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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑧ ~滅亡へのカウントダウン~】
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【第五章】 合流のち逃亡

11/27 誤字修正 ウェアスール→ウェハスール



 キャミィさんがいなくなり、見知らぬ町を目の前にして僕は一人となった。

 ぼちぼち夕方になるかならないかという時間帯であるにも関わらず人影はほとんどない。

 そのせいか嫌に静かな町並みは見渡してみると奇妙な雰囲気に見えて、どうにも嫌な憶測を生む。

 マリアーニさんがこの国に逃げていることがクロンヴァールさんに伝わっているとするならば、考えたくはないがこの国がどちらに付くかというと僕達にとってありがたい結論には中々至らないだろう。

 そうなると少なくとも監視されているだとか、最悪の場合包囲網を敷かれたりだとかこの国の軍隊にすら追われる身になる可能性も多いにある。

 マリアーニさんがなぜこの国を選んだのかはまだ分からないが、逃げるためにエレマージリングで別の国に行ったとしても同じ事を繰り返す羽目になるのは容易に想像出来る。となれば事態の好転には到底繋がらない方法だということだ。

 というよりも、好転するしないの話で考えるとそもそも逃げ続けることに何の光明も見えやしないのだ。

 あくまでその場凌ぎの手段で時間を稼ぎ、別の解決策を探すことが出来なければ結局は特定の誰か、或いは大勢の誰かが死ぬことでしか終わりを迎えることはない。

 いかにして逃げ、いかにしてマリアーニさんを守るかを考えなければならない。

 サントゥアリオでは既に戦いが始まっている。

 他の解決策も見つけなければならない。

 もうあっちもこっちも死に物狂いになったぐらいで足りるのかというレベルの問題だらけだけど、何がどうあれこうなった以上もう引き返すことは出来ないところまで来ている。

 本来の僕に誰かのために必死になったり自らが犠牲になってまで誰かを助けようとするような男気など備わってはいない。

 そんな僕がそうなるのはこの世界で出会った中でも特に大切な存在と言える人達に関わる場合だけだろうという自己評価にだって今現在何の変化もないが、相手がマリアーニさんとあっては話が別だ。

 自分が命を助けてもらっていながら逃げ帰るなんてのはさすがに情けなさ過ぎる。

 とまあ、結局はこうやって色々と理屈や言い訳を並べないと立ち向かう決断も中々出来ないのは相変わらずという感じだけど、あれこれと考えている間にマリアーニさん達が待機しているという宿屋に到着。

 今更演技をする意味があるのかどうかは分からないが、出来るだけ通りすがりの一般人に見えるように装いつつ中に入ると受付に立っていたおばさんに一声掛け、言われた通り二階の一番奥の部屋へと向かう。

 そして暗号代わりのノックのパターンを頭で思い浮かべ、まず扉を三度叩いた。

 少しの間を置いて、キャミィさんの言う通り無言のまま三度のノックが返ってくる。

 三、三、三、二、二、三、ゼロ。

 元素記号より百倍覚えやすい数列をひたすら頭で繰り返しながらもう一度三回のノックを返すと、その通り今度は二度になってコンコンという音が小さく廊下に響いた。

 そして今度は二度返し、すぐにまた三度返ってきたところでジッと動かず棒立ちで待っていると、ようやくのこと静かにゆっくりと扉が開く。

 その向こうにいたのは一人の女性だ。

 歳は二十過ぎぐらいの、いかにも魔法使いといった上下一体になっているワンピース型の緑のローブを着ていて声や雰囲気から穏やかさが溢れんばかりの風貌は以前見た時と変わっていない、ケイティア・ウェハスールという名のマリアーニさんの側近の一人である。

