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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】
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【第十二章】 誇り高き双剣乱舞

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 1/26 台詞部分以外の「」を『』に統一

「ふむふむ、概ねは理解した。国王も含め、よくぞ無事で帰ったもんじゃのう」

 ようやう会話が途切れ目を迎えると、ノスルクさんは顎に手を当て何度となく頷いた。

 僕達が昨日体験してきたことの説明を初めて十数分といったところだろうか。

 場所はノスルクさんの住むエルシーナ町の外れにある森の中の小さな小屋の中。

 お世辞にも広いとは言えない部屋の中には虎の人やサミュエルさんも含めた全員が揃っているが、解説役を仰せ付かった僕と僕が気を失っている間の出来事を語ったセミリアさん以外は特に口を開くこともなく珍しく静かにしていた。

 白髪に白髭を蓄えた小柄な老人の持つ独特の雰囲気に気後れしてのことか、ただ説明や補足に口を挟むのが面倒だったのかは定かではないが、少なくとも春乃さんとサミュエルさんは後者だろう。

 そんな中でも話が一段落を迎えると、そこでノスルクさんは終始不貞腐れたような顔のまま一人離れ位置で壁にもたれ掛かっていたサミュエルさんに目を向けた。

「サミュエル、今回は失態だったの」

「……フン」

「コウヘイ殿がいなければどうなっていたことやら、じゃな。しかし結果だけを見ればこれで良かったのかもしれんのう」

「……何が言いたいのよ」

「理由はどうあれ、お主がセミリアと力を合わせることになった。それは儂もセミリアも、そして王や民までもが長らく望んでいたことであろう」

「言っとくけど、ただ一度きりよ。借りを返さないと胸糞悪いからってだけ」

「理由はなんでもよいのじゃ。今このタイミングでそうなったということに意味がある。そうじゃろう、セミリア」

「ああ。サミュエルだけではなく、今まで一人だった私の下にこれだけの仲間が一度に集まったということに運命的なものを感じている」

 まるで天がこの機を与えてくれたかのようだ。と、セミリアさんは続ける。

 対してサミュエルさんは『仲間じゃないって言ってんでしょ』と、ボソリと呟いた。

 今朝までなら漏れなく春乃さんが嫌味を返すところだったのだろうが、さすがに今ばかりはそれも自重したようだ。

 というのもここに来るまでの道でとうとう虎の人のゲンコツが炸裂したからなのだが、それでも反射的に口を開き掛けたあたりどこまでも相容れない二人らしい。

 いや、高瀬さんを入れると三人か……。

「してセミリアよ、これからどうするつもりなのじゃ? まさか今から乗り込もうというわけではなかろう」

「今日一日は準備に当てようと思っている。そして明日、ラグレーン城へと攻め入る」

 最後の闘いだ。

 セミリアさんは力を込めてそう付け足した。

「それがいいじゃろう。サミュエルにとっても都合がいいしの」

「都合? それはどういう意味だノスルク」

「それは本人に聞いた方が早かろう」

 そこでセミリアさんの視線がサミュエルさんへと移る。

 釣られる様にその他の目もそちらを向いた。

 突然注目されたことが不快だったのかサミュエルさんは目を反らし、さも嫌々答えているかのような態度を隠そうともしない。

「武器よ。新調するからジジイに作り直してもらうように依頼してもらってんの。それを取りに行く前にあんなことになったからまだ手にしてないってだけ」

「じゃが、順番が逆でなくてよかったではないか。見たところ使っていた武器は奪われておるようじゃが、新調した後に捕らえられておったら痛手の度合いも随分増していたことじゃろう」

「ちょっとジジイ、余計な事言わなくていいでしょ!」

 基本的に返答イコール悪態や暴言でなければ気が済まない方なのかサミュエルさんは『まったく、どいつもこいつも』と吐き捨てる様に付け足し舌打ちを漏らした。

 ノスルクさん達は慣れっこなのか気を悪くしている様子がないのがせめてもの救いである。

「と・に・か・く、明日行くなら明日行くでいいけど、今日は別行動を取らせてもらうから」

「武器を引き取りに行くということか?」

「当たり前でしょ」

「どこまで行くのだ?」

「……クーハス村よ」

「一人で行くのか?」

 当たり前でしょ。

 とサミュエルさんが同じ台詞を繰り返すのとほとんど同時に、ノスルクさんがその言葉を遮った。

「それはならぬ」

 サミュエルさんに集まっていた視線が、一斉にノスルクさんへと向きを変える。

「……何が言いたいのよジジイ」

「今回得た教訓は何か、ということじゃな。お主が一人で戦おうとする姿勢を貫くことを責めはせぬ。じゃが、ここに居る者達に命を救われたのは紛れもない事実じゃろう。借りを返す、そういう理由であれセミリアに同行すると決めたのであれば、例え嫌々であろうともそれに忍従するのもお主の義務じゃ」

「それがなんだってのよ。別に逃げやしないわ」

「そういう意味で言っておるのではない。もしまた万が一のことがあればその義務も果たせなくなる、ということを言っておるのじゃよ。二度目も無事とは限らぬし、この国にとってそうなれば千載一遇の機会を逃すことにもなるじゃろう。お主がそう思っていなくとも、じゃ」

「わっけ分かんないっての。だったらどうしろってのよ」

「要するに、今ばかりは単独行動は控えるべきだと言うておるのじゃよ」

「大勢でぞろぞろ行ってこいってわけ? はっ、たかだか武器を取りに行くだけのことに大袈裟な」

 どこか小馬鹿にした様に笑い、サミュエルさんは呆れて物も言えないとばかりに肩を竦めている。

 彼女からすれば一人じゃ無理だ、と言われているも同じなのだ。さぞプライドに障ることだろう。

 なんでもセミリアさんと違ってサミュエルさんは離れた場所に居ながらにしてノスルクさんの水晶によって行動を把握されることを拒んでいるためそれが出来ないらしく、その懸念もそこから生まれているのかもしれない。

「それは今のお主が言えたことではないのう。武器を奪われた挙げ句拉致監禁されたお主が用心の必要はないと言ったところで説得力もあるまい」

 終始落ち着いた口調のノスルクさんが諫めると、その横にいる春乃さんがプッと噴き出した。

 その瞬間、サミュエルさんがギロリと音の出所を睨み付ける。

「これこれ、喧嘩するでない。何もわしは全員で言って来いとは言うておらぬ。ただ同行者を一人ぐらいは付けるのが筋じゃと言いたいだけじゃよ。少なくとも独断での単独行動がまかり通り立場ではあるまい。今に限ってはの」

