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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第十一章】 奪還

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 1/5 台詞部分以外の「」を『』に統一

 ~another point of view~




「ひとまずは、無事の様だトラぞ」

 負傷した一人の少年が眠りに落ちた元監獄である地下迷宮の最深部。

 同じ空間で虎を模したマスクで顔を覆った筋骨隆々の男は隣に立つ女勇者に向けて呟いた。

 二人の前には全身を黒一色の甲冑で固めた騎士の風体をした男が剣を片手に挑発的な意味を匂わせる余裕の佇まいを見せている。

「私が二人の盾にならなければならなかった……私のせいで仲間が傷付いた」

 それは返答であったのか独白なのか、世に聖剣と名高い銀髪の勇者セミリア・クルイードは苦虫を噛み潰した様な表情で自己を戒める言葉を漏らすばかりだ。

 切り替えなければと思ってはいても、憤りや軽蔑の度合いが強まるあまり敵の力量を見誤ったという後悔が脳裏から消えることはなかった。

「それは背負い込み過ぎだトラ。一人でこれだけの人数全てを守りながら戦おうなどパーティーとしての在り方ではない。連中の力はオイラも把握しているトラが、元より武器を持ったところで足りない戦闘力を補えるだけの経験も無いだろうトラ。率いているパーティーがあれでは、いずれ戦闘において被害が出ることは分かっていたのではないか?」

「私はただ強いだけの人間を集めた覚えはない。例え戦闘に慣れていなくとも彼等は私を助けてくれた。力が足りていなくとも私のために立ち上がってくれた、私の大切な……仲間だ」

「その絆は理解しているトラ。ここに来るまでも、お前さんの名前を何度も口にしていたトラからな」

「そうか……ならば私はその絆を守るために剣を振るおう。この国も、仲間も、私は守ってみせる。それが私の使命だ」

「ふむ……して、この場をどう乗り切る? 何か算段があれば乗ってやらんこともないトラぞ」

「算段など必要ない」

 セミリアの表情は凛としたものに変わっていく。

 その明確な敵意を持った鋭い眼は目の前の剣士をしっかりと捕らえていた。

 対して漆黒の剣士は担ぐ様に持った剣を自らの肩で弾ませているだけで攻撃を仕掛けてくることはおろか、動く気配すらない。

「虎殿、頼みがある」

「聞こう」

「あの男は私が倒す。虎殿には彼等の護衛をして欲しいのだ」

「これ以上仲間が傷付かないために、か。だが一人で挑むというのは簡単なことではないように思うトラが?」

「案ずることはない。私は魔王以外に負けたことはない」

「ふむ。ではいったんは言う通りにしよう」

「なぜ一旦、なのだ」

「お前さんが危機に陥るまでは、ということだトラ。そうなればオイラが自重したところで他の面々が大人しくしていまい」

「それは……」

「信頼に応えるトラだろう? そうさせたくなければ、力で示すことだ……トラ」

 そう言い残し、虎のマスクの男は返事を待たずして素早く後退すると後ろに控える仲間の傍へと移動した。

 そして、その言葉に勇者であるセミリアの心は使命感に満ちてゆく。

 同時に、振り返らずとも後方待機という自らの指示を伝え聞いた仲間達が反発している声が耳に届いた。

「セミリア一人に危ないことさせられないじゃない!」

「勇者の仲間が怖じけついてられっか!」

 そんな声が自然と、闘いに身を置くことが使命であった孤高な少女の口元を綻ばせる。

 私は良い仲間を持った。

 それを自覚することでより精神状態は昂ぶっていった。

「話は終わったかい?」

 セミリアが気を引き締めるべく一つ息を吐いたタイミングで漆黒の魔剣士エスクロがようやく静寂を破った。

 面頬によって隠れているせいでその表情を読み取ることは出来ないが、偽りの姿であった先ほどまでと同じ侮蔑的な笑みを浮かべていることが容易に分かる軽薄な口調だ。

「わざわざ話が終わるのを待っているとは、随分と余裕なのだな」

「なぁに、オレは空気が読める男なんでね。今生の別れになるんだ、邪魔するほど野暮じゃあない」

「精々ほざいていろ。その面妖な仮面の中身、すぐに敗北の味に歪ませてくれる」

 その言葉を最後に、向かい合う両者の会話は途切れる。

 無言で視線をぶつけ合う時間はそう長くはなかったが、やがて何の合図もきっかけもなく二人同時に地面を蹴った。

 月野みのり、西原春乃、高瀬寛太、そして名前を持たぬマスクをかぶった男。さらには眠っている樋口康平の首に掛かっている意志を持つネックレスのジャック。

 それぞれが息を継ぐ余裕もなく見守る中、二人の距離は一瞬にして縮まってゆく。

 目にも留まらぬ速さで攻防を繰り広げる二人は瞬時に体位を変え、上下左右様々な角度から剣を振るい武器と武器をぶつけ合った。

 真剣を用いた命の奪い合いなど目にした経験がない傍観者達のほとんどにとって、傍目に見ているだけでは繰り出された斬撃の数すら把握出来ない程のスピードだ。

 攻撃と防御を絶えず繰り返し、幾度となく鳴り響く甲高い金属音が十を数えたのち、僅かに距離を取ったかと思うと二人同時に鋭い突きを繰り出した。

 その攻撃は相手の身体に届くことなく切っ先と切っ先がぶつかり、そこでようやく両者が共に静止する。

「すごい……あんな化け物相手に互角に戦ってる……」

 無意識にそんな感想を漏らしたのは、離れた位置を見守っていた春乃だった。

 その他の勇者一行達もまた、声に出さずとも同じ感想を抱いていたせいかただただ呆気に取られた顔を浮かべている。

 何かあればすぐに加勢するつもりでいたはずが、いつしか完全に見入っていたことに気付いている者はいない。

 そして、そんな一人の女勇者の実力に驚愕したのは対峙するエスクロまでもが同じであった。

 雰囲気からその感情を察知したセミリアは、刺す様な眼光を維持しながらも不敵な笑みを浮かべる。

「私が貴様と同格である可能性を危惧したか? 案ずるな、それは誤解だ」

「…………」

「策を弄し、人を嵌めることばかり考えている貴様等に私が劣る道理などあるはずがなかろう」

 真っすぐに目の前の男を見つめたまま、セミリアは剣を突き合わせたまま伸ばしている状態で柄を握る手の力を強めた。

 その刹那、エスクロの剣は砕け散る。

 バリン! という音と共に、パラパラと無数の金属片と化した刃が舞い、地面に弾んだ。

 エスクロはその様子を視線で追い、嘆息しながら天を仰ぐと気のない声を上げる。

「あ~あ~……ったく、面倒なことになったなオイ。随分と予定が狂っちまうぞこりゃ」

「ようやく理解したか? 貴様等の下卑た企みも、下らぬ野望も全て打ち砕かれる運命にあるのだと」

「あ? あぁ、何を勝手に愉快な勘違いをしてやがるンだか。まあいい、お前の言う通り運命は変わりゃしねえさ。全てが滅ぶ未来に何ら支障はないンだよ。お前如きがいくら足掻こうとも、な」

