【第二章】 彷徨いの果てに出会った少年
「毎度あり。今後ともご贔屓にしておくんなよ」
受付に立っているおじさんに出発の挨拶をすると、にこやかな笑顔が僕を見送った。
時刻はというと、当然のことはっきりしないが明け方であることは間違いない。
魔王軍の根城である何とか宮殿から人間界へと戻った僕は、何処の国なのかも分からない見知らぬ町へと降り立った。
敢えて補足するが、僕というのは日本で普通に暮らしていたはずが色々あって異世界と言えるこの世界で色々な摩訶不思議を体験し魔王と戦ったりサミットに参加したり爆弾魔扱いをされたり戦争に参加することになったりと波瀾万丈の人生を歩んでいる自称どこにでもいる十六歳の普通の高校生、樋口康平である。
そんな今更ながらの自己紹介はさておき、そんなこんなで意図せず見知らぬ土地にやってきてしまった僕だったが、そうなったのが辺りが真っ暗になっている夜分のことだったためひとまず目に入った宿屋に部屋を取り、一泊することにしたのだ。
では、なぜ朝日も昇りきっていない早朝にチェックアウト(という表現がこの世界にあるのかは定かではないが)したのかというと、勿論のこと急いで皆の元に帰らないといけないという気持ちもあるのだが、それよりも僕にとって重要な問題が一つ。
過去の経験からアイテムによる無許可な入国が禁じられていることは身を以て理解している。
ここがサントゥアリオ共和国であれば事情を説明すればどうとでもなるのだろうが、宿屋のおじさんや偶然すれ違ったりした数人の『目』を見るにここは恐らくサントゥアリオ共和国ではない。
となれば、もしも僕がこの場所に瞬間移動してきたことがバレていれば僕はまたしてもお尋ね者になりかねないということだ。
グランフェルト王国なりシルクレア王国だった場合も同じく罪に問われることはないと思うのだが、いずれにしてもいざ捕まってからそうじゃないことが分かったところで手遅れ過ぎるということで僕は今にもこの国の兵士が自分を捕らえに来るのではないかという不安から早起きをして出発することを決めた。
この町に不審者として現れたという事実がある以上、この町に長居するのは不味いと情報収集その他はひとまず別の町で行うことにしたというわけだ。
聞き込みなどがあった場合に足が付く可能性を考慮したのと、宿屋のおじさんに迷惑を掛けるのもどうかと思った僕は聞きたいことだらけの中でどうにかそれを我慢し、近くの町の場所だけをそれとなく教えて貰った僕は今から歩いてその町を目指す。それがまず一番にやらなければならないことだ。
聞くところによると、一刻ほどの場所にこの小さな町とは違い人口も多くそこそこ人の出入りがある大きな町があるのだとか。
それ以外の情報は名前がトップルというらしいことと、道中が僕一人でも危険が伴うことはまずないだろうということぐらいだ。
『魔王軍がわざわざこんな小さな国に攻め入ってくることなんてそうそうないさ』
と、遠回しに尋ねる僕に大袈裟だなと言わんばかりに答えるおじさんの話からすると、この国では魔物が現れたりそれによって生まれる被害なんてのは一年に数回あるかどうかということらしい。
無条件で安全とまではいかないのだろうけど、余程運が悪くなければ大丈夫そうだということにまず一安心である。
まあ……この世界に限っていえば盗賊とかも普通にいるだけに不安の種が無いとも言い切れないが、現代日本も町を歩いているだけで刺されたりラリった運転手に轢かれて死んでしまったりというニュースが次から次へと流れているのだ。もう突発的、偶発的なものを回避出来る度合いに関しては大差ないと思っておくほかないだろう。
大事なのは心構えと危機管理能力。これに尽きる。
とまあ、不安や孤独感で色々とネガティブなことばかり考えてしまうけど、兎にも角にも出発だ。
一刻。つまりは三十分程度であればそう長旅というわけでもない。
なんだか若干逃亡犯みたいな心持ちになっている気がしないでもないが、そんなわけで僕は『よし』と独り言を呟き、目的地へ向かって歩き出した。
○
やがて辿り着いた町は確かに一夜を過ごした町の三倍ぐらいある大きめの町だった。
そもそもなぜ町と町の間にこれだけ距離があるのだろうか。
日本じゃ田舎のおばあちゃんちなんかがそういう感じだけど、この世界では王都と呼ばれる町を含めどこもそうある気がする。
