【第十章】 漆黒の魔剣士エスクロ
※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行
12/20 台詞部分以外の「」を『』に統一
階段を降りた先には、やはりあの場所と同じ空間が広がっていた。
箱形の広い部屋の四方には壁代わりにずらりと牢が並んでいる。
ひんやりとした空気、薄暗く薄気味の悪い雰囲気までそっくりだ。
「皆、何があるか分からん。無闇に列から離れないようにしてくれ」
セミリアさんは近くにある牢でもなければ内部などほとんど視認できない中で、それでも周囲に視線を送りつつ人影を探している。
他の四人もそれに続くかたちでキョロキョロと視線を彷徨わせるが、さすがに距離がある階段の下から動かないまま何かを見つけるのは困難だと言えた。
そんな中、僕だけは王様以外の人影がないかと目を凝らし聞き耳を立てつつ、
「ジャック……王様や、それ以外の何かの気配とかって分からないかな」
『正直難しいな。妙な魔力がうっすら漂ってやがるせいか、そういうモンが感じにくくなってやがる。やはりこの最下層にゃ外から探らせないための察知避け呪文が掛かってるらしい』
「察知避け……」
自分で聞いておいてなんだけど、避けなきゃ察知出来るという前提がそもそも理解不能である。
しかし敵とやらも対策はしているということらしい。
そもそも牢の中に捕らえられていたとして、簡単に助け出す事が出来るのだろうか。
「みのり」
「へ? どうしたの康ちゃん。あ、邪魔……かな?」
不安そうな顔で僕の服の裾を掴んでいたみのりは心配そうに見上げる。
「いや、それはいいんだけど、虎の人を助けた時って鍵はどうやって開けたの?」
「鍵? 普通に開いたよ?」
「開いた? ってことは鍵は掛かってなかったの?」
「ううん、ちゃんと掛かってはいたんだけど手で開けられたんだよ」
「手で開けられた……うーん、よく分からないなそれじゃ」
「魔法が存在すない世界から来たというボーイズラブには分からんだろうトラが、かつて牢に使われていた類の錠というのは魔法効果によって中からは開けられない様になっているが、外からは簡単に開く様になっているトラ」
「外からは簡単に開くって、どうしてそんな物を使うんですか? 魔法で開かない様に出来るのなら外からも開かない様にすればいいじゃないですか」
『相棒よ、開かないようにするってのは単に力尽くでの行為に対してだけじゃねえ。使用者は稀だが解錠呪文ってのも存在するし、中にはそういうアイテムもある。開かない様にしたとして、結局開けるためには何が必要だと思う?』
「何がって……そりゃ、鍵じゃないの?」
『そういうこった。そして、それがそのままお前さんの疑問に対する答えになる』
開けるために鍵が必要であることが外からは鍵が必要ないようにする理由になる?
どういうことだ?
『そもそも、だ。牢にブチ込まれるのが常に人間であるとは限らねえんだ。てめえ等が助けようとしている王がそうされたように、人間だって魔物を囚えることが当たり前の様にあった。理由は報復だったり公開処刑だったり、はたまた実験やら研究やらって胸クソ悪いモンばかりだったがな』
「そんなことが……」
横で僕達のやりとりを聞いていたセミリアさんも表情を歪めている。
ジャックは古い時代の話だ、と付け加え、
『今は大っぴらにそんなことをする国もほとんどねえだろう。だが、昔は当然の様に行われていた。そりゃ魔族による人間の被害を考えりゃただ退治するだけじゃ気が済まねえってのも当然といえば当然の思考だからな。しかしだ、その裏で鍵を預かる牢番が次々と犠牲になった。こっちの理由も今のおめえ等と同じ、助けに来た魔物にヤられちまったってワケだ。もっとも、その魔物共に仲間意識があった場合なんざごく僅かだったろうぜ。ただ暴れる口実代わりだったんだろう。それでも助けようとすりゃ鍵が必要だ。簡単に捕まるようなレベルの魔物が牢獄ごと打ち破れるワケもねえからな。そうすりゃ牢番は必然その犠牲になる。魔物の群れに襲われて返り討ちに出来るような奴が牢番なんざしちゃいねえし、出来る奴を牢番に配置する愚将がいるはずもねえ。だからこそ牢番を誰もやりたがらなくなった。それが理由だ。元々人間の囚人の脱獄なんざほとんどねえからな』
なるほど、鍵を持つから犠牲になる。だから鍵そのものが必要ないようにしたのか。
殺されて奪われるぐらいなら最初から勝手に連れて行ってください、というわけだ。いささか極端すぎる気もするが、合理的と言えば合理的なのか?
だったら最初から捕まえて来なければ解決なのでは?