「あらあら~?」

 と、訪ねてきたのがキャミィさんじゃなかったことに驚いたのか、過去の記憶と同じふんわかほんわかした口調とにこやかな顔に疑問符が浮かぶ。

 それでいて、顔には微笑を維持しながらも手に持っていた杖の先が僕の首に突き付けられていた。

「どちらさまでしょうか~?」

 雰囲気だけは穏やかなまま「動いたら顔面吹っ飛ばす」みたいなノリでグッと杖が更に首に近付く。

 後ろには他に二人の女性の姿が見えていた。

 念のため抵抗の意志無しというポーズとして両手を挙げる僕はどうにか説明しようと口を開きかけたが、それよりも先にあちらが何かに思い至ったようだ。

「あなたは確か~……コウヘイ様ではありませんか~?」

「そうです、はい……サミットの時に一度お会いした樋口康平です。ご無沙汰してますウェハスールさん」

「はい~、お久しぶりですね~。でも、どうしてまたコウヘイ様がこちらに?」

 そこまで会話してようやく杖が下げられる。

 密かにホッとしつつ、僕は事情を説明することに。

 彼女の反応を見るに……キャミィさんは僕の事を話していない? 

「あの、キャミィさんに頼まれてマリアーニさんを助ける力になるために来たんですけど……」

「レイラちゃんに? うーん……ちなみにですけど、それを証明することは出来ますか?」

「物的証拠みたいな物はありませんけど、ウェハスールさんには必要ないのでは? その右目の(ゲート)がある以上は」

 ウェハスールさんの右目にはサミットの時と変わらずレンズの無い片眼鏡が装着されている。

 それが人の心の機微を読み取ることが出来る【心眼の輪(ジャッジメント・アイ)】という名前の門に分類されるアイテムであることは本人の口から聞いたことだ。

「そのことをご存じということは本物のコウヘイ様のようですね~。色々と疑問だらけではありますが取り敢えず信じておきましょう。中にどうぞ~」

 事情を考えれば当然のことだが、潜められた声で促され室内に足を踏み入れるとすぐにウェハスールさんは扉を閉める。

 ほとんど同時に二人用なのかベッドが二つ並ぶそう広くはない部屋の窓の下にあるソファーに座っていた二人の女性がこちらに寄ってきた。

 かと思うと、その片割れの少女が突然僕を指差し声を荒げる。

「お前誰だっ!」

 いかにも釣られて立ち上がった風な少女はもう一人を庇うように前に立ち、ビシッと突き出した指を突き出すと意味不明なコメントを発する。

 この僕と歳のそう変わらない、というかむしろ年下であろう少女は確かエルフィン・カエサルという子だ。

 白と黒の混じった戦装束と背中に見える薙刀の様な武器は戦士としての凛々しさを感じさせるが、割と小柄な背丈と幼さの残る顔立ちや子供っぽい性格は年相応さを感じさせる女王の側近の一人である。

 言動もさることながら右半分だけ金色で左半分は黒色という馬鹿みたいな髪型のせいで天然キャラという印象が強く、そのせいで前回の旅の終盤ではからかって殴られそうになるというやりとりを何度繰り返したか分かりゃしない。

「こら、エル。今の遣り取りで気付きなさい。サミットの時に共に試練に臨んだコウヘイ様ですよ~」

 完全に僕を覚えていなかったらしいカエサルさんに呆れるのは姉であるらしいウェハスールさんだ。

「……サミット? ああ、勝手に死にそうになってたヘナチョコか」

「そうじゃないとは言いませんけど……もうちょっと言い方があるのではないでしょうか」

 思い出してくれて何よりではあるが、相変わらずヘナチョコ呼ばわりである。

 間違っても勝手に死にそうにはなってないからね、あの時ばかりは僕も結構頑張ったからね。

「あの……コウヘイ様」

 同じく呆れていると、カエサルさんの背に隠れていたマリアーニさんが初めて言葉を発した。恐る恐る、という表情で。

 二十歳前後の清廉さと高貴さを全身から感じさせる綺麗さと可愛さの両方の性質を持つこの女性こそが僕がこの国に来た目的であるユノ王国の若き女王、ナディア・マリアーニさんだ。

