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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【序章】 聖剣の涙

9/5 誤字修正 負って→追って


 グリーナ地方にて、人知れず帝国騎士団本部が火に包まれている頃。

 王都バルトゥールに聳え立つサントゥアリオ本城では白十字軍(ホワイト・クロス)の主戦力達が一堂に会していた。

 日が落ちて間もなくして第七分隊を率いていたロスキー・セラムが帰還し、全ての部隊が無事に戻ったところで国王パトリオット・ジェルタール、大将ラブロック・クロンヴァールによって招集が掛けられたのだ。

 玉座に腰掛けるジェルタール王の傍らにはそれぞれ国を率いる立場にあるクロンヴァール王と王国護衛団(レイノ・グアルディア)総隊長エレナール・キアラが控えている。

 それに加えて各部隊の部隊長や都市に同行した士官、そして本隊所属として城内で待機していたダニエル・ハイク、アルバート兵士長やマット・エレッド上級大臣にコルト・ワンダーを加えた二十名以上が取り囲む様に周りに立っていた。

 まず始めに行われたのは各部隊長からの報告だ。

 ある者は敵を仕留めたという報告を。

 ある者は敵を倒しながらも逃がしてしまったという報告を。

 またある者は敵が現れることすらなかった、或いは現れたものの何もせずに逃げていったという報告を順々に口にする。

 経緯に関わらず全ての都市を無事に解放し、民の安全を確保、確認したという結果は特にジェルタール王を始めとするサントゥアリオの上層部にとって大いに希望を与えるものとなった。

 そうして各隊長の報告が終わると、続いて王都の戦いの話へと移り変わる。

 バルトゥール襲撃の目的で現れた首魁エリオット・クリストフ率いる帝国騎士団の一団を迎え撃ち、多くの敵を死傷させるか捕縛することに成功し、民に被害は出ていない。

 そんな話の数々は苦戦が続き、後手に回されるばかりであった戦況を確かに覆しつつあるという認識を誰しもに抱かせた。

 やがて全ての報告が終わると、自然と今後の方針についての話へと中身が移っていく。

 甚大なダメージを負った帝国騎士団をどう追い詰めていくか。

 残る魔王軍にどう対抗するか。

 それらについて一部の者を除いた多くの戦士が口々に自らの考えを言葉にし、意見を交わし合っている。

 その中にあって、そもそも話し合いに関心が無いサミュエル・セリムスや主の命令に従っていればそれでいいと思う気持ちから口を挟む気がないクリスティア・ユメールは例外としても三人の男女がほとんど話の中身が耳に入っていない状態でいた。

 会議が始まって以来終始浮かない顔をしているワンダーと、その知らせを聞いてからというもの一度も口を開いていないセミリア・クルイード、ジャクリーヌ・アネットの二人の勇者だ。

 三者にとってその理由は等しく王都の戦いの話が終わると同時に付け足された一つの報告にある。

 それはグランフェルト王国元帥であり、白十字軍副将を務める康平が城を離れたまま行方不明になったという異常事態を告げる知らせだった。

 帰路の護衛に付くはずだった兵士からもたらされた情報によって魔王軍四天王の一角である【漆黒の魔剣士】ことエスクロに連れ去られたことが分かり、それがワンダーやセミリアから心の余裕を奪い、アネットの思考の先をその一点へと向けていた。

 特に直前まで行動を共にしていたセミリアの動揺は大きい。

 誰よりも付き合いが長く、誰よりも強い信頼関係があるという自負があるだけに心配する気持ちと自らを責める気持ちが混合して心に渦巻いていた。

 それでなくとも康平と別れる前の出来事、康平と別れた後の出来事、その両方によって感情は乱れ、精神的に不安定になっていたのだ。落ち着きつつあった心はいとも簡単にそれ以前の状態へと陥っていた。

 そして、その感情はある男の一言によってとうとう抑えが効かなくなる。

「まずは帝国騎士団を一掃すべき局面であると強く進言させていただく。国内外の両方に敵を抱えていては基盤も固まらないというもの。本来のこの連合、この戦争の目的である騎士団掃討を実現し、その後全世界にとっての脅威である魔王軍に対抗するための戦いに臨むのが全てにおいて有効な手立てであるはず」

