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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑦ ~聖魂愛弔歌~】
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【プロローグ】 立ち向かう決断を


 魔王シェルムの部屋から一人の人間が去って間もなく。

 部屋の主であるシェルムとその忠臣であるシオンはそれ以来今後の方針についての話し合いを続けていた。

 アークヴェール宮殿に足を踏み入れた初めての人間であろうと、一連の騒動を知るほぼ全ての者が認識している中でその人間を逃がすという異例の事態は今現在誰にも知られていない。

 誰が敵で誰が味方なのか。

 それが不明の状態でこの先どう動こうとしているのかを知られるわけにはいかないと、シオンは神経質になっているため自身の操る虫を使って覗き見や盗み聞きに対して可能な限りの対策をしていた。

「とにかく、まずはパパを捜さないと」

 そう言ったのはウェーブがかった緑色の髪をした幼い少女。淵帝の子女シェルムだ。

 二人が並んで天蓋付の大きなベッドの上に腰掛け、話を始めてしばらくが経った。

 幼いシェルムには心の中で徐々に増していく焦りや不安が結論を急がせてしまっていることを自覚出来ていない。

「お兄ちゃんがシオンの言う通り本気で人間も魔族も関係無いって思ってたら、わたし達には止められないよ……」

「わたくしもそれを優先させるべきだと思っております。ですが、先にドネス様のところへ行きましょう。まず間違いなくほとんど情報を持っておられないはず。事情を話し、決断をしていただかなければならないお一人でありますゆえ」

 シオンは真剣な表情でシェルムを見つめ返す。

 魔族の最高戦力である四天王の紅一点であり【蟲姫】の異名を持つ淵界随一の美姫であるシオンはシェルムの側近として常に傍に控えている母代わり、姉代わりの存在だった。

「うん。ドネスが殺されるのも嫌だし、出来ればわたし達を手伝ってもらわないとあいつだって知らんぷり出来る立場じゃないもんね」

「宮殿内の方々にわたくしの虫を放って聞き耳を立てさせております。気取(けど)られては元も子もないため幹部クラスの者の傍にはおけませぬが、誰の指示であれわたくし達を監視している者がいないかどうか、不穏な動きをする者がいないかどうか、人間界に向かうにしてもある程度それらを把握した上で慎重に行動するべきでしょう。ジッとしていられないという思いは痛いほどに分かりますが、冷静さを欠いては危険が増すばかりとなります。どうか自制を」

「分かった……でも、ドネスのところに行くのは早い方がいいんでしょ?」

「ええ、最悪の想定をするならばメゾア様の次はシェルム様となるのかドネス様となるのか……その可能性が大いにあり得る以上早い方がよいでしょう」

「じゃあすぐに行こっ。あいつ馬鹿だから放っておいたら死んじゃうよ、絶対エスクロに勝てないもん」

 シェルムはベッドから飛び降りると、そのまま早足で扉に向かって行く。

 シオンは後を追いながら、その言葉を聞いてふと今になってとあることに気が付いた。

 確かに人間界侵攻に参加したことはおろか人間界に出向いたこともないドネスではエスクロには勝てないだろう。

 扱い方を知らないだけで強大な魔力を潜在的に秘めているシェルムでさえ、今この時であれば同じはずだ。

 しかし、ではメゾアはどうなのか。

 凶暴かつ凶悪な性格と能力は帝王の血統であるからこそ可能である圧倒的な力を発揮する。

 メゾアの部屋から出てきたエスクロは五体満足で、それどころか直接会話をしたにも関わらず戦闘の痕跡など何一つ感じられない程に普段と変わりない姿だった。

 同じ四天王の一角であるエスクロが一方的に、いとも容易くメゾアをあの惨状に追いやることが出来るというのか。

 シオンはそこに思い至ると同時に、鼓動が早まるのを感じた。

 今の今まで深く考えたことがなかったが、そもそもエスクロはその存在からして謎だらけなのだ。

 淵帝の配下に加わったのはたかだか数年前のこと。

 淵界の辺境で見つけたのだとだけ聞かされ、カルマが独断で加え側近に置くと決めた。

 淵帝ゴアが容認している以上自分が口を挟むことではないと何も言わなかったが、よく考えればそれ以外のことはほとんど知らない。それどころか、甲冑の中身を見たこともなかった。

 それが今この状況に関係のあることなのかどうかは何とも言い難い要素でしかないとはいえ、どうにも胸がざわつくのを感じながらシオンもシェルムの後に続いて部屋を後にするのだった。