と、思わないでもないのだけど、ほとんど戦争に近いことをやっているのだ。捕虜を欲する概念は否定してどうにかなるものではないのだろう。
何にせよ、王様がいた場合に鍵がなくても助けることが出来るのなら今の僕達にとっては好都合だ。
鍵がないから助けられません、では洒落にもなっていない。
となれば、また二手にでも分かれて端から探していかないといけないということか。
「セミリアさ……」
まさにそれを提案しようとしたのと同じタイミングだった。
ガチャガチャと、乱暴な音が広い空間に響き渡る。
さながら鉄格子に何かをぶつける様な音だ。
「だ、誰かいるのかっ!?」
咄嗟の事にそれぞれが身構えたりビクついたりしていると、右前方から叫ぶような声が聞こえた。
緊迫感の溢れた、男性の声だ。
「「誰だっ!」」
腰に差していた剣を引き抜き戦闘態勢を取るセミリアさんのとその後ろで丁度持っていた懐中電灯を取り出していた高瀬さんが声のした方向へそれを向けながら声を重ねる。
光が照らした先にいたのは、ここに来る前に僕達が会いに行った見覚えのある人影だった。
「おい……ありゃもしかして王様じゃねえの? マジでいたぞ」
高瀬さんの顔から真剣みが失われていくのと同時に、セミリアさんは牢の中からこちらに叫んだその人物へ向かって同じく大きな声で呼びかけた。
「リュドヴィック王!」
「ゆ……勇者クルイードか? どうしてここに……」
「貴方を助け出しに来たに決まっているではないですか!」
言うなり、セミリアさんは駆け出そうとする。
駄目だ……これは不味い。
『待てクルイード』
僕が止めるよりも先に、ジャックがその足を止めた。
セミリアさんは険しい顔で振り返り、僕の胸元を睨み付ける。
「どうしたのだジャック。話なら後にしてくれ!」
『そう先走るな。単独行動を控えろと言ったのはおめえ自身だろう』
「それはそうだが、今は何をすべきか分からんわけではないだろう! 目の前に王がいるのだぞ」
『だからこそ、冷静になりやがれと言ってんだ』
「……どういうことだ、コウヘイ」
埒が明かない。
そう言っているも同じにセミリアさんは敢えて僕に説明を求める。足を止めたままの、自分の衝動を必死に抑えながら。
「前例に学ぶべき点は何か、ということです。牢に捕らえられているからといって本物であると決め付けるのは早計だ」
「馬鹿な……いや、だが城でも私はそう言ってあのざまだった。コウヘイに従おう」
セミリアさんは悔しそうに、それでいて無理矢理感情を抑え込む様に視線を落とした。
一刻も早く王を助け出したいという思いは百も承知。しかし、真贋の区別が付かない僕にも働く感性はある。
あまりにも簡単すぎる。
楽な道中だったとは思っていない。
だけど、それを乗り越え目的地に辿り着いたからといってそれで終わりということがあるだろうか?
僕達素人にすらどうにか出来る程度の場所に誘い出すために情報を与えたりするものだろうか?
さっきのボタンの時みたく杞憂に終わればそれが一番いい。そこまでヌルい相手なら楽なんだろうけど。
と、そこで。
そんな話になると無駄にテンションが上がる問題児が二人ほど。
「要はあの王様も偽物かもしれないってことでしょ?」
「マジでか。だったらまた俺とゴスロリでブッ放すか?」
「いや、それはちょっと……」
あれは偽物だったから良かったものの、本物の王様相手だったら今頃は逆に僕達が牢の中で過ごす羽目になっていたところだ。
「ガイコツ、あんたなら分かるんじゃないの? お城でも偽物って感づいてたんじゃなかったっけ?」
正しくは王様ではなく兵士が人間ではないと教えてくれたのがジャックだった。
『いや……魔族の類とも思えねえが』
「ならば!」
『落ち着けクルイード。偽物だと思える要素が見当たらねえってだけだ。イコール本物であるという意味じゃねえ。ぶっちゃければ、どちらと断言する要素はねえってのが俺の見解だ』
「何それ、役に立たないわねアンタ」
春乃さんはセミリアさんとは対照的に普通に冷めた目を向けている。
彼女にとって大事なのはセミリアさんの目的を達成することであって、王様がどうとかは大した問題ではないらしい。
「虎の人はどうですか?」
ムカデの時も化け物の気配を察知していたことを思い出す。
しかし虎の人は黙って首を振るだけだった。
『俺とて城に居た野郎がただ人に化けているだけであるなら違和感ぐらいは感じるだろうさ。だがそうじゃねえってことはだ、本物かもしれねえし、ただ姿を変えただけじゃねえ偽物かもしれねえ。先の城に居た偽物同様、気配や匂いじゃ分からないレベルの変態ってのは本来存在するべき魔法じゃねえ。本物ならそれでいいが、そうじゃなかった場合に今偽物だと判断出来るよりも厄介なことになるってことだ』
ジャックがそこまで言ったところで、再び鉄格子を揺する音が響いた。
閉じ込められている側にしてみれば助けを求めている状況で何を言い合っているのかという話だ、無理もない。
「何をしておるのだ、早く……早くここから出してくれ」
王という立場に相応しくない、まさしく悲愴感溢れる訴えだった。
釣られる様にセミリアさんの顔も傷心によって余裕を失っていく。
「リュドヴィック王! すぐに助け出しまする! ほんの少しだけ時間をいただきたい!」
牢の向こうにいる王様に叫ぶなりセミリアさんは両手で僕の肩を掴んだ。
力強く、懇願する様に。
