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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑧ ~滅亡へのカウントダウン~】
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【第十二章】 意志無き戦場

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 地面に血溜まりを作り、倒れたままピクリとも動かなくなった少年に背を向けるとラブロック・クロンヴァールは剣を拭った布切れを放り捨て白馬の元へと歩いていく。

 その痛々しい姿を一瞥し、やや遅れて後に続いたダニエル・ハイクは鼻息を一つ漏らして呆れたように言った。

「姉御、あれじゃどのみち助からんぜ? 情けを掛けたとは思っちゃいねえが……」

「生かしておいてやったつもりはない、ただ殺さずにいてやっただけだ。生死がどうあれ全ては奴自身の判断と選択が招いたこと。運良く生き延びたなら、それも奴の持っている何かとでも思っておくさ。文句があるか?」

「いいや、何も。ただ、貸し借り云々の話は先に俺がやってたんでな。二重で返しちまったとありゃ今度はこっちが返してもらわなきゃならんぜってことを言いたかっただけだ」

「あいつに貸しを作っておくのも面白いものだがな。いずれにせよあのまま放置していて生き延びることはあるまい。誰かに見つけられでもしない限りはな」

「なんだっていいが、これでナディア・マリアーニを追う手掛かりはなくなったぜ? これからどうするんだ?」

「この布陣で崩れた岩をどかしていては時間が掛かりすぎる。遠回りになるが回り込み、先にある町や村を片っ端から洗い出せ」

 猛毒に侵されているクロンヴァール王は今や魔法力を生成することが出来ないレベルにまで蝕まれている。

 そうでなければ行く手を塞ぐ崩落した崖の残骸程度、容易く吹き飛ばしているだろう。

 代名詞とも言える魔法陣を作り出すことですら著しく体力を消耗し、疲弊を招いてしまうため長らく封印している状態だ。

 それゆえに間一髪で逃げ延びたマリアーニ王を『悪運が強い』と表現したのだった。

「港は既に封鎖しているのだ。今すぐに追いつけずとも徐々に逃げ場もなくなる、国外にさえ出さなければ時間の問題だ」

「ひとまず了解だ。で、姉御は来ねえのか?」

「この国に到着した直後、サントゥアリオから知らせが届いてな。どうやら雷鳴一閃(ボルテガ)が本城に戻ったようだ。昼までに準備を終わらせ侵攻を再開するつもりだったが、奴が前線から消えた今がまたとない好機。予定を早めて各拠点を落としに掛かる、お前も来るか?」

「いいや、やめとくよ。アルバートの旦那やユメ公だけじゃなく近衛隊の連中も居るなら見せ場を貰えるとも思えねえからな。手土産にユノ王の首でも持ち帰れればいいんだが、むしろこっちの方が時間を食いそうだ。俺は残った方がいいだろう」

「そうか、面倒ばかり押し付けてしまってすまないな」

「んなもんいくらでも押し付けられてやるから向こうに戻った後は少し休んでおけよ。あっちには主力が揃ってんだ、当面は指揮だけ執ってりゃ事足りるだろう」

「ああ、そうさせてもらうとするかな。蜻蛉返りの身で情けないことを言いたくはないが、少々疲れた」

 額や首筋に汗を光らせる姿は到底常時のものとは言い難く、ハイクは目を背けそうになるのを悟られまいと懐から煙草を取り出すことで取り繕った。

 たったこれだけの距離を馬で移動した程度のことで体力を削ってしまうのかと、落胆する気持ちをどうしても抑えることが出来ず時を経るにつれ歯痒さは積もっていく。

「進展があればすぐに鳥を飛ばす。どちらか一方ぐらいは今日明日中にカタ着けねえと不味いだろうよ」

「サントゥアリオの方はそのつもりだ。残るは三つの砦と本城のみ、一気に突破し王の首を取る」

「ま……無茶だけはしてくれんなよ、色んな意味でな」

「命ある限り私は私が決めた道を進む、少ばかりヘバったところで何ら差し障りはない。最後の一時まで私がラブロック・クロンヴァールであることは変わらん」

「そりゃ結構なことで。ひとまず俺ぁ二手に分かれて回り込む、必要な時はすぐに呼んでくれや」

「数以外で劣る要素は何一つとしてない、こちらは心配するな。どこに向かおうとしているのかは知らんが、この国を出られると面倒だ。アイテムによる移動にだけは引き続き細心の注意を払っておけ」

