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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【エピローグ】 攫われた康平

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 どのぐらいの時間が経っただろうか。

 エスクロに連れ去られた僕はここに放り込まれると同時に意識を取り戻したのだが、閉じこめられた小さな部屋から見える景色からは何の情報も得ることは出来ない。

 それもそのはず、今僕が居るのは牢の中なのだ。

 何のもてなしもなく「しばらくここでジッとしてろ」と置いて行かれてから誰とも顔を合わせていないのだから本当に為す術無しという感じである。

 唯一聞かされたのはここが魔界で、この建物が魔王軍の根城である何とか宮殿であるということぐらいだ。それだけは咄嗟に尋ねた僕に去り際のエスクロが答えてくれた。

 鵜呑みにするかどうかはともかくとして、それ以外に何も分からない状態では結局のところどうしようもないというわけだ。

「はぁ……」

 床に座ったまま目の前の鉄格子を眺めているだけで憂鬱になってくる。

 もう溜息しか出ない。

 というか溜息を吐くぐらいしかやることもない。

 最初にこの世界に来た時の王様救出大冒険も然り、シルクレア王国で実際に容疑者として入れられたことも然り、つくづく牢獄に縁のある異世界ライフなものだ。

 過去二度見たり体験したそれらとの違いは鉄格子からびっしりと鋭利な針が飛び出ていることぐらいか。

 逃亡防止のためなのだろうが、まず間違いなく有刺鉄線とは比べものにならない殺傷能力を持っているであろう無数の棘はそこにあるだけで半端じゃない威圧感を放っているし、もうそれだけでどうにか逃げ出さなければという気持ちを削ぎ取っていった。

 かつてのAJのように誰かの協力を得られるのであれば話は別なのだろうが、本当にここが魔界とかいう場所だとすればそもそも他に人間がいるのかどうかも疑わしい。

 かといって今の僕が持っている物といえば着けっぱなしの指輪に腰に装着したナイフとスタンガン、そしてポケットに入れている金貨が数枚……これでは自力で脱走など望めやしない。

 では大人しく待っているとして、一体いつになったら出してもらえるんだろうか。なんて疑問は少々的外れが過ぎるのだろう。

 こうなってしまったからには直に殺されてしまうか、何らかの駆け引きの材料に、言い換えれば人質的な使われ方をする以外の末路なんてあるはずもない。

 抗争をしている中で敵に捕まってしまうという間抜けな自分を恨めしく思うどころか、何らかの作戦の最中ならまだしも城で待機している時間を利用して個人的な理由で出歩いた結果というのだから本当に救いようがないものだ。

 その間抜けな自分が殺されるだけならまだしも、残っている人達に迷惑を掛けることになるのは我慢ならないし、それだけは避けなければならないのだが……その方法が無いことが問題である。

 ただ殺すつもりなら僕を閉じこめておく意味はないし、その可能性が高いだけにいっそ殺された方が余程マシに思えてくる。

 かといって自ら命を絶つだなんて選択はどうにも難しいものがあった。

 この世界でこうしている以上殺されるのは仕方がないかと諦めるのは簡単なのに……格好付けたり勇気を出したりということは出来ないのだから情けないというか男らしくないというか、そんな自分が嫌になる。

「はぁ~……」

 自己嫌悪に浸っているせいか自然とまた溜息が漏れる。

 サントゥアリオは今頃どうなっているだろうか。

 セミリアさんやサミュエルさんやジャックは無事でいるのだろうか。

 それは考えること、心配することが多すぎて感情がごちゃごちゃになり始めた時だった。

 突然、鉄格子の向こうにある通路の奥から何やら慌ただしい声が聞こえてくる。

 位置関係的に僕からは見えないが、誰かがこの牢の並ぶ空間に入ってきたことだけは扉の開く音やその会話の内容から把握出来た。


「シオン様、なぜこのような場所に……」

「ここにエスクロが捕らえた人間がいるはずです。わたくしはその人間に用がある」

「こ、困りますシオン様っ。『殺しででも誰も通すな』と命じられておりますゆえ、エスクロ様の許可無くお通しするわけには……」

「お黙りなさい。わたくしがわたくしの意志で行動することにエスクロの許可を必要とする理由はありません。文句があるならば直接言いに来るように伝えなさい。それとも……わたくしを殺してみますか?」