「コウヘイ……頼む、今すぐに行動する許可をくれ。私は……これ以上この状況で冷静にはいられない」
「セミリアさん、一つ質問をさせてください。あそこにいる人が本物の王様であれば助け出すのは当然です。ですがもし、また偽物だった場合は……どうするべきだと考えますか?」
「そ、そんなものは決まっている。この場で成敗せねばならん。奴等の手でどれだけの犠牲が出ていると思っているのだ。そんな真似を繰り返させないためにも私は勇者として剣を振るい魔を討つ」
「分かりました。ではお城の時と同じように、一つあの王様に質問をしましょう。僕がした質問と同じものでいいので」
「城でした質問というと……民がどうとかと言っていた」
「ええ、質問する役はセミリアさんにお任せします。それから春乃さんと高瀬さん」
「へ? あたし?」
「おう?」
「お二人も城の時と同様に武器を構えていつでも攻撃出来る様に準備をしていてください。偽物だと分かったら即攻撃の方向で」
こればかりは今でも気が進まないが、躊躇っていては城での時と同じでこちらの命が危ない。
向こうが僕達を殺してもいいと思っている以上、割り切らないといけない部分だ。
「ただし、前みたく勝手に攻撃してしまわないようにお願いします。逆に僕が偽物だと思ったら攻撃の指示を出しますので、その時は躊躇わずにやっちゃってください」
「よしきた! あたしのギターが火を吹く時が来たってわけね」
「ちげーよ馬鹿。あん時は俺の銃の方がぜってー役に立ってたって」
「あんたぬわってただけじゃなかったっけ?」
「ぬわってたとか言うんじゃねえよ!」
こんな時にまで分かってくれているのかいないのか不安な二人だが、相手が人であれ攻撃するのに遠慮の無い二人なので万が一の時には頼りになる。
となると重要なのはこっちの方か。
「虎の人には攻撃役の二人が反撃された時の対処をお願いしたいのですが」
離れた位置からの攻撃とはいえやはり思い出されるのは城でのこと。
あの時と同じ様に光り輝く魔法の砲弾を放たれた場合に二人には防ぐ術はない。
虎の人がそういう物に対処出来るのかどうかは不明ではあったが、本人は変わらぬ頼もしさで即答だった。
「任されたトラ」
「助かります。守る、でも回避する手助けでも構いませんいので二人をお願いします。みのりは危ないから僕の横にいて」
「う、うん。でも……わたしだけ何もしなくてもいいの?」
「近付かないで済む分だけ遠距離から攻撃出来る春乃さんや高瀬さんの方が都合がいいし、近距離になったとしても虎の人やセミリアさんがいるからね。僕達はあまり役に立たないっぽいから邪魔はしないようにしないと」
「それは……そうだけど」
自分だけが蚊帳の外だと感じたのか、みのりは納得がいかなそうに言葉を詰まらせた。
だがそんなみのりの感情も、それを忖度する余裕の無いセミリアさんの声が抗議の余地を無くさせる。
「コウヘイ、取るべき行動は理解した。すぐに実行に移すぞ」
「まあ、止める理由はないですけど」
やっぱり随分と焦っているなぁ。
今すぐ解放しないとどうにかなってしまうって状況でもなさそうだし、僕としては見知らぬ中年を慌てて牢から出すよりも自分達が万全を期す方が大事だと思うんだけど、セミリアさんはそういうわけにもいかないか。
いつだったか、勇者にとって自国の王というのはほとんど仕えている相手みたいなものなのだと高瀬さんが言っていた。
ソースが若干信憑性に欠けるが、そんな相手を鉄檻に放置したままその眼前であーだこーだと討論するような不義理な行動は耐え難いものがあるのだろう。
「ハルノ、カンダタ、武器を構えて後に続いてくれ。くれぐれもコウヘイの指示無しに攻撃などしないようにな。虎殿もコウヘイの指示通りに頼む」
「オッケイ♪」「任せろぜ!」
もはや不安要素の象徴のような二人の素直な返事を受けて、セミリアさんは王様のいる牢の方へと少し近付いた。
すぐ後ろにギターと銃をそれぞれ取り出した春乃さんと高瀬さんに虎の人を加えた三人が後ろに付く。
さらにその後ろに僕とみのり立った。
『相棒、お前さんはどっちだと踏んでるんだい?』
「杞憂に終わればいいんだろうけどね、僕はクロだと思うよ」
『はっ、気が合うねえ』
ジャックが小声で言ってる間に僕達は王の前まで辿り着く。
距離にして四、五メートルといったところか。すぐに前置きも説明も無くセミリアさんが切り出した。
「リュドヴィック王、私達は貴方様を助けに来ました。すぐにでも助け出したいと思う気持ちには一片の偽りもありません。しかし……その前に一つ聞いておかねばならないことがあります。その答え如何では私達はあなたを攻撃しなければならない……これも事情あってのこと、どうかご容赦願いたい」
鉄格子を挟んではいるが、セミリアさんは今にも鍵の部分に手を伸ばしそうな雰囲気だ。
王様は言葉の意味を理解出来ていないらしく、一瞬絶句し僕達の顔を見渡した。
「な、何を言っておるのだ、勇者よ。それに、その者達は一体……」
「リュドヴィック王……あなたが王として、一番大切だと思う物はなんでしょうか」
「何故今ここでそのようなことを問うというのだ……」
「どうか、お答え下さい」
「……どうしても聞かねばならないことだと言うのならば答えよう。だがそんなものは問うまでもない。ページアだ。わしにとってのそれは国そのものであり命そのものだ」
「…………」
