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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑧ ~滅亡へのカウントダウン~】
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【序章】 仕組まれた争い

5/17 誤字修正 話み→話も

11/27 脱字修正 セミリア→セミリアさん


 長いどころか長過ぎた高校二年の夏期休暇も残り一週間にまで迫った八月中旬、晴れの日の午後。

 僕こと樋口康平は二階にある自分の部屋で黙々と課題に取り組んでいた。

 外からは八月に入ってからというもの、一日たりとも休むことなく鳴り続けている夏の風物詩である蝉の鳴き声が強制BGMと言わんばかりの煩ささで響き続けている。

 この様子では今日も外はさぞかし灼熱の熱さを維持しているのだろう。

 だろう、と。憶測を口にしているだけな感じになってしまうのも致し方ない。何を隠そう僕はこの三日間、一切外に出ていないのだ。

 本来ならば夏休みの宿題なんて七月末から八月初旬には終わらせて残る休みを悠々自適に過ごすスタイルの僕なのに、この高校二年の夏に限ってはそうならなかったのには理由がある。

 今更それを長々と説明しようとは思わないので分からない人は二つ三つ前の話を読んでもらえればいいのではなかろうか。

 僕にとっても大きな意味を持った今回の体験は色々とあって帰ってきてしばらくはぽっかりと心に穴が空いた感覚に見舞われたままで、どうにも帰ってすぐには勉強しなければ、なんて気持ちにならなかったこともあって後回しになってしまっていた。そう理解してもらえればいい。

 とはいえ、である。

『異世界で戦争に参加していました』

 という言い訳で教師の納得を得られるとは全く思えないのでそろそろ現実に目を向けなければと頭を切り替え、残り半分の宿題に手を付けることにした次第だった。

 祖母の家に行ったり、母さんや幼馴染み一家と小旅行に行ったり、クラスメイトと花火をしたりと色々な予定が詰まっていてくれたおかげで引き籠もらずに済んだのだから捻くれた僕にも周囲に見放されないだけの社交性があることが証明されたと言っていいだろう。

 壮絶な体験を終え、どうにか無事に帰れたことから生まれる喪失感もそろそろ払拭されつつあるし、日本の高校生という本来の自分に戻るには良い頃合いだろうと気付くには若干遅かった気がしないでもないためこの三日間で集中して終わらせることにしたというわけだ。

 ぼちぼち完了の目処が立ち始めた頃、母さんが持ってきてくれたアイスティーに口を付け一息吐く目が無意識に左腕に向く。

 ちらりと見る左手首にあるのは家に居る時に限り身に着けている金属製の細いブレスレットだ。

 異世界で僕達を常に導き守ってくれたノスルクさんという老人がくれたマジック・アイテム……正確には(ゲート)と呼ばれる少し違う分類になるらしいが、まあ言わば魔法的な効果を持つ不思議な道具である。

 言いたくはないが、形見とそう変わらない意味を持つこのアクセサリーは僕にとっての異世界における不思議アイテムの中でも更に抜きん出たレベルで特殊な効果を持っていると言っても過言ではない。

 本人のただならぬ才覚もさることながらリスクを背負うことを厭わなければ大概のことは可能にしてしまう道具を作り出す能力を持っていたノスルクさんならではといったところか。

 僕が異世界に行くきっかけとなった出会いと同じ様に、僕の方から異世界にワープ出来る効果に加えノスルクさんの小屋の地下にある水晶を通じて次元を跨いだ会話まで出来るという、最早どう言葉で凄さを表現していいのかも分からなくなる程にとんでもないアイテムだ。

 異世界から持ち帰った物としては他にも指輪とか鍵とか鏡とかベルとか色々とあるのだが、それらが効果を発揮しなかったことを考えればやはり魔法という枠組みの中でも特出していることが分かる。

