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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【第十三章】 魔界の帝王

11/27 誤字修正 余→世



天変地異(インヴェイド)


 低い声は四人の耳にはっきりと届いていた。

 翳された大魔王の手はクロンヴァール、アネット、セミリア、キアラへと向けられている。

 詠唱と同時に発動したのはその内三人が数日前に体験させられたばかりの回避不能の暗黒魔術だ。

「くっ……」

 四人の表情はすぐさま焦りや苛立ちに歪んでいく。情報として得ているだけでしかないキアラの感情の乱れは特に大きかった。

 困惑と動揺、そして大魔王へ向けられた怒りと憎しみが敵の次なる行動、或いはその瞬間に自身が取るべき対応を思考する余裕を奪っているのだ。

 武器を構え向かい合っていたはずの四人の視界は例外なく歪み、それに伴って平衡感覚を失っていく。

 前回同じ魔術を受けた際には多くの者が直立を維持できずに倒れ込み、セミリア、アネット、クロンヴァール、セラムの四人だけがどうにかそうならないように耐えてはいたが、それ以上のことは出来ず立っているのが精一杯という状況だった。

 その差は練度や精神力、そして経験の差という他に挙げることは出来ない。

 それらで大きく人を上回っている世界有数の女戦士達は今この場においても誰一人膝を突くことはなく、原型を失った視界はそれでも大魔王を逃すまいと捕らえたままでいる。

 倒れれば次の瞬間死している可能性が大いにあるのだ。

 何があっても倒れるわけにはいかないと、強い意志によってどうにか耐えている状態だった。

 そして、それを可能にしている要因はもう一つある。

 キアラを除く三人は過去の体験との僅かな、それでいて確かな違いをはっきりと感じていた。

「慣れたおかげとは思いたくねえところだが、確かに前よりはいくらかマシだな」

 足下を襲う波打つ感覚、そして視界の歪み具合、どちらを取っても明らかに前回よりも度合いが低い。

 アネットの言葉通り、その理由が慣れの問題なのか康平に託された薬のおかげなのかを知る術はないがそれでも、立っていることが精一杯という状態を強いられるまでには至っていないことをそれぞれが自覚していた。

 ならばと、この魔術に対する唯一の対抗策へ打って出るべくアネットはすぐに剣を構える。

 例え行動不能でなくともこの状況で大魔王に別の攻撃魔法を繰り出されては無事で済むはずがない。それは考えるまでもないことだ。

 過去から今に至るまでに生きた誰よりもその能力の恐ろしさを体験してきたのだ。

 大魔王との戦いに臨むのならば全てにおいて自分が先んじた行動に出なければならないという百年もの昔からの変わらぬ決意を胸に、未だ原形を留めていない視界の先に映る大魔王へと斬撃波を放とうと力を込める。

 それは効かぬことなど百も承知の一撃。

 しかしその腕は突き出される瞬間、咄嗟に動きを止めていた。

 アネットの剣は僅かに魔法力を帯び光りに包まれている。

 だがそれとは無関係な光りが目の前を迸っていたことがその理由であった。

 歪む視覚からその正体を把握することは出来なかったが、バチバチという音が鳴ると同時に何かが光ったことを誰もが理解する。

 気の動きで察知出来るアネット以外の二人(、、)は大魔王の攻撃である可能性に思い至り一瞬身構えたが、遅れて魔法力の出所がすぐ傍であることを把握していた。

 刹那、四人の足下と視界を襲う揺れが止まる。

 その目に映る大魔王の姿ははっきりと原型を取り戻していた。

 セミリア、クロンヴァールは敵味方双方に前後の変化がないかを見極めることを第一とし、すぐに視線を彷徨わせる。

 ただ一人、キアラだけが槍を構えた態勢のまま一点を見つめていた。

「キ、キアラ殿……」

 あまりにも恐ろしい形相と見開かれた眼に、セミリアは声を掛けずにはいられない。

 明らかに冷静さを欠いていることは誰の目にも明らかであったが、キアラにその声は届いていないこともはっきりとしていた。

「お前が……お前が……」

 大魔王を睨み付け、独り言の様に溢した声は震えている。四肢を含む全身も同じく怒りと殺意によって震えていた。

 その頭に浮かんでいるのは己の立つ場所に暮らしていたはずの人々の姿。

 味方の数が半減し、敵が大魔王一人になったことで周囲に合わせて冷静であろうとすることへの限界を迎え、都市一つを消し去られた憎しみを抑え込むことが出来なくなってしまっていた。