セミリアさんの肩の強張りが解けたのが分かった。
同時に虎の人を除く他の三人もホッとしたような表情を見せる。
「春乃さん、高瀬さん」
「みなまで言わなくても分かってるわよ、もう大丈夫ってことでしょ?」
一度肩を竦めて見せて、王様に向けて構えていた武器を下ろそうとする春乃さんへと僕は言った。
「いえ、すぐに攻撃して下さい」
「え?」
「は?」
「何だと!?」
状況が把握出来ていない春乃さんと高瀬さんはポカンとしたまま一瞬顔を見合わせるが、それでも一応は揃って武器を向けた。
「まあ……康平たんがやれってんなら文句はねえが」
「よくわかんないけど……打てってことよね?」
「ま、待て二人とも! コウヘイ! これでは話がちが……」
「急いで!」
敢えてセミリアさんの言葉を無視し、二人にもう一度告げる。
もはや、議論の余地はない。
「お、おう」
「そこまで言うんならどうなっても知らないわよ!」
二人は戸惑ってはいても、やはり躊躇うことはなく、
「「死ねえぇぇぇぇ!」」
物騒な掛け声を合図に二人の武器が迷い無くその機能を発揮した。
高瀬さんの銃、春乃さんのギターからは小さな光の砲弾が次々と牢の中にいる王へと向かって発射されていく。
着弾のたび、小さな爆発音や破壊音の様な騒音、轟音が響き辺りに火薬に似た匂いの煙が充満していった。
高瀬さん、春乃さんの容赦も遠慮も躊躇いもない同時攻撃が目の前を白く染めていく。
心なしかテンションが上がりつつある二人の傍らで、信じられない光景を目の当たりにしているとばかりに目を見開いて唖然としていたセミリアさんはふと我に返り僕の肩を掴んだ。
「コウヘイ、これは一体どういうことなのだ! なぜ王を攻撃する!」
『クルイード、攻撃する理由が一つ以上あると思うなら言ってみな』
「その一つが今ゼロになったのではなかったのか! その為の質問だったはずだ! とにかく、攻撃を止めさせるぞ。ハルノ、カンタダ、攻撃を止めろ!」
セミリアさんは僕達の答えを待たずして後ろから今なお絶賛連射中の二人を後ろから制した。
そのただならぬ形相に二人もようやく我に返ったのか武器を持つ手を素直に下ろし何事かと振り返る。
これだけやれば十分だろう。そう言ってるも同じな二人の仕草からも分かる通り、もしも普通の人間相手であったならとっくに怪我では済まないレベルだ。
そのままの立ち位置で城での時と同様に視界を遮る煙が晴れていくのを待ちながら、全員がその先にいる人物の安否を探っている。
セミリアさんただ一人が、むしろ無事であることを祈る様な表情を浮かべながら。
「虎の人、というか皆さんもですが……決して気を緩めないように。前はこのタイミングで逆に攻撃されましたから」
「心配せずとも攻撃を開始した瞬間からいつでも動けるよう気構えはしているトラぞ」
「それは重畳です」
「重畳です、ではないぞコウヘイ。一体どういうつもりだ」
「康ちゃん、あの人も偽物だったの?」
セミリアさんに次いでみのりが心配そうに後ろから覗き込んでくる。
こういう状況で不安や恐怖を感じるみのりはやはり僕と同じくこの中では数少ない常識人寄りの人間性をお持ち
であるらしい。そもそも偽物だった時点で人ではないのだろうけど。
「説明はしますけど、その前にセミリアさんも油断はしないように」
「私は敵前で気を抜いたりはしない。それよりも……」
言い掛けて、その言葉は春乃さんに遮られる。
攻撃することに躊躇いのない春乃さんだからなのかいつもとは反対でセミリアさんを宥める様に、軽ーい感じの口調で割って入った。
「まーまー、セミリアもそんなにムキにならなくてもいいじゃん」
「楽観的過ぎるぞハルノ。それに、お主等もお主等だ。あれでは何のための作戦だか分からんではないか」
「だって康平っちがGOって言うんだもん。きっと康平っちも一回ブッ飛ばした方が早いって気付いたんだよ。ね、康平っち」
「全然違います」
「違うんだ!?」
と、春乃さんは大袈裟に仰け反っていたものの、切り替えの早さこそが彼女の長所。
一瞬で表情は変化し、セミリアさんを宥める役を再開する。
「でもまあ康平っちなりに理由があったんだって。それともセミリアは康平っちが信用出来ないの?」
「む……断じてそのようなことはないが」
「そもそも俺達は康平たんの指示に従っただけの身なわけだし、最悪あれが本物だったとしても康平たんの所為に出来るって」
「……そういう問題ではないと思うぞ?」
呆れるのを通り越して若干ヒキ気味なセミリアさんには悪いが、好き勝手言ってる二人はさておき。
まともに疑問を抱いているみのりの視線が説明を求めているのでそろそろ真面目にやるとしよう。
「だけど康ちゃん、王様はちゃんと答えたのにどうして偽物だって思ったの? ページア……だったっけ? そう言ってたのに」
そんなみのりの言葉はまさに本題であり今起きたことの本質である。
まさかまさか、みのりが逸れた話を本線に戻してくれる日が来ようとは。と感動の弁を述べたいところではあるが、雑談余談はいい加減キリがないので割愛とさせてもらおう。
「そうだ。その答えを口にするか否かで判断しようという話だったはずだろう」
即座に反応したセミリアさんもそろそろ白煙が薄れてきていることを理由に身体の向きを鉄格子の方へと変える。
ページア。
それは城で王様の正体を探るためにした質問の答えの一つ。