 今まさに見解を述べていたジェルタール王の言葉を遮る様にしてそう言ったのは護衛団副隊長を務める男、ヘロルド・ノーマンだ。

 強い意思が感じられる口調で、この場においての決定権を持つ二人の王のみに向けた言葉であるかのように周囲には目もくれない。

「確かにお前の言うことも一理ある。が、主要都市の奪還を果たし、敵戦力は壊滅的である現状で奴らがすぐに戦線に復帰するとは考えにくい。ジェインの推察通り魔王軍の狙いが我々の消耗であったならば優先すべきは魔王軍を迎え撃つ準備であるとも思えるが?」

 クロンヴァールはあくまで冷静に、全てを考慮した上で反対意見を唱える。

 だがその程度でノーマンが引き下がることはない。

「クロンヴァール陛下、例えどれだけ騎士団の数を減らそうともエリオット・クリストフはまだ健在なのです。仮に魔王軍との戦いを優先させようともクリストフや残る隊長達が横槍を入れてくることは必至。奴らが協力関係にある以上同時に相手をしなければならない状況こそが我らにとって最悪の展開であるはず」

「ふむ……聖剣、お前はどう考える」

 クロンヴァールは僅かに黙考し、セミリアへと視線を向ける。

 康平不在の今、代わりのグランフェルト代表者として扱うつもりでいるからこそ見解を求めた。

 しかし、セミリアは黙ったままだ。それどころか、話を聞いていないのか視線を返すことすらしない。

「…………」

「おい、聞いているのか聖剣」

「クルイード」

 隣に立つアネットが見かねて腰の辺りを肘で突く。

 そこでようやくセミリアは我に返った。

「ああ……申し訳ない。少し考え事をしていた」

「その中身は容易に想像出来るが、今ここであの小僧のことを心配したところで何かが好転するわけでもない。向けるべきものへ目を向けろ」

「例えそうだとしても、私にとって目を向けるべきは他にある。そして、この場であなた方に言っておかなければならないことがあります。私は……この連合軍を離れ単独で動かせていただく」

「大義を見失うなどお前らしくもない。納得のいく説明をしてくれるのだろうな」

「出来ればそれは聞かないでいただきたい。それを口にしてしまうと……私も冷静ではいられなくなる」

 多くの者がどこかただならぬ雰囲気のセミリアとクロンヴァールの遣り取りに口が挟めずに黙っている中、その僅かな静寂を破った別の声があった。

 ヘロルド・ノーマンだ。

「勇者ともあろうお方が随分と筋の通らないことを仰るものですな。平和を乱す反乱組織、世界を奪い取らんとする魔王軍、それらとの戦いを途中で放棄すると申されるか」

 どこか侮蔑的なその言葉に、必死に抑えていた感情は我慢の限界を迎えた。

 セミリアは素早く剣を抜くと、その先をノーマンに突き付ける。

「なんの真似ですかな?」

「クルイードさん! 剣を収めなさい、何をしているか分かっているのですか」

 表情一つ崩さないノーマンの声と慌てて止めに入るキアラの声がほとんど重なっていた。

 しかしそれでも、セミリアは剣を下ろしはしない。

「分かっているさ……十分過ぎるほどにな」

「聖剣、武器を収めないつもりならばお前を取り押さえなければならなくなる。何が理由かは知らんが、まずはそれを説明してからにしてもらおう」

 睨み合うセミリアとノーマン、そしてその脇で両者を止められる位置と距離に移動しているキアラを順に見て、特にその場を動くわけでもなく声を荒げるわけでもなくクロンヴァールが至極冷静に、三者がそれ以上言葉を発することを阻止する様なタイミングで割って入る。

 それでもセミリアはノーマンから視線を逸らさず、言葉だけを返した。

「……真に向かい合うべき敵が分かった、理由はそれだけです」

「その敵とは具体的に誰を指す」

「それは……この国に巣くう病気だ。この男も含めて、この国に生きる者の多くは病気なのだ。ノーマン殿に問う、なぜそこまで戦争に拘る。なぜ多くの犠牲を出してまで戦いを続けなければ気が済まない。敵が対抗の術を失いつつある今こそが停戦し平和的解決を実現させる最後の機会ではないのか」

