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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑧ ~滅亡へのカウントダウン~】
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【第十章】 狙われた女王

4/22 誤字修正 



「ふぅ、やっと外れた」

 話し相手なんて一切居ない見知らぬ風景に囲まれながら、僕は敢えて独り言を口にしていた。

 当然ながら傍には馬が一頭いるだけなので返事が返ってくることもないし、その馬も明後日の方向を向いてボーッとしているだけでこちらを見ようともしない。

 よほどしっかりと調教されているからか、単に鈍いだけなのか、馬車が壊された時ですら興奮したり怖がったりする様子もなく『何か?』みたいな顔で一瞬振り向いただけだったし、そうされるよりはありがたいとはいえ図太い馬がいたものだ。

 そのタイヤを破壊された馬車を直す技術もなければ引き摺って走るわけにもいかないのでどうにか荷台を馬から取り外したのだが、予想外に体力を使った感が否めない。

 さすがにそんなことまで習ってないもの。仕方がないとはいえ、結構疲れた。

「さてと、どうしたものか」

 目の前には変わらず名も知らぬ町が見えている。

 それ以外には特に見える物はなく、広大な無人の大地が広がっているだけだ。

 ビルや電線によって遮られることのない風景というのは日本の都会で暮らす身からすれば本当にこの世の物とは思えない不思議な雰囲気を感じさせる。

 いやいや、今更そんなことをしみじみと実感している場合ではないのだけど、僕を殺そうとする人間の姿が見えなくなったことで冷静さを取り戻し始めたおかげ、ということにしておくとしよう。

 ハイクさんの性格、人間性、或いは立場や信念からしてクロンヴァールさんの話が嘘ということはないはずだ。

 とはいえ、生憎と僕とて『運良く殺されずに済んでよかった~』なんて考える程楽観的な性格ではない。

 簡単な話だ。僕がハイクさんでも同じことをしただろう。

 この場で殺して終わり、では得られるものは少ない。

 ならば泳がせて釣る、それがどう考えても最善の策だ。

 ほぼ間違いなく遠くから僕を監視している誰かがいるはず。

 それを悟らせないためにクロンヴァールさんの話を明かし、馬車を壊したり貸し借りの話を持ち出したのだとすればあの人も中々に抜け目ない。

 見張られているのだとすれば出来るだけ早く三人にそれを伝えないといけないというか、いっそのことここからは別行動を取るべきなのだろうが毎度ながら連絡手段がないのがネックとなるわけだ。

 しばらく僕が身を隠せば済む簡単な話のようにも思えるが、出発時に二刻後に森から見てこちらとは逆側の町で合流することを約束させられているためそれも難しい。

 合流というか、正確にはその時間に戻らなければこちらから探しに行く、という条件を出されただけなのだが……頭が良いウェハスールさんなら例え渋々であっても最善の提案を受け入れてくれるものだと思っていたのに、意外と頑固なのだから困った姉だ。

 そりゃ僕だって他の誰かが同じ提案をすれば却下するのだろうけども。

「んー……」

 兎にも角にも、一度合流してこの場所での出来事を伝えるのが最低条件。

 とはいえ真っ直ぐに向かってしまうとマリアーニさんの居場所に案内しますと言っているも同じなのでここは慎重に時間を使うべきだろう。

 幸いにも目の前には町があるし、そこで昼ご飯でも食べてから何気なく出発することにしよう。

 そう決めて、僕は再び馬に跨った。

 馬車の残骸は申し訳ないが放置してく他あるまい。

 不法投棄としか言い様がないけど、運んで処理するわけにもいかないので致し方なしだ。

 どうやらこの町にはお尋ね者の情報がもたらされていないのか、或いはもたらされていても男、すなわち僕の存在までは知られていないのか、最初と違って不審者を見る目で見られることもなく町に入ることが出来た。