 ちなみに、このリングの存在を知っているのは三人いて、セミリアさんという全ての始まりである出会いを果たした銀髪の女勇者、当初は意志を持つネックレスとして共に過ごしていた百年前に存在した伝説の二代目勇者と呼ばれる歴史上の人物であるはずの女勇者ジャックことジャクリーヌ・アネット、そして僕がお世話になってきたグランフェルト王国のお城で働く侍女であり僕の滞在中に限り僕の世話をしてくれている一つ年下の女の子ミランダさんの三人だ。

 実際にはもう一人、それを伝えておくべきであろう深く関わりのある勇者の名を背負った女性がいるのだが、話の途中で「興味ないから」とか言って立ち去られてしまったので結局説明出来ていない。

 それもまた彼女らしいかと諦めたのも思い出話にするには随分と早い、割と最近の出来事だ。

 長い戦争の終わりを見届け日本に帰った直後こそセミリアさんもミランダさんも二、三日に一度はわざわざ僕と話をするためにノスルクさんの小屋を訪れてくれて、その度に何時間も話をしたものだ。

 しかし、ここ最近ピタリとそれがなくなっている。

 かれこれ十日以上になるだろうか。日本にいながらにして異世界と通じる感覚に最初は中々馴染めなかったというのに、あまりに深く強い絆と繋がりを残してしまったこともあってか今や知らせが無いのが寂しくもあり、不安でもあるようになってしまっているらしい。

 忙しくしているからなのか、不測の事態でもあったのか、最後に話をした時には特に何も聞いていないだけに分からないままでいることで気になってしまう部分もあるだろう。

 一言呪文を口にすれば直接確かめに行けるのだが、そんなコンビニ感覚で異世界に行き来していいものかと、どうにも実行に移すことが出来ずにいるのだった。

 ふとペンを止めたことをきっかけに思い浮かべた特に根拠もない漠然とした不安が呼び水となったのかどうかは定かではないが、それから二時間後、僕は久々に異世界に向かうこととなる。


「久しぶりだなコウヘイ」


 在宅を確認する呼びかけの後、そんな一言から会話は始まった。

 ワープすること以外には声を届けるだけのアイテムだ。当然ながら相手の顔は見えないのではっきりとは言えないが、それでもどこか普段とは違う風に思える声のトーンが一瞬にして抱いたばかりの安堵する気持ちを吹き飛ばす。

 挨拶も早々に本題に入ったセミリアさんの語る内容は、まさにそれが杞憂ではないことを証明するものだった。

「随分と間が空いてしまってすまなかったな。色々と立て込んでいた」

「いえ、それは全然構わないんですけど、何かあったんですか?」

「うむ……少々厄介な問題を抱えていてな。私はずっと国外を行き来していたし、城の方は城の方であれこれと大忙しだ」

「難儀な問題、ですか」

「どうにかアネット様と二人で奔走してはみたが、もう私達だけでは手が回らないところまで来てしまった……それゆえコウヘイの手を貸してもらおうと相談に来たのだ」

 この日、この遣り取りをきっかけに僕は通算四度目の異世界奮闘記に挑むことになった。


          ○


 諸々の準備、すなわち異世界用にそのまま置いておいたショルダーバッグを用意すると、ブレスレットの効果で僕は異世界に無事到着した。

 まさかしばらく声を聞いていないことを懐かしんだだけのことが今日のうちに異世界に出向くことに繋がるとは夢にも思わなかったが、ああも常時とは違う雰囲気を出されては放っておけるはずもない。

 まず降り立ったのは懐かしくもあり、見慣れたとも言える静かな森の中だ。

 詳しい話は道中で、ということになったため今は亡きノスルクさんの小屋を出た僕は迎えてくれたセミリアさんと森を抜け、エレマージリングという名前の別の瞬間移動用のアイテムで関所まで移動したのちに徒歩でお城のある大きな町へと向かっている。

 この国、グランフェルト王国に限らず大きな町や城のある都市に直接ワープすることは禁止されていたり、そもそも出来ない仕組みになっていたりするのでこれも慣れた手順と言えるだろう。