 さすがに、と言っていいのかサミュエルさんが反論の言葉を飲み込んだのがはっきりと分かった。

 うんざりした風に、また目を反らして舌打ちを返すだけだ。

「じゃあセミリアは行っちゃうってことよね? あたし達どうすんの?」

 これは春乃さんの台詞である。

 高瀬さんに対しての春乃さんがそうである様にサミュエルさんも春乃さんの言うことには逐一反論しないと気が済まないのか、物凄い反応速度で噛み付いた。

「アンタ馬鹿じゃないの? なんでクルイードが同行することになってんのよ」

「えー、だって強い人の方がいいんでしょ? なんだったらあたしが行ってあげようか? 化け物が出たらギターでボッコボコにしてあげるけど?」

「アンタ如きが倒せる相手だったら目を閉じてても楽勝だってのよ!」

「だったら俺様がサミュたんに同行してやろう。これでも俺は魔法戦士なんだぜ」

「アンタは魔王軍にでも野生にでもいいからサッサと帰りなさい」

「どーゆー意味だそれぇ!」

 結局ワーキャー言い合いを始める三人だった。

 まあ彼等にしてみれば自制心も続いた方か……。

 ひとまずそっちは放置でいいや。

「ノスルクさん、セミリアさん、サミュエルさんがどこかに行っている間、残った僕達は何をするんですか? 準備と言っていましたけど」

「私はまずアイテムの補充に行こうと思っていたのだが……」

「それに関しては儂に考えがある。残った者は少し稽古をつけてやろう」

「「稽古?」」

「話を聞く限りでは今回の旅では儂の与えた武器を今ひとつ有効に使えていないように感じたのでの。付け焼き刃なのは致し方ないが、明日に備えて少しでも慣れておいた方がいいじゃろう」

 なるほど確かに。  

 ムカデやエスクロと対峙した時、僕達の中でセミリアさん以外に武器を有効に使って戦えた者がいたとはとてもじゃないが言えたものではない。

 明日で最後になろうという闘いの中、敵が出る度にセミリアさんや虎の人が戦うのを見ているだけでは同行する意味が無いし、仮に攻撃役として参加することを求められていなくとも自分達の身を守るだけの技術は身に付けておきたいところだ。

「あ、じゃああたし修行する! 昨日全然役に立たなかったし、みんなの足引っ張るの嫌だもん」

 と、急に口論を止めて寄ってきたのは春乃さんだ。

 すかさず高瀬さんが乗っかってくる。

「あっおい、抜け駆けするな金ロリ。だったら俺だって主戦力として魔王を倒す義務がある。修行に参加するぜ」

「わ、わたしもしたいですっ」

 珍しくみのりまでもが手を上げた。

 みのり自身、特に見ていることしか出来なかったという自覚が強いのだろう。

 僕にしてみれば危なくない立ち位置にいてもらうに越したことはないのだが、なまじ僕がみのりを庇って怪我なんてしてしまっただけに余計に責任を感じている節がある。

 その僕だってノスルクさんのアイテムを使った挙げ句に怪我をしているのだから訓練してくれるのなら是も非もないところだ。

「修行でもなんでもいいけど、私はもう行くわよ」

「お、おいサミュエル。一人で行くなと言われたばかりだろう」

「ちっ、わーかったわよ。コウ、ついて来なさい! 拒否権は無いから」

 どうやら、その希望は叶わぬものとなりそうだ。

「「「コウ?」」」

 ほぼ全員が声を揃えた。

 何やら嫌な予感がする。

「なにちんたらしてんのよ!」

「なんていうか……行ってきます」

 不思議そうに僕とサミュエルさんを交互に見ていたみんなにそれだけ言い残して、小屋を出て行くサミュエルさんを慌てて追い掛けた。

 言い換えれば、説明が難しいので逃げたと言ってもいい。


          ○  


 そのまま小屋を連れ出され、森を出るなり例によって瞬間移動のアイテムで行き着いた先は雑草生い茂る大きな川が見えるどこかだった。

 川沿いを歩いていけば目的地である何とかって村に辿り着くらしい。

 何故いつも直接目的地に移動せずに一歩手前に降り立つのかが甚だ疑問ではあるのだが、そういうものだから仕方ないと説明されるのだから何も言い様がなかった。

「…………」

「…………」

 サミュエルさんは黙って前を歩いている。

 僕が質問でもしない限り一度として向こうから口を開くことはなかった。

 何気なく周囲を見回してみると、先日荒野を歩いていた時以上に人の気配が無いことがあからさま過ぎる程に分かるしんみりした土地だ。

 あの時はまだ近くに町もあったし、人が通る道らしきものも確かにあった。

 だがこの辺りはそういうものが一切ない。

 土の地面に整備されていない雑草が乱雑に伸びていて不快感すらある上に、歩いているうちに見えてきた村はどこか排他的というか隔離的というのか、人里から離れた存在だというのが見た目から伝わってくる。

 家屋を見ればジャックを見つけた洞窟に行く前に行った例の集落よりはいくらか家としての形をしているものばかりだし、一見すれば本当に村という感じなのだけど。

「ジャックはあの村のこと何か知ってる?」

『昔のことだが何度か行ったことはあるぜ。元々は移民が作った村でな、当時から近代文化ってもんを取り入れることに否定的だった。だからといって他所の連中と確執があるわけでもねえ。ただ農業と漁業で生きる糧を手に入れることを主とし、工業や魔法なんかを取り入れるつもりが無いって主義のまま現代まで生きてきた奴らだってことだな』

「へぇ~、色んな人達がいるんだね」

 ジャックの言う昔というのがいつのことなのかは気になるところではあるが、サミュエルさんがジロリと見ていたのでこれ以上はやめておこう。

 どうにも彼女はジャックのことを胡散臭い存在だと思っているらしく、喋っているだけでも既に気に入らないようだ。

 まあ、胡散臭い存在であるのは否定できないところだけど……いい人、いや、いいネックレスだよ?

「だけど、それだったらどうして武器を取りに行く先がその村になるんですか? 話の限りではむしろそういうのに無縁な土地のように思えますけど」

 今度は敢えてサミュエルさんに問うてみる。

 あんまり機嫌を損ねても後が怖い。

「変わり者の刀鍛冶が居るのよ。ほとんど隠居してる様なものだけど、静かな土地で暮らすのが好きなんだってさ」

「へ~、職人気質みたいなものなんですかね」

 日本で言う陶芸家とかがそんなイメージだ。

 有名な人ほど自然に囲まれた山奥とかに住んでる感じ。

「ま、腕は確かだし、そもそも選択肢もそんなにあるわけじゃない。城のお抱え職人かここかってぐらいしかね。アンタに言っても分かんないだろうけど」

「ああ、なるほど」

「何? それだけで理解したとでも言わんばかりね。ムカツクわ」

「なんでむかつくんですか……以前に少しセミリアさんに聞いたことがあったのでそこから推測しただけですよ」

「何を推測したってのよ」

 このホラ吹き野郎が、とでも言いたげな顔で睨まれる。

 ただ短気なのか、僕が信用されていないからか、はたまた単純な疑問を抱いたに過ぎないが口が悪いゆえにそう感じてしまうのか。

「他の国や、昔のこの国と違って国の兵士も随分と減ったと教えてもらったことがあるんですよ。他にも武器を取り立ち向かおうとする人間も居なくなった、と。であれば刀鍛冶という商売も成り立たないだろうと思っただけです。数が少なくなっていることが理由で選ぶ余地も無くなっているということじゃないかって」

