわけでもないが、しかし毎度のことながら一人だけ緊張することもなければ不安も恐怖も感じさせない佇まいである。

 昨日の夜も何度も言っていた。


【やるかやられるか、ただそれだけのこと】


 この言葉以上でも以下でもない、という意識の表れなのだろうか。

「つまりは中ボスと魔王を倒せばハッピーエンドってわけだな?」

「簡単に言うけど、あの黒い奴一人でもセミリアと互角みたいな感じだったのよ? 第一そのマオーはこの二人でも勝てなかったわけだし油断してたらヤバいって絶対」

「別に油断はしねえが、今までは勇者たんもサミュたんも単体で挑んでたわけだろ? そこに修行によって進化した俺様やその仲間達に加えてゲレゲレがいるんだ。負けるわけがねえ」

 そんな高瀬さんと春乃さんの言葉は、どちらももっともな意見だ。

 油断など絶対に有り得ないが、二人が過去に挑んだ時とは状況は大きく違うというのも事実。恐らくそれは向こう側も同じだろうけど。

「カンタダの言う通りだ。一人で戦っていた今までとは大きく違うのだ、奴の言う通り私はこれが最後の戦いのつもりでいる。勿論ハルノの言う通り気を抜けないことは大前提だがな」

「して勇者よ、そのシェルムとやらの居場所は把握しているトラか?」

「うむ、一番奥にある玉座の間が奴の部屋代わりとなっているようだ。乗り込むたびにそこにいることを考えても間違いないだろう。その部屋まではただ真っ直ぐ進むだけで辿り着くことが出来る。途中いくつか広間はあるが、脇の部屋などは放っておいていい分だけ辿り着くだけのことに苦労はしないだろう」

「ふむ、それだけでも過去に積み重ねた闘いは無駄ではなかったということだトラな」

「うむ? それはどういう意味だ?」

 セミリアさんは合点がいかない様子で、言葉の主である虎の人ではなく僕を見た。

 なんだかここ最近参謀どころかただの解説役という地味なポジションに落ち着きつつある気がしてならない。

 結局推論を語りたがるあたり性に合っているのかもしれないけど……。

 というわけで解説。

「要するに、先日のように探索する手間がないだけでも今の僕達にとっては随分とプラス要素である、ということじゃないかと」

「そういうことだトラ。初めて来るオイラにしてみれば僥倖と言える。もっとも下級魔族が行く手を阻む心配がないのであれば違いは体力ぐらいのものだろうがな…………トラ」

「なるほど、そういう意味であったか。しかし、例え体力一つだとしても温存しておくに越したことはない。敗北を誇ることなどあってはならないが、今日この日のために役立ったというのであれば少しは救われるというものだ」

『だがクルイードよ、今までは魔王のところへ直行していたんだろう? さっき相棒が言ったが、今日はその幹部とやらが待ち構えてるんだ。トラ助の言う行く手を阻まれる心配がねえってのはちと勝手が違うぜ?』

「それは承知の上だジャック。サミュエルも言ったが、どのみち倒さなければならん相手である以上避けては通れまい。元より奴等に勝てないようでは魔王を倒すことなど出来ん」

『そりゃごもっとも、だな』

 分かっているならそれでいい。といった口調のジャックの言葉は『気を緩めるな』『油断するな』そんな忠告であり鼓舞に聞こえた。

 今まではセミリアさんやサミュエルさんが一対一で魔王に挑んできた。

 だが今はその二人が肩を並べ、加えて僕やみのり、春乃さんに高瀬さん、ジャックに虎の人がいる。

 対する相手もまた、今まで通りではないのだ。

 その時点で『今まではこうだった』という理屈が必ずしも通用するとは限らない。

 そういうことを言いたかったのだと思う。

「ちょっと! いつまでもあーでもないこーでもないって言ってないでさっさと行くわよ。時間が勿体ないわ」

 サミュエルさんがイラつき具合を隠そうともせず、話を遮る様に僕達の間に割って入ってきた。

 待つことが嫌いだからとか、群れることが嫌いだからとか、苛立つ理由は色々想像出来そうだけど一番の理由は逸る気持ちに昂ぶる感情の表れなのだと目に見えて分かる。

 サミュエルさんとて幾度となく、長きに渡って打倒魔王を目指して戦いを続けてきたのだ。

 宿命を胸に、人々の希望を背に、それぞれその身に秘めて一人武器を振るった時分と比べて、例え言葉や表情に出さずとも何か心持ちに変化があるのかもしれない。

「よし、では行くとしよう。何度も言うがこれが最後の闘いだ。必ずやこの手で栄光を掴み取る……どうか私に力を貸してくれ。この国の未来の為に」

 決意じみた表情を添え、セミリアさんは右手を差し出した。甲を上に向けて。

 春乃さん、高瀬さん、みのりあたりはその意味が分かっていないらしく、目をパチクリしながらその手を眺めているのでここは僕が空気を読んでおくとしよう。

 そっと、セミリアさんの手の上に自分の手を重ねる。

「僕には大したことは出来ませんし、国とか未来なんて背負う度量も器量もないので、せめてみんなの無事を見届けるために出来る全ての事を」

「オイラは異端の身だが、奇縁でこそあれ恩義に報いる為、その心意気に付き合おうトラ」

 重ねた手の上に虎の人がゴツい手を乗せた。

 よろしく頼む。

 そうセミリアさんが微笑したのを見て、春乃さんと高瀬さんがハッとした表情になったかと思うと、慌てて手を出してくる。

 我先にと差し出した手は僅かに春乃さんが早く、高瀬さんの手が一番上になった。

「ヘヘン、あたしの勝ちね」

「うるせい、こういうのは後であれば後であるほどなんか主力っぽいポジションだろが」

「どーだか。チョーシこいて『俺に構わず先に行け』ポジションになるんじゃないわよ」

「なってたまるかってんだ。どうせなら『もう何も恐くない』と解放された心を持って相手に突撃してやるぜ」

「どんだけ魔法少女好きなのよ。しかも結局死ぬポジションだし。ま、こんなおっさんは放っておいて」

 そこまで言って、春乃さんは顔の向きを僕達の方へ変えた。

「あたしもややこしい事は考えられないからロック魂全開で頑張るだけよ。仲間の助けになれる様に」

「心配するな勇者たん、俺様が居れば世界の一つや二ついくらでも救ってやるぜ。そう、まだ見ぬローラ姫の為に」

 そう言って不敵に笑う二人は相変わらずな感じだったが、その決意に水を差す者はいない。

 そして、それに続く様に隣にいたみのりが重なり合った手の上に自らの手を乗せる。

「わたしも難しい事は分かりません。だからせめてみんなで無事に帰れるように、出来ることをやろうと思います」

「ああ、よろしく頼むぞミノリ」

 みのりの決意表明にセミリアさんが答えると同時に、全員が残る一人の方を向いた。

 視線の先にいるサミュエルさんは腕を組んだまま面倒くさそうにしているだけだ。

「ちょっとあんた、早くしなさいよ」

 動こうとする気配のないサミュエルさんに春乃さんが呼び掛ける。

 が、当のサミュエルさんは心底面倒臭そうな溜息を返すだけだ。

「はあ? 早くしろはこっちの台詞だっての。いつまで正義のヒーローごっこやってんのよ。行くなら行くでさっさとしろってのよ」

「あんたねえ……空気読めないわけ?」

「読みたくもないわね。これから戦いが始まるってのにそんなことして気を緩めて、何がしたいのやら」

「ほんっと性格悪い奴……セミリア、やっぱこの女連れて行かなくてもいいんじゃないの?」

「まあそう言ってやるなハルノ、サミュエルはこういう奴なのだ。それでも強さと志は信頼出来るし悪い奴でもない、それは私が保証する」

「むー、セミリアがそう言うなら……」

「ツンデレ露出っ娘というのも斬新なキャラだな、うん」

「黙れ気持ち悪いおっさん」

「誰がおっさんだぁぁぁ!」

 そんなどこかいつも通りのやりとりも、この時ばかりは叱責する者はいない。

 そして僕達は再び入り口の大きな扉と向かい合う。

「すっかり忘れてたけど、ジャックもなにか一言どうぞ」

『俺はオマケみてえなもんさ、口は出してやれるが手はだせねえ。おめえら仮にも勇者とそのパーティーを名乗るのなら、国の一つぐれえ救ってみせやがれ』

「ああ、必ずや」

 ジャックの激励に、セミリアさんが力強く頷いた。

「得体もしれないアンタに言われるまでもないわ」

 そうボソリと呟いたのはサミュエルさんだ。

「世界を救う男、その名も俺ってなもんよ」

「だからー、世界を救う前に社会に馴染む努力をしなさいってのよ。ま、あたしもちょっとビビってたから人の事は言えないけど、これで最後なんだし気合い入れなきゃってもんよね」