「負け惜しみにしか聞こえんな。丸腰になった貴様を仕留めるのは容易い」

 セミリアは改めて剣を構え、その先をエスクロに向ける。

 対するエスクロはほとんど柄だけになった剣を放り捨て、両手を広げるだけだった。

「オイオイ、この場は負けといてやるって言ってンだぜ? 人の好意は素直に受け取っておくべきだと思うがねえ」

「この期に及んで戯れ言を……」

「そう睨むなよ。オレにとっちゃ今お前を殺す事に拘る理由はねえンだ。大局的見地に立って行動するのが今のオレの仕事でね、何事もバランスってのが大切なワケさ」

「………………」

 セミリアは考える。

 何か裏があるのではないかと、言葉巧みにまた誘導し罠に掛けようとしているのではないかと、ひたすらに頭を巡らせた。

 事実、エスクロは微塵も危機感など抱いてはいない。

 この場における勝敗がどう転ぼうとも、捕らえた王がどうなろうとも、エスクロにとっては大した問題ではなかった。

 本来与えられている役割を考えると、ただの余興や暇潰しのレベルでしかないのだ。

「ま、本来お前は城に連れ帰る予定だったンだ。ギアンのじいさんはご立腹だろうが、よく考えてみりゃどのみち同じ事だろう? 放っておいてもお前はまた乗り込んでくるンだ、わざわざヤられにな。今まではシェルム様に任せておいても勝手に負けては挑みを繰り返していたからオレ達も自由にしていたが、それももう終わりだ。次にお前がラグレーン城に来た時が最後の挑戦(、、、、、)となる。オレ達も総出でお出迎えしてやるから楽しみにしてるンだな」

 最後まで挑発的な物言いを並べ、エスクロは懐から小さな玉を取り出したかと思うとそのまま手を離した。

 落下していくその玉が地面に触れた瞬間、目映い光が一瞬にして広がりエスクロを包む様に広がる。

 その閃光が消えた時、そこにエスクロの姿はなかった。

「ちっ」

 状況を把握したセミリアは悔しげに舌打ちし、剣を鞘に収めた。

 それを見た仲間達はすぐにセミリアのそばへ駆け寄り声を掛ける。

「ちょっとちょっと、あの変な奴なんで急に消えちゃったわけ?」

「帰還光珠というマジックアイテムを使ったのだ。本拠地となる場所へその身を転移させる道具だ」

「つまりは逃げやがったってことか? 俺様に恐れをなして」

「恐れをなしたかどうかは定かではないが、根城に帰ったのだろう。こうもあっさり退くとは思いもよらない」

「だが、口振りはすぐに再戦するつもりのようだったトラな」

「ああ、ラグレーン城で待ち構えていると言っていた。シェルムの配下とやらも揃っているとみるべきだろう。私は出会したことはないが、奴の言葉からしてエスクロと城に居た偽物の魔導師は確実に含まれている……どう転んでも避けては通れぬ闘いになるだろう」

「ねえ、そのラグレーン城? ってなんなの?」

「シェルムの……お主等に分かりやすく言うならばこの国に巣食う魔王がいる城だ。元々はこの国にあった今は使われていない古い城だが、それを魔族どもが占拠しているのだ。つまりは魔族の一団にとってこの国を侵攻する上で本拠地となる城であり、私が過去に何度も魔王と対峙した場所でもある」

「なるほどな。要するにその城で腐れ魔王達と最終決戦というわけか」

「そういうことになる。向こうも次以降などあるとは思っていない様だ。無論、それはこちらも同じだがな」

「くぅ~、テンション上がるぜー。俺はさっきの勇者たんを見て気付いたんだ。やっぱネトゲやアニメの世界に限らず強い奴こそが英雄なんだってな。それこそがリア充への道なんだよ」

 そんな寛太の言葉の意味はほとんど理解出来ていないながらも、例によっておかしな事を言っているのであろうことだけは察したセミリアは曖昧に苦笑を返すだけだ。

「ま、まあ士気が上がるのはよい事だが、今はそれよりも国王のことだ。コウヘイはミノリが見てくれているし、私達は国王を捜すとしよう」

「了解っ」

「まかせろぜっ」


          〇


「康ちゃん」

 ……

 …………

 ………………

「ん……」

 自分の名前を呼ぶ声が微かに聞こえる。

 同時に、身体を揺すられていることに気付いたところで目を覚ました。

 ん? 目を覚ました?

 どうして僕は寝ていたのだろうか。

「みのり……」

 目を開くと、目の前で心配そうに僕の顔を覗き込んでいるみのりと目が合う。

 辺りは薄暗く、少なくとも室内ではないことを把握した。

「康ちゃん、大丈夫?」

「僕は大丈夫だけど……ていうかなんで僕は……」

 身体を起こしつつ辺りを見回してみるとセミリアさん、春乃さん、高瀬さん、虎の人がそれぞれ僕を囲むようにして立っている。

 その光景と自分の居る場所を把握したことで全てを理解し、思い出した。

 そうか、あの男に攻撃されて頭を打って……。

「あ、あの男はどうなったんですか?」

「心配するな康平たん。俺がしっかり追い払ってやったぜ」

「黙れおっさん。セミリアがちゃんとやっつけてくれたんだよ康平っち」

 セミリアが、という部分を強調しつつ補足するなり春乃さんは高瀬さんを睨み付ける。

 例によって『誰がおっさんだあぁぁ!』というツッコミが響いた。

「コウヘイ、問題ないようで何よりだ。なんとしても仇を取るつもりだったのだが、不覚にも取り逃がしてしまった……すまない」

「僕は皆が無事ならそれで満足ですよ。一人で怪我してる僕が言うのもなんですけど」

 紛れもない本心のつもりであったが、途端にみのりの表情が心配そうなものから申し訳なさそうなものへと変わった。

 それは言い換えれば泣きそうな顔といってもいい。

「ごめんね……わたしのせいで」

「そんな顔しないでよ。僕は大丈夫だし、結果的に無事に帰れるならそれでいいじゃない」

 咄嗟のフォローを返し、後頭部に手を当ててみる。

 触れると打ち付けた箇所に若干の痛みがあるが、それも大した痛さでもない。気になるのは少し髪が湿っていることぐらいだ。

 そういえば血も出ていたんだっけかと今になって思い出した。気を失う前にジャックが傷を塞いでくれたと言っていたっけ。

 治癒とか回復の魔法というのはゲームじゃお約束ではあるが、やっぱり実際に体感してみると理屈も原理も一切理解出来ない。

 もうこの世界でそんなものを求める気はないけどさ。

「ジャックも、ありがとね」

『気にすることじゃねえさ。今の俺にゃそのぐれえしか出来ないからな』

 なんだかんだで頼もしいジャックだった。

「さ、話も纏まったところであたし達も帰ろうよ。ゆっくりシャワーでも浴びたいわ」

 話を区切る様にパンと手を合わせ、春乃さんは僕に手を差し伸べてくれる。

 その手を掴んで立ち上がると、なまじ身体が大きいせいで座ったままだと気付かなかったが虎の人の背中に見知った人物の姿があることに気が付いた。

「王様……ちゃんと見つかったんですね」

「何個か向こうの檻ん中で普通に寝てたぜ、このおっさん」

 答えてくれたのは高瀬さんだ。

 寝てた。という言葉の通り、虎の人に負ぶられた王様は意識が無い。

 過去に二度見た偽物の様ないかにも王様らしい格好などしておらず、ただ布きれを縫い合わせただけにすら見える衣服を身に纏っている。

 それにしたって全くと言っていいほど動く気配がないけど……本当に寝ているだけなのだろうか?