「ま、そういうことね。相変わらず変な知恵だけは働くんだから」

 やっぱりムカツクわ。

 そう言ってサミュエルさんは再び前を向き、黙って歩き出した。

『なんでいアイツは。偉そうな奴だな、あれで本当に勇者だってのか?』

「勇者の定義が分からない僕には何とも言えないけど、ああ見えても悪い人じゃないと思うよ。悪いのは口だけで」

『寛容過ぎるのもどうかと思うがねえ。事実あいつや他の二人が著しくチームワークってもんを乱しているのは否定する材料が見つからねえぜ相棒よ』

 他の二人。  

 春乃さんと高瀬さんのことだよね。

「普段はあんなだけど、いざというときには結束するから心配ないよ。昨日みたいに」

 結束して何とかなるかどうかは完全に別問題なんだけど……。

『冷静だったり楽観的だったり、お前さんも読めない男なことだ』

「そうでもないよ。不安な素振りを見せたくないとか、何か企んでると思われたくないとか、そういう性質が抜けないだけだと思うし」

『どういうこったい?』

「エスクロって人の時もそうだったけどさ、余裕ぶっていれば相手が警戒して引くこともあるだろうし、逆に強がりだと思われたとしても、それはそれで隙が生まれて虚を突きやすくなったりするでしょ? なんていうか、そういう本当はどう思ってるのか分からない様な相手になりたがるクセがあるんだよ。といってもそれはゲームとか遊びの中での話であって今こうしているみたいに本当に倒した倒された、殺すか殺されるか、みたいな状況じゃどこまで役者でいられるかも分からないけどさ」

『なるほどねぇ』

 と、感心した様にジャックは言って 『お前さんはやっぱり見込みのある男だよ』と続けた。

「ちょっと! 何やってんのよ、さっさと行くわよ」

 立ち止まっていたせいか、サミュエルさんの苛立った声が飛ぶ。

 それでも、なんだかんだ言っても待ってくれるあたりやっぱり根は悪い人じゃないんだろう。

 そんなことを思いつつ、慌てて後を追うのだった。


          〇


 すぐに到着した場所は、やはり都会とは程遠い村だった。

 名をクーハス村というらしいこの村は、先日盗賊のアジトだったという洞窟に向かう時に立ち寄った集落ほど民族的な様相ではなかったが、やはりエルシーナ町に比べれば随分と田舎っぽさが感じられる。

 昨日行った城下町がこの世界の都会という基準なのだとすれば機械文明が無い以上僕達が元居た世界に比べるとどうしても所謂発展途上国の町を映像で見るような文明の進歩の差を感じざるを得ないところなのだが、それを踏まえてもこの村が都会と言われるような場所ではないことは理解出来る。

 木の板を継ぎ合わせた様な小屋が飛び飛びに並んでおり、畑も多ければ魚が吊されていたり牛が繋がれていたりしている。

 ついでに言えば人の姿も無い。

  長閑な風景に反してどこか寂しい雰囲気だ。

 幸い化け物に遭遇することもなかったし、危険が伴う場所ではなさそうだけど……。

「何をキョロキョロしてんのよ。みっともない真似するんじゃないわよ」

 何がお気に召さないのか、すかさず呆れた声が飛ぶ。

 どうにもこの手の人には分析とか観察の重要さが分かって貰えないらしい。

 いや、僕もほとんど興味本位だったけども。

「あんまりこういった所に縁が無かったもので、物珍しいというか不思議な感じがして。あれは何ですか?」

 誤魔化し混じりに道端を跨いで四散する畑の脇に生えている不思議な何かを指差してみた。

 生えている以上は花なのだろうが、これもまた随分とおかしな、見るからにこの世界ならではの様相をしている。

 タンポポほどの小さな葉や茎の先には花びらではなく小さな玉が付いているのだ。

 咲いているのか、()っているのか、表現に困るところではあるが、とにかくピンポン球ぐらいの球体の何かが付いていて、さらには青白く光を帯びている何とも摩訶不思議な物体である。

水星花(アクアフラワー)よ。間違っても触るんじゃないわよ」

 話題を逸らしたつもりが逆に奇妙過ぎて目を逸らせなくなってしまっている中、サミュエルさんはどこか警告じみた口調だ。

 僕がリアクションをするよりも先に何故かジャックが驚いた様な声を上げる。

『水星花だと? また珍しいブツがあるもんだな』

「珍しい物なんだ」

『ああ、むしろ伝説的な代物と言ってもいいかもな。ま、詳しくはそっちの女に聞くといい。また勝手にキレられても敵わねえしな』

 というわけで再び視線をサミュエルさんに戻してみる。

 大層面倒臭そうな顔をされたが、一応説明してくれるサミュエルさんはやはり面倒見が良いというか姉御肌な人なのかもしれない。

水星花(アクアフラワー)ってのは強力な解毒効果を持つ実を咲かせる水辺にある土地に宿ることがある花よ。その実を煎じて作った液体は普通の毒消し草とは比べ物にならないほどの万能薬となる。毒やその手の魔法による症状なら何だって治してしまうぐらいのね」

「へぇ~、それは凄いというか、逆に僕からしたらとんでもなさすぎて現実味がなくなってしまう話ですね」

「ま、現実味がないのも無理はないわね。とっくの昔に絶滅種になってるから世界中探したってここ以外には存在しないはずだし。だからアンタもこれを見たなんてことを不用意に触れ回るんじゃないわよ。採るなんてもってのほか」

