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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【第十一章】 二正面作戦



 大魔王ゴア、そして双頭を持つ赤龍。

 総数では大きな差があるが、向かい合う七人が抱く危機感はかつて魔王メゾアが襲撃してきた際のものとは比べものにならないレベルに達していた。

 どちらか先に仕掛けるのか。

 誰が最初に動くのか。

 一つ判断を誤ることが即座に死へ直結する事態になりかねない状況に誰もが防戦一方を強いられる前に攻撃を繰り出さなければという意志を咄嗟に抑え込んでいた。

 相手が大魔王一人であったなら迷わず感情に身を任せていたであろうサミュエルやアネットでさえそれは同じだ。

 見聞きしたことのない異質なドラゴンが放つ存在感はそれ程までに異様な雰囲気に包まれている。

「なんだありゃ。禍々しいことこの上ねえな」

 先頭に立つアネットは剣を肩に担ぐ様に持ち、二つに増えた敵の姿を睨み付けながら舌打ちをした。

 かつての戦いの記憶を辿っても大魔王がドラゴンを呼び寄せるという戦術を用いたことはない。

 百年前と変わらぬままでいるのは自分だけだったらしいと、良からぬ方向へ認識を改めざるを得なかった。

「まずただのドラゴンということはありますまい。アネット様ですら把握されていないとなると、その辺りの対応も簡単にはいきませぬ」

「残念ながらあんな化けモンは見たことがねえな。だが……」

「ああ、アレが何であれここで纏めて始末せねばならぬことに違いはない」

 呟くセミリアにアネット、クロンヴァールの言葉が返る。

 誰を取っても新たな敵に対し動揺を抱くようなレベルの戦士ではない。

 しかしそれでも、後手に回るまいとする中での出来事に瞬間の慎重さが生まれそのための機を逸していた。

 その僅かな時間差を見逃さず、大魔王ゴアが先手を取る。

 召還に用いた魔法陣が消えると同時に左手を翳し、身構えたまま言葉を交わしている七人に向けて凝縮された魔力を放出していた。

 刹那、両者の間に大きな爆発が起きる。

 すかさずセラムが相殺のための魔法を繰り出していた。

 そして、それが合図であったかの様に七人は陣形を崩しクロンヴァールを中心に左右へと散らばっていく。

 爆煙に隠れた大魔王と双頭の獄龍(モール・ドラゴン)の動向に注視しつつ攻撃態勢に入る者と敵の攻撃から味方を守るために備える者へと自然に分かれる中、薄れ始めた白き煙の奥では異変が起きていた。

 ドラゴンの姿が消えている。

 それに最初に気付いたのはアネットとセミリアだった。

「「下だっ!」」

 二人の声が重なる。

 同時に、反射的に飛び退いたサミュエルとユメールが地面を転がった。

 どういうわけか、二人の足下から丸飲みせんとするが如く大口を開いた二つの頭部が飛び出してきたのだ。

 紙一重で回避した二人はすぐに立ち上がり構えを取る。見上げる先には長く太い体を蠢かせるドラゴンが再び宙に浮いた状態で見下ろしていた。

 目映い光りが辺りを照らしたのは、その直後のことだった。

 突如として現れたのはドラゴンと同等の大きさを持った光り輝く一角の幻獣だ。

 幻獣はドラゴンの胴部に飛び掛かり、食い付いた勢いそのままに七人の上から巨体を遠ざけていく。

 その正体は大魔王が現れた瞬間から魔法力を生成し、いつでも術を発動出来るように備えていたセラムを除けば唯一攻撃魔法を扱うことが出来るキアラによって召還された雷獣である。

「相手がドラゴンとなると雷そのものである雷獣(エペタム)ではダメージを与えてはいないはずです。遠ざけることが精一杯、それも長くは保たないでしょう」

 食らい付く雷獣に脱しようと藻掻くドラゴン。遠ざかっていく二体の姿を見ようともせず、その視線を大魔王へと向けたままキアラが言った。

 雷獣の存在を知らない他の面々はその言葉で初めてキアラの魔法によるものであることを理解する。

「それで十分だ。地面に潜る能力を持っているとなると同時に相手にするのは避けるべきだろう。ここは二手に分かれる、あれは俺が引き受けようぞ。ユメール、双剣の、手を貸せ」

 クロンヴァールか或いは自分自身か。

 キアラの意図を汲み取り、次なる判断を下すための時間を与えてもらえる状況ではないと主の言葉を待つことなく方針を口にしたのはセラムだ。

 六人は同じく大魔王へ視線を戻している。

 敵を分断することが勝機を見出す最低条件であり大前提ともなった中で瞬時に動いたキアラの判断の早さ、そしてそれを可能にするだけの能力を身に着けていることに対し、心の中では若く未熟な総隊長であるという認識を改めていた。