 ということを口にすると、

『心配ねえさ。ただ薬で眠らされているだけだろう。息もしているし、身体に異常もなさそうだしな』

「そっか」

 ジャックの言葉に頷いてはみたものの、現代社会に生きる身としてはそれだけの理由で心配無いと言えることに驚きである。

 ふと、そこでもう一つの疑念が浮かんだ。

「この人も偽物だという可能性は?」

『その心配も不要だ』

 ジャックが即答する。

 さすがにこればかりはジャックやセミリアさんの言葉だけで納得するわけにもいかないので食い下がってみるとしよう。

「その根拠は?」

『直接確かめたからだ。聖水でな』

「聖水?」

『やっぱり相棒もご存じねえか。聖水ってのは魔を浄化する効力を持つ特殊な湧き水のことだ。本来自分に振り掛けて魔物避けに使ったり、直接浴びせてダメージを与える用途のアイテムだから国王が偽物ならコイツを使えば見分ける事が出来る。と言っても浴びせる程度じゃそれなりに強い魔力を持つ者には効果がほとんどねえから直接口に流し込んだって寸法さ。こうすりゃいくら強い奴でもタダでは済まねえからな』

「直接口に流し込んだって……大丈夫なのそれ」

『元々人間にダメージがあるような物じゃねえが、飲む物じゃないだけにもしかしたら多少なり身体に影響があるかもしれねえが、大事には至らねえだろう。寝てたから楽なもんだったぜ』

「……そんな憶測と希望的観測で得体の知れない液体を寝ている人の口に流し込んだの?」

 恐ろしい話過ぎる。

 まさか僕も寝ている間に流し込まれたりしていないだろうな……。

『こんな状況じゃ方法を選んでもいられねえし、仕方あるまいよ』

「まあ王様が無事で、かつ偽物じゃないって分かったのならいいけどさ……ていうかそんな方法で調べられるのなら最初からそうすればよかったんじゃないの?」

『それが出来りゃ多少苦労も減ったんだろうがな、まさかクルイードが聖水を持ち歩いているなんざ思いも寄らねえ』

「それに関しては私もすまないと思っているのだジャック。私にしてみれば聖水をその様な使い方をすることなど夢にも思わない。元々私は聖水と毒消し、退避煙果(アクラス・ベリー)はは常に持ち歩いているのだが、それも伝えておくべきだった」

 申し訳なさそうにセミリアさんが言ったところで、それが責めている様に映ったのか春乃さんが割って入った。

 髑髏のネックレスとして僕の胸元にぶら下がっているジャックにやや顔を近づけ、指を突き付ける。

「もう終わった話なんだからいいでしょ。つまんないことでセミリアに文句言うんじゃないわよガイコツ」

『おめえには今後のために傾向を知り対策を立てようって気がねえのか?』

「あたしはそんなの分かんないからいいのよ。その場のノリで」

『……なんだそりゃ』

 無茶を言う春乃さんにジャックも呆れ声だ。

 勿論その言い分には僕も大いに同意したいのだが、春乃さんは分からない事を分かろうとする努力をするのが嫌いであろう事は考えるまでもないので必要性を説いたところで話が長くなるだけだと判断し口にはしない。

 そんな配慮を汲み取ってくれるはずもなく平気で口にする人が居るのもまた悩みの種である。

「ジャッキー、その脳金に先を見据えた戦術なんて期待するだけ無駄だ。ロクに考えもせずに突っ走って後悔するタイプの典型みたいな奴だからな。ホラー映画とかで真っ先に死ぬタイプだぜプププ」

「気持ち悪い笑い方してんじゃないわよ! ホラーが具現化したようなナリしてさ。大体あんただって後先考えるタイプには見えないけど? 考えてたらニートになんかなってないわよねぇ」

「馬鹿め、ニートだからこそ傾向と対策と攻略サイトは常に網羅してるんだよ。後々楽をする努力は惜しまない俺は惰性型ニートとは違うからな」

「どうでもいいからそんなニート内のカテゴライズなんか。格好付けて格好悪い事言ってんじゃないわよ」

 目の前で繰り広げられる、なぜか早々にジャックが蚊帳の外となった不毛な言い争いは放置することにした。

 気になる事があった僕は『やれやれ』と呆れているセミリアさんに声を掛ける。

「どうしたのだコウヘイ?」

「僕が寝ている間に王様を見つけたということでしたけど、この檻の中って全て調べたんですか?」

「む? いや、そのようなことはしていない。順々に探していくつもりだったのだが思いの外すぐに見つかったのでな。なぜそのようなことを聞くのだ?」

「もしかしたら、なんですけど……サミュエルさんもどこかに居るかもしれないと思いまして」

「サミュエルが?」

「城に居た偽物が言ってたじゃないですか、昨日サミュエルさんも城に来たって。その言葉が嘘か本当かは分かりませんけど、少なくとも僕達をここに誘導したということはエスクロという男が言っていた様に僕達全員をここで捕まえるつもりでいたことは間違いないでしょう。そのエスクロがこう言っていたのを覚えていませんか?」


『予定では追加するのは二人の勇者だけだったが、まあいいだろう。お前ら全員ここで生け捕りにする』


「ふむ、確かに言っていたな」

「ということはサミュエルさんも彼らが監禁する対象にはなっていたということですよね。もし本当に昨日城に行っていたとして、後から行った僕達が偽物と遭遇するぐらいですからサミュエルさんは恐らくあの老人の正体を見抜いてはいない。となれば気付いていないサミュエルさんをそのまま帰すとは思えないんですよ」