 揺れる視界も感覚を喪失しつつある足下も気に留めることなく放たれたのは雷神の槍から繰り出す二発の雷撃だ。

 正面からのまともな攻撃が大魔王に通用するはずもなく、二筋の光りは本体に届くことなく黒い霧に包まれ掻き消されるだけに終わっている。

 しかしそれでも、間違いなくその攻撃によって四人は天変地異(インヴェイド)の効力から解放されていた。

「落ち着くんだキアラ殿、感情に身を任せても良い結果に繋がりはしない」

 セミリアは慌てて傍に寄り、それでいて出来るだけ刺激しないようにキアラの腕を掴む。

 その目、その荒れる吐息が今にも大魔王に襲い掛かっていくのではないかと危惧させていた。

 大魔王はキアラを一瞥したが、すぐにアネットへと視線を移す。

 身動きを取ることすら簡単ではない状態にありながら追撃に備えるのではなく迷わず攻撃を仕掛けてきたことに対し引っ掛かりを覚えていた。

「貴様の入れ知恵か、勇者よ」

 低く威圧的な声とは裏腹に余裕すら感じさせる表情は四人にとって挑発とさしたる違いはない。

 アネットとてキアラと同じかそれ以上の特別な感情を抱いているのだ。

 理屈を度外視して殺意をぶつけたい気持ちは誰よりも強く、ぎりぎりその衝動を抑えているのは仲間の存在に他ならない。

 己に全てを託し逝った過去の仲間のため、過去を明かす以前から共に過ごしてくれた今現在の仲間のため、何があっても無駄死にをするわけにはいかないという思いがどうにか冷静でいさせていた。

「いつまでもやられっぱなしでいると思ってんじゃねえ。これだけの面子が揃ってんだ、てめえが殺した人間達の無念を晴らすまでは意地でも死ねるかよ」

 その言葉に大魔王はただ嘲笑を浮かべる。

 天変地異(インヴェイド)への対処法を実践した人間は既に一人しかいない。

 大魔王にとってアネットの持つ経験と知識は唯一の障害となるはずの要素であったが、そう感じている様子は少しもなかった。

「やや暴走気味ではあるが、雷鳴一閃(ボルテガ)のおかげでどうにかなったな。だが、ここからが問題だ」

 セミリアとキアラを横目で見ながら、クロンヴァールが先頭に立つアネットの横に並んだ。

 アネットが知る天変地異(インヴェイド)への対策。

 それは攻撃される前に攻撃することにある。

 暗黒魔術はその特性上複数を同時に発動することは出来ない。

 全ての攻撃を無条件に防ぐカオスフィールドが自動で発動する能力であるならば、それを発動させてしまえば必然的に天変地異(インヴェイド)の効力は消える。その無敵とも言える能力の盲点を突いたのだ。

 当然ながら連合軍の戦士達は予めその話を聞かされている。

 事実としてキアラの行動にその狙いは含まれていなかったが、アネットよりも先に動いたことでより味方を無事に導いていたことも事実だった。

 しかし、天変地異(インヴェイド)による絶体絶命の危機を脱したからといって、それだけで有利に立ったとは言える状況ではない。

「安全策を放棄すりゃ勝ち目はある。完全無欠の生物なんざいやしねえよ」

 それが分かっているからこそクロンヴァールの言わんとすることを察したアネットは強い口調で、そして静かにそう言った。

 その目には揺るがぬ覚悟がありありと現れている。

「お前の時は黒魔術を封じたのだったな。私の操る魔法陣には魔法力の使用を制限するものもあるが、黒魔術に対して有効かどうかは分からん上に基本的には対個人ではなく範囲に強制するものだ。使えば自分達も同じ状態になってしまう。無茶を承知で奴の体に直接刻む手もないわけではないが……」

「そりゃ随分と危険な賭けだろうに」

「今更そのような低次元の話をするな。私一人が死んで奴を殺せるなら何を躊躇うことがある、その時は迷わず私ごと仕留めるつもりでいろ」

「で、後からあのおっさんに殺されろってのかい?」

「死んだ後にお前がどうなるかなど知ったことではない。今になって命が惜しいなどと思っている奴がこの場にいるものか」

「そりゃそうだ。惜しいどころか、道連れで解決すんなら積極的にそうしてやりてえぐらいだって話さ」

「ならば……」

「まあ聞け赤髪の王。城でも言ったが鍵になるのは同時攻撃、そして物理的攻撃の二つだ。直接的な攻撃に対してはアレは勝手が変わってくる。発動しないなんてことはねえが、それを飲み込んで消し去るなんてことは出来ないからだ。ただでさえ魔法力も大して残ってねえんだろう、お前さんと金髪姉ちゃんは外からの攻撃に徹してくれりゃいい。いつの世も魔王を倒すのは勇者だって相場は決まってんだよ」