「なんでクリスがっ! と言いたいところですが、奴の性質を考えれば仕方がねえです」

「ていうかなんで私まで入ってんのよ、勝手なこと言ってんじゃないわよ髭」

 そんな状況下にあってなお思うがままに不平不満を口にするユメールとサミュエルだったが、セミリアやアネットを含め口を挟もうとする者はいない。

 不毛な言い争いをする精神的な余裕がないこともその理由であったが、何を口にしようともセラムの人選が何を意味するかを本人達が理解していないはずもないという確証を持っているからだ。

「双頭のドラゴンが相手ならば二刀流のお前の方が幾許か相性もいいだろう。文句を言うな」

 納得がいかないのではなく口振りと態度が気に食わないだけのサミュエルはやはり付け加えられた一言に舌打ちを返したが、それ以上は何も言わず。

 代わりに口を開いたのはかつての師への全幅の信頼から黙っていたクロンヴァールだ。

「ロス、三人でいいのか」

「よもや大魔王より強いということはあるまい、ならば奴により戦力を宛がうべき局面だろう。二代目の、大魔王はお前が責任を持って仕留めろ。姫様に万が一のことがあったならば、その時は俺がお前を殺すぞ」

「アホか、その姫様に万が一があった時にゃアタシ等まとめて死んでらあ。さっさといけ、大魔王が臨戦態勢になってんぜ?」

 横目で睨み付けるセラムに手の甲を振って見せると、アネットは一つ大きく息を吐く。

 見る見るうちに全身に帯びる魔力を増し始めている大魔王のおぞましい笑みが否応なしに不吉を予感させていた。

 その耳は複数の足音が遠ざかっていく音を拾っている。

 特に言葉を返すことなくセラムが駆け出すと、すぐにユメールとサミュエルがその後に続いていた。

「相も変わらず、余裕ぶっこいた演技が好きな野郎だな。それで痛い目見て無様に逃げ帰ることになったってのによ」

 離れていく三人から気を逸らす。

 そんな意味を密かに込めて、アネットは視線そのままに挑発を口にしていた。

 大魔王の視線は目の前の四人に向けられたままだ。

「思い上がるな勇者よ。かつて不覚を取った原因はあの奇妙な刻印ただ一つ、貴様に劣っていたわけではない。そして……件の小僧はすでにこの世におらぬ」

 低く、威圧的な声が静かに返る。

 その目は声の大きさとは裏腹に殺気に満ち溢れていた。

「あいつは腕一本捨ててアタシ達に勝機を与えた。戦いの後も故郷や女を捨ててアタシとの誓いを果たすために人生を費やした。だったら一人残ったアタシが為すべきは今度こそテメエを始末し二人に報いることだけだろうよ。死に後れはもうアタシとお前の二人だけだ、道連れにしてでも地獄に送ってやるぜ」

 アネットは右手に持つ剣の先を大魔王へと向ける。

 言葉無くしてクロンヴァールやセミリア、キアラも同じく武器を向けていた。

「この場にいる全ての人間を殺し、この国の全ての人間を消し去り、そしてこの世の全ての人間を滅ぼす。それが余の役目であると理解するノダ……貴様もすぐにその生を終えることとなる、過去を語らいたければアノ世で存分に堪能するがよいっ!」

 徐々に大きさを増していくその声は最終的に怒鳴り声と化していた。

 大魔王は左腕を薙ぎ払う様に振り抜くと同時に凝縮された魔力を放出し、妨害させるものかと先手を打って攻撃を仕掛ける。

 その対象はアネットでも他の三人でもなく、遠ざかっていく三つの背中だった。

 一筋の光りが四人の横を通過していく。

 誰もが自分達に向けられた攻撃であると思う警戒心から反応が一瞬遅れたことを悔いた瞬間、閃光の軌道は逸れ、向きを変えていた。

 ただ一人大魔王の考えを見透かし、魔力の放出と同時にその方向へと斬撃破を放つことでそれを可能にしたのはアネットだ。

「言ってる傍から目移りたぁ、何年経っても卑劣さは健在ってか? こちとら百年分の思い背負ってんだ、言葉にゃしきれねえが……その体にキッチリ刻んでやっから精々アタシから目ぇ逸らしてくれんなよ」

「貴様が全てを賭して人の世に残した百年は魔族が新時代の糧を与えたに過ぎぬ……この日この場所がその礎となるのだっ!!!」

 再び猛り、大魔王は四人に開いた手を向ける。

 そして。

 キアラ以外の三人にとっては記憶に新しい、魔族の最上位たる存在にのみ操ることが許された暗黒魔術の名を一つ、今一度口にした。


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