          ○


 二人は宮殿最深部の広い廊下を兄の一人であり三男のドネスの部屋へ向かって進んでいく。

 シオンは身に付いた癖でシェルムの一歩後ろを歩いているため間違っても横並びになることはない。

 シェルム、カルマ、メゾアの個室は十字路による分岐をそれぞれ進んだ先にあるが、三方向に分かれている構造上ドネスの個室は別の箇所に位置している。

 滅多に部屋から出ることもなく、兄弟達との交流もほとんどないドネスは自ら離れた部屋を使うことを申し出たためそれを特に不満に思う者も不便に思う者もいない。

 そんなドネスの部屋まで角一つ曲がればという距離まで来た時、正面から見知った顔が歩いてきているのが目に入った。

「あ、スーリアだ」

 声の届く距離まで近付くと、シェルムが真っ先にその名を呼ぶ。

 長い黒髪に上半身には胸元のみを隠し肘の辺りまでの長さがある袖がふんわりと広がる桃色のチョリを、下半身には白色のハーレムパンツを着ている踊り子の様な格好や、いつだってその手に持たれている細い金属製のパイプが特徴的であるシオンと肩を並べる魔族切っての女戦士であり、

死面(デスマスク)】ドグラ

牙王(キノドンダス)】カイゼル

邪煙妃(エビル・ブロー)】スーリア

 それぞれがそんな異名を持つ、四天王と同等の力を持ちながらそこに名を連ねることが出来なかった三人の大幹部のうちの一人でもあった。

「これはこれはシェルム様。どこかにお出掛けですか?」

 にこりと、スーリアは微笑みかける。

 対して、先に言葉を返したのはシオンだった。

 常日頃そうある表情がどこか作られたものに感じているシオンはあまりスーリアを信用していない。それに加え万が一にもシェルムが口を滑らせてはまずいと、咄嗟に口を挟んでいた。

「シェルム様はドネス様に用があるため部屋を訪問なさる途中です」

「左様でございますか、それは珍しいこともあるものです。それよりもシオン、聞いたかしら?」

「……何の話でしょう」

 シオンは目を細める。

 主の行動を妨げるつもりでないのなら直ちに道を空けろ。と、目と声色で伝えたつもりでいたが、分かっていないのか分かっていて尚気にしていないのか。どうにも判断しかねた。

 ただそれでも、シェルムとの会話を『それよりも』で済ませたことに対する不信感だけは確かに胸に残る。

「例の人間達との取引きだかで地上に行ったバジュラとマグマが死んじゃったらしいじゃない」

「……なんですって? それは事実ですか、スーリア」

 驚いた表情を見せるシオンの傍らで、シェルムが「え……」と呟きシオンの腰に抱き付いていた。

 メゾアに続いてバジュラやマグマまでもが死したならば、魔族の勢力図が大きく変わってしまうことも、より事態が悪化しているであろうことも明らかだった。

「ちょっと前にエスクロが言ってたってだけだけれど、あいつも地上に行ってたんだから間違いないんじゃないの? おかげで私達の誰かが四天王に昇格出来るかもしれないわね」

「スーリア……不謹慎でしょう。同胞が死しているというのに何たる言い草ですか」

「強さではなく肩書き一つの違いだけで人間界の戦いにも中々お呼びが掛からないのだから不満の一つや二つ抱いて当然でしょう。シオン、お前も戦いに加わる気がないのなら返上したら? その座を欲している奴なんていくらでもいるんだから」

「肩書きになど興味はありませんし、それはわたくし達が決めることでもない。シェルム様の願いは家族が無事に戻り、共に生きていくこと。誰にどう思われようとも、わたくしはそのためにわたくしなりの忠義を尽くします」

「ふふふ、相変わらずお固い性格だことね」

 そう言うと、スーリアはシェルムへと通り一遍に頭を下げるとそのまま去っていく。

 二人は様々な思いを胸に、しばらく無言で遠ざかっていく背を見つめていた。

「シェルム様、参りましょう」

「……うん」

 その姿が見えなくなると、シオンの声をきっかけに再びドネスの部屋へと足を進めた。


          ○


 やがてドネスの部屋に到着すると、シェルムは小走りで駆け寄りノックも無く慌ただしく扉を開いた。

 メゾアの部屋を訪ねた時と同じ惨状が広がっていた場合の精神的ショックや他の誰かが潜んでいる場合の危険性を考慮し、先に中の様子を窺うつもりでいたシオンは慌てて止めようとするも間に合わず、シェルムは室内に押し入っていく。

 伸ばした手の先にある小さな後ろ姿の向こうに見えた記憶の中と同じ風景や驚いた顔で振り返る部屋の主の姿にホッと胸を撫で下ろし、シオンもその後に続いた。

「ドネスっ!」

「シ、シェルム? なな、なんでここに……それに、シオンもいるけど」

 木製の椅子に背を向けて座っていたドネスはしどろもどろになりながら二人を交互に見ると、最後には視線を逸らしながら小さな声で言った。

 シェルムやカルマ、メゾアと同じ淵帝の血を引く証である緑色の頭髪をしており、背は高くなく小太りで見た目から戦闘はおろか体を動かすことすら得意ではないことが分かる風貌が数十年来変わらないその男こそがシェルムの三人目の兄ドネスである。

 広い部屋には様々な植物が所狭しと並んでいる。

 淵界植物を育てたり鑑賞したりということが趣味のドネスは外見の印象通り抗争に参加した経験は無く、それどころか人間界に出向いたことすら一度もない。

 その唯一の趣味のために部屋に籠もっていることが多く、ほとんど兄弟達と会話することもなければシェルムと直接話をするのは十数年ぶりということもあって戸惑いを隠せないでいた。