「わたしも今度こそ足を引っ張らないように頑張りますっ」

「心配するなレディーマスター。少なくとも、我が身を賭して誰も死なせやしないトラ」

 虎の人は何とも心強いことを平然と言って僕とみのりの肩に手を置いた。

 頼もしいことこの上ないよほんと。

 兎にも角にも、最後の闘い。そう銘打って挑むこの先に待ち構えている未知なる世界における最大の山場へと。

 それぞれがそれぞれの理由と決意を胸に抱いて進む意志は決して揺るぐことはない。

 僕はこの国の平和や知らない世界の未来のことよりも、今ここに居るみんなが無事に帰れるように、また自分達の世界へ帰ることが出来るように、ただその為に死力を尽くす。

 そう心に誓って、二人の勇者に続いて巨大な城の中へと続く縦も横も身体の何倍もある大きな扉を潜った。


          〇


 思っていた程は廃墟という感じでもない。

 それが最初に抱いた感想だった。

 入り口の扉から中へ入ると、正面に微かに見える奥へと繋っているのであろう扉までは優に百メートルはあり、幅も二、三十メートル程もある大きく広い部屋があった。

 部屋なのか廊下なのか判断し難いほどに何も無く、ただ通路の様に奥へと続くだけの空間だ。

 壁や床まで朽ち果てているわけでもないし、十分な量とはいかなくとも明かりがあるおかげでそこまで薄暗いわけでもないし、外から見る程の不気味さや不穏な雰囲気は感じられない。

 一体何階建てになっているんだろう。

 そう思った当初の憂いも杞憂に終わったらしく、上に繋がる階段も見当たらなければ真上を見上げてみてもただ異常なまでに高い天井が遠くに見えるだけだった。

「向こうに扉が見えるだろう? 奥にはここと同じ様な部屋が二つほど続いていて、それを越えればシェルムのいる玉座の間に辿り着く」

 みんなが上を向いたり横を向いたりしながら呆気に取られている中、セミリアさんだけが真っすぐに前方を見据えている。

 指差す先を目線で追いつつ、随分と距離のある向こうの部屋へと繋がる扉を見ようと目を凝らす一同。

「何でたかだか隣の部屋までいくのにこんなに遠いのよ。完全に無駄なスペースじゃないこれ」

「体力を削るにしてはコスい作戦だな魔王のくせに。滑る床を用意する余裕ぐらい見せてみろってんだ」

 春乃さん、高瀬さんは案の定不満げだ。

 いつも通り特に考えることもなく思ったままを口にする二人に、もっともなご指摘をする役目は今回は僕ではなくジャックが買って出てくれた。

『腐っても城なんだ、ここが使われていた頃はそれなりの用途で使われていたんだろうよ。だが誰も使わなくなった以上は高価な家具なんぞ設える意味もねえだろう』

 まさにごもっとも。

 確かにゲームやアニメの廃城じゃ朽ちた家具とか転がってるイメージだけどさ。

「脇に並ぶ小部屋らしき扉の中には何もないトラか?」

「その辺りは最初に来た時に探索済みだ。何も無いどころか発光石の一つも設置されていなかった。同様に本来あるべき上に繋がる階段も崩れて無くなっている。シェルムの居場所が分かっている以上は無視して構わないだろう」

「では本当に玉座がある部屋に行くまでに何もないんですね」

「今まではそうだった、という話でしかないがな。コウヘイも気になったことがあれば何でも聞いてくれ。私には分からないことに気付けるのがコウヘイの武器だからな」

 分かりました。

 と返事をしようとすると、

「あのー……セミリアさん、康ちゃん」

 みのりがどこか遠慮がちに裾を引っ張った。

 洞窟に行った時のように早くも何かを見つけたのだろうか。

「どうしたの、みのり」

「ミノリ、何か気になることがあるのか?」

「気になるっていうか、あの人がさっさと行ってしまってるんですけど……」

 みのりはこれから進む先に目を向ける。

 そこには一人先の方を歩くサミュエルさんの背中があった。


「「あーーー!!!」」


 と、声を揃える二人が誰であるかは敢えて言うまい。

「まったく、困った奴だ……」

 セミリアさんもやれやれ、と呆れている。

 頼もしさが増した半面、より纏まりを欠いている悲しい現実だった。

「と、とにかく追い掛けましょう」

 皆が一斉にサミュエルさんに追い着くべく慌てて駆け出した。

 そして追い着くやいなや、それで終わる話であるはずもなく。

「ちょっとあんた何勝手に行ってんのよ! 団体行動を乱すんじゃないって言ってんでしょ」

「そうだぞサミュたん。そのキャラ完全に死亡フラグだから。居なくなったかと思うと死体で見つかるパターンだから」

 人を責める時だけ息が合う二人が誰であるかは以下省略。

 そんな二人に対してサミュエルさんはというと、

「うるっさいわねー、だったらさっさと来ればいいでしょ。いちいち立ち止まらないと話が出来ないわけ? 事ある毎にチンタラチンタラ物見遊山じゃないってのよ」

「なんですってぇぇぇ」

 取り付く島もないとはこのことか。

 春乃さん、高瀬さんは基本的に二人の間でいがみ合うだけなので止めるのも楽だったのだが、サミュエルさんは誰にでもこんな態度なものだから対処も難しい。

 二人で武器を取りに行った時にはもう少し話も通じたんだけど、これも人数が多くなったせいなのかセミリアさんと行動を共にしていることが原因なのか……。

 というか今まで気にもしていなかったけど、この二人はどちらが歳が上なのだろう。

 大雑把に見れば二人とも僕達と同じか、せいぜい一つ二つ年上ぐらいなのだろうが、二人の間にも歳の差はあるのだろうか。

 色んな意味でこんな時にそんな話をするだなんて愚かなことはしないけども。

「では開けるトラぞ。各々一応の警戒はしておくトラ」

 春乃さん、サミュエルさんの嫌味の応酬を聞いているうちに一つ目の扉へ到着。

 一番体が丈夫なことや何かあった時に対応出来るという人選により、扉を開ける役目はトラの人がすることになっている。

 プロレスラー顔負けのごつい二本の腕が両開きの扉を押すと、聞いていた通りその奥には今通って来たものとほとんど同じ様な部屋があるだけだった。

 バタン、と。

 大きな音を立てて扉が閉まる。

 辺りを見回しても、やはり違いらしい違いはなさそうである。

「本当になにもなければ誰も居ないんですね」

 思わず呟く僕。

 しかし、意外にもというべきかすぐに反対意見が飛んできた。

「いや」

「そうでもないみたいね」

 予想外の否定の言葉を返したのはセミリアさん、サミュエルさんだ。

 二人は睨み付ける様な鋭い目付きで前方の様子を探っている。

「誰か居るんですか? まさか……あのエスクロって人が」

『それも違うな相棒。そんな凶悪な空気じゃねえ、むしろ弱っちいチンケな魔物の気配だ。そもそも奴等ぐらいのレベルなら姿も見えない位置から気配や魔力を察知されるようなヘマはしねえだろうよ』

