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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【第二十一章】 邪神



 クロンヴァール、セラム、ユメールにキアラとクリストフを加えた五人は目の前の敵に視線を固定したまま周囲の景色を捕捉した。

 辺り一帯が広大な荒野であることは変わらないが、今立っているのが先程までとは違う場所であるという事実は論ずるに値しない程に明らかだと言える景色が広がっている。

 少しの静寂を破ったのは訝しく思う五人の心の内を見透かした様に嘲笑う一人の男だ。

「なに、少々場所を変えさせてもらったにすぎぬ。坊やの戦いの邪魔にならぬようにな」

 五人の前に立つ背の低い年老いた魔族の男はくぐもった不気味な声を五人へと向ける。

 間近で相対したことで頭部で黒い毛髪に混じり蠢く無数の白い何かが小さな蛇であることを誰もが理解した。

「貴様が邪神アステカか……時代に取り残されし(いにしえ)の産物が他者に利用され人の世を侵そうとは、神の名に似付かわしくない低俗な輩がいたものだな」

「虚勢を張るな人間の王……あれ(、、)に苦戦する(うぬ)等如きが我輩に楯突こうなど思い上がりも甚だしいわ。我は淵界の神なり、王は神には勝てぬ」

 一見丸腰に見えるアステカは大魔王と同等か、それ以上の邪悪な気配に包まれている。

 向かい合っているだけで生命の危機を、或いは死を明確に予感させられる異様な雰囲気を前に、誰もが売り言葉に買い言葉で不用意な攻撃を仕掛けることを辛うじて抑え込んでいた。

 そんな中、会話が止んだ僅かな間で先頭に立つクロンヴァールの前に出る者が居た。

 一番の腹心であるロスキー・セラム、そしてここまでの戦いでは比較的ダメージの少ないエレナール・キアラだ。

「姫様とクリストフは万全とは言い難い。神とやらがどれ程のものか、俺が先陣を切らせてもらおう」

「私も……まだ戦える。いつまでも後方支援に回るばかりではいられません」

 怯む様子など微塵も感じられない、凜とした眼差しがアステカを捕えて離さないでいる。

 目の前の男、そして魔王カルマ。その二人を倒せば今度こそこの争いは終わるのだと、並々ならぬ決意を胸に宿していた。

 アステカはそんな二人を見てニヤリと口角を釣り上げ不敵な笑みを浮かべたかと思うと、両手を突き出す動作を見せる。

 それに反応したセラムがクリスタル製の杖をアステカへと向けると、両者はほとんど同時に魔法攻撃を繰り出した。

 セラムの杖からはアステカの両手から絶え間なく放たれる幾十もの魔力に負けず劣らずの手数と威力を持った魔法が放出され、ぶつかり合うことで次々と爆発を引き起こしていく。

 視界を覆う嵐の様な光り輝く球体の応酬の最後に互いが渾身の一撃を放つと轟音と共に一層大きな爆発が起き、二人を覆い尽くしていった。

「雷鳴!」

 互角とも言える攻防の中。セラムが無事でいることを視界の端で確認すると、すぐにキアラが追撃に出る。

 両手で握った雷神の槍から伸びる三本の太い光りの筋は限界まで威力を集約した雷撃だ。

 その軌道は間違いなく白煙の奥にいるアステカに向かっていたが、視界を塞ぐ煙の僅かな切れ目から見えた攻撃対象はすでに迎撃の姿勢を取っていた。

 キアラの目に変わらぬ不敵でいておぞましい笑みが映った瞬間、薙ぎ払う様に振り抜かれた右腕から同じ数の雷撃が飛ぶ。

 それは同じ三筋の(いかずち)の閃光でありながら、倍の威力を持った雷撃だった。

 アステカの雷撃は打ち消し合うことなく向かい来る雷撃を飲み込み、そのままキアラを襲う。

 咄嗟に槍を盾にすることで直撃を防いだものの雷を帯びる槍でも相殺するには至らず、バチバチと激しい音を立ててキアラの全身を穿った。

「ぐ……」

 ダメージを負ったキアラは激痛のあまり体勢を崩し膝を突く。

 薄れゆく煙の向こうに見えたのは無傷の状態を維持し、更なる攻勢をかけようとしているアステカの姿だった。

「穿戟!」

 高い声が響く。

 すぐにそれに気付いたクロンヴァールがセラムとキアラの背後から突きによる斬撃波を放っていた。

 しかしその攻撃はアステカに届くことなく、目前で弾かれ角度を変える。

 魔力で生み出した半透明の盾がそうさせたことに気付いたクロンヴァールは舌打ちを漏らすと、その横では反撃の猶予を与えまいとユメール、クリストフが続けて攻撃を仕掛けていた。

 ノコギリ刀から放出された無数の爆砲(カロル)がアステカに向かって飛ぶ。

 ダメージを与えることではなく動きを封じる目的を持った拳大の黒い気泡の群れは一斉に迫っていったが、やはりその攻撃は本体に届くことなく次の瞬間には全てが消し去られてしまう。