 僕なりの推測を説明すると、セミリアさんは顎に手を当て考える素振りを見せる。

 昨日の出来事を思い返しているのだろう。やがて納得がいったように頷いた。

「なるほど、もしも奴等の罠に嵌まり捕まったのだとしたら……必然監禁するのはリュドヴィック王が居たこの場所になる、というわけか」

「はい」

『確かに理屈は通っているな。そのサミュエルってのが誰かは知らねえが、探してみる価値はあると思うぜ相棒』

 そんなジャックの言葉にセミリアさんも同意し、改めてずらりと並ぶ鉄格子の中を見て回ることになった。

 その旨を全員に説明すると、パタリと口論を止めた春乃さんは首を傾げる。どうやらサミュエルさんを覚えていないらしい。

「サミュエル? 誰それ?」

「あのおじいさんの小屋で会った人じゃないですか? 確か」

 幸いにもみのりは覚えていたらしく、記憶を辿りながら自信なさげに答えを口にする。

 言われてみると皆はあの一度きりしか会っていないんだっけか。

 僕は街でも会ったからハッキリと声も顔も思い浮かべることが出来るだけなのかもしれない。

 だからといって完全に忘れているのもどうかとは思うけど……。

「ああ、あの生意気な女ね」

「いやどの口が言うんだお前。だけど、確かに可愛い女だったよなぁ……勇者たん二号も。ちょっとロリ入ってるけど服装とか超絶萌えだったし」

「キモい分析すんなおっさん。何が勇者たん二号よ、パーマン二号みたいな顔して」

「誰がサル顔だ。お前の女子内ランキングが下がる一方だからって僻むなよ」

「はぁ!? もう一回言ってみな……」

「春乃さん、高瀬さん、虎の人が指を鳴らしてますよ」

「ばっか、ゲレゲレ。喧嘩じゃねえっての。勘違いしないでよね!?」

「そ、そうよ。全然揉めてなんかないんだから!?」

 僕は便利な呪文を覚えた。

 なんて冗談はさておき、ようやく二人が黙ってくれたのでその隙に話を進め、三組に分かれて拾いこのフロアの檻を一つ一つ探すことに。

 セミリアさん&春乃さん組。

 虎の人&高瀬さん組。

 僕&みのり組。

 戦闘力という意味では僕達二人だけ絶望的に劣っているが、もう僕達を襲おうとする者もいないだろうし、怖い危ないという言い訳が成り立つ状況はとうに過ぎている。

 何もしないか、危険を承知で進むか。極端ではあるが選択肢は二つだ。

 いざとなったら逃げる。

「じゃ、僕達は奥から行こうか」

「うん」

 二つ返事で頷くみのりの様子を見るに大分落ち着いたみたいだ。

 左側から奥へと探す班、右側から以下同文、そして有事の際に備えてこの場で待機する班の三つのうち僕達は右側担当ということになった。

 左側は虎の人班が担当で待機班はセミリアさんと春乃さんだ。

 何かあれば取り敢えず叫べ、というルールを決め、それぞれが担当ルートを探索に出ると僕達も何も無い、誰も居ない薄暗い牢の中を一つ一つ覗きながら壁際を歩いていく。

 当初はこの半ホラーな雰囲気に臆していたみのりも今は僕の服の裾を掴みながらでこそあれど、特におどおどした様子もなく後ろを付いてきていた。

 内部を照らし中を覗いては次のスペースへ、ということを繰り返す事十分近く。

 僕達がぐったりと横たわる人影を見つけたのは、ほとんど最深部まで来てのことだった。

「康ちゃん……」

「うん。調べにきて正解だったね」

 倒れる様に地面に寝ているその人影は、確かにサミュエルさんだった。

 短めの赤茶色い髪に露出の多い服。

 二度会っただけだが間違いない。あくまで見掛けは、だけど。

「みのり、鍵を開けてみてくれる? 中には僕が入るから」

「う、うん。分かった」

 不安げな顔を浮かべ、恐る恐るながらもみのりが鍵に手を掛ける。

 中世期型の古びた横長の南京錠は、小さな取っ手を捻るだけですぐに解錠出来た。

 その場で待つようにみのりを手で制し、一人で牢獄の中に入るとサミュエルさんらしき人物の横に屈んだ。

 咄嗟に襲われる可能性も考慮しながら近付いてみたものの、動く様子はなく襲ってくる心配もなさそうに見える。

 勿論その程度で気を緩める事はないので予め持たされている小瓶を取り出し、やや躊躇いながらも中身の液体を口から流し込んだ。

 中身は聖水とかいう、よく原理は分からないが化け物に対して劇薬となる物らしい。

 そんなに強くない化け物には浴びせるだけで倒せるのだとか。

 ただ人間に姿を変える様な強力な者には大した効果はないという話で、だからこそ口から流し込むという暴挙に出ているわけだ。

 さすがに罪悪感を抱かざるを得ないけど……。

「う……ゲホッゲホッ」

「あ、気が付きましたか」

 薄目を開けて僕を見るその表情は、とても変身した悪者とは思えないほどに弱々しいものではあるものの、聖水の効果で苦しんでいるのか、いきなり水を流し込まれたから咽せているのかの判断が難しい。

 なので、介抱したり身を案じることよりも、ひとまず観察を続けることにする。

「あ、あんた……一体……」

「サミュエルさん、僕が分かりますか?」

「いよいよ……私を殺す気になったってわけ?」

 憎々しげに、吐き捨てる様に言葉を絞り出すサミュエルさんはそれでも僕を睨み付ける。

 辛うじて絞り出したかのような弱った声色で、しかも身体を起こそうとしないところを見ると薬でも盛られているのかもしれないとさえ思える姿だ。

 うーむ……さすがにこれが演技だとは思えないけど。

 その弱々しい視線、微かに震える体は誰が見ても弱った女性の姿にしか見えない。

 というか、偽物だったらこの距離に入った時点でグサリといくことも出来るわけだし、一応本物のサミュエルさんということを前提に動くことにしよう。

「みのり、戻ってみんなに報告してきて。見つかったから連れて行くって」

 視線はサミュエルさんに固定しつつ、外に居るみのりに指示を出す。

 みのりは不安があるのか、一瞬間を置きはしたものの、すぐに『分かった、康ちゃんも気をつけてね』と駆け足で去って行った。

 これで万が一僕が襲われたとしてもみのりに被害は及ばないのに加え、僕がサミュエルさんと思しき人と合流したことを皆に知らせることが出来る。

 それによって、この状況で僕に何かあったということが何を意味するかが明白になるというわけだ。

「サミュエルさん、僕が分かりますか?」

「……知るわけないでしょ、下劣な魔族のことなんか」

「いや、魔族じゃないです。二度ほど会ったんですけど覚えてませんかね? セミリアさんと一緒に行動している樋口康平です」

 名前も一度名乗ったんだけどなー。なんて思いつつ、ひとまず寝ているサミュエルさんの上半身を起こしてみる。

 サミュエルさんは訝しげに僕を見ていたが、やがて心当たりに行き着いたらしく目を見開いた。

「ヒグチ……コウヘイ……って、アンタもしかしてあの芸人A?」

「まあサミュエルさんの認識ではそれであっているかと。僕は決して芸人ではないんですけど」

「アンタ……こんなところで何を……」

「王様を助けに来まして、敵の言葉から察するにサミュエルさんも居るのではないかと思って探していたんですよ」

「お、王は無事なの?」

「はい。今は眠っていますが、無事保護しました。ほとんどセミリアさんのおかげですけどね」

「クルイードも……ここに……」

「王様もサミュエルさんも無事で何よりです。さあ帰りましょう」

「馬鹿言わないでよ……こっちは薬盛られて動けないってのに」

 あ、やっぱりそうだったんだ。

 どうりで自分から起き上がろうとしないはずである。

「芸人A……いえ、A」

 略された。

 なんだAって……。

「アンタ、ちょっとおぶりなさい。自力じゃ動けそうにないわ……ほら、グズグズするなノロマ」

「…………」

 罠に掛かって捕まったあげく動けもしないのにすごく偉そうだ。しかも内容がおんぶしろってこれ……。

 なんて指摘は後が怖いので、素直にサミュエルさんの手を首に回して背負っておくことにした。

 前に会った時には着けていた鉄製の防具とか剣が無いせいか、元々小さめの身体も相俟って凄く軽い。

 僕はそのまま牢を出て、仲間達の元へと歩いて向かう。

 重くはないが人一人を背負ってあれだけの道を歩く自信はないんだけど虎の人は王様背負ってるし、高瀬さんには任せられないし……どうしたものか。

「あ、そうえいば、聞きそびれましたけどサミュエルさんはどういう経緯でここに?」

「…………」

「お城に居た偽物にやられたのかとも思いましたけど、さっき王様の安否を心配していたみたいな事を言っていましたし、違うのかもしれませんね」

「……どうだっていいでしょ、そんなこと。馴れ馴れしいのよ」

「嗅がされたりだとか体内に注入されたのなら『盛られた』とは言わないですよね? となると、王様が偽物だと気付いてから薬を盛られるということは考えにくい。盛られた後に偽物だと気付いたものの、反撃する前に薬の効果で眠りに落ちてしまった、と考えるのが妥当なところでしょうか」