 今更ながら隣を歩くのは僕と一つしか歳が変わらない綺麗な女性だ。

 その名はセミリア・クルイード。

 両手足の腕、肘から先と胸部に鉄製の鎧を身に着け、背中には大振りの剣を携え、いつ見ても綺麗な銀色の長い髪と同じ人類かと疑いたくなる程に整った美しい外見が特徴ともいえるこの世界の有名人であり【聖剣】と呼ばれる若き女勇者である。

 共に魔王を倒すべく冒険に挑み、共にサミットに参加し、共に戦争を終わらせるために戦った僕が異世界に来るきっかけとなった人物だ。

 そんなセミリアさんは関所を抜けた辺りでようやく事の顛末を話し始める。神妙な顔付きで語られた話の中身は、予想の遥か上を行くとんでもない事態の詳細だった。

「どこから説明すればよいのか……まずは二つの大前提があることを理解して欲しい」

「二つの……大前提」

「ああ、一つは今この世界は破滅の危機に晒されているということ。そしてもう一つはその破滅を阻止するためには人間同士が殺し合いをしなければならない、ということだ」

「……破滅? …………殺し合い?」

 あまりにも想像と現実との違いがあり過ぎて理解が追い付くまでに一度頭が真っ白になっていた。

 なんだってそんなことになる。

 長らく続いた戦争がついこの間終わりを迎えたばかりじゃないか。

 一体何がそうさせるというのか、誰がそうさせたというのか。

「お主にしてみれば当然の感想だろう、私達とて誰もが同じ気持ちを抱いた。まず何が、という部分についてだが、全ての原因は一つの呪いの存在にある」

「呪い……ですか」

「名を【人柱の呪い(アペルピスィア)】という大昔に存在した呪いで、私に限らずこの件を知る多くの者が発覚後に文献を掘り起こして初めて知ったというレベルの古の産物だ。錬成針柱と呼ばれる短剣程の大きさの針を五本設置することで発動条件を満たし、その五本の針が線で結ばれ五芒星の魔法陣を描き上げた時、その魔法陣の内側を丸々消滅させてしまう、そういう効果を持つ魔術ということらしい。設置方法は実にシンプルで、その錬成針柱をただ地面に刺すだけで完了する。そして一度設置された針柱は自動的に結界に守られ決して抜くことは出来ないという厄介な代物なのだが、問題はそれだけではないのだ」

「……というのは?」

「五本全ての錬成針柱を設置し発動条件を満たしただけでは魔術の発動までには至らず、呪いの名の通り針柱一本につき一人の人柱が揃って初めて破滅を告げる時を刻み始める。そういう性質を持っていることが分かった。人柱とされる者にも全く違った術式による呪いを掛ける必要があるのだが……誰がそんなことをやってのけたのかは今現在一切特定出来ていない。それでも確かに人柱の証たる刻印を体に刻まれた人間が確認されている以上は魔術の発動自体は間違いないと見ていいだろう。五本の針柱と五人の人柱、両方が揃って初めて魔術の発動条件を満たし、それによって魔法陣が生成され始め、その状態で魔法陣完成の時を迎えることが真の発動条件となる。そういう呪術であるとのことだ。この呪いの恐ろしい所は世界を破滅させてしまうレベルの規模だけではなく、それを阻止する唯一の方法にあるのだが……それが今私達を、この世界を戦火で包もうとしている」

