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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【第十二章】 勝利のために

誤字修正 者→もの



 大魔王と双頭の獄龍(モール・ドラゴン)の分断に成功した白十字軍(ホワイト・クロス)の戦士達は二手に分かれ、それぞれが敵と向かい合っていた。

 元居た立ち位置から大きく距離を置いたセラム、サミュエル、ユメールの前には全身を赤い鱗で覆った大蛇の如く太く巨大なドラゴンがバサバサと蝙蝠に似た翼をばたつかせながら佇んでいる。

 敵を引き離し、それに向かい合うための時間を作ったキアラの能力の一つである雷の幻獣は既にその目的を終え、抵抗し暴れ狂うドラゴンによって掻き消される様に姿を消していた。

「さて、どうする」

 双頭のドラゴンは特にダメージを負った様子なく宙に浮いたまま二つの頭で三人を見下ろしている。

 否応なしに感じさせられるあまりにも異様な潜在的な力の大きさが今にも襲い掛かってくるのではないかと予感させる中、半透明の杖を手にしたセラムは息一つ切らすことなく、右隣に立つ二人に特に意味の無い言葉を投げ掛けた。

 返る声やその中身から心理状態を確認するための一言は長らく兵士団を率いてきた経験が自然と身に着けさせた癖のようなものだった。

「どうするもこうするも首を切り落とせば終わり、ただそれだけの話じゃない。大国の年寄りってのはそんなことも分からないわけ?」

 どこか侮蔑的に言うと、サミュエルは二本のククリ刀を交差させ勢いよく振り抜いた。

断罪の十字架(ブラッディー・クロス)

 自身でそう名付けた、二刀流の必殺技だ。

 両の刀から放たれた十字(クロス)の形を維持した斬撃波が真っ直ぐに頭上の敵へと向かっていく。

 明らかにその攻撃に気付いていながらも対象であるドラゴンが何らかの対応をする気配はなく、放たれた軌道のまま二つある首筋の片方へとまともに直撃したものの誰の目にもそれによって戦況が変わることはなかったと分かる結果だけを残していた。

「ちっ、ドラゴン相手にこの程度の攻撃じゃどうにもならないか」

 キシンと、甲高い音を立てたものの傷はおろかダメージを負った様子すらないその姿にサミュエルは苛立った表情を浮かべる。

 危機感という概念を持ち合わせていない点に加え、人を(けな)すことが特技という残念な人間性までが共通している二人にあって、ユメールがその機会を逃すことはなかった。

「偉そうなこと言っといて駄目駄目じゃねえかですっ。これだから貧乳ってやつは」

「武器の一つも持ってない奴に言われたくないっつーの。ていうか次胸のこと言ったらアンタの首から切り落とすから」

 やれやれと首を振るユメールにこの状況でドラゴンから目を逸らしユメールを睨み付けるサミュエル。

 例え慣れた光景になりつつあれど、時と場合を考えろと愚か者という言葉をくれてやろうとするセラムであったが、その声はすんでの所で飲み込まれる。

 そうさせたのは二つの頭部で同時に唸り声を発し始め、大きく開いた口を自分達に向けているドラゴンの姿だ。

 セラムが注意や警戒を呼び掛ける暇もなく、双頭は一瞬にして口内で膨張させた魔力を三人に向けて吐き出した。

 その一つ、灼熱の炎がセラムに向かって。

 もう一方の真っ赤な魔力の光線がサミュエルとユメールに向かって。

 それぞれ頭上から三人へと襲い掛かろうとしていた。

 セラムはすぐに杖を構えると強大な魔法を繰り出し相殺することで身を守り、残る二人は即座に飛び退くことで攻撃を回避し直撃を避ける。

 逃げ回る行為が性に合わないサミュエルはつい先程と似た自身の姿に苛立ちを増したが、目に映る深く抉られ大きな穴の空いた地面がそれを態度で示すことを自重させていた。

 それでいてその頭には僅かに崩れた態勢が反撃の手を遅らせたことへの怒り以外には何もない。

 元より中距離攻撃の手段が乏しいユメールが追撃に備えて身構える横で僅かにも防御に徹する様子を見せず、すぐに武器を構え直し攻撃の姿勢を取ったものの直後に目の前を覆った大きな爆発が踏み出した足を一歩目で止めていた。