「……うるさいって言ってんでしょ。なんなのよアンタ、見てたわけ?」

「いや、見てはいないですけど、推察と分析で」

「何それ……」

 呆れた様な溜め息が聞こえたかと思うと、興奮した勢いで僕の頭を鷲掴みにしていたサミュエルさんの手から握力が弱まる。

 なんというか、言動といい性格といい春乃さんとそっくりな人だと思った。

「サミュエルさんがそうだったとすると不明な点が一つあるんですよね」

「何が……ていうか気安くサミュエルとか呼んでんじゃないわよ」

「あ、そうか、この世界ではファミリーネームが後に来るのか。すいません、確かに慣れ慣れしかったですね」

 そう考えるとセミリアさんのことも勝手に名前で呼んでいることになる。

 馴れ馴れしい奴だと思われてたら嫌だなぁ。 

「では呼び方を変えますけど、ファミリーネームってなんでしたっけ?」

「そんな話はどうでもいいからさっさとその不明な点ってのを説明しなさいってのよ。勿体ぶってんじゃないわよ芸人のくせに」

「そっちが言い出したのに……」

「何? 文句あんの?」

「とんでもございません」

 理不尽過ぎる……というか芸人じゃないし、そもそもなんでそんなに芸人の地位を蔑むのかも分からないし。

 なんて無駄な感想が余計に反感を買ってしまったと理解したのは脳天にチョップを見舞われてからだった。

「いてっ」

「さっさと話せって言ってんの」

「分かりましたって。ていうか、それだけ元気なら自分で歩いてくださいよ」

「無理。痺れて力入んないし、文句言うな」

 どうりで痛くないチョップだったわけだ。

 とか分析してたらまた飛んできそうなのでさっさと解説してしまおう。

「サミュエルさんは薬でそういう状態にされてここに連れてこられたということですけど、僕達も城で出された料理を食べましたが薬などは仕込まれていませんでした」

 よく考えたらジャックの言葉を理由に手を着けたわけだけど、僕達もこうなる可能性があったんだよね。

 偽物と分かってから食べるなんて今にして考えると少し安易な行動だった。そんな反省を今後の教訓にすることを肝に銘じつつ、

「そう考えると、やはりあの城に居た偽物の王様であるギアンという男と、ここにいたエスクロという男は僕達……というかセミリアさんをここにおびき寄せる目的があったと考えられます。だとすると、それは一体なんなのだろうかと思いまして。王様とセミリアさん、サミュエルさんを捉えてどこかに連れて行く予定だった、とエスクロ本人の口から聞いたんですけど、それならばなぜ僕達とサミュエルさんで方法が違うんでしょうか」

「んなこと私に聞かれても知るかっての」

「何か別の理由があるのかもしれないですよね。ちなみにサミュエルさんはどういう状況で薬を?」

「だ・か・ら、教える筋合い無いって言ってんでしょ。過去の話をいつまでもしてんじゃないわよ。張っ倒すわよアンタ」

「説明しろって言ったのに……」

 認識を改めよう。春乃さんよりもよっぽど理不尽な人だ……。

 経験上こういうタイプの人を上手く扱うにはとにかくおだてて気を良くさせるか、理詰めにして反論の余地をなくさせるかといったところか。サンプル春乃さんだけだけど……。

 果たしてどちらが有効だろうか、と考えているうちに待機しているセミリアさん達が見えてくる。

「康平っちー!」

「コウヘイ、問題は無いか?」

 すぐに向こうも僕を視認したらしく、少し離れた位置から仲間が呼び掛けてくる。

 無事を伝えるべく返事をしようとしたのだが、おぶっているサミュエルさんに耳元で声を殺して恫喝されたせいで出掛かった声は遮られた。

「ちっ、クルイードか。アンタ……余計な事喋ったら後で酷い目に合わせるからね」

「余計な事ってなんですか……大体なんで急にヒソヒソ声で」

「うるさい黙れ。とにかく肝に銘じておきなさい」

 小さい声なのにすごい迫力だ。

 なぜこの状況で脅されなければならないのか、そしてなぜこの状況で脅せるのか。

「すみません、お待たせしました」

「お主が無事ならそれでよい。しかし、本当にサミュエルもここに居たとは」

「ええ、念のために探してみてよかったです。気付かなければ大変でしたからね」

「うむ」

「ていうか随分偉そうなこと言ってたくせに敵に捕まるってどうなのよ、こいつ」

 春乃さんのその言葉に、後ろにいるサミュエルさんがピクついた。

 絶対口論になりそうな組み合わせだもんなぁ。高瀬さんも含めて三つ巴になっている絵が容易に想像出来るもの。

「ああいう相手だったので仕方がない部分もありますよ。それに城に居た王様が偽物だってことには気付いていたみたいですし」

「ふーん。ま、どっちでもいいけど。ていうかなんで康平っちがおんぶしてるわけ?」

「そうだそうだ。その役代われ康平たん」

「私もそれが気になっていた。コウヘイ、意識が無いようだがサミュエルは無事なのか? リュドヴィック王と同様ただ寝ているだけならよいのだが……」

 春乃さんの言葉をきっかけに、皆が僕の背中を覗き込む。

 意識が無い? 寝ている?

 そんな馬鹿な、さっきまで話をしていたのに。

「えぇぇ……」

 思わず視線を後ろにやると、完全に目を瞑り顔は伏せる様に腕に押し当てて寝息の様な微かな呼吸をしていた。

 なぜ急に寝た振りをしている!

「そんなはずはないんですけど、さっきまで……って、いたたたたた」

 途端に二の腕に走る激痛。

 つねられてる! 

 僕の首に回している手がこっそりと腕をつねっている!

 なんですかこれは? 余計な事言うなってことですか?

「ま、まあ……今は寝ているだけなので大丈夫だと思います。怪我などは無いようですし」

 とりあえず痛いので誤魔化しておく可哀相な僕だった。

「そうか、では我々も早く戻るとしよう。二人の容態も見て貰わなければな」

「はい」

「康平たん、距離もあるし大変だろう。その役代わってやる。ていうか代われコンニャロー」

「確かにあれだけの道のりをこのまま歩いて帰る自信はないですけどって、痛いです痛いです」

「あん? 何を急に痛がってるんだ?」

 高瀬さんに怪訝そうに見られた。

 察するに断れって事らしい。もう起きたらいいのに。

「いえ、お気になさらず。ただサミュエルさんを起こしても悪いのでお気遣いだけもらっておきます」

「そんなこと言って、女体の感触を楽しみたいだけなんじゃねえの? 康平たんも意外とムッツリスケベだなおい」

「いや、そういうのじゃないですから」

「康平っち、おっさんの変態願望に負けちゃ駄目よ。エロい事かキモい事しか考えてないんだから」

「お前失礼な奴だな。俺の善意と性意をなんだと思ってやがる」

「言ってるそばから字がおかしいから! そんな奴に寝ている女の子を預けられるわけないでしょ」

 若干軽蔑の眼差しを送りつつ、春乃さんは庇う様に僕の前に立つ。

 僕とてサミュエルさんが拒否しなくても預けるつもりはなかったけどね。さすがに。

 と、そこで。

「コウヘイ。体力面は気にせずともよいぞ」

「へ? どうしてですか?」

「先にも言ったが退避煙果(アクラス・ベリー)を用意している。ダンジョンに挑む時の必須アイテムだ」

「「「アクラス・ベリー?」」」

 みのり、春乃さんと声が揃った。

 確かにさっき所持品の話をした時に聞いた響きではある。それが何なのかはさっぱりだけども。

「エスクロが使った物と似たような効果がある特殊な環境によってのみ生える木の果実だ。奴が使った物はアジトへ転移する効果があるのだが、これは少し違う。一定の衝撃を加える事で実が破裂し、煙を発生させると閉鎖空間の入り口へとワープさせてくれるのだ」