 僕の首にぶら下がっているジャックの言葉が僕達にとって都合の良い報告なのかどうかは判断が難しい。

 幹部と見られる者達以外に化け物がいる。

 それは聞いていた前例と予測していた前提を覆す事実であり、想定の範囲内であることを踏まえても最悪の事態とも言える。

 弱っちいチンケな、という言葉だけが救いではあるが……。

「やっぱ化け物も居るってわけね。さすがはラスボス戦前って感じ? ま、弱っちい奴ならあたしのギターの餌食にしてやるわ」

「いやいや、ラストダンジョンにしちゃ物足りないと思ってたし、お前は引っ込んでろゴスロリ。俺の銃がありゃエンカウントモンスターぐらい瞬殺よ」

 それぞれ剣と二本の刀を抜いたセミリアさんとサミュエルさんに倣って二人はすぐに武器を構えた。

 高瀬さんは腰に装着していた銃を、春乃さんは元々ケースに入れずに裸で背中に背負っていたギターを体の前に持ってきて襲撃に備えている。

「警戒しつつ進むぞ。魔物の姿が見えたらすぐに知らせる、いつでも攻撃態勢を取れるようにしておいてくれ。後方及び武器を持たないコウヘイのガードは虎殿に任せる」

「任されたトラ。レディーマスターも一応オイラの前にいてくれトラ。飛び道具が無い以上は対処出来ない場合も想定しておくトラ」

「う、うん。康ちゃんを守ってあげてね、猫さん」

「心配には及ばん。深刻なレベルの敵とも思えんトラからな。あくまで念のためだトラ」

 そうして決まった配置は、先頭にセミリアさんとサミュエルさん、その後ろに春乃さんと高瀬さん、さらにその後ろに僕とみのりで最後尾に虎の人となった。

 隊列という程きっちりとした陣形でもないが、敵が前方にいるのであればベターだろう。

 しかし、武器が無いから後ろの方で安全を確保せよ、というのはなんともお荷物感がハンパではない。

 せめて盾を使って仲間を守るという役目ぐらいは出来そうなものだけど、二人の勇者に虎の人が居れば僕が出しゃばる意味があるとも思えないのが辛いところだ。

「ストップだ」

 ちょうど部屋なのか通路なのかの真ん中あたり。

 先頭を歩くセミリアさんが立ち止まり、前を向いたまま手で僕達を制した。

 さすがのサミュエルさんも事態が事態だけに一人で歩いていくこようなことはせず同じく足を止める。

 そして左右に並ぶ小さな部屋のうち、右側直近の扉そのものが無くなってしまっている小部屋に向かって大きな声で呼び掛けた。

 暗くて中の様子は伺えない、小さな部屋に。

「出て来い、そこにいるのは分かっている」

 セミリアさんが鋭い目を向けるのと同時に先頭の二人は武器を構えた。

 それを見た後ろの二人もギターと銃をそちらに向ける。

 その声に反応してか、或いは始めから僕達の前に現れるつもりだったのか、ジャックやセミリアさんの言う魔物が姿を現した。

 小動物さながらの小さな生き物が、ぞろぞろと、ぴょんぴょんと、まるで列を作っているかの様に。

「おい……なんだこれ」

「なにあれ、可愛っ!」

 こんな状況には到底そぐわない高瀬さん、春乃さんの感想も大いに頷ける。

 やがて僕達の目の前まで来たそれは控えめに言っても古城、魔王、戦争、そんな響きには不釣り合いな小さな生き物だった。

 ハムスター程のサイズの小さなネズミみたいな生き物が十匹、二本の後ろ足でまるでカンガルーの様にぴょんぴょんと移動してきたのだ。言いたくはないが、気が抜けても仕方あるまい。

「春乃さん、高瀬さん、どんな見た目でも油断はしないでくださいよ。何が起こるか分かりませんから」

 魔物、すなわち僕からすれば化け物と区分されている以上は、いやそれ以前にこの場所に居る時点で味方でもなければ無害であるはずもない。

 僕は構えた武器を下ろした二人に警告しつつも己に言い聞かせ、セミリアさんを横目で窺う。

「セミリアさん、この生き物は一体……」

「飛びネズミだ。何故ここに居るかは説明するまでもないのだろうが、しかし私達にとって驚異であるとは思えぬ微弱な魔物なはず……」

「そりゃそうよね、だってこんなのやっつけるとか罪悪感満載だし気が引けるもん」

 春乃さんは完全に気を抜いてしまっている風だ。

 その証拠に構えていたギターが他所を向いている。

「コウヘイが言ったろう。無闇に隙は見せるなよハルノ」

「それは分かってるけどさー、こんなんでもやっぱ危険なわけ?」

「いや……危険はほぼ無いといっていい。噛み付いてくるぐらいの攻撃しかしてこないし、噛まれたところで傷を負うほどの威力もない。ただ、それがイコール簡単に倒せる敵ということでもないのだ」

「そりゃ一体どういうことだよ勇者たん。雑魚なのに倒せないのか? メタルってるわけでもあるまいし」

「メタルっている、という言葉の意味はよく分からんが……なにぶん動きが速いのだ。あの後ろ足で地面を蹴った時に生まれる移動速度は目でも追いきれないほどのスピードがある。だからといってそれを攻撃に利用することもないし、ほとんど逃げる時にしか発揮されないはずではあるが……」

 セミリアさんも不可解だと言わんばかりだ。

 魔王の城で、分かりやすく言えばラスボスに会う直前に出てくるレベルの存在ではない、ということなのだろう。

 だが逆に言えば、そこに何らかの理由がある可能性が高い。

 しかし聞いた情報によれば動きが速いだけで危険性は無い。

 そんな化け物が今ここで現れる理由……それはなんだ。

「なんでもいいわよ、理由なんて。魔物が目の前に居る、殺す理由はそれで十分」

 目の前で横一列に並ぶ十匹のネズミを観察しあらゆる可能性を探るべく頭を働かせている中、サミュエルさんが一歩前に出た。

 手に持った二本のククリ刀を擦り合わせた金属音がジャランと響く。

 まさにその時。キィィィィ、という鳴き声が辺りに響いた。

 ネズミ達が一斉に上を向いたかと思うと、声を揃える様にして鳴き声をあげたのだ。 

 その行動の意図は、考えるまでもなく僕達の身に襲い掛かることとなる。

 バタン!

 という音が上から聞こえたかと思うと、どこからか現れた大量の化け物がこちらに向かって飛んできた。

 いつかみた巨大コウモリが。

 角の生えた鳥が。

 カニのハサミの様な手をした馬鹿でかいカマキリが。

 合わせて二、三十匹もの数で。

 すぐに全員が再び武器を構え、頭上を見上げる。

「この飛びネズミ……仲間を呼ぶためだったのね」

「ああ、それをする前に倒されない能力を持つがゆえにこのタイミングだったのか」

 サミュエルさん、セミリアさんは苦々しげにしながらもすぐに迎え撃つ態勢を取った。

「ハルノ、カンタダ、ミノリは接近戦を避けてフォローしてくれ。虎殿、四人を頼む。私達は前に出る!」

 ほとんど一方的に告げると同時に、二人は化け物の群れに向かって行く。

 僕にしてみればこの状況で臆したり恐怖したりせずにいれる二人も大概凄いと思うのだが今はさておき、既に迎え撃つ気満々になっている高瀬さん、春乃さんも化け物達に向かって攻撃を浴びせた。

「虫はこっちくんなああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「俺様レールガンを食らええぇぇぇぇ!!!!」

 そんな掛け声と共に上空の化け物達に向かってそれぞれの武器から発射された魔法が飛ぶ。

 春乃さんのギターから打ち出される無数の光の球体が、高瀬さんの銃からは電流の様なものが、それぞれ化け物に次々と命中していった。

 さらには隣に居るみのりも何度となく拳を繰り出し、そのグローブから放たれる衝撃波がいくつか化け物を捉えている。

 虎の人はというと敵の攻撃を彼等の代わりに防ぐ役割を買って出てくれたらしく、敵の動向を観察しながら僕達の周りをガードするように動いているというプロっぷりだ。

 僕も虎の人と同じ事ぐらいしか出来ない以上はその役目を確実にこなさなければならない。

 そう思って四方に散らばる化け物の動きに全神経を集中させていたのだが、唐突にジャックの大きな声が意識を別へと向けさせた。

『不味いぞ相棒! 一カ所に留まるんじゃねえ、出来る限り動き回る様に全員に伝えろ!』

「急にどうしたのさジャック。この状況じゃそう簡単に動き回れないし、逆に危険だって」

 右に左に、目線を絶えず動かしながらもどうにか反応する。

 ジャックなりに考えというか、戦術として意味があって言っているのだろうが、固まっていることこそが一番の安全策だということは明らかだ。

 バラけては危険が増す上に、そもそもやろうとしても簡単にはいかなければ攻撃することにおいてもこれが有効的な陣形なはず。

 事実少しずつ、だが確実に攻撃を受けた化け物達は消えていっている。

 春乃さんや高瀬さんの武器が遠距離攻撃型であることもあって、ほとんど敵を近付けすらしていない状態を保っていたし、近付いてきそうな敵は近接戦闘に長けるセミリアさん、サミュエルさんによって退治されるという結果的に安全かつ有効な連携を生み出しているおかげもあって、あれだけいた化け物は残り数体といったところまで減っていた。