 それはこの地で暮らす人達を慮っての発言なのだろう。

 その思い遣りが向く相手を選ばなければみんなと仲良くやれそうなのに。

 いや、高瀬さんと春乃さんがいる限りそれはないか。


          ○


 それからまた野放しにされている牛に一瞬身の危険を感じたりしつつ真っ直ぐに村落の一番奥にある小屋へと向かって歩いていく。

 しかし、犬や牛が本来のそれとして存在しているのにあの化け物達が別の区分として存在しているというのも不思議な話だ。

 別でなかったところで不思議な話過ぎるけども。

「邪魔するわよ」

 サミュエルさんは目的地であるらしい建物に到着するなり入り口を勝手に空けて中に入って行く。

 文化の違いからか大雑把な性格ゆえか、ノックや声掛けもせずに人に家に踏み込むのは結構な後ろめたさがある。

 ただでさえ土足で家屋に入ることに抵抗を感じているので尚更だ。

 と言いたいところではあったが、幸いにしてこの小屋は中に入っても床が土のままだった。

 おかしな家だと思いつつサミュエルさんに続いて奥に進んでいくと中に居た一人の男が顔を上げこちらを見る。

 頭に手ぬぐいを巻き、無精髭を生やした四十前後の男だ。

 切り株みたいな椅子に座っていた男は手に金槌を持っており、目の前に置いてある平べったい金属の棒を叩いていたと思われる。

 なんだか思っていた以上に鍛冶屋っぽい光景だった。

「これは勇者様。ご足労いただいてすまないね」

 特に表情を変えることもなく男は小さな声で言った。

 なんとも無愛想というか、その言葉の割に顔どころか声音にもほとんど抑揚がない。

「こっちが頼んだことでしょ。気を遣わなくていいわよ」

「そう言っていただけて何よりで」

「だけど、見た感じじゃまだ完成してないみたいね」

「すいませんねえ、最近少し厄介な事情があったもんで。少し遅れてしまっていますが、間もなく完成しますので申し訳ないがお待ちいただけるかい」

「その間もなくってのは今日中には完成すると思っていいわけ? 無理を言ってるかもしれないけど、こっちにも事情があるのよ。明日までに受け取って帰らないといけないわ」

「それは大丈夫でさあ。昼までには出来上がる」

「そ、じゃあ少し時間を潰してから取りに来るとするわ。先に代金だけ渡しておくから」

 そう言ってサミュエルさんは腰にぶら下げていた巾着袋を手に取った。

 ジャランという音から察するにあそこに銀貨や銅貨が入っているようだ。

 この世界の貨幣価値や流通事情なんて分からないけど、お札が無いというだけのことでも結構な不便があるんだなぁと思う。

 そんなサミュエルさんに対し鍛冶屋の男は、

「それなんだがね、お代は結構だ勇者様よ」

「はぁ? どうしたのよ急に、そんなわけにもいかないでしょ」

「その代わりと言っちゃなんだが、村長の話を聞いてはもらえないかい」

「……村長の? もしかして、さっき言ってた厄介事ってのと関係あるわけ?」

「ご名答で。俺が話してもいいんだが、どうにも口下手なもんでね。それに、俺じゃなく俺達の問題である以上は村長から話して貰った方がいいでしょう」

「そう」

 分かったわ。

 と、どこか素っ気なく言ってサミュエルさんは男に背を向ける。

「行くわよ、コウ」

「あ、はい。では失礼します」

 なんだか存在を認識されているかも怪しい僕だったが、礼儀なので頭を下げておく。

 そこで初めて男が僕を見た。

「ああ。ところで、お前さんは一体誰だい」

「私の子分よ。腕っ節は無いけど頭が良いみたいだから連れてきてあげたの」

「それはまた珍しいこともあるもんで」

 抑揚のない声音のせいで男がどう感じたのかも判断が難しいがそれはともかく、やっぱり僕は子分のままなのか。

 しかも連れてきて貰ってる立場ってこれ……。


          ○


 結局、鍛冶屋の人の名前も分からないまま僕達は村長とやらの家に移動した。

 こちらはさっきと違って床も壁も板張りになっている。

 家主であると思われる、やけに長い白髪が特徴的なお爺さんが僕達を出迎えてくれると挨拶もそこそこに奥へと通された。

「こんなものしかないけど、どうぞお食べになりなさい」

 なんて、席に着くなりスモモみたいな謎の果物を三つも押し付けられた僕は断るのも失礼かと半ば嫌々それをかじりながら黙って二人の話を聞くことに。

 果物は普通に美味しかったのだが、もてなしにまでカルチャーショックを感じることになろうとは思いもよらない。

 そんな状態で会話に参加出来ない僕は黙ったまましばらくが過ぎ、村長さんの話が終わるとサミュエルさんは一つ大きく息を吐いて納得したような顔と口調、それでいてあまり感心が無さそうに見える態度で言った。

「話は大体理解したわ」

 横で聞いていた限りでは予想通り良い話ではなかったと言える。

 知らない言葉も多々混ざっているので分からない部分もあるが、概ねは僕も理解した。

 なんでも、この村に少し前から魔物がやってくるようになったということだ。

 一日おきにこの村のすぐそばを流れる川の河口の方からやってきては食料を奪っていくらしく、食料が用意が出来ていなかったり歯向かったりすればその都度村人を一人殺すと脅されているらしい。

 立ち向かう術を持たない村人は身を守るために泣く泣く食料を献上しているものの、野菜や果物、投網漁による収穫にも限度があり村人の分を削ってなお足りるか足りないかのギリギリの量しか用意出来ない。