 都市を占拠していた騎士団員の多くを捕らえ、王都の戦いでは同じく捕らえた者を含め過半数を戦闘不能状態に追いやった。

 元が三百と少しの軍勢にとっては大多数が既に戦線を離れ、残っているのは半数を大きく割る程に構成員は減ってしまっている。

 なおかつゲルトラウト五番隊隊長が命を落としたことが確認され、アリフレート三番隊副隊長も同じく命を落としたという情報をもたらしたのは他ならぬセミリア自身だ。

「民の代わりに戦い、血を流すことで国や民の未来を、平和を守る。それが我々の使命であり、命を祖国に捧げた我々が掲げるべき正義なのだ。犠牲を恐れては戦など出来ぬ、戦が出来ねばただ奪われるのを待つばかりとなる。それが国であり世界の歴史というものなのだ。うら若き勇者殿にご理解いただけるかどうかは分かりかねますがね」

 無表情な冷血漢。

 ノーマンを知る者の大半が抱くその印象通り、大柄な体でセミリアを見下ろすノーマンは冷たい目を向け淡々と言葉を繋いだ。

 怒り、嘆き、そして失望。様々な感情はセミリアに冷静さを取り戻させはしない。

「正義、か。貴様が口にすると安っぽい言葉に成り下がるものだな」

「……何が言いたい」

「分からぬか? 簡単な話だ。今この場に私と貴様しかいなければ……私は恐らく貴様を殺しているということだ」

「クルイード殿、どうか剣を収めてくれ。ノーマンが何か粗相をしたのなら私からも頭を下げる。だが何よりも国や民のことを思う気持ちは私とて同じなのだ。クロンヴァール王の言う通り、どんな理由であれそれが出来ないと申すならば放っておくわけにはいかない」

 いよいよ『殺す』という言葉まで飛び出したことでジェルタール王が慌てて割って入る。

 玉座から腰を上げると庇う様にノーマンの前に立つが、万が一にも国王に危害が及んではならないと、すかさずキアラが更にその前に立っていた。

「ふっ、まるで他人事ですね。ジェルタール王」

 どこか軽蔑的な眼差しを向けながらも、そこでようやくセミリアは剣を収める。

 二人の姿がそうさせたこともあったが、視界の端にはいつの間にか傍に立っているクロンヴァールやハイクが映り、いつでも自分を抑え込むために動くつもりでいることを把握した。

「どういう……ことですか?」

 その言葉が何を指すのかが分からず、ジェルタール王は怪訝そうにしている。

「私は貴方にも言いたいことがいくらでもある、そういうことです。何が正義だ……何が平和だ……お前達はそうやって過去に囚われ、数と力によって都合の良い共通の敵を虚像として作り上げることで全てを正当化しているだけだろう。その代償が今無関係な多くの命によって支払われていることになぜ気付かぬ。国や民を導くべき立場にあるお前達が事実から目を逸らし、楽な道に逃げるばかりで何かが解決するわけがない、それが繰り返される歴史の発端だと理解していないはずがない……そんなものが正義であるはずがない……そんなことで平和が実現出来るはずがない……いつか同じ理由、同じ方法でお前達自身が排除される側になった時にも同じ事が言えるというのか!」

「なるほど、戦争に参加していることに精神が耐えられなくなったというわけか。それとも兵や自分が犠牲になることに耐えられなくなったか。風評がどうであれやはり子供は子供でしかないということのようだ」