 目立たないための対策なのだろう。唯一以前会った時とは違い、煌びやかなドレスではなくいかにも町人といった地味な衣服を身に着けている。

「お久しぶりです、マリアーニさん。ご無事で何より」

「ご無沙汰しておりますコウヘイ様。それよりも、なぜあなたがここに?」

「先程説明した通り、キャミィさんに頼まれまして」

「レイラに……ですが、そのレイラはどこに?」

「そのことなんですけど……もうあなたの元には戻れない、と言っていました。理由は教えてくれませんでしたけど、他にやらなければならないことがあるのだとか」

 言うと、マリアーニさんはウェハスールさんに視線の先を変える。

 二人は目を見合わせ、すぐにウェハスールさんがコクリと頷いた。僕が嘘を言っていないというジェスチャーだろう。

 信頼のおける身近な人物が独断で行動した挙げ句に理由を明かさないまま姿を消したことに対してか、マリアーニさんは失望混じりの表情を浮かべた。

「そんな……レイラがわたくしに何も言わずに姿を消してしまうなんて」

「僕なんかに言われたくないかもしれませんけど、どうかキャミィさんを信じてあげてください。どういう事情があってのことなのかは分かりません、それでもあなたを守りたい一心で必死に頭を下げていました。あなたを裏切ったり逃げたりということではないと少なくとも僕には感じられましたし、だからこそマリアーニさんを守って欲しいというあの人の頼みを聞き入れて僕はここに来たわけですから」

「レイラがあなたを頼ったなら……それに関しての異論はありません。何より、あなたは一度わたくしの命を救ってくださいました。わたくしにとって信用に値する人物です、是非ご同行ください。ケイト、エルもそれでいいわね?」

「姫様の決定に不満なんてありませんよ~」

「姫と姉さんがいいならあたしも別にいいけど、こいつ役に立つの?」

「少なくともわたし達の誰よりも頭が良いことは確かですね~、試練でもコウヘイ様のおかげで命があったようなものですから~」

 思いの外すんなりと受け入れられた感は否めないが、時間のなさを考えるとあーだこーだと議論討論をしている場合ではないので当然と言えば当然か。

 そのまま僕は「どうぞお席に~」と着席を促すウェハスールさんに従いテーブルに備え付けられている木製の椅子へと腰を下ろす。

 マリアーニさんとカエサルさんがそれに続き、ウェハスールさんが紅茶を煎れてくれたところで改めて詳細の説明をすることに。

 まずは僕がこの国に来るまでの経緯やキャミィさんの行動や言葉の数々を。

 その後はキャミィさんにどこまで話を聞いているのか。

 そういう話がメインだ。

 マリアーニさんが民を守るために国を離れたこと、五人の人柱のうちの一人ではないこと、この国にも追っ手が迫っていること。僕が聞いた全てを時折カップに口を付けつつ三人に話して聞かせた。

 補足するとこの人達には前回のサミットの試練の際に僕が異なる世界から来ていることを明かしている。

 嘘が通じないウェハスールさんの(ゲート)があるがゆえにやむを得ずという事情ではあるが、そのおかげで互いに腹に一物抱えている状況を逸することが出来たので善し悪しの判断は難しいところだ。

 三人はキャミィさんの行動……主に無許可で居なくなってしまったことや敢えて僕を頼ったことなどだが、その辺りに対しての驚きと疑問は共通して抱いているようだったけど、途中からは特にリアクションを挟んだりせずに黙って話を聞いていた。