 それでも今日もその化け物はやってきて、だけど食料は不足していて、どうか助けてはくれないか。

 そんな話だ。

「王国軍へは助けを求めたの?」

「つい数日前に城に嘆願書を送ったのですが、これといって返事も無ければ兵士が尋ねて来ることもない……という次第でして」

「何やってんのよ、あのノロマ共」

 舌打ちするサミュエルさんは机を拳で叩いた。

 不機嫌さ余ってとばっちりが来ないかと心配になるが、それよりも気付いたことが一つ。

「サミュエルさん」

「何よ!」

「僕を睨まないでくださいよ……ていうか、取り敢えず落ち着きましょう。今怒っても仕方がないですって」

「だからってムカつくじゃない」

「そのことなんですけど、少し前に城に伝書を送ったということでしたら反応が無いのも当然だと思うんですよ。なぜなら本物の王様は昨日まであそこに居たわけですから」

 つまりは城に居た王様は偽物だったわけだ。

 そりゃ魔物退治に協力してくれるはずがない。王様自体が魔族だったんだから。

「ああ……なるほど、そういうことね」

 じっくり考えた末にようやく合点がいったようだ。

 この人はやっぱり春乃さんタイプらしい。

 難しいこと、ややこしい事情は最初から考えに加える気なしって感じだ。

「ま、なんにせよ事情は分かったわ。今日でそれも終わらせてあげる」

 サミュエルさんは立ち上がる。

 その姿、表情に迷いや躊躇いは一切ない

「武器が出来次第すぐに片付けてやるから安心しなさい。っていっても、来るのが日没前じゃ逸っても仕方がないし、宿でも取って休むとするわ。コウ、行くわよ」

「……はーい」

 どこまでも扱いが下っ端な僕だった。


          ○


 こんな小さな村にも寝泊まりする場所はあるもので、ほとんど山小屋みたいな宿屋へと移動した。

 ベッドが二つ並ぶ小さな部屋に腰を下ろして一息吐いていると、どういうわけか料理が運ばれてくる。

 二人分だ。

 この世界のお金なんて持っていない僕の懐事情を知ってか知らずか、宿代もこの料理もサミュエルさんが払ってくれているらしかった。

 女性に奢られる虚しさ半分、やっぱり親分肌なんだなあと感心する気持ち半分といったところか。

 素寒貧で格好付けても仕方がないのでありがたくいただいていると、先に食べ終えたサミュエルさんが外していた装備を再び装着し始めた。

 食べるの早いなぁ……。

「どこか行くんですか?」

「下見よ。戦場になる場所ぐらい自分の目で見ておかなきゃいけないでしょ。すぐ戻ってくるからアンタは昼寝でもしてなさい。どうせ戦闘じゃ役に立たないんだから」

 何故か呆れた様に言って部屋を出て行った。

 なんだか置いていかれたみたいでちょっと孤独な感じ。

 とはいえ、見知らぬ土地でようやく一息吐くタイミングを得た僕は食事を終わらせてベッドに横になる。

 どういう生産方法なのかは皆目検討もつかないが、意外と寝心地は悪くない。

 靴を履いたまま室内に上がり込むことにはそろそろ慣れてきたのだが、落ち着かないので休む時ぐらい身に付けた装飾品は外したいのが本音である。

 どれもこの戦乱の世界で僕を守ってくれるものばかりなのでおいそれと放り置いて行動するのも躊躇われるわけだけど。

「ジャック」

 天井を眺めていると、ふと話し掛けていた。

 首から垂れ下がるドクロのネックレスに。

『どうしたい?』

「なんだか安請け合いしてしまってる感じもするけど、大丈夫かな?」

『心配か?』

「そりゃあね。今日中に戻れなかったらみんな心配するしさ」

『敵さんの姿形も分からねえ状態じゃどうとも言えないところだが、仮にも勇者を名乗ってんだ。放っちゃおけねえのさ』

「サミュエルさんやセミリアさんにそういう使命感があるっていうのは僕も理解してきたと思ってるけど、それと何事も無く済むかどうかは別の話でしょ?」

『そりゃそうだ。だがな相棒、勇者ってのはそういう計算はしないモンなんだよ』

「どういうこと?」

『勝てるか勝てねえか、そんな計算なんざ出来ない代わりに信念と勇気を持ってる奴を勇者と呼ぶのさ』

 ジャックの口ぶりは、まるでそれが誇らしいことであるかのような口振りだった。

 単にこの世界の事情に詳しいからというだけではないニュアンスを感じさせる。

『だがまあ、悪く言えば短慮軽率猪突猛進ってもんさ。だから勇者にゃ仲間が必要なんだよ。冷静に全てを判断し、且つ仲間を勝利に導く奴ってのがな。力量で劣る相手に勝つ術を考え敵の策を看破し、味方を守るのがお前さんの今の役割ってことさ』

「簡単に言うけど、それって相当難しいことだと思うけどねえ。ただでさえ分からない事だらけの世界でさ。僕に出来るのは目の前で起こっていることを受け入れて冷静に分析することぐらいだよ」

『それでいいさ。信頼出来る奴が傍に居るだけでその勇気が何倍にもならあ』

「なんだか、随分知った風なことを言うんだね」

『言ってなかったか? 俺だってかつては勇者御一行だったんだぜ?』

「聞いた様な聞いてない様な、ってことで。ふわぁ……」

『随分お疲れだな。半裸女が戻ってくるまでちっと休んでおけよ。全員分頭使ってんだ、ちっとは休息も必要だろう』

「あの人達がどうであれリラックス出来る状況じゃないしね。でもまあ、お言葉に甘えてちょっと休ませてもらうかな」

『ああ。何かありゃ俺が起こしてやるよ』

 そんなジャックに、僕はよろしくとだけ言って目を閉じた。


          〇


「うえっ」

 と、間抜けな声が漏れると同時に目が覚めた。

 どのぐらい寝ていたのかは分からないが、とにかく目が覚めた。

 自然にではなく、脇腹に感じた衝撃によって。

 慌てて首を起こし、何事かと辺りを見渡すと真横にサミュエルさんが立っている。

 宙に浮いた片足を見るに、脇腹に感じたのはどうやらサミュエルさんの蹴りだったらしい。

 幸い靴は脱いでいるようだし、痛みがあるわけでもなく蹴られたというよりはつつかれたとう感じではあったが、そんなことをされる理由は一切分からない。

「ど、どうかしたんですか?」

「別に、一人で気持ち良さそうに寝てたからイラっとしただけ」

「イラっとしたって……それだけの理由で」

「冗談よ。準備が出来たから起こしてやっただけだけ。ま、親分を差し置いて一人で居眠りしてるのはどうかと思うけど」

「親分……ジャックの役立たず」

『いや起こすだけっつーからよ~』

 まあ確かにこれは逆恨みか。

 いや、八つ当たりか? 別に怒るほどのことでもないんだけど。

「何をブツブツ言ってんのよ。さっさと起きなさい、行くわよ」

「あ、はい。頼んでいた武器は出来たんですか?」

「当然」

 どこか得意げな声を返し、サミュエルさんはくるりと背を向ける。

 そこには二本の刀がクロス型に背負ってあった。

 セミリアさんの持っている剣が、まさにゲームなどに出てくる勇者が持っていそうなオーソドックスな大きめの剣であるのに対してサミュエルさんのは若干短めで湾曲した刀身の物だ。

 あまり詳しくは知らないが、見た目の形状としてはククリに近いだろうか。

 ナイフに分類されるククリほど短いものではないのでやはり形容するならば刀なのだろうが、とにかくそんな武器が二本、その背中で輝いている。

 まさに出来たて新品という感じだ。 

「それが……サミュエルさんの武器」

「そういうこと、イカしてるでしょ」

「いや……まあ」

 イカしているかどうかは置いておいて、なぜ二本持っているのだろうか。

「どうして二本持ってるんですか? 両方とも使うんですか?」

「どこの世界に予備の武器ぶら下げて戦う勇者がいんのよ馬鹿」

「…………」

 馬鹿って言われた。

 つまりは二本とも使うと、二刀流ってやつらしい。

「ほら、さっさと立ちなさい。まずは村長を迎えに行くわよ」

「え? 村長さんも付いて来るんですか?」

「村長としての責務を果たすって言って聞かないのよ。正直邪魔だけど、その意志は尊重してあげなきゃ仕方ないでしょ」

 村長だけに。

 とはさすがに言わなかった。サミュエルさんだし。

 しかし、である。

「村長としての責務というのは?」

「質問が多いわね。ちょっとは自分で考えなさいよ」

『そう言ってやるな。相棒は魔物なんざいねえ世界の住人なんだ。ちっとでもおめえらの役に立とうと知識と情報を得ようとしてんじゃねえか。教えてやるのも親分の役目じゃねえのか?』

「む……」

 ジャックのフォローにサミュエルさんが微妙に揺れていた。

 親分としての自覚でも芽生えたのだろうか。

 どんな勇者だ。と思えて仕方がないが、それよりもなんだか『こんなことも分からないの?』と言われているみたいな、ちょっと小馬鹿にされている様な気がしてプライドに障った。

「はぁ、仕方ないから教えてあげる」

「ちょっと待って下さい」

「……何よ急に」

「教えてもらう前に自分で考えてみます。確かに教えてもらうばかりじゃ成長なんてしないですしね」

「はあ?」

『かっかっか、どうやら頭脳が武器であるって自負を傷付けられられたらしい』

 何やら愉快そうに笑う(といっても元が金属の骸骨なので見た目で判断は出来ないのだが)ジャックの言葉にサミュエルさんはただ面倒臭そうな顔をしていた。

 そんな二人を他所に僕は考える。

 村長としての責務とはなにか。

 わざわざ化け物退治に挑むサミュエルさんに同行する理由。

 危険を承知で頼んだ手前、自分だけが安全な場所で待機していることに不義理を感じているのか?