『くそっ、迂闊だった。状況は最悪だぜ相棒』

 それでも納得がいかない様子のジャックは怒りさえ感じられる声音で吐き捨てた。

 その発言の意味を必死に考えつつ、何があっても指示や対処が出来る様に思考を絶えず巡らせる僕だったが、それに反して攻撃を続ける仲間達によってやがて化け物達は居なくなる。

 硝煙の舞うこの部屋から化け物の姿は消え、僕達だけが残っている状態だ。

 正面からは安堵の混じった大きな溜息を吐きながら揃って武器を下ろし緊張かから解放される僕達の方へ、最後の二匹をそれぞれ斬って倒したセミリアさん、サミュエルさんが戻ってきているのが見えた。

 誰一人として怪我をしている者はおらず、実質二人で半分以上の化け物を退治したセミリアさんとサミュエルさんを労うべくみんなも二人の方へ駆け寄っていった。

 その事実にホッとしてしまった自らの愚かさに気付かされたのは、直後のことだった。

 最悪の結末に僕は気付いていなかったのだ。

「なんとか無事に済んだみたいだよ、ジャック」

『いや、言っただろう。事態は最悪だ』

「ぬかったトラ……そこまで頭が回らなかったとは、未熟だった」

『急襲だったんだ、誰を責められるわけもねえ。敵さんがここまで周到に策を擁してくるとは想定外だった……話に聞いていたこれまでの魔王一人との戦いとはあまりにも勝手が違いすぎる』

「どういうこと? 何が最悪なのさジャック」

 怪我人が出たわけでもない。

 行く手が塞がれたわけでもない。

 この先警戒心を持たざるを得ないことは確かにマイナス要素ではあるが、無警戒のまま進んで大事になる前にそうなったことを考えると、それも最悪と表現する程のことでもないはずだ。

『相棒、自分の体をよく見てみな。いつからお前さんの首は俺専用になったんだい?』

 始めから誰の専用でもいんだけど。そんな言葉を飲み込んで顔を下に向け自分の体を目にした時、ようやく全てを理解した。

 僕の胸元には、いつも通りドクロを模したゴツイ金属製のネックレスが掛かっている。

 否。

 正確には、ドクロを模したゴツイ金属製のネックレスしか(、、)掛かっていなかった。

「そんな……どうして」

『理解したようで何より、ってやつだな』

「僕が……僕のせいだ」

『言ったろう、誰を責められる問題でもねえ。仮に予め想定出来ていたとしても、防ぐことは困難だったろうよ。俺が気付いた時にゃすでに手遅れだった』

「ただでさえ全員が上を向いて戦っていたトラからな。いわば二重の囮」

「く……」

 違う。そうじゃない。

 その可能性に思い至っていれば対策が練れたかもしれない。指示や警告を発することが出来たかもしれない。

 分かっていても防ぐことが出来なかった。

 例えそうだったとしても、逃げることで結果は変わっていたかもしれない。

 予め分かっていれば一人でも二人でも回避することが出来たかもしれない。

 それを後になって事態を把握するなどという醜態を……。

 仕方がなかった。

 そんな言い訳をさせないために、僕は付いて来たんじゃないのか。

「康ちゃん、どうしたの?」

 いつの間にかそばに戻ってきていたみのりが、僕の顔を覗き込んだ。

 どこか心配そうな顔をしている。

「コウヘイ、どこか痛めたのか」

 僕の異変に気付いたみのりに気付いたセミリアさんがもすぐに傍に寄ってきた。

 心配される程に表情が歪んでいたらしいく、他の面子も後ろに続いている。

 僕以外はまだ気が付いていないようだ。

 事実を伝えなければならない、他ならぬ命に関わることなのだから。

「怪我はありません……ただ、痛手を負ったことは間違いない。全ては計略だった」

「どういうことだ? 何を言っているコウヘイ」

「コウ、何度も同じ事を言わせないで。伝えたいことがあるなら分かりやすく説明しなさい」

「最初はあのネズミ達が囮だと思っていました。驚異になりえないという存在でありながら僕達の前に現れ、そのネズミに目を向けているタイミングで頭上からの奇襲……虚を突かれたことは事実でしたし、結果的に無事だったとはいえ怪我人が出てもなんらおかしくない状況に追い込まれていた。だけどそれすらも囮だったんです……見上げながら敵と戦っている隙に、ネズミ達が僕達から首飾りを奪うための」

 そこでようやく、僕以外の五人も自分の身体を手と目で確認し事態を理解する。

「はっ!?」

「なっ!?」

「いつの間に!?」

「うそっ!?」

「えええ!?」

 それぞれが驚きの声を上げる。当然の反応だ。

 唯一にして最大の保険が失われた。

 少なくとも死ぬことはない。

 その認識がどれほど僕達にとって精神的な支えであり、大小様々な勇気を生む要因になっていたかは語るべくもなかった。

「康平っち……これってさ、つまり……」

 春乃さんは呆然とした表情で僕を見ている。

 半信半疑であるかの様な、否定してくれることを望んでいる様な神妙な顔で。

「ええ、もう無条件に僕達の身を守ってくれるものはなくなってしまったということです。刺されたり斬られたり、あるいは魔法……というのが正しい表現かは分かりませんが、光の弾丸による爆発や炎を体に受ければ死ぬことになりかねない上に、そうなる前にノスルクさんのところへ避難させてくれることもなくなった……そうなる前に僕が気付くべきだった」

「コウヘイ、自分を責めないでくれ。不測の事態ではあるが、その責任がお主にあるわけではない」

「そ、そうだよっ。康ちゃんのせいじゃないよ……」

「ま、仮にコウが気付いていたとしてもアイツらを倒しながら飛びネズミのスピードから首飾りを守るのは簡単じゃなかっただろうしね」

「取られたことにすら気付かないスピードとか無理ゲーすぎるだろ。むしろあれだけの数の魔物ども相手にそれだけで済んだのは俺の力あってこそだぜ康平たん」

 慰めの言葉に胸に痛む。

 何故そうも簡単に切り替えが出来る……事の重大さを理解していないはずがないのに。

『こいつらの言う通り、誰を責めるような話でもねえよ相棒。だが、確実に進退について考える必要はあるだろうがな』

 ジャックのそんな言葉もまた、敢えて僕をフォローしているように聞こえてしまう。 

 気にしすぎということなどない。

 ドンマイで済む話でもない。

 ましてや次から気を付けようで済む話でも……。

「コウヘイ、ハルノ、ミノリ、カンタダ、お主等は一度ノスルクの所へ戻れ。こうなっては命の保障が出来ない」

「お主等はって……セミリアさんはどうするんですか」

「私は先へ進む。ここまで来た以上引くことは出来ないさ」

「どうしてですか……命の保障がないのはセミリアさんも同じなんですよ? 一度みんな戻って対策を練るなり、ノスルクさんに新しい首飾りを貰うなりするべきでしょう」

「それは出来ん。ノスルクに作り直してもらうとなると、また魔源石が必要になる。探すだけでもどれだけの時間が必要かも分からない物だ。敵も最後の戦いのつもりでいる以上待ってはくれまい。ここで後回しにしては私達以外に被害が及ぶ可能性が高い」

「だからって……死ぬかもしれないんですよ? 今度負けてしまったら終ってしまうかもしれないんですよ? それが分かっていてどうして……」

 コウヘイ、と。

 思わず目を反らす僕の名前をセミリアさんが呼ぶ。

 とても優しい声で、優しい笑顔で、僕の肩に手を置き、目線を合わせて、言った。

「コウヘイ、それは私が……私達が勇者だからだ」

「そもそも勝てばいいだけだけのことじゃない。さすがにアンタ達の死体が転がってる横で戦うのも気分悪いし、今回はここまでにしておきなさい。芸人にしてはそれなりに役に立ったわよ、少なくともコウはね」