「自ら一番危険な役目を買って出るか。私とてそう何発も魔法陣を作れる状態にない、現状一番捨て駒に適しているはずだがな」

「お前さんが捨て駒なる必要なんざねえよ。命を賭して奴を仕留めるのがアタシの誓いだ」

 責任ではなく、使命でもなく、誓い。

 その思いはどこまでも闘争心へと変わっていく。迷いも憂いも躊躇いも、全てを凌駕して。

「どうせロクに魔法も使えねえんだ、アタシ達が野郎に突っ込む。クルイード、いけるな?」

「問われるまでもありませぬ」

 その会話の間にキアラの傍を離れていたセミリアは二歩三歩と足を進め、アネットの隣に立った。

 二人の勇者が見据えるは大魔王を打倒したという結果を置いて他にはない。

 侮蔑的な目を向け、まるで自分達の準備が整うのを敢えて待つかの様に佇んでいる大魔王に視線を固定したままセミリアも同じくその覚悟を口にした。

「クロンヴァール王。先程の貴女のお言葉ではありませんが、その機会があれば私達ごと奴を仕留める気でいてください。奴を倒し平和を実現出来るのならば喜んで人身御供となりましょう」

「それが最善と判断した時にはそうしよう。一人二人の命と世界平和を天秤に掛ける私ではない。釘を刺さずとも、例えお前達がそれをするなと口にしようとも遠慮や躊躇をする気など元よりない」

 非情とも言えるその通告は、この場に限っては意味を変える。

 ラブロック・クロンヴァールならば迷わず()()()()()()()だろう。

 そう確信出来ることが、二人の背中を押した。

 アネットとセミリアは一瞬だけ目を合わせ、次の瞬間には同時に地面を蹴る。

 それぞれが両手で剣を握り、真っ直ぐに大魔王へと向かっていった。

轟鳴の霹靂(サンダーボルト)!」

「穿戟!」

 その背後で二つの声が重なる。

 同時に、巨大な筒状の斬撃波と天から落ちた雷が今まさに迎え撃たんと構えを取った大魔王へと襲い掛かっていた。

「何を見せてくれるかと少しは期待して時間をくれてやったというのに、所詮はその程度の浅知恵が精一杯とは嘆かわしいものだ。低劣な人間如きどれだけ束になったところで取るに足らぬっ!」

 頭上と正面、両の攻撃はあっさりと黒い霧に掻き消され大魔王に届くことなく消滅する。

 一転して大きな声が響く中、既にセミリアとアネットは半分の距離まで迫っていた。

 左右に分かれて突進した二人だったが、すぐに大魔王の翳された手がアネットへと向けられる。

 次の瞬間、素早い動きを見せるその足下が音を立てて弾け飛んだ。

 二人の内アネットを狙ったことに戦略的な意味はなく、ただ憎しみの強さによるものでしかない。

 しかしそれでも、その無意識とも言える選択は二人にとって僥倖を得る結果に繋がっていた。

 魔法力を察知することに長けているアネットは寸前で真横に飛ぶことで直撃を避け、機動力に長けたセミリアは大魔王の目が逸れた隙を見逃すことなく強く地面を蹴り、急速で距離を詰めていた。

「覚悟っ!」

 最後の一歩でほとんど飛び上がる様に跳ねると、セミリアは正面から突きを放つ態勢で射程圏内に入る。

 アネットからもたらされた大魔王が纏う能力への打開策。

 カオスフィールドという暗黒魔術に規則性や自発性はなく無条件で攻撃を打ち消す能力である。

 それでいて物理的な攻撃に対しては防御の術にはなっても掻き消し、飲み込むことはない。

 そして、暗黒魔術である以上複数を同時に発動することは出来ない。

 それらの法則全てを踏まえた上で近距離、中距離の両方から攻撃を仕掛けることによってカオスフィールド以外の暗黒魔術を封じ、かつ発動の隙を突くことで本体への攻撃を成功させる。そういう狙いを持った配置だ。

 セミリアは一瞬にして大魔王の眼前に迫ると、同時に鋭い突きを繰り出した。

 伸びきった右腕の先、力一杯握られた大振りの剣がその胸部に狙いを定める。

 対して、大魔王は残った手を肩に掛けると肩に纏う黒いマントを素早く取り外し、体の前に放った。

 セミリアの視界は黒い布に塞がれ、標的である大魔王の姿がその目から消える。

 その行動が何を目的としたものなのか、瞬時に理解することが出来たのはアネットただ一人だった。


「避けろっ、クルイード!」


魔光閃貫(ブラック・アウト)


