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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第九章 後編】 勇者の居ないパーティー

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 12/10 台詞部分以外の「」を『』に統一


 意気軒昂。

 それぞれがそんな心持ちで挑んだこの試練という表現にも違和感の無い危機立ちはだかる道への第一歩。

 ほとんど洞窟と化している地下迷宮の半ばにある大きな空洞に足を踏み入れてなお、そんな気概を保ったままでいられた者は恐らく皆無だと言えた。

「な……なんなのよ、あれ」

 誰もが状況を把握しようと沈黙の、言い換えれば絶句の一瞬を経て最初に感想を漏らした春乃さんは僅かに後退り、恐怖のあまり目を見開いている。

 それもそのはず、目の前に居るそれは魔物というよりは化け物だった。

 一言で形容するのならただのムカデなのだが、問題はその大きさである。

 映画に出てくる大蛇の様な巨大なムカデが二匹、こちらに気付いていないのかノロノロとした動きで十数メートル先で蠢いていておいそれと先に進むことが出来ない。

 大きく長い足がにょろにょろと連なって不気味に動き、その口器には太く鋭い顎肢がはっきりと見えていた。

「さすがに……デカすぎじゃね?」

 いつもならテンションが上がったり我先に目立とうとする高瀬さんですら呆れた風に苦笑している。

 恐怖している感じではなさそうだが、それでも直前まで振り撒いていた気合いはどこかに飛んでいってしまったようだ。

「怖いとか怖くないとか以前にあれをどうにかする方法があるのかと疑問になるぐらいには大きいですね」

『ありゃジャイアント大ムカデだな。ここまでデカいのは俺も始めて見たぜ』

「ジャイアント大ムカデ……そりゃ大きいわけだ」

 むしろ【ジャイアント】と【大】という言葉が同時に付いている名称の生物がいることに驚きである。

 とはいえ誰かが大声を上げていたら不味いことになっていたのは明白なので皆よく我慢したものだと感心しちゃうレベルの化け物だという事実を否定する材料が無さ過ぎて悲しくなってくるけど。

『毒を持ってやがるから噛まれたらヤベェってことは頭に入れておけよ』

「いや、毒があろうと無かろうと噛まれた時点でアウトだと思う……あの大きさじゃ」

 どう見ても家にある包丁とかよりも長いもの。

 噛むというよりも刺すって言った方がしっくりくるもの。

「しかし、どっちにしろあの虫をどうにかしないと先に進めないんだぜ康平たんよ」

「そうですね。問題は二匹いるのをどうやってやっつけるかなんでしょうけど、位置関係からして二手に分かれるか一匹ずつに絞るか……どちらにしてもジャックの言うように近付き過ぎると危険なのでその辺も考えないといけないですね。みのり、大丈夫?」

 あっちから襲ってこないのが唯一の救いである状況で、先頭に立っている僕と高瀬さんの後ろにいる三人を振り返ってみる。

 つい先程まで幽霊に怯え続けていたみのりだ。

 きっと涙目で震えているに違い無い。と、思ったのだが、意外にもそこに怯えるみのりの姿は無かった。

「うん、危ないのは分かってるけど怖いとかは大丈夫だよ」

「あれ、意外だな。てっきりまた怖がってるかと思ったんだけど」

「わたし虫とかは割と平気なんだ。いつも厨房にいるからかな?」

「あれを虫だからって理由で割り切れるんだ……」

 僕よりよっぽど肝が太いよねそれ。

 そんな人間が見たこともない幽霊を怖がるかな普通。

「でも康ちゃん、春乃さんが……」

 ひとまずの安堵を漏らしたのも束の間、みのりは心配そうにもう一つ後ろを振り返る。

 そのみのりの服を指で掴み、陰に隠れる様にしている春乃さんは動揺を通り越して今にも泣きだしそうな顔で震えていた。

「は、春乃さん? 大丈夫ですか?」

「あはは……だ、大丈夫……とは言えないけど心配はしないで。逃げ出したりはしないから……でも、戦うのはちょっと無理そうかも……あたし虫だけはどうしても駄目でさ、もう足ガクガクだし」

 無理して笑ってみせる春乃さんの声は弱々しく、もはや何かに掴まっていないと立っている事も困難であろう程に腰が退けている。

 いくら性格が強くとも女性なのだ。

 無理をさせるさせるわけにも、危険な目に遭わせるわけにもいかないというのが一般的な男としての考えだろうとは思う。

 そりゃ許されるならば僕だって遠慮したいところだけど、今回ばかりは打算的に回避するわけにもいかなそうだ。

 きっとこんな状態でも春乃さんは逃げたり隠れたりを選ぶことはないだろう。

 セミリアさんを助けに行く。その目的のために、何があろうとも。

 そのためにはもう傍観者いることは出来ない。腹を括るしかない。

「高瀬さん」

「お?」

「さすがに僕達だけ逃げ出すわけにもいかなくなっちゃったみたいですよ?」

「ふっ、愚問だな康平たん。ハナから俺様の攻略本に逃げるのコマンドはないぜ」

「なんですか攻略本って……せめて辞書とか言って下さいよ」

「細かい事は気にするな。それよりジャッキー」

『ああ』

「奴を倒す上での現実的かつ有効な戦術は何なんだ?」

『そりゃ昆虫族である以上は火ってことになるだろうぜ。あんなナリじゃなけりゃ物理的攻撃も効果的だが、ありゃ例外と言っていいだろうしな』

「なるほど、炎系統か。ならばやはり俺様の出番というわけだ」

「でも高瀬さん一人じゃ危ないんじゃないですか? といっても僕に火を起こす術はないので出来てもサポートぐらいなんでしょうけど」

 僕は高瀬さんと違って火を吹く銃など所持していない。

 かといって一人で送りだそうというのは愚策過ぎる。

「心配は無用だ康平たん。なにせ俺様は既に炎の呪文で魔物を追っ払った経験があるんだぜ? 俺様のイグニッションファイアーに掛かればデカいだけの虫なんざ一発KOってもんよ」

 恐ろしく得意げな顔で親指を立てる高瀬さんは頼もしいように見えて、何故だか嫌な予感がプンプンした。

 とはいえ他に手段も無い以上ここは攻撃役を担ってもらうのが最良だろう。間違ってもコウモリの時のあれは呪文などではないと思うけど。

「というか、またスプレー攻撃なんですか? 銃を使わずに」

「さして威力は変わらないはずだからな。ならばあっちの方がテンションが上がるのがサバゲ好きってもんだろう」

「ではある程度近付く必要がありますし僕も付いていきます。同じ危ないなら盾がある分僕が居た方が万が一の時に対処出来るはずですから」

「例のバリアか。戦闘要員じゃない康平たんが壁役というのもおかしな話だが、今回ばかりは頭数的にも仕方ねえな。どのみちこの首飾りがありゃ死ぬ事はないらしいんだ、あとは気合いと根性と16連射で乗り切ろうじゃねえか」

「僕はそのどれも持ち合わせていないっぽいですけど、セミリアさんが心配であることに変わりはないですからね。やってみるしかないでしょう。ジャックもそれで異論は無い?」