「勿論そこを一番にマークするつもりではいるが……あの状況で使わなかったぐらいだ、入手出来ているはずもないと思うがね」

「そこで寝ている小僧の入れ知恵があるのだ、まず(、、)間違(、、)いな(、、)いで(、、)あろ(、、)()推察(、、)程度なら容易く覆すぞ」

「はっ、随分と買われたもんだな。だがまあ、諸々了解だ。ユメ公はともかく、アルバートの旦那の言うことはちゃんと聞いといてくれよ」

 短くなった煙草を指で弾き飛ばすと、ハイクはそのまま背を向け部隊の元へと戻っていく。

 馬に跨り部下に指示を飛ばす姿を見て一言『すまないな』と小さく呟き、クロンヴァールも愛馬に触れると同時に唯一魔法力を必要とせず詠唱一つで発動することが出来る船への移動のための呪文を口にし、その場から姿を消した。


          ○


 それから少し経ち、ラブロック・クロンヴァールがサントゥアリオに陣取った部隊に再合流した頃。

 その大国サントゥアリオの中心に聳え立つガローン城塞では王国護衛団(レイノ・グアルディア)の軍勢が着々と戦闘準備を進めていた。

 指揮を執るのは副隊長の一人、シビル・ラウニッカだ。

 十七歳と若く、演習以外で部隊を率いた経験が無いこともあり慌ただしく拙い指示になってはいたが、それでも国と王を守ろうという強い意志を全面に押し出し精一杯奔走している。

 同じく城塞の防衛を任された副隊長ルバンナは単独での戦闘に長けた性質と連携に不向きな性格により指揮権を持つことなく既に要塞を出て外で待機していた。

 小さな町の先端に建つガローン城塞は町の防衛、そして外敵の侵攻阻止という二つの役割を持っている。

 後方には大きな山が広がっており直進を選んだ場合には本城までの距離は近くとも困難な道が続いているが、迂回するルートを選んだ場合にはやや遠回りになるものの東に流れる大河に掛かる橋を渡ることで本城への到達が可能となっているという地理と今この国が置かれている状況が町の防衛に徹することを許さず、本城へ向かうシルクレア軍の侵攻を食い止めるために迎え撃たざるを得ない事態を招いていた。

「…………」

 昼時を迎える頃にはシルクレア軍の襲来が予測される中、総員に戦闘配備の指示を出し各部隊の士官に段取りを伝え終えるとラウニッカは一人ツィンネに立ち城塞正面にあるアーチ門の上から外部に広がる景色を眺めている。

 約四百名の兵士が交戦に備えて左右にズラリと展開しており、横並びに配備された五十の大砲を先頭に騎兵、弓兵、歩兵の各部隊が前方を埋め尽くしていた。

 かつての帝国騎士団との抗争でもここまで大規模な戦闘態勢を経験したことはなく、演習でしか経験したことのない壮観な風景を前に使命感も相俟って気は高ぶっていたが、それでもラウニッカの表情は冴えない。

 理由は一つ、自身の年齢や性別を除いても明らかに指示に従う兵の士気が低いことをはっきりと感じているからだ。

 大半の兵士から国を守る、敵を倒すという気概や闘争心などほとんど見て取れない。それは紛うことない事実だと言えた。

 どれだけ叱責を重ね、危機的な現状を説いたところで効果がない程に多くの兵が及び腰でいるのだ。

 打破しようにもその方法が見当たらず、自身の統率力の無さに対する歯痒さと恐らくその要素が無関係であろうことに対する嘆き節が渦巻き取るべき行動を探っては失望してということを何度も繰り返していた。