 大魔王の詠唱を阻もうとするかの様に、アネットの声が先行して響く。

 直前に外側に飛び退いたことでマント越しに立てた示指を向けている大魔王の姿が見えている唯一の存在となったアネットの、今現在()()()を目にしたことのある唯一の人物であるアネットの、過去に仲間の腕を消し飛ばした()()()の恐ろしさを知る唯一の人間であるアネットの、逼迫した叫びが僅かに遅れて発せられた大魔王の声をも掻き消していた。

 阻止に動く時間などあるはずがなく、それが何らかの妨げになるわけもなく。

 まさにその瞬間、立てられた指から閃光が放たれた。

 視界を塞がれたセミリアにはその動きが一切見えていなかったが、アネットの声が咄嗟に攻撃態勢を解かせ、体を反らずことでどうにか直撃を避ける。

 まさに紙一重。

 間にあるマントを貫いた黒く細い光りの筋は胸部の鎧を抉り、セミリアの目の前を通過していった。

 ひび割れたわけでもなく、衝撃があったわけでもなく、その部分だけが消えてなくなったかの様な鎧の有様がただならぬ魔術の片鱗を感じさせたが、懐に入り込むまでに近付いた今になって距離を置くという選択肢はない。

 セミリアは攻撃の機を逸しないことだけに考えを集中し、素早い身のこなしで再び構えを取っていた。

 大魔王の手を離れたマントが地面へと落下していく。

 渾身の一撃を見舞う瞬間を見逃さんとする鋭い目線の先には、しかしながら敵の姿はなかった。

「っ!?」

 異様なまでに強大かつ凶悪な気配、そして再び響くアネットの声が背後に回られていることを理解させる。

 セミリアはすぐに反応したが着地を要したことで体の向きを変える動作が一瞬遅れ、真後ろに向き直った時には既に大魔王の腕が目の前まで迫っていた。

 攻撃魔法でも、ましてや暗黒魔術でもなく、鋭く尖った五本の爪が体を貫こうと胴体へと伸びる。

 同時に、大魔王の背後で黒い霧が発生しているのが目に入った。

 それは味方を守ろうとする意志によって放たれたキアラとクロンヴァールの攻撃が無に帰したことを意味していた。

「くっ……」

 セミリアは反射的に剣を体の前に割り込ませ盾とすることで大魔王の攻撃を防いだが、素手での一撃とは思えぬ力強さがその体を後方へと弾き飛ばしていた。

 宙に浮いた状態で勢いよく遠ざかっていく中、腕に僅かな衝撃を残しながらもセミリアは態勢を維持し、両足を地面に滑らせたのちに停止する。

 同一方向から攻勢を掛けた四人の立ち位置はいとも簡単に分散し、大魔王の右方にセミリアが、左方にクロンヴァールとキアラが、そして正面にアネットが居る状態へと変わっていた。

 このまま包囲する形を維持するべきか、それとも援護しやすいように同じ方向にいるべきか。

 その判断するのは個々であるのか、それともアネットの判断を、或いはクロンヴァールの指示を待つべきなのか。

 答えを待つ時間を敵に与えてはならないということを。

 攻撃の手を止めないことを最優先とするべきであると。

 誰もが本能的に理解していたが、その中に生じた僅かな間が大魔王に先手を取らせてしまっていた。

 セミリア、クロンヴァール、キアラの三人は一斉に攻撃態勢を取るが、両腕を真横に伸ばした大魔王が全身から発する尋常ならざる魔力によって否応なくその行動に踏み切ることを押し留められる。

 人間には到底真似出来ないレベルの濃く破滅的な威圧感を放つ魔力はただただ生命の危機を本能に訴えていた。

 再び生まれる一瞬の逡巡。

 今にもその両腕から未曾有の魔法攻撃が放たれようとしている中で唯一足を止めていない人物がいた。

 回避のために一度足を止めさせられたものの、セミリアが一連の攻防を繰り広げると同時に援護に向かうべく駆け出していたアネットだ。

「させるかよっ!」

 アネットは一人正面から大魔王へ突進すると、がら空きになった胸部目掛けて突きを放つ。

 カオスフィールドは物理的攻撃に対しては盾になっても飲み込むことは出来ない。

 自身の攻撃が当たらずともせめて敵の攻撃を阻止しなければという狙いによる一撃はカオスフィールドの発動によって魔力の消費目的を変え、それでいて攻撃の対象を自分に向けることで仲間を守ろうという二つの意味を持っていた。