 慌ただしくして自ら目立つのも馬鹿らしいので何度目かの白々しい何気ない風を装った演技をしながら馬を引いて町中を歩く。

 観光客さながら左右をキョロキョロと見回しながら通りに出ると何軒か定食屋みたいな店が並んでいて、大きな町ではないがどうやら食事を取る分には困らなそうだ。

 そんなわけでさっそく一番お客さんの数が少ない店を選んで適当に野菜と魚のメニューを選ぶと、すぐにテーブルに地図を広げた。

 森を出た僕が辿ったのはこの国の中心に近付いていく経路だったようで、合流地点である反対側の町の向こうには村が一つと……これは大きな山? か何かがあって、その向こうは地図の縮尺具合からはっきりとは把握出来ないが随分と入り組んでいるようだ。

 なるほど確かに姿を眩ますには向こう側の方が適しているだろう。

 だろうけど、そもそもマリアーニさん達はずっとこの国にいるつもりなのだろうか? それとも何か目的があってのことか? ならばそれは何だろう。

 どう考えても最初に聞くべきことだったはずなのに……バタバタしていて完全に後回しになった挙げ句に知らないまま時間が過ぎていたな。

 何が最善か、何が優先か、それらを踏まえて動くためにも答えがどうであれ改めて話をした方がよさそうだ。

 こうしている間にも過ぎていく限られた残り時間と次々に迫り来る危機に焦る気持ちや逸る心がざわつきながらも、どうにか自分を抑え込みゆっくりと昼食を取ったのちに僕は件の町へと向かった。


          ○


「なるほど~、確かにコウちゃんの言う通りですね~。こうなっては今まで以上に危険が近くに迫っていると見るべきでしょう」

 隣に座るウェハスールさんは一通りの話を聞き終えるなり小さく頷いて、暢気な口調でそんなことを言った。

 ハイクさんと別れてから一時間以上が経過したあたり、合流場所の町に到着した僕はまた近くの飲食店に入ることにした。

 今度は先程とは逆で出来るだけ人が多い店だ。

 理由は言わずもがな少しでも目立たたず人混みに紛れるためなのだが、少ししてふらりと現れたウェハスールさんが隣の椅子に腰を下ろしたのは十分もしないうちのことだった。

 どうやらこの町に入った段階で僕の動きを捕捉していたらしい。

 それでいて時間を置いて、しかもウェハスールさん一人でそうするあたりやはり口調や表情に似合わず良く頭が回り、頼りになる人である。

 一応裏口らしき扉の傍の席を確保しているが、いつ襲われるかもわからない中で僕は一通りハイクさんに追い付かれた後の話を説明し終えた。

 クロンヴァールさんの体の話まではしていないが、さすがにウェハスールさんとて運良く無事に再会出来たとぬか喜びをすることはない。

 ここまでの道中、無事に……と言っていいかどうかは分からないが、少なくとも追っ手の姿は無かった。

 だからといって何もなかったわけではなく途中からはずっとコルト君と脳内会話をしていたので疲弊の度合いは増しているんだけど、あっちの動向も知らないよりはずっといいので文句は言うまい。

 聞けば、どうやらセミリアさんがサントゥアリオに到着したらしい。

 そして今現在は三箇所の基地や城塞での決戦に備えている最中なのだとか。

 懇願する様に僕に助けを求めてくるコルト君にクロンヴァールさんがどういう戦略に出るか、どういう対処に出るべきか、朝と同じく僕の考えをひとまずは思い付く限り伝えた。

 現場に居ない僕の状況を少し聞かされただけで捻り出した意見ではどこまで参考になるかというレベルの話以上にはならない、それは間違いない。

 にも関わらず、コルト君はまるでそれが無条件に従うべき指示や命令であるかの如く従順に丸々僕の案を実行に移そうとするのだから困る。

 別に僕は彼の上官でもないし、せめてキアラさんに相談した方がいいだろうに二つ返事で『分かりました』『そうします』と言われてしまっては色んな意味で不味いと思えてならないが、あのクロンヴァールさんを相手にするとなると誰にだって余裕なんてないだろうし、仕方がない部分もあるのは分かる。