今更この世界の常識に疑問を抱いても仕方がないので置いておくとして、少なくともおじさんの言う一刻で到着したとは到底思えない長い時間の徒歩移動によって僕は中々に疲労困憊という感じだった。
体力一つなら腐っても元陸上部の僕にとってそう苦でもないのだろうが、流石に昨日の朝食以来何も食べていないのだから前提として常時の体力を維持出来ていないのだから無理もない。
一時間弱の移動時間を経たとはいえ、うっすら明るくなりかけている空や、やや肌寒い気温も含めまだまだ明け方と表現して然るべき辺りの風景であったが、見渡してみると人通りもそこそこ見られるし、通りに並ぶお店の数々は三分の一程度がすでに営業を開始していることが分かる。
やはりというべきか、閉まるのが早い分開くのも早いというのはこの世界では大体どこも似たようなものらしい。
まずは空腹を満たしたい僕にとってはありがたい限りだ。
そんな事を考えつつ、どの店がいいかなと思いながら左右に店が並ぶ通りを奥に向かって進んでいくと、ふと微かなざわめきを感じた。
騒ぎになっているという程ではなかったが、数少ない道行く人々が遠目からだったり足を止めないながらも振り返ったりしながら同じ方向に視線を向け、ひそひそと話をしたり「何だありゃ……」とか「子供じゃないのか」とか「かわいそうに」とか呟きながら足を進めている。
何かあったのだろうかと同じく視線をそちらに向けつつ通りを進んでいくと、すぐに視界に飛び込んできたのは静かな通りに似付かわしくない異様な光景だった。
子供が倒れている。
見た感じから判断出来るのはただそれだけだ。
俯せになっているので金色の髪をしていること以外に表情や顔立ちを遠目から確認することは出来ないが、大きいとは言えない体付きからして僕よりは年下であろう男の子が地面に倒れたまま動く気配がない状態でいる。
ただそれだけなら何故周りの大人達は放っておくんだと憤るところなのだろうが、悲しきかなその理由は一目瞭然だった。
小さな体を覆うような真っ黒なマントを身に着けている少年の背中には凄まじい存在感を放っている物騒な武器が見えており、それがそうさせているのであろうことは嫌でも理解出来る。
刀剣に精通しているわけでもない僕の、それも日本で偶然読んでた本に出てきたことで得ただけの知識なので例えに持ち出すことが正しいのかどうかは分からないけど、それでも敢えて例えるならクレイモアという名前の武器と同じ様な物だ。
背丈程の長さがあり、随分と太さもある馬鹿でかい剣だ。少年の背丈が小さいということもあるのだろうけど、それでも普段この世界で見る物と比べると普通ではない大きさがある。
とどのつまり、倒れているなら介抱した方がいいのだろうかと思う気持ちと、武器を持っていることでそれによって自分に危険が及ぶのではないかという気持ちから誰しもが行動に出ることが出来ずにいるのだ。
よほどの事なかれ主義で我関せずを貫いているだけの可能性はゼロではないんだろうけど、なんとなく雰囲気からそれは理解出来る。
「…………」
ならば僕はどうするべきなんだろうかと、思わず立ち止まり少年を見つめたまま固まってしまった。
いやいや、酔っぱらって寝ているわけでもあるまいし、倒れているなら助けてあげた方がいいとは思うんだけど……いきなり襲い掛かられたりしないだろうかと不安になる気持ちはさすがに無視できるものではない。
色々と葛藤はあるものの、それでも倒れている子供を放置しておくという結論は僕には出せず、恐る恐る声を掛けることにした。
ゆっくりと近付き脇で屈むと、動かないでいるその肩を揺する。
「もしもし……」
「う……」
幸いながら反応があった。
呼吸しているのは分かっていたので死んではいないだろうと思っていたけど、意識があるだけ想定の中での最悪のパターンではないようだ。
「このままじゃ辛いだろうからちょっと動かしますよ」
突っ伏したままだと本人にとっても僕にとっても不都合が多いので体をひっくり返し、腕に抱くかたちで上半身を持ち上げた。
目は閉じているが、やはり幼い顔立ちをした男の子だ。
十三歳とか十四歳とか十五歳とか、その辺りの年齢であろうことが分かる。
耳の下まで伸びている金色の髪がそういう印象を抱かせるのか、童顔であることは別としても随分と可愛らしい顔立ちをしていて、なんだかコルト君を思い出した。