 魔力によって生み出された同数以上の赤く輝く矢が全ての爆砲(カロル)誘爆させると、それに留まらず背後にいる五人へと襲い掛かる。

 向かい来る数十に及ぶ魔力の矢に対しそれぞれが回避や防御の動きを取る中、アステカはそれを静観することなく突撃に出ようと体勢を前屈みに変えた。

 ここで終わらせてやる。

 そんな意志を全身に帯びる魔力が言葉無く表していたが、一歩目を踏み出したところでその足が止まる。

 目には見えない何かに前後左右を包囲されていると気付いたことがそうさせていた。

「糸……か。小賢しい真似を」

 行く手を阻むは触れれば身を切り裂くユメールの数少ない攻撃技蜘蛛(スパイダーズ)の糸(・シルク)だ。

 目に映らないことが最大の強みである十本の糸は微かな魔力を帯びている。

 アステカは戦闘に集中し始めたことで感覚の鋭さが増し、それによって自らの強大な魔力に隠れていた糸の気配を察知していた。

 立ち止まったアステカはすぐに右手に魔力を集めることで手刀に変え、ユメールの手から伸びる糸を残らず切断する。

 一時的に攻撃の手を止めたことが図らずも双方に息吐く間を与えていた。

「魔力の変換が早過ぎる……これでは頭数の多さが優位に働かない」

「それでいて個々の威力も異常なまでに高い。侮っていたわけではないが、想定を上回る化け物だったと言わざるを得ないか」

 再び向かい合う五人と一人。

 静寂の中で呟くように漏らしたキアラの言葉は直ちにクロンヴァールに肯定される。

 今尚無傷のままでいるアステカは今一度全身に魔力を蓄えながら、変わらぬ低い声を五人へと向けた。

「クックック、何を絶望することがある。それが(うぬ)等の限界、それが人間の限界なのだ。この我輩を前に未だ命を保っている事実は賞賛に値するが、五人掛かりでどうにか生き存えたところで勝機を得ることなど出来ぬ。(うぬ)等と違い我輩に消耗の二文字はない。我が魔力は無限大、それこそが神に与えられし唯一無二の能力【無限(インフィニティー)詠唱(マッド・クラフト)だ!】」

 絶叫と共にアステカは両手を翳した。

 それと同時に一番距離の近いクロンヴァールの立っている位置を中心に爆発が起こり、地面が弾け飛ぶ。

 左右に、或いは後方に飛び退くことで五人は直撃を避けたが、その時点で次なる一手への移行という点において圧倒的な差を付けられていることに気付くまでの僅かな時間でそれを埋める方法など見つかりはしなかった。

 アステカは魔族特有の高速移動の魔術を使うことで五人の中心に移動している。

 狙いは広範囲の魔術の発動ではなく、ユメール単体だ。

 前触れ無く目の前に現れるなり急接近してくるアステカに対し、武器を持たないユメールは身構えることしか出来ない。

 しかしそれでも、その欠点を他ならぬ本人が熟知していないはずなどなく、包囲のために放った糸が切られた時点ですでに対策は完了していた。

 魔力に満ちた右腕が振りかざれた瞬間、アステカの動きが止める。

 ユメールが自身の周囲に張り巡らせていた見えない糸に引っ掛かったことで右腕が自由を失っていた。

「馬鹿め、です。これでお前の……」

 右腕は封じた。

 このまま残る手足も絡め取れば動きを止めることも不可能ではない。

 ユメールがそう告げるはず(、、)だった(、、、)言葉は不意に途切れる。

 勢いよく振り下ろされようとする腕が動きを止めた瞬間、虚を突かれ僅かに目を見開いたアステカは意地の悪い笑みを浮かべていた。

「小賢しいのではなく浅知恵をひけらかすうつけ者であったか小娘めが!」

 ユメールの眼前に迫ったアステカの右腕は依然として別の方向を向いている。

 代わりに目に入ったのは大きく開かれた口が光りを放ち始める瞬間だった。

「カァッ!」

 直後に吐き出されたのは体内から放出された白く輝く魔力の波動だ。

 防御の術を持たないユメールは腕を交差させることでどうにか防御の体勢を取ったが効果は薄く、正面からまともに浴びた結果甚大なダメージにより意識は混濁し、体を揺らしながら崩れるように膝を突くとそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。


「クリス!」「ユメール!」


 クロンヴァールとセラムがすぐにその名を呼ぶが、反応は無い。

 ひらりと、髪を持ち上げていたバンダナが舞い落ちていく以外に何かが動く気配はなかった。

「ほう、まだ息があるか」

 見下ろすアステカの目は冷たく、蔑む心の内がはっきりと表れている。

 その表情、そしてユメールの更なる危機に残る四人の行動が無意識に一致した。

 四散したクロンヴァール、セラム、キアラ、クリストフはほとんど同時にアステカに向かって突進する。

 真っ先に攻撃を仕掛けたのは最も近い位置にいたキアラだ。

 真横から向かって行ったキアラは全速力で距離を詰めると勢いそのままに飛び上がり全力で突きを繰り出した。

 戦略や戦術といった概念を失った力任せの一撃は威力、槍に帯びる雷の密度共に限界値と相違ない渾身の一振りであったが、それでもアステカの肉体には届くことはなく、自由を取り戻した右手の掌で軽々と受け止められ、いとも簡単に防がれていた。

