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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】

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【第十九章】 百年計画


 突如現れた三つの人影。

 大魔王の頭上に佇む三人の男は揃いも揃って異様な姿をしていた。

 一人はシェルムちゃんを始め魔王と呼ばれる人達に共通する緑色の頭髪を持つ、一見すると狂暴性の感じられない穏やかな雰囲気を持つ青年だ。

 あれが話にも聞いた行方不明となっていたはずのシェルムちゃんの兄の一人なのだろう。

 大魔王達と同じ物々しい戦士風の服装にマントを羽織っているという格好こそしていたが、森の中で襲ってきたメゾアという男や大魔王とは違い話が通じる人物である可能性を抱いてしまう程に危険な匂いを感じさせない青年に見える。

 しかし、それはあくまで顔を見ればという話であって、どう見てもそうではないことを象徴する何かが背後で圧倒的な存在感を放っていた。

 どう表現すればいいのか、イソギンチャクの様な細く長い触手が十本以上も背中で蠢いており、どれだけ楽観的に見ても何らかの武器であったり能力であることは一目瞭然の気味悪さをありありと放っていた。

 そしてそんな青年の右側に居るのは背の低い老人だ。

 見るからに『年老いた』という前置きを挟むことに違和感のないその男は、しかしながら外見の恐ろしさで言えば群を抜いていた。

 どういう役割なのか額には虹色に光る小さな宝石の様な物が埋まっていて、何よりも不気味な頭部はもう直視することが躊躇われるレベルのおぞましさがある。

 黒い頭髪に混じって白い何かがウヨウヨと大量に動いていて、まるでそれぞれが何らかの生物なのかと思わされるグロテスクさを嫌でも感じさせた。

 残る一人についてはもはや説明を必要とすることもない。

 全身を真っ黒な甲冑に包んだ見覚えのある男。

 それすなわち、僕を魔界に連れ去った張本人であり魔王軍四天王の一角でもある【漆黒の魔剣士エスクロ】だ。

「……カルマ」

 誰もが見上げる中、背後にいたクリストフの低く憎しみの籠もった声が聞こえる。

 協力関係にあったはずの彼らにどんな遺恨があるのかを想像するのは難しいことではないが、それが今こうして肩を並べている理由になっているのだと改めて理解した。

「てめえがカルマか。今更ノコノコ出てきやがって……本当に大魔王もてめえが操ってたってのか!」

 隣に立つジャックも声を荒げる。

 その表情からは当然ながら強い憤りが感じられた。

 その言葉はこちら側の全員が例外なく問い質すべき疑問だと思っているはずなのだ。代弁したというよりも黙っていられなくなったというのが正しいのだろう。

 それに対し、魔王カルマは余裕さえ感じられる微笑の中に確かな侮蔑の眼差しを湛え宙に浮いていた体をゆるりと降下させ地に降り立った。

「その通りだと言ったはずだ勇者よ。我こそが新時代を統べる真の王、もう少し敬意を払ってもらいたいものだな」

「どこか違和感はあったんだ……やけに役目だの目的だのと口にしやがるからよ。一体いつからだてめえ!」

「そう慌てるな。急いで本題に入らずとも詳説ぐらいしてやるさ。だがその前に……」

 そこでカルマは視線の向きを変え、目の前に倒れる大魔王を見下ろした。

 その目は冷たく、凡そ仲間に、ましてや家族に向けるものとは思えぬ恐ろしい眼差しだった。

「役に立たぬ父上殿だ、半分は始末してくれると思っていたものを」

「……お、お兄ちゃん?」

 大魔王の傍らにいたシェルムちゃんは戸惑った様子のまま立ち上がると、恐る恐るといった声でカルマを見上げる。

 すると一転して優しい表情が向けられた。

「シェルム、なぜここにいるんだい?」

「パパと、お兄ちゃんを止めようと……思って……」

「悪いことは言わない、宮殿に帰るんだ」

「ヤだ……このまま帰れるわけないもんっ」

「頼むよシェルム、どうか聞き分けてくれ。出来ることなら……お前を殺したくはない」

 再びカルマの目が敵意に満ちあふれていく。

 洒落や冗談で言っているわけではないと、はっきりと分かる声音だった。

「ほ、本当に……メゾアもお兄ちゃんが殺したの?」

「それがどうしたというんだ。俺の野望に役立たずの弱者は不要だ、例え兄であろうと、父であろうとな」

「そんな……」

 涙ながらの声は力無く消えていく。

 その瞬間、シオンさんが素早い動きでシェルムちゃんの前へと立ち塞がった。

「カルマ様っ! なぜです! なぜ淵帝様やメゾア様を手に掛けるようなことを……」

「言ったはずだ、俺が率いる軍勢に雑魚は要らぬ。そこを退けシオン、お前如きが俺の前に立つことを許した覚えはない」

「お断りさせていただきますわ……わたくしはもう貴方様へ忠誠を誓うことは出来ない。シェルム様を守るため、この命を使わせていただきます」