 唯一すぐに動くことが出来る状態でいたセラムが気配一つで二人が無事であることを把握すると同時に放った爆発系統極大呪文だ。

 ユメールにとっては見慣れた光景であったが、その威力は他の誰にも真似出来ない圧倒的なレベルにある。

 世界一の魔法使い。

 そう呼ばれるに足る、人間の操るものとは思えぬ規模の魔術を前にサミュエルただ一人が圧倒され、無意識に動きを止めていた。

 巨体を丸々包み込んだ大爆発は炎を撒き散らしながら白煙の体積を増していく。

 その中心から脱しようとするかの様に姿を現わしたドラゴンが煙の中から飛び出し舞い上がったのは、姿が隠れた状態にあってなお変わらぬ異様な存在感から三人ともが少なくとも致命傷を負わせてはいないであろうことを察した瞬間のことだった。

「大魔王のアンチクショーといいバジュラとかいうコンチクショーといい、まともに攻撃が効かないのが流行ってるですか?」

 更に高さを増した敵を見上げる首はほとんど真上に向いていた。

 ユメールの言葉通り、一連の攻防の前と変わらず羽音を響かせているドラゴンには致命傷どころか特にダメージを負った様子はない。

 ドラゴンはその性質上他のどんな種族よりも魔法に強い、それは確かだと言える。

 しかし、だからといってそれがセラムの魔法が通用しないレベルであったなら魔法による攻撃でダメージを与えることは実質不可能なのではないか。

 そんな考えに行き着かざるを得なかった。

 他ならぬセラムもそれを自覚し、誰よりも先に直接攻撃以外の手を思考している。

 そして元より他人の力をあてにするつもりがないサミュエルは密かに自分の判断が正しいことを再認識していた。

 そんな二人に、ならばどうするかと視線を送ろうとしたユメールだったが、思い掛けずその目は動きを止める。

 見上げる先、ほとんど真上にいるドラゴンがその瞬間に急降下を始めていた。

 大きな口が二つ、牙を剥き出しにした状態で真っ直ぐに三人の元へと迫る。

 その標的となっていたのは、他ならぬユメールだった。

 糸を操るという能力は本来一対一の戦いでもない限り仲間の補佐に回るために用いることが多い。

 敵の捕縛を、或いは盾役を担うことに特化しているためである。

 攻撃を目的とした技が無いわけではないが、どれだけ洗練された技術であっても糸一つでドラゴンを仕留めることなど出来るはずもないのだ。

 この場においても敵を倒すセラムの援護が己の役割だと考えていたというのに、なぜ敢えて自分を狙うのかと考えるとげんなりするしかなかった。

 しかしそれでも、その役割を果たすために何をするべきか。

 舐めるなと思う気持ちに加わった戦士としての矜持が瞬時に覚悟と奮起をその胸に宿していた。

「オッサンは動くなですっ! いつまでもチョロチョロと空だの地面だの逃げ回られても面倒です」

 ユメールは視界の端に映るセラムを手で制する。

 今まさに魔法を放ち、どうにかドラゴンの目を逸らそうとする動きは寸前で停止した。

 その口振りからユメールが糸を仕込もうとしていることを把握し、直線的な攻撃を簡単に食うはずがないという信頼とその糸が戦況を覆すために必要なものであるという判断から手を出さず託すことを選んだのだ。

 ただ一人意思疎通も出来ていなければ信頼関係の欠片も無いサミュエルはその横で必殺の一撃を見舞う機を窺っていたが、予想を超えるドラゴンの速度がそれを困難にさせている。

 そして、それは真上を向いたまま身構えるユメールも同じだった。

「……って、早過ぎんだろですっ!」

 迫り来るドラゴンのあまりの早さに抱いたばかりの決意は一瞬にして消え失せ、糸を繰り出す余裕などなく再び飛び退き地面を転がることで丸飲みされるのを回避するだけに終わる。