『やむを得ねえだろう。確かにこのメンツで、かつ女二人を戦わせないようにするためにはそれしかねえ』

「じゃあ行きましょうか。みのり、春乃さんをお願いね」

「う、うん。それは大丈夫だけど、康ちゃん……危なくなったら逃げないと駄目だよ? 約束」

「大丈夫だよ。少し離れた位置から高瀬さんが火を吹きかけるだけだから。駄目そうだったらすぐ退散すればいいんだし」

 口にしてみると分かるが、仮にも生物である大ムカデに火を浴びせようとしているとはなんと残酷な話だろうか。

 人を襲い脅かす魔物だからという理由で割り切れてしまえるあたり僕もこの世界に適応し始めているのか、単に理屈的でありながら達観的な性格ゆえのことか。

「康平っち、おっさん、悪いけど……任せた」

 みのりの後ろから春乃さんが申し訳なさそうにこちらを見ている。

 虫を視界に入れないようにしながらも弱々しく拳をこちらに突き出した姿からも春乃さんなりの勇気をもってこの場に留まっていることは馬鹿にだって分かるというものだ。

 その場その場でそれぞれに役割が与えられるのであれば、それに呼応することが僕の今の役割だと思えない様な人間にはなりたくない。

「なんとかやってみます。虎の人、二人をお願いします」

「任されたトラぞ、ボーイズラブ。ひとまずはレディーマスターとゴールデンブラックの守護をするトラ。必要とあらばいつでも戦闘に参加してやるトラ」

 高瀬さんと違って見た目もその言葉も頼もしい限りである。

 自らを強いと言ってしまえるぐらいだ、万が一の時に二人を逃がしてくれるぐらいの事は心配しなくてもこなしてくれそうだ。

 その惜げもなく露わになっているムキムキの肉体からしても戦闘に参加してもらうべきなのだろうけど、この人はどう考えても肉弾戦向きだろう。

 ならば物理的な攻撃が効かないのであれば二人を守ってもらえる方が適材適所の配置といえる。

 ともあれ、いつの間にか見た目の色だけの呼称になってしまっている春乃さんのためにもやってみますか。

「高瀬さん」

「おう。たかがデカい虫程度じゃ中ボスと呼ぶには不相応だということをあいつらに教えてやろうじゃねえか」

 ニヤリと意味不明な言葉を添えて笑みを浮かべる高瀬さんは足を進め始めた。

 僕もすぐ後ろに付いてゆっくりとムカデに近付いていく。

 虫にも音が聞こえるらしいことを踏まえ、意味があるのかどうかは分からないが出来るだけ静かに、息を殺しながら。

 分かっていたこととはいえ、ムカデとの距離が縮まるに連れてその大きさと気味の悪さをより鮮明に認識させられる。

 一歩間違えれば大惨事。

 そんなヒリヒリとした緊張感に負けまいと生唾を飲んで神経を尖らせて足を進めていく。

 そのまま二、三メートルの位置まで近付いたところで、僕と高瀬さんの足が同時に止まった。

 僕達の位置から見て前後に重なるような位置にいる二体の大ムカデ。その手前の一体にどう見ても警戒と取れる動きがあったからだ。

 他所を向いていた体はこちらを向き、触覚がぴくぴくと動いている。

 これ以上近付くのはまずい。虫というジャンルに精通していなくともそう分かる挙動だった。

 あの高瀬さんも察するぐらいだから間違いないとみていいだろう。

 しかし、中距離から攻撃を仕掛けるには既に十分な距離まで来ていることは間違いない。

 高瀬さんもそのつもりらしく、あの巨大コウモリを撃退した時と同じ様に手に持っていたスプレー缶と簡易ガスバーナーをムカデに向けると、


「イグニッションファイアアアァァァァー!!!」


 例の意味不明な技名を合図に即席火炎放射器を発動させムカデに炎を浴びせた。静かに近付いてきたことを台無しにする雄叫びをあげながら。

 一瞬にして炎の体積は広がり、大きさが大きさだけに全身とはいかなくとも確実にその長い体の一角を覆っていった。

 思わず目を背けたくなる光景。

 しかし握った拳にグッと力を入れながらどうにか堪えて高瀬さんとムカデの一挙手一投足をに気を配ることに集中する。

 目を背けようものなら、その瞬間何をされるか分かったものじゃない。

 万が一の時には僕が高瀬さんの盾にならないといけないのだ。

「…………」

 見守っていた時間は恐らく十秒足らず。

 そんな僕なりの使命感も杞憂だったのか、炎の噴射が終わる頃にはムカデからは一切の動きがなくなっていた。

「へん、どんなもんでい」

 そこでムカデに向けた手を降ろした高瀬さんは達成感たっぷりだ。

 未だムカデには動く気配はない。

「ジャック、どうなの……これ」

『残念ながら、全くダメージは無さそうだぜ?』

「……なんだと? どういうことだジャッキー」

『どうもこうもねえよ。ヤツの体を見てみな、外傷なんざ微塵もねえ。それどころか……』

「「それどころか?」」

『向こう側に繋がる通路を見な。もう一匹出て来たぜ』

 ジャックの不吉な台詞に恐る恐る視線を胸元から奥に繋がる通路に向けてみる。

 その言葉通り、ほとんど同じサイズの大ムカデが奥に見える通路から丁度この空洞に入ってくるところだった。

「ふ……増えちゃってるし」

 二匹のうち一匹ですらどうにもなっていないというのに状況が悪化してしまった。

 そんな目の前の事実に思わず言葉が漏れていた。

 常に冷静に、そして思考で相手を上回ること。

 そんなジャックやノスルクさんのアドバイスを思い出しすぐに思考を巡らせてみるも、ジャックの言った通りあれだけの炎を浴びせて効果が無かったとなると次の手など考えられやしなかった。

 取り敢えずこの場に留まっては危険が増すだけだ。皆のところまで戻ってどうすべきかを相談した方がいいのではないかと高瀬さんに提案しようしたのだが……。

「ダーッシュ!!」

 既に高瀬さんはもの凄い勢いで走っていってしまっていた。

 慌てて僕もその後を追い背後から非難の言葉を投げつける。

「ちょっと、なに一人で逃げてるんですか! さっき攻略本がどうとか言ってたくせに」

「バッキャロー! 逃げてなんかないやい。戦略的撤退だ」

「色んな意味で最低ですね」

 なんて言ってる間に後ろで待っていたみのり、春乃さん、虎の人の位置まで戻って来た。

 すぐに緊張のせいか変に息が切れる僕の顔をみのりが覗き込む。

「康ちゃん、大丈夫?」

「まあ見ての通り僕はなんともないけど、あれ……どうしよう」

「あ、あはは……増えちゃったね」

 正直笑い事でもないのだけど、みのりに言っても仕方あるまい。

 とはいえどうしたものか。

「まあ、よくやったよ康平たんは。ドンマイ」

「……何で僕のせいで増えたみたいな感じにしようとしてるんですか」

「だって俺のせいじゃねーもん」

『珍獣のせいだとは言わねえが、きっかけはあの攻撃だったことは確かだろうぜ』

「……マジで?」

「効果は無かったとはいえ、攻撃を受けたことで周囲に警戒を呼び掛けているのはここからでも確認出来たトラ。それで奥にいたもう一匹も出て来たんだろうトラ」 

 ジャックに変わって補足したのは虎の人だ。

 僕としては誰の責任とかって話ではないと思うのだけど、状況が絶望的になっていることに違いは無い。

 そして虎の人の言葉を聞いてのことか、その絶望的な状況に一番絶望しているであろうみのりの後ろで震えていた春乃さんが絶望を通り越して……キレた。

「ちょっとおっさん! どうなってんのよこれ! やっつけるどころか増えてんじゃない!」

「うおっ、なに急にキレてんだゴスロリ」

「あんたあれだけ息巻いてたくせにぜんっぜん役に立たないじゃない! 何が一発KOよ! KOのこと【気持ち悪い・おっさん】の略だと思ってんじゃないでしょうね!? 違うわよバカ!」

「誰がおっさんだあぁぁ!」

「言ってる場合ですか二人とも……ジャックどうしよう」

「そうだっ、元はと言えばジャッキーのせいなんだぞ」

 突然怒りの矛先を変え、僕の胸元に怒鳴り始める高瀬さん。

 何故この状況で口論が出来るのだろう……ある意味羨ましい。

『何が俺のせいだってんだ』

「ジャッキーが炎が弱点って言ったんだぜ? だから俺たちゃ特攻したってのによ」

『別に嘘こいたわけじゃねえぞ? 単に威力の問題だろう。あのレベルの炎じゃダメージを与えるには遠く及ばなかったって話だ』

「そんな馬鹿な……」

 三体に増えたムカデがゆるりと蠢くのを遠目に眺めながら一層気が重くなるのを感じる。

 確かに高瀬さんの起こした炎はムカデの巨体からすれば小さなものだった。

 だが人間目線で見れば十分大やけどを負うだけの炎と言っていいだけの火力はあったはずだ。

 それが効果ゼロとなれば現実的に炎で攻撃するという手段は取れないのではないだろうか。

 そうなってしまえば何か他の方法を考えるしかない。

 その存在するかどうかも分からない他の案をジャックに聞いてみようとしたのと同じタイミングだった。

「くっくっくっくっ……」

 高瀬さんが急に高笑いを漏らし始めた。

 一同はそこにどんな理由があろうともドン引きである。

「なんなのこいつ……とうとう壊れちゃったわけ?」

『おいおい、どうしたってんだ。絶望してる場合じゃねえだろう。仲間が待ってるんじゃねえのか? しっかりしやがれ』

「案ずるな、俺は正気だ。それよりも、威力が足りないだって? 見くびるなよゴスロリ、ジャッキー。あれしきが俺様の本気だとでも? 舐められたもんだな」

『なにか奥の手でもあるってえのか?』

 ジャックが聞くと、

「お前達にこれだけは言っておいてやる」

 いかにもとっておきの奥の手がありそうな口ぶりの高瀬さんに皆が注目して言葉の続きを待つ。

 ニヤリとドヤ顔を維持したままのその口から出て来たのは、

「今のはメラゾーマではない……メラだ」

 案の定どうでもいい言葉だった。

 聞かなかったことにして作戦会議を再開する。

「ジャック、炎以外に何か効果的な方法は無いの?」

『何度も言うがあのサイズだ。斬撃や爆発系の呪文をそれなりの威力で扱えりゃ効果は大きいだろうが、お前達には無理だろうぜ。となれば炎が一番現実的だったんだが……』

「結局行き着く先はその威力をどうするか……ってことに戻るんだね」

『そういうこった。おいトラ助、おめえ炎系の特技ぐれえ習得しちゃいねえのかい』

「扱えるトラぞ」

 ……なんだって?

「え、ちょっと今なんと仰いました? あなた火を起こせるんですか?」

「うむ」

「…………」

 あっけらかんと答えた虎の人の言葉は僕の聞き間違いではないかと思うには十分な疑問だらけの肯定だった。

 人の非を咎めることだけは率先してやってくれる二人が居る残念なパーティーのおかげで、僕の疑問は口にするまでもなく春乃さんによってぶつけられる。

「はああ? ちょっとトラ! だったらなんで先に言わないのよ、そしたらこんな【動く気持ち悪い】に頼ったりしなかったのに!」

「誰が動く気持ち悪いだ! 石像みたく言ってんじゃねえよ! お前だって驚きすくみあがっていただけの役立たずのくせに」

「なんですってぇ!」

「事実だろうが」

 一転、二人は顔を付き合わせて睨み合いを始める。

 虎の人に対する怒りもさることながら、彼らの抱いた使命感や危機感はどこにいったのだろうか……。

 いい加減時と場合を考えて欲しい。という主張はとうに諦めているが、せめて目の前にあんな化け物がいる状況で大声を出さないでいただきたい。


 ゴン! ゴン!


 そんな切実な願いが通じたのか、二つの鈍い音が口論の声を遮った。

 理由は簡単。

 またしても虎の人の拳骨が二人の頭に落ちたからだ。

 落とされた二人は言わずもがな、傍に居た僕も一緒になって驚いたわけだけど、後ろであたふたしているみのりを見ての行動だったのだとすぐに悟った。

 二人は頭を抱えて仰け反りながらも、すぐに虎の人へと怒号を浴びせる。

「いったぁい! 何すんのよトラ!」

「なにすんだぁ!」

「口論している場合か! と、レディーマスターが言っているような気がしたトラ」

『トラ助と嬢ちゃんの言う通りだ。喧嘩してえなら帰ってからやれ。仲間も自分達も危機の中にいるってのに』

 100%の正論に二人はバツが悪そうに顔を見合わせる。

 勝手に自分のせいになっているみのりが後ろで『えぇぇ!?』とショックを受けていたが、こうでもしないと反省してくれないし必要な犠牲だったと思うことにしよう。

「わ、悪かったわよ。で? トラが火起こせるとして、これからどうすんの康平っち?」

「まず状況的にムカデが三体に増えちゃってるとこからして大問題ですよね。なので虎の人に聞きたいんですけど」

「なんだトラ?」

「あなたの起こせる火というのはどのぐらいの威力……というか規模なんですか?」

「あの程度の魔物なら確実に一体、無理をすれば二体は倒せると思うトラぞ?」

「だったら最初からゲレゲレがやればよかったんじゃね?」

 高瀬さんがジト目で呟いた。

 悲しきかなこればかりは同感せざるを得ない。

「今のオイラはレディーマスターと、ついでにブラックボンバーの守護が第一の役目だトラ。戦闘よりも全員が無事でいることが優先されると言ったのは参謀とやらのボーイズラブも言っていたはずだトラ」

「確かに言いましたけど……」

 そこは臨機応変にというか、せめて最初に言ってくれれば選択肢として組み込めたのでは……。

「……ていうかなんであたしはついでなわけ?」

 という春乃さんの抗議を掘り下げるとまた話が逸れていくのでスルーさせていただこう。

 いや、ほんと致し方なく。

「どっちにしろ配置換えはするしかないんだろ? 康平たん」

「そうですね、虎の人が本当にムカデをやっつけられるならその役目をお願いしたいんですけど、みのりもそれでいい?」

「うん。わたし達だけ無理に守ってもらってるよりみんなが無事にセミリアさんの所に行くことを優先したいから、わたしもそうしてもらった方がいいと思う。だから猫さん、康ちゃんの作戦を手伝ってあげてくれないかな」