「そうか、ならば死んでいろ」

 慈悲無き言葉と同時に、カルマの背中から数本の触手がシオンさんに向かって伸びていた。

 先端は鋭利に尖り、殺傷能力など疑う余地もない針の様になった触手は真っ直ぐに細い体を貫こうと襲い掛かる。

 その身を案じる言葉が叫び声に変わる暇もない本当に一瞬の出来事であったが、最初の一本が触れた時、どういうわけかシオンさんとシェルムちゃんの姿が消えて無くなった。

 かと思うと、更におかしなことに間髪入れず僕の隣に姿を現わしていた。

 無事で良かったという他ないが、あれは何らかの能力なのだろうか。

「フン、幻像を作ったか」

 考える時間などなく、カルマは忌々しげに吐き捨てる。

 触手が元に戻っていくと、入れ替わる様にジャックとクロンヴァールさんが僕の前、すなわち先頭に立った。

「内輪揉めならばあの世で好きなだけやっていろ。大魔王は果てた、あとは貴様等を始末すれば全てが終わるということだ」

「カルマっつったな。てめえが全ての黒幕ってことで間違いねえんだな」

「何度も同じことを言わせるな。長きに渡り息を潜めていたのも、下等な人間と手を組んだのも、全ては今日この日を迎えるため。お前達を消せば人間界など取ったも同然……この地上も、天界も、この世の全てを俺が蹂躙するのだ!」

「百年前……アタシ達の人生はあの黒魔術によって狂わされた。あれもてめえの仕業だってのか……あの時からてめえのクソッタレた企ては始まってたってのか!」

「そう、全てはあの時から始まっていたのだ。お前達と父上殿の戦いなど俺にとっては前座とも呼べぬただの実験でしかない。よもや百年が過ぎてなお三人共が生きているとは思いも寄らなかったが、かつての勇者一行も今やお前一人を残すのみとなった。父上ほどの強大な能力を受け継ぐことはなかったが……俺は野心しか取り柄のない頭足らずな兄の様に無様を晒すつもりも、闘争本能すら持ち合わせていない出来損ないの弟の様に無意味な生を全うするつもりもない。圧倒的な魔力を持っていなくとも、この能力と知能があれば頂点へと上り詰めることは不可能ではないのだ。それこそがこの【死の(モータル・)傀儡(マリオネット)】の力、そしてこの俺の百年計画だ!」

「なるほど……つまり、その死の傀儡とやらのせいで私の部下は犠牲になったと、貴様はそう言うのだな」

「この体に流れる血を口にした者は我が傀儡となる。今のところ時間稼ぎ程度の成果でしかないが、お前の部下のおかげで有効活用することが出来そうだ」

「貴様は戯けた実験のために私の部下の命を奪った。ならば私には貴様を殺す義務があるというわけだ」

「人間界の王とは随分甘っちょろい考え方をするのだな。これは抗争なのだ、兵隊の死などどちらか一方に降り懸かる問題ではない。もっとも、俺とて父上が壊れてしまうことまでは予想していなかったがな。さすがに百年も自我を支配されていては体の方が耐えきれなかったらしい」

「赤髪の王……もういい、これ以上のお喋りは何の意味もねえよ」

 高らかに笑うカルマの姿に我慢の限界を迎えたのか、クロンヴァールさんが今にも襲い掛かろうとするが、ジャックがすんでの所でそれを制した。

 しかし、間違っても冷静でいるようには見えず、震える腕が同等以上の怒りを沸々と溜め込んでいることを物語っている。

「そっちの二人も、こうなった以上この戦いを止めるなんて希望は捨ててもらうぜ。この男だけは生かしておくわけにはいかねえ。野郎を殺すか、他の全員が死ぬか……二つに一つだ」

 ジャックはシェルムちゃんとシオンさんを見遣る。

 二人もそれを理解しているのか、異議を唱えることはない。

 兄を平気で殺し、父を利用した挙げ句に死なせ、世界の存亡を掛けたかつての戦いすらもただの実験でしかないと吐き捨てるカルマ。

 そこにセミリアさんですら勝てなかったエスクロが加わり、更にもう一人……想像するに、あれが魔王軍の目的であった魔獣神の最後の一人【邪神アステカ】と呼ばれる存在なのだろう。

 そんな化け物が加わって世界の全てを滅ぼそうとしている。

 百年という果てしない時間を掛けて、どんな犠牲も利用価値の高低でしか見ていなくて、野望のためならばどんな手段も問わない。

 そんなカルマという男を説得し戦いを止めようとする行為に対し、そのために悪戦苦闘してきたつもりでいた僕ですら実行することの意味を見出せなかった。


「勇者共はこの俺が直々に相手をしてやる。人間の王はお前が始末しろ、アステカ」

「久しく見ぬ人間の強者が如何ほどのものか……精々楽しませてもらうとしよう」

「エスクロ、お前は無関係な雑魚共を纏めて始末しておけ」

「御意」

「さあ始めるとしよう。計画の締め括りとなる、お前達人間にとっての最後の戦いを」


 そんな会話の最後に、目の前の三人の雰囲気がガラリと変わる。

 呼応するように全員が戦闘態勢を取った時、なぜか視界がぐにゃりと歪んでいた。




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