 何をどうしたって命の奪い合いが行われているのだ、僕だって必死だしコルト君達だって死に物狂いだろう。

 時間を稼いでるだけでは駄目だ、逃げているだけでは意味が無い。この戦いを終わらせる方法を探さないと世界が、はたまた見知った人達が取り返しの付かないことになる。

「そうなんです。なのでしばらく僕は別行動を取った方がいいかと思っているんですけど」

 どんな形であれ少しでも前進しなければ。

 そんな意味を込めて提案してみるが、ウェハスールさんは即座に難色を示した。

「別行動を取って、その後どうなるんですか? 何かが変わるとはわたしには思えませんけどね~」

「そんなことはないでしょう、少なくともマリアーニさん達が無事でいられる時間や可能性は増えるはずです。例え増えるまではいかなくとも、減ることは避けられるはずです」

 誰にだって分かる道理だ。

 しかし、言った瞬間には僕の顔がまたしてもウェハスールさんの両手で挟まれていた。

 目の前にあるのは普段の倍ほどにこやかになった怖い方の笑顔だ。

「森の中と同じことを言わせるんですか~? それとも~、コウちゃんはそんなにわたしを怒らせたいんですか~? うふふ~♪」

「いや、怒らせたいとかは全く……」

「コウちゃんが言っているのは、その後のことを全て無視した言い分ですよね~。そういうことを望んでいると、それで姫様が、わたしやエルが、レイラちゃんが喜ぶとでも思ってるのかしら~」

「そうではないですけど、でも」

「それを実行して、コウちゃんが捕まっちゃったらどうするんですか? 仕方がない、放っておこうって、わたし達が割り切ると本気で思っているんですか~?」

「…………」

 顔はにこやかなのに有無を言わさぬ威圧感がハンパない。

 こえぇ~……その笑顔こえぇ~。

「もしも何かを選び、何かを諦めなければならない時が来るとしても、今はまだその時ではありませんよ。コウちゃんは姫様やわたし達を守ってくれるんでしょう~? あの日のコウちゃんは、そしてレイラちゃんが頼ったコウちゃんならそれが出来ると思っているからこそ一緒に来てもらったんです。見えてもいない敵の影を恐れて一人でいなくなっちゃうなんてお姉さん許しませんよ~」

 まあ……確かにここで別行動を取った方がいいと離れてしまっては僕が来た意味が全くない。というか、むしろ来なかった方が良かったぐらいだ。

 今はまだ命を懸ける場面ではないと、取捨選択をするには早いと言うのなら、その時まで逃げずに向かい合うことが僕が自分に課した役割……か。

「分かりました……一旦はその考えは置いておくことにします」

 恐らく……いや、ほぼ間違いなくその瞬間はそう遠くないうちにやってくる。

 それでも今は必要としてくれる誰かのために精一杯足掻いてみよう。セミリアさん然り、ウェハスールさんやマリアーニさん然り、コルト君然りだ。

 そうして、僕達が程良く時間を潰して店を出ると残る二人が隠れている裏路地っぽい人気の少ない通りに向かった。

 ひとまず無事でいるマリアーニさんの姿が見えると思わず安堵の息が漏れる。

「コウヘイ様っ、お怪我は!」

 目が合うなりすぐにそのマリアーニさんが駆け寄ってきた。後ろにはエルもいる。

「問題ないですよ、特に悶着もありませんでしたし」

「弟っ、よくやったぞ! ていうかあいつらはどこ行ったの??」

 食い気味に顔を覗かせるエルが謎の『さすがはあたしの弟だ』みたいな顔をしたところで時間も無いので掻い摘んでここまでの出来事を説明することに。

 追ってきたハイクさん達は去っていったが、確実に見張られているであろうこと。

 クロンヴァールさんがこの国に合流するらしいこと。

 国内外への移動はすぐに漏れてしまうこと。

 その辺りを取り敢えず話しておいた。

「なのでここも早い内に移動した方がいいと思います。馬車が壊されてしまったので別のを用意するか馬を追加しないといけないんですけど……というかですね、ずっと聞きそびれていたんですけど、この国に来た目的というか、皆さんは元々どこに向かおうとしていたんですか?」