 どうにか躱したものの、ドラゴンは凄まじい風圧を残して目の前を通過するとそのまま地面の中へと消えていった。

 姿の見えなくなった敵に対抗する術は無く、三者共に呼吸の音をも殺し地中の気配を探ることに神経を注ぐだけの静かな空間が生まれる。

 遠くからは大魔王を相手にしている仲間達の激しい攻防を物語る轟音が幾度となく耳に届いているが目で追う余裕などありはしない。

 ピリピリとした少しの間を置いてドラゴンが勢いよく飛び出したのはセラムの足下だった。

「オッサン!」

 ドラゴンの鳴き声にユメールの声が重なる。

 鋭い牙を辛うじて躱したように見えたものの、僅かに裂けたローブがそうではないことを証明していた。

「擦っただけだ、傷は負っておらん。わしの心配なぞ十年早いわ」

 セラムは態勢を崩すことなく、すぐに構えを取ると再び上空に向かって飛ぶドラゴンへと杖を向ける。

 光りを帯びる杖を勢いよく振り抜くと、その一振りによって放たれた十数発の球体と化した魔法力の弾丸が一斉に目の前を埋め尽くしていった。

 凡そ半分が頭部や胴体に命中し大きな爆発を起こしたがやはりダメージを与えるには至らず、ドラゴンは宙を泳ぐ様にぐるりと方向転換をするとまたしても垂直に地面へと降下し始める。

 魔法攻撃がそうさせたのか、次なる標的となったのはセラムだ。

 セラムはすぐさま煙幕となる白煙を杖から噴射することで目眩ましとし直撃を避けることに成功したが、やはりドラゴンはそのまま地中へと姿を消していく。

 半ば防戦一方となりつつあるそんな状況にあって、その僅かな時間で反撃に転じる準備を済ませている人物がいた。

 攻撃魔法や武器を扱えない代わりに敵の動きを封じ見えぬ敵の位置を把握する術を持つ天元美麗蜘蛛(アルケニー)と呼ばれる女戦士だ。

 ドラゴンに直接糸を仕込むことは困難だと判断したユメールは一本の糸を上空へと放った。

 左手のグローブから伸びる糸は空中に打ち付けられ、その長さを調整することで自らの体を釣り上げる。それこそが糸使い天元美麗蜘蛛(アルケニー)が得意とする戦術である。

 すぐさまそれを実行に移したユメールの体が浮く。

 通用するか否か以前に飛翔するだけに留まらず、地面に潜る能力を持つ敵の動きを制限しなければまともに攻撃を仕掛けることすら出来やしない。

 まずは優位性を覆すために空中と地中という絶対的な領域を少しでも侵害する。

 そんな目的を持った素早い判断は、どういうわけか次の瞬間に味方であるはずの存在によって妨害されていた。

 ユメールの足が地を離れ身長分程浮き上がった時、駆け寄ったサミュエルが飛び上がり足首を掴んでいた。

 思い掛けない負荷に上昇速度は著しく低下する。

 理解不能なその行動に憤慨の言葉を発する以外に反応のしようがなかった。

「何してやがりますかっ!! 降りろです離せです重いですっ!」

「喚くな煩い。ったく、浮き上がる能力持ってんなら先に言えっての。そしたらこんなに苦労しないのに」

「はあ? お前頭イカれてやがりますか! 話聞けですっ」

「いいから黙ってもっと上までいけ。それで、あいつが出てきたら背中に飛び乗るから私を放りなさい。あの目障りな羽を切り落としてやるわ」

「そんなん出来るか~ですっ! お前がしがみついてるせいで両手塞がってんだぞです!」

 二人分の体重を片手で支える腕力のないユメールは両手で糸を掴むことでどうにか耐えている。

 ゆったりとした速度ながらも、二人の体は随分と高くまで達しつつあった。

「どいつもこいつも役立たずなんだから。だったら勝手に飛ぶからもうちょっとそうしやすいようにしなさい」

「むむむむむ……何を偉そうに、です」

 心外極まりない悪態に顰めっ面を返したが、足首を掴まれたままでは自身も動きようがないとあって言うとおりにする他なく。

 ユメールは渋々ながら片手を伸ばし、負荷の増した糸を握る腕を震わせながらサミュエルを引き上げようと精一杯力を込めた。

 丁度腰の辺りまでその体を持ち上げた時、文句を言い合うばかりの二人の声が止む。

 随分と遠退いた高さから見下ろす先に見えたのは二つの頭部だ。

 地中に潜るという能力が『掘り進む』という意味だったならば目や耳から得る情報で位置を特定することが出来たかもしれない。

 そうではなく、まるで水面に沈む様に地中を移動していることがそれを困難にさせていた。

 ユメール、サミュエルの二人が上空にいるせいか、またしてもセラムを狙った双頭が土の中から飛び出したかと思うと右側の頭部が牙を剥いて襲い掛かる。

 足下に魔法力を放出することで僅かながら察知能力を上げているセラムは先程と同じく紙一重で地を蹴り直撃を避けたが、再び裂けたローブが微かに舞うと同時に左側の頭部から真っ赤な光線が吐き出されていた。