「それはつまり……人柱の死、ということですか」

 最初に聞いた、破滅を阻止するために人間同士が殺し合うという言葉を考えれば簡単にその答えに辿り着けてしまう。

 世界が破滅するか、その呪いを掛けられた五人を切り捨て他の全てが助かるか、そういう状況だということだ。

「その通りだ。世界各地に設置された錬成針柱は人柱の命と連動することでそれぞれが機能を維持し、発動条件を満たしてから百日後という期日を迎える前に全ての針柱の機能を失わせることがたった一つの解除方法だということが記されていた。文献によれば、という話を繰り返してしまうが、当然ながら簡単な呪術でもなければ人柱となる者とて誰でもいいというわけではない。それが分かっているからこそ政治的に、或いは物理的に力を持つ者ばかりという人選なのだろう、バズールと呼ばれる生物についても後者を補うためであり、阻止することを困難にさせようという目的だろうという見解だ。人柱となった五人のほとんどが五大王国の主要人物だった、そのおかげで大国の方針は固まらず世界が破滅しようという危機に足並みを揃えることも、力を合わせて立ち向かう意志の共有すらも出来ていない……それが現状だ」

 五大王国。

 僕にとっての異世界であるこの世界の歴史を築いてきた五つの大国を指す言葉だ。

 このグランフェルト王国、世界一の広さと人口を持つシルクレア王国、つい先月僕も参加していた内戦が終わりを告げ平和への第一歩を踏み出したばかりのサントゥアリオ共和国、軍隊を持たない中立主義のユノ王国、そして徹底した相互不干渉主義の悪評蔓延る謎の国フローレシア王国、という五カ国であると記憶している。

「【人柱の呪い(アペルピスィア)】の発動が宣告されたのは私達がサントゥアリオから帰ってから十日ほどが経ってのことだった。五芒星の完成までは発動から百日を必要とするが、その時点でリミットまで三十日と少しというふざけた状況だったのだ……それでいて大国の要人の命と引き替えに世界を守るべきだと主張する国、それを拒否する国がはっきりと別れ、何度となく緊急のサミットを開いたが最終的に決裂したまま打ち切られてしまった」

「どうして、そんな滅茶苦茶なことに……」

 そんなもの話し合いで意見が合うはずがない。

 どうして一つも二つも戦争を終わらせたばかりだというのに、新たな火種が簡単に生まれてしまうというのか。

 なぜそうまでして平和の実現を阻害し、命を軽んじて争いを繰り広げたがるのか。

 日本で暮していたって世界を見渡せば似たような情勢の国々はいくらでも存在するけど、こんな僕でも当事者となり得るこの世界だからこそ余計に嘆かわしくもあり、愚かしく思うあまり腹が立つ。

 そしてもう一つ確かなことがある。遅れてそれに気が付いた。

「そんなことが……勝手に起きるはずがないですよね? 誰かが、意図的に仕組まないと起こりえないはずでしょう……それはつまり、人間を滅ぼそうと考えた誰かがいるということじゃないですか」 

「お主の言う通り、これは間違っても自然現象や災害の類ではない。信じがたい話ではあるが……全てを仕組み、人間界に堂々と宣言してきたのは天界の神々だ」

「神々……」

 何度か、そういう存在についての話は聞いたことがある。

 ノスルクさんの口から、或いは天鳳ことジェスタシアさんの口から。

 具体的な情報は何一つ知らないが、天界と呼ばれる世界に神と呼ばれる人達がいて、信仰上の神様というわけではなく所謂称号の様なものだということぐらいは聞いた話の中でのまともな知識として記憶に残っている。

「どういう理由かは分からぬが、まさか天界がこうまで明確に人間界に対する敵意を露わにし、卑劣な策を弄してくるとは……というのがどこの国、どの王にも共通する反応だった。そして魔術の及ぶ領域に含まれている以上当然のこととも言えるが……アルヴィーラ神国は関与を否定している」

「アルヴィーラ神国?」

 いつだったか、どこかで聞いたことがある響きだ。

 間違いなく聞き覚えがあるフレーズだと思うんだけど……どこで耳にしたのだったか。

「アルヴィーラというのは百数十年前に天界の民が地上に作った国だ。建国当時は離脱民の存在を良しとしない天界との激しい抗争もあったが、最終的には休戦状態となり、その状態のまま特に変化のないまま現代まできていたし、十数年前に王族が入れ替わってからは少々不穏な動きもあったが、アルヴィーラ神国が天界の神々の狙いに含まれているのかどうかは結局分からずじまいでな……コウヘイ、先程言った五大王国を一括りに呼ぶ時、他にどういう表現をしていたか覚えているか?」

