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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【第十三章】 王都の戦い



 魂の叫びとも言える大きな声が静かな大地に響き渡る。

 ほとんど同時に、声の主であるクリストフは目の前に立つクロンヴァールへ向けていた愛用の武器である刀身の細いノコギリ刀を素早く真横に振り抜いた。

 正門を覆い尽くす白十字軍(ホワイト・クロス)の大軍。

 そしてその先にある王都を襲撃しようと殺気立つ帝国騎士団の戦士達。

 双方が臨戦態勢のまま大将同士の舌戦を見守る中、その膠着状態を打破するべく放たれた不意打ちの先制攻撃であった。

 刀身から無数の黒い気泡の様な球体が現れ、クロンヴァールやハイクのみならず後方の部隊へと襲い掛かっていく。

 クリストフが持つ生まれ(ナチュラル)持った(・ボーン・)覚醒魔術(ソーサリィー)である帝王爆塵パーフェクト・カンバッションの能力の一つ、爆砲(カロル)と名付けた技だ。

 何かに触れた瞬間に爆発を起こすという性質を持つ拳ほどの大きさの爆砲(カロル)が数十発、拡散しながら白十字軍へと向かっていく。

 帝国騎士団には覚醒魔術を持つクリストフとレイヴァース、そして特殊な武器を扱うブラックを除いて魔法攻撃の手段を持つ者が居ない。

 弓を扱う者は多く存在するとはいえ、それは意味を同じくして大砲を第一に敵の中距離、遠距離攻撃に対抗する術を持たないということだ。

 それゆえに先のスラス襲撃の際と同じく、それらを封じる策に出るためにクリストフは単独で先行することを選んだ。

 当初の見立てではそれは本来魔王軍と共闘することによって解決するはずの要素だ。

 予期せず覆った前提。

 それでいて退かぬ意志を見せた同志達の活路を開くための単騎先行こそがクリストフの裏の狙いだった。

 突如襲い来る謎の黒い球体に対し、最も距離が近い位置に居るクロンヴァールとハイクはすぐにそれぞれの武器で打ち払うことで爆砲(カロル)の直撃を避ける。

 その狙いに気付いていたわけではなかったが、攻撃手段として爆発に特化した能力を持っていることは情報として得ている。当然のこと想定済みの対処だと言えた。

 二人の武器に触れると同時に爆発を引き起こした爆砲は轟音と共に炎と白煙を辺りに漂わせたが、当の二人にダメージを負った様子はない。

 しかし、クリストフにとってもまた、それは想定の範囲内であった。

 元より二人を狙った攻撃ではない。

 広範囲に放ったことで前方全てが攻撃対象となり、そこに二人が含まれることで咄嗟に対処せざるを得ない状況を作り初手への対応を封じる。それで十分だと考えての先制攻撃に過ぎないのだ。

 その狙いの通り、クロンヴァールやハイクが自身に向かってきた爆砲(カロル)を払う間に残る数十のそれが後方の白十字軍へと襲い掛かる。

 何よりも戦況を左右するであろう大砲の無力化。

 それは帝国騎士団にとっての突撃開始の合図でもあった。

 対する白十字軍とてそう何度も同じ手を許しはしない。

 数日前のスラスでの戦闘は事細かに報告されており、それは王国護衛団(レイノ・グアルディア)のみならず連合軍全てに行き届いている。

 大砲を封じようとする可能性があることも、その方法も、そしてそうなった場合にどういった対応を取るかということも、この時を迎える以前から頭に入っていた白十字軍は咄嗟でありながらも出来る限りの阻止に動いていた。

 後方に控える魔法部隊による迎撃の魔法弾が次々と放たれると、相殺目的の攻撃魔法は空中で爆砲とぶつかり合い最前に並ぶ大砲に届く前に多くを誘爆させていった。

 そこに残ったのは五十ある大砲に、或いは大砲を載せた台車に直撃し機能を封じることが出来たのは半数に達するかどうかというクリストフにとっては不測の結果だけであったが、更に想定外の事態は続く。

 舌打ちし、そう何もかもが思い通りにはいかないかと表情を歪めるクリストフの後ろから聞こえてきたのは突如として反響する幾十にも重なり合う雄叫びと二百の馬が駆けることで大地が振動し、それによって地面で跳ねる小石が立てるカタカタという音だった。