「な……」

 それは魔力を右腕に集め、防御力を極限まで高めたことが可能にした芸当に過ぎない。

 それでも素手で受け止められるというキアラにとっての想定外の結果は、ただ格好の的と化すだけに終わったという事実を変えることはなかった。

「次は(うぬ)が消えるか」

 少しの間も置かず、アステカは空いている左手を向ける。

 顔面に伸びてきた腕は変わらず魔力が充満しており、キアラの脳裏に明確な死を予感させた。

 視界を塞ぐ掌が不意に向きを変えたのは、その直後のことだった。

「セラムさん!」

 機を逃すことなくキアラは後方に飛び退き、距離を取る。

 金色に輝く魔法力の矢が突き刺さっているアステカの手首が目に入ってようやくセラムが助けてくれたのだと理解した。

「ほう、少しはやるではないか人間の魔導士よ」

 アステカの視線がセラムに向けられる。

 ここにきて初めてまともな傷を負っていながらも危機感は僅かにも感じられない。

 瞬時に攻撃対象を切り替えるアステカだったが、背後から感じる殺気がすぐにそれすらもが陽動であったことに気付かせた。

「次は私が相手をしてやる」

 素早い動きで接近したクロンヴァールが背中に斬り掛かる。

 両手で握った剣が振り下ろされると同時にアステカは振り返ったが完全な回避は間に合わず、鋭い斬撃が胸部を掠めその身を切り裂いた。

 更に反撃の暇を与えることなく、地面を叩いた反動を利用して二度三度と続け様に振われた剣は的確に四肢を刻んでいく。

 純粋な身体能力による機動力で遙かに劣るアステカは小さな動きで辛うじて深傷を避けているように見えたが、クロンヴァールはその中で確かな違和感を覚えた。

 経験則からそれが誘って(、、、)いる(、、)動きであるとすぐに勘付いたものの、ユメールが傷付けられたことへの憤りと王としての矜持、そして戦士としての意地が逃げの選択を奪い、敢えて接近戦を続けることに固執させる。

 クロンヴァールは三度目の斬撃が右肩を掠めると同時にまた一歩距離を詰めると正面から突きを放つが、やはり紙一重で致命傷は避けられ僅かに剣先が首筋に触れるだけに終わるとほとんど空を切った武器はただ両者の間を奪っていた。