「「「おぉ~!」」」

 今度は僕は混ざっていない。代わりに高瀬さんが加わっているハーモニーだ。

 要はあの何とかリングと同じで瞬間移動出来るというわけか。そりゃ便利だ。

「じゃあ一瞬で帰れるってことじゃん」

「そういうことになるな。その後はひとまず王を城に送り届けることにしよう」

「そうね。さっさと帰ってお風呂入りたいし、瞬間移動なんて便利なものがあって良かったわ」

「そうですね。わたしも凄く汗かいちゃいましたし。あ、でもその前に康ちゃんの怪我を見てもらわないと」

「僕は大丈夫だよ。傷は塞がってるし、少しコブになっているぐらいで痛みも治まってきてるし」

「ほ、本当に?」

「そんな心配しなくてもいいって。今強がる意味もないんだから」

 セミリアさんにまで心配そうな顔をされたので念を押しておく。

 いや、本当にほとんど痛みもないし。

「コウヘイがそう言うならいいのだが、念のために戻ったら回復薬を飲んでおいてくれ」

「分かりました」

 あんまり得体の知れない物は口にしたくないんだけど、とは勿論言えない。

 飲んだだけで傷の治りが早くなったり体力が回復するって薬とかより怖いよね、正直。

「あとはサミュエルをどうするかだが……」

「あ、そのことなんですけど」

 と、考える素振りを見せるセミリアさんを見て密かに練っていた作戦の実行を決意。

 意趣返しというわけではないけど、この機会を利用すればきっと上手くいく。

「サミュエルさんも僕達と一緒に来てくれるそうです」

 予想通り、言った瞬間に腕をつねられた。

 痛みが五割増しだったが意地でも耐えて痛がる素振りを見せないようにする。

「それは本当かコウヘイ」

「え、ええ。さっき本人の口から了承を得ましたので」

 そう返した瞬間。

 今度は僕の顔の真横にあるサミュエルさんの顔が少し寄ったかと思うと、耳元で極限まで声を殺したサミュエルさんの声がした。

「ちょっと、アンタ何言い出すのよ。フザけてんの!?」

 恐らく顔を伏せているので周りには分からないだろうが、それこそが僕の狙いである。

 拒否出来ない状況を作り出したのは他ならぬサミュエルさん自身だ。

 僕は知らぬ振りをして話を続けるという高度な外堀を埋める作戦を続行。その後がものすごーく怖いけど、今後の僕達にとってはきっと必要な事だろうとも思うのだ。

「問題無いですよね? 同じ志を持つ者同士、やっぱり力を合わせた方がいいと僕は思います。本当に守りたいものがあるならば」

「それは勿論その通りだ。私とてサミュエルには過去に何度か共闘を持ち掛けたことがある。その度断固として拒否されたがな」 

「今まではそうかも知れませんけど、今回は受け入れてくれましたので心配しなくても大丈夫ですよ。まさかあの誇り高き勇者の一人であるサミュエルさんともあろうお方が命を救われた借りを無かった事になんてしませんから」

 勝手に話が纏まったところで、再び耳元で声がした。

 非情に恨みがましい声である。

「あんた……性格悪いわよ」

「よく言われます」

「体が戻ったら覚えときなさいよ」

「都合良く忘れちゃったら許してくれるんですか?」

「死刑よ!」

 そんな恐ろしい宣告を受けつつ、僕達は地下迷宮を後にする。

 途中から一人で会話している(ように周りからは見える)ことを怪しまれていたけど、終わり良ければ全て良し、ということで。


          〇


 すっかり日も沈み、月明かりが世界を照らしている。

 虎のマスクをかぶっている大男を引き連れ、国王と一人の女性を背負って歩く道中は大層衆目を集めたものの地下牢獄を出た僕達はその足で城下町まで戻ると、どうにか王様を城に送り届けた。

 とはいえセミリアさんがいるというだけで怪しまれたり止められたりすることもなく無事に城まで辿り着き、国王の不在や偽者騒動が広まらないようにあれこれ働いてくれていたルルクさん、スレイさんという二人の給仕に王様を預けるとひとまず退散し宿を取って今に至る。

 宿屋の大部屋には僕、セミリアさん、みのり、春乃さん、高瀬さん、虎の人、そしてサミュエルさんの七人プラスジャックが揃っている。

 サミュエルさんも町に戻ってくる頃には体の痺れも収まってきており、宿屋に入る前に寄ったお店(病院というものは存在しないらしく、ジャックによると薬屋らしい)で薬を買って飲んだおかげでほとんど元通りに動けるぐらいにはなっていた。

 敢えて補足するならばセミリアさんが持っていた毒消しは痺れ薬の類には効かない物だったということぐらいか。

 おかげで寝たふりも止めてくれたので幸いだったかといえば、そうとも言えないのが悲しいところだ。

 だってすぐ喧嘩するんだもん……春乃さんと。

「でも良かったね。猫さんも入れてもらえて」

 それぞれが荷物を置き、五つあるベッドやソファに腰を下ろしたタイミングで無駄にピリピリしたばかりの空気を分かっているのかいないのか、みのりがにこやかな顔を浮かべた。

 まだそう云い張るのかと、僕にしてみれば呆れるしかない。

「まぁ……そもそも人間だからね」

「あの受付のオバさん頭堅いから断られると思ったわよ。ペット禁止、とか言ってさ」

 僕のツッコミなど聞こえていないのか、春乃さんも同じ意見の様だ。

 それを聞いていた虎の人はやはり渋い声で腕を組んだまま、ついでに一人だけ立ったまま悟った風である。

「余計な心配を掛けてすまないトラ、レディーマスター。なにぶんオイラは人とも魔物とも相容れない存在ゆえ……な」

「いや、だから……マスク取ればいいのでは」

 しかもキャラ戻ってるし。

 帰り道では一人称が『俺』になったり、語尾に『トラ』付けるの止めてたのに!

「まあ良いではないかコウヘイ。虎でも人でも私達の仲間であることに違いはあるまい」

「それは勿論そう思いますけど……」

 なぜ僕側が空気読んでないみたいに思われねばならないのか。

 毎度のことながら納得出来ないです。

「今回は皆よくやってくれた、本当にご苦労だったな。おかげで国王もサミュエルも無事で済んだ。そしてサミュエルが仲間になってくれたことは私達にとってとても意味のあることだ。それも含めて喜ばしいことだと思う」

「勘違いはやめなさいクルイード、私は仲間になったワケじゃないわ。協力してあげるだけよ、借りを返すためだけに、今回だけ」

「それでも構わないさ。私個人としても心強く思っているし、何より今回だけで十分さ。今回で全てを終わらせればよいだけの話だ、次回など必要無い」

「フン、口だけは一丁前な奴」

「まーた偉そうにしちゃって」

 ボソリと、後ろで聞いていた春乃さんが呟いた。

 悩むべくはサミュエルさんがそれを気にしない、或いは聞こえなかった振りをする、といった平和な性格をしていらっしゃらないことである。

「ちょっと、そこの召し使い! ナメたことばっか言ってたら張り倒すわよ」

「誰が召し使いよ! あんたこそふざけたことばっか言ってんじゃないわよ」

「召し使いでもないのになんでそんな格好してんのよ。召し使いになりたいわけ? それとも召し使いにすらなれないわけ?」

「ファッションよ! ただ露出してるだけで色気振り撒いてる気になってるあんたに服装のことで文句言われたくないし!」

 だいぶ今更という感じではあるけど、確かにサミュエルさんの服装には露出が目立っている。

 肘と膝に鉄製の防具を着けているだけで、太ももから下全部と、腕も、肩も、背中も腹も全部剥き出しだ。

 そんなことはさておき、また凄い言い争いがあったものである。

 文字で見たらどっちがどっちだかわかったものじゃない。

『相棒……気苦労倍増だな』

 当の二人以外はこぞって呆れながらだったり『また始まった』といった感じで眺めているだけの残念な空気の中、ジャックが嘆息交じりに呟いた。

 その気苦労を理解してくれる唯一の存在だと言えばその通りだけど、どこか他人事な感じのニュアンスなのが悲しいよ?