 王国護衛団(レイノ・グアルディア)の兵士がそんな心持ちに陥っている原因は複数ある。

 世界一の兵力を誇るシルクレア兵を敵に回していること。

 そして向かって来る者には容赦しないが、そうでない者の命を奪うことはしないというラブロック・クロンヴァールの宣言。

 その二つの原因が重なり、命懸けで戦い仮に敵を倒すことが出来たところでその先に何が待っているのかを考えると、戦うことの意味を見出せないでいるのだった。

「ラウニッカ副隊長!!」

 昼を向かえるまではまだ少し時間がある。

 その前に一度キアラ総隊長に知らせを送ろう。

 そう決めて歩き出そうとしたのとほとんど同時に、ラウニッカの背後から大きな声がした。

 振り返ると部下の若い兵士が駆け寄ってきている。

「どうしたの、そんなに慌てて」

 声を掛けると兵士はラウニッカの目の前で立ち止まり、ただならぬ形相で驚きの報告を口にした。

「ぜ、前方よりシルクレア軍が現れました!! 脇目も触れずこちらに向かって突進してきているとのことです!!」

「なんですって!?」

「数は二百から三百程度、クロンヴァール王の姿も確認出来ているとのことで……到達までほとんど時間は掛からないだろう、と」

「ここが一番襲撃の可能性が低いって話だったのに……その予測の裏をかいてきた? まさかラブロック・クロンヴァールが直接率いてくるだなんて」

 絶望的な表情を浮かべる若い兵に続き、ラウニッカも落胆の声を漏らす。

 しかし、すぐに気を取り直し毅然とした顔で視線を上げた。

「急いで全軍に敵襲の合図を出して。それから本城、スコルタ、ベルジオンに早鷲を送るように伝えに行って。早く!」

「りょ、了解です」

 大声に我を取り戻した兵士はすぐに背を向け走り出す。

 ふぅ、と一つ息を吐き落ち着きを取り戻すと、ラウニッカもいずれ戦場と化すであろう城塞の外へと足早に歩いて行った。


          ○

 

 それから間もなく、城塞内にいるほぼ全ての兵が外に出て敵を迎え撃つ準備を完了させつつあった。

 内部にいる者を合わせると待ち構えている兵の総数は六百を超えている。報告されたシルクレア軍の数が正確なら倍にも達する差だ。

 ラウニッカは左右に大きく展開しガローン城塞に限らず近隣全ての行く手を阻む陣形を取る王国(レイノ・)護衛団(グアルディア)の先頭に立ち、前方を見据えている。

 隣には同じ副隊長のオットー・ルバンナが控えており、すぐ後ろには台車に乗った大砲が並んでいる。背後に控えている各部隊を含めそれら全てが敵襲に備えて緊張感を漂わせる景色を作り出していた。

 城塞の防衛ではなく侵攻の阻止が至上命題であるため密集した陣形を敷くことが出来ないことに不安を覚えながらも、ラウニッカは真っ直ぐに正面を見つめたまま口を真一文字に結んでその時を待っている。