 予定とは違った状況にありながらも帝国騎士団の面々は安全策を捨て、予定通りに爆発音が鳴り響くと同時に突撃を開始していた。

 眼前の敵から目を逸らすことなく、それでいてその事実を理解したクリストフは耳に届く気迫溢れる無数の声から否応なく仲間達の覚悟を感じ取らされる。

 良くも悪くもそれが狂人と呼ばれる男の魂を奮い立たせた。

 ここに骨を埋めるつもりであると。

 立ちはだかる敵を一人でも多く道連れに出来るのならば命を捨てる十分な理由になるのだと。

 言葉を介さずとも伝わってくるそれらの思いに、ならば団長として己が成すべきは何かと自らに問い掛けたその答えは考えるまでもなくごく自然に頭が見出していた。

 一人でも多くの敵を殺し、最大の難敵であるラブロック・クロンヴァールを討つ。

 数秒と要さずに導き出した使命であり自身の示すべき姿を疑うことなく、クリストフは武器を構えるなり真っ直ぐにクロンヴァールへと突進した。

「ダン、此奴は私が引き受ける。お前は下がって部隊の指揮を執れ!」

 クロンヴァールもすぐに構えを取り、体の向きを変えずに指示を飛ばす。

 短い返事を残して共に後方に駆けていくハイクを耳で確認すると同時に、今まさに斬り掛かろうと振り下ろされたクリストフのノコギリ刀に自身の剣を力一杯打ち付けた。

 両者の渾身の一振りによって武器同士がぶつかり合う。

 激しい金属音を掻き消すように爆音が鳴り響くと、二人の間に炎が舞った。

 武器を媒体としてクリストフ自身の闘気や生命エネルギーを爆発力へと変換する。それが帝王爆塵パーフェクト・カンバッションという能力の特性である。

 ただ武器と武器による攻防によって、それどころか防御という手段を用いただけのことであっても敵を火だるまにすることを可能とする。

 過去にクリストフに命を奪われた多くの兵士が戦いを挑む以前にただ一度の武器の接触によって戦闘不能状態に追いやられている事実がその能力の恐ろしさを王国護衛団へと知らしめていた。