「そう思うならジャックもちょっとは言ってやってよ」

『俺ぁ聞き分けのねえじゃじゃ馬は苦手でね』

「得意なのは虎の人ぐらいなんだろうけど、基本的にみのりに被害が及ばない限り仲裁してくれないしなぁ」

『それはさておき相棒よ、あの半裸女も勇者なんだって?』

 半裸女って……大概口の悪いネックレスだな君も。

「そう聞いたけど。ジャックから見てその、いわゆる強さ? とかはどうなの?」

『クルイードと比べりゃやや劣るようにも見えるが、それなりに鍛えてはいるな』

「へえ、町の人の信頼も厚いみたいだし凄い人なんだろうなとは思ってたけど、やっぱりそうなんだ」

 セミリアさんもそうだが、一見すれば細身の女の子なのに剣術の達人だったり、国で一番強かったり、世界を救おうとしていたり、未だ存在すら夢か幻か現実かも定かではない世界の出来事とはいえ凄いものだ。

 そのセミリアさんが勝てない魔王ってどんな化け物なのやら……。

 そんなことを不安に思っている間にも口論は続いている。

「だからミュージシャンって何だって言ってんでしょうが! ワケ分からない芸人用語使うな!」

「なんでわかんないのよ! だったらいいわ、召し使いでも芸人でもない肩書きを用意してあげるから」

 もはや口論の内容が斜め上に逸れていっている気しかしない中、不意に春乃さんは室内を見回した。

 そして虎の人を見て一瞬止まったかと思うと、なぜか勝ち誇った様な顔でサミュエルさんに向き直る。

「みんな聞いて。このパーティーでのあたしの新しい立ち位置を思い付いたわ」

 見つけた。のではなく思い付いただけらしい。

 恐らくはほぼ全員が高瀬さんの溜め発言を待っている時と同じぐらい聞きたくなかったことだろう。

 唯一サミュエルさんだけが『言ってみなさいよ』と挑発的に返しただけだったのに春乃さんはお構い無しに胸を張った。腰に手を当てて。

「あたしのジョブ、それは珍獣使いよ! 二匹の珍獣を操り敵を倒すわ」

「おいこらゴスロリ。二匹ってお前それ俺を入れただろ」

「そもそもオイラはお前さんに使われる覚えはないトラぞ。オイラの主はレディマスターだトラ」

「ちょっとあんた達! 何で乗っかってこないのよ! 後から入ってきて主力面してるベジータ女の肩持つわけ?」

「俺様はいつだって可愛い女の子の味方だがそれが何か?」

「つまりあたしの味方ってことじゃない」

「違えよ! 自惚れも甚だしいわ。大体髪の毛からしてお前の方がよっぽどベジータじゃねえか。金髪嫌いな俺は断然サミュたんの味方だ」

「誰がサミュたんよ! 気持ち悪い呼び方するな珍獣」

「えぇぇ!? 今俺味方宣言したのに!?」

 この後もしばらく騒がしい夜が続いた。

 

          ○


 翌朝を迎えた。

 カーテン越しにも分かる太陽の光は、晴天を告げている。

 正確な時間が分からないので今が朝なのか昼なのか、それとも昼前なのかは定かではないが、感覚的には結構長い時間寝ていたと思う。

 ベッドが五つしか無かったためみのりと春乃さんが一つのベッドを使い、虎の人はソファーで十分だとか言い出したことで無事に割り振ったのだが、昨日の疲れが残っているのかまだ皆は寝ているみたいだ。

 ただ一つ空っぽのベッドがある以外は、だけど。

「どこに行ったんだろう……ご飯でも食べに行ったのかな」

 二つ隣のサミュエルさんが使っていたベッドを見て、思わず声が漏れる。

 まさか逃げたなんてことはないよね……うん、大いにあり得る!

 気付いてしまったからには放置するわけにもいかず、慌てて布団から出ると音を立てない様に気をつけつつ部屋を出た。

 二階建ての二階にある僕達の大部屋だが、廊下に出たところでそれ以外にも部屋が並んでいるだけでこの階に共用スペースなどはない。

 となると、一階に居るか出て行ったかということになる。

 まずはそれを確認するべく僕はまっすぐに受付に向かった。

「おばさん、サミュエルさんって出て行ったりしませんでした?」

「サミュエル? ああ、セリムス様のことかい? だったら出て行ってはいないよ。あんた達の部屋の子は誰もここを通ってないさね」

「そうですか、ありがとうございます」

「なんだか兄ちゃん、いつも人を探しているねぇ」

 なんて呆れられていたが、返事もせずに受付を後にする。

 出て行っていない。となればセミリアさんの時と同様に屋上に居る可能性が高い。

 逃げたわけじゃなかったことにまずは一安心しつつ二階に戻り梯子を登って屋上に出ると、そこにはどこか哀愁漂う後ろ姿があった。

「サミュエルさん」

 その背中に声を掛ける。

 特に驚いた風でもなくサミュエルさんはゆっくりと振り向いた。

「なんだ、アンタか」

 横目で僕を見るその表情には意外さといったものは感じられない。

 どちらかというと、どうでもいい、興味がない、呼ばれたから確認がてら振り向いただけ、そんな感じだ。

「どうしたんですか? こんなところで」

「別に。アンタ達がいつまでも寝てるから暇だっただけ。そういうアンタは何?」

「起きたらサミュエルさんが居なかったので探してたんですよ。もしかしたら逃げちゃったんじゃないかと心配で」

「逃げていいならそうするけど?」

「ま……まさかあの誇り高き勇者であられるサミュエルさんともあろうお方が命を救われた借りを忘れて逃げ出すなんてことが……」

「あー、もう分かったってのよ! 大袈裟に驚いた振りしてんじゃないわよ、ほんっと性格悪いガキなんだから。その借りが無かったらぶっ殺してるところよアンタ」

「ガキって……ほとんど歳変わらないでしょう」

「多分私の方が一つ二つ上でしょ。じゃあガキなのよ」

「そんな無茶苦茶な……」

 童顔具合では良い勝負だと思うけどなぁ。

 僕もよく言われるけどサミュエルさんも顔立ちはちょっと子供っぽいし。

「黙れ芸人A。略してA。生意気言ってたら蹴り飛ばすわよ」

「…………」

 なんとなく分かって来た。

 昨日は捕まって連れ去られたことや、気に入らない存在であろう僕達に保護されたことに苛立っていたのかと思ったけど、多分それは僕が思っているほど言動には影響していない。