 他に方法が無いのなら回り込む暇も与えず叩くだけだ、そんな決意を心に宿して。

 城塞周辺には荒野が広がっているが、その向こうには更に大きな高原が一帯を埋め尽くしている。

 それはつまり棟からの見張りでは遠方の敵を捕捉するのが難しく、奇襲を掛けられた場合に初動が遅れる可能性が高いということだ。

 そのためラウニッカはキアラの指示で高原に複数の兵を置いている。

 敵の襲撃をいち早く察知するべく配置した監視からの合図が今まさに全軍の目と耳に届いた。

「…………来た」

 遠方で打ち上げられた二発の閃光弾が上空で破裂した爆発音と目映い光りを認識するとラウニッカは背中から槍を抜き、無意識に小さな声を漏らす。

 そしてすぐに戦闘準備状態の維持から臨戦態勢へ移行させるサインを送ると、隣で瞼を重そうにしているルバンナへと声を掛けた。

「ルバンナ、何をボーッとしてるの。今の合図を聞いてたでしょ、すぐに敵軍が現れるんだからシャキッとしなさい!」

「モン……早く終わらせて昼寝にするモン」

 直前まで食事に時間を費やしていたルバンナは表に出て以来絶えず眠そうな顔をしていたが、そこでようやくブンブンと首を振り気を引き締め直した。

 両腕には細長くも頑丈な盾が縛り付けられている。

 持ち前の人並み外れた腕力を生かすため、武器を持たず肉体一つで戦うことがルバンナの戦術なのだ。

「昼寝なら奴らを追い払った後に好きなだけしていいから、今は死ぬ気で頑張ってもらうわよ。負けたら一生ご飯なんか食べれないんだから」

「それは、困るモン。だったら山ほど肉を食べておけばよかったモン」

「何でそうなるのよ、勝てばいいだけでしょ」

「当然だモン。勝って山ほど肉を食べるモン」

 緊張感の無い返答にラウニッカはこの男を戦場で信用していいものかとどうにも不安になる。

 気合いの感じられない態度を叱責しようとするが、敵襲を告げる大地がその言葉を飲み込ませた。

 細かな振動が地面を伝わる。

 遅れて聞こえてきたのは、無数の馬が駆ける足音の連奏だ。

「来るわよ。全軍構え!!」

 高く大きな声が辺りに響く。

 その背後では砲兵が大砲の照準を調整し、他の部隊も弓や剣、槍を構えていた。

 すぐさま前方から敵の一群が姿を現わし地平線を埋め尽くしていく。

 小さな丘を越えて猛スピードで直進してくるシルクレア軍を目に、ラウニッカは馬に跨りつつも思わず舌打ちを溢した。

「正面から城塞に突っ込んでくるなんて……完全にナメられてるわね」

 沸き立つ怒りに、徐々に冷静さは失われていく。

 自陣の戦略や敵軍の思惑に考えを向ける余裕はなく、ただ負けてたまるものか、意地でも迎え撃ってやる、そんな結論だけが先走ってしまっていた。

 その心情を投影するかのように、横並びに展開するシルクレア兵が射程圏に入るなりラウニッカの指示によって弓兵が一斉射撃を開始する。

 最後尾、そして城塞からは狭間やツィンネから、上下に分かれて大量の矢が降り注ぎ迫り来る敵軍に襲い掛かると、最前線を進む数十人が分散して攻撃の回避に出た。

 まるで読み通りだと言わんばかりに間髪入れずその後ろを走る一群から魔法攻撃が一斉に放たれると球状の炎が、魔法力の塊が、幾十にもサントゥアリオの兵達へと襲い掛かる。

「こっちの弱みを突こうってわけ……騎馬隊は前進の用意を、大砲撃て!」

 距離が近付くにつれ、辛うじて直撃には至っていない魔法攻撃が命中に近付いていく。

 そうなる前にラウニッカは守備陣形を解き反撃に出るための指示を出したが、その判断は想定外の事態を招くこととなった。

 無数の爆音が辺りに響き渡る。

 大きな大砲から次々に発射される砲弾は両軍の間で爆発と炎上を繰り返し、より大きくシルクレア兵を分散させ、そこでようやく直進する足を止めさせた。

 するとどういうわけか魔法攻撃もピタリと止む。

 そこにある違和感に最初に気付いたのは一番前に立つラウニッカだった。

「おかしいわ……あの煙は爆発によるものとは明らかに違う」

 砲撃を中断させると、不可思議な光景に思わず呟きが漏れる。

 大砲による爆撃が生む黒ずんだ煙とは別に、真っ白な煙が戦場の中心を覆っていることに加え、敵兵が一向に突破して来る気配がない。

 すぐにその正体に気付くと、そこから相手の狙いを導き出すのは容易だった。

「あれは、魔法による煙幕? つまり……敵は姿を眩まそうとしている?」

「足を止めているなら好機です、続けて撃ちますか?」

 背後に控えていた士官の一人がラウニッカの傍に寄る。

 それは一時的とはいえ動きを止めた自軍の状態を不安に思っての進言だったが、ラウニッカは慌てて首を振った。

「駄目よ、相手の狙いが何であれ余計に姿を隠しやすくさせてしまうわ」

「ですが、ではどうするのです」

「こっちから見えないってことは相手からも見えないってこと。その隙に私達があそこを突き抜ける、煙が晴れるか敵が飛び出して来た所を狙い撃つように指示を出して」

「りょ、了解しました」

「ほら、行くわよルバンナ! 私達でラブロック・クロンヴァールを仕留めてやるわ! 第二騎馬隊はついて来なさい」

 そう言い残し、ラウニッカは先陣を切って煙に覆われる前方へ向かって馬を走らせた。

 後ろにルバンナが、その後ろに指名された部隊三十七名が続く。

 視界の悪い両陣営の中間地点付近を真っ直ぐに突き進んでいく最中、煙幕に紛れる敵兵と数度武器をぶつけ合ったがそれ以外に奇襲とも言える特攻を遮る物はなく、ラウニッカを初めとする王国護衛団の一部隊は戦場を駆け抜け標的の姿を捕えた。