「任されたトラ」

「ではお願いします。でも、任せられるのは一体か二体なんですよね?」

「レディーマスターの頼みだ。多少の無理をしてでも二体請け負おうトラ。だがそれ以上は難しいトラな。オイラの技の場合、性質上連発は出来ない。一体を残して時間を稼ぐ手もあるトラが、仲間が倒されたとあればその一体は確実にこちらに攻撃を仕掛けてくるトラ。そうなれば盾を持っているというボーイズラブを除いたとしても三人を同時に守るのは困難だろう…………トラ」

「なるほど……」

 確かにあんなのが突進でもしてこようものなら不思議な盾を持っている僕ですら身を守れるかどうか怪しいものだ。

 みのり、春乃さん、高瀬さんに関しては身を守る物を持ってすらいないので逃げる以外の選択肢がなくなってしまう。

「つまり……命がけの鬼ごっこをしながら時間を稼ぐか、一体は僕達でなんとかするしかないってわけですね」

「そういうことだトラ。どうするかはお前達が決めろトラ。ただし、いい加減時間のことも気にしなきゃいかんがな…………トラ」

「ということですけど、皆さんの意見はどうですか?」

 今なお数十メートル先では大きなムカデが三体、にょろにょろぐねぐねとしている。

 そんな中、いの一番に春乃さんが何かを言い掛けたのが目に入ったが、声に出す前に口を閉じてしまった。

 この場に限れば自分が協力出来ない立場だけに自分の主義主張を述べるのを躊躇ったのだろう。

 気にせず思ったことは言って欲しい。ということを伝えようとするも、それは高瀬さんの言葉に遮られてしまった。

「愚問だな康平たん。危ない橋一つ渡れない奴が勇者の仲間を名乗るなどちゃんちゃら可笑しいぜ。勇者たんを助けに行くんだろ? 前進あるのみだ」

 さっき真っ先に逃げたくせに……。

 と言いたいところだけど、どのみち選択肢などあってないようなものだ。

 形式的に意見を募っているが、実際には誰かにそう言ってもらうための問い掛けのようなものでしかない。珍しく空気を読んでくれたので不問にしておいてあげよう。

「高瀬さんや春乃さんならそう言ってくれると思っていました。僕も同意見なのでさっきと同じように僕と高瀬さんで残りの一体をどうにかする方向で……」

「でも康ちゃん、高瀬さんのなんとかファイアーよりも大きな火を起こさないと駄目なんでしょ? 何か方法はあるの?」

 ごもっともな疑問を呈するみのりは心配そうで不安そうな顔をしている。

 確かに勝算も無く行き当たりばったりでどうにかなる問題ではないのだが、残念なことにその方法なんてまったく考えつかない。

 どうしよう、全員が揃って僕の打開策待ちみたいな雰囲気になってるんですけど……と若干居たたまれない気持ちになっていると高瀬さんがドヤ顔を維持したまま鼻頭を指で擦った。

「方法……無いことはないぜ」

「本当ですか? 一体どんな方法なんです?」

「です?」

「こいつだ」

 みのりと揃って疑問符を浮かべると、高瀬さんは手に持っていたそれを差し出してくる。

 先程も使用していたお徳用……というかほとんど業務用の大きなコンロ用のガスボンベだ。

「またこれを使うんですか? でもそれじゃさっきと……」

「まあ聞け康平たん。イグニッションファイアーじゃなくこれ自体を爆発させるって戦法だ」

「そのガスボンベを……なるほど、そういうことか」

「問題はその確実性だな。そんなこともあろうかとガス銃ならもう一丁あるが、どうする?」

「うーん、考えつく方法としてはそのガス銃で……」

「康ちゃん康ちゃん」

「どうしたの?」

「ボンベを爆発させるってどういうこと?」

 高瀬さんの言わんとすることを理解し具体的な作戦を考えていると、意味が分かっていないらしいみのりが僕の服の袖を掴んで揺すった。

 ちなみにガスボンベ自体知らないらしいジャックは『ガスボンベってなんでい?』と言っていたが取り敢えず後回しだ。

「このボンベに外から衝撃を加えて破裂させれば当然ガスが漏れるでしょ? そこにさっき効果が無かった様な大きさでも火を起こして引火させれば業務用サイズな分さっきの炎よりもより大きな火を爆発を伴った上で発生させることが出来るって理屈だよ」

「そっか……それならなんとかなるかもしれない」

「ただ高瀬さんの言う様に確実性に欠ける。自分達が巻き添えにならない為にはある程度離れた位置からそれをやらなきゃいけない。そうなるとあのムカデの近くにボンベを設置するなり投げ付けるなりしなきゃならないんだけど、そんな距離から確実にボンベを破裂させるとなると……」

「こっちのガス銃なら威力的に缶に穴を空けるぐらいは出来るだろうが、流石に一発で当てれるかどうかは怪しいってのが正直なところだ。それでもよけりゃ任されるが……」

「それしかない、ですかね。本当は高瀬さんには破裂させた後にその銃で火を出して貰わないといけないので別の方法がよかったですけど。それに外してしまうとその攻撃がきっかけでムカデが位置を変えてしまわないとも限りませんし」

「もっともだが、もう考えてる暇も惜しい。分が悪くともやるしかないんじゃねえか康平たん?」

「そうみたいですね。じゃあ……」

 一か八かやってみましょう。

 と、話が纏まりかけた時。不意にみのりが挙手をしながら上擦った声でそれを制した。

「あ、あのっ……だったらわたしのパンチの衝撃波でボンベを壊すっていうのは……」

 言い辛そうにしている理由は不安からか反対される可能性を考慮してか。

 半ばから声が小さくなっていってる上に許可を求めるための、許しを請う様な顔は僕に向いたところで落ち着いた。

 これでも考え得るだけの方法とその有効性を必死に計算していた僕だ。第三者がその役目を担うという策とその該当者の選択肢もとっくに考えたさ。

「みのり、気持ちはありがたいけど上策ではないよ」

「ど、どうして? わたしだって……」

「うん。言いたいことは分かってる。でも単に危ないからとか女の子だからってだけの理由で言ってるんじゃないんだ」

「だったらどうして?」

 みのりは少し拗ねた感じの、どこか問い詰める様な口ぶりで首を傾げる。

 日頃の言動からしてもこうなった時のみのりは『ちゃんと説明してくれるまで引き下がらないからね』と言っているのと同じである。

 いつまでも自分だけが安全な立ち位置にいることにもどかしさを感じていることはすぐに分かったけど、僕自身の気持ちも含めて色々と事情があるのだ。

「よく考えてみて欲しいんだけど、みのりのその武器も離れた位置から狙うってことに違いはないでしょ? だとしたら命中率という点からしてもサバイバルゲーム経験のある高瀬さんより精度が高いって言い切れる?」

「それは……そうだけど」

「加えてこれはノスルクさんが言っていたことだけど、それはあくまで打撃を放出する武器であって打撃の形状は失われないって仕様だったはず。そうなると多少威力が強かったとしてもパンチでこの缶を破裂させられるかどうかの保証が無いんだよ。仮に命中する前提だったとして、缶がへこんだだけに終わったり、最悪その衝撃で缶自体がはじき飛ばされてしまう可能性もある。そうなった時点で作戦が失敗してしまうってわけ」

『ほう……大した知謀じゃねえか相棒』

「将棋は得意だからね」

『ショーギ?』

「やっぱり分からないか。要は計算が早いってことだよ」

 なんて軽口を叩いている間にみのりも観念したらしく、どこか悔しそうに肩を落とした。

「そういうことだったら……仕方ないよね」

「そう落胆するなってみのりたん、俺達に任せとけい。康平たんにも言ったが、何も戦うだけが仲間じゃねえぜ。俺のルミたんを見習ってラブを送ってれば勇気百倍アソパンマソってもんよ」

「高瀬さん……」

 みのりは自らの肩に手を置き、爽やかで晴れやかに意味不明な事を言う高瀬さんを見上げる。

 一見みのりを励ます仲間意識に溢れる光景にも見えるが、付き合いの長い僕にはみのりの頭に浮かぶ【?】が見えていた。

 恐らく気遣ってくれているのは理解しつつも、言っていることの意味は分かっていないのだろう。

 ともあれみのりも納得してくれたみたいなので今はよしとしよう。あとは僕達が頑張るだけだ。

「高瀬さん、じゃあいきましょうか」

「まかせろぜ。俺は銃でガスボンベを潰す、康平たんが先にそれを投げ付けるってことでオケなんだな?」

「ええ、あまりコントロールに自信は無いので僕だけさっきよりも少し近付いてみようと思います。最悪爆発に巻き込まれそうになっても防ぐ手立てがありますし」

 ノスルクさんとの練習以来使っていない盾を頼りにしすぎるのはどうかとも思うのだが、あれだけの化け物を前にして何の危険も無く、何のリスクも無くという考えは捨てなければもっと大きな後悔を呼ぶであろう事は容易に想像出来る。

 格好付けて命を懸ける勇気も、殺されかねない相手に正面から向かっていく度胸も無い僕だけど、謎だらけの世界で理解不能な化け物を相手に戦おうとしていることに理屈を求めるのを止めた瞬間から考えるべきはただ一つ。

 助けを求めてきたセミリアさんの手助けになれるように出来る事を最大限する。

 それが僕が決めた僕なりの覚悟であり、その覚悟は皆の信頼に答える事でのみ意味を持つのだ。

 すなわち、あらゆる可能性や選択肢とそれによって生じる結果や行動に伴うメリット、リスク、そして成功失敗それぞれの場合の対策、対処と次の行動に至るまで全てを天秤に掛けて最善を導き出さなければならない。