 そして大方の説明が終わると僅かな無言の間を挟み、神妙な面持ちのままでいたマリアーニさんが静寂を破る。

「簡単に信じてもらえることではないかもしれませんが……わたくしが人柱ではないのは本当なのです」

「それを信じたからこそ僕はここに居るわけなので今更それを疑おうとは思いませんけど、では誰がということに心当たりは?」

「それはまるで見当が付かないのです。確かに我が国は天界と無関係ではありませんが……この騒動自体がそもそも寝耳に水で」

「でもさ、だったらなんで姫が人柱であることにされるわけ? 意味分かんないじゃん」

 真っ先に紅茶を飲み干し、お茶請け代わりの一口大のパンケーキを全員分一人で平らげているカエサルさんがあからさまに不安げな顔で唇を尖らせる。

 なぜこの段階まできてずっと一緒に居たはずのカエサルさんが最初期に抱くべき疑問を口にするのかは謎過ぎるが、僕も同じことを聞きたかったので敢えて何も言うまい。

「それは……ごめんなさいエル、ユノ王家にとって誰にも明かしてはならないことなの、わたくしの口からは言えないのよ」

「エル、その件は何度も同じ説明をしたでしょ~。姫様にも事情があるんだから、しつこく言っちゃだーめ」

「何回も聞いたっけ? まあ、姫や姉さんが聞くなっていうなら聞かないけどさ」

「その様子じゃ仮に聞いていてもすぐに忘れてそうですしね」

「は? 何それ、今あたしのこと馬鹿にした?」

「なんでそうなるんですか。どう考えても良い意味で言ってたじゃないですか」

「そ、そうなの? だったらまあ、いいけど」

 カエサルさんは首を傾げながらも納得しちゃっていた。

 駄目だ……どうにもこの人を相手にするとバレるかバレないかの瀬戸際でからかって遊んでしまう。

 そんなことをやっている場合じゃない、切り替えろ。

「そういうことを言える立場ではないのは分かっているのですけど、こればかりはわたくし個人の意志ではどうにも……コウヘイ様には特に申し訳なく思うのですが」

 ふざけている間にマリアーニさんが僕にとても弱々しい顔を向けていた。

 僕が別の方法を探そうとした時、それは今ある唯一の手掛かりである可能性がそれなりに高いのだが……やはり口を閉ざすか。

 キャミィさんの時と共通していると見ていいのだろうけど、正直に言って今はそれよりも最後の人柱が誰かということの方が僕にとっては重要だ。

 それこそが何よりのヒントになるはずだし、そもそもそれが不明のままではマリアーニさんが命を狙われる理由が無くならない上に最悪の方法ですら世界を守れないということになる。

 この人達と行動を共にしている間にどうにか何かを掴めればいいが……。

「キャミィさんに話を聞いた時から何らかの事情があることは承知していましたので思い詰めないでください。今はとにかくマリアーニさんが無事でいることを優先しましょう」

 自分の命が狙われている状況でも言えないというのだから余程深い理由があるのだろう。

 ならば僕が何を言ったところで明かしてはもらえない。それはもう十分に分かっている。

「そう言っていただけると助かります」

 ホッとした様子のマリアーニさんはそこで初めてカップを手に取った。

 重くなりつつあった空気を一掃するかのようにウェハスールさんがパチンと手を叩く。

「問題はこれからどうするか、ということですね~。レイラちゃんが戻らないとなると出来るだけ早くこの町を離れた方がいいでしょうし」

「そうですね。言い忘れてしまっていましたけど、キャミィさんの最後の伝言もそれに関してのことでした。シルクレアの追っ手がじきにこの町に来るはずだ、と。だからマリアーニさんと合流出来次第すぐにこの町を離れるようにということです」

「そういう事情なら早いうちに出発しましょう~。裏口に馬車が隠してあります、レイラちゃんが戻るまでは待っていてくれと言われていたのですぐに出発出来るよう準備だけはしてありますので~」

「分かりました、すぐに出ましょう」

 その言葉を最後に僕達はすぐさま準備に取り掛かり、そのまま部屋を後にするのだった。


          ○


 それから五分もしないうちに宿屋を離れ、見知らぬ土地を馬車に乗って疾走していく。

 ウェハスールさんが操縦し、僕達は後ろの荷台に座って絶えず後ろを警戒している状態だ。

 人を運ぶためのものではないため座席や窓などはなく、本当に荷台に幌をかぶせただけの小さな馬車であるため広さもなく揺れも普段よりもダイレクトに伝わってくるが贅沢を言ってもいられないので致し方がないか。

「…………」

 慣れない感覚と緊張感で気を張った状態でいることしばらく、目の前に広がる広大な風景の中には特に誰かしらが追ってくる様子はない。

 僕達が宿屋の物置小屋から馬車を出発させた時、明らかに遠巻きに見ていた兵士達は動揺し不測の事態と言わんばかりに慌てていた。

「追って来られなくてよかったですね~、そうなるとこちらも攻撃せざるを得ませんから」

 少しの安堵を感じ取ったのか、前方からウェハスールさんが声を掛けてくる。

 あれだけ華奢でふんわりほんわかしていて運動神経が優れているようには見えないウェハスールさんがごく自然に御者席で手綱を握って馬車を操っているのだからあの人もミニスカ魔法使いという見た目の印象とはかけ離れているな。