「滅相も……ございません。どうぞ……お通りください」

「結構。エスクロには全てはわたくしが勝手にしたことだと言っておきなさい」

「ぎ、御意に」


 そんな男女の会話が止むと、カツカツと石の床を歩く音が近付いてくる。

 すぐに姿を現わし、僕が居る牢の前で立ち止まったのは一人の女性だった。

 足下までの長さがある高貴さ漂う肩や胸元を強調する様なワンピース型の真っ赤なドレスを着た、色気や妖艶さを風貌全てから感じさせるとても綺麗な女性だ。

 人間の感覚での見た目でいえば三十にも満たないように思えるが、長く真っ直ぐと伸びた水色の髪や明らかに人間のものではない少し長く尖った耳や鋭利な爪が魔族であると告げている。

 まあ、あまり髪の毛の色は関係無い気もするし、そうでなくともこの宮殿に居ることや先程の会話でそれは明らかなのだろうけど……と、色々と場違いな感想と印象を抱いていると、女性は冷たい目で僕を見下ろし静かな、それでいて有無を言わさぬ高圧的な声音で言った。

「出なさい、人間」

 言葉を返すよりも先に、どういうわけかガチャリと牢の扉が開く。

 見た目と同様にどこか艶めかしい声とは裏腹に、『従わぬならその時は』という心の声がはっきりと伝わってくる恐ろしい目に僕は言われた通り立ち上がり、開いた扉から通路側に出ると、どうすればいいのかも分からず恐る恐る女性の傍に立った。

「これから貴方を我が主の前に連れて行きます。こちらの質問に答え、わたくし達に従う。それが貴方が生きてここを出る唯一の道であると理解しておきなさい。逃げようとしたり抵抗しようとした時点で殺します。我が主に無礼を働いた時にも同じく首を飛ばします。全てに拒否権はありません。心しておくように」

「…………はい」

 今はそう答えておく他ない。

 その目を僕がどう感じたかどうかなど関係なく、まずこの人が僕を殺そうと思えば簡単にそれが出来る。それは間違いない。

 聞こえてきた会話から『シオン』というのがこの人の名前であることが分かる。

 その名は前回の都市解放戦線の報告で確かに聞いた覚えがあった。

 あのサミュエルさんでも敵わなかった程の強さを持つ魔王軍四天王の一人である魔族のものと一致していることに加え、『エスクロの言うことに従わなければならない理由はない』というようなことを口にしていることからも同じ人物だと断定していいだろう。

 そうなると最早僕が抵抗したところで何の意味も無い。

 せめて牢から出られたチャンスを利用して逃げる隙でもあればいいのだけど……本当にここが魔界という場所であったなら、逃げたところでどうやって元居た場所に帰ればいいのかも一切分からないのだから八方塞がりもいいところだ。