 ふぅ、と一つ息を吐いて道を阻む三匹の巨大生物に目を向ける。

 不思議と焦りも緊張も無い。

 勝利への過程は困難である程に燃える。

 普段のゲームならまだしも、今この場でそんな感情が芽生えてしまうのは不謹慎なのだろう。

 どんな勝負事においても、結果としての勝利のために背負うギリギリのリスクに身を委ねるその刹那の気の高ぶりは心地が良かった。

 それは今とて同じ事。

 少しの危険があろうとも最終的に全員無事でセミリアさんと合流することが勝利だとするならば、策や知能で上回ればいいだけの話だ。

「よし……高瀬さん、行きましょうか。そろそろ時間も惜しいです」

「うむ。劇場版の時だけ射的の才能が後付けされるのび太君さながらの銃撃っぷりを見せてやるぜ」

 言っている意味はよく分からないが、彼も臆してはいない様だ。

 少なくとも不安や恐怖を抱いたまま作戦に当たるよりはずっといい。

「康ちゃん……頑張って」

 真剣な面持ちのみのりの言葉に同じく気を引き締めて無言で頷き、そのまま高瀬さんと肩を並べて一歩目を踏み出す。

 ほぼ同時に後ろから声がした。

「待って」

 振り返ると声の主である春乃さんが強ばった表情でこちらに向かって来ていた。

 先程までの一番後ろに居たはずが僕達のすぐ傍にまで近寄って来ると、意を決した様な強い目力でまっすぐに僕を見る。

「どうしたんですか?」

「あたしも……行く。その役、あたしがやる」

「なに急にやる気になってんだ、ゴスロリボンバー」

「誰がゴスロリボンバーよ。おっさんの分際でとんぬらレベルのネーミングセンスを披露してんじゃないわよ」

「そんなことより、行くってどういうことですか春乃さん。無理しなくても丈夫ですよ、僕達がなんとかしますから」

 高瀬さんといつもの様に文句を言い合っている風ではあるが、その声音はいつも通りのものではない。

 だが、言い換えれば不安要素になりかねないので遠慮してくれという意味にもとれる僕の言葉に春乃さんが引き下がることはなかった。

「康平っちの気持ちは嬉しいよ、なんだかんだ言っても優しいよね。でもさ……やっぱガラじゃないんだよね。人任せにして見てるだけってのは。みんながあれこれ必死にやろうとしてるのに一人だけ傍観してられないじゃない。そりゃ怖くないって言ったら嘘になるけど、怖い思いをしないために何もしないぐらいなら……怖い方がずっといいもん」

「だからってお前が来ても大して変わら……」

「そんなことないわよ。きっとこの役はあたしが一番適任だもん。そうでしょ? 康平っち」

「む……そうなのか康平たん?」

 二人に加えてみのりと虎の人までもが僕を見ている。

 他の三人は別としても、春乃さんにそんな顔を向けられてはもう黙っている意味もなくなってしまっていた。

「理屈だけで言えば……確かに春乃さんの仰る通りです」

『その理屈ってのは?』

「難しい話ではないんだけど、単純にマシンガンの性質を持っている春乃さんのギターで缶を狙えば命中率は大幅に上がるっていうのが一つ。そして同じ理由で高瀬さんのガス銃の玉と違って缶を破裂させた際にそのまま引火してくれる可能性が高いから火を放つ工程がカット出来るって利点があるんだよ」

「「お~、なるほど」」

 高瀬さん、みのりが関心したようにそれぞれ手を合わせる。

 ほとんど同じタイミングでジャックも同様の反応を見せた。

 もっとも、ジャックならこのぐらいの事は分かりそうなものだ。単にガスボンベやマシンガンその物を知らないがゆえにその発想に至らなかったのだろう。

 全員が納得したのを見てか、春乃さんが後に続く。

「そういうこと。だからあたしならほぼ確実に成功させられるってわけ。康平っちは敢えて言わないでいてくれたんだろうけどね」

「まぁ……ああいう状態の女性に付いて来い、と言えるほどの男らしさを持ち合わせていないもので」

「誤魔化しても駄目駄目。そんな理由じゃないでしょ? ずっとあたしやみのりんの安全ばっかり優先してたくせにさ。でもね、同じ怖いでも『付いてこい』じゃ駄目かもしれないけど『一緒に頑張ろう』って言ってくれた方が安心出来ることもあるんだよ、女の子ってのは」

「そうなんですか……」

 乙女心に精通していない僕にそれを踏まえて作戦を立てるのはさすがに難しいなぁ……なんて思っていると、

「そうだよ康ちゃん! 春乃さんの言う通りだよ」

「……何故にそっちから力説が?」

「確かにさくせんコマンドにおける【みんながんばれ】ってのは意外とバランス良く各自が行動してくれたりするもんだ。だが使い所を間違えたり乱用するとパーティーから、お前も頑張れよ! と思われかねない地雷作戦でもある。そうなると腹いせにクリフトが無意味なザラキ連打を始めるから気を付けるんだぞ康平たん」

「…………何故にそっちから意味不明な横槍が?」

 そもそもクリフトって誰だ……。

 いや、そんなことはさておき。それがみんなの意志であるなら尊重せざるを得まい。

 その結論が春乃さんの、そしてみのりの覚悟だというのなら『危ないから駄目だ』と言ってしまうのは今後僕も含めてセミリアさんの支えになりたいという気持ちを蔑ろにすることと同じだ。

 危なくなさそうなことだけやる。出来ることだけ頑張る。

 とっくにそんな気持ちで事足りる状況ではなくなっていると自分に言い聞かせておきながら、僕がやろうとしていることは勝算の無い不確定要素だらけの賭けでしかなかった。

 そんな僕に二人の意志を否認する資格もなければそれを納得させるだけの代案もない。

「分かりました。では残りの一匹……全員で対処することにしましょう。僕と高瀬さんが前を歩きます。僕が壁役、高瀬さんがガスボンベを投げつける役をしますので春乃さんは後ろからガスボンベを打ち抜いて下さい。みのりは何かあった時に春乃さんを助けてあげて欲しい」

「分かった。わたしも頑張る」

「たかだか缶一つブッ飛ばすぐらい、へっぴり腰でもこなしてみせるわよ。あたしのギターなら射撃の腕なんて必要ないし、数打ちゃ当たるってやつね。だからみのりん、逃げる時だけお願い。引き摺っていってもいいから、頼りにしてるわよ」

「任せて下さい。わたし、体力と腕力は康ちゃんにも引けを取らないぐらいには自信がありますから」

「わざわざ僕を引き合いに出さないでくれるかな……そりゃ空手やってたら体力も腕力も付くに決まってるじゃないか。ってそんなことは置いといて、高瀬さん」

「おう?」

「高瀬さんももしもの時に備えて攻撃と退避の準備だけはしておいて下さい。先程みたく一人で逃げるのは極力無しの方向で」

「ふっふっふ、まだまだ甘いな康平たん。さっきも言ったが俺は逃げたわけではない。豊富な経験から生まれる高度な読みと戦略の……」

「それから虎の人。僕が心配するのも烏滸がましい話ですが、あなたもお気をつけて」

「任せろトラ。オイラにとって問題なのはあのデカさのみだトラ。仮に反撃にあっても大した問題では無いトラから心配は不要だ」

「それを聞いて安心しました。とはいえ一応は気を付けて下さい。それで、どちらが先に行きますか?」

「二匹を担当するオイラが先に行こう。手前の二匹を右側方へ少し引き付けて攻撃を仕掛けるトラ。その隙に奥の通路を塞いでいる一体を頼むトラ」

「分かりました。では先頭に虎の人、少し離れて僕と高瀬さん、すぐ後ろに春乃さんとみのりって布陣ということで異存は無いですか?」

 一人一人、順番に伝えるべきことは伝えたので改めて全員を見渡してみた。

 目に見える位置にあんな化け物が三匹もいるこの場所で作戦会議というのもおかしな話だが、幸か不幸かムカデ達は遠くの方でほとんど動きをみせておらず、ましてや襲ってきそうな雰囲気は全くといっていいほど感じられない。

 やはり一定の距離に入って初めて攻撃態勢を取ると見てよさそうだ。

 それが分かっていながらその距離に踏み入ろうとしている以上、それが安心できる要素とは言い切れないのだけど……。

「では先行するトラぞ。各々無事に戻れっ」

 鋭い口調でそう言って、虎の人は地を蹴り一直線に駆け出した。

 その強靱な肉体から受ける印象そのままに驚きの脚力で瞬く間にムカデ達の前に到達する。

 やがて、ザザッという地面を擦るブレーキ音が響くと、間髪入れることなく虎の人は左前方に居る二体のムカデに向かって炎を浴びせた。

 事前の作戦通り、虎の人の能力が火を吹いた。

 正確には、火を吐いた。

「カアッ!」

 という声と同時に虎の人の口から噴射された炎の威力は高瀬さんのそれと比べるまでもない大きいものだった。

 一瞬にして空洞内に明るさがもたらされる程の豪炎。

 少し離れているここまで熱が伝わってくるほどに大きな炎が二体のムカデの全身を覆っていく。

 何がどうなってんの……色々な意味で。

「おいおい……普通に火吹いてんじゃねえか、ゲレゲレのやつ」

「なんなのアレ……普通の虎じゃないじゃん。ここまでくるともうワケ分かんないわね、助かるならなんでもいいけどさ」

 僕も含め、誰であっても驚くのが当たり前であろう目の前の光景なのだが、逆にこの程度の驚きで済むのがこの二人たる所以である。

 僕的にもわけ分からないという事に関しては同意しかない。

 仮に火を吹かなくても普通の虎ではないのだろうし、それどころか普通の人間である線まで一緒に消えてしまった感すらある。

「こ、康ちゃん。猫さん……凄いね」

「……凄いで済むみのりも凄いけどね」

 取り乱されるよりは遙かに好ましい状況ではあるけども。

 どういう意味? とでも言いたげに、不思議そうに首を傾げるみのりの反応が、深く考えようとしすぎている僕がおかしいのかという疑念を抱かせるが、ひとまずみのりへの返答は後回しにして今なお炎を吹き続けている虎の人を唖然と眺めている高瀬さん、春乃さんの方へと身体の向きを変える。