 いや、違う。

 そんな理由であればサミュエルさんは同行を許可したりしないだろう。

 さっき普通に邪魔って言ってたし、きっとこの人なら本人に対しても臆面もなくそう言ってしまうと思う。

 何より本来守るべき立場の人間を危険に晒してまで連れて行く理由にはならないはずだ。それだけのことが村長の顔を立てていることになるとも思えない。

 ならば、そもそもサミュエルさんが信用されていないという可能性はどうか。

 自分達の為に本当に戦ってくれるのだろうか。そんな疑念を抱かれているとしたら。

 自分の目で確認しないと信用出来ない。という理由で同行を申し出たのだとしたら。

 理屈としては通っているが……そんな相手にあんな風に頭を下げ、武器を無償で提供したりするだろうか。

 自分がそう感じたから。という理由は根拠として不十分ではあるが、とてもそういう風には思えない。

 主観込みの推察であることを考慮しても、これが正しい答えである可能性は五分を大きく割りそうだ。

 もっとこう、筋道が繋がる答えがありそうな気がする。

 自分の中の常識で考えるな……この世界に生きる彼等の目線で考えろ。

 自分がもしこの状況に置かれていたら。

 自分が村長の立場だったら。

 この戦いを見届けなければいけない理由とはなんだ。

 見届けてどうする?

 見届けてからどうする?

 勝利を見届け、その証人となり村人を安心させることが村長の役目だろうか。

 勝利の瞬間、誰よりも早く感謝の弁を述べるのが村の代表としての責務だろうか。

 いや違う。

 何かがおかしい。

 そうだ、どうして僕はこの戦いが勝利で終わると決めつけている?

 もし負けたらどうする? どうなる? 何をしなければならない?

 そう……村長の説明に確かにあった。


 食料が用意が出来ていなかったり歯向かったりすればその都度村人を一人殺すと脅されている、と。


「……そういうことか」

「何? まさか分かったとでも言いたいわけ?」

『ほう。相棒、言ってみな』

 何のヒントも無しに分かるはずがない、とでも思っていたのか二人はどこか驚いた様子だ。

 答えが正しいかどうかはまだ分からないが、僕は答える。

 自分なりに考えた中で一番納得のいく理由を。

「もしもサミュエルさんが負けてしまった時……反逆の代償か、食料が用意出来ていないことへの報いか、どちらにせよ村人が少なくとも一人殺されるとになる可能性が高い。村長はその一人になろうとしている」

 言うならば他の村人を守るために。

 最初の犠牲は自分である様にするために、命を差し出す覚悟なのだと考えるとサミュエルさんの態度にも納得がいく。

「はぁ……ほんっと変な奴。普通自分で考えろっていって本当に辿り着く?」

『それが相棒たる所以ってもんよ。どこぞのじいさんを彷彿とさせる分析力と発想だなおい』

「ノスルクさんのこと?」

『おうよ。奴に鍛えてもらえば一端の戦士になると思うぜ? 例え魔法なんざ使えなくともな』

「お褒めに預かり光栄の至り、だね」

 どれだけ鍛えられても魔法なんて使えるようになりはしないだろうけど。

「なんでもいいけど、理解したなら相応の働きはするのよ」

 謎の称賛を口にするジャックに対して、サミュエルさんはどこか不機嫌な顔だ。

 恐らくは饒舌なジャックを見てのことだろう。

 何度も言いたくはないが、サミュエルさんはジャックを毛嫌いしている。

 あまりにもあからさまなのでジャックも極力大人しくしているみたいではあるが、だからといってずっと黙っていろというのも可哀想な話である。

 それはさておき、

「相応の働きとは?」

「私が戦ってる間はアンタが村長を守るのよ。戦闘は出来なくても盾にぐらいなれるでしょ。万に一つだって負ける気もしないけど、同行するだけで少なからず危険はあるんだから。倒しはしたけど村長の身に何かあった、じゃ意味無いんだからアンタが身体を張ってでも守りなさい。これは命令よ」

 私に恥をかかせたら許さないから。

 と、サミュエルさんは言った。

 盾になる。

 確かに僕の持っている物なんてノスルクさんに貰った盾ぐらいなんだけど、僕達が貰った武器のことなんて知らないサミュエルさんが言うと随分と違った意味になるな。

 まさしく戦場に身を置く人の言葉という感じ。

 要人の護衛にあたるSPみたいな心持ちといえば分かりやすいか。そんな人の心持ちなんて知るはずもないんだけどね。

 だけど。

 誰かの代わりに仲間が危険に挑むのであれば託された役割を全うするのがこの世界での僕の存在意義だ。その気持ちに変わりはない。

 だからこそ僕はこう答えるのだ。

「サミュエルさんが勝ってくれるなら何があっても守りますよ。もし負けたりしたらすぐに逃げちゃいますけどね」

 そんな言葉にサミュエルさんは、

「フン、生意気言ってんじゃないわよ」

 そう自信ありげに笑った。


          ○


 夕焼けに朱く染まる空の下、村人達の住居が集まる村里から少し離れた川のふもとに僕達は集まっていた。

 すぐ目の前には名前も分からない大きな川が静かに水を運んでいる。

 少し前方にサミュエルさん一人が立っていて、その後ろに僕と村長さんが離れてそれを見つめている状態だ。

 大体いつもこのぐらいの時間になるとこの辺りから現れるらしい略奪を繰り返す化け物。

 その姿は僕には全く想像もつかないが、川から表れるってことは水の中の生物を模した魔物なのだろうか。

 思い当たるファンタジックな世界の化け物で例えるなら……魚人とか?