 黙ってしまった僕があれこれと良からぬことを考えていることを見透かされているのか、シオンさんは一度僕をギロリと睨み、

「付いてきなさい」

 と、先に歩き出した。

 見張り番だと思しき扉の前に立っている槍を持った灰色の肌をした大男が明らかに戸惑いの視線を向けているのを横目に牢の並ぶ奥行きのある部屋を出る。

 そのまま一切の会話もなく無言で歩くのは派手で豪華な、宮殿という情報にも納得せざるを得ない作りの広い廊下だ。

 早足のシオンさんの後ろをしばらく歩き、随分と奥にある十字路を左折して少し進んだところにあった一つの部屋の前でようやくその足が止まった。

「ここが我が主の部屋です。迂闊な言動が直接貴方の生死に関わるということを頭に入れておくように」

 そう言うと、シオンさんは僕の返事を待たずして大きな両開きの扉を開く。

 我が主。

 その言葉が指すのは問うまでもなく魔王とか大魔王とかそういう人達なのだろう。

 開いた扉の先に広がっているのはその推測を裏付ける様な広く、豪華な部屋だった。

 どこかグランフェルト城の姫様の部屋と似た雰囲気のある、いかにも王族の個室といった感じだ。

 天井からシャンデリアが釣られていたり、真っ赤な絨毯が所狭しと敷き詰められていたりと、この世界かどうかは無関係に庶民の感覚とはかけ離れた空間が広がっている。

 中に入っていくシオンさんの後ろに付いて室内に足を踏み入れると、向かった先はその中心にある天蓋付きの大きなベッドだった。

「お待たせ致しました。これが例の人間です」

 ベッドの前で立ち止まると、その言葉と同時に背中を押されシオンさんの前へと立たされる。

 目の前に居たのは見た目が十二、三歳の、不機嫌そうな顔でベッドの上に座っている緑の髪をした少女だ。

 遠目から見た時に、もしかしたらと思った。その疑問が確信へと変わる。

 僕は確かに、その少女に見覚えがあった。

「む~……ん? んんんん?」

 少女も同じことを思ったのか、引っ掛かりを覚えたかの様な反応を見せ、首を傾げる。

 そして、すぐに結論に至ったのか驚いた顔で勢いよく僕を指差した。

「あっ!! あの時の人間だ!!」

「君は確か……シェルム……ちゃん?」

 寸前で名前を思い出せたので口にしてみたのだが、その瞬間に隣に立っているシオンさんに思い切り睨まれたので慌てて『ちゃん』を付け足しておいた。

 もう半年近く前になる。

 今僕がこうしている全てのきっかけだったと言ってもいいだろう。

 一番最初にセミリアさんに会った時、勇者として成し遂げなければならない魔王討伐の手助けのために僕はこの世界に来た。

 この年端もいかない少女こそが当時グランフェルト王国を侵攻せんとする魔王軍を率いる立場にあった魔王だったのだ。

「なんであの時の人間がここにいるの!?」

 驚きに満ちた表情が僕を捕らえる。そこに敵意や嫌悪感は感じられない。

「なんでと言われると……無理矢理連れて来られたとしか。あ……いや、シオンさんにじゃなくてエスクロって男にって意味でね」

「人間、少し黙りなさい」

 付け足した言葉の終わりとほとんど同時に、シオンさんの冷酷な声が被せられた。

 決して大きな声では無いのにゾクゾクとする怖さを感じるのは、顔は前に向けたまま僕の方を見てもいない状態で伸びてきた腕の先が僕の首に突き付けられているからだと遅れて理解する。

 鋭く尖った爪が確かに肌に触れていて、まるでナイフをそうされているかの様に動くことはおろかシオンさんの方を見ることも出来ない。それをすれば簡単に命を奪われてしまうことになりかねないと、その雰囲気が告げていた。

「シェルム様、この人間をご存じなのですか?」

 シオンさんはそのままの体勢で、一転して穏やかな声でシェルムちゃんへと疑問をぶつける。

「前に話したでしょ? 人間界で勇者に殺されそうになった時に助けてくれた人間、それがこれ!」

「…………」

 再びビシっと指差されたものの、当然のこと口を挟むことは出来ない。

 これって……いや、いいんだけどさ別に。

 色々含めた扱いの酷さに内心がっくりきていると、跳ねる様にベッドから降りたシェルムちゃんが唐突に抱き付いてきた。

 背が低いこともあってか腰の辺りに手を回し、かと思うとにこやかな顔でお腹の辺りから僕を見上げている。

「あの時はありがとねっ。お礼言わなきゃって思ってたんだ」

「君が無事に帰れたならよかったよ。でも……その後もああいうことをしてたの?」

 咄嗟のことに抱き留めることも出来ないまま、恐る恐る言葉を返す。勿論その対象はシオンさんである。

 もしもシェルムちゃんが別の場所であの時と同じ様なことをしていたのなら、僕は最低なことをしたと言われても反論の余地はない。

 まさに今日の午前中のことだ。半分は演技だったとはいえ、クロンヴァールさんに言われた。


 逃がした敵が味方を殺したらどう責任を取る、と。


 いつだって認識が甘いと、人から、或いは自分自身に現実を突き付けられるばかりの僕だけど、一度として間違ったことをしたとは思っていない。

 その時その時に僕の中の正義とでもいうのか、一介の高校生なりに道を踏み外すことはしたくなくて、間違っていると感じることを受け入れることは出来ないといつだってそういった選択をしてきた。

 人として、そうあって欲しくはない。

 そんな綺麗事を自らや大事な仲間に求めて、時には反対を押し切ったりしてきた。

 その僕なりの当然の選択というのがこの世界の常識とは大きく異なることが困惑させたり心配を掛けたり、相手によっては叱責されたりということに繋がってきたことも事実なのだろう。