 相殺の魔法を放つ余裕はなく、咄嗟に結界を生成し盾とすることで辛うじてその攻撃を防いだものの至近距離からまともに受けたことで大きな爆発が起こり辺りを覆っていく。

 すぐにセラムの安否を確認するべくユメールが叫んだが、反応を待つ間もなく地面を飛び出した勢いそのままにドラゴンが二人に迫っていた。

 サミュエルに邪魔をされたせいで空中に糸を張り巡らせる準備は未だ済んでいない。

 そんな状態でありながら真っ直ぐに自分達の方に向かってくるドラゴンにユメールは恨み節を口にすることしか出来なかった。

「ちょ、どうするですかこれ! お前のせいで踏んだり蹴ったりじゃねえかですっ!!」

 糸の仕込みも出来ておらず、ただ宙に浮いていることで格好の的になっているだけの状態に今一度悪態を吐かずにはいられない。

 しかし、対照的にサミュエルは落ち着き払った口調で面倒臭そうに言葉を返すだけだった。

「そう? だったら遠慮無く踏ませて貰うとするわ。アンタの役割なんてそのぐらいが関の山だろうし」

「はあ!?」

 ユメールは意味が分からず、怒りに満ちた表情を向ける。

 いっそのこと放り捨ててやろうかとまで考えたが、肩を組む様にして支えていたサミュエルが先にその態勢を脱していた。

 ユメールの肩に手を置き力を込めることで自らの体を持ち上げると肩に足を乗せ、更にはそのユメールの頭を踏み台にしてドラゴンに向かって飛んでいた。

「いだいですっ!!」

 そんな声が背後から聞こえたが、すでにドラゴンのことしか目に映っていないサミュエルの耳には届いていない。

 殺意と高ぶる感情から自然と笑みを浮かべ、背から一本の刀を抜くと真っ直ぐに降下していく。

 不意を突いた行動にドラゴンの反応が僅かに遅れるが、すぐに右側の頭が大きく開いた口を向けていた。

 落下していく一人と上昇している一頭の距離が縮まっていく。

 サミュエルの狙いは直接的な攻撃ではなく巨体に飛び乗ることであったが、それを無闇に看過するはずもなく。

 大きな背に到達しようとする瞬間に灼熱の炎が勢いよく開いた口から吐き出されていた。

 広範囲に広がる炎がサミュエルを飲み込もうと迫る。

 少しの時間差が幸いし正面から受けることはなかったが完全に逃れるまでには至らず、加えることにサミュエル自身が防御や回避の動きを一切取らなかったことで左腕から肩口にかけてまともに直撃していた。

 落下中に敵の攻撃を躱すことはそう簡単なことではない。

 それでも出来うる限りの対処をすれば受ける傷を軽減することが出来たであろうことも確かだと言える。

 迷うことなくその選択肢を捨てた理由はサミュエルの主義であるということ以外に何一つとしてありはしない。

 肉を切らせて骨を切る。

 それは身を守ることよりも敵を殺傷することの方が遙かに優先度が高いという考え方であるということ。

 言い換えるならば、危険を回避することに相手を殺すという意志を保留する程の価値はないと考えているということだ。

 殺された奴の負け。そんな信条が功を奏したとは言い難い状況ではあるが、左腕を焼かれながらもサミュエルはどうにか大きな背に着地する。

 ヒリヒリと痛む腕は炎を浴びた時間が短かったこともあり大事には至っていなかったが、例え腕一本失うことになろうとも気にしない性格であるどころか既に一度右腕を失った過去を持つ猪突猛進を貫く戦士は気にも留めていない。