「我輩の懐に入るとは愚かなり、(うぬ)が先に消えるか人間の王よ!」

 まるでそれが狙いであったと宣言するかのようにアステカが凄惨な笑みを浮かべると、額に見える虹色の宝玉が光りを放ち始める。

 攻撃魔法ではなく特殊な効果を持つ魔力であることに気付いたクロンヴァールは咄嗟に右腕を体の前に割り込ませた。

 七色の光りの正体は一時的に体の自由を奪うというアステカ独自の魔術だ。

 本来、浴びせるだけで効力を発揮するその魔法に防御の意味は無い。

 しかし次の瞬間、体勢を崩し膝を突いたのはアステカの方だった。

「ぐ、ぐぬ……」

 胸を押さえながらもすぐに立ち上がろうとするその足腰は見るからに弱っている。

 未だ頭が追い付いていない不測とも言える事態がなぜ起きたのかを、そうなってようやく把握した。

 盾にしたクロンヴァールの右腕には赤い魔法陣が描かれている。

 戦闘を繰り広げる中で悟られぬように時間を掛けて完成させた、自身の血で刻んだ魔法効果反射の魔法陣がアステカの魔術を跳ね返していた。

「大魔王の暗黒魔術に対しては効果が無かったが、例え質や量で勝ろうとも貴様の魔力に絶対的な性質は備わっていないようだな」

 クロンヴァールはすでに突きの構えを取っている。

 アステカもすぐに魔力を中和し体の異変を消し去ったが速度の差を埋めるには至らず、真っ直ぐに伸びた左腕が真正面から胸部を貫いた。

 深く、根本まで突き刺さり貫通した剣が二人の動きを止める。

 少しの静止を挟み、無尽蔵の魔力による反撃を食うまいとクロンヴァールは剣を抜き去り、数歩分の距離を置いた。

 アステカは体と口元から血を流し苦しげな声を漏らしたが、それでも倒れることなく傷口を押さえギロリと睨み付ける。

「言うだけのことはある、人間の王……だが、その程度で我輩を討ち取ることは出来ぬわ!」

 憤怒の形相で大きく目を見開くアステカは声を張り、空いている左腕をクロンヴァールへと向ける。

間髪入れず全ての指から光線が発射されると、五本の光りの筋が勢いよく全身を襲った。

 身を捩ることで二本を躱し、剣で二本を弾いたが完全に回避することは出来ず、残る一本が脇腹を掠める。

 皮膚が裂け血を流しながらもクロンヴァールは反撃体勢を取ったがアステカは微かに動きが鈍ったのを見逃さず、同じく追撃の態勢に入っていた。

「人間の王とて一人ではないぞっ」

 再び距離を詰めようと足下に魔力を集めるが、直後に聞こえた背後からの声がその動作を止める。

 クロンヴァールを仕留める絶好の機会を捨てた行動には少なからず胸部を貫かれたダメージが影響し、続けて傷を負うことを無意識に嫌っていた。

 急激に迫り来る強い気配にアステカはすぐさま体を逆方向に向ける。

 目の前にいたのはクロンヴァールの援護という本来成すべき役割を放棄してまでアステカが傷を負い接近戦が有効となり得る機を窺っていたクリストフだった。

 真上から振り下ろされたノコギリ刀は辛うじて躱されたが、空振り地面を叩いた刀は能力の発動により爆発を起こし、二人の間に土を舞わせた。

 クリストフは流れのまま大きく一歩踏み込み距離を詰めると両手に力を込めて真下から振り上げる。

 直前に弾けて飛んだ土や爆発が生んだ煙が意図せず視界を塞いでいることがアステカの反応が遅らせ、切っ先が首筋を捕えた。

「次から次へと……酔狂な死にたがりめが」

 アステカは首から血を吹き出させながらも、右腕を地面へと向ける。

 治癒に魔力を当てる中でも手を緩めることなく放たれた特殊な魔術は更なる攻めに出ようと迫るクリストフの動きを止めた。

 足下の土が地面を蹴ろうとする左足を飲み込む。

 それでも動きを封じられた刹那の効果は動揺を誘うには至らず、クリストフは即座に爆砲(カロル)で地面を割ることでいとも簡単にその状態を脱していた。

 アステカは続け様に球体の魔力を両手から連射することで接近されることを防ごうとするが、同じく大量の爆砲が全てを迎撃し誘爆させていく。

 両者の間に大きな爆発が絶え間なく起き続け、再び炎と煙が視界を奪っていった。

 止むことなく向かってくる魔力の塊にクリストフも手を止めるわけにはいかず、その結果アステカの局面的な狙いは功を奏したと言える状況が出来上がる。

 だが、久しく流させられることのなかった自身の血に怒りが沸き立ち、無自覚なレベルながら冷静さを欠いたことで両手が塞がり、動きを止めざるを得ない状態へと陥っているのは双方に共通してしまっていること、そしてそれが頭数の差による不利を招いていることを頭から消し去っていた。

「穿戟!」

 アステカの背後からクロンヴァールの声が飛ぶ。

 その声と共に放たれた斬撃波が小さな体を捕え、背中の中心を抉ると生々しい音を立てた背中のダメージに表情を歪めるアステカへとクロンヴァールは再度突進していく。

 それは攻撃を受けた脇腹は流血を続け、四肢も傷だらけの中で見せた決死の突撃。

 クロンヴァールか、それともクリストフか、アステカがどちらに攻撃の手を向けようとも残る一方が仕留める。

 どちらかが倒れたとしても致命傷を与える可能性に賭けた捨て身の戦術だ。

 クリストフもそれを理解したからこそ刀を振る腕を止めることなく、当たるはずのない爆砲を撃ち続けている。

 そんな二人の前で、アステカは予想外の対処に出ていた。

 魔力を射出している両手を真下に振り下ろしたかと思うと、自らの立つ位置を中心に威力を数倍増した大きな爆発を起こす。

 死を受け入れたことが鞭となり、痛む体で迫るクロンヴァールの覚悟は戦場独特の危機感として伝わると背中への攻撃も相俟ってアステカに冷静さを取り戻させていた。

 そうなっては二人は近付くことが出来ず、巻き込まれぬように揃って距離を置く他に選択はなく、そこでようやく長い攻防が一時的な休息を迎える。

「なるほど……カルマの部下程度ではどうにもならんはずだ」

 自身を包み込むまでの大きな炎が消え去ると、アステカは倒れたままのユメールを除く四人を睨み付ける。

 体の至る部位から光りを発し、受けた傷が徐々に治っていく姿に四人もそれが回復魔法であることを察した。

「これでも致命傷には程遠いか」

 四人掛かりで確かな傷を負わせたにも関わらず平然と立っているアステカが気に食わず、クリストフは思わず舌打ちを溢す。

 これだけの攻撃を与えてなお有利に立てていない事実に他の三人も似通った気持ちを抱いていた。

「ロスが貫いた腕の傷も癒えかけている。回復魔法のレベルも相当なようだな」

「厄介極まりないものだ、攻撃魔法と回復魔法を同時に発動させるなど聞いたこともない」

「本当に魔力が無限なのだとすれば長引くだけ不利になっていくということ。ユメールさんの容態も気掛かりです、ここが最後のつもりで一気に決めましょう。あれと差し違えることが出来るなら……私は囮であろうと本望です」