「今そうならないことは間違いなく良いことなんでしょうけど、それが逆に()()()()がいずれ追ってくることを証明しているようなものである点が不安要素ですね」

 あれだけはっきりと監視していました、みたいなリアクションを見せつつも追って来ないということはそれを指示した誰かがいるか、或いは見張るだけでいい理由があるということだ。

「どうにか、そうなる前に逃げ切らないといけませんね~」

 ね~、とかのほほんとした口調で言われると本当に状況が分かっているのかどうか疑わしくなるけど……この人は前からそうだったし、今更指摘するのも憚られるところである。

「……Zzz」

 あと一人だけ毛布を被って寝息を立てているカエサルさんはやっぱりただの馬鹿なんじゃないかと思えてならない……ある意味ここまで緊張感と無縁なのも凄いけども。

 そういえばこの人は空を飛べるんだったっけか。最悪の場合マリアーニさん一人逃がすだけのことならば難しくない、というわけだ。

 ……それが寝る理由になるのかどうかは甚だ疑問だけど。

「コウヘイ様」

「はい?」

 そんな姉妹の在り方には慣れっこなのか、隣に腰を下ろすマリアーニさんは何ら気にする様子もなく僕の名を呼ぶ。 

 カエサルさんの頭を優しく撫でるその姿は、なんだかこっちはこっちで姉妹の様だ。

「改めて、申し訳ありません……こんなことに巻き込んでしまって」

「誰かに強制されているわけでもありませんし、あまり何度も頭を下げないでください。僕は僕が正しいと思うことをやろうというだけで、間違っていると思うことは間違っていると言いたいだけです。第一、あなたには命を救ってもらった借りもありますから」

「何を仰るのです、あの時はあなたがわたくしを救ってくださったのではないですか」

「いえいえ、マリアーニさんのおかげで僕は今生きているんじゃないですか」

「そんなことはありません、そもそもコウヘイ様が助けてくださらなければ……」

 そこまで言って、互いの言葉が止む。

 すごく不毛な押し付け合いをしているみたいな気になったのが、少なくとも僕側がそうなった理由だった。

 そして同じ気持ちだったのか、顔を見合わせたのちマリアーニさんは口に手を当て控えめに笑う。

「うふふ、お変わりありませんねコウヘイ様。あの時もあなたはご謙遜ばかりなさって……その実、わたくしを含め皆を無事に導いてくれました」

「なぜかよくそうやって言われるんですけど、別に僕は謙遜しているつもりはないんですけどねぇ」

 特にあの時の出来事はそれが顕著だと言えよう。

 別に格好付けたわけじゃなく、僕如きではあれ以外に選択肢がなかっただけだというのに。

 でもまあ、今この場の緊張感が少しでも解れてくれたなら悪いことばかりでもないか。

 それをきっかけに張り詰めていた空気から解放されたおかげか互いに図りかねていた距離感も徐々に縮んでいき、その後は他愛もない話をしながら目的地までの小一時間ばかりの逃避行の時を過ごしているうちに馬車が動きを止める。

 到着したのは別の町から少し離れた位置にある森の中だ。

 直接町に入ってしまうとどうしても目立つし、そうなるとまたすぐに知らせが行って追い掛けっこが再開するだけなので敢えて森に一旦身を隠すことにしたというわけである。

 出発した時間が時間だっただけに既に日が暮れ始めている。

 暗くなればより安全性も増す反面、居場所がバレてしまった場合に包囲しやすくなる上にこちらから相手の動向も探りにくくなるというデメリットもある苦肉の策と言えるだろう。