 サミュエルは左腕を一瞥することもせず真っ直ぐに目の前にある翼に駆け寄ると、迷うことなくその片方に向かって大きなククリ刀を振り抜いた。

 ほとんど根本の辺りから切断された黒く大きな翼が宙を舞う。

 片翼となったドラゴンは飛行能力を失い、悶える様な唸り声を上げうねりながら地面へと落下し始めていた。

 上下左右に大きく体を揺らされたことで振り落とされたサミュエルは偶然にもセラムの隣に着地する。

「無茶をする。腕だからよかったものの、向けられたのが逆の頭部だったならば無事では済まなかったぞ」

 特に傷を負った様子の無いセラムは視線をドラゴンに向けたまま平然とした口調で言う。

 そうなって初めて無事だったかどうか以前にセラムの存在を思い出したサミュエルは横目でちらりと見遣ると、面倒臭そうに鼻を鳴らした。

「フン、敵を殺すのにたかだか腕の一つや二つ惜しいと思ったことなんてないわ」

「若造がぬかしよるわ。だが、お主がそのつもりならば俺が臆するわけにはいくまい」

 セラムは不敵な笑みを浮かべる。

 対するサミュエルは何をわけの分からないことをと嘆息するだけだ。

 そんな会話の最中にも二人の目は依然巨体を暴れさせながらゆるやかに落下していくドラゴンを捕えている。

 飛行能力を失った以上地上での戦いに臨む以外に道はない。

 ならば地に降り立った時こそが雌雄を決する時だ。

 そんな二人の読みとは裏腹にドラゴンが着地することはなく、寸前で態勢を変えると頭部からそのまま地中へと消えていった。

「ちっ、馬鹿の一つ覚えみたいに」

 自らその状況を作ったにも関わらずサミュエルは忌々しげに舌打ちを溢した。

「そうさせたのはお主であろう。どちらを狙ってくるかは分からんが、少なくとも不意打ちを食らう心配だけはなくなった。同時に攻撃対象になると都合が悪い、少し距離を置くぞ」

 一方的に言い残すとセラムは素早くその場を離れていく。

 その言葉が何を意味しているのか、サミュエルには全く理解出来ていなかったが直後に聞こえた頭上からの声が勝手にそれを告げていた。

「フフン、何を面食らってるですか手の平サイズめ。お前が無礼にも人の頭を踏んでる間にこちとら奴の尻尾に糸を絡ませてあるです。これで奴の居場所は筒抜けってことですっ」