 サミュエルさんの言葉にも、内容とは裏腹にいつもの嫌味な感じはない。どちらかというと彼女なりの賞賛だったのかもしれないとさえ思える台詞だ。

 そしてそんな言葉が意味するのは、この二人が本当に先へ進む気なのだということだ。

 勇者だからという理由で。

 ただそれだけの理由で、と思う僕には理解出来ない重みがそこにはあって、この二人にとってはそれが何にも代え難いセルフ・アイデンティティーであり自己存在意義なのだ。

 それを否定することは二人の存在を、尊厳を否定することだと頭で分かっていても……やはり僕には賛成など出来るはずがなかった。

「コウヘイ、そんな顔をしないでくれ。心配せずとも私達は負けるつもりはない。そして、例えここで一度別れたとしてもお主等を責める理由など一つもない。むしろ私には感謝の気持ちしかないのだということを分かってくれると嬉しい。今ここにこうして立っているのはお主等のおかげだと私は思っているし、そんな仲間に巡り会えたことが何よりも私の背中を押してくれるのだ」

 私は良い仲間を持った。

 そんないつか聞いた言葉をセミリアさんは今一度口にした。

『気に病むことはねえさ相棒。お前さん達は元より戦士でもなければ兵士でもねえんだ、言葉は悪いが所詮は武器を持った一般人……そんな人間に魔王と戦えってのがそもそも無茶な話だったってことさ。想定外の出来事とはいえ、ここらが潮時だってお告げだろうぜ』

「ジャック……」

「して、オイラはどうする? 共に先に進むべきか、この四人を無事あの老人のところまで送り届けるべきか」

 返す言葉が見つからない僕を他所に、虎の人はセミリアさんに問う。

 セミリアさんも、サミュエルさんも、ジャックも虎の人も、すでに先のことを考えて行動しようとしている。

 悔やむことも、誰かを責めることも、ましてや躊躇うことも絶望することもなく僕達の身を案じ、この先の戦いへ向かおうとしている。

 ただ嘆いているだけの僕とはまるで違った。

 その差は、違いは、いったいどこにあるのだろうかと、僕は自問する。

 志の違いか?

 持っている強さの違いか?

 生まれた世界の違いか?

 勇気の差か?

 経験の差か?

 技術の差か?

 度量の差か?

 背負うものの大きさの差か?

 答えは……その全てであり、そのいずれでもない。そんな気がした。

 結局見つからない答えが歯痒さに拍車を掛け、不甲斐無い気持ちが止め処なく思考を埋め尽くしていく。

 ここまで来ておいて僕達四人はドロップアウトなのか。

 付いて行くことすら出来ないのか。

 ならば一体なんのためにこの世界に来た。

 あらゆる事を受け入れ、乗り越えて進むと決めたはずなのに。

 意味も、理由も、理屈も求めずにセミリアさんの力になることを決めたのに、なぜ仲間と呼んでくれる彼女を見送ることしか出来ない。

「………………」

 何一つとして、答えの見つからない自問自答はただ沈黙を生むだけだった。

 顔を上げると、みのりやセミリアさんが心配そうに僕を見ている。

 そんな中、一つの声が沈黙を破った。

「やいゲレゲレ、なに勝手にお帰り願おうとしてんだ。俺はこのまま一緒に行くぜ」

 いつもの様に、何故か得意気に、根拠の無い自信に溢れた顔で、高瀬さんが重苦しい空気を払い除けた。

 その表情には何の憂いも感じられない。

「た……高瀬さん?」

「なーに、心配すんなって康平たん。俺がみんなの分まで活躍してやっから。俺は馬車要員はごめんだからな」

『おいおい珍獣、てめえ言ってることの意味が分かってんのか? 素人のてめえがなんの後ろ盾もねえ状態で戦うってのがどういうことか。しかも相手は魔王なんだ、馬鹿なてめえなんざあっさり死んじまってもなんら不思議はねえ』

「誰が珍獣だ誰が素人だ誰が馬鹿だ誰がおっさんだあぁぁぁぁ!」

『おっさんとは言ってねえよ』

「いいかジャッキー、よく聞け。俺は珍獣ではない、何故なら人間だからだ。そして俺は素人ではない、何故ならドラドラ2のタイムアタックで三時間を切るほどのプロゲーマーでありリアル勇者というタグのパイオニアだからだ。そして俺は馬鹿ではない、何故なら……」

 そこまで言って、高瀬さんはジャックから視線を外し僕達を見回した。

 体ごと向きを変える視線の先が、最終的にセミリアさんに落ち着くと同時に言葉の続きを口にする。

「何故なら俺は、勇者の仲間だからだ。このパラレルワールドの存在をリアルとして受け止めた時から死ぬことなんぞに恐れはねえ」

『おめえ……やっぱワケの分からん奴だな』

 ジャックはきっと高瀬さんの言葉の意味をほとんど理解出来なかっただろう。

 事実、セミリアさんの横に居るサミュエルさんも『なに言ってんのコイツ? ぷろげーまーってなんなのよ』なんてことを呆れ顔で言っていた。

 唯一、退く気がないという意思だけは汲み取れたのであろうセミリアさんだけは真剣な表情を崩さない。

「カンタダ、ジャックの言葉ではなが……自分が言っていることの意味が分かっているのか? 常々私が言っていたことが気持ちの問題ではなく現実のものとなったのだぞ。文字通り、勝っても負けても次の戦いなどなくなってしまったのだ」

「あったりめーよ。言われるまでもなくそんぐらい理解してるぜ俺は。負けたら終わりっつーなら、勝つしかないってことだ。だったら、仲間は一人でも多い方が勝つ確率も上がるってもんだろ勇者たんよ」

 ヘンッと、やはり得意気な高瀬さんは何を考えているのだろうか。

 そんなことを飄々と言う高瀬さんに、僕は思わず口を出してしまう。

「高瀬さん……もう少し真面目に考えてくださいよ。冗談じゃ済まないんですよ? ゲームとは違うんですよ? 僕だってここでお別れなんてしたくないですけど……そんな軽いノリで決めることじゃないじゃないですか」

「康平たん、別に冗談で言ってるわけじゃない。ゲームとは違うってこともまあ、分かってる。半分ぐらいだけどな。ただ言えるのは、俺はノリで言っているわけじゃないし元から決めてたってことだ。康平たんにはこの気持ちは分からんだろうがな」

「そ、そんな言い方って……」

「勘違いするなよ康平たん。いや俺風に言うなら、勘違いしないでよねってところか。どっちにしてもだ、別に馬鹿にしているわけじゃねえ。むしろ馬鹿にしてねえから分からないんだよ、康平たんにはな。今後も分からないままでいいし分からないままでいるだろう、もっと言えば分からずにいるべき人間なんだよ康平たんやみのりたん、ついでに言えばそこのゴスロリもな」

「何が……ですか? 僕に、僕達に何が分からないっていうんですか……」

「馬鹿にされる人間の気持ちが、だよ。言わせんな恥ずかしい。だからって悲観的になってるわけでもねえんだけどな。ま、その辺の詳しい話はまた生きて会えた時にでも学ばせてやるぜガッハッハ」

 何がそうさせるのか、高瀬さんは僕の肩を二度叩いた。豪快に笑い声を添えて。

 直後、その手を僕の肩から払いのけたのは春乃さんだ。

「ちょっとおっさん、何を一人で格好付けてんのよ。言っとくけどあたしも行くからね」

「春乃……さん?」

「ま、そういうことだからヨロシク。バーンとまかせといてよねっ」

 セミリアさんとサミュエルさんに向かって親指を立てる春乃さんの顔にも笑顔が浮かんでいる。

 やっぱり僕には理解が及ばない。

「どうして……どうして春乃さんまで、そんな軽いノリで」

『相棒の言う通りだと思うぜ金色。もうちっと真面目に考えるべきじゃねえのか?』

「確かにあたしは馬鹿だけど、馬鹿なりに考えてるわよ失礼ね。あたしはおっさんと違って死にたくないし、死ぬのも怖い。でも自分が避難してる間にツレが死んじゃったなんてことになったら、死ぬより後悔するもん。ただそれだけよエッヘン」

 春乃さんは清々しい表情で胸を張った。

 ジャックの言う通り。いや、ジャックに言わせればそれは僕の言葉なのか。

 春乃さんに関しては言いたいことは理解出来る。だけどどうして二人してヘラヘラしながらそんなことが言えるんだ……。

 一歩間違えたら死んでしまうんだぞ……これまでだって何度も危うい場面はあったのに。

 殺し合いをするんだぞ……あの化け物達の親玉と。

 命を守ってくれるものは何も無いのに……。

「康ちゃん、大丈夫?」

「みの……り?」

 ふと、我に返ったのは声を掛けられてからのことだった。

 いつの間にかみのりの顔が目の前にあることに気付くと同時に、右手に温もりを感じる。

 みのりが僕の手を握っていた。

「そんなに辛そうな顔をしないで。わたしは康ちゃんと一緒に居るから。戻ってみんなを待つことになっても、一緒に進むとしても」

 微笑むみのりにも臆する気持ちは一片も感じられない。

 あの臆病なみのりまでもが笑顔を見せている。

 元来ほんわかした性格のみのりだ。

 高瀬さんや春乃さんのように深く考えていないだけなのかもしれない。

 事の重大さを理解していないだけなのかもしれない。

 だけど、少なくとも後ろ向きな考えをするつもりがないことだけは間違いない。

「僕は……」

 僕はどうしたい?