 キアラはちらりと、横目で傍に倒れたままのユメールを見る。

 息があることは確認出来るが、未だ意識がないのか動く気配はない。

「その意気や良しと言いたいところだが雷鳴一閃(ボルテガ)、お前の武器や能力はそれ向きではない。お前はとどめの一撃を見舞うことだけを考えていろ。その道筋は私達が作る」

「ですがクロンヴァール陛下……」

「ここには天武七闘士と呼ばれる戦士が四人いるのだ、聖剣や二代目がどれだけ強くともカルマやエスクロの元に分散しているのだとすればどう考えてもここが一番戦力値が高いはず。それでいて奴等が勝ち私達が負けたとあれば名折れもいいところだ。クリストフ、貴様にも命を賭けてもらうぞ」

「お前達の外聞など知ったことではない。が、一人でグリーナを出ると決めた時から命などとうに捨てている。カルマを殺すために費やすつもりでいたが、こうなれば選り好みは出来まい。ただし、昨日今日会った俺に連携など期待してくれるなよ」

「初めからそんなものは求めておらんわ、奴を仕留められるならば他の誰が死んでも構わん。ロス、合わせろ」

 その言葉を最後に、誰かの反応を待つことなくクロンヴァールとクリストフは駆け出した。

 ここまでの戦いを鑑みるならば到底有効とは言えぬ真正面からの突撃。

 そこにあるのは同じ目的を、同じ意志を持った命懸けの戦法だけだ。

 例え攻撃が通用せずとも、例えあっさりと魔力によって撃沈させられたとしても、自らに攻撃の手が向けられることでセラムやキアラが攻撃する隙が生まれるならそれでいい。

 方法を間違わなければ傷を負わせ、ダメージを与えることは可能であると証明したここまでの戦いを踏まえた上で、これ以上一進一退の攻防を続けたところで先に尽き果てるのは自分達であると行く末を察し、命を囮にした最後の勝負に出るべきであると誰もが考えていた。

 それは覚悟とも、そうする他に活路の無い状態であるがゆえの居直りとも言える無謀な挑戦であったが誰一人として死を恐れず、死して勝利を手にすることが出来るのならばそれは敗北でないと考えるその信念に揺るぎはない。

 目の前の敵を倒す。

 そのためならば己の命など安い代償であると、確固たる決意が全ての胸に宿っていた。

 クロンヴァールとクリストフは真っ直ぐにアステカに迫る。

 二人が互いにとっての射程圏内となる距離に到達した時、未だ傷を癒しながらもすぐに迎え撃つ体勢を取ったアステカの体を灰色の煙が包んだ。

 後方にいるセラムによる煙幕の呪文だ。

 完全に視界を塞いだことを確信すると二人は同時に突きを放った。

 その後ろではどれだけ小さな隙をも見逃すまいとキアラもすぐに突撃に備えていたが、無情にも二本の武器はアステカの身を貫くことなく寸前で動きを止める。

 突如として地面から伸びた土の壁が盾となり、カツンと乾いた音を立てて二人の攻撃を防いでいた。

 それだけではなく、背丈ほどの高さのある土の壁はクロンヴァールとクリストフの目から標的を消し去っている。

 その死角を利用し二人が動きを止めるのを見計らっていたアステカが渾身の魔術を見舞うと、自らが作り出した壁を破壊してしまう程の強大な魔力が二人を襲った。

 攻守が入れ替わろうともその壁が同じく盾の役割を果たし直撃こそ避けてはいたが、それでも二人は衝撃と威力に耐えきれずに吹き飛ばされる。

 特にクリストフのダメージは大きく、ノコギリ刀での防御もほとんど意味を成さずにほとんど正面から食らったことで後方に弾かれると着地することすら出来ずに地面を転がった。

 クロンヴァールは幸いにも土の壁がその身を守り右肩を僅かに焼かれた程度で事なきを得ていたが、距離を置くことが出来ていないことが更なる攻撃を加えられる結果へと繋がる。

 浮遊状態からどうにか着地するが、同時にアステカの小さな腕が急激に伸びたかと思うと勢いよく襲い来ていた。

 向かい来る鋭利な爪はあからさまに殺傷能力を匂わせる。

 まともに受けてしまうのは不味いとクロンヴァールは咄嗟に剣を横に向けそれを受け止めたが二段構えの全容には気付いてはおらず、また気付いていたとしても防ぎようのないその攻撃はとうとうまともに体の至る所から鮮血を噴き出させた。

 アステカの掌が剣に触れ腕の動きが止まると五本の爪だけが更に伸び、左の腕と肩、そして右太腿と鎖骨付近へとそれぞれ突き刺さる。

 細い爪であることで即致命傷になることだけは避けていたが、蓄積し続ける傷と流した血の量は確実に体力を奪い、戦闘力を低下させ、どうにか距離を置いて逃れたもののクロンヴァールは思わず苦しげな表情で膝を突いた。