「二人とも、呆気に取られている場合じゃないですよ。僕達も早くやらないと」

 僕が言うと、二人は思い出した様に、我に返った様に目の焦点を元に戻した。

 すぐにガスボンベを片手に持った高瀬さんが真剣な面持ちで我先にと号令を口にし、奥へと繋がる通路を塞いでいる残る一匹へと突っ込んで行く。

「ったく、このままゲレゲレにいいところを持っていかれちゃ俺達が馬車要員の危機だぜ。俺達もやってやろうじゃねえか。いくぞお前達、俺に付いてこい!!」

「ちょっとおっさん! 何勝手に仕切ってんのよ、一人で突っ走ったら作戦が台無しじゃない!」

 すぐに春乃さんが後を追う。

 陣形からして既に事前の打ち合わせが台無しになっている感は否めないが、とにかく四人揃っていないとまずいので僕も行かなければ。

「みのり、行くよ」

「うんっ」

 二人揃ってさらにその後を追う。

 僕が壁になる。高瀬さんが缶を投げる。春乃さんが射抜く。みのりが備える。

 せめてその形だけでも守らねばと急いではみたものの、全てを台無しにする男がいることを忘れてはいけなかった。

「死ねぇぇぇぇぇぇ!」

 追い付くよりも先に、ムカデの前に到達した高瀬さんは僕達を待つことなく、その助走を利用してスプレー缶を投げ付けてしまう。

 いっそのこと、その投げ付け物をぶつけるという行為そのもので敵を倒そうとでもしているかの様な全力投球だった。

「ちょ、ちょっと高瀬さ……」

「馬鹿じゃないのあんた! 作戦を理解してないわけ!?」

 黙っているわけにもいかず、二人して文句と批難が溢れてくるがどう考えても遅かった。

 その言葉は既に意味を持たず、くるくると回転を加えながらガスの詰まった円柱型の缶はムカデに向かって飛んでいく。

 幸いではあるが、大きな的を外れることはなくムカデの胴体に当たった缶はそのまま堅い身体で跳ね返ってポトリと地面に転がった。

 ダメージを与えている様子は絶望的なまでになかったが、ぎりぎりで作戦の続行は可能だと判断してもいい。

「春乃さん、急いで下さいっ」

「任せてっ。おっさんのせいで滅茶苦茶よ、まったく」

「やってやれゴス金!」

「うっさい! あんた後で死刑よ」

 当初の恐怖感すら吹き飛ばさんばかりの形相で吐き捨てる様に言いつつも、春乃さんはギターをケースから取り出し肩から掛けるとすぐに側面にあるレバーを引いた。

 例によって、ドドドドドド、と激しい発射音を鳴らしながら光の砲弾が散弾銃さながらムカデに向かって無数に発射される。

 その攻撃もまた、心なしかムカデに直接向けられている気がしないでもないが、それでも数発目か、あるいは十数発目かの砲弾が目標に命中した。

 破裂音と爆発音の混ざった音が響くと同時に引火した炎が周囲に広がる。

 虎の人のほど大きな炎ではなかったが、間違い無くムカデの体積を上回るだけの炎だ。

 僕は三人の前に立ち左手をムカデに向け、いつでも盾を発動させる準備をしていたが、爆風が僕達を襲う様子もなければムカデが反撃してくる様子もない。

 やがてムカデは苦しそうに状態を大きく起こしたかと思うと、そのまま仰向けに倒れてしまった。

 絶命したかのように、ばったりと、動きもなく倒れる。

 そしてすぐにいつかのブロッコリーや巨大コウモリのようにその姿を消失させ、跡形もなくなった。

 炎ごと消滅したこともあり途端に周囲に薄暗さが戻ってくる。

 同時に、残されたこの場にムカデの姿はなくなった。一匹も、である。

「や……やった、の?」

 春乃さんが半信半疑とばかりに僕を見る。

 僕は虎の人の無事を確認するために一度視線を外し、確認出来たことを以て改めて春乃さんに目を向け、イエスの意味で頷いた。

「そのようですね、どうにか」

 肯定をの言葉を受け、春乃さんの不安げな表情が驚きの表情へと変わっていく。

 そして、すぐに歓喜のものへと変化していった。

「やったぁぁぁー!」

「っしゃあぁぁぁぁ! 見たか、俺様の力を!」

「おめでとうございますー!」

 僕以外の三人は手を合わせ、万歳をしながら飛び回っている。

 そんな姿を見て、僕もようやく肩の荷が下りた。

『ご苦労だったな、相棒』

「ほんと、セミリアさんがいないのがこれだけ大変なことだとは思わなかったよ。余所者の僕達にはこれが精一杯だ」

『なあに、経験して、成長すればいい。背伸びしたって大した意味はねえんだ、おめえさんが考えに考えて、出来ることをやろうとした結果だろう。敵を倒したことも、全員が無事だったこともな』

「僕一人のおかげじゃないよ。むしろ指示するか盾になるぐらいしか出来ない分実行した人より役に立ってないぐらいだもん」

『かぁ~、おめえは自分の価値を分かってねえな。どれだけ卓抜した兵がいても指揮する奴が無能な集団に勝利、成功、繁栄はねえんだぞ? この国も褒められた統治は出来ちゃいねえようだし、今はどうか知らねえが強者揃いのサントゥアリオって国も昔から内乱ばかりだった。逆に王族が有能なシルクレアって国はいつの時代も強固なモンだったぜ』

「いや、他所の国の話をされても分からないから」

 この国のことも全然分からないのに。

『要するに、もっとてめえに自信を持てってことだ。指示するおめえが不安がってちゃ周りはもっと不安になるってもんよ。振りだけでも勝てる、成功するから心配いらねえって顔してろ』

「そんなものかな、よく分からないけど」

 むしろ将棋的な概念からいうと虚を突く、裏を掻くといったような戦術こそが大事なわけで、僕はどちらかというと思考を読み尽くした上で相手を嵌めて勝つタイプだから自信満々に勝利を確信している顔とかしたくないなぁ。

 むしろ追い詰められてる風を装って実は初めからこちらの作戦通り、みたいな勝ち方がいい。

 なんて拘りを盤上でもなければ、むしろ自分達が駒になりかねない状況で言ってる場合ではないか。

「どちらにせよ、みんな無事でよかったってことでいいさ。早くセミリアさんと合流しよう」

『ああ、そうしろ。奴も無事であれば、の話になるがな』

「……やっと安心出来た傍から嫌な事言わないでよ」


          〇


 こうして、僕達はムカデの阻んでいた通路を無事に通過した。

 その後は特に罠めいたものも、魔物に遭遇することもなく全員が揃ってかつて地下牢獄であった迷宮を歩み進んで行く。

 行き止まり、或いは進行不可能な道がいくつかありはしたが、ほとんど一本道と言って相違ない薄暗い迷宮だ。

 そう迷ったりすることもなく一度階段を下り、下の階をしばらく進み、その先にあった階段を再度あがった先で僕達はようやく彼女の姿を見つけた。

 何時間も経っていないはずなのに、五体満足のその姿に妙な懐かしさを感じる。

 同時に、彼女が無事であったことと自分達だけで行動する危険がなくなったことで精神的な緊迫感の様なものが一気に緩和された気さえした。

 それは皆も同じだったらしく、三人が三人ともすぐに駆け寄っていく。

「セミリア!」

「勇者たん!」

「セミリアさん!」

 そんな声にセミリアさんも銀髪を揺らして振り返り、僕達の存在に気付いた。

 安堵したように相好を崩し、すぐに同じ様にこちらに駆け寄ってくる。

 春乃さん、みのりが飛び掛かる様にセミリアさんに抱き付き、便乗して抱き付こうとした高瀬さんが春乃さんのローリングソバットによって撃沈されたりしながらも再開の時を迎えたのだ。

「みんな……よくぞ無事でいてくれたな」

 二人と抱擁しながら、セミリアさんは優しい笑顔で全員を見渡した。

「ほんとよっ、何回も死ぬ思いしたんだから。でも……セミリアも無事でよかった」

「よかったですぅ~」

「心配を掛けたみたいだな。だが、私は皆の無事を信じていたぞ」

「中ボスもいないダンジョンで全滅するようなヘマを俺様が率いるパーティーが犯すはずがないぜ、勇者たんよ」

「そうか、カンタダも頑張ってくれたのだな」

「ま、レベル上げぐらいにはなったってもんだぜ」

「いつからアンタが率いてんのよ。団体行動を乱すようなことばっかしてたくせに。セミリア、騙されちゃ駄目よ。ほとんど康平っちとトラのおかげなんだから」

「よく言うぜ。勇者たん、この女なんてみんなで必死にメタル系の敵を倒そうとしてるのに一人だけミス連発してる奴ぐらい足手纏いだったんだぜ?」

「おっさんなんか、ほぼ全員が戦闘に影響の無い程度のダメージしか負ってないのに一人だけダメージ床で表示の色が変わるぐらい瀕死になってて戦闘になった瞬間いつもの癖で『こうげき』コマンド連打してたらうっかり敵の攻撃で力尽きるキャラぐらい足引っ張ってたんだから」

「生意気言ってんじゃねえぞ小娘」

「ほんとのことじゃない」

 二人はセミリアさんを挟んで睨み合う。

 この期に及んで以下省略、だ。

「こらこら、二人とも。こうして無事再開出来たのだ。喧嘩はよしてくれ」

 セミリアさんもさすがに怒ったりはしない。

 二人を窘めつつ、後ろから抱き付いていた春乃さんと腰に抱き付いていたみのりを優しく剥がして正面に居る僕の元へと近寄ってきた。

「コウヘイ、やはりお主を信じた私の目に狂いは無かった。皆を無事に連れてきてくれたことへの礼を言わせてくれ」

 その優しくも逞しい表情に、逆に励まされるのは僕の方なんだと思う。

 そう言ってもらえるだけで苦労した甲斐もあったなと思うし、ならばもっと出来ることがあるはずだとも思えた。

「僕はいつも通り、僕に出来ることしかしていませんよ。皆が勇気を振り絞って頑張ったおかげです」

「ふっ、相変わらずだなコウヘイは。だがそういう謙遜も度が過ぎると信頼を拒絶されているのではないかと感じてしまうぞ? お主がなんと言おうと、きっとお主に託していなければ違う結果になっていただろうと私は思うのだ」

「拒絶だなんてとんでもないです。ただ無事でこそあっても、セミリアさんの信頼に足るだけの働きをしたとは中々思えないんですよね。後々考えてみるともっと出来たことがあったんじゃないかって」

 いちいち動揺したり、答えは出ていながら結論を周りに託そうとしたり、例えば誰とは言わないが暴走する仲間の行動を制御出来ていないのはセミリアさんの言うところの参謀としてはどうかと思うわけだ。

 このあたりはゲームや盤上競技とは違う部分なんだなぁ、と感じざるを得ない。

 自分達の命に関わる問題なのだ。当然といえば当然の思考。

 だけどそれでも、逆に自分達を盤上に並ぶ駒に例え、それを操る立場という目線で行動出来ていたならば、もっと迅速に的確に有効的に指示や行動、或いは危機回避が出来ていたのかもしれないと思うと、やはり自分で言った『僕に出来ること』ということの結果は、内容は、まだまだ発揮出来ていないのではないかという自己評価に繋がってしまうのだ。

 異世界って難しい、なんて感想はいささか間抜けな振りが過ぎるのだろうけど。

『そいつは俺もさっき言ったところだぜクルイード。どうも相棒は自分を評価されるのがお気に召さないらしい』

「ジャックまで、そんな人を捻くれ者みたいに……」

 確かに捻くれてはいるけども。

 手の内、心の内は出来るだけ隠しておきたい主義だけども。

「それもコウヘイたる所以なのだろうな。自身がどう思っていても、私や周りの者達が信頼してその身を委ねようと思えることが全てなのだぞコウヘイ」

『そういうこった。おめえさんの中でまだまだだと思う気持ちがあるのも分からねえでもないが、こういうときゃ素直に俺に任せておけ、ぐれーの気概を見せてやりゃいいんだよ。付け上がった馬鹿が同じことをすりゃ失笑を買うんだろうが、おめーさんがそういうタイプじゃねえことぐらい俺達にゃ分かるってもんだ』