「五大王国、ですか?」

 五カ国を纏めた呼称。

 確かサミットに行った際に他の人達が口にしていたっけか。

「もしかして……指定国同盟とか、指定国連合とかそういうのですか?」

「さすがはコウヘイ、よく覚えていたな。だが、不思議に思わなかったか? 指定国同盟と言うが、それは誰が何の権限を以て指定(、、)したのか、と」

「確かに……言われてみればおかしいですね」

 当時は逐一疑問を抱いているとキリがないと、敢えて細かいことにまでは言及しないようにしていた部分もあっただけに極力は聞いたまま受け入れるようにしていたので本当に今言われて初めて納得したという感じではあるのだけど……。

「あれはそもそも天界が定めたものなのだ。天界、人間界両方にとっての敵になり得るアルヴィーラ神国を両方から抑え込むためにな。意味を同じくして人間界と天界との協定でもあり、天界とアルヴィーラが休戦状態になると共に策定された。それ以来特に人間界に干渉してくることもなかったのだが……それが突如として今回の裏切り行為だ。世界中に混乱をもたらしただけでもまんまと策略に嵌ったと言えるだろう。五大王国を除く小国の中には強行に出ようとする王が何人かいたようだが、それに関してはすぐさまクロンヴァール王が黙らせた。とはいえ、五大王国の中で言えばシルクレアのみが強行派を宣言していることも事実であるのに加え、そもそもそのクロンヴァール王を除く四人の王の半数が人柱なのだ。個々が主張や方針を語ったところで円滑に話が進むはずもない。そうなるともう五人の代表が……と言ってもフローレシアを除いてだが、どれだけ回数を重ねたところで話し合いによって解決出来る域を超えてしまうのは時間の問題だった。その瞬間にも新たな抗争が生まれようとしているのだ。人柱を犠牲にすることでひとまず世界の破滅を防ぐのか、そんな不条理な決定を受け入れずに他の方法を探すのか、それでも限界まで時間を掛けて話し合った結果は決裂で終わり、だからといって別の解決法を探す時間もなく、それ以前に例え天界に攻め入り首謀者を討ったところで呪いは消えぬとくれば人道を理由に説得を試みたところで秤に乗るのが全ての人類では意味を成さぬ」

「要するに……人柱の命と引き替えに世界を守るのか、それを受け入れず別の解決法を探すのかで割れている、と。ちなみになんですけど、その人柱が誰かというのは全て判明しているんですか? 五カ国の主要人物だとか半数が王だとか言っていましたけど」

「それも同時に宣告されている。ジェルタール王、マリアーニ王、リュドヴィック王という三人の王、そしてシルクレア王国のローレンスという高名な神父に加えフローレシアからは究極生物バズールという化け物がそれに当たるということだ。最後のバズールのみ人間ではないが、フローレシアの黒き噂の一つであることが明らかになっただけではなくマクネア王本人が実在することを認めた」

「なるほど……」

 化け物を除いたってほとんどが大国の王であると。

 つまり、強攻策に出ることを簡単には受け入れられない人選であり、命を奪って全人類の命を守ろうとすれば王を殺さなければならないとなると意見が分かれた時点で必然的に戦争が起きる。そういう仕組みなわけだ。

 徹底しているというか、かつての魔獣神の時と同じく本気で世界を潰そうとしている……神々とやらがそういうつもりであることだけは今の説明で理解出来た。

「クロンヴァール王はせめてもの妥協案としてリミットの二十日前になるまでは他国の主張を受け入れ他の方法を探すための時間に充てること、そしてその時を迎えた時点で最後の手段に出るということを一方的に宣言して最後のサミットを後にしたのだが……結局は何の進展もなく期限を迎えてしまったというわけだ。既に魔法陣の完成までは十五日を切っているし、シルクレアは誰が反対しようとも人柱の命を奪うための侵攻を開始する、という通告に従い大軍を動かし始めている」