 当初からの想定通り、突き出された剣は黒い霧に阻まれ強制的に動きを止める。

 しかし想定とは違い、大魔王が対処しようと動くことも、その両腕の魔力に変化が起きることもなかった。

「言ったはずだ、貴様等羽虫如きの抵抗など取るに足りぬ! ひれ伏せ、恐れ戦け、そして(おの)が弱さを嘆きながら死んでいくのだ! しかと目に焼き付けるがよい、我こそが全ての世の支配者淵帝なりっ!!」

 凄惨な表情がアネットを捕える。

 恐ろしいまでに冷酷無比なその目を精一杯睨み返しながらも、意志に反した制止を強いられているアネットに大魔王を止める術はなく。

 大きな声が響くと同時に開かれた二つの掌から圧縮された魔力の塊が放出されていた。

 それこそ町一つ都市一つとまではいかずとも、小さな村程度であれば一撃で消し去ってしまうのではないかという規模の大爆発が左右で立て続けに巻き起こり、辺り一帯を覆っていく。

 辛うじてアネットに把握出来たのは必殺技であり斬撃波の応用技である【牙龍翔撃】によって相殺しようとするセミリアと結界を生成して盾とするクロンヴァールと傍に寄り添うキアラの姿だった。

「貴様も塵芥と相成るがよい!」

 迂闊にも目を逸らしたことで隙が生じ、大魔王はすぐさま目の前のアネットにも魔法を放つ。

 カオスフィールドに剣を受け止められているせいで咄嗟に防御出来る状態にないアネットはリフトスラッシュを発動させ剣を使わずにその攻撃を弾くと、慌てて後方に飛び退き距離を置いた。

 そして追撃に備えるわけでもなく、反撃に打って出るでもなく、慌ててセミリアの元へと駆け寄る。

 どうか無事であってくれと祈る思いも虚しく、薄れ行く白煙と砂埃の中で立っている者は誰一人としていない。

 中でもセミリアのダメージは大きい。

 直撃を避けたことで大きな傷を負うことを避け、それでも痛めた体を押さえ膝を突く他の二人とは違ってセミリアは横たわった状態で動かずにいる。

 相殺しようとすることに防御の意味合いがほとんどなかったのだ、それはある意味では当然の帰結だと言えた。

「クルイードっ!」

 アネットはセミリアの傍で屈み、その体を起こす。

 意識を失っていたのか、セミリアはそこでようやく閉じていた目を開いた。

「う、うぅ……」

「しっかりしろ、クルイード」

「だ、大丈夫です……一瞬気を失っていたようですが、動けぬ程の傷ではありませぬ」

 自ら抱き起こすアネットの腕から脱するとセミリアは蹌踉めきながらも立ち上がる。

 四肢の至る所から血を流してはいるものの、どうやら致命傷ではないようだとアネットもすぐに立ち上がり大魔王へと向き直ったが、その動作の中でふと違和感が頭を過ぎっていた。

 なぜこの隙に攻撃してこない。

 そんな不可解な疑問は振り返った先にあるその姿が不穏という名の答えを示していた。

 大魔王は大股を開き、右手を地面に当てている。

 その腕はやはり魔力を帯びていたが、直前に放った夥しい量の魔力ではなくまるで推測し得ない正体不明の漆黒の魔力が肩口の辺りまで充満していた。

「これで終わりだ。ここにあった町と同様に一瞬で消し去ってくれる」

 記憶に無いその行動を訝しむことしか出来ずに取るべき行動を図りかねるアネットも、痛む体を押さえながらどうにか戦闘態勢を維持しようと立ち上がった他の三人も、何が起ころうとしているのかが分からず対処の動きが遅れていた。

 それを自覚し挙って自己を戒めると同時にどうにかしなければという危機感を抱いてはいたが、その間にも右腕に帯びる黒く殺伐とした魔力は体積を増していく。

 間違いなくこの先に起きる何かを許せば先程以上にただでは済まない。

 分かってはいても、アネット以外にすぐに動ける者も、動けたとして発動する前に阻止する術を持つ者もいないこともまた明らかだった。

 圧倒的な魔力、圧倒的な能力、そして圧倒的な強さ。

 大魔王たる所以の全てを見せつけられ、勝機を見出すことが出来ない四人には必死に思考を巡らせ、そしてその行為の無意味さを痛感させられることを幾度となく繰り返すばかりとなる。

 せめて双頭の獄龍(モール・ドラゴン)と戦っている三人が合流してくれるまで持ち堪えなければ、そんな共通の意識が身を守ることに徹するがこの状況に置ける最善であるという意識へと変わりそれぞれが身構えた時。

 辺り一帯が正体不明の白い煙に覆われ、大魔王を含む全ての者の視界を覆っていた。



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