 声を荒げて尚嘲笑混じりの挑発を口にするノーマンにセミリアは再び剣に手を掛ける。

「クルイードさん!」

 しかし、辛うじてキアラの声がそれを止めた。すぐにアネットにも同じく制止の声を投げ掛ける。

「アネット殿も、どうか落ち着いてください」 

 セミリアの隣で「おいデカブツ、いい加減口を慎まねえと痛い目見んぞコラ」とノーマンを睨み付けていたアネットも舌打ち一つ残して引き下がる。

「この場で武器を手にしたところであなたの立場が危うくなるだけです。連合軍を抜ける、その意志に揺らぎはないのですね」

「共闘の誓い、果たせなくて申し訳ない……キアラ殿」

「あなたとは通じるところがあった。だからこそ黙って見送ることなどしたくはない。どうかその前に理由を聞かせて欲しい。ノーマン副隊長が言ったような理由ではないと私は思うから」

 どこか悲痛な面持ちのキアラの訴えはセミリアの心を揺らした。

 ノーマンに抱く感情が私怨であることだけは告げずに去ろうと考えた理由は保身以外にも多々あったが、少なくともキアラやアネットに対してもそうあろうとすることはあまりに不義理である様に感じ、少しの葛藤ののちセミリアは覚悟を決める。

「分かりました。まずは……これを見ていただきたい」

 ふぅ、と。一度大きく息を吐くと、セミリアは両目からレンズを外す。

 この国で出生を知られることを避けるために瞳の色を隠す目的で着けているものだ。

 露わになった本来あるはずのない薄青い色の瞳が何を意味するのか、目の前に立つこの国で生まれ育った者達が理解出来ないはずがなかった。

「それは……」

「なん……だと」

 キアラとノーマンの声が重なる。

 間に居るジェルタール王もまた、言葉を失っていた。

「見ての通り、私はこの国に生きる者とこの国に生きる者にとっての敵、その両方の血を引いている。二つの民族が絶えず争いを続けていることに心を痛めていないといえば嘘になりましょう。ですが、それが連合軍を離れようと思った理由ではない」

「ならば一体……」

「都市に向かう前……私はある人物に出会った。ノーマン、貴様もよく知る人物だ。その人は私がずっと行方を追っていた人物で、ようやく会えたその人はそこで私が知らなかった話を聞かせてくれたのだ」

「それは……一体誰なのです。ノーマン副隊長、心当たりは?」

「ありませんな。この国で私が知る人物など山ほどおりましょう」

「ならばはっきりと言ってやる。その人の名は……マーシャ・リンフィールドだ」

「……なに?」

「マ、マーシャ様ですって!? 本当にマーシャ様とお会いになったのですかクルイードさん!」

「事実だ。リンフィールド殿は幼少時、私の命を救ってくださったお方だ。そして今日になって初めて私はその一件の真実を知ることとなったのだ」

「し、真実……とは」

「七年前、私が住んでいた村を何の理由もなく焼き払い、母を含め全ての村人の命を奪った護衛団の夜襲……それが貴様の独断で行われたということだ、ヘロルド・ノーマン。リンフィールド殿はその襲撃を知ってすぐに反対し止めようとした、貴様はそれを聞き入れずに村を火の海に変えた。そしてジェルタール王、貴方はそれを咎めず副隊長へ降格させるだけで不問にした。リンフィールド殿はそんな体制に失望し、大臣で居続けてもこの国に平和をもたらすことは出来ないと城を離れることを決めた。私が知ったのは……そういう話だ」

 玉座の間に重々しい沈黙が広がる。

 ある者達はセミリアの話を理解し、またある者達は何一つ理解出来ないままで、誰もが口を開けずにいた。

 少しの間を置いてその静寂を破ったのはクロンヴァールだった。

「まず一つ聞く、そのリンフィールドとは一体何者だ」

 その視線はジェルタール王に向けられている。

 沈痛な面持ちで同じく口を閉ざしていたジェルタール王は僅かに逡巡し、どこか観念した様にゆっくりと口を開いた。

「リンフィールド大臣……エレッド大臣の前任の上級大臣です。当時総隊長を務めていたノーマンと並んで国王になったばかりの私を、そしてこの国を支えた若き聡慧と呼ばれていた人物でもあります。確かに、今クルイード殿が明かした一件の直後に職を辞し、城を離れた過去があるのですが……」