 接近戦において無敵の能力を持ち、かつ中距離攻撃、そして自らの激しい消耗を許容するならば長距離攻撃と全てにおいて圧倒的な力を発揮することが出来る。

 その自負、その自信が戦場で【狂人】と呼ばれ、世に【戦争麒麟児】と言われているクリストフの強さの象徴だった。

 しかし、ここにきて過去に覆された経験の無い武器による攻防における優位性を苦にしない戦士の存在を知ることとなる。

 サントゥアリオ共和国内部での内乱と今の状況との戦場における大きな違い。

 それは敵が魔法攻撃の術を持っているか否かにある。

 目の前に立つ戦士もまた、世に二つと無い特殊な能力を持っていることをクリストフは知らなかった。

「何を面食らっている。これだけ悪名を轟かせておいてこちらが何も知らぬとでも思ったか」

 そんな心の内が表情に出ていたのか、クロンヴァールは嘲る様な口調でそう言った。

 武器を押し付け合った状態で。

 そして、至近距離で爆発が起きたにも関わらず無傷の状態で。

「世界一と言われるその首、そう易々と取れるとは思っていない。だが……お前を殺し、国王を討つ。その結末が変わることはないぞっ!」

 すぐさま後方に飛び退くと、クリストフは再び構えを取る。

 この国に生きているかどうかは無関係に戦士である以上ラブロック・クロンヴァールが【魔法剣】の使い手であることを知らない者など世界中を見渡してもそうは居ない。

 剣術と魔法陣や結界術を組み合わせ、攻撃防御の両方に効果を発揮する桁違いの技を数多く操る唯一無二の能力。

 それが世界一とまで言われる強さの象徴であり、その名を轟かせる何よりの要素なのだ。

 クリストフが武器の接触によって爆発を起こせる様に、クロンヴァールは自身の剣から結界を生み出すことで魔法攻撃の類に対する防御手段とすることが出来る。

 それこそが今無傷で立っていられる理由であったが、クリストフがそれを知るのは当然ながら実際に目の当たりにしたこの瞬間のことである。

 厄介な能力だ。

 そう思いながらも、クリストフは再び三発の爆砲を放った。

 不用意に間を与えては何らかの術の発動する時間を与え、より難儀な状況になることは目に見えている。

 それをさせないためには攻め一辺倒に転じるが最善と判断した。

 ダメージを与えるに至ることを期待していたわけではなかったが、やはり三つの爆砲は素早い動きで放たれた斬撃波によってあっさりと対象に届くことなく打ち消される。

 同時に、辺り一帯に次々と爆音が響いていった。

 それが合図であったかの如く二人の居る箇所を避ける様にして白十字軍に残された二十二の大砲から次々と突撃せんとする帝国騎士団に向けて砲弾が発射されていた。

 轟音と共に地面を吹き飛ばす数十の爆撃は敵軍を捉えることはなかったが、それを避けようとしたことで騎士団の横列が崩れ三つに分散していく。

 それを受け、すぐさま白十字軍も騎兵隊が陣から飛び出した。

 白十字軍約五百名。

 帝国騎士団約百五十名。

 全ての戦士が武器と盾を手に、兵力差三倍を超える両軍が正面から激突しようと大地を駆けていく。

 ほとんど同時に後方に控えている騎士団の弓使いが援護の矢を放ち始めると、少し遅れて白十字軍も同じ手を打って出る。

 クロンヴァール、クリストフの両脇を次々と馬が走り抜け、その上空を数百の矢が飛び交った。

 やがて両軍が交差すると、弓矢の応酬は止み合戦が始まる。

 馬の足音や鳴き声、そして武器と武器を、或いは武器と盾をぶつけ合う金属音、さらには悲鳴や断末魔の叫びが四方八方から絶え間なく響き続けていた。

 爆砲を放つと同時にクロンヴァールへ斬り掛かる算段だったクリストフの足が無意識に止まる。

 一瞬にして戦場と化した周囲の光景。

 そして視界の端々に映る、見るからに劣勢の同志達の姿に日頃抱くことのない危機感を抱きつつあった。

 しかし、幹部達の力無くしては明らかに勝ち目の薄い状況でありながらも大軍相手に交戦する味方をどうにか援護せねばと逸る心はいとも簡単にクロンヴァールに見透かされた。

「さて、どうやら急いで私を殺さねば全滅は必至のようだが、のんびりしていていいのか?」

 轟音が響き続ける荒野の中心。

 見下した様な冷たい目と言葉が確かにクリストフへと向けられる。

 耳に届いてはいても、その頭には既にラブロック・クロンヴァールを斬るということに対する執着は微塵もない。

 味方を援護し、白十字軍の兵士をどうにかせねばと視線を左右に彷徨わせるばかりでいた。

「この私を前にして他人の心配とは舐められたものだ。来る気が無いのならこちらからいくぞっ!」

 クロンヴァールは地面を蹴る。

 素早い動きでクリストフに迫ると立て続けに斬撃を繰り出した。

 クリストフとて能力に依存して威光を保っているわけではない。

 卓越した戦闘能力こそが【皇帝の血を引く男】という首魁として先頭に立つその異名を事実たらしめているのだ。

 クリストフはすぐさまクロンヴァールの動きに反応すると、連続して放たれる斬撃を防ぎ、躱しながら反撃の機を窺う。

 通常の魔法以上に消耗が大きいこともあって武器の接触による爆破を発動させず、斬撃の応酬をしながら渾身の一撃を叩き込むタイミングを冷静に計っていた。

 そんな中、五度六度と両者の武器がぶつかり合ったところでクロンヴァールが後方に飛び退くことで距離を置く。

 かと思うと、両手に持ち替えた剣を振り下ろし地面に突き刺した。

 狙いは魔法陣の生成であったが、その地点を中心クロンヴァールの周囲を光り輝く曲線が覆い始めた瞬間、クリストフは反射的にそれを阻止していた。

 爆砲を放ち、地面の一部を削ることで魔法陣を消し去ったのだ。

「ほう、面白い。口先だけの男ではないようだと今初めて認識を改めてやろう」

 一連の攻防のレベルの高さや反応の早さに感心しながらも、クロンヴァールは余裕の笑みを浮かべている。

 本来、同じくそういった態度が常であるクリストフは無言のまま殺意の籠もった目を向け、全身から殺気を放つだけだ。

「連れない奴だ。お喋りの時間も惜しいと言わんばかりではないか、そこまで仲間が心配か?」

 挑発的な口調で言うと、クロンヴァールは距離を置いた状態のまま正面に突きを放った。

 空を突いた剣先から真っ直ぐに一筋の斬撃破が真っ直ぐに伸びていく。

 クリストフは迫り来る斬撃破に対し、力任せにノコギリ刀を振り抜き薙ぎ払う様に掻き消したが、クロンヴァールはその僅かな間で急激に距離を詰めていた。

 感情に身を任せたことが仇となり、開いた体と大きく外に向いた刀が明確な隙を生んでしまう。

 前のめりの体勢で射程圏内に入ったクロンヴァールはそのままがら空きになった胴体、鎧に守られていない腹部へと本物の突きを放つ。

 その体を貫こうと鋭く伸びる情け容赦の無い渾身の一撃は思い掛けず寸前で動きを止める。

 辛うじて。

 その表現以上に当て嵌まる言葉が存在しない程に間一髪であったことを自覚しているのは当の本人のみであったがそれでも、血の恩恵を色濃く受けた優れた反射神経と磨き上げられた戦闘センスが致命傷を予感させる中でその攻撃を防いでいた。