「うむ、ジャックの言う通りだ。その行動だけではなく、例え振りでも心強い言葉を貰えればこちらの気持ちも高ぶるというものだ」

「何というか、ここまでくると逆に持ち上げられすぎな気がしないでもないですけど、善処はしてみます。でも春乃さんも言ってましたけど、やっぱり今回無事に乗り切ったのは虎の人のおかげという部分が大きいですよ」

 僕達じゃ一匹が精一杯だったわけだし、そもそも一匹のみどうにかすればいいという状況だったからこそ攻撃に打って出ることが出来たのだ。

「虎の人というのは……コウヘイの後ろに立っている者のことだろうか?」

 そう言ってセミリアさんは疑問符を浮かべながら僕の背後に視線を送る。

 そこでようやく、セミリアさんは虎の人の存在に触れたわけだけど、この圧倒的な存在感を今この瞬間まで気にせずにいたことが凄い。

 そして、今の今までただ黙って立っていた虎の人の空気の読みっぷりも凄い。

 真っ先に紹介しておけよ……という当然の意見を僕も含めて誰も思い至らなかったこともまた、凄く残念だ。ごめんなさい、虎の人。

「紹介しておきます。みのり、説明をよろしく」

「あ、うん。セミリアさん、この猫さんは……」

 みのりがあれこれと代わりに説明した。

 掻い摘んで言えば、ある鉄格子の並ぶ部屋で閉じこめられた虎の人を助けたこと。

 それを理由に虎の人が僕達を手伝ってくれていること。

 そして虎の人が居たからこそ無事に合流出来たこと。

 そんなところだ。

 一通り聞き終えたセミリアさんはというと、

「そうだったのか。まず私の仲間を助けてくれたことへの感謝を。私はセミリア・クルイード、勇者だ。私は正義を志す者に人であろうとなかろうと、ましてや虎であろうとも区別は無いと考える。もしお主が今後も同行してくれる意志があるならば、よろしく頼む」

「うむ、恩人であるレディーマスターとその仲間に報いることがオイラの人道……否、虎道だトラ。オイラとて奴等の所行に思うところが無いでもない、力になろう…………トラ」

 そう言って、二人はガッチリと握手をする。

 もう当たり前の様に虎として受け入れていることに口を挟むのはやめておくとしよう。


          ○


「それで? セミリアは今どういう状況なわけ?」

 一通り再開を喜び合い、仲間意識を上昇させ合ったのち。

 今後の展望について最初に口を開いたのは春乃さんだった。

 僕とて真っ先に聞きたかったのだが、女子連中が仲良さげにここまでの苦労(主にムカデの話しだが)を語り合っているのを見て憚られていたのでありがたい限りだ。

 ようやく引き締まった表情に戻ったセミリアさんが現状を説明する。

「少し先に奥へと続いているのであろう下り階段を見つけたのだが、強固な鍵のある鉄格子があって入れないのだ。そこへ入る方法を模索していたところにお主等が現れたというわけだ」

 どこかで聞いた話である。

 と、思ったのは当然僕だけではあるまい。

「おいおい勇者たん、俺達も全く同じような罠を乗り切ってきたところだぜ」

「そうそう、あれも大概死ぬ思いだったんだから」

 案の定、二人が我先にと冒険譚を語り始めた。

 しかしまあ、仮に僕達が通ってきたアレと同じ物があるとするなら、いよいよこの建物が左右対称であることは間違いなさそうだ。

 先程潜ってきた通路が左右を繋ぐものだとしたら、僕達の側は一通り回った以上その先に目的の場所があるという線が強い。

 決めつけられる根拠もないので一応念頭に置いておく、ということで自己完結している間に二人の説明も終わり、セミリアさんも突破口が掴める可能性に興奮気味に食い付いた。

「そうだったのか。ならばすぐにお主等にも見てもらうとしよう。ついてきてくれ」

 僕達にとっては久しぶりのセミリアさんが先陣での人数が増えた一団は歩みを進める。

 予想通り、そこにあったのは例のアレだった。

「うわ~、完全に一緒のパターンじゃん」

 という春乃さんの感想には大いに同意出来る、どこかで見た様な作りの通路に到着。

 荒れた通路、その壁の途中にある鉄格子に遮られた薄暗い牢屋のような小部屋。そしてその奥に見える階段。

 何もかもが同じだ。あくまで『見た目』は、だけど。

「ってことはだ、どっかにボタンもあるってことだよな?」

 高瀬さんは勝手にこの場を離れ、鉄格子の切れ目まで歩いていくと周囲の壁を調べ始めた。

 恐らくはあるはずなので僕達もその後を追う。

「おっ、あったぞ。勇者たん、ここだけ壁が出っ張ってるだろ? こいつがボタンになってるって寸法だ」

「なるほど、言われてみれば確かに……壁まで調べるという概念が私にはなかった。これを押せば鍵が開くということなのだな?」

 感心した様に頷き、セミリアさんは岩壁の突起部分に手を伸ばそうとする。

 言うまでもなく慌てて止めた。

「待ってください」

「む? どうしたのだコウヘイ」

「ただ押して解決するという単純な事ではないので一旦止まってください。僕達は経験済みなので恐らく、というよりはほぼ確実にという話なのですが、押せば何らかの仕掛けが発動するはずです」

「仕掛け? ふむ……つまりは何か罠があると言うわけか」

 セミリアさんは少しの黙考を挟んで、納得がいった風に周囲を見渡した。

「えっとね、このボタンを押したら向こうから……」

 と、すぐに春乃さんが僕達を襲った罠の事を身振りを踏まえて説明するとセミリアさんは顎に手を当てて通路の奥へと目を向ける。

 また走り回るのは回避したいところだが……。

「そんなことがあったのか。迂闊に押してしまうと危ないところだったのだな」

「そうなのよ。おっさんのせいで慌てて逃げ回ったんだから」

「待てい! 最初の鉄球が転がって来た時にボタンを押したのはお前だぞ!? 俺は二回目しか押してない」

「そうだったっけ? まあなんでもいいけど」

「……都合の良い脳みそだなオイ」

 呆れ顔の高瀬さんを無視し、春乃さんはメイド服をふわりと舞わせて背を向けた。

 これに関しては完全に高瀬さんが正しい事を言っているのだが、揉め事になると面倒なので敢えて指摘はしない。

 そのまま春乃さんは腕を組み、意志の統一を図るべく全員に向けて言葉を発する。

 メイド服を着ている人が一番偉そうにしているというのもシュールな光景だ。

「と・に・か・く、それを踏まえてどうするのかって話よ。分かったセミリア?」

「状況は理解した。だが、どうするかという話となると難しいな。罠と分かっていて押すのか別の方法を探すのかということだが……」

「だけどよ勇者たん、どっちにしたって押さないとあの鉄格子の鍵は開かないんだぜ? 本物の王様のこともあるんだし、時間も惜しいんだったら結局押すしかないと思うぜ」

「うむ、確かにこれ以上時間を掛けるのは良くないと私も思っている。だが身の安全が大事なのも問われるまでもない事実だ。私にはこういう場合に最善の選択が出来るとも思えないし……ここはやはりコウヘイの指示に従うのが一番だと思うのだがどうだろうか」

「さんせ~♪」

「わたしも賛成ですっ」

「レディーマスターが賛成ならオイラも同意しておこうトラ」

 セミリアさんの提案に対し、春乃さん、みのり、虎の人が順々に意思表示をしていく。

 何故か満場一致で。

『相棒、随分と信頼度が上がってるじゃねえか』

「そこまで信頼されるようなことしてないと思うんだけどねぇ」

 むしろ『難しい事は分からないのであいつに任せておけばいいだろう』という意図が混ざっている気がしないでもない。主に春乃さんには。

「カンタダもそれでよいか?」

「特に異存はない。基本的に俺が『異議あり!』と叫ぶのは逆転裁○の中だけで十分だ」

「さりげなく関係ない話混ぜんなおっさん」

「うるせー金色。何が言いたいかというとだ、康平たんに頼るまでもなく選択肢は一つしかないんじゃね? って話だよ。押せば罠が発動する、だけど押さなきゃ鍵は開かない。最初から罠があるのが分かってるだけさっきよりは安全だろ。もう一回逃げる用意しときゃいいんだからよ。違うか? 康平たんよ」

「そうですね。概ね仰る通りで、どちらにしても進む為には押すしかないという造りなんだと思います。ただ、逃げればそれで済むのかどうかは別問題ですけど」

「どういうこと? さっきもどうにか逃げて大丈夫だったじゃない」

 すかさず春乃さんは首を傾げた。

 横ではみのりが『うんうん』とそれに同意している。

 逆に僕が変な事を言ってるみたいな感じなのが若干残念ではあるし、というかそこまで言っても察しがつかないというのも彼女達の行く末が心配になってくるのだが、どちらにしても説明はせねばなるまい。

「何が言いたいかというとですね、構造が同じだからといって行動に伴う結果が同じとは限らないということなんですよ」

「そりゃ一体どういう意味だよ康平たん」

「他にも不安要素があるというのか、コウヘイ」

「正確に言えば他にあるというわけではなくて、例えばボタンを押してどうなるかまでが同じとは限らない。つまりは僕達の場合は大きな球が転がってきましたけど今回もそうなるとは限らない、という意味です」

「具体的には何を危惧する必要があるというのだ?」

「罠に掛けて僕達をどうにかしようとするなら、例えば、ゲームや漫画の観点から考えれば矢が飛んできたり火が噴き出したりという可能性もなきにしもあらずでしょう。あの鉄球にしても転がってくるのではなく上から降ってくるということも絶対に無いと言い切れる要素はないわけですからね」

「なるへそ。つまりは同じボタンでも二回目は気をつけなきゃいけねえってことだな康平たん」

「いや……本来は一回目だって考え無しに押していいものではなかったんですけどね」

 二人して止める間もなく押してしまっていただけで。

 とはいえ、

「そうは言っても、進むためには押すしかないというのも事実なのでしょう。セミリアさんや虎の人にあの鉄格子を腕力でどうにか出来るのなら別でしょうけど」

 それとて力尽くでこじ開けることによって別の罠が発動する可能性も十分にあるのだが、そこまで言い始めたら何も出来ない。

 可能性の話はそれを実行しようとした時でいいだろう。

「私もどうにかこじ開けようとはしてみたのだが駄目だった。どうやらあれはただの鉄ではないようなのだ」

 セミリアさんはどこか悔しそうな表情を浮かべる。

 それは言い換えればただの鉄ならどうにかなったということなのだろうか。取り敢えず力尽くでどうにかしようと試みたことも含めて驚きである。

「コウヘイ、私達はどうしたらいい。どうすべきだと考える」

「安全性や時間の事を考えても……というか考えなくても目的地を目指す以上はボタンを押して鍵を開けるしかないでしょうね。この施設がシンメトリーであるなら僕達が引き返す前に行き着いたあの場所と同じ作りの空間に繋がっている可能性が高い」