 見るからに言い辛そうに語る王の姿が何を意味するのか、それを知る者はほとんど居ない。

 当時、誰よりも国に貢献していたマーシャが城を去った原因が自分にあるということを大勢の前で認める発言をするのはどうにも憚られ、どうにか言葉を選んでいた。

 そして、ジェルタール王ほど表情に出てはいないものの同じ当事者でありながら沸々と怒りを燃やす人物が一人。

 それらの出来事が起こるまで総隊長を務めていた男だ。

 ノーマンにとって上り詰めた地位を失った原因の全てはマーシャにある。

 誇り高き地位と肩書きを失うこととなった七年前の出来事は、ただマーシャを憎む気持ちだけをその心に残していた。

「では、今の話は事実というわけか。聖剣、お前はそれを知り、この男と同じ陣営には立てないという結論に至った。そういうことでいいのだな」

「そうではありませぬ。誰とも関わりを持たず、ひっそりと暮らしていた村を焼き払われ、母を殺され、国を追われたのだ……この男を憎む気持ちがないと言えば嘘になる。だがそれでも、この国の、助けを求める民のための戦いだと思えたならば私は心に押し留めようと思っていた。それがリンフィールド殿の望みでもあったからだ。だが、この男にその気が無いのならば……もう黙って素知らぬふりをすることは私には出来ない。そういう理由です。城に寝泊まりさせてもらったことには感謝しています。だが、仲間が拉致されている今、城は出て行けても国を出て行けという命令には従いかねる。それだけはご理解いただきたい」

 セミリアはクロンヴァールからジェルタールへと向き直る。

 複雑な心境を物語る表情のままでいるジェルタールの代わりに答えたのはキアラだ。

「クルイードさん、私が許可します。引き続きこの城の部屋を使用していただいてかまいません」

「ですが、貴女に迷惑を掛けるわけには……」

「迷惑だなどと思うはずがありません。私は……私は、あなたやコウヘイ君の考えに全面的に同意出来る。元々この戦争だって、誰もが血を流すことなく終わらせることは出来ないのかとずっと思っていた。それに……私は元々マーシャ様の部下だったのです。マーシャ様の背を追って護衛団に入った、色々なことを教わって育った。大臣を辞めると知った時はショックで、理由も教えて貰えないまま出て行ってしまったことが悲しくもあった。だからこそ事実を知った今、あなたやマーシャ様の痛みや苦しみを蔑ろにすることなんて出来ない。その件に関しては全てが終わったのちノーマンと陛下に詳しく話を聞こうと思います」

「キアラ殿、私は今になって責任を追求しようとは思わない。リンフィールド殿や貴女の思いがこの国を良い方向に導いてくれればそれでいい。ですが、少しの間そのお言葉に甘えさせていただきます」

「ええ、何も遠慮はしないで。ちなみにだけど、もしもこの城を離れることになったなら何をするつもりだったのか教えてもらっても?」

「先程も言ったが、攫われた仲間を捜す、それが第一だ。思えば……コウヘイだけだった」

 不意に、言葉が途切れる。

 視線を上に向けるセミリアの目からは涙が零れていた。

 そうなるだけの理由は幾多と想像出来るが、それでもキアラは慌てて駆け寄った。

「ど、どうしたのクルイードさん」

「コウヘイは……あの男だけは……何一つ分からない中でも私を助けてくれた。いつだって私を導き、私の傍に居てくれた……私の生い立ちなど知らなかった頃から、この国の歴史など知らないうちから……この国に来ると決めた私と同じ気持ちでいてくれた」

「クルイードさん……」

「身勝手なことを言っているのは重々承知しています。それでも私は、私なりに争いを終わらせる道を探し、この国や世界の未来を守るために戦う。そして……必ずや魔王軍からコウヘイを取り戻す。では失礼」

 セミリアは目尻を拭い、決意じみた表情をほとんどキアラ一人にだけ向けると部屋から立ち去るべく背を向け歩き出す。

 全ての視線がそこに集まる中、どこかこの場に似付かわしくない暢気な口調がその視線の向きを変えた。

「うちの大将代理がああ言ってるんでな。悪いが、取り敢えずはアタシもそれに準ずることにさせてもらうぜ」

 声の主アネットは肩を竦め、特に何かを付け足すことなくそのままセミリアを追って出入り口へと足を進める。

 やがて三人の勇者全てが部屋から去ると、大将であるクロンヴァールは一つ大きく息を吐き、やれやれと首を振って、どうすればいいのか分からず固まるサントゥアリオの面々に向かってこの場を収めるべく口を開いた。