 自分の言っていることが分かっているのか? と問われれば、きっと完全に分かってはいないのだと思う。

 それでも、僕は同じ場面に出会せば同じ選択をすると、はっきりと言えるだけは考えてきたつもりでいる。

 だけどもしシェルムちゃんがグランフェルトから去った後、別の国で人間を傷付けていたのだとしたら、僕はそう断言していながらも後悔することになるはず。それも間違いないことの一つなのだ。

 といった具合で自らの置かれている状況も含め色々と心が沈みかけた僕だったが、意外……と言っていいのかどうか、返ってきた答えはその問いを否定するものだった。

「ううん、あれからはずっとここで過ごしてたよ。もうああいうのは懲り懲りだもん……わたしは抗争とか言われたってよくわかんないし」

「そっか……」

 浮かない顔で視線を下げるシェルムちゃんが嘘を吐いている様には見えない。

 それだけでどこか救われた気持ちにされる。

 この世界では誰しもに異常だと言われることをしたと自覚している。

 それを理解しつつある今でも、僕はきっと同じ選択をしたと思うから。

「それでねそれでね、人間に色々聞きたいことがあるんだ」

 パッと表情を明るくすると、シェルムちゃんは僕の手を引いてベッドに座らせ、その膝の上にちょこんと座った。

 いやいや……いくらなんでも無警戒すぎやしないだろうか。

 魔族にとってあくまで人間は敵という存在のはず。もしも僕がその勇者と似た様な力を持っていたらということは考えないのかな……なんて一瞬思ったものの、女の子でも魔王だということを忘れてはいけない。

 見た目からは想像も出来ないせいでどうしてもそんな風に考えてしまうけど、その恐ろしい力は身を以て経験済みだ。

 と、すぐに自分で否定する僕だったが、どうやらシオンさんは同じ考えらしかった。

「シェルム様、人間相手にそのような真似をしては沽券に関わります。どうか自重くださいませ」

「あはは、シオンが拗ねてる~。じゃあシオンもこっち来て座って。この人間は良い人間だから大丈夫だよ」

「け、決して拗ねているわけでは……」

 キリっとした表情で諭そうとしたシオンさんだったが、無邪気に笑うシェルムちゃんの言葉に一度ばつが悪そうに顔を逸らし、すぐに戻した視線をキッという音が聞こえてきそうな鋭い目付きに変えて僕を睨む。

 その遣り取りがどういう意味なのかは全く分からないし、『お前のせいだ』みたいな目をされたところでどかすわけにもいかないしで視線を返すことすら出来ない。

 どういう結論に至ったのか、シオンさんは咳払いをして表情を整えると言われた通り僕の隣に腰を下ろした。

「人間、先に一つ聞いておきます」

「な、なんでしょう……」

「どうしてその当時、シェルム様を助ける様な真似をしたのですか」

「どうしてと言われても……そちらの皆さんにとっても、僕達人間にとってもおかしなことだと分かっているつもりです。でも、それでも、僕は目の前でこんな小さな子が殺されるところなんて見たくないし、それで何かが解決したとは思いたくなかった。仲間がそれをすることを放っておけなかった。ただそれだけです」

「ね? いい人間でしょ?」

「…………」

「シオン~」

 同意してくれなかったことが不満なのか、シェルムちゃんは唇を尖らせ隣に座るシオンさんへとジト目を向ける。

 落胆しているのか呆れているのか、シオンさんは溜息を一つ挟んで渋々感を隠そうとしないながらもそれを認めた。

「分かりました……他の人間とは少しばかり違うということだけは認めましょう。それよりもシェルム様、そろそろ本題に」

「うん……そうだね。あのね人間」

「人間……」

 ずっと我慢していたものの、思わず口を突いてしまった。

『これ』よりはマシだけど、括りがでか過ぎやしないだろうか。という心の声は幸いながら忖度してもらえたらしく、首を真上に向けるかたちで僕を見上げるシェルムちゃんは不思議そうに首を傾げている。

「変かな? 名前はなんていうの?」

「周りの人達からは康平って呼ばれてるけど……」

「じゃあコーヘイ!」

「う、うん。何?」

 元気だなー。

 僕人質みたいなものなんだけどなー。この子状況分かってるのかなー。

「あのね、わたし達に協力して欲しいの」

「協力って……それは、出来ないよ。だって、それは人間を殺す協力ってことでしょ? そんなの出来るわけがないよ。僕はこんな争いがいつまでも続いて欲しくないし、殺した殺されたなんていうことの繰り返しはどこかで止めるべきだと思って……」