「あの場所?」

「広い部屋でした。四方に牢が並ぶ、誰かを監禁するにはうってつけの。実際に虎の人はそこに捕らえられていましたしね」

「なるほど、ではそこに王がいる可能性が高いというわけだな」

「そこにいるのか、更に奥に続く道があるのかは定かではないですけどね。ただこの奥に進まなければいけないことはほぼ間違いないでしょう」

「……そこまで理論立ててもまだ『ほぼ』なんだ」

 横で春乃さんががっくりしながら呟いた。

 単に僕が『確実に』とか『100%』なんて言い回しを嫌っているからこその言葉ではあるのだが、そんな好き嫌いは抜きにしても物事に絶対など無い。そこは譲れないところでもある。

 今現在の僕達に進んだ先は行き止まりでした、という結末を否定出来る要素は一つもないのだ。

 例えば。

 またみのりが隠し通路的な物を見つけていながら言わないでいる、とか。

 言いたくはないし、言うべきではないのだろうけど『王様なんて最初からここには居ない』というパターンもある。

 正直、実はその線もそれなりに強まってきつつあるとさえ僕は思っていたりもするのだ。

 それらも踏まえて考えを巡らせていると、痺れを切らした様に高瀬さんが割り込んできた。その顔色は少し不機嫌さを感じさせる。

「つまりよぉ、俺が言った通りってことだろ康平たんよ」

「どちらにしても押すしかない、ということでしたら……まぁ」

「だったら押してみればいいじゃねえかよ。あれこれ難しいこと考えるよりやってみてから考えた方が早いぜ」

「そんな……ゲームじゃないんですから。自分達の命が掛かってるんですよ」

 なんと愚かな思考回路だろうか。

 仮にもプロのゲーマーを自称する人間の発想とは思えない。

 きっと彼は戦略的にごり押しで進めていくタイプなんだろうなぁ。

「その後先考えない生き方のなれの果てがオタクでニートの今のあんたなんじゃないの?」

 言わなきゃいいのに、春乃さんがまたボソっと悪態を吐いた。

 勿論聞こえていないわけがなく、例によって高瀬さんは目を細めて突っ掛かる。

「おい金色。ニートを馬鹿にするまでは見過ごしてやる。だがオタクを馬鹿にすることはこの俺が許さん」

「ごめんね、あたしの言い方が悪かったわ。ニートやオタクじゃなくてあんたを馬鹿にしてるのよ」

「なにおぅ!?」

「た、高瀬さん落ち着いて下さい」

 取り敢えず間に入ってまぁまぁと宥めると、セミリアさんもすぐに続いてくれた。

 こういう連携だけ上達していくのはいかがなものか。

「カンタダ、落ち着いてくれ。内輪揉めをしている時ではない。今のはハルノの言い方も悪いのだぞ?」

「事あるごとに停滞してしまってイライラする気持ちも分かりますけど、纏まりを欠いてしまっては泥沼になってしまいます。二人とも冷静になってください」

「ぶぅ~、だっておっさんが勝手な事ばっか言うんだもん。康平っちの言う通り、皆の命に関わる事なのに適当なことばっかでさ。ゲームじゃないんだから死んじゃったら教会からやり直しじゃ聞かないんだから」

 不満げに、春乃さんは唇を尖らせる。

 理由はどうあれ今回に限っては春乃さんの言葉がきっかけであったことを自覚しているのかいないのか、少なくともいつも通りの小言の言い合いをこの場で自重出来ないぐらいには精神的余裕もなくなってしまっている様だ。

 それが分かっているからセミリアさんも、いつもは口を挟んでくるジャックも敢えて怒ったりしないようにしているのかもしれない。

 しかし誰もがそんな事情を忖度してくれるというわけでもなく、

「ふむ、まだレディーマスターを困らせたいのならば、またオイラが仲裁してやっても構わんトラぞ? 両成敗という形でだがな」

 虎の人が指をバキバキ鳴らし始めた。

 途端に二人の顔も引き攣る。

 言わずもがな、その方法がほぼ確実に拳骨だからだろう。

「や、やだなー。別に止めるとか止めないとかじゃないし。喧嘩してるわけじゃないんだから、ねえおっさん」

「そ、そうだぜゲレゲレ。俺達にとっちゃ挨拶みてえなもんなんだぜ」

 なんとも変わり身の早い二人だった。

 今このタイミングでなぜ挨拶代わりの言葉を交わすのかというツッコミはさておき、ひとまずこの場が落ち着いたので良しとしよう。

「そうか、残念だトラ」

 と、指を鳴らす行為を止めた虎の人を見て二人は揃って胸を撫で下ろし、改めてではどうするのかという議題に戻る。

「だけどよ、結局どうするんだって話だ。ゲームじゃないとは言うが、ゲームじゃないからこそ全滅しようが宝探しをしようがメタル系狩りをしようが目的地に辿り着くまで何日でもボスキャラが待っててくれるってわけにはいかないんだぜ? 文句ばっか言ってねえでお前もちょっとは考えろよな金髪メイドもどき」

「誰が金髪メイドもどきなのよ。あたしが無理に考えても仕方ないじゃない。難しい事は分かんないんだから。あたしは康平っちの方針に従うだけだもん」

 そう言って春乃さんは僕の背中に回り込んでシャツの裾を掴んだ。

 それだけではなく何故か遅れてみのりも同じように横まで寄って来て反対側の裾を掴んだ。

「私もハルノやミノリに同意ではあるが、しかしカンタダの言うことも一理ある。やはり王の身に何かあってからでは遅い」

 そこがセミリアさんのジレンマなのだと思う。

 一刻も早く王様を助けたい。だけど危険を省みず急ぐ事にのみ集中して僕達に何かあるのは避けたい。

 それを天秤に掛けることが出来ず、内心はもどかしい気持ちもあるだろう。

 きっとセミリアさん一人なら脇目も振らずに突き進もうとするに違いない。

 それはすなわち、この状況で僕達の存在が足を引っ張っている状態になりかねないということだ。

 彼女がそんな事を考えるとは思わないが、考える考えないの問題ではなく、それでは何のために僕達がついてきているのか分かりゃしない。

 役に立ちたいと言う割に少し行動が消極的過ぎたことが原因だということは自分で理解している。

 こうしてみんな僕の意見を重視して行動方針を決めようとしてくれているのだ。

 ならば逐一意見や同意を求めたり確認する部分を削ってもっと的確に、速やかに行動に導いていくべきであり、他の誰でもなく僕がそれをしなければならないのだろう。

 それはきっと、言葉一つで大事な何かが左右される。

 小さな事で取り返しが付かない未来に直結する。

 僕に出来るのだろうか。

 僕に、背負えるだろうか。

 精神論ではなく、友情とか責務も関係なく、純粋に器量として。

「ふぅ~……」

 一度大きく息を吐き、心で『よし』と呟きながら両手で自分の頬を強く張った。

 バチンという音が響くと同時に、自然と全員の視線が僕に集まる。

「こ、康ちゃん!?」

「どうしたのだコウヘイ!」

『急にどうしたい、相棒』

「……康平っち?」

「混乱して自分を攻撃しちまったのか康平たん。誰かキアラルを唱えられるお客様はいませんかぁぁ!」

「トラ」

 気合を入れただけなのに傍目にはおかしな行動に映ったらしく、一様に心配そうな顔と言葉を向けられる。

 いや『トラ』にどういう感情が込められているのかは知らないけど。

「驚かせてすいません。けど大丈夫です。腹を括るための儀式みたいなものなので」

「それならばよいのだが……」

 セミリアさんはまだ心配そうだった。

 この世界に来てからというもの、腹を括ったり覚悟を決めるなんてことは何度もしてきたつもりだった。

 だけど、これで最後にしよう。

 今までの様な、自分に言い聞かそうとするだけの意味じゃなく、自分を納得させるための意味じゃなく、どこかにあった非現実感に浮ついた心を捨てて本当の意味でこの世界にいる今の自分を受け入れるんだ。

「皆さん聞いて下さい。これから先に進むためにあのボタンを押します。首飾りがあるとはいえ、それが怪我を負ってもいい理由にはならないので最大限の対策を取った上で」

 無駄にキリっとした表情をしてしまったからか、皆揃って呆気に取られていた。

 そりゃあ、こういう柄でもキャラでもないことは自分が一番分かってるけどさ。

「康ちゃん……なんか急に凛々しくなっちゃったけど、大丈夫?」

「言ったでしょ、腹を括ったって。やると決めたからには打算はしても妥協も遠慮もしないってこと」

 大体『大丈夫?』ってどういう意味だ。

 僕がキリキリとした言動になるのは大丈夫じゃないって認識なの?

「今後は僕なりの考えや提案を随時発していきます。根拠や理屈は出来るだけ説明するようにはしますけど、前提として僕の考えが必ずしも正しいと決まっているわけではないので異議異論はその都度言ってください」

「おいおい……康平たんが急にイケメンキャラになっちまったぞ」

「いや、別にイケメンキャラにはなってませんけど……」

「そうよ、康平っちは元々それなりに整った顔立ちしてんじゃない。ねえ、みのりん」

「はい。笑った顔とかも結構可愛いんですよ? あんまり笑わないのが難点なんですけど。ね、康ちゃん?」

「知らないよそんなの……というか僕の顔の話は後にしてくれるかな。別に後からでもしてほしくはないけどさ……ってセミリアさん?」

 みのりに呆れていると、今度はセミリアさんが僕の顔を覗き込む様に見ていた。

 そんなに僕がハッキリと物を言う姿は不自然に写るのだろうか。

「うむ、言われてみれば確かにコウヘイは整った顔立ちをしているな」

「セミリアさんまで!?」

 ……剣とか持っててもその辺は女子気質なんだ。

 そもそも整った顔立ちの人間代表みたいなセミリアさんに言われると逆に虚しくなるんですけど。

「勇者たん、俺は俺は?」

「カンタダにはカンタダの良さがある。お主にはそれを生かして欲しいと私は思うぞ」

「そう言われると照れるじゃねえか。なっはっは」

「…………」

 それって遠回しにビジュアルを否定されているだけなんじゃ……。

 とはさすがに言えず、そんなタイミングでそろそろ見かねたらしいジャックが呆れた口調で話の脱線を指摘した。

『クルイード、おめえまで話を反らす側に回ってどうする』

「む、すまない。私としたことがつい……ともあれコウヘイの言いたいことは理解した。その上で今のコウヘイの考えを聞きたい、この壁のボタンを押すということでよいのだな?」