 視界が晴れる、その先にいるのは数十人のシルクレア兵とクロンヴァール王及びその側近と思しき兵達だ。

「ラブロック・クロンヴァール……先陣を切ることもせず、一番後ろで高みの見物ってわけ。馬鹿にして!」

 戦闘に加わる様子もなく、最後尾で足を止めている赤い髪の王は益々ラウニッカを苛立たせる。

 既に冷静な判断など欠片も出来る状態ではなかった。

「ルバンナ、あんたが前にいる奴らを蹴散らして! その隙に私が突破する!!」

 槍を片手に殺気漲る目で敵将を睨み付けると、感情のまま隣を走るルバンナに対し半ば怒鳴りつける様な大声で言った。

 それを受け、巨体に比例した大きな馬に跨るルバンナは一人速度を上げ、単身前方で待ち構えるシルクレア兵の集団へと向かっていく。

 そして食い止めようと襲い来る兵士達とぶつかり合う寸前で飛び降りると、勢いよく両腕の盾をぶつけ合った。

 ルバンナは一瞬にして包囲されてしまうが危機感を抱くことなく、数発の魔法攻撃を右腕の盾で叩き潰しラウニッカが進む道を切り開くべく力の限りの暴走を始める。

「モン! モン! モンンンンンンン!!」

 空腹時と睡眠を欲している時のルバンナは普段よりも更に力強さを増す謎の特徴を持っている。

 持続時間は長くないが、十人程度に囲まれたぐらいで止められるレベルではない。

 それを知るはずもない複数の兵が一斉に剣を突き出したが、ルバンナは容易く両腕の盾で防ぐと両腕を振り回しながら体を回転させた。

 接近した数名のみならず周囲の兵は馬ごと弾き飛ばされ、そこに確かな先へと繋がる道が開くと、その短いタイミングを逃すことなく、ラウニッカが脇を通り抜ける。

「ルバンナ、よくやったわ!」

 振り返ることなく突き進む背後では激しい金属音のみならず爆発音がしきりに聞こえていた。

 大砲による爆撃の音だけではない。

 それはすなわち魔法による攻撃が再開されたのだとラウニッカは目を向けずとも理解するが、それでも足を止めたりはしない。

 目の前に居る一人の王を仕留めこの戦いは終わらせる以外に国や部下を守る術はないのだと、狭まる視野を自力で戻すことが出来る状態ではなかった。

 クロンヴァール王は馬から降り、部下数名と地に立ちジッと戦況を見つめている。

 まるで王の護衛であるかのような数人の戦士は見るからに他の者よりも抜きん出た力の持ち主であることが伺えたが、ラウニッカは怯むことなくルバンナと同じ様に馬から飛び降り正面から対峙する。

 相手の力量差がある分、早さはあっても動きに制限がある馬の上では勝ち目がないと踏んだ。

「まさか直接私の首を取りに来ようとは、大した気概だな小娘」

 赤い頭髪の王、ラブロック・クロンヴァールはどこか嘲る様な笑みを浮かべている。

 その言葉を挑発以外の意味に解釈することが出来ず、ラウニッカの憤りはとうとう激昂するまでに達した。

「黙れ! 王の名を騙る侵略者め。お前なんかにこの国を好きにさせてたまるか!」

「良い覇気だ。が、その純粋さは若さゆえのものだな、まだまだ世の理を知らぬわ。手出しはせん、後ろを見てみろ」

「…………」

 罠か、これも挑発か。

 ラウニッカは葛藤の末、首を横に向け背後に目をやった。

 後ろに続いていたはずの部下の姿は一つもなく、そうして初めて共に飛び出した兵達が遠くで突っ伏したまま捕えられているルバンナと共に力尽くで押さえ付けられていることを把握する。

「聞け、王国護衛団の兵達よ!」

 不利さの度合いが増す光景にラウニッカが舌打ちを漏らすと同時に、クロンヴァール王の大きな声が響く。

 それを合図とする様にシルクレア兵の魔法攻撃は止み、戦場が少しの静けさに包まれた。

「私に侵略の意図はない。我が軍の目的はただ一つ、世界の未来を守ることだけだ! 抵抗の意志を見せぬ者に手を出すつもりはない。全てが終わったのち、無傷で解放することを約束しよう。反吐が出る程に耐え難き下卑た陰謀による無益な争い、それがこの戦いの全てだ! だがそれでも、祈るだけで都合良く救世主が現れたりはしない、諦観の先に皆が幸せになる行く末など待っていない、戦わなければ世界に未来はない! 貴様等にも、貴様等の家族にもだ! 必要な犠牲だと割り切れとは言わぬ。私とて抗う方法があるなら持てる全てをそれに費やそう。だが現実がそれを許してはくれぬ。この国を、ひいてはこの国の王を守るために我々と戦い、その後それらと共に滅ぶことに何の意味がある! それで一体誰が救われる! 既に多くの犠牲が出ているのだ、これ以上無意味な戦いを続けることこそ下衆共の思惑に乗ることに他ならなぬ……私は王として世界を守る道を選ぶ、誰を敵に回そうとも、例えこの命が尽き果てようともだ! 貴様等にはその後の世界を立て直し、守るという役目が残っている。だからこそ投降し武器を置け! 王の名の下に世界のため、国のため、民のために生を全うすることこそ我らが使命なのだ。それでも割り切れぬというのならば私の命をくれてやる。それが人の世で人を統べる我々王の役目だ!」