 何を優先したい?

 何が大事なんだ?

 そうだ。僕は始めから……。

「こ、康ちゃん……?」

「ごめん、大丈夫だよみのり。もう大丈夫、それから大丈夫ついでに」

 僕は顔を上げる。

 そしてみんなの顔を見て、自らの答えを口にした。

「僕も、行きます」

 その答えは僕が考えることを止めたという証明。

 引き返すことに対する正当性も、進まなければならない理由も全てはただの言い訳でしかなくて、逃げ道でしかなくて、そんなことを考える度に僕の意志は理屈に押し退けられてきた。

 僕は何故ここにいるのか。

 何故この世界にいるのか。

 元を辿れば、もっと単純な話だったはずじゃないか。

 ただただ、涙を流して頭を下げるセミリアさんの力になると決めたのが始まりだったはず。

 仕方なく手を貸すつもりだったかもしれない。

 こんなことになるだなんて夢にも思っていなかったのも間違いない。

 それでも損得勘定ではなく必死に助けを求め力無き自分を悔やむ姿に心を動かされて協力することを決めた。ただそれだけだった。

 例え事情や世界が変わってしまったとしても、この世界に来てからだって何度もその決意を心に抱いて共に過ごしてきたはずだろう。

 今更やっぱりやめておきます、なんて言うぐらいなら最初から何もするなよ。そういう話じゃないか。

『相棒、下手にこいつらに引っ張られることはねえんだぜ? いいのか? 死ぬことになっても』

「同じだよ一人死ぬのも、全員死ぬのも。僕とみのりだけ元の世界に帰って、めでたしめでたしって終わり方になんてなるはずがないんだから。たまには理屈も根拠もすっ飛ばして自分がやりたいようにするのもいいじゃない。春乃さんも高瀬さんもみのりもサミュエルさんも、元々僕がセミリアさんに協力すると決めたからここにいるんだからさ。これが僕なりの責任の取り方で、みんなと同じ道を行くのが僕のやりたいことだよ。本音を言えばみのりには待機しておいてほしいけどね」

「康ちゃんが行くならわたしも絶対に付いていくよ?」

 みのりは絶対に引き下がらない時の笑顔を浮かべる。

 僕としては好ましくない返事なのかもしれないが、なんてことはない。

 それがみのりの()()()()()なのだろう。

 ああだから頑張る、こうだから止めておく。

 この人達は誰もそんなことは考えていない。 

 知らない世界の知らない事情に首を突っ込んだ身で、せめてただ一つ自分の決めた事だけは曲げずに貫き通す。

 強い意志に基づいているのか無意識の中でそれが当然のことだと理解しているからなのか、そんな覚悟が唯一その点においての彼等の気持ちから迷いをなくさせる。

 僕に男気やプライドなんて格好良いものはないのかもしれない。だけど意志も感情もあるんだ。

 何を置いても理屈を優先させて生きてきたわけじゃない。

「それでこそ俺の見込んだ男だ。すっかり立派になっちまって、誇らしいばかりだぜコンチクショー」

 ついさっき春乃さんに手を振り払われたばかり高瀬さんが、今度は僕の背中をバシバシと叩いた。

 お褒めの言葉なのかもしれませんけど若干威力が強すぎやしませんか? と大いに思うのだが、それを言う前に口を挟むのはやはり春乃さんだ。

「あんた一体何目線なのよ……ま、負けたら死ぬ負けたら死ぬって言ってるけどさ、要は勝てばいいだけの話じゃない。こういう時こそポジティブにいかなきゃ」

「ハルノの言う通りだ。コウヘイ、お主が私の力になると決めたと言ってくれる様に、私は何があってもみんなを守ると決めた。例え首飾りが無くなろうとも誰一人死なせはしない、必ずだ」

「ま、こんなんでも一応は私の子分だしアンタのことぐらい守ってあげるわよ。そっちの大人しいのは虎に守ってもらうんでしょ? それでどうとでもなるわよ。馬鹿女と変態は自分でなんとかしなさい」

「そりゃねえぜサミュたん~」

「誰がサミュたんよ! 気持ち悪い呼び方すんな!」

 途端に賑やかになる皆の姿に、見ているだけの僕も釣られて笑いそうになってしまう。

 誰一人として無理矢理明るく振る舞ったりはしていないことがよく分かる。

 それぞれが城に入る前に手を重ね合わせて誓ったことを、破ってなるかと前を向く。

 そして前を向く皆を見て僕も前を向くことが出来た。

 どうやら考え無しだとか行き当たりばったりだと表現してきた彼等の行動も馬鹿にしたものじゃないらしい。

 人に勇気を与えるということもまた彼等の能力なのかもしれないと、そう思えるのだから。

「何にせよ、進むと決まったのなら行くとしようトラ。敵を倒したとはいえ、まだ敵地のど真ん中に居るということを忘れるなトラ」

「うむ、虎殿の言う通りだ。それぞれの勇気と決意は確と受け取った。あとは気を引き締めて進み、皆で無事に帰るためにベストを尽くそう」

 二人は再び進むべき方向へ身体を向けた。

 それを見たサミュエルさんが止めていた足を動かし歩き出すと、僕達も顔を見合わせ頷き合ってそれに続く。

 一つ進むごとに立ち止まり、悩み考え、答えを必要とするかもしれない。

 それでも僕達は進むことをやめることなくここまで来た。

 その歩みもあと一つというところまで来たのだ。

 その事実はきっと僕達自身にとってもセミリアさんにとっても確かな意味があって、同時に精神的に大きな成長や進歩をもたらしたのだろう。

 そんなことを思いながら、二つ目の大きな扉を潜った。


          〇


 三番目の部屋。

 すなわち魔王とやらが居る玉座の魔の一つ手前にある部屋は一転して何事も無く足を進めることが出来た。

 本当にただ洋風建築の玄関ホールが三つ並んでいるだけのような作りになっているみたいだ。

「さっきはモンスターが襲ってきたのに、進んだ先のここには何もねえのかよ。意味が分からんランダム性だな」

 最後の扉のすぐ前にまで来ると、奥に進むに連れてつれてモチベーションが上がりつつある高瀬さんはどこか不満げだ。

 この人はどちらかというと安全度よりもスリルや冒険を求めている部分が抜け切らないらしく、はた迷惑な思想この上ないのだが確かに僕達の警戒心など何処吹く風というぐらいに何も起きる様子がない。

 敵が襲ってくるわけでもなく、何か罠があったわけでもなく、ただぞろぞろと数百メートルを歩いて扉の手前までやって来ることが出来た。

 だからといってこのまま何事もなく、なんて展開が有り得ないということは既に視界に入る()()がすでに証明しているようなものなのだが……。

「何も無いってことはないんじゃないの? 絶対何かあるでしょあれは」

 まさにその指摘を口にしつつ、春乃さんが()()を指差した。僕達の左手に見える三つの扉を。

 ここに来るまでに見た左右に等間隔で並んでいた小部屋は数えると軽く銃を超えていたはずだ。

 しかし、今僕達の目の前にある三つの部屋だけはそれらとは明らかに違っている。

 ほとんどの扉がボロボロだったり片方だけ、或いは扉そのものが無くなってしまっている朽ち果てた見た目をしている無数の扉の中で目の前の三つだけは誰が見ても別の意味を持つのだと分かるだけの演出が施されているのだ。