 コホン、と咳を払ってセミリアさんの表情は元通り。

「はい。それで、防衛策についてですが、構造上床が抜けるなどして下に落とされるという線は薄いでしょう。落ちても高さのない下の階に落ちるだけでは致死性の罠になるとは言い難い。足止めという意味ではなくもないですが、向こう側に鉄球が襲ってくる罠があって正しい道であるはずのこっち側に足止め程度の罠を張るというのも考えにくいですから。同じ理由で上から何かが振ってくる落ちてくるということもほぼないと考えられます」

 敢えて懸念を述べるならば、この理屈は僕達が通った側がそうだったというだけでこちら側もそうだという保証は無い、という点か。

 だが要塞や敵の基地に潜入したというならばともかくとして、元はこの国の人間が使っていた収監施設なのだ。床や天井に張る罠を後から付け足そうというのは現実的ではない。

 仮にこの世界で何度か見た魔法などの類で簡単に作れるのだとしたら、逆にこの二カ所にしかないというのも不自然な話だろう。

「なので上下には最低限可能性はゼロではない、ということだけ各自頭に入れておいてください。あとは僕達の時と同じで各々いつでもダッシュで逃げる気構えをしておいてもらいつつ、みのり、春乃さん、高瀬さんを中に固めて僕とセミリアさんと虎の人でそれを囲むような陣形を取ります。これによって不意に何かが襲ってきた場合にも防ぐことが出来る可能性が高くなる」

「「おぉ~」」

 賛成とか反対ではなく、何故か感心された。

「なんか凄いね康平っち。ほんとに格好良く見えちゃうっていうか、敏腕指揮官みたい」

「仕方ねえ、悔しいがケロロの称号は康平たんに譲るしかないようだな」

「やっぱり康ちゃんは凄いんだねっ」

「いや、うん……ありがとう。でも感心するよりもちゃんと理解してね」

 そしてそんな軍曹の称号は別に欲しくない。

「大丈夫だよ、大体理解は出来たから」

「うん、説明も分かりやすかったもんね。とにかくあたし達は逃げる準備しとけってことでしょ? でも、その三人は大丈夫なわけ?」

 三人が指すのは壁役となる僕、セミリアさん、虎の人のことだろう。

 一転、少し心配そうに僕とセミリアさんの顔を伺う春乃さんにセミリアさんは不適に笑って答える。……少しぐらいは虎の人も心配してあげてください。

「心配するなハルノ。反射神経には自信があるし、お主等の盾になるぐらいはさせてもらわねば立つ瀬がないぐらいだ。魔法攻撃の類を防ぐ術も心得ている。コウヘイ、私はその提案に異議はないぞ」

「オイラも構わん。物理的だろうが魔法だろうが罠として発動する程度のダメージなどわざわざ防がなくともこの鋼の肉体がかき消してくれるトラからな」

 なんとも頼もしい言葉と肉体だった。

 手をかざすだけな挙げ句、衝撃に耐えないといけない僕とは大違いだ。

「では押しますよ」

 打ち合わせ通りの陣形を組み、僕一人がボタンの前に立った。

 すぐ後ろで固まって立っているみんなが黙って頷いたのを確認してボタンに手をかざす。

 そして五感を研ぎ澄ませ……ているつもりになっているだけなのだろうが、とにかく前後左右に神経を張り詰めながらボタンを押した。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「………………あれ?」

 吐息すら聞こえない静けさが、誰かのそんな声と同時に打ち破られる。

 恐る恐るではありながらも『どうなってんの?』といった顔でそれぞれが顔を見合わせる。

 僕達が何かに襲われるといった予兆は微塵も感じられない。

 時間差で発動するのか、押し込む力が弱かったのか、尽きない疑念ではあったが、直後に聞こえてきた、


 ガチャン


 という金属音にそれすらも意味をなくしてしまう。

 音の出所は鉄格子のあたりで、誰がどう聞いても解錠に伴う音だった。

「開いた……のか?」

 セミリアさんも不安と疑心の入り混じった顔でその方向を見ている。

 他の皆も『嘘でしょ?』といった顔だ。

 ほぼ確実にまた何かしらの罠が発動するつもりでいただけに、にわかには信じがたい結果だと言える。

 そう感じる根本には罠がある可能性と危険性の高さを一人熱弁していた僕のせいだという側面も大いにありそうではあるけれど、それでも意外にも程がある展開だ。

「ほれみろ、罠なんてなかったじゃまいか」

 高瀬さんは一人だけドヤ顔である。

 それを見た春乃さんが一瞬ムッとした顔をし、陣形を離れ僕に寄って来つつ高瀬さんの言葉を遮ってやろうとばかりに大きめの声で確認する様に口を挟んだ。

「ねえ、ほんとに罠とか無かったわけ?」

 いっそ無いことが不満であるかのような物言いだった。

 どうやら高瀬さんの主張が正しかったなどとは意地でも認めたくないらしい。

 今後その発言を理由に蒸し返されそうなので気持ちは分からないでもないけど。単なる結果論であって高瀬さんの言う通りだった、なんて僕も思っていないし。

 まぁでも、

「今のところそれらしきものはないっぽいですね。それが良いことかどうかはまだ何とも言えませんけど」

「どういう意味だコウヘイ。罠がなかったことは良いことではないのか?」

「あくまでここには無かった、というだけの可能性もありますし、罠以外の何かが待っているかもしれないですから」

「罠以外の何かって?」

 セミリアさんに続いて春乃さんも僕の言わんとすることが分からずに疑問符を浮かべている。

 その後ろでは高瀬さんも考える素振りを見せていたが期待は出来なさそうだ。みのりに至っては最初から考える気もなく僕の説明を待っているし。

「セミリアさんは初耳かもしれませんけど、虎の人が言ってたじゃないですか。ここに出入りしている悪者のなんとかって強い人がいるって」

「言ってたっけ?」

 やっぱり覚えてなかった。

「強い人……そうなのか、虎殿」

「うむ。魔戦士だか魔剣士だかを名乗るエスクロという魔族の男だトラ。現在この国に攻め入っている魔王の配下の中でも一番の幹部だトラ」

「その様な者がいるのか……しかし、私は何度も魔王の城に攻め入ったことがあるが、それらしき何者かを見たことがないぞ」

「そんな事情はオイラの知るところではないトラ。だが、ならばこそ分かっているだろう。この国に送られてきた魔王がアレ(、、)である意味を」

「意味……」

「お前が勇者としてどれほどの器なのかは分からんトラが、国単位の武力で言えばこの国は五大王国で最弱もいいところだトラ。言い換えれば魔王軍にとって戦力を割くに値しない国ということ。魔王一人で相手をするにも驚異に成りうる存在がいないのであれば自明の理だトラ。幹部といっても精々奴の目付け役程度の意味でしかないのだろう。事実、あちこちを飛び回っているとエスクロ本人が溢しているのを聞いたトラしな」

「舐めた真似を……魔王軍め」

 セミリアさんは悔しそうに握った拳を震わせる。

 聞いた話では、セミリアさんは人々を守るために一人で魔王とやらに挑んでは敗れ続けている。

 辛酸を舐めさせられているその裏で、そんな雑な指揮系統の下で人々を傷つけ苦しめていたのだとしたら、虚仮にしているにも程があった。

「今度こそは……その男も含めて成敗してくれる。必ずや、私の……私達の手で!」

 改めて使命感に沸き立ち、力強く宣言するセミリアさんとは対照的に虎の人は落ち着いている。

「今から興奮してどうするトラ。何もエスクロがここにいると決まったわけでもないトラ」

『そうだぜクルイード。どちらにしても鍵は開いたんだろう? ここは先に進むことが先決じゃあねえのかい?』

「む、そうだな。つい感情的になってしまった。すまない」

「ま、いいんじゃない? それがセミリアの良いところなんだよきっと。ていうか、なにげに『私達』って言ってくれて嬉しかったぞ♪」

 肘でチョンチョンとセミリアさんを突きながら言う春乃さんはにっこりほっこりだ。

 対してセミリアさんは真剣な面持ちを崩さない。

「当然ではないか。私達は皆仲間なのだ」

「昨今のアニメにゃ熱血キャラって少ないからな~、やっぱ勇者たん萌え……いや、勇者たん燃えってな。ま、俺様に任せとけって。勇者たんのためなら命ぐらいいくらでも掛けてやるってもんよ。さ、そうと決まったら行こうぜ」

「ああ、ハルノもカンタダも、ミノリも虎殿もジャックも、言うまでもなくコウヘイも……頼りにしているぞ」

「わ、わたしもセミリアさんのお手伝い頑張りますっ」

「ありがとうミノリ。では奥に入るとしよう」

 優しい笑みを浮かべ、鉄格子の方へと歩き出すセミリアさんのポジションはやはっぱり先頭だった。

 それぞれがその後に続く。

「しかし、罠がないというのは意外だった。いや、コウヘイに言わせればまだ油断は出来ないのだったな」

「可能性としては、ですけどね。僕とてあらゆる可能性を考慮しようとしているだけで別にみんなを不安にさせようとしているわけじゃないですから。単純に正しい道だからこそ何もなかった、というだけのことなのかもしれませんしね」

「だが康平たんよ、普通は正しい道ほど複雑だったり罠が多くなるんじゃないのか?」

「それはゲームの観点だと思いますけど。正しい道……今回で言えば王様が捕まっている場所ですけど、それは言い換えれば王様を運んできた誰かが存在するわけですから」

「あ、そっか。悪い奴らだって出入りするってことだもんね。自分が通る場所に罠張る馬鹿はいないわよね」

「可能性の高低で言えば、ですよ? 僕達の前に罠に掛かった誰かがいたってこともなきにしもあらずですから」

 実際、虎の人の方には罠があった。

 城にいた偽物の王様が僕達をここに誘導しようとしているのならば【本物の王様がいるであろうと僕達が思い込むこのルート】へと進ませることこそが目的と取れなくもない。

 向こう側はハズレの道だったから罠があったのか、罠のない方に王様を監禁したのか、そもそも王様はこの建物にいるのか、疑念は増す一方ではあるが、どちらにしても僕達をおびき寄せる目的があるとするならば、おびき寄せて何かをしようとしているということ。

 すなわち、まだ敵側の出入りもあることは明白だ。

 時間が有限である以上は可能性の低いところから切り捨てて行動に反映させなければならない。

 ならば、今考えるべきはボタンを押して何もなかったこの場よりも進んだ先に何があるのか、ということだ。

「康平っちってさ~、可能性って言葉好きだよね」

「世の中は可能性によって構成されていますから」

「ごめん、それは意味分かんない」

 うん、言ってる僕も意味分かんない。




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