「そんな……」

 戦争を止めるとか、他の方法を探すとかという段階は過ぎて既に戦争が始まりつつあると、そう言うのか。

 ならば……僕が呼ばれた意味とは一体……。

「最後に顔を合わせた日……クロンヴァール王は事実上の宣戦布告だと思えと、そう言って去っていった。他に方法が見つかっていないことも確かだ、反対も賛成もそう簡単ではない。本人もそれが分かっているからこそ、その際にローレンス神父の首を持参したのだろう」

「く、首を……持参?」

「うむ……覚悟と決意の証明だと、そういう意思表示なのだと本人は口にしていた。その神父はクロンヴァール王のもう一人の父と言われる程に幼少から近しい間柄だったそうだ。簡単な決断ではない。血も涙もない行動だと非難することも、命を軽んじている行為だと責めることも出来ぬ。そんな人物の命を自らの手で奪った覚悟は本物だろう、もはやどんな説得も意味をなさないことは明白。事実としてシルクレア軍は既にサントゥアリオに攻め入っていて、そのサントゥアリオから我が国に援軍の要請が入った、それがお主に力を借りたいと願い出た理由なのだ。もはや私達だけでは手に負えない。どうにか私もアネット様もお主に心配を掛けぬようにと駆け回ってはみたのだが……毎度のことながら争い事に巻き込む形になってすまない、コウヘイ」

「そんな、謝らないでください。助けてもらってきたのは僕だって同じですし、僕なんかがお二人の役に立てるのなら嫌な思いをすることなんてないですから。といっても、前回以上に状況が滅茶苦茶過ぎて僕に何が出来るのかという話になってきそうですけど……その前回と同じく僕達は戦争を止める方法を追求する、ということでいいんですよね?」

「そこで僕達(、、)と言ってくれるか……ありがとう、コウヘイ。戦争を止められるならば勿論それベストだが、代わりに世界が消え去っては何の意味もない。全てを加味した上で何が最善かを考えて動くための助力だと考えてくれればいい」

「何が最善か、ですか」

 確かにセミリアさんの言う通り、以前の戦争と違って正しいとか正しくないとかで片付く問題では何一つない。

 無益な争いを止めるために命懸けの時間を過ごした前回とは違い、正義感を貫き綺麗事を並び立てた代償が無関係な多くの命になってしまった時に何の言い訳も出来やしないからだ。

 必要なのは結果。それ以外にはない。

 だとすれば……こんな状況の中で僕に一体何が出来るのだろうか。何を、するべきだろうか。

 またしても人間同士が殺し合う戦争が起きて、でもそうしなければ世界が丸々消えてしまうというのだ。

 天鳳の復活に相対しようとしていた時も『最悪一週間後に世界が滅びる』という状況だったけど、少なくともあの当時の僕達は『化け物さえ倒せれば阻止出来る』という認識で立ち向かった。

 それが今は『戦争を止めたところで二週間後に世界が滅びる』にまで悪化しているのだから救いようがない。

 第一……クロンヴァールさんとジェルタール王は婚約者という関係ではなかったのか。なぜそんな二人が他者の策略で敵対し……命を奪い合わなければならないというんだ。

「あの……一つ、聞いてもいいですか?」

「何なりと聞いてくれ」

「差し当たっての問題はサントゥアリオからの援軍要請に対してどう動くかということなんですよね? でも、この国にも人柱がいるのであれば他の国に協力している場合じゃなくないですか? いずれこの国もクロンヴァールさんの国に攻め入られることになってしまうのでは……」

「いや、幸い……とは口が裂けても言えぬが、それに関しての心配はない」

「というのは?」

「リュドヴィック王は少し前に亡くなっているのだ」

「…………え」

 リュドヴィック王が……亡くなった?