「そういえばまだ言っていないんでしたね~。それは道中でお話しますので、まずは馬車を用意しましょう。エルは姫を見ていて、コウちゃんは少しでいいから食料を確保してきてください~」

「了解です」

「オッケー」

 ウェハスールさんの合図をきっかけに、僕達は急いで出発の準備に掛かることとなった。

 口振りからしてただ闇雲に異国へ高飛びしてきたというわけではなさそうだ。

 それだけでも当てもなく逃げていただけだと言われるよりは随分と気持ちが楽になる。

 そこに僕が求める存在するかどうかも分からない正答のヒントが欠片でもあるのなら、ここに来た意味も、進もうとする意志も、決して無駄にはならないと確かに思えたのだから。


          ○


 十分後。

 昨日と同じく僕達は馬車での逃避行を再開していた。

 元の物と似たような、少し小さめの馬車の荷台に四人が乗って大地を疾走するガタガタという音だけが辺りに響いている。

 少し先までは特に障害物も無いのでウェハスールさんも真っ直ぐ走る馬から手を離し荷台で一緒に座って軽食を取っているところだ。

 どうやら三人はまだ昼ご飯を食べていないらしい。なんだか一人だけのんびり味わっていたのが申し訳なくなる。

 目的地についてまだ聞けていないが、聞くところによると国の端っこにある港に向かっているのだとか。

 目的が明確になるだけやりやすくはなるけど……それよりも、だ。

 到着までは少なくとも二日ほど掛かる予定だということだが、果たして間に合うか。

 ハイクさんの口振りからすればクロンヴァールさんはもう僕達に追って来ている。

 追い付かれると今度こそ見逃してはくれないだろう。

 マリアーニさんだけをエルと共に逃がしたとしても残る僕達は確実にヤバいことになる。

 その場で殺されるのが最悪、次いで捕まってしまうパターンだ。

 僕だけならまだしも、ウェハスールさんまで人質にされれば二人が見捨てることはまずないはず。

 どう逃げればいいか。どうやって二日分の時間を稼ぐか。それが問題だ。

 単なる鬼ごっこではどうしたって限度がある。

「同じことばかりになってしまうし、今更何を言っても遅いのでしょうけど、ごめんなさい……みんなまでこんなことに巻き込んでしまって」

「もう、姫もいい加減しつこいって。そんなの言いっこ無しだって言ってんじゃん、誰も姫を恨んでなんかないんだから。悪いのは嘘で姫を填めようとしてる奴だもん」

「でも……事情も話せないのにこんな危険な目に遭わせて、そのくせわたくしは守られるばかりで……」

「姫様、エルが言った通りですよ~。わたし達は姫様の家臣なんです。誰も損得勘定なんてしていませんし、事情なんて関係無いんですから謝られる方が筋違いというものです」

「ありがとうケイト、エル。それからコウヘイ様も、本当にごめんなさい」

「…………」

「コウヘイ様?」

「へ? ああ、えっと……何でしたっけ?」

 しまった、考え事に没頭していたせいで全然聞いていなかった。

 もしかして目的地について話してくれていたのだろうか……やってしまったな。

「事情も話せぬまま巻き込んで申し訳ありません、と言ったのですけど」

「あ、ああ。いえいえ、全然気にしないでください。巻き込まれただなんて思っていませんし、事情も僕は分かっていますので」

「「……え?」」

「……あ」

 不味い……ろくに頭が追い付いてないまま反射的に言葉を返してしまった。

「なんであたし達ですら教えてもらってないことをお前が知ってんのよ!!」

 すかさずエルが詰め寄ってくる。

 怒っているというよりは、ズルいと感じて拗ねている様な表情だ。というか顔が近い、顔が。

「で、出任せですよ。そういう風に言えばうっかり口を滑らせてくれるかなーなんて浅い知恵ですよ」

 ちらりとウェハスールさんを見る。

 だからこの人が居る限り嘘は通じないんだってば……やりにくいなぁ、あの(ゲート)