「えっと、どこか体の具合が悪いの? それとも怪我をしてるとか」
そのままの状態で声を掛けると、少年は薄めを開け確かに僕を見た。
かと思うと、いかにも絞り出した様な声を上げる。
「お……」
「お?」
「お腹…………減った」
「…………」
そんな理由で倒れてたんかい……。
心の中でツッコむと同時に、一気に脱力するのを感じる。
そして、僕が近寄ってからというもの明らかにこっちを気にしてチラチラ見ていた周りの人達も同じ状態に陥ったことが分かった。
「取り敢えず……ご飯食べたら大丈夫そうなのかな」
いくら大した理由じゃなかったとはいえ、こうなってしまっては放置して立ち去るわけにもいかず。
それを決定付けるかの様に、ほとんど独り言として呟く僕に対し少年は薄目のままコクリと頷くのだった。
○
それからすぐに僕は近くにあった店に入った。
勿論、少年を肩に担いで、だ。
よく考えれば倒れて動けなくなるほどの空腹というのもただならぬものがあるだろう。
そんなわけで仕方なく僕はご飯を食べさせてあげることにしたわけだ。もっとも、ほぼ自分の腹拵えがメインなんだけど。
「あいよ、お待ち」
いかにも大衆食堂といった感じの店の中。
時間も時間だけあって他に客は居ない。
店のおじさんもこんなに早く客が来ると思っていなかったのか、店に入ってくる僕達を見るなり準備諸々をしようとしていた手を止めて面食らっていたほどだ。
それでも注文を受けてくれたおじさんはすぐに調理を開始し、ようやく出来た料理が僕達の目の前に並べられたというわけだ。
僕は炒めた野菜をご飯に乗せた様なものを、少年には「に、肉……」という息絶え絶えの訴えを聞き入れ肉料理を三皿ほど注文した。
色々と少年にもおじさんにも聞きたいことだらけではあるものの、ひとまず料理が出てきてからにしようと我慢して待っていたのだが……少年はカウンター席に並んで座ってはいるものの突っ伏したまま動く気配がない。
もう寝てるか座ってるかの違いだけでさっきと大差ない状態である。
お腹が減っていたという表現をするから呆れてしまうのであって、もはや数日飲まず食わずでいたのではなかろうかと心配になってきた僕は再び肩を揺する。
「お肉、来たよ」
「肉っ!?」
ガバッと顔を上げた少年の目は凄くキラキラしていた。その目がそのまま僕の方へと向けられる。
「食べていいのか!?」
「うん、どうぞ」
答えるやいなや、少年は添えられていたフォークを手に取り凄まじい勢いで料理を掻き込んでいった。
皿ごと口に持っていき、ほとんど中に流し込んでいるような状態だ。
喉に詰まらせたりしないだろうなと心配になってくるけど、きっと今それを指摘しても意味が無い気がするのでいつでも水を差し出す準備だけして僕はカウンター越しに店のおじさんに向き直った。
僕が今一番聞きたいこと。
それは勿論、ここはどこかということだ。
「おかしなことを聞くねえ。君達、旅人か何かなのかい?」
ストレートに質問する僕に対し、おじさんはそんな風に言った。
そこに訝しむ感じや不審に思う様子はなく、純粋に言葉のまま不思議に思われていることが分かる。
「はい。この国に来たばかりで全然知識がない状態でして」
もう言い訳を考えるのも面倒なのでそういうことにしておいた。
それで納得してもらえるというのもある意味凄い話である。
「ここはウェスタリア王国といって、何の変哲も無い小さな国さ。だけど、これから旅をするつもりなら少し気をつけた方がいいかもしれないね。この辺りなんて城から離れているからそうでもないけど、城下のあたりはまだまだ治安が不安定だからあまり近付かないことをおすすめするよ」
「治安が不安定って、何かあったんですか?」
「あったねぇ。あまり大きな声で言えることじゃないんだけど、王女の一人が家族である王家の人間を皆殺しにして逃げてしまってね」
「え……」
なにその急激に物騒な方向に話がいく感じ。
「そんなわけで今この国にはフォンクール家の、つまりは王族ってことだけど、それがいないんだよ。遠縁の貴族やら何やらが代わりにどうにかしようとしているみたいだけど、そう簡単な話でもない。この国もどうなってしまうのやら」
どこか憂いの表情で、おじさんは肩を竦める。