正解を口にしたのにも関わらず、僕が言ったというだけの理由で一般人(といっても一国の王だが)を爆撃したかもしれない。
正義感が強いからこそ、その事実に納得がいかない。
それでいて人を疑いたくないからこそ、僕と目の前にいる王様のどちらかに自らの道義に背いた目を向けなければいけないことにジレンマがあるのだろう。
そのあたりは本来僕が得なければならない、勝ち取らなければならない、いわゆる信頼のようなものがあればまた違っていたのかもしれない。
言うまでもなく僕は自らの結論を疑ってはいないのだけど、その根拠を説明していないという点では責められても仕方がないとも言える。
「ページア。そう答えたのに攻撃したのではなく、そう答えたからこそ攻撃したというのが正しい」
というわけで僕は説明する。
かなり大雑把になってしまったのは僕にとっても望外の成果であった保険によるこの展開の真相を解説するにはキャストが一人足りないと、そう思ったからだ。
そのまま、首を傾げたり怪訝そうな顔をしたりと一層理解不能になっている様子のセミリアさん達の視線を避けて煙の方へと注意を向け、その奥の景色が露わになるのを待つ意味もまた傍目には理解が難しいのだろうが、どんな説明よりもご本人登場という展開で全ての疑問が吹き飛ぶのは自明の理。
城で起きた出来事を思い返せば、あんな無茶苦茶で犯罪臭バリバリの殺傷行為を丸腰で受けたにも関わらず紫色の肌をしたあの偽王様は無傷でそこに立っていた。
ならば今この場においても、あの攻撃で倒してしまったなんて甘い展開にはなるまい。
待っているこっちにも当然緊張はあるものの、風など通っていない地下牢獄ゆえに主に春乃さんのギターの砲撃によって蔓延していた白煙は中々晴れてくれないのが焦れったくもあり平常心を奪おうと精神を攻め立てる。
それでも少しずつであれ霧散していく煙の奥に見えた何かが人影だと気付き、僕達の中の誰かがその素性を問い掛けるよりも先に人影の方がこちらに、いや、正確には僕に言葉を投げ掛けてきた。
「オレにも是非聞かせて欲しいモンだなぁ。ヤローの話じゃ、こう答えりゃバレねえって話しだったのによぉ。どうしてバレちまったんだい?」
声が聞こえてくるのと同時に、煙の向こうから人影が近付いてくるのが分かった。
煙どころか鉄格子の向こうに居たはずの王様の姿をした誰かが、間違いなく、自らの足で。
「何者だっ!?」
それぞれが武器を向け直したり身構えたりして警戒心を強める中、両手で剣を構えたセミリアさんが真っ先に声を張る。
間を空けず、煙を割って姿を現したのは王様だ。
二度会って、二度ともが偽物だった経験しかない僕が『王様だった』と言い切るのもおかしな話ではあるが、しかし、その姿も声もセミリアさんが王だと認識していたそれと同じままだった。
違いらしい違いといえばその軽薄な言葉遣いぐらいだろか。
しかしまあ、二度目も偽物とはゲーム的に言えばセオリー無視もいいところだな。
「オイオイ、質問に質問で返してくれンなよ。教養のねぇ奴だな」
「貴様っ!」
挑発と受け取ったのか、セミリアさんは怒りの形相で斬り掛かろうとする。
それを攻撃の合図と判断したのか高瀬さんと春乃さんの二人も銃口を向け、虎の人はなにやら拳法家みたいな構えを取っていた。
だが、その攻撃態勢はすぐに偽王様の手によって制される。
広げた手をこちらに向ける、いわゆる待ったを掛けただけに見える素振りではあったが、この世界ではそれすらも何らかの攻撃を受ける可能性がある。
それを誰よりも分かっているからこそか、セミリアさんも地面を蹴った足を停止させた。
図らずも向かい合っているだけの状況が出来上がると、偽王様はまたしても一方的に語り始める。
「まあ待て。まあまあ待て待て。ヤり合うのは結構だが、実際にはこの場合オレが一方的にヤるだけなんだが、とりあえずまあ待て。先に話を済ませようじゃないか。お互い聞きたい事もあンだろう? そこをスッキリさせなきゃ夜も眠れやしねぇ」
「貴様に生きて迎えることの出来る夜があるつもりでいるのか?」
「言ってくれるねぇ。さすがは弱体国家唯一の希望、聖剣のシルバーブレイブ様といったところか?」
「ふん、私の通り名など知っているのか。自ら名乗った覚えなどないが、貴様の様な者に口にされるとこうも不愉快なものだとはな」
「獰猛なことだ、それともただの強がりか。まぁどっちでもいい、バトる前に質問タイムといこうじゃねえか。冥土の土産って言葉は好きじゃないが、お前達の質問にも答えてやるぜ? オレは物事はハッキリさせておきたい主義なのさ」
「ならば答えろ。本物のリュドヴィック王はどこだ」
「オイオイ、そりゃ最後の質問だろうよ。それに答えた瞬間に質問タイムが終わっちまうじゃねぇか。空気の読めねぇ奴だな」
「戯れ言に付き合うつもりはない。答える気がないのなら答えさせてやるまでだ」
「答えてやるさ。だがオレの質問が先だ」
そっちの小僧。
と、不意に偽物は僕に視線を移した。
「なぜオレが本物の王ではないと見抜いた? オレをこの姿に化けさせたヤツは確かに言っていた。ページア、と言わなかったことで正体がバレたようだ、とな」
「難しい話じゃありませんよ」
ここでようやく、種を明かす時を迎えた。
なんてことはない。ただのハッタリにハッタリを重ねた、作戦ならぬ策戦の中身を。
「ページア、そんな言葉は最初から存在しなかったというだけの話」