 マリアーニさんも面食らって固まった挙げ句、真偽を問う様にウェハスールさんの方を見てるし。

「コウちゃん、流石に姫様の秘密を知っていると言われては誤魔化してあげられないので許してくださいね~。姫様、コウちゃんが姫様の秘密を知っているつもりでいるのは事実ですねぇ」

 ウェハスールさんはマリアーニさんに視線を向けたままゆっくりと首を振ると、続けて僕に少し申し訳なさそうな顔を向ける。

 そりゃまあ、主君が隠していることを勝手に知っているとなれば庇ってはいられないだろう。

 今のは完全に僕が間抜けだった……要らぬ反感を買ってしまわなければいいけど。

「つもりでいる、というのは?」

「いうのは?」

 その口振りに引っ掛かりを覚えたのか、マリアーニさんは不安げに言葉を返す。

 二つめのはあんまり分かっていなさそうなエルである。

「要するにですね~、実際に知っているのか、そうではなく別の情報を事実だと思っているだけなのかまではわたしの門では判断出来ない、ということです~」

「コウヘイ様……」

 なるほど、そういう盲点もあったのか。と、密かに万能のアイテムじゃないことを知って感心している隙にマリアーニさんに全力で見つめられていた。

 あ~、ここでしらばっくれても意味無いどころか逆効果だな……ほぼ間違いなく信頼関係が滅茶苦茶になるだけだ。

 知ってしまった事自体は偶然だし、それを口を滑らせて明かしてしまったことは無配慮だったとはいえ悪意があってのことではない以上は知ったという事実が罪にはなるまい。

「気を悪くさせてしまったならすいません。確かに、僕はあなたの秘密を知っていると思います。探るつもりでいたわけじゃなくて本当に偶然で、お世話になった人にいただいた手記に書いてあったんです。その人はもう亡くなってしまったんですけど……」

「そういう事情であるならばそれを責めようとは思いません。ですが知ったのが事実なのか、誤った情報なのか、それはわたくしにとってとても重要なことなのです。こうなればわたくしも誤魔化したりはしませんのでどうか明かしていただけませんか? 何を知ったのか、コウヘイ様の思うわたくしの秘密とは何なのかを」

 真剣味を帯びた表情はいよいよ誤魔化すという選択肢を放棄せざるを得ない状況を作り出す。

 この場で答えを口にするとなると、それはつまり他の二人にも聞かれてしまうということになるが……僕が、ひいては自分以外の誰かがその事実を知っているかどうかがそれ程までに見過ごしてはおけない重大な意味を持つということか。