グランフェルト王国を出る前に聞いたバーフェミアという国の話も然り、本当にどこもかしこも物騒な情勢ばかり過ぎるだろう。
まあ、仮にこの国が平和の真っ直中にいたところで早いところサントゥアリオに向かわなければならないことに代わりはないので長居するつもりはないのだけど。
ということで、どうすればサントゥアリオに帰れるかを尋ねようとした時、とてつもなく強い視線を感じた。
その方向に目をやると、隣に座っている少年が僕を……というよりも、僕の手元にある皿をジーっと見ている。
食べるの早っ! しかも完全に足りてない様子だし。
「ま、まだ食べる?」
「いいのか!?」
「うん、食べれるなら好きなだけ注文していいから遠慮しないで」
「ほんとか!! お前良い奴だな!!」
なぜか少年は歓喜の表情で僕に抱き付いてくる。
そして、
「とりあえず十個!!」
「じゅ、十個というと、十皿ということかい?」
「分からん! 今の肉のやつを十個!」
一人で興奮する少年に店のおじさんも戸惑っていた。
話にならなそうだと思ったのか「本当に大丈夫なのかい?」と目で僕に訴えてくる。
「残ったら僕も食べますので、すいませんがお願いします」
言うと、それでもおじさんは快く引き受けてくれた。
結局その後、少年は延々と食べ続け合計二十皿ぐらいの肉料理を平らげるその姿を途中からドン引きしながら眺めつつ、どうにか情報収集をしながら食べ終わるのを待って店を出ることにした。
○
外に出ると、もうしっかりと太陽が昇っていた。
街中にもそれなりに人が増えていることが分かる。
僕はこれから貸馬車をやっている店に行かなければならない。
辻馬車とでもいうのか、所謂タクシーみたいなものでお金を払って行きたい場所まで送ってもらえるという商売なのだそうだ。
この国の港には貿易の関係で色々な国の船が出入りするのだと店のおじさんが教えてくれた。
しかもお金を払えば一緒に乗せていってもらえるらしく、それで国外へと渡れるだろうということだった。
昨日の今日でサントゥアリオに戻る方法が見つかったのは僕にとっても運が良かったと言えるだろう。
さっき聞いたこの国の状況からして自分の立場を明かしたりクロンヴァールさんやジェルタール王の名前を出したところでどうにかなるとは限らいし、なったとして時間が掛かる可能性も大いにある。他の方法があるというのは本当にありがたい。
「あ~、食った食った。こんなにお腹いっぱいになったの久しぶりだ」
ここからまた長旅になるのかなぁ。なんて考えている横で一緒に店を出た少年は満足げにお腹をさすっている。
見ているだけでお腹一杯になるぐらい食べてたからね。もうほんとどうなってんのこの子の胃袋。
「まあ、満足してもらえたならよかったよ」
「ありがとな! 人間は嫌な奴ばかりだと思ってたけど、良い奴もいるんだな!」
「人間はって、君は人間じゃないの?」
脳裏に昨日の夜、自分がそう呼ばれていた記憶が浮かぶ。
「へ? おれは人間だぞ?」
「うん、だよね」
どういうことですか……よく分からないけど、もうこの際置いておこう。
「とにかく、もうこんなことがないようにね。僕はもう行かないといけないから」
「え……どっか行っちゃうのか?」
とても寂しそうな顔が僕を見上げる。
迷子なのか飢えて倒れていただけなのかは聞けていないが、そんな顔をされると放って行こうとしていることに罪悪感が芽生えるからやめてくれと言いたい。
「僕はこれからこの国を出ないといけないんだ。だからそろそろ出発しなきゃいけない」
「あのな、ご飯食べさせてくれたことはありがとうなんだけど、もう一個お願いがあるんだ……」
「お願い?」
「うん、おれも母上のところに帰りたいんだ。だけど帰り方も分からないし、お金も無くてどうにもならない……だから、おれを母上のところまで連れて行って欲しいんだ」
「えーっと、僕に頼むぐらいだからそれってこの国のどこかじゃないってことだよね。ちなみに、どこの国なのかな」
「これ」
少年はほとんど全身を覆い隠す様なマントの中に手を突っ込み、一枚の紙切れを取り出した。
どうやら地図のようだ。
「ゴーダ王国……」
この国でも、僕が知っている国でもない。
しかも、地図はその国の内部のものらしく別の国との位置関係などは一切載っていない上に詳しい地名もほとんど記載がなく、右上の方に小さく丸で囲んでいる地点があるだけだ。