「存在しなかった、だと?」
「ええ。本物の王様がここに居るという情報の真偽はともかく、どこかに捕まっているのだとしたら、例えそうでなくても城で侍女さん達に聞いた話では王様の様子がおかしくなったのは少し前からだということでした。そこからあの偽物が入れ替わったのも最近だと推測出来ます。ならばこの国の歴史を細かい部分まで知識として得てはいないんじゃないかと思ってカマを掛けてみたんですよ。僕が嘘を言っていても、それがこの国の歴史の上で事実か虚実かを偽物であるあの人が判断することは出来なかったでしょうからね。作り話だと気付かなければ偽物、敢えて口にしなかっただけだと作り話に乗ってきても偽物、便利なカマ掛けでしょう。まぁカマを掛けなくとも城に居た男が偽物であることはほぼ確信があったわけですけど」
本体の無い兵士然り、しかり言動の違和感も然り。
偽物か或いは、そんなことが出来るのかは定かではないが、洗脳なり操られているなりしている本物であるかだ。
「なるほど、あの老いぼれめ。普段は知将振っているクセにまんまと一杯食わされたってわけかい。だが解せねえな。カマを掛けなくても偽物だと分かっていたのなら何故カマを掛ける必要がある」
「保険ですよ。王様が偽物だからといって王様以外が本物であるとは限らない。王様が偽物であることを見破っても、他に協力者なり仲間がいればそれを利用して同じ事をしようとするかもしれませんからね」
「ふっ、なかなかどうして、お前は危険な人間のようだ」
と、言いたいところだが。
と男は続ける。
やや馬鹿にした様な笑みを浮かべながら。
「結局は運任せな策だと自ら明かしている自覚があるかオイ? 入れ替わったのが最近だってのも、野郎が歴史を知らないってのも希望的観測だろう? もし、ページアなどという言葉は知らない、聞いたことがない、存在しない、そう答えられていたら全てが水泡に帰すってことだろう? その可能性は無かったとでも?」
「いやぁ、その可能性は大いにあったでしょうね」
「そうだろう。結局お前は運否天賦に委ねただけだ。もしその下らねえハッタリが通用しなかったら……」
「通用しなかったら、次の質問を投げ掛けるまでですよ」
「なンだと?」
「先々代の国王の口癖をご存じですか?」
「…………」
「無くなった王妃の旧姓は? リュドヴィック王が最後に教会を訪ねた日はいつでしたか? 王女の名付け親は誰でしたか?」
「………………」
「とまあ、本物の王でなければ分からないであろう質問をざっと十ほど用意してましたので、一つ二つ見破られ知識を介して解答出来たところで結果は同じだったと思いますけどね」
なんて色々と余裕ぶって言ってはみたが、実を言えばそんな台詞の中にも僅かにハッタリが混ざっていたりする。
何もかもお見通し。
全てが想定内。
そういう相手だと思わせることは心理的に相当優位に立つことが出来る。
この男がそういう事をどこまで押し引き、駆け引きの判断材料とするかは分からないが、少なくとも結果オーライな行動だったと思われるよりはずっと効果的なはずだ。
一か八かに身を委ねるのは実は嫌いではない僕だったりするのだが、そうあるべきは今この時ではない。
こちらの態度をどう感じているのか、黙って聞いていた男は少し間を置いて納得した風な笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど、お前が一枚上手だったということらしい。あんな老いぼれの口車に乗るもンじゃねえってのが今日の教訓ってことかね。いやいや、正味な話、オレはこんなヤマはどうだってよかったんだぜ? あまりにも暇だったもんでチョイと手を貸してやっただけだからよぉ」
「暇だった……だと?」
男の不誠実な言動に誰よりも早く、セミリアさんが反応した。
その声は低く、怒りに震えている。
一度は止まったものの、今にも襲い掛かりかねない雰囲気はずっと維持されたままだ。
「……暇だったというだけの理由で王を拐ったというのか」
「そう噛み付くなよ聖剣。言っただろう? 本来はオレの管轄じゃねえンだ、人間集めはよ」
「そもそも、何のために人間を集めているんですか?」
激昂されては対話も簡単ではない。
そうなると情報を得るチャンスを失ってしまうと、僕が口を挟んでいた。
こんな状況だからこそ、今この場がどういう形で終わりを迎えるとしても先があるのであれば少しでも情報は得ておきたい。
既にセミリアさん以外もいつ攻撃を仕掛けるか分からない状態だ。
特に、こういう探り合いみたいなのが嫌いな春乃さんあたりはそろそろ『ぶっ飛ばした方が早い』理論を実践しかねないので尚更である。
「オレが知っているのは何かの儀式に使うってことぐらいさ」
渋る様子もなく、男は素直に答える。
まるで興味がない話題であるとばかりにさばさばとした口調で。
「では、本物の王様はどこですか?」
「アン? んなもんその辺にいるだろ。この階を探しゃすぐ見つかるさ」
「それは無事であると捉えても?」
「少なくとも殺しちゃいねえよ、殺したら意味ねえらしいからな。そもそも、テメエ等が何を聞いてどう判断してここに乗り込んで来たのかは知らねえが、入れ替わったのは少し前の事だとしてもここに連れてきたのは昨日の話だ。飢え死にでもしてない限り大したことはねえだろうよ。そもそも王なんぞに成り代わったのもこの国を乗っ取ろうなんて理由じゃない。意味ねえしな」