 この人にとってこれがごく普通の態度なのだ。

 天然で単純に悪意無く、ただ口が悪いだけだと理解した。

 そう思うと、罵られても嫌な感じもしなくなってくる不思議。

「大体いつまでグースカ寝てんのよ。暢気に寝てる場合かっての」

「昨日はみんな大変な思いをしましたから」

「あんな面子じゃ大変じゃないものも大変になるわよ。ほんっと身の程を弁えない奴ばっかり」

「まあ僕達は元々魔王だとか化け物だなんて居ない世界から来ていますからね。いきなり慣れろというのも難しいものです」

 頑張ろうとはしてるんですけど、中々ね。と付け加える。

 サミュエルさんは、なぜか隣に立つ僕に怪訝そうな顔を近付けてきた。

「私が疑問に思うのはそこなのよ。なんでアンタ達みたいな戦闘能力の欠片もない奴等がクルイードの仲間なんてやってんのよ」

 そうか、サミュエルさんは事の顛末を知らないのか。

 僕の口から話してしまっていいものかとも考えたが、聞かれた以上何らかの返答はせねばなるまい。

 誤魔化そうにも僕はこの世界の事を知らなさ過ぎるし、何よりセミリアさんと敵対しているならまだしもそういうわけでもない。

 そもそもサミュエルさんもノスルクさんの世話になっているのだから隠す必要もないだろう。

 そんな判断の下、僕は説明した。

 僕達がセミリアさんに会ってからここに来るまでの事を。

 粗方話が終わると、黙って聞いていたサミュエルさんは呆れた様に、少し小馬鹿にした様に鼻で笑う。

「掲示板ねえ。仲間を集めに行くとは聞いてたけど、またぶっ飛んだことを考えるわクルイードといいジジイといい」

「まあ僕自身未だに理解出来ていないですからね。事実としてここに居るから無理矢理納得しているだけで」

「アンタの感想は別にどうだっていいけど、なんていうかクルイードらしいわね」

「どういうところがですか?」

「気持ちとか想いだとか、信頼、絆、志、使命感……そういう目に見えないものに力を見出だそうとするところよ」

「サミュエルさんは違うんですね」

「全く違うわね。誇りや矜持はあるけど、それはあくまで力に付随するものよ。私にとっての強さは純粋に敵を倒す能力」

「だから……セミリアさんと協力するのが嫌なんですね」

 考え方に大きな違いがあるから相容れない。

 命懸けで戦う二人の違った考え。

 そのどちらが正しいなんて議題の答えは実際存在しないのかもしれないけど、誰かの代わりに多くを背負って血を流す覚悟はとても崇高なものなのだと思う。

 これがゲームならば、設定ならば、当たり前の様に、戦う使命だなんて一言でプレイヤーの誰もが受け入れる。

 だが現実の出来事として、例えば僕達の側の人間の誰が受け入れられるだろうかと言われたなら難しい問題なのだろう。

 本来、少なくとも果たそうとしなければならない誰かがそれを放棄し、その人間に『あなたが命を賭して成し遂げなければ大勢が死にます』なんてことを言われているも同じなわけだ。

 軍隊の代わりに戦ってこいと言われていることと、同じなのだ。

「奪われた何かを取り戻す為に必要なのは取り戻す為の術ではなく、再び奪われることを防ぐ強さなんだ」

 ふと僕から街の方へと視線を戻したかと思うと、サミュエルさんは呟く様な声でそんなことを言った。

 真意が分からずすぐにリアクションをすることが出来なかったが、それでも独り言みたく言葉は続く。

「昔そんな事を言われたことがあるわ。それが必ずしも正しい主張であるとは思わないけど、私はどちらかというとその考えに近い。クルイードよりはね」

「奪われることを防ぐ……強さ、ですか」

「目先の平和や眼前の人間の命も大事じゃないとは言わない。いくら私だって目の前に敵が居れば倒すし、人が襲われていたら助けることもあるわよ。だけど大局的に見れば、力を合わせて目先の勝利をもぎ取る事は強さとは言わない。そうしないと勝ち取れないような平和なんて、また別の誰かが奪いに来る。シェルムを倒したって、魔界にはいくらでも魔族はいる。魔族が居なくなったって同じ人間が敵になるかもしれない。実際何年も内戦が続いている国もあるし、いつ戦争が始まってもおかしくない関係の国もある。天界の連中だっていつまで不干渉でいるかなんて分からない。必要なのは奪われては奪い返す事を繰り返すことじゃない、奪われない強さなのよ」

 魔界だとか天界だとか言われても僕にはピンと来ないが、意志の強さや志の高さは伺える力強い言葉だった。

 どこか自分に言い聞かせる様に聞こえる程に。

「私には私の取り戻さなきゃいけないものがある。だから私には」

 私には、と

 そこまで言って少し間を置いた。

 そして、一段と強い眼差しで遠くを見つめながら続きを口にする。

 私には強さが必要なのよ。

 サミュエルさんは、そう続けた。

 その言葉を最後にサミュエルさんはその真剣な表情を崩し、

「なーんでアンタみたいな奴にこんな話してんだか。ま、仲間なんて必要ないし協力してあげるのも今回だけだけど、アンタの姑息な脳みそは少しは役に立つのかもね。実際不本意ながらそのおかげで私も助かったわけだし」

「姑息な脳みそ……それ褒めてるんですか?」

「さぁ? どっちにしてもあの召使いや気持ち悪い奴よりはマシなんじゃないの? 戦闘力なんて求めない使いっ走りとしてはね」

 僕も含めて酷い言われ様だ。みのりやジャックに至っては忘れられてるし。

 まあこの人なりのお褒めの言葉なのかもしれないけどさ。

「アンタ、名前なんだっけ?」

「何度も言いましたけど、樋口康平です」

 答えたところで呼び名は芸人Aだからね。

「コウヘイ、ね」

 どんな心変わりがあったのか、ここで初めてまともに名前を呼ばれた。

 どこか認めてもらえた様な気がしてむず痒いものがある。

「コウヘイ。略してコウ」

 略された。

 僕の勘違いだったのかもしれない。

「私は私の強さを追い求める。だから仲間は必要無い。だけど、強さ以外の力があるとするなら、それはアンタやクルイードが持っているものなのかもしれない。それは認めるわよ。事実私には出来なかった王の奪還をアンタ達はやってのけて、アンタは私を助けた」

 別に頼んだ覚えはないけど、とサミュエルさんは付け加える。

「それでも借りが出来たのは事実だし、その借りを返す意味でアンタを私の子分にしてあげるわ。アンタは小賢しい頭を持ってるみたいだし、駆け引きとか雑用を私の代わりにやりなさい」

「………………」

 借りを返される、つまりは恩を返された立場なのに手下に成り下がるという不思議な現象が起きていた。

 謎過ぎる……。

「何よ、文句あんの?」

「いえ、まあ、芸人だったり子分だったり、この世界で生きていくのは大変だなぁと思いまして」

「当然でしょ。生きていく為にはどんな小さな事であれそれぞれ役割を果たさないと駄目なんだから。何もせずに守って貰えるほど世の中甘くないわ」

 どこか論点が違う気がするが、わざわざ指摘してまた不機嫌にさせることもあるまい。

 きっと気を張ってシビアな言動を人に見せる時よりも、今の姿が本来のサミュエルさんなのだろう。

 だったら、そっちの方がいいじゃないか。

 色々怖い思いもしたし危ない目にも遭ったけど、みんなが無事に帰って来て、サミュエルさんが力を貸してくれることになった。

 それが結果であり、それが全てだ。

 敵の恐ろしさも知った。

 命を懸けるということの意味も知った。

 それでも、まだまだ分からないことだらけのこの世界で何かを成し遂げようとしている。

 目的も動機もはっきりしないのかもしれない。

 セミリアさんの様に多くを背負ってはいないのかもしれない。

 サミュエルさんの様に不屈の強さを持ってはいないのかもしれない。

 だけど。

 世界を救う二人の勇者と共に進もうとするこの意志は、少なくともこの世界では誇れることであって欲しいと、そう思った。

「ほら、そろそろ戻るわよ。ジジイの所に行くんでしょ、いい加減いつまでも待ってらんないわ。部屋で寝てる奴等を叩き起こしなさい」

 ペシっと、僕の肩をはたいてサミュエルさんは歩き出す。 

 自然と先陣を切るサミュエルさんもやはり勇者気質なのだろうか。

 ともあれ。

 また一人、頼りになる仲間が出来た。

 そして今日もまた冒険は続いてゆく。



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