「人間、黙りなさい」

 僕の言葉を遮ったのは、その声というよりもむしろ再び首に触れているシオンさんの爪の方だった。

「牢を出る時に言った言葉をもう忘れたのですか? 貴方がシェルム様の恩人でなければ既に首が飛んでいますよ」

「そ、そう言われましても……」

 先程は横から伸びてきた腕が今は隣に座っていることでほとんど真下から顎を捕らえている。

 やはり刃物と同じ恐怖感で全身をゾクゾクとさせ、声を出すのがやっとという中でその腕を離してくれたのはシェルムちゃんだった。

「シオン! 脅しちゃ駄目なのっ、コーヘイは良い奴なのっ」

「シェルム様、過去に何があろうとも人間に変わりはないのです。あまり心を許されるべきではないかと」

「む~」

 我が主。

 と、シオンさんは口にしていたが、この短い時間の遣り取りを見るに二人の関係性はどちらかというと親子とか姉妹の様なものに感じられる。

 それはどうしたってシェルムちゃんの態度による部分が大きいのだろうが、それでも目で訴えるという手段にはどうにも弱いらしく、ジッと見つめられたシオンさんはやはり少しの間を置いて折れることを選んでいた。

「分かりました。では対等に話をする、ということでよろしいのですね」

「うんっ。分かってくれるからシオン大好きっ」

 シェルムちゃんは僕の膝からぴょんと飛び降り、今度はシオンさんにダイブした。

 シオンさんはそれを両腕でそれ受け止めると、愛おしむ様な慈愛に満ちた表情で頭を撫でる。

 そして、ようやく僕がここに呼ばれた理由へと話が及ぶ。

「では、続きはわたくしの方から」

「うん」

「人間」

「は、はい」

「シオン、コーヘイでしょ?」

 かと思ったが、その前に一旦脱線した。

 ついさっきと同じく、シオンさんは渋々感を露わにしながらも僕の名を呼ぶ。

「……コウヘイ」

「なんでしょう」

「まず、貴方の思い違いを正しておきます。わたくし達の言う協力とは抗争の手助けではありません。むしろ逆なのです」

「……逆?」

「わたくし達も貴方と同じく、この抗争を続けるべきではないと思っている。シェルム様は戦い続けることよりも、平穏に暮らすことを願っています。ですが、ここ最近わたくし達には知らされていない妙な動きがあるのです。淵帝様の様子がおかしいということも無関係ではないでしょう」

「……淵帝様?」

「人間の言い方をするならば、大魔王に位置する御方です。そして……」

 そこまで言って、シオンさんは一度腕に抱くシェルムちゃんへと視線を落とす。

 シェルムちゃんはどこか悲しそうな顔で、ゆっくりと頷いた。

「シェルム様の兄であるカルマ様が同じく兄であるメゾア様を殺させた可能性が高い」

「え……」

 兄を……殺させた?

「手を下したのはエスクロでまず間違いない。ですがエスクロはカルマ様の指示でしか動かない男、となれば単独でそのようなことをするはずがないのです。それだけではなく、ここ最近はバジュラやマグマまでもがカルマ様の指示で動いている様子……淵帝様は何をお考えなのか、淵帝様はカルマ様のそれらの行動を把握しているのかどうか。淵帝様がメゾア様を殺させるとは考えにくい。であればカルマ様は単独で何をしようとしているのか、まずそれを知らなければわたくし達も動きようがないと考えているのです。そして、悠長にしている時間は無いとも。カルマ様が淵帝様に背く道を行こうとしているならば、対人間界という図式で済む問題ではなくなってしまう可能性が高い。もしも本当に敵味方に関係なく手を下すつもりでおられるのだとすれば、シェルム様に危険が及ぶことも現実的にあり得るのです。それだけは阻止しなければならない、それがわたくし個人の考えです」