 体まで数センチの距離で、咄嗟に割り込ませたノコギリ刀の刀身が突きを受け止めている。

 クロンヴァールにとっても防御されたこと自体は想定外の動きであると言えたが、能力の存在を除いた純粋な技量ならば負ける道理は無いと確信したことが決着の時が近いという予感へと繋がる。

 互いが震えるほどの力を込めて武器同士を押し付け合った状態のまま、直前の言葉の続きを口にした。

「案ずることは何もない。貴様等全員今日この場で滅びるのだ、冥府に行った後の心配でもしていろ」

「負けてなるものか……滅ぶものか……ガナドル共を駆逐して初めて長き過去と流れた血の復讐は果たされるのだ。一度の失態で全てを終わらせなどしない、我が命を奪うならば千の軍隊もお前も道連れだと思え!」

 クリストフは目一杯の力を右腕に込め、強引にクロンヴァールの剣を押し返した。

 密接していた二人に一歩分の距離が空くと同時に、クロンヴァールが構えを取り直す一秒足らずの時間を見逃すことなく武器を地面に叩き付ける。

 大きな爆発音と共に一瞬にして両者の間を再び炎が埋めていた。

 爆砲の数倍大きな爆発は二人を飲み込もうするが、その捨て身の行動は戦況を好転させるに至らず、反射的に飛び退いたクロンヴァールに僅かなダメージを与えただけに終わったものの、どうにか回避した確かな危機に本気で共倒れ覚悟の戦いをするつもりかと密かに警戒心を持ち直させていた。

 その目に映るクリストフは自身も炎を浴びているにも関わらず、己のダメージなど気に留める気がないのか既に次なる一手に打って出ようと刀を上段に構えている。

 覚悟か執念か、はたまた自棄になっているのか。

 見聞きした情報や実際に対峙した印象から後者ではないだろうと思いつつも、いずれであれ過去の経験から自ら退路を塞いだ人間がどれだけ厄介な敵となり得るかを理解しているクロンヴァールは戦いを長引かせるべきではないと考えを切り替えた。

 クリストフ一人を足止めしているだけで勝利が揺るがない状況であると判断し、逃がすつもりはなくとも決着を急ぐことを意識的に避け冷静に優位な状況を保つことを優先するという方針を捨て一撃必殺の技で勝負を決するべく魔法陣を作り出すためにどう動くべきかと思案を重ねる。

 クリストフとてそのつもりでいるだろう。

 そういった憶測があっての方針変更であったが、実際にクリストフがその方法を取ることが困難な状態であることをクロンヴァールは知らない。

 スラスでの戦いと冥王龍との死闘によって大技を立て続けに使用し、激しく消耗したまま万全ではないことが威力の高い技を使うリスクを増長させているのだ。

 しかし、図らずもそんな状態にありながらクリストフも同じくしてそのリスクを避ける戦法を捨てる決断をしたことでクロンヴァールの推察は現実のものへと変わっていた。

 両者が武器を手に向かい合ったまま思考を切り替えるために要した時間は数秒足らず。

 すでに相手の出方を窺いながらという段階を過ぎた大将同士の一戦は互いが自分だけではなく相手もそう考えているであろうことを予感し、両者が先制で攻撃を仕掛けようと構えを取った時。

 不意に、クロンヴァールを数本の矢が襲った。

 視界の外からの攻撃に即座に反応し、二本を剣で払い落とし残る三本を躱すと視線の先に居たのは離れた位置で馬上から弓を向けている四人の騎士団の弓使いだった。

 クリストフの援護に来たのか。

 確かに一対一の戦いをすると、そのために他の者は手を出すなという指示を下したのはこちらが勝手に決めた都合でしかないが……。

 と、そんなことを考えるクロンヴァールだったが、すぐにそういうわけではないらしいと理解する。

 そうさせたのはクリストフに駆け寄っていく別の男の姿だ。

 傍によるなり男は何やらクリストフに報告を始める。そのための時間を作るための射撃であることは明白だった。

 クロンヴァールは弓使いに気を配りながらも、何か動きがあったのかと声の聞こえる距離にいる二人の会話を敢えて遮ることはせずに耳を傾ける。

「団長殿、本部より知らせが届きました。都市での戦いから帰還したレイヴァース隊長、ブラック副隊長の両名は深手を負って治療中。直ちの合流は困難とのことです。ユリウス隊長は未だ戻っておらずということのようで……」