「後日改めて報告するつもりではいたのだが、こんなタイミングになってしまって申し訳ない。【人柱の呪い(アペルピスィア)】の件が公になってすぐのことだった。度々体調を崩されていたのは知っていると思うが、少し前から寝たきりになっていてな……王は自身が呪いを掛けられたことを知らぬまま逝った」

「そう……ですか」

 確かに、前回この国に来た時も何度か体を悪くしていたっけか。

 中々頼りになる人材が見つからずに一人で苦労しているという話はもっと前から聞いてもいた。

 それで僕が頼られたり、僕にお願いにきたりという関係性が出来たと言ってもいい。

 一見すると温厚そうなおじさんだけど、誰よりも国のことを思っていたし僕個人もとても良くしてもらってきただけに悲しくもありショックでもあるけど……だからこそ僕に出来る恩返しをしなければならない。

 何が出来るか。簡単だ。

 安らかに眠れるように冥福を祈るだけではなく、王様が支えてきたこの国を終わりにしないために頑張ること、それが僕に出来ることの全てだ。。

 人柱云々を巡る争いからは図らずも逃れられたからこそ、その立場でどう動くべきなのか。その難しい立ち位置こそが今回セミリアさんやジャックが僕を頼ってきた理由というわけだ。

「落ち着いたら……お墓参りに行かないといけませんね。この危機を無事に乗り越えてから、お礼と報告の意味も込めて」

「ああ、是非そうしてくれ。そのためにも私達はくじけてはならない。諦めてはならないと私も思う」

「そうですね、前回もその気持ちが不可能を可能にしたようなものですから。ちなみにですけど、王様がいなくなったのなら国は誰がまとめているんですか? まさか姫様じゃないですよね?」

「流石にロールフェリア様に国を預けるわけにはいくまい。今国を仕切っているのはアネット様だ」

「え? ジャ、ジャックが?」

 確かジャックは百年前の悲劇によりこの国の王家には受け入れてもらえない存在であるはずなんだけど……。

「お主が帰った二日後にノスルク、ガイア様の両名が残した遺言が見つかったのだ。それによって百年前の誤解が解けると同時に、自分達の仲間のことをよろしく頼むという王への哀願のメッセージも相俟ってアネット様は宰相の地位を与えられ、王が亡くなってからは国王代理として忙しくしておられる」

「そうですか……誤解が解けて、ジャックの居場所が出来たのならよかったです」

「そうだな。真に英雄と呼ばれるべきお方だ、当然ながら私も同じ意見さ。それから、補足というわけではないのだが、それに際してお主にも色々と報告がある」

「なんでしょうか」

 僕も一度は元帥や宰相という肩書きを与えられていたし、そういう話しだろうか。

 だとすればジャックに譲ることに何の抵抗もないし全く問題もないけど……と、そんなことを考える僕だったが、セミリアさんが明かした話の中身とは驚くほど違っていた。

「まず一つは、城の地下にお主専用の金庫が出来た。これがその鍵だ」

 そう言って、セミリアさんは細い鎖に繋がれた鍵を僕に差し出した

 渡されたものだから思わず受け取ってしまったが、意味はよく分からない。

「……金庫?」

「うむ、お主にも多くの財産が残された。それを保管するための場所だと思ってくれれば分かりやすいだろう。ノスルクの遺産が私とサミュエル、アネット様にコウヘイの四人へと等分で、そして王の個人的な遺産が私とサミュエル、コウヘイとロールフェリア王女で四等分、それぞれが正式な遺言として残されている。どれだけの贅沢をしても一生金に困ることはない程の額だ。使い道はお主の好きにしてくれればいい」

「また、とんでもない話ですね……」

 ノスルクさんはまだしも、僕は自分が国王に遺産を残される人間だとは思えないのだが……世界がなくなろうとしている時にお金の話を掘り下げても仕方がないかと、ひとまず驚きや遠慮するための言葉を飲み込み、首に掛けているネックレス代わりの細い鎖に通しておくことにした。