 頼みの綱であるセラムも土の壁が生み出されると同時にアステカの魔術によって炎の渦に全身を飲み込まれ、行動不能へと追いやられている。

 同等の威力の魔法をぶつけることでダメージを軽減してこそいたが、それでも全身を焼かれ炎が消失する頃には倒れ込むのを堪えるのが精一杯の状態へと追いやられていた。

「クックック、どうやら死期が近いようだな人間達よ……我輩に勝てる者などこの世にはおらぬ。領分を超えた愚か者共の末路にはお似合いの無様な成れの果てではないか」

 アステカは薄ら笑いを浮かべ、侮蔑の言葉を吐き捨てる。

 腕や背、首の傷は今や塞がりかけており、倒れたままのユメールを除いてもキアラ以外は最早立っていることが精一杯といった様相の四人とは対照的な佇まいだった。

「チッ……三人掛かりで隙一つ作れんのか」

 体の至る箇所から血を流し、重い膝をどうにか持ち上げるクロンヴァールの声も闘志を失いつつある。

 唯一大きな傷を負っていないキアラも耐えきれず口を開き掛けたが、後ろでよろめきながら立ち上がろうとするクリストフがその声を遮った。

「やはり私も……」

「……待て」

「クリストフ……」

「エレナール・キアラ、取引きだ」

「……何を言っているの」

 アステカに視線を固定したまま、キアラは戸惑いの声を漏らすことしか出来ない。

 それでもクリストフは独白のように続けた。

「俺の命をくれてやる、代わりにグリーナに残る同志達の命を保証しろ。団員達は俺の命令に従っただけだ、全てを不問にしろとは言わんが……もはや騎士団の存続は不可能、これ以上争いを続ける力もない」

 重い足取りでキアラの横まで歩くと、クリストフは首に手を当て服の中に隠れていたネックレスを引き千切り、押し付けるように放った。

 金色の小さな十字架が付いたそれを咄嗟に受け取ったキアラは困惑する他になく、ただならぬ雰囲気に他の二人も口を挟むことが出来ない。

「……これは」

「我が一族に受け継がれし皇帝の証。それを持っていることが俺がお前に同志達を託した証明となる。俺の命一つで国が守れるのだ……悪い取引きではないだろう」

「一体……何をしようというの」

「この命と引き替えに奴を殺す……大爆殺(カルネージ)を使えば不可能ではないはずだ。既に一度使っている、日に二度も使えば間違いなく俺の命は果てるだろうが……これが俺のけじめなのだ。同志達は俺に命を預けた、俺を信じて付いてきた、そして多くの犠牲を出しながらも戦い続けた。今のこの状況も、誓いを果たせなかったことも、この国との争いに敗れたことも全ては俺が招いたこと。ならば俺は……せめてもの償いとして同志達に未来を残す。お前達は精々巻き込まれぬよう外から奴を妨害していろ、俺が仕留める」

 決意が垣間見える静かで力強い口調で言うと、クリストフはキアラの脇を過ぎ先頭に立った。

 側頭部から血を流し、傷だらけの体のみならず代名詞とも言える黄金の鎧もひび割れてしまっている。

 満身創痍の姿はどこか儚く、その背は後ろにいる三人の頭に最後の勇姿という言葉を連想させた。

「何の相談かは知らぬが、死ぬ覚悟は出来たようだな」

「ああ、おかげさまで出来た……お前を殺す覚悟がな」

 回復に重点を置くため一時的に手を止めていたアステカは再び攻撃に備えて全身から魔力を発し始める。

 クリストフは真っ直ぐに刀の先を向け、殺意を取り戻した目で睨み返すとそのまま地面を蹴った。

「クロンヴァール陛下!」

 背後でキアラの声が響く。

 どう動くべきか、何を優先させるべきか。

 軍のトップに立って長らく立てども、死線を越えた経験値において四人の中では著しく劣るキアラには瞬時に判断することが出来なかった。

「合わせる他ないだろう、奴の覚悟を無駄にするな! むざむざ死なせぬためにもどうにか援護しろ! 穿戟!」

 クロンヴァールの鋭い突きが斬撃波へと変わる。 

 遅れてキアラの雷撃が天空から降り注ぎ、一気にアステカを襲った。

 正面から、そして頭上から。

 クリストフのための時間稼ぎであり陽動でもあるそれぞれの攻撃は決して微弱なものではなかったが、消耗することのない無限の魔力によってその目的を果たすことなくいとも簡単にやり過ごされてしまう。

 左手を真上に向けて雷を相殺し、魔力に満ちた右腕で斬撃波を薙ぎ払うアステカは全くと言っていい程に意に介した様子はなく、向かい来るクリストフから視線を逸らすことすらしていない。