 話し合いの結果、それらの理由から町に入ることは断念し僕達はこの場所で一夜を過ごすこととなった。

 とはいえこのままお休みなさいとはいかないので僕は今からカエサルさんと買い出しに行かなければならない。

 なぜこのコンビなのかはまあ……消去法なので文句は言えないけど、一抹の不安を覚えることぐらいは許して欲しいものだ。

 マリアーニさんと二人で残すとなると色々と気が回らないと不味いし、買い出し要員の僕にも出来れば護衛は欲しいし、誰に決定権があったところでこういう配置になるよね。

 いきなり真っ直ぐに町に向かおうとしたカエサルさんにさっそくドン引きしたわけだけど……僕が理屈を説明しても全然理解してくれないしさ。

 ウェハスールさんが一言注意しただけで納得してくれたはいいけど、言い付けを守るための納得よりも今後同じ事を繰り返さないための理解を求めたいのが正直なところである。

「一つ聞いてもいい?」

 そんなこんなで馬車からぐるりと回って反対側から森を出たのちに町へと向かう道すがら、両手を後頭部で組み鼻歌交じりに大股で歩くカエサルさんにふと疑問をぶつけたくなって問い掛けた。

 余談ではあるが、馬車の中で同じ歳だということが判明したのでマリアーニさんとウェハスールさん、そして渋々ながら本人の許可を得てタメ口でいいってことになったりもする。僕にしてみれば年下だと思っていただけに逆に驚いたけど。

「んー? なにー?」

 数歩前を歩くカエサルさんは何気なく振り返る。本人の戦闘力の高さがあってのことだろうけど、相変わらず危機感はゼロ以下だ。

「ウェハスールさんのこと姉さんって呼んでるけど、本当の姉妹なのかなって思ってさ。詮索のつもりはないし興味本位でしかないから言いたくないならそれ以上聞くつもりはないけど名前が違うのが気になったというか」

「なに気ぃ遣ってんのよ気持ち悪い。べっつに隠す理由もないし、今になって聞かれて嫌な話ってわけでもないもんね、そんなの」

「そ、そう……」

「何年も前にさ、行く当てのなかったあたしを拾ってくれたんだ。妹にしてあげる、とか言ってさ。最初は意味わかんなかったけど……あたしのために怒ってくれて、あたしのために泣いてくれて、あたしを守ってくれたんだ。だから今では全部に感謝してるし、本当の姉さんだと思ってる。怒ると怖いけど、優しい姉さんだよ」

「へえ~、怒ると怖いっていうのはあんまり想像出来ないけど、優しいのはまあ見ていれば分かるなぁ。面倒見も良さそうだし」

「フフン、お前もまだまだ甘いな。怒った時の姉さんはそこらの化け物より百倍怖いんだから」

「それは怒らせないようにした方がよさそうだね」

「でも、ちらっと聞いた話じゃ本当の妹がどこかにいるんだって」

「どこかって?」

「さあ、それ以上聞いてもそれはぐらかされるだけで教えてくれないから知らない」

「そっか」

 深刻な空気になるのも嫌だったので僕も何気ない風に返事をしていた。

 ウェハスールさんにも何か深い事情があるのだろうか。

 今の僕が踏み込んでみたところで意味を成さないだろうけど……カエサルさんにしたって行く当てがなかったという発言も然り、過去にサミュエルさんとも波瀾万丈があったようだし色々と壮絶な過去が隠されていそうな気がする。

 知ってどうなることでもないのかもしれないけど、誰も彼もがこれだけの若さで戦乱の世の最前線にいるのは相応の理由があってのことなのかな。

 人知れずそんなことを思った買い出しの時間だった。


          ○


 それから三時間程が経った。

 辺りはすっかり暗闇に包まれており、静かな森には鳥や虫の鳴き声だったり風が草木を揺らす音が響くだけでそれ以外の気配は感じられない。

 町で食料を始めとする諸々の必要雑貨を購入し馬車へと戻ると僕達はすぐに夕食を済ませ明朝の出発に備えて早めに休むこととなった。

 馬車の脇で火を炊き……勿論方法はウェハスールさんの魔法だがそれはさておき、魚を焼いたり野菜を焼いたりしていただいた後はすぐに入浴タイムだ。

 言うまでもなく温泉どころかお湯すらも無いため川を使っての話である。

 最初に女性陣が水浴びに行き、三人が戻ったところで僕の番となった。

 念のためにとウェハスールさんが付近で見張りをしてくれているので恐怖心も随分とマシになっている。

 前に山籠もりで経験していなければもっと抵抗があったかもしれないなぁ。なんて考えると、どんな経験も無駄にならないものだと呆れるやら神経だけは逞しくなったものだとおかしくなってくるやらで複雑な心境だ。