 そんなものを現実に目の当たりにする日が来ようとは、春休みを迎える前の僕に想像出来ただろうか。

 出来るかー、って感じである。

 というか、今考えてみると僕の春休みは残り何日あるんだろう……。

 かれこれ五日ぐらいこっちにいるけど、帰ったら帰ったで大騒ぎになっている気しかしない。

 それもこれも生きて帰ってから考えなければならないあたり、後にも先にも修羅場が待っていることは間違いなさそうだ。

「来ましたぞ」

 不意に、村長さんが川の方を指差した。

 ネガティブに先行きを憂いていた気持ちを振り払いその方向に目を向けると、目を凝らさずとも水中に影が現れたことがすぐに分かった。

 その影は少しずつ、だが確実にこちらに向かってきている。

 水深一メートルもないであろう川の中を、泳いでいるとか歩いているというよりも、ただ進んで来ているという表現が近い奇妙な動きだ。

 すぐに岸の手前まで来たその何かは、そこで動きを止めたかと思うと水面から姿を現した。

 人と同じ様に二本の足で立ち上がったのだ。人と似た形をした、それが。

 ザッと、すぐ傍でそんな音が静寂を破る。

 このほとんど砂利の地面を踏んだ音だ。

 発生した理由は横に居る村長さんが一歩後退ったことに他ならない。

 あの化け物を見て恐怖心が湧いたのだろう。無理もない。

 僕とてその風貌に驚きや戸惑いという感情で埋め尽くされていると言っていい。ただそれを顔に出さないように必死なだけだ。

 全長は僕やサミュエルさんよりも少し大きいぐらいだろうか。

 二本の手足やその佇まいは確かに人と同じ形をした生物ではあったが、肌は薄く緑がかっている上に髪は生えていないし耳はほとんど魚のヒレみたいになっている。

 そして肩や肘には三十センチはあろうかという尖った針のようなものが生えていた。

 敢えて空想上の生物に例えるならば、魚人だとか河童だとか、そういう分類になるのかもしれない。

 だが現実に目の前にいる生物はそんな表現が可愛く思える程に化け物だった。

「なんだお前は?」

 身体から水滴を溢しながら、化け物がサミュエルさんの存在を認識するなりそんな声を発した。

 意地の悪い笑みを浮かべながら、見下し馬鹿にしている様な声で、一番近くに居るサミュエルさんに向かって。

 ただ一人驚きも戸惑いも感じさせず、化け物のそんな態度にも怯むことがないのは凄いとかを通り越しておかしいんじゃないかとそろそろ思えてくるんですけど。

 それも腕を組んだまま、何気ない会話であるかの如く。

「何ってこともないんだけど、ちょっと武器を新調したのよね。だから慣らしがてらアンタをブッ殺そうかと思って」

「なにい?」

「ま、慣らしにしたってアンタみたいな雑魚じゃ大した意味も無いんだけど」

「カッカッカ、人間風情が舐めた口を利いてくれる。後ろのジジイの差し金か? てめえが助かりたくて呼んで来たのがガキで、しかも女とは笑わせる。それともお前が今日の分の食料だってのか? マズそうな女だなぁオイ」

 一方的に捲し立て、化け物は村長さんに目を向けた。

 村長さんは小さな悲鳴を上げ、また一歩後退る。

 完全に恐れを成しているみたいだが、それでもこの末恐ろしい状況を前に逃げ出したりしないだけ立派なものだ。

 いっそ村長さんが逃げてくれたら僕も逃げられるのに。

 いやいや、間違ってもそんなことはしないけど。

 しかし、本当にあの化け物と一対一で戦うのだろうか、僕も加勢した方がいいんじゃないのこれ?

 と言っても、やっぱり盾になるぐらいしか出来ないんだけども……。

 だけど昨日の超巨大ムカデに比べるとサイズだけでも常識の範疇になっているおかげか、自分の中では向かっていくことに対する恐怖はあの時ほど無い感じがする不思議。

 それイコール安全度というわけでは間違ってもないのであくまで気持ちの問題だけどさ。

「俺様のことを知らずに大口を叩くなんざ、いよいよこの国の平和ボケも重傷の域らしい。結果お前とジジイと隣のガキが死ぬことになるわけだが、村の人間共には良い見せしめになるってわけだ」

「そうね。一日でも早く平和ボケの一つでもさせてやりたいってのに、湧いてくるのはアンタみたいな本命とは程遠い下卑た奴ばかりでうんざりするわ」

「どうやら、よっぽど殺されたいらし……」

「スピアー・ショット・シーマン、だったかしら? アンタの名前」

「ほう? 俺を知っていたのか」

「私の記憶によると、覚えている価値があるのかも疑わしい下級魔族だったかしらね」

 サミュエルさんが挑発気味に言えば言うほど、緑の化け物の顔は少しずつながら怒りに満ちていく。

 その行為が負けるつもりがないという自信からきているのか、相手の平常心を乱すための行為なのかというところだが……これが僕であったなら間違いなく後者なのだけど、残念ながらこれはサミュエルさんだ。

 ほぼ確実に前者か、最悪何も考えていないかだと思う。

 そんなサミュエルさんの思考回路など凡人の僕には分かるはずもないが、その目論見が当たったのかそうでないのか化け物は完全に怒りで殺気立ち始めている。

「カッカッカ、楽に死ねると思うなよ人間風情が……この俺に、舐めた口を利くな!」

 怒声と共に化け物はサミュエルさんに襲い掛かる。

 一見殴りかかろうとしている様に見える姿勢ではあったが、振り上げた化け物の拳はすでに殴るための形状ではなくなっていた。

 突如として軟体動物の様に、まるで関節がなくなってしまったが如く変態し鞭みたくしなる両腕をサミュエルさんに向かって振り回し始めた。

 その先端、つまりは元々拳だった部分もまた、いつの間にか鋭く尖った針状になっている。

 素人目に見ても刺されたりしようものなら一発アウトであろう鋭利さと太さだ。

 右に左に、恐らくは目を惑わすために絶えず交差させているその鞭状の腕は、隙を見つけたのか不意に直線的な動きでサミュエルさんに向かって飛んだ。

 ただでさえ目で追うのがやっとという早さのその腕が、その尖った先端をサミュエルさんに向けて勢いよく。

 危ない!

 と、思ったのも束の間のこと。

 叫ぼうとする口が開くのと同時に化け物の両腕は別の方向へ向いていた。

 その動向をただ腕を組んで見ていたはずのサミュエルさんが瞬く間に抜刀し、二本の刀で二本の腕をいとも簡単にはじき返したのだ。

 僕や隣にいる村長さんもさることながら、化け物もまた驚きに目を見開いている。それによって振り回していた両腕も制止した。

「お前……何者だ?」

「何者って、勇者だけど?」

「勇者……まさかお前があの銀髪の……いや、違うな。その二本のククリ刀……波の噂で聞いたことがある。そうか、お前が例のもう一人の勇者というわけか」

 化け物は苦々しげな表情で睨み付けた。

 もう一人の勇者。

 それがサミュエルさんの通り名なのだろうか。確かセミリアさんはシルバーブレイブとか呼ばれていると聞いた覚えがある。

 しかし何が原因なのか、今度はサミュエルさんが眉根を寄せた。

「カッチーン、アンタ言ってはいけないことをいっちゃったわね。私はそう呼ばれるのが何よりも気に入らないの。ぶっ殺し決定よ!」

「ほざけ、勇者と分かればこっちも容赦はしねえ……」

「何を下らない負け惜しみを、大体容赦してアレじゃ本気出しても高が知れてるっての」

「フン、二本の針を防いだぐらいでいい気になるなよ人間。これが俺の……とっておきだぁぁぁ!」

 化け物はそう叫んだかと思うと、両手を大きく広げた。


鱗針千嵐(レイン・バッカー)!!!!!」


 雄叫びに近いそんな声と同時に、どこからともなく化け物の身体付近から大量の針の様な何かが現れたかと思うと、間髪入れずにその全てが発射された。

 おびただしい量の針が結構な速度で、しかも広範囲にわたってサミュエルさんに向かって襲いかかる。

 あれも魔法の一種なのだろうか。

 一つ一つの大きさこそダーツの矢ぐらいではあるが、あんなものをまともに体に受ければ全身穴だらけになることは間違いない。

 しかし、それでもサミュエルさんは『ふん』と、大した危機でも無いと言わんばかりに鼻で笑い、身体を回転させつつ両手に持った二本の刀で自らを襲う無数の針を払い落とした。