「なるほど……」

「そして肝心のシェルム様の意志についてですが、そんなことをしてまで戦いを続けて欲しくないと考えておられます。例え淵帝様の意志に反していても、二人を止めなければ勝利し人間を滅ぼしたとしてもシェルム様が幸せになることはない。シェルム様は淵帝様を説得し、カルマ様を止めたいと願われている。どちらかが滅ぶまで人間と争い続けることよりも、この淵界で父君や兄達と平穏に過ごしてゆく方がいいと思っておられるのです。すでに大前提は崩れ、この先どうなるか分からない状態でありながらカルマ様や淵帝様の行方も掴めていない現状。誰が誰の指示で動き、誰に従っているのかが分からないままでは下手にわたくし達の考えを漏らすわけにもいかないとなれば最早時間的な余裕は少しもありはしないのです。貴方に求める協力というのはそういう意味だと理解して下さいませ」

「それはつまり……お二人も所謂人間と魔族の抗争を止める方向で動くと、そう解釈してもいいんですよね」

「そう捉えていただいて構いません」

「分かりました……どこまで信用するかは今の段階では何とも言えませんけど、僕も争いを止められればと思う気持ちは同じなので。ただ、協力といっても戦闘力という意味では兵士の方にすら遠く及ばない僕に何が出来るのかという話になる気もしますが……」

「それは見れば分かります。何もわたくし達と共に戦ってくれと言うつもりはありません。ひとまずは今現在あの国での戦いはどうなっているのか、その情報の提供を。そして可能であれば人間界の動きを抑制し少しでも時間を稼いでいただきたいのです」

「……そういうことですか」

 見れば分かりますと言われるのも若干虚しいものがあるが、確かにこの状況で僕に出来ることなどそのぐらいしかないか。

 本当にこの二人が抗争を止めたいと思っているならば、僕にとっても思いがけない展開になりつつあることは間違いない。

 僕やセミリアさんの当初の願いはサントゥアリオにおける人間同士の内乱を止めることが出来ないかというものだった。

 そこに対魔王軍との争いまでは含まれていなかったのだろうが、僕からすればどんな争いだって止められるに越したことはない。

 戦況がどうなっているかという情報を話すぐらいならば、考えたくはないが仮に僕が騙されていたとしても味方や仲間が損害を被る可能性は低いだろう。

 見返りに向こうと何かしらの共同戦線のかたちを形成出来るならばこの機を逃す手はない。

 今白十字軍(ホワイト・クロス)が相手にしているのがまさに人間と魔王軍の連合であるとはいえ、例えばセミリアさんやサミュエルさんと過ごした日々で見聞きしたもの、例えば他の国の人達と接することで得た情報、或いはジャックの過去の話、それらを考えればこの違った種族の間で話し合い、分かり合うということがどれだけ難しいことであるかは分かっているつもりだ。

 それを踏まえてもこの段階で信用しきってしまうべきではないし、当然与える情報は限定する。

 味方の戦力であったり能力であったり、知られることで不利にさせるようなことは決して話さないことが最低限の予防線だ。

「分かりました。情報を交換しお互いがそれに向けて少しでも動きやすくなるなら僕にとっても損ではないと思うのでそれに関しての協力は出来ると思います」

「ほんと!?」

「うん。僕にしたって大勢が命を落としているのを傍で見たりもしてきた……敵であれ味方であれ、戦って死んでいく人を見るのは辛いし、戦わずに済む方法があるならそれが一番だと思うから。今まで誰にも出来なかったとしても、少しでも可能性があるならどうにかそれを追求したい。双方にそう思う人がいるなら何かが変わるかもしれないって希望を抱くぐらいのことはしてもいいかなって」

「そっか。ありがとね、コーヘイ」

「お礼はシェルムちゃんが無事で済んでから聞くよ」

 言って、視線をシオンさんへと戻した僕は、

「では、取り敢えず今日の段階でサントゥアリオでの抗争がどういう状況かということについてですけど」

 そう切り出して、分かる範囲でそれを話して聞かせた。

 主な内容は僕達が参加してからの動き、或いはそれ以前の状況で知っていること、だ。

 当のシオンさんも都市での戦いには参加しているのだ。

 話の半ばまでは確認しながら進めた互いの認識にほとんどずれはなく、あまり役に立つ話が出来ていないなと感じ始めた頃。一度僕達がグランフェルトに帰ってからの話になったあたりから大きく様相が変わっていった。