 元々は結構前にAJというシルクレア王国で知り合った少年に貰った用途不明の鍵に付いていたもので、そこにこのグランフェルト王国のお城にある僕に与えられた部屋の鍵も一緒に通してこっちの世界にいる間のみ身に着けるようにしている。そこにもう一つ鍵が増えるのだから当初あれだけ半信半疑だった異世界に馴染み過ぎもいいところだ。

「それからもう一つ、王がアネット様を国王代理とする旨を記した部分にはコウヘイに向けた遺言もあってな」

「な、なんでしょう」

 これ以上何かを与えられるのもいい加減気が引けるんだけど……。

「私も初めて聞いた時は驚いたのだが、国王を含めコウヘイが望んだ場合にはこの国における如何なる役職も無条件で与えるというものだ」

「えぇぇ……本気ですかそれ、ていうか国王を含めって」

「一応という話ではあるが、現在のお主は宰相の地位に戻っていることになっている。一度は元帥の肩書きを与えられた以上そのままでもいいのではないかという話もあったのだが、コウヘイ不在の間は大将が同等の権限を持つとなればその大きさも曖昧になってしまうし、二人を宰相とすることで軍務をアネット様が、政務をコウヘイが支えてくれる方が適材適所であると王も判断したようだ。その後リュドヴィック王が亡くなりアネット様が代理で国の代表ということになっているが、お主が望めば代理ではない正真正銘の国王になる権利を持っていると思ってくれればいい。ただし、国王になる場合には条件が二つあって、一つはその時点で国王に該当する人間が居ない場合に限る、ということ。そしてもう一つがロールフェリア様を妻とすることだ」

「また滅茶苦茶な……条件があろうとなかろうと国王になりたい、なんて僕が言うはずがないじゃないですか」

 要約すると、僕がなりたいと言えば国王になれるってことだよね? そんな馬鹿な話があるか……。

「お主はそう言うだろうと思ってはいたが、それだけ王もコウヘイの能力や働きを評価していたということであり、自分が居なくなった後もこの国を支えて欲しいと考えていたということだ。何かを強いるための言葉でもなければお主を縛ろうという意図があるものでもない。今すぐに結論を出さずともコウヘイが自分なりに考えて必要な時に答えを出せばいい」

「わかりました。まあ、どういう答えに辿り着こうとも王様になると言い出す日はこないでしょうけど……あ、そういえば、サミュエルさんはこの件についてどういう考えを持っているんですか?」

「そのことなのだが、サミュエルは今この国にはいない」

「えっと……それは、どういう理由で?」

「突然城に現れたかと思うと、フローレシアに行くとだけ言って出て行ってしまったのだ。バズールは自分が始末するから誰も手を出すなと、私達だけではなくサミット参加国の王達へも伝言を残してな」

「そんなことが……」

 確かサミュエルさんはフローレシアという国の出身だという話を聞いた覚えがある。

 そこに化け物がいることや人柱云々の話が理由かどうかは分からないが、日頃あれだけシビアな言動が目立つ彼女にも祖国を思う気持ちに心が動かされるなんてことがあるのだろうか。

「さあ、城も見えてきた。そのことも含め、続きはアネット様を加えて話し合うとしよう」

 進行方向にはこの国で一番大きな町とその奥に聳え立つ城が見えている。

 今回もまた、未曾有の困難に立ち向かうことになる異世界体験になりそうだけど、いつもいつまでも僕の気持ちは変わらない。

 どれだけ危険でも僕を助けてくれる人がいる、僕を守ろうとしてくれる人がいる、僕の味方でいてくれる人がいる。

 だから僕もその人達のために怖いだとか危ないとかを理由に逃げることだけはしない。

 たったの一人でも傷付かずに済む人が増えるなら、助かる人が増えるなら、それが僕がこの世界に関わることの意味だ。

 そんな久々の決意を心に刻みながら、セミリアさんと二人でグランフェルト城へと向かうのだった。


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