「こんなしょぼい攻撃で……あ」

 何かを思い出した様な声を漏らしたかと思うと、サミュエルさんが慌てて振り返った。

 そう。僕達がサミュエルさんの後ろにいるということは、そのサミュエルさんが払い落とした物以外は当然僕と村長さんにに向かってくるのだ。

 最初からそれを狙っていたのか、サミュエルさんが気付いた時にはすでに無数の針が僕達の眼前に迫っている。

「コウ!」

 サミュエルさんが僕の名を叫ぶ。

 だが問題ない。

 いや、この攻撃を受けて無事で済むかどうかは別問題なのだが、心構えや気構えといった意味では心配はいらない。

 僕は化け物が現れてからというもの、ほとんど全ての神経と思考をこうなった時どうするかということのために使っていたのだ。

 スピアーショットシーマン。

 その名前とあの風貌からして針が飛んでくることなど一番に思い至る。

 出来ることは頑張ってみる、けど結果なんて予想も出来ないしその後はもうどうとでもなれ。

 そんな思いを胸に、サミュエルさんの声が聞こえるのと同じタイミングで僕は一歩前に出て村長さんの前に立ち、右手を突き出して発動の言葉を呟いた。

「フォルティス」

 瞬間、例によって透明の盾が目の前に展開される。

 あとは昨日の失敗を教訓に足に力を入れ出来る限り踏ん張るだけだ。

「ぐっ」

 恐怖のあまり思わず目を背けそうになりながらも、片手と両足に力を入れて必死に踏ん張ってみる。

 一本一本の大きさや重量が小さいおかげで腕や足にそれほど負担は感じなかったが、実質腕一本で飛んでくる針の前に立っているのは結構な怖さがある。

 しかしそれもノスルクさんの腕のおかげか、針は一本たりとも僕の体に触れることなく目の前で透明の壁にぶつかって跳ね返ると、そのままバラバラと地面に落ちていき、そのまま消えてなくなった。

「ふぅ」

 僕達の居ない方向へ飛んできていたものも含めて全ての針が消えたことを確認してから腕を下ろし、安堵の溜息を一つ。

 そんな僕をサミュエルさんがジト目で睨んでいた。

「アンタ……そんなことが出来たわけ?」

 驚いているというよりはむしろ反ギレ状態である。

 だって説明するタイミングとか無かったし……。

「く……くそっ」

 そんなことをしている隙に化け物が背を向けたかと思うと慌てて駆けだしていた。

 そのまま逃げるつもりなのだろうが、サミュエルさんがそれを許すはずもなく。

「逃がすかっつーの」

 サミュエルさんはあっさりとそれに気付くと、刀を持った右手を振り上げそのまま化け物に向かって大きな刀を全力で投げつけた。

 ブンブンと音を立て、縦に回転しながら化け物目掛けて飛んでいった刀は走る化け物の左足に直撃する。

 見事と言うべきか、刀の使い方間違ってません? とツッコむべきか、無惨にも化け物の左足の膝の上あたりから先が吹っ飛んだ。

 ……グロい。

「ひっ、ひぃ!」

 一瞬にして地面に崩れ落ちた化け物は振り返り、後ずさりながら恐怖に顔を引き攣らせている。

 サミュエルさんは片足を失いもはや走ることはおろか立つことも出来ない化け物にゆっくりと近付いていくと、傍に刺さっている刀を引き抜き、化け物の目の前に立ち止まってその姿を見下ろした。

「冥土の土産にアンタの敗因を教えてあげえるわ。それは勇者を侮っていたこと、私を侮辱したこと、そして私の目の届く範囲で悪事を働いたこと。ま、運が悪かったと諦めることね」

「く、くそったれがぁ……」

「ああ、それからもう一つ教えておいてあげる。私の名前はサミュエル・セリムス。またの名を撃滅の双剣乱舞。精々地獄で広めておくことね、畏怖すべき名前として」

 サミュエルさんは躊躇う様子もなく冷酷に告げると右手を振り上げ、化け物に向かって真っ直ぐに振り下ろした。

 化け物の身体が深く切り裂かれる。

 断末魔の叫びが響くと共に化け物から全ての動きがなくなり、やがてその姿は消えてなくなった。

 このあたりは人型であれ他の化け物たちと同じなようだ。

 それにしても、セミリアさんの時も始めて戦っている姿を見たときは驚いたものだが、サミュエルさんも同等に凄いものだ。

 凄いイコール強いということなんだけど、人々を守る為に体を張って化け物を倒すという根本は同じ様でもサミュエルさんはまた少し違って見える。

 セミリアさんの信念が『弱きを守る』というものに比重を置いているとすればサミュエルさんは『敵を倒す』という方向に寄っているような感じ。

 はっきりとその差を例えるのは難しいところではあるのだが、仲間は要らないとか、自分にとっては強さが全て、というようなことも言っていたし同じ勇者を名乗っていても色々と事情も歩んできた道も戦う理由も違っているのかもしれない。

「さ、帰るわよ」

 唖然呆然ながらサミュエルさんが僕達の所へ戻ってきた。

 すでに刀は背中に収められている。

「勇者様、本当に助かりました。なんとお礼を言っていいやら」

 いつの間にやら隣に戻っている村長さんが深く頭を下げる。

「別に礼を言われる程のことでもないわよ、こいつの慣らしだって言ったでしょ。それよりこれ」

 煩わしそうに村長さんのお礼を一蹴して、サミュエルさんは腰にぶら下げていた巾着を手渡した。

「これは?」

「剣の代金よ。私達はこのまま帰るから渡しておいて」

「しかし、代金の代わりに助けていただいたはずだったのでは……」

「バーカ、見返りを得るために戦ってんじゃないっての。ほら、行くわよコウ」

「あ、はい。では村長さん、失礼します。お身体に気を付けて」

 なんだか蚊帳の外だったが、僕も一礼しておく。

 その顔を上げると同時に、村長さんが僕の肩に手を置いた。

「君も、助けてくれて本当にありがとう。さすがは勇者様に連れ添うだけのことはある。いつか必ず、頂いた恩は必ず返しますゆえどうか我々の事を覚えておいてくだされ」

「気にしないで下さい。僕はほとんど何もしていませんし、皆さんが無事であれば僕はそれで満足なので。では」

 一方的に告げ、まだ何か言おうとする村長さんに背を向けその場を後にする。

 サミュエルさんとの二人旅もこれでおしまい。

 戻ればみんなが待っていて、明日はさらなる困難に立ち向かうのだ。

 その前に、サミュエルさんもやはりセミリアさんと同じくとても誇り高く揺るがぬ使命感と強い意志を持っていることを知ることが出来た。

 そんなことにどこかホッとしながら、さっさと歩いていってしまっているサミュエルさんを早足で追い掛けた。


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