「こうなっては仕方あるまい。何も我々の敵に回るという話ではない、落ち着くまでは放っておけ。今後に向けた話し合いも明日の朝に延期するとしよう。それでいいな、ジェルタール王」

 その言葉にジェルタール王が同意すると、クロンヴァールは翌日の段取りをいくつか告げ、その後何とも言えぬ空気の中で会議はお開きとなった。


          ○


「おらよ」

 謁見の間を離れたのち、そのままセミリアの部屋へと戻った勇者達はそれぞれが腰を下ろす。

 珍しくアネットが全員分の水を注ぎ、それぞれにグラスを手渡した。

「申し訳ありません……巻き込むようなかたちになってしまって」

 水を受け取ると、セミリアは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 しかし悲しきかな、アネットは特に気にもしていない。

 仲間と誰かが諍いを起こした時、仲間側に付くのが当然だと信じて疑わないからだ。

「気に病むことじゃねえさ、少なくともアタシはお前さんが間違っているとは思ってねえよ。それにアタシらにとっちゃ何よりも優先すべきは相棒のことだろうぜ」

「ていうか、何で私まで連れてこられたわけ?」

 同じく水を受け取りつつも、サミュエルは一人不満顔だ。

 二人に続くように玉座の間を後にしたが、そこにセミリアを心配する気持ちは微塵もなく、ただ話し合いの場から抜け出せるならと便乗しただけでしかなかったのだ。

 部屋に帰るつもりがアネットに無理矢理連れ込まれたのだからそう言いたくなるのも当然だった。

「そう言うな。相棒のこともそうだが、おめえもアタシも当事者じゃねえにしろ仲間同士ちっとは思うところもあんだろう」

「誰がアンタの仲間なのよ」

 アネットは辛辣な一言を無視し、からかう様な顔をセミリアへと向ける。

「諸々の話も勿論そうだが、アタシにしてみりゃクルイードがそこまで相棒にホの字だったことの方が驚きだぜ。知らないところで何があったのやら」

「何があったというわけでは……ないと思うのだが」

「てめえで自信なさそうに否定するかね。いいじゃねえか、女なんだからよ。恋の一つや二つ人生にゃ付き物だぜ?」

「そういうものなのだろうか。今になってその気持ちを否定するつもりはないが……だからといって、それはやはり私には何とも難儀な問題なのでしょうね」

「そういうもんなんだよ。いっそのこと相棒と結婚すりゃいいじゃねえか、そうすりゃ相棒もずっとこの世界にいてくれるぜ?」

「結婚、か。私などにそんな未来があるとは考えたこともなかったが、コウヘイと共に暮らす自分を想像してみると……」

「してみると?」

「暖かい気持ちになった……そうなれば幸せなのだろうな」

「よし、なら相棒が戻ってきたらさっそくその気持ちを伝えてやろう。プロポーズ大作戦だ」

「こ、こらアネット様……余計なことはしないでくれ」

「何を勇者ともあろう者が恋路なんぞに照れてやがるんだか。女としての幸せ、結構なことじゃねえか。誰に遠慮することがあるってんだ。自分を偽るなんざ勇者としてどうかと思うがね」

「そうは言うが、勝手も分からないし……勇気がいるのだ」

「はっはっは、存外乙女だなクルイード」

 別の意味で俯くセミリアに、少しは落ち着いたようだなとアネットは人知れず安堵する。

 そして同時に、この団欒や様々な思いの中心に居るべき康平を何があっても救いだそうと心に誓うのだった。

「どうでもいいけど、コウは私の子分なんだから私の許可無く結婚なんてさせないから」

「誰がお前の子分だ!」

 今どこで何をしているのか。

 意味は違えど、三人の女勇者の頭には等しく同じ顔が浮かんでいた。


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