たかだかこんな国一つ、と男は言う。
「単に人間集めがしやすかったってだけのことだ。楽だったらしいぜえ、偽物の王どころか兵士が増えてても気付きもしない無能な家臣ばかりでよぉ」
「では……」
「おっと、次はオレの番だ。互いにとって、最後の質問だがな」
男はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
その目はどこまでも、僕だけを捕らえている。
「小僧、オレの正体を見破ったはいいとして、どうする? オレに勝てる策も用意済みかい? このオレ様に」
「いやいや、ここにまで偽物がいること自体この場に来て初めて分かったことですからね。さすがに策を用意する暇はないでしょう」
「だったら、ここからは純粋に力で勝負ってわけだ」
「そうなるんでしょうね。あなたが潔く諦めて帰ってくれれば別なんでしょうけど」
僕の言葉に男は鼻で笑った。
つまりはそのつもりは無いらしい。
「まあ僕なんかがあなた達の様な常識外の力を持つ人に勝てるわけもないですよ」
「潔いことだ、オレに殺される覚悟はあるということだな」
「いやあ、さすがに殺されるのは遠慮しておきます。無事に帰らないと色々と立つ瀬もないもので」
「ならばどうする? 命乞いの一つでもしてみるか? 意味はねエがな」
勿論そんなことはしない。
適材適所で僕が頭を使う役割を担うのであれば、僕達の為に戦ってくれる人がいる。守ってくれる人がいる。それだけは頭を巡らさなくとも、自信を持って言える。
「仲間にセミリアさんがいる、それだけで十分ですから。彼女は世界を救う人で、そのセミリアさんを僕達が信じている。それ以外に策も何もないですよ」
少なくともセミリアさんは魔王以外には負けたことがない。と言っていた。
どう考えてもポジション的に魔王が一番強いわけだからきっと大丈夫だろう。という願望混じりの言い分が確かにそこにあったが、それよりも何よりもセミリアさんで駄目な相手ならどのみちどうやっても殺されるか、この首飾りの力があってもそれに近いだけの状態になっていただろう。
王様の救出を諦めて退却する。という選択肢が無い以上どのみち力で上回る以外に生き延びる術などない。
「その信頼に応えて見せよう。お主の期待を裏切る私ではないぞコウヘイ」
剣を構えたままでいるセミリアさんから肩の力がスッと抜けるのが分かった。
背中越しではあったが、不敵な笑みを浮かべていることも。
「そりゃ結構なことだ」
国王の姿形をした男は余裕ぶった表情を崩すことなく一度肩を竦め『それで?』と、付け加えた。
「質問だよ。お互い最後の質問と言っただろう。何もねえなら結構だが?」
「そうですね、では」
正直これ以上特に聞き出すことも思い浮かばない。
なので、
「本来の姿を見せてもらえませんか?」
ということを言ってみた。
まさかとは思うが、仮にも王様の姿をしている相手を攻撃することにセミリアさんが躊躇いを覚えてしまっても困る。
「おっと、このオレとしたことが。これからヤり合うってのにいつまでもこんな姿でいられねえな」
そう言った刹那。
シュー、という音と共に男を少しの煙が包んだかと思うと、次の瞬間には男の姿は一変していた。
王の格好をした者はそこにはあらず、少し背の高い、騎士だとか剣士という表現がピタリと合う風貌だ。
黒一色の甲冑で手足と胴を覆い、長く黒いマントがその背中から垂れ下がっている。
そして顔面は、こちらもまた真っ黒な鉄仮面がそのほとんどを覆い隠しておりほとんど見えない。
手には革製と思われる黒いグローブと、その肌は全くと言っていいほど外からは見えず、外見から得ることが出来る印象はただ全身が真っ黒というだけである。さながらまるでダースベーダーの様な格好だった。
「オレの名はエスクロ。遺憾ながら漆黒の魔剣士などと呼ばれている」
両腕を広げて名乗る男の声は先ほどまでの王のものとは変わっている。
印象で語るならどちらかといえば若い男の声だ。
「予定では追加するのは二人の勇者だけだったが、まあいいだろう。てめえ等全員ここで生け捕りにする。トラ野郎、てめえは施設に逆戻りらしいがな。ったく、脱走が好きな野郎だなオイ」
「フン、元より捕らえられる覚えもないトラ」
「もう問答は終わりなのだろう? エスクロ、あとは貴様を倒し王を救い出すだけだ」
「問答は終わりだ。その『だけ』ってのが出来るとは思わない方が身の為だがな」
「ぬかすな。魔王の手下風情が」
「手下風情とは言ってくれる。しかし、まさかバレちまうと思ってなかったからよぉ、自慢の愛刀を持参してねえんだなコレが。そこらに転がっていたこのナマクラで相手をすることになるが、まあ結果は変わらねえんだ。ご容赦願いたいねえ」
「貴様が朽ちる結果は同じ、という意味ならば大いに同意しておこう。コウヘイ、ミノリ、ハルノ、カンタダ、お主等は出来る限り身の安全を優先してくれ。戦闘に参加するにしても補助攻撃程度でよい。あの男は私が倒す。虎殿に関してはコウヘイの指示に従ってくれ」
各々が頷き、了解の返事をする。
その頼もしい背中に命運を託したなら、僕は考えるだけだ。
虎の人や他の皆に何をさせるべきか、何をさせないべきかを。
「魔剣士エスクロ、と言ったな。ここが貴様の死地となる」
セミリアさんは両手で持つ剣を肩の上まで持ち上げ、その切先をエスクロに向けた。いわゆる霞の構えというやつだ。