 一目で後から設置されたのだと分かる風化のほとんど見られない真新しい扉が三つ。

 扉のデザインからしても他の物とは違っていることは一目瞭然である上に、それぞれの扉の前には鉄なのか銅なのかは分からないが、高さにして一メートルはあろうかという金属製のオブジェが地面に刺さる様に立っている。

 右から順に剣、杖、そして鳥の羽を模した形のその三つのオブジェが何を示しているのかは考えるまでもないことだった。

「あれは……勿論そういう意味なのだろうな」

 そのオブジェを眺めながら、誰にともなくセミリアさんが呟いた。

 恐らくは誰しもがこの部屋か、この向こうの部屋で待ち受けている存在の姿をイメージしていたことだろう。

 まさかこんな形であるとは思いも寄らない、という感想は僕とて同じだ。 

「そういうことになる、でしょうね。あの立ってる銅像の様な物が中に居る人物を示している、ということなんでしょう。剣の所にはエスクロという男が、杖の部屋には城に居た偽物の王様が、僕は鳥の羽を連想させる人物と出会った記憶は無いですが、そこにも誰かしらが居るということを示している。当然ながら露骨な示唆がイコール事実だとは限りませんけど」

「でもさ、わざわざ別の部屋に居るんなら放っておいてもいいんじゃないの? あたし達はその魔王ってのをブッ飛ばせばいいんでしょ?」

 春乃さんの言葉は、確かに理屈で言えばそのとおりではある。

 だがエスクロという男は確かにここで待っていると、言い残したのだと聞いている。その上で放置して先に進むなんてことが出来るだろうか。

 ゲームなどに例えるなら避けて通れない様なシステムにされているのが一般的だとは思うが……果たしてこの世界における理屈ではどうなのか。

 ということを言おうとしたのだが、それよりも先にサミュエルさんがその答えを口にした。

「そうもいかないみたいよ」

 背後から聞こえるそんな声に一斉に振り返ると、サミュエルさんはこれから開こうとしていたはずの玉座の間に繋がる扉に手を当てている。

「これのせいで扉が開かないわ。今まで一度だってこんなものは無かったのに」

 憎々しげに吐き捨てるサミュエルさんの方を見てみると、分厚い扉の中心あたりに穴が空いているのがすぐに分かった。

 テニスボールぐらいの大きさの穴が三つ、まるでそこに球体の何かを埋め込ませるためのものであるかの様にボコっとしたへこみがある。

「穴が空いてるから扉が開かないってのはどういうことなんだぜ? ふんがぁぁぁ…………確かにビクともしねえ」

 首を傾げる高瀬さんは扉の傍まで行くと、力尽くで開こうと両手で扉を押した。しかし言葉の通り扉が開く様子はない。

 入り口を含めここまでの扉は少し押しただけで簡単に開いていたのに、である。

 確かに穴が空いているから開かないという意味は僕にもよく分からないが、この世界の感覚からすると穴に収まるのであろう何かが鍵の役割を果たしているのだろうか。

『こいつは魔力によって閉ざされていると見て間違いねえだろう。この三つの穴にそれぞれ宝玉かオーブかは分からねえが、そいつを探して嵌め込むことによって封印が解かれるって寸法だ』

「なるほど、やっぱりそういう仕組みなんだね。で、その穴が三つ、左手に見える部屋も三つ……これは無視して進めないようになっていたと見て間違いなさそうですね」

 ジャックの説明によってある意味悪い方向にやるべきことがはっきりしてしまったわけだけど、問題はその上でどうするか、ということになる。

「ま、私は元から幹部とやらも纏めて蹴散らすつもりだったから別に構わないけど、誰がどの部屋に行くかってことよね」

「待てサミュエル、なぜバラバラで行く前提で物を言う。こんな時ぐらい共闘することを受け入れないか」

「別に好き嫌いで言ってんじゃないっての。こんな時でも共闘なんて御免被りたいのは間違っちゃいないけどさ。あれを見てみりゃ分かるわよ、羽の根本」

 サミュエルさんは羽のオブジェを顎で刺した。

 今まで全く気付かなかったが、数メートル先のオブジェの根本には紙切れ? らしき物が置いてある。

 まるでオブジェによって地面に打ち付けられるような形で。

「あれを読んでみなさい」

「念のため、オイラが取ってくるとしようトラ」

 何とも男らしい声で男らしい台詞を残し、虎の人がオブジェの方へと近付いて行く。

 罠である可能性を考慮すると回避できる能力を持つ三人のうちの誰かに行ってもらうことが一番だっただけに、こういうところで先に考えてくれる虎の人の存在はとてもありがたい。

 しかし、そんなことよりも……。

「サミュエルさん……ここからあの紙の文字が読めるんですか?」

「目が良い方だってだけでしょ。別に驚かれる程のことでもないわ」

「いやぁ……」

 そういう次元の話じゃないのではなかろうか、と思えてならない。

 目が良いといっても、視力に換算すると6.0ぐらいないと出来ない芸当なのでは?

「ゲレゲレ、なんて書いてあるんだ?」

「ふむ、確かに一致団結とは行かないようだトラぞ」

 戻って来た虎の人が持ち帰った羊皮紙の様なその紙を高瀬さんに手渡した。

 今まで触れなかったが、言葉同様どういうわけか文字も日本語として読むことが出来る不思議を気にもせずに高瀬さんが読み上げる。


 宝玉は我ら三人がそれぞれ持っている

 先に進みたければ奪いに来るがいい

 但し

 部屋の扉には二つの鍵が仕掛けられている

 一の鍵を開く方法は至極単純

 必要なものは勝利ただそれだけ

 二の鍵を開く方法は千辛万苦

 三つ全ての一の鍵が開くことのみである


「それはつまり……サミュエルの言う通り三組に分かれた上で三つの部屋に同時に入らなければならない、ということか」

 聞き終えるやいなや、セミリアさんがその文章の意味を理解し結論を口にした。

 一の鍵と二の鍵……そう言われてみると確かに三つの扉には上下に二つの錠が並んで設置してあるようだ。

「そうみたいですね。これを読む限りでは、というレベルの話であって、あんな連中の言うことですからそう簡単に鵜呑みにも出来ないですけど」

 言ってしまえば、中に入った後に条件を満たしたところで鍵が開くとは限らない。

 もっといえば中に連中がいるかどうかも確実と言える根拠はない。

 ただ閉じこめられるだけで終わる可能性だってあるし、中には罠が待っていることだって大いにありうるのだ。

「ジャック、あの鍵もやっぱり他の手段で開ける方法は無いと思う?」

『恐らくな。少なくともただの錠じゃねえことは分かる。封印系の魔力ってのは簡単なもんじゃねえが、あのギアンって野郎なら可能だろう。罠じゃないと断言出来る要素もねえが、ここまで演出してくれやがったんだ。俺は薄いと見るがね』

「そっか……じゃあ問題はどうするか。いや、どう分けるかってことになるのか」

 一番安全な組み合わせ……それはすなわちあの化け物達に勝てる可能性が一番高い組み合わせ。

 あんなSFチックな異常さを持つ連中相手であっても、倒すことが出来なければ未来どころか明日もないという冗談みたいな状況だが、文字通り死ぬ気で考える他ない。

「ねえ康平っち。ほんとに三組に分かれんの? それは別にいいんだけど、罠だって可能性もあるって言ってたじゃない? だったらガイコツがそう思うってだけの理由で罠じゃないって判断をしちゃってもいいわけ?」

 あれこれと考えを巡らせていると、春乃さんは腑に落ちないとばかりに僕とジャックを交互に見た。

 どこまでも信用されていないジャックが不憫でならないけど、僕とてジャックの言葉だけで判断したわけではない。

「罠ではないと決めつけている訳ではないですよ。ただ、結果的に同じであるというだけです」

「同じって、何が同じなの?」

 ただ一人、純粋に不思議そうに首を傾げるのはみのりである。

 理解しろとは言わないが、もう少し緊張感を持ってくれないだろうかと思えてならない。そして、きっと言ってもさらに首を傾げられるだけなので言いたくても言えない。

 肝が据わっているのか、お気楽なだけなのかそろそろ分からなくなってきた今日この頃だった。

「要するに、僕達の行動パターンとしては紙に書いてあることを事実だと判断して危険を承知で三つに分かれるか、無視して少しでも安全に全員で一つの部屋に入るかの二択なわけ。あくまであの部屋に入ってその宝玉? を手に入れようとするならの話であって退散するとかなら別だけど、それを除外するとね。それと、逆に何人で入ろうと出る方法があったってパターンも除外。理由はその場合僕達の行動パターンは結果を左右しないから。もっと言えば二組に分かれるパターンも含まない。二手に分かれて二つの部屋に入ろうが、二手に分かれて一組は部屋に入ってもう一組は外で待機という方法を取ろうが、結局部屋に入る者にとっては全員で行動することと違いが無いから。となると僕達の選択とそれによって生まれる結果の組み合わせは全部で四通りあることになる」