「ドラガルド!」

 そこで手を休めることなどあるはずもなく、すぐにセラムの呪文が発動する。

 たちまち地面から消滅の性質を持つ魔力が円柱形に立ち上り、アステカを飲み込んでいった。


「いつまで無駄な足掻きを続けるつもりだ……これしきの魔術など取るに足らぬと知れ!」


 空高くまで湧き上がるセラムの魔術、その発生地点から大きな声が響くと同時にドラガルドは効力を失い消えてなくなる。

 アステカは同等の魔力を内側から放出することで全てを掻き消してしまっていた。

「あの程度の傷で味を占めたか愚か者共。同じ手を繰り返すことしか出来ぬならば勝敗は決したも同じだ!」

 何一つとして通用することのなかった三人の攻撃は唯一、クリストフが突進する間だけを残している。

 アステカは何度目になろうかという同時攻撃に辟易し声を荒げると、今一度大量の魔力の矢を生み出し、一斉に発射することで眼前に迫る最後の攻撃を潰しに掛かった。

 赤く輝く矢の全てがクリストフに向かって飛ぶ。

 距離が詰まっていたことが災いし四肢に、腹に、そして胸にと計六本の矢が次々に突き刺さり、躊躇うことなく肉体を貫いた。

 しかしそれでも、クリストフは足を止めることも速度を落とすこともなく突き進み続ける。

 身を守る意味を捨てた男に一切の迷いはなかった。

 鮮血を舞わせながらも射程内に入り込んだクリストフは勢いそのままに、真っ向から突きを放つ。

 幾度となく防がれ、跳ね返され続けてきた単調な物理的攻撃がアステカの想定を覆すはずもなく、腕が伸びきる瞬間には迎撃の一閃をまともに食らっていた。

「捨て身の戦術に逃げれば楽に死ねるとでも思ったか無力な死にたがりめが!」

 アステカの左手から放たれた痛烈な一撃は体の中心に直撃し、ひび割れ穴の空いた黄金の鎧を粉砕する。

 鉄や鋼を遙かに上回る強度のおかげで即死するには至っていないが、近距離で受けた凄まじい破壊力を持つ一撃にクリストフは瞬間的に意識を失い白目を剥いた。

 それでいて倒れることなく、持てる最後の気力で踏みとどまると薄れつつある意識の中でただ一つ朽ちることのなかった闘争本能がほとんど自覚のないまま改めて刀を構えさせる。

 もはやたった一度武器を振う余力以外には何も無い。

 半死半生の霞む視界にはもう一方の腕でとどめを刺そうとするアステカの姿が映っていたが、対処に動くことはおろかそうすべきであることに思考が追い付くことすらなく。

 絶叫に近い声を耳にしながらじっとその体勢を維持することし出来なかった。

「この我輩に傷を負わせたのだ! 誇れ! そして死ねい! (うぬ)等の足掻きもこれで終わりだ!!!」

 今にも同じだけの魔力を帯びた右腕が向けられようとしている。

 誰もがその先を許してはならないと武器を構えたが到底間に合う間隔ではなく、キアラとクロンヴァールがクリストフの名を叫ぶ音だけが二人に届いていた。

 セラムもすでに杖を構えているがやはり詠唱の猶予は無く、膨大な魔力によって光りを帯びる腕が振り下ろされようとする最中、異変は起きる。

 クリストフを確実な死に追いやるはずの腕は、そこでピタリと動きを止めていた。

「……なに?」

 アステカの顔が屈辱に歪む。

 不自然に、まるで意志に反して力任せに押さえ付けられたかのように自由を失った感覚は記憶に頼るまでもなく、他でもないその右腕が確かに覚えていた。

 ぎろりと、一転して鋭い目付きが不測の事態を生んだ張本人へと向けられる。

 視線の先にいるのはクロンヴァールとセラムの後ろにいるユメールだ。

 未だ倒れたままでありながら顔を上げ、右腕だけを浮かせている姿がアステカの確信が事実であると知らしめる。

 意識を失い固定能力が解除されてからも絶えず繋がったままでいた目に見えぬ糸がユメールの支配下に戻ったことで伸縮を止め、今一度右腕を封じていた。

 全てを理解したアステカと視線が交差する。

 してやったりとばかりにユメールはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「愚か者はお前の方です……蜘蛛は一度食い付いた獲物をそうそう逃がしたりはしねぇです」

 小さな声は、それでも確かにアステカの耳朶を打つ。

 その言葉が何を意味するのか、理解した時には全ての準備が完了していた。

 目の前にいる本来の標的は変わらず武器を構えたままであったが、瞳は活力を取り戻し武器に纏う異様なオーラも、全身から漂う雰囲気すらも、先程までとは別物と化している。

 そして今際の際で浮かべた不敵な表情でアステカを見下ろすと、クリストフは静かに告げた。

「俺もお前も、所詮は王や神を名乗る器ではない……まやかし物同士、共に地獄に堕ちるが相応しい最後というものだ」

 両手で構えた刀は黒い闘気に覆われている。

 今ようやくユメールの糸を切り離したアステカに向けて突きを放つと同時に、生涯における最後の声で命を燃やし尽くすことになる最強最大の必殺技の名を口にした。


大爆殺(カルネージ)