 ドスンと、鞘に収まった剣で地面を突くとクロンヴァール王の演説じみた怒声が止む。

 何をふざけた事を……と、呟くラウニッカに向けられたのは嘲笑混じりの不敵な笑みだった。

「さて、残るはお前だけのようだが?」

 少しの睨み合う間を挟み、告げられたのはそんな言葉だった。

 先程とは違い首だけではなく体ごと振り返る先にあったのは動きを止めた部下であり仲間であるはずの兵達の闘争心を失った姿だ。

 戦闘力が一番高いルバンナが早々に捕えられ、それを除いても既に劣勢に陥りつつある状況がただでさえ迷いを胸に残す兵達から立ち向かう意志を完全に奪い去ってしまっていた。

 迷いの中、早くも武器を置く者まで出始めるそのあまりにも情けない様に、そして自身の不甲斐なさに、怒りが頂点に達し全身を振わせながらもラウニッカだけは折れずクロンヴァールに槍を向ける。

「そんな言葉に騙されるもんか! 私達は国と陛下を守るために最後まで戦う!」

「小娘、力無き正義に価値などないことを知れ。使命感だけでは何も変わらん、粋がるだけのお前には何かを変える力はまだない。冷静になれ、よく考えろ、そして死に急ぐな。お前には、お前達には未来がある。この国、この世界と共に歩む未来が」

「知ったことか! 何を言われても私は道を空けるつもりはない! 差し違えてもお前を止めてやる! 例えラブロック・クロンヴァールが相手でも退くもんか!」

 今にも襲い掛かってきそうな年端かもない少女の怒気にクロンヴァール王は呆れた様に大きく息を吐くと隣に立つ長髪の男、すなわちアルバート兵士長と顔を見合わせる。

「僕が?」

「時間と体力の無駄だ。ヨハン、相手をしてやれ。間違っても殺すなよ」

「御意。して、姫様はどうなさるので?」

 ヨハンと呼ばれた顎髭を蓄えた中年の男はラウニッカ同様に腰から剣を抜く。

 近衛隊と呼ばれる兵士団とは一線を画する女王直属の精鋭揃いの部隊において隊長の肩書きを持つ男だ。

「当初の決定通り他の二地点から報告が届き次第一斉に行動に出る。悪いがその知らせが届くまで少し休ませてもらうつもりだ。疲れる程のことをしたわけではないが、ダンの説教は長くて敵わんからな。ここはお前達に預ける。無抵抗な者には手を出すな、捕虜とし城塞内にでも捕えておけ。その後は予定通り真っ直ぐ(、、、、)に本城に向かえ。任せたぞアルバート、ヨハン」

「「御意」」

短い返事を受けると、クロンヴァール王は馬に跨り背を向ける。

「待て!」

 ラウニッカは反射的に追おうとするが、一歩目を踏み出すと同時にアルバートが立ち塞がった。

「待つのは君だよお嬢ちゃん。残念だけど、君はここを通り抜けることは出来ない」

「姫様の意志は俺達の意志だ、お前が誰であれ邪魔をさせるわけにはいかん。どれだけの汚名を着ようと、誰にどれだけの恨みを買おうと、我らが主は世界を守ったという結果を残すと決めた。何人たりとも邪魔をすることは俺達が許さぬ。お前に我々を阻止する力がなくとも、僅かな可能性も残してはおくわけにはいかんのだ」

 ヨハンがそれに続くと同時に迷い無き鋭い突きが胸元に向かって伸びたが、ヨハンは眉一つ動かすことなくそれを受け止めた。

 主君の最後の戦いに全てを捧げることを決めた歴戦の戦士とこの戦いのために命を投げ打つ覚悟の若き戦士。

 そこには明白な実力の差が存在した。

 いとも簡単に返り討ちに遭いラウニッカがねじ伏せられるまでに、そう多くの時間を要することはなかった。


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