 一つ目、全員で一つの部屋に入り紙に書いてある事が事実であった場合

 二つ目、全員で一つの部屋に入り紙に書いてある事が事実でなかった場合

 三つ目、三組に分かれて部屋に入り紙に書いてある事が事実であった場合

 四つ目、三組に分かれて部屋に入り紙に書いてある事が事実でなかった場合

「紙に書いてある事が事実でなかった場合にどうなるかということまでは推測出来ないから予め出る方法なんて無くて閉じこめられてしまう、という仮定になるけど、この四つのパターンのうち部屋を出ることが出来る可能性があるのは三つ目だけということになるでしょ? 罠だった場合に大勢でいた方が助かる可能性が高いとか、外からのみ鍵を開く方法があるだとかってイレギュラーな要素が無いでもないけど、罠か否かを断定することが出来ない現状で部屋に入ることにするのであれば理屈からすればそうなるんだよ。勿論ジャックの言うことも一理あって、結果的にどういう選択をしても結果が変わらず閉じこめたり罠に嵌ることになるのだとしたら今このタイミングである必要性が無いとも言えるし、三つ部屋を用意しなくても、あんなオブジェなんて無くても、書き置きなんてしなくても、どこかの部屋に入らせるとか、そうでなくてもこの部屋や奥の部屋で同じ事が出来るわけだから。ここまで周到に準備した上で逆にそういう心理を利用してって可能性もゼロではないんだけど、そうなると結局は僕達が進むか退くかによって左右される結果だから進む上でどうするかという考察には含まれないってわけ」

「へ~、なんだか凄いね康ちゃん」

「ほんと、予備校の先生みたい」

 みのり、春乃さんが感心していた。

 全然まったく感心する場面ではないのだが……。

「何が何やらよく分からんが罠である可能性は低いってことと、とにかく三チームに分かれてあそこに入るってことでいいんだろ康平たん。だったらそのチームはどう分けるんだ? 当然俺をエースとして」

「その辺りはセミリアさんやサミュエルさん、虎の人の意見を聞かないことにはなんとも。僕は斬ったり光ったりということに関しては知識が乏しいですし」

 例えばどういう相手には誰が行くべきか、魔法で爆発させられたり剣で斬り掛かってきたりに対する相性というのか、有利な戦術や得手不得手なんかは全くといっていい程に分からない。

 高瀬さんみたいにゲーム基準で考えていいものでもないだろうからこそ余計に三人の意見優先でいくべきだ。

「そのことだがコウヘイ、あのエスクロという男は私に任せて欲しい。元々奴を取り逃がした責任は私にあるし、奴の挑発に乗りたくはないがこの場所で待つと面と向かって言われた以上私の手で下したいのだ」

「他の二人がそれでよければ僕は異論を挟むつもりはありませんけど……」

 チラリと二人、特に文句を言いそうなサミュエルさんの顔色を窺ってみる。

 が、その表情は特に何か言いたいことがある風でもない。

「私はそのエスクロってのに直接会ったわけでもないし、別に誰でもいいわ。というか私は一人で行かせてくんない?」

「それは駄目だ。単独行動は厳禁だとノスルクに言われているだろう」

「はぁ、こんな時にまでジジイの言い付けが大事ってある意味気楽なもんよね」

「皮肉も結構だが、せめてコウヘイは連れていって貰うぞ。間違ってもお前の子分などではないが、コウヘイならば文句は無いのだろう」

「はいはい、分かったわよ。じゃあ私はコウとペアってことで、他の奴はいらないから。どうせ戦うのは私一人だし」

 そんなわけでというか、どういうわけか一つ目のチームは僕とサミュエルさんに決まった。

 そんなやりとりを横で聞いていた春乃さんが耳元に顔を近づけてきたかと思うと、

「ねえねえ、康平っち。いつからあの生意気女の子分になったわけ?」

「いつからなんでしょう……僕にも分かりませんけど、機嫌を損ねずに済むならなんでもいいかなぁと」

「ほんっと甘いわねー。やっぱ尻に敷かれるタイプってことなのよ康平っちは」

「そんなことを今冷静に言われても……」

 たまには緊張感を持って下さい……とは言えなかった。

 なんだか立つ瀬がない。

「では残るは私と虎殿のチームだが、虎殿は何か意見はあるだろうか。やはりミノリとのペアがよいか?」

「本来ならばそうしてもらいたいところだトラが、オイラとレディーマスターではどうしても攻撃のタイプが似通ってしまう。少数精鋭で戦いに臨むのであればむしろオイラはバンダナか金色娘と組むのがベストだろう」

「なるほど、では私がミノリと組むことにしよう。虎殿はハルノ、カンタダとチームを組んでくれ」

「異論は無い…………トラ」

「よし、ではミノリ、ハルノ、カンタダもそれでよいか?」

「は、はい。セミリアさん、よろしくお願いしますっ」

「うむ。よろしく頼む」

 何故かみのりはセミリアさんと握手。

 そして残る二人はというと、

「別にあたしも文句はないけど、ぶっちゃけおっさんは要らないかなー」

「おいやめろお前。学校で体育のチーム決めの時にいつも最後まで残っていた暗黒時代の記憶が蘇るだろうが」

「何十年前の話よそれ」

「俺はまだ二十五だっつーの。ガキめ」

「はいはいそうですねー、じゃあ行くわよトラ」

 いつまで経っても相変わらずの二人だったが、珍しく喧嘩になる前に春乃さんが切り上げたかと思うと早々に三つの扉へ向かって歩き出す。

 すかさず虎の人が待ったを掛けた。

「行くというが黒色よ、杖の扉と羽の扉のどちらに行くか決まってなかろうトラ」

「いい加減呼び方を統一しなさいってのよ。こんなもんは結局のところ右か左かなんだから直感を信じればいいのよ」

 春乃さんは立ち止まり、顎に手を当てながら睨む様に高瀬さんと目を合わせた。

 お互いが何か言いたげにしながらも、相手を無視して勝手に考察を続ける。

「こういう時は……」「俺の直感によると……」

 ……。

 …………。

 ………………。

「右ね」「右だな」

「…………」

「…………」

「珍しく意見が合うじゃない」

「死亡フラグじゃねえだろうな」

「そん時はそん時よ。気合いとロックでブッ飛ばせばいいんだから」

「愛と勇気だけが友達ってわけだな」

「そういうこと。行くわよ」

「仕切んな二番手キャラめ」

 そんな言い合いをしながらも杖のオブジェの立つ扉へ足を進めていく二人。

 その姿を後ろから見守りながら虎の人が一言。

「ということらしいが二刀流、問題は無いトラか?」

「言ったでしょ、私は誰が相手でも構わない。アイツらだけじゃ即死なんだからアンタもさっさと行けば?」

「うむ、ではそうするとしよう。皆の者、無事で帰れトラ」

 渋い声でそう言い残して、虎の人も扉へと向かって行く。

 すぐにサミュエルさんが続いた。

「じゃ、私達も行くわよコウ」

「あ、はい。ではセミリアさんとみのりもお気を付けて」

「ああ、お主もな。必ず無事に再会しよう」

「康ちゃんも絶対無事で帰って来てね」

「うん、みのりもセミリアさんの言うことをちゃんと聞くようにね。無事じゃなかったら許さないから」

「大丈夫。絶対に」

 僕は二人とガッチリ握手をした。

 目と目で健闘を祈り合い、再び無事に会うとお互いに誓って。

 魔王との最後の戦い。

 その前哨戦とも言える最大の山場へと足を踏み入れる。

 誰もが命を懸けて、皆で全てを懸けて。


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