「僕にもちょっと複雑な事情があって送ってあげる余裕があるかどうかはまだ何とも言えないけど、取り敢えず港に一緒に行こうか。そこで船に乗ればこの国から出ることは出来るみたいだから。あ、一応お金は大丈夫だから心配しないで」
「うんっ」
地図を眺める僕を不安そうに見ていた少年はパッと表情を明るくする。
まあ、最悪船に乗せてあげれば国に帰ることぐらいは出来るだろう。
「ちなみに、君の名前は?」
「カノン!」
「そっか。じゃあカノンって呼んでもいいかな?」
「いいぞ。お前はなんて言うんだ?」
お前って……と、一瞬げんなりしたが、きっと悪気はないんだろう。子供相手に気分を害するのも大人げない話だ。
「僕は康平って呼んでくれたらいいよ。みんなそう呼ぶし」
「そうか、じゃあコウヘイだな」
何が楽しいのか、カノンは無邪気な笑顔を浮かべている。
なんだか異国の地でよく分からない出会いを果たしてしまった感じだけど、何はともあれ僕達は貸馬車屋さんのところに向かうことにした。
どういうわけか、手を繋いで。
昨日のシェルムちゃんといい、コルト君といい、僕は年下の子に懐かれる性質でも持っているのだろうか。
愛想が良いわけでもなければ多弁でもないというのに、不思議なものだ。
「コウヘイコウヘイ、変な鳥がいるぞっ」
しばらくして、僕達は無事馬車に乗ることが出来た。
初めて馬車に乗ったらしいカノンは随分とはしゃいでいる。
今もほとんど僕に乗り掛かる様にして外を指差し、物珍しそうに『変な鳥』とやらを目で追っているし、ずっと騒がしいままだ。
港まではそう時間が掛かるわけでもないらしいし、楽しんでくれているなら文句は言うまい。
こんな子供が親元を離れて他所の国を放浪していたのだ。孤独や不安で気分が沈むことだって大いにあり得ただろうに、落ち込んだり泣いたりされては僕もお手上げだったことを考えると大助かりという感じである。
ちなみに、この馬車の中に居るのは僕とカノンの二人だけではない。
見知らぬ。というと語弊があるのだが、三十前後のガタイの良い男が僕達の前に座っている。
脇には剣を置いており、見た目は中々穏やかとは言い難いがそれが仕事であり、そのために乗ってもらっているので致し方あるまい。
何のことはない。
貸馬車屋のサービスの一つとして、追加料金を払ったことで安全確保のために同行してくれている。要するに護衛というわけだ。
国が不安定な状態ということもあってか、大体どこで馬車での送迎を頼んでも希望があればそういうオプションを付けられるらしい。
所謂傭兵みたいなものなのか、国の兵士ではない人がやっているのだとか。
いざという時にどの程度信頼出来るのかは分からないけど、僕よりは絶対強いだろうし、いくら武器を持っているとはいえカノンに戦わせるわけにもいかないので最善の方法だろう。
一人だけ会話の外に居させるままで放っておくのも失礼かと当初は世間話なんかを無理矢理振ってみた僕だったが、「俺は必要な時がくれば動く、そうでない時はここに居るだけだ。兄弟水入らずの邪魔をするつもりはないから気を遣うこたあねえ」とか言われちゃったのでその通りにさせてもらうことにした。
ついでに言えばカノンは会話どころか男性の方を見ようともしないし、港まで同乗することを伝えた時にもものすっごい嫌そうな顔をしていた。
食事の時も店のおじさんとは一切会話をしようとしなかったし、無邪気そうに見えて実は人見知りなのだろうか。
なんて暢気な感想を抱きそうになったが、その口振りからしてそもそも他人というだけで嫌悪するべき存在となっているがゆえのことなのかもしれない。
そこに僕が含まれないのはカノンの言うところの『他人=嫌な奴』という認識から外れていることが理由なのだろう。
子供らしい考え方だと言ってしまえばそれまでなのだろうけど、その風貌や行き倒れていたということも含め、流石に何も知らないまま面倒を見続けるわけにもいくまい。そうなると多少なり身の上話やそうなった事情も聞いておく必要があるだろう。
今ここでそれをすると兄弟だと思い込んでいる護衛の人に余計な説明の必要が生じるのでもう少し後になりそうだけど……しかしまあ、あっちもこっちも色々と複雑な事情や風習の違いがあるものだ。
そんなことをしみじみと感じた馬車の旅だった。
9/7 誤字修正 意外→以外