 まさかとは思うが『知られたからには死んでもらうしかない』みたいな展開にならないだろうな。

 そんな不安を胸に、僕は偶然にも出発前に少しでも役に立つことはないかと部屋で読んだノスルクさんの手記によって知ってしまった情報を口にした。

「マリアーニさんが人柱ではないにも関わらず命を狙われるように仕向けられた理由は恐らく……ファントム・ブラッド」

 瞬間、空気が凍り付く。

 固まるマリアーニさんの表情は言葉無くして正否を物語っていた。

「姫様……」

 見た目がどうとかは無関係にその心情を察することが出来てしまうウェハスールさんがそっと腕に手を添える。

 そこでようやく我に返ったのか、マリアーニさんは動揺混じりに僕に視線を戻した。

「まさか本当にご存じだとは……どうしていいものか、その手記というのは一体どなたが……いえ、お亡くなりになられているのでしたね、申し訳ございません」

「こちらこそ余計なことを言ってしまってすいません。ただ、天界にも色々と関わりがあるらしい人物とだけ」

「ねえねえ、そのファントムブラッドが何か分かんないけど、それだったらどうして姫が嘘の情報で命を狙われなきゃいけないの?」

 案の定あまり事の重大さがわかっていなさそうなエルは頭上に?を浮かべながら首を傾げる。

 マリアーニさんが近しいこの二人にも明かしていないなら恐らく誰にも知りようがないことなのだろう。

 とはいえこっちを見られても僕の口から説明していいことではないと今の遣り取りでなぜ分からないのか……。

「ファントム・ブラッドというのは、わたくしの家系に受け継がれている特殊な力を持つ血のことです」

 思いの外すんなりとエルの質問に答えたのはマリアーニさん自身だ。

 表情、口調は深刻さを維持していながらも、そこに葛藤は無いように思える。

「姫様、よろしいのですか?」

「ええ、こうなってはもう明かしてしまった方がいいでしょう。コウヘイ様がその言葉を知った上で行動しようとしておられるならば二人との意志の共有を阻害することになりかねません。これだけ余裕の無い状態ではそれは避けねばなりませんし、三人共がわたくしのためにここまでしてくれているのです。本来一族の者以外に明かすことは許されていないことなので一人よりはゼロであらなければならないのですが……一人と三人ならばそう大きな違いは無いでしょう。勿論これ以上の他言は無用でという前提なのだけど」

「姫様がそう仰る限り、わたし達が漏らすはずがありませんよ~」

「そうそう、殺されたって絶対言わないよ姫」

「殺されてまでそうされては心苦しいものがあるから適度にお願いね、エルは特に。それで、話を戻すけど……コウヘイ様はその辺りの事情も知っておられるのですか? その、言わばわたくしが命を狙われる立場に置かれている理由を」

「それに関しては知っているというよりも予想が付く、と言った方が正しいんですけど……この騒動はそもそも天界の神と呼ばれている存在が仕組んだものなんですよね。もしその人達の目的がこの地上を消滅させることであれば、そもそも人柱の存在なんて漏らさずに時間を待てばそれですむはず。ですが発動から百日という時間が必要ならば考えられる話となる。ユノ王であり、すなわちファントム・ブラッドの持ち主であるマリアーニさんは唯一天界に通じる門を開く力を持っている。これは言ってしまえば天界からの宣戦布告、となれば百日の間に天界に攻め入られる可能性を消したいのはないか、そのためにマリアーニさんが邪魔になったのではないか、そう僕は考えました」

 この辺はあくまで推測に過ぎないが、マリアーニさんが人柱ではないことが事実であればそうとしか考えられない。

 邪魔者を消し、なおかつ五人目の人柱が不明のままという最悪の条件を同時突き付けているわけだ。

 それらの僕の読みはどうやら間違いではなかったようで、マリアーニさんは悔しげに口を結び俯いたのちに静かに真実を語り始める。

「全て……コウヘイ様の仰った通りです。親族にしか漏らしてはいけない、そういう掟だと言われてきました。ですが、それでも最初からおかしな話なのです。これが天界の神々の意志であるならばわたくしが知らないはずがない。それがどうしてこんな……【人柱の呪い(アペルピスィア)】の発動自体知らないまま排除されようとしているだなんて」

「何それ、ムカツク奴等! 天界だか何だか知らないけど、そのせいで姫が狙われるし、そもそも放って置いたらみんな無くなっちゃうんだよ!」

「そうね……何が目的なのかも、何のためにこんなことをするのかも全く分からない。天門を潜ろうにも今やそれも拒否されてしまったし、無理にフローレシアに押し入ったところで天界で命を狙われるのでは何も変わらない。どうしていいものやら……」

「姫様、そこまで考えるのは後にしましょう。とにかく今はこの窮地を脱することを最優先事項としないと」

 どんどん重苦しくなる空気を一掃するように、ウェハスールさんがそこで話を遮った。

 そのまま遠眼鏡を取り出し、後部の幌を巻くって背後の景色を覗き見る。

 全ての視線が集まる中で続いた言葉は僕達の、そして世界の行く末を左右しかねない修羅場の到来を告げるものだった。

「さすがは世界の王と呼ばれることはありますね~。意地でもわたし達を逃がすつもりはないつもりのようです」

 そう言ってウェハスールさんは遠眼鏡を僕に差し出した。

 なるほど……確かに、何が何でも僕達を舞台上に引き摺り出さなければ気が済まないようだ。

 レンズに映るは随分と緑が減った荒野の広がる風景の地平線。

 そして、砂埃を上げて追ってくる十や二十ではきかない馬の大群だった。


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