「ドネス、そんなことやってる場合じゃないんだってば! 今ほんとに大変で、このままじゃ取り返しの付かないことになっちゃうんだから!」

「え……へ? 取り返しの付かないことって……な、何が?」

 まくし立てられたところでその説明では何一つ理解出来ないドネスはキョロキョロと視線を彷徨わせる。

 元よりシェルムに好かれていないことを自覚しているだけに、責める様な言葉の数々が目を合わせることすら躊躇させていた。

「シェルム様、どうか落ち着いて下さいませ。順を追わなければドネス様も困惑しておられます」

「でもでも……どう説明したらいいか分かんないもん。シオン、わたしじゃちゃんと伝えられないから代わりにお願い」

「かしこまりました。ドネス様、まず突然押し掛けた無礼をお許し下さいませ」

「う、うん……それはいいけど」

「シェルム様の言う通り、ドネス様に伝えておかなければならないことがあって参った次第でございます。もはやこの宮殿に暮らす誰にとっても他人事では済まない、命に関わりかねない話でございます」

「いの……ち?」

 未だ事態の飲み込めないままのドネスはただ言葉を失っている。

 それでもシオンは出来るだけ伝わりやすいように表現を選びながら、見聞きしたことと憶測や推察を織り交ぜながらここに至るまでの全てを話して聞かせた。

 先の招集の際にはドネスも加わっているのだ。

 淵帝であり父でもあるゴアの様子がおかしいことは感じていたが、それ以外の話は全てにおいて初耳であり同時に衝撃的な内容だと言わざるを得ないその中身にただ恐怖を感じることしか出来ない。

「メゾア兄さんが……それに、バジュラやマグマまで」

「今現在淵帝様もカルマ様もどこにおられるのか分からない状態です。それも含め、ドネス様は何かご存じありませんか? 見たり聞いたりといった些細な事でも構いません」

「何年か前にカルマ兄さんに肉食植物のことを聞かれたけど……それは関係無いだろうし、他には特に。ぼくはあまり兄さん達やシェルムと話をすることもないから」

「と・に・か・く! パパやお兄ちゃんを止めないとドネスも危ないの! でも止めようとするのも危険で、だけど止めないとみんなバラバラになっちゃって……もうよく分かんないけど、いいから協力してよ!」

 おどおどするばかりの態度を見かねたシェルムは感情のまま声を荒げる。

 しかし、ドネスはただ自信なさげに俯くだけだ。

「でも……ぼくは戦うことなんて出来ないし、出来たとしても兄さんや父上に敵うわけないし……」

「ドネス様、もはや戦うか戦わないかの選択ではないのです。メゾア様が殺され、どういう理由かは定かではありませんがバジュラやマグマも命を落としていることが既に異常事態であり非常事態であることに間違いはありません。戦うか、この宮殿を離れどこか安全な場所へ逃げるか。そのいずれかしか道は無いと言っても過言ではない、そういう状況だとご理解くださいませ」

「…………」

「わたくし達は数日のうちに人間界に向かうことになるでしょう。あまりに唐突であり、信じがたい話であることは重々承知。ですが、貴方様にも決断していただかなければなりません。何よりもドネス様自身のために、そしてシェルム様のためにも」

 シオンの言葉にドネスは怯えた顔で俯いたまま地面を見つめていたが、少しして顔を上げるとただ一言、精一杯の返答をした。

「少し……考えさせて」

 それは言い換えれば保留の意思表示でしかなかったが、この場で初めて真っ直ぐに目を見て口にした言葉だった。

 シオンは僅かに黙考し、シェルムへと視線を落とす。

「分かりました。答えを急かして道を誤らせてしまっては本末転倒でしょう。伝えるべきことは伝えました。あとはドネス様自身が決めなければならないことです。シェルム様、行きましょう」

「うん……」

 シェルムは一度物悲しげな表情をドネスへと向けたが、すぐにシオンの手を取り背を向けると部屋の出入り口へと向かっていった。

 掛ける言葉もなくそんな二人を見たまま黙っていることしか出来ないドネスだったが、開いた扉を潜る直前でその足が止まる。

「ドネス……わたしはドネスがどっか行っちゃうのも嫌だ。お兄ちゃんに殺されるのも、お兄ちゃんやパパがいなくなっちゃうのも嫌。パパとお兄ちゃんを説得しないとそうなっちゃうの。だからドネスにも一緒に来て欲しい、それだけは分かっててね」

 ほとんど首だけを後方に向けて一方的に言い残すと、シェルムは返事を待たずに部屋を出ていく。

 迷いと恐怖、そして現実逃避と様々な感情の間で揺れるドネスは余計に答えを見失いつつあったが、王の血統である以上は自ら決断しなければならないという思いからシオンは何も言わず、ただ扉の前で深く一礼をするとシェルムを追ってその場を後にした。


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