 大地を揺らす程の大きな爆発が轟音と共に周囲を飲み込んでいく。

 中心にいる二人のみならず離れている他の四人をも飲み込む規模の大爆発は至近距離で受けたアステカだけではなく技を使用したクリストフ自身をも吹き飛ばしていた。

 セラムはキアラを、クロンヴァールはユメールをそれぞれ炎から守りどうにかやり過ごす。

 その間を通過したクリストフは地面で二度跳ね、滑るように転がることで動きを止めた。

 突風並の爆風が止むと、やがて炎と煙が晴れていく。

 四人の目は漏れなく遠くで仰向けに倒れているアステカを捕えていた。

 上半身の半分以上が欠損し、起き上がる気配も回復魔法が発動する様子もない。

 生物であれば生きていられるはずのないその有様は小さな希望に繋がる。

「……やったのか」

 例外なく疲弊しきっている四人にあって、静寂を破ったのはセラムだ。

 ユメールを抱き起こすクロンヴァールもまた、同様にその答えを待っていた。

「クロンヴァール陛下……クリストフが」

 キアラの声が呆然としつつあった意識を呼び戻す。

 後ろに倒れているクリストフは全身を焼かれ、ノコギリ刀を持っていた右腕は肘から先が無くなっている状態で一切動きはない。

 クロンヴァールは無言のまま傍に寄ると、足を折りそっと首元に触れる。

 少しの間その体勢を維持したのち、手を放して立ち上がると小さく首を振った。

「もう息は無い。文字通り命を捨てて最後の一撃を見舞ったのだ、敵であれ凶徒であれ奴が示した生き様と死に様をよく覚えておいてやれ」

「…………」

 無惨な亡骸を直視することが出来ず、キアラは神妙な顔で俯いた。

 それは国家転覆を目論み、数え切れないほど多くの命を奪ってきた悪逆無道の狂人の最後。

 建国より続く長き歴史において最も恐れられた戦争麒麟児、或いは皇帝の血を引く男と呼ばれた一人の青年は国の、そして同じ色の瞳を持つ仲間達の未来を守るため戦場に散った。

 セラムやユメールも今ばかりは口を真一文字に結び、複雑な表情で自分達の手で殺すことを目的としていたはずの仇敵の姿を見つめている。

 まだ戦いは終わっていない。

 クロンヴァールがそう口にしようとした時、不意に全員の体が勢いよく元の方向へと向きを変えた。

 音や気配が凶報を五感に訴えかけ、悪寒を走らせる。

 その予感の通り、振り返った先にあったのは今まさに立ち上がろうとしているアステカの姿だった。

「……あれだけ損傷していながらまだ立ち上がるか」

「どこまでも……化け物じみている」

 クロンヴァールとキアラの愕然とした声が重なる。

 依然上半身は半分も残っておらず、肉や骨が見えた状態で腕どころか心臓すらも消えて無くなっているはずの体で起き上がり二本の足で立っている生物が見せる異様な光景は驚きや絶望ではなく恐怖に似た感情を抱かせていた。

 息絶え絶えでありながらも確かに二本の足で立ち四人と向かい合うアステカは苦しげな表情を浮かべばがらも唸る様な低い声を笑い声へと変える。

「クックック……クックックック……まさかこの我輩がこのような無様を晒すことになろうとは……人間とは不可解な生き物よ。ただ一度の攻撃のために命を捨てるなどと、不可解極まりない。だが、これだけの傷を負おうとも何一つとして好転してはおらぬぞ。より悲惨な最後を迎えるきっかけを作ったに過ぎぬ……我輩の真の姿を前に(うぬ)等は知ることになるのだ、無駄な足掻きを見せなければ楽に死ねたのにと……な」

「……真の姿、だと?」

 言葉を返すクロンヴァールを初め誰しもがその不吉な単語に目を細め、訝しげな視線を向ける。

 アステカは気に留めることなく、今や誰一人として知る者のいない偽り無き真実を告げていった。

「そう……我が真の姿、それは神の真の姿……(うぬ)等は我輩の本来の名を知らぬ」

「今になってわけの分からぬことを……邪神アステカ、それが貴様の名ではなかったとでもぬかすつもりか」

「そうではない人間の王、ただの認識の違いというものだ。我は神なり……そこに偽りなどない。だが、間違っても邪神などという曖昧模糊とした存在ではないのだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「後悔するがよい……この姿を目にする絶望を!」

 言葉を失う四人にニヤリと嫌らしい笑みを向けると同時にアステカの体を光りが包み始める。

 そして。

「我が名はアステカ……邪悪なる神などではない。かつての淵界の支配者白虹蛇(アルクス)の末裔、蛇神アステカだ!」

 高らかな宣言と共に全身を覆う光りは体積を増していく。

 目映さに視覚を奪われた四人は為す術なく不意打ちに備えて身を守る準備に全神経を注ぐことしか出来ない。

 小さな体の何倍にも膨れ上がり、それだけではなく長さをも増していく七色の光りは肉体を巨大化させ、アステカの風貌を未知なる怪物へと変える。

 目が眩む程の色とりどりの閃光が次第に弱まり、辺りに広大な荒野の風景が戻った時。

 蛇神アステカ。

 その名の通り、龍の如き長く巨大な白い大蛇が四人を見下ろしていた。


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