 声のする方を見上げると、ユメールが得意満面な表情を浮かべている。

 驚きや感心よりもその顔と何が『手の平サイズ』なのかという疑問に対する苛立ちが圧倒的に勝ったせいか、サミュエルはもう一度舌打ちを返した。

「誰が面食らってんだつーの猿女」

「猿女!?」

 糸に捕まったまま大口を開くユメールだったが、出し抜けにその表情が引き締まる。

 ピクリと、ドラゴンの尾に繋がっている空いた左腕が反応を見せていた。

「オッサンの下ですっ!」

 声を張り、指差す先は宙に浮いている自分自身とその真下にいるサミュエルから一人離れているセラムが居る方向だ。

 セラムはすぐに杖を構えたが、これまでの同じ攻撃への対応とは打って変わってその場を動こうとする様子はない。

「動けばこちらを追ってくると踏んだが、こうも予想通りだと張り合いもないことだな」

 小さく溢した台詞は誰に向けられたものでもない。

 もう何度目になるか、足下からセラムを飲み込もうと大きな口を目一杯広げたドラゴンが飛び出してきたのはまさにその時だった。

 いくつもの鋭利な牙が目の前で光る。

 その瞬間、セラムは左右に飛び退くのではなくその動きに合わせるように真上に飛び上がっていた。

 同時に杖を持った右腕が真っ直ぐに突き出される。

 腕全体が急激に魔法力を帯び始めるが大柄なセラムを上回る大きな口は反射的に閉じられ、セラムの腕は肩口から食い付かれていた。

 本来ならば激痛に見舞われ、そのまま引き千切られてもおかしくはない。それが当然の末路だと言えるだけの事態だ。

 それでもセラムは殺気に満ちた目で、どこかおぞましいまでの笑みを浮かべていた。

「悪く思うなよ赤いの。俺はあの女とは違う……お前の頭一つ如きのために腕一本くれてやるわけにはいかんのだ」

 刹那。

 セラムの腕から、ひいてはそれを飲み込んでいるドラゴンの口内から強い光りが迸る。

 その正体は世界一の魔法使いが放つ爆発系統の極大呪文だ。

 間髪入れずに爆発音と破裂音が混じった轟音が響き渡る。

 辺りには大量の血液と肉片と化したドラゴンの頭部が飛散していた。

 頭一つを失ったドラゴンは悶えながら地面を転がり、全身を暴れさせながらのたうち回っている。

 その姿は明確に致命的とも言えるダメージを与えたことを示していた。

「アンタも大概無茶してんじゃない。ていうか、アレに噛まれてその程度の傷ってどうなってるわけ?」

 遅れて駆け寄ったサミュエルが、セラムの傍で足を止める。

 標的であるドラゴンが暴れ狂いながら勝手に遠ざかってしまっているせいで無駄足となってしまったせいだ。

 駆け寄ったことに味方のピンチだからという理由は特に含まれておらず、ただセラムが食われている隙に自分が仕留めてやろうということしか考えていなかった。

 その目は噛まれたはずの右腕に向けられている。

 セラムの腕からは多量じゃないまでも少量とも言えないだけの鮮血が滴っている。

 サミュエルとて右腕の頑丈さでは普通ならざるものがあるが、ドラゴンに噛まれて腕が繋がっている自信などない。無傷ではないからといって、それで済むはずがないと思うのは当然だった。