「…………さむっ」

 のんびり疲れを癒す環境でもないし、夜風が冷たい中で水に浸かるなんて愚行に他ならないのでサッサと終わらせよう。

 そう決めて、ブルっと身震いを一つ挟んで川から出るとすぐに体を拭く。

 まあ……精神的な疲弊は付き物だけど肉体的な疲労はほとんど無いのでどのみちのんびりする必要もないしね。

 何せあれだけの荷物だったというのにカエサルさん一人に運ばせちゃったからね……半ば強引にそういう流れになったとはいえ、そんなに非力そうに見えるのだろうか。

 非力を否定はしないけど、そうでなくとも相当な重量だったろうに言動が子供っぽくとも見た目が子供っぽくとも女王の護衛と側近を務めるだけの戦士というのは凄いものだ。

「お待たせしました。色々とすいません」

 川から上がり服を着ると、僕はすぐ傍にある木の陰で待機していたウェハスールさんの下へと駆け寄った。

 格好が格好だけに濡れた髪やタオルを首に掛ける女性の姿はどこか艶っぽい。

 杖を片手に僕を出迎えるウェハスールさんは絶えず聞こえていた陽気な歌声を止めると、デフォルトと言わんばかりのにこやかな笑顔を浮かべる。

「いえいえ、お構いなく~。コウヘイ様の強さや性別は無関係に当然の処置ですから~」

 にこりと、人懐っこい笑顔が向けられたところで二人並んで馬車の所へと歩いていく。

 女性に見張ってもらう、というよりも女性に頼りっぱなしでいることに慣れすぎて情けなく思う気持ちが薄れていきつつある今日この頃である。

 僕の基準で言えば男だ女だなんてことでどうにかならないレベルにこの世界で出会ってきた同世代の女性達は強く、逞しく、凄まじい能力を持っているのだ。

「エルとは仲良く出来そうですか?」

「嫌われているという感じでもなさそうなので口が悪いのが気にならなければ大丈夫だと思いますよ? 僕はあまりムキになったりする性格でも腹を立てて言い返すタイプでもないですしね。買い出しの時にも少し話をしましたし、なんというか悪い子ではないんだろうなと分かるだけに別に悪態を吐かれても気を悪くはしませんので」

「そう言ってくれると助かります~、まだまだ子供っぽさが抜けないもので。ちなみに、どんな話を?」

「他愛のない話と、少しですけどウェハスールさんの話をしてくれました。お姉さんになってくれたという昔の話を」

「そうだったんですか~、あの子のことだから怖いお姉ちゃんだなんて言ったのでしょうね~」

 口ではそう言いつつも、表情は優しさに満ちている。

 義理の姉妹という事実を聞いた時は驚きと納得の半々だったけど、そこには確かに愛情と信頼が二つ存在しているように思えた。

「怒ると怖いけど、優しい姉さんだって言ってましたよ。自分のために怒ってくれて、泣いてくれて、時には守ってくれて、全部に感謝しているし本当のお姉さんだと思ってるって」

「うふふ、素直で甘えん坊なところはいつまでも変わりませんね~。もう聞いたかもしれませんけど、わたしには元々妹がいたんです。ですがある事情で離れ離れになってしまいまして、ナディア様の付き人をしていたそんなある日に倒れているエルと遭遇したんですよ~。 家族もいない帰る場所もないというあの子を保護したものの中々心を開いてくれなくて、どうしたものかと考えた結果お姉ちゃんになってあげるって言っちゃいました♪」