 帝国騎士団と魔王軍の狙いが三体の魔獣神の復活だったこと。

 そのうち天鳳と冥王龍はもうこの世に居ないこと。

 出戻った直後に例のメゾアなる人物の襲撃に遭ったこと。

 そして大魔王と呼ばれる恐ろしい人物がそれを止めに来て、戦うことなく去っていったこと。

 それらの出来事を、シオンさん達は一切把握していなかったのだ。

「邪神……数百年前に封印されたと聞いたことはありましたが、まさか実在していたとは。何らかの儀式を行うとだけは聞かされていたとはいえ、それはカルマ様主導で行われていたはず。あの温厚なカルマ様がまさかとは思いますが、本当に全てを蹂躙するおつもりなのかもしれない。人間界も、この淵界も。野心を秘めている様に感じたことはありませんでしたが……ただ人間界を侵攻するだけであれば兄であるメゾア様の命を奪わなければならない理由が見当たらない」

 シオンさんは独り言の様に自らの分析を口にすると、真剣な面持ちそのままに僕の方を見た。

「エスクロはなぜ貴方をこの宮殿に?」

「それは、分かりません。誰かに頼まれた、という口振りであったことは確かだと思うんですけど……」

「その誰かというのも、状況からしてカルマ様と見るべきでしょうね」

「パパも最近ずっと変なの。お兄ちゃんが一人で良くないことをしようとしてるならそれを止めないと、このままじゃみんなバラバラになっちゃう気がする……パパがいなくなっちゃう気がする」

 そう言って、シェルムちゃんは泣きそうな顔で僕を見上げる。

「コーヘイ……パパを助けて」

 少なくともその悲愴な訴えだけは、僕を騙したり利用したりということを考えている風には見えなかった。


          ○


 それから少しして、僕は無事人間界に帰してもらえることになった。

 僕はサントゥアリオ本城に戻って事情を説明し、どうにかシオンさん達が大魔王なりカルマとかいう魔王を説得するための時間を作る。

 それが僕に託された役目だ。

 当然のこと簡単にはいかない話だし、仮に僕がクロンヴァールさん達を説得出来たとしても魔王軍はその事情を汲み取ってくれるはずもないし、そうでなくとも無関係な帝国騎士団が武器を収める理由にはならないしと難題だらけだが、これが戦いを止める最後のチャンスだと思えばどうにかやってみるしかない。


「わたくしたちも後から向かいます。淵帝様を説得するのが先か、カルマ様を無理にでも止めるのが先か……後者であればこちらもこちらで話し合いでの解決が現実的に望めるかというと難しいでしょう。互いに無事に再会出来ることをシェルム(、、、、)様は(、、)願っておられますゆえ、貴方も注意して臨んでくださいますよう。特に、エスクロには」


 そう言ったシオンさんの話ではどうやらもう一人その話をしなければならない相手がいるのだとか。

 名前の挙がった二人とは別のシェルムちゃんの兄ということらしい。

 そんなわけで僕は妙なアイテムを使わされて人間界に戻ることになった。

 時間も遅いし、一日泊まっていけばと主にシェルムちゃんにだけ言われたりもしたが、僕も一刻も早く帰りたいので遠慮させてもらっていたりする。

 急に連れ去られて皆には何の説明も出来ていないし、そもそも都市での戦いやその後のことも気になるし、諸々含めて早急に帰して貰うことにしたというわけだ。

 帰還光珠とかいう名前の、地面に叩き付けて光りを発生させ、その光りに包まれることで魔界に戻ったり人間界に戻ったりするアイテムなのだとか。

 別れ際『何かあればこれを使ってください』と手鏡を渡されただけで送ってもらえるわけでもなく、後は自力で頑張れ感が若干不満ではあったが、あっちもこっちも切羽詰まっているだけに我が儘を言ってる場合でもないので致し方あるまい。

 どうやらその銀製であろう小さく綺麗なデザインの手鏡はシェルムちゃんの部屋の鏡と通じているらしく、鏡に向かって話し掛ければ部屋にいるシェルムちゃんやシオンさんと会話が出来るという仰天アイテムだ。

 そんな経緯で半日ぶりぐらいに人間界に戻った僕は久々に味わう空気や夜空の下とはいえまともな景色にホッと安堵の息を漏らしてしまったのだが、それらを軽く凌駕する大きな問題が一つ。

「…………どこだ、ここ」

 一方的に転送された確かに人間界であるらしい僕の立つ場所は、全く見覚えの無いどこかの町だった。


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