「鋼鉄と化してなおこれだけの傷を負うのだから大魔王最強の配下というだけのことはあるらしい。だが、これで形勢は逆転した」

「はあ?」

 サミュエルはセラムの持つ魔法のことなど知りはしない。

 腕を噛み千切られなかったのは自身でカルドーラと名付けた、四肢を一時的に鋼鉄に変化させる独自の魔法によるものであることを把握出来るはずもなかった。

「何でもいいけど、どうせならもう一回同じことやりゃ残った頭も潰せんじゃないの」

 疑問符を浮かべながらも一瞬にして興味を失ったサミュエルはふらつきつつもようやく量の足で立ち上がったドラゴンを見ながらつまらなそうに言った。

「出来れば遠慮したいところだが、お主等にどうにもならぬならやむを得ないと言っておいてやろう」

「……挑発のつもり?」

「その必要はない、ということだ。あれだけ著しく弱っていれば捨て身にならずとも倒すことは出来る」

 ドラガルド。

 その詠唱と同時に、セラムは杖を地面に叩き付ける。

 単体攻撃最強の威力を持つ魔法であり切り札でもある唯一無二の必殺技が発動し、瞬く間にドラゴンを覆っていった。

 地面から噴射し天高くへと立ち上る『消滅』の性質を持つ大規模な魔力が一瞬にしてその巨体を飲み込み、強い光りを放ちながら全身を焼き尽くしていく。

 轟々たる音が止むと同時に光りが消えると、その中心に居たドラゴンは動きを止め、長い首を真上へ向けたまま長い胴体を一直線にした状態でふらふらと体を揺らしている。

 半死半生の状態に陥っているのは明らかだったが、それでいて絶命し消滅していないことに一人白けた顔をしている者が居た。サミュエル・セリムスだ。

「格好付けといてきっちり仕留め損なってんだけど?」

 サミュエルは冷ややかな目を向ける。

 これだから他人などアテに出来たものではないと、表情全体で伝えていた。

「そうそう一撃で倒せる生物でもあるまい」

「魔法使いなんて所詮はそんなもんってことね。じわじわ嬲らなくても、一撃で首を落としゃ楽に終わるのに」

「お主にならそれが出来ると?」

「この角度からなら、弱りきった頭一つぐらいわけないわ」

 この角度。

 それが何を意味するのかを知る由はない。

 セラムは敢えてそれを問おうとは考えなかったが、二人の会話は空へ向かって咆哮し始めたドラゴンの大きな声に遮られていた。

 それは息も絶え絶えの中、最後の気力を振り絞って見せた殺意という名の本能だった。

 すぐに反応したサミュエルは右手に持つククリ刀を力一杯投げつける。

 乱暴に回転しながら飛んでいく刀はドラゴンではなく、どういうわけかユメールがいる方向へと向かっていった。

「は?」

 その先では何が起きたか分からず、ユメールがきょとんとしている。

 直撃する軌道でこそなかったが、それでいて間違いなく自分へと向かってくる刀は頭上を通過し宙に浮くための糸を切断していた。

「はあああああ!?」

 状況が一切理解出来ず、上空で佇む術を失ったユメールは唖然とした表情で落下していく。

 その目に映るのは視線が上に向いていたせいか、釣られて明らかに自分を標的にしようとしているドラゴンの姿だった。

「な、な、何してやがりますか!!!」

 ユメールは慌てて切れた糸を再び固定し、落下を止める。

 眼下ではドラゴンが大きな口を向けていた。

「ちょ、こっち来んなですっ! ていうか貧乳てめえええぇぇぇぇぇ! 覚えてやがれですぅぅぅぅ!」

 恨み節がこだまする。

 噛み付くという攻撃ならいざ知らず、何かしらを吐き出すという攻撃に対する防御策など持っていないユメールは無意味に危機的状況に貶められていた。

 そんな光景の元凶であるサミュエルはその慌てぶりに嘲笑を浮かべつつ、ぼそりと呟きを漏らす。

「もう忘れた。ま、ナイス時間稼ぎとだけ言っておいてあげるわ。手出しすんじゃないわよ」

 すぐ横で杖を構えるセラムを牽制するための言葉を付け足すと残った刀を真下に向け、両手で振り上げた。

 戦闘が始まってからというもの、常に繰り出すタイミングを計っていた渾身の必殺技の名を口にして。

無法の断頭台(エクスキューション)

 通常のものよりも遙かに大きな全長と太さ、集約された威力を持つ斬撃波が一閃、ユメールを攻撃しようと伸ばされた首元へと飛び、そして直撃する。

 技の名の通り、ギロチンで切断された頭部の如くその首から先は飛び、どすんと地面を転がった。

 双頭のいずれをも失ったドラゴンは動きを止め、やがて直立を維持出来ずに巨体は崩れ落ちる。

 地面を揺らした長く大きな真っ赤な体は三人の見守る前で徐々にその体を消滅させていった。

「強さってのは敵を殺す能力、敵を殺すってのはこういうこと。よく覚えておくことね」

 やがて敵の姿が完全に消えてなくなると、サミュエルは刀を背に戻す。

「まったく、勇者というのは誰をとっても大した玉だ」

 その馬鹿にしたような口調にもセラムは特に気を害することなく、呆れた口調で言葉を返す。

 まさにその時、二人の後ろに糸を解除したユメールが着地した。かと思うと脇目も振らずにサミュエルに詰め寄る。

「何を綺麗に纏めてやがりますか、そんなんで納得出来るかーですっ! やいお前っ、あれは一体どういうつもりですかっ!!」

「アンタちょろちょろしてるだけで役に立たないから囮に使ってあげたんじゃない。踏み台と囮、雑魚キャラらしい使い道ね。あのまま食われてりゃよかったのに」

「誰が雑魚キャラですか!!! お前性格悪過ぎんだろですっ、チョーシ乗ってると腕見てやんねえぞですっ!!」

「余計なお世話、この程度の火傷なんて戦闘に何の影響も無いっつーの。そんなこと考えてる暇があったらサッサと私の刀拾って来なさい」

「なんでクリスがっ!? お前が勝手に放ったんじゃねえかですっ。年下の癖に生意気言な奴め」

「歳しか上回ってる要素が無いってことを認めるわけね」

「馬鹿め、少なくとも乳はクリスの方がデカイです」

「あぁ?」

 やいやいと罵り合いを続ける二人。

 その横でセラムでただ一人次なる局面へと目を向けている。

「いつまでやっておる、すぐに向こうに合流するぞ」

「はっ!? お姉様は無事ですか? ですっ」

 ユメールが慌てて体の向きを変えると、続け様に三人の視線が同じ方向へと向けられる。

 いつしか随分と距離が空いている大魔王と戦闘を繰り広げる仲間達が未だ無事でいることは把握出来たものの、六つの目には明らかに当初の様相とは違っている戦いの様子が映っていた。


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