「そうだったんですか」

 色々あったと感じた過去も、深い事情があると察した二人の関係もまだまだ推し量ることは出来ないけど、きっと愛情という名の絆が今を支えているのだろう。

 なんとなくだけど、そう思えた分だけ迷いなくこの旅を続けられる気がする。

「これまたちなみにですけど、コウヘイ様は兄弟姉妹は?」

「いえ、一人っ子ですけど」

「そうですか~。そんなコウヘイ様にものすごーく良い提案があります♪」

「は、はぁ……なんでしょう」

「コウヘイ様もわたしの弟にしてあげましょ~。わー、パチパチパチ~」

「……………………はい?」

「そうすればきっとエルも喜ぶと思うんです~。そう思いませんか?」

「いや、えーっと……それはどうでしょう」

 一人で手を叩きながらもの凄く楽しそうなところ申し訳ないのですが、全然理解が追い付かないんですけど。

 一体全体何を言い出すんだろうか……突拍子がなさすぎる。

「だから今日からお姉ちゃんって呼んでくださいね~コウちゃん♪」

「コウちゃん!?」

 僕をそう呼ぶのはただ一人、幼馴染みだけだ。

 いや、別に呼び方なんてどうでもいいんだけど、さすがにお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしすぎて無理すぎる。

 放っておくと不味い気しかしないのでどうにか考え直してもらおうと色々言い訳じみた交渉をしてみるが、一人でノリノリになっているウェハスールさんを止めることは出来ず。

 馬車に戻る頃にはテンションが上がるあまり僕の話なんて全然聞いていない状態になっているし、それどころか嬉しそうにマリアーニさんやカエサルさんに報告されてしまう始末。

「ということでコウちゃん~」

「……はい」

 毛布の並んだ馬車の荷台。

 もはや話の中心にして蚊帳の外と化している僕の心にはもう好きにしてくれという諦めだけが犇めいていた。

「わたしは二人のお姉ちゃんなのでカエサルさん、なんて他人行儀な呼び方は禁止とします~。今日からはコウちゃんもエルと呼ぶように~」

「いやぁ……それはどうでしょう」

 展開が早いです、まじで……余計に気を遣うよそんなの。

「ではさっそく呼んでみましょう~。はい、せーのっ」

「…………」

「せーの?」

「…………」

「うぅぅ……せーの」

「わ、わかりましたよ。呼びます、呼びますから」

 なにゆえ呼び名一つで泣き崩れる……こっちが泣きたいってのに。

 思いつつ、もう逃げられそうにないので恐る恐る口にしてみる。

 当のカエサルさんが口を挟まないのが余計にどう思われてるのかが分からず不安にさせているのは内緒だ。

「……………………エル?」

「偉そうにエルって言うな!」

 遠慮がちに口にしてみるも、『ル』を発音すると同時ぐらいに全力で怒られていた。

 反応はぇ~。

「で、ですよね~」

 会ったのが通算二度目でそんなの馴れ馴れしいにも程がある。怒って当然だ。

 と、思ったのだが……、

「エルお姉さんでしょ! あたしの方が先に姉さんの妹になったんだから!」

「えぇぇ……」

 そっち~……。

 辛うじて同じ歳かもしれないけど、見た目も精神年齢も絶対僕の方が上なのに……。

 無理無理。

 ウェハスールさんならまだしも、この人をお姉さんと呼ぶのは何かもう尊厳的に無理。

「…………エル」

「またエルって言った!! お前生意気っ」

 よし、決めた。

 僕はこの人を姉とは呼ばない。

 憤慨したエル(、、)は延々と喚いているが、駄目なものは駄目だ。

 聞き分けが無いことに業を煮やしてか最終的に頬をつねられたりチョークスリーパーをされたりしたが、十五分もした頃には眠気という名の別の相手と戦い始めたことで頑なに折れない僕の説得を諦めてくれたのでどうにか僕の心の平穏は守られたと言っていいはず。

 そんな僕達をマリアーニさんやウェハスールさんは楽しそうに見ていて、それは時と場合を選べばさぞ微笑ましい光景に映ることのだろう。

 いつかジャックが言っていたっけか。

 こんな時だからこそ笑える時に笑っておくのだと。

 今ならその意味が分かる、なんて格好付ける気はないけれど、思い浮かぶ台詞がどこか心に染み渡る。

 人知れずあの日の言葉を思い起こす予想外に賑やかな夜は、こうして少しずつ更けていった。


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