対するエスクロもまた、日本刀に近い形をした剣を右手で構える。
そして仮面の上から空いている左手で目元を押さえ、言った。
「さあ、狩りの時間だ」
まるで合図であるかの様に、その瞬間に誰よりも早くエスクロの右手が水平に空気を切った。
剣を振ったところで到底僕達には届くことのない距離。
しかし、その一閃は斬撃となって僕達を襲った。
まるで刀身から発射されたかのように、剣を振った角度そのままに線上の煌めく閃光がこちらに向かって飛んでくる。
「カンタダッ」
「こっちだトラ!」
二人の声が響くと咄嗟にセミリアさんが高瀬さんを左方へ、虎の人が春乃さんを右方へとそれぞれ引っ張り込む格好でその迫り来る斬撃を回避する。
正面から飛んでくるそれを前に僕も反射的に隣に立っていたみのりの腕を掴み、強引に引き寄せた。
他の四人と違ってモロに正面にいる僕達では横に躱そうとしても間に合わないと判断し、せめて僕の後ろにくるように。
そして空いている左手を、指輪を付けている左手を前方に翳し祈る気持ちで叫んだ。
「フォルティス!」
言い終わると同時に透明の壁が現れたことが視認出来た。
斬撃はその盾にぶつかり、キイン!! という音を立てて消える。
が、それを確認した時には僕の身体は宙に浮いていた。
「っ!?」
みのりを引き込み、盾を発動させることに精一杯で下半身の踏ん張りが効いていなかったのだと原因を把握した時には到底遅く。
衝撃に耐えきれず、浮遊感に包まれたまま後ろ向きの状態で後方へと勢いよく、まるで引っ張られる様に吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ……あ……」
時間にして一秒か二秒か、浮遊感から解放されたと同時に激痛が全身を襲った。
後頭部に、背中に、腰に、肘に……味わったことのない衝撃と痛みが広がり、意識を混濁させる。
為す術もなく、もたれ掛かる様にして地面に崩れ落ちたことによって壁に叩きつけられたのだという事実を遅れて理解させられた。
痛い……熱い……だけど本当にそうなのかよく分からない。ハッキリとした感覚が……無い。
『おい相棒! しっかりしろ!!』
体を動かそうにも自由が利かない。
ただジャックの声が聞こえるだけだ。
「康ちゃんっ!!」
みのりの声も聞こえた。
良かった、無事だったのか。
「康ちゃん! 大丈夫!? 康ちゃん!!!」
『チッ、なんてこった。おいクルイード、トラ助! そいつから目を離すんじゃねえぞ!』
「康平っち!」
「おい康平たん、大丈夫か!?」
皆の声がする。
わざわざ駆け寄って来てくれる場合じゃないですよ?
僕は大丈夫ですから。
それよりも気を付けて。
「………………」
そう言いたいのに、無情にも声となってはくれなかった。
『心配すんな、ちと後頭部を打っただけだ。エルワーズの家に飛ばされずにここに居るってことが命に別状はねえってことを証明してるだろう』
「でも……でもっ」
みのりが半泣きになって僕の手を握っている。
だからみのりには心配を掛けたくないんだよなぁ。いくつになっても心配性ですぐ泣くんだから。
「…………」
なんだろう?
こめかみから液体が滴るのを感じる。
どうにか重い左手を顔に運び、そっと額をなぞって目の前に持ってきてみた。
汗かな? 汗だといいなぁ。
あぁ……赤い。
そんな絶望の最中、ジャックが何かを叫ぶ声が下の方から聞こえていた。
同時に頭がふわふわとした感覚に覆われ、意識が朦朧としてくる。
「ちょっとガイコツ! 何したのよ。頭が一瞬光ったんだけど!?」
『回復魔法だ。俺の使えるレベルの魔法じゃ大した効果もねえが、とりあえず傷は塞いだ』
「塞いだと言うがジャッキー、康平たんの目が虚ろになってんじゃねえか」
『同時に催眠魔法も掛けた。俺の呪文じゃダメージや痛みはほとんど和らげることが出来ねえ。マシになるまで眠っておいた方がいいだろう』
「なんだかワケ分かんないけど、とにかく康平っちは大丈夫なのね?」
『ああ。さっきも言ったが、致命傷ならとっくにジイさんの家に飛ばされてらあ。もっとも、おめえ等も含めてこれ以上傷を負わねえ保証もないがな』
「フン、あんな黒ずくめ野郎にやられてたまるかってんだ。俺様の秘めたる力が蘇ればチョロいもんよ。康平たんの死は無駄にはしないぜ」
「ちょっとおっさん! 冗談にもならないようなこと言ってんじゃないわよ! みのりんが泣きそうになってんじゃない」
「いでっ、なにすんだこむす……」
「とにかく、どのみちアイツをどうにかしないと生きて帰れないんだったらやるしかないのよ。相手が虫じゃなけりゃ気合いとロックでなんとかなるわよ」
『その意気や良し、と言いてえところだが、ありゃ相当の手練れだぜ?』
「だからって大人しくしてたって変わらないじゃない。もうとっくに冒険ごっこで済む状況じゃないってのよ。みのりん、康平っちを見ててあげて」
「わ、分かりました。康ちゃん……ごめんね……わたしのせいで」
もはや意識して目を開くことも出来ない僕の耳元でみのりの上擦った声がしている。
嗚咽交じりの震える声だ。きっとまた、泣いているんだろう。
余計なことは考えなくていいのに……とにかく、無事でいてくれればそれでいいんだから。
セミリアさん……あとはお願いします。
そう祈ると同時に、周囲の声も聞こえなくなった。