「ちっ……まさかそこまで苦戦を強いられていたとは……こうなれば最早勝機は無い、か。戦況はどうなっている」

「戦闘不能の同志は約半数に上ります。どうにか固まっていることで抗戦していますが、我々も包囲されまいと動きを止めるわけにもいかず外からの援護も中々簡単ではない状況でして……」

「すぐに撤退の指示を出せ。フレデリック達が合流出来ないとなればこれ以上の戦闘に意味は無い。そのための時間は俺が作る」

「だ、団長殿一人で残られるおつもりで?」

「倒れた同志達の仇を討たずして団長などと名乗れるはずもない。千だろうと二千だろうと纏めて相手をしてくれるっ」

「しかしそれでは……」

「ここに来る前に交わした言葉を忘れるな。異論反論は許さんっ」

「団長殿が共に戻らないと仰るのであれば承伏出来かねます! 我々には貴方が必要です!」

 クリストフは思わず言葉に詰まる。

 声を荒げ、団員にとって何にも代え難い至上命令を掲げて尚反論の言葉が返ってくるとは思ってもいなかった。

 正面を向いたまま目を合わせてもいない状態でありながら、若い団員の声音から決して引き下がらないという強い意志が伝わってくる。

 説き伏せることは容易ではなく、そのための時間が撤退の機を逃しより状況を悪化させる可能性に繋がることに気付いてしまっては折れる他にそれを防ぐ手立てもなく、その一瞬の葛藤が逆にクリストフに冷静さを取り戻させた。

「すぐに狼煙を上げさせろ。俺の馬は行方が分からん、お前の後ろに乗って後に続く」

「はっ」

 若い団員はすぐに後方の仲間にその指示をハンドサインで伝える。

 直後に戦場の中心から少し離れた位置で赤い煙が上空に向かって伸びた。

 騎士団の用いる撤退の合図だ。

 一人、また一人と交戦中の団員達にそれが伝っていくと、三箇所に分かれて固まっていた陣形を崩し次々と四散していく。

 追っ手を分散させ、一人でも多くの味方を少しでも無事に逃がすための手段だ。

 若い団員がそれらを視認し、次なる指示を仰ごうと視線を落とした時。

 その視界が突然何かに塞がれ、同時に目の前で小さな爆発が起きた。

 事態が把握出来ずに思わず仰け反ると、反動で馬が数歩する。

 そこでようやく視界を覆ったのがクリストフの刀であり、その理由がクロンヴァールの攻撃から自分を守ったのだということを理解した。


「随分と好き勝手に暢気な相談をしているが、それをさせると思っているのか?」


 その声は、未だ騒音鳴り止まない戦地の中心で真っ直ぐに二人の耳に届いた。

 全滅を避ける。

 帝国騎士団にとって最早それが最優先事項となりつつある中、目の前に一人、他の何よりも強い障害となる存在が居た。

 クロンヴァールは話の中身が撤退の算段だと分かった時点で攻撃する隙を見定め、伝達の要となっているのであろう若い団員を先に始末しようとしたのだ。

 その斬撃破は殺気に気付いたクリストフに防がれたが、クロンヴァールは既に次なる一撃の準備を完了させている。

 二人との距離は五メートル強。

 目の前に浮かび上がる大きな魔法陣が一撃必殺での決着を言外に予告していた。

 クリストフが体調面での不安から大技を使わなかったように、クロンヴァールもまたここまでの戦闘において到底本来の力を発揮しているとは言えない状態で戦闘を繰り広げてきている。

 魔法剣による技の数々はあまりに威力が大きく、周囲を覆う戦士の八割以上が自軍の兵士であることが災いし味方を巻き添えにする可能性が高いことを理由に戦法に組み込まずに武器を交えてきていたからだ。

 だが、ここにきてその考えを迷い無く捨て去った。 

 敵を逃がさぬために。

 敵の大将を討つために。

 仮にそうなったとしても、それは勝利し何かを守るために必要な犠牲であると、そう判断する切り替えの早さとその決断に一切の躊躇いを感じない意志の強さ。それが世界(キング・)(オブ)先導者(・キングス)たる所以であった。

 クロンヴァールは目の前に浮かぶ魔法陣へと突きを放とうと右腕を引く。

 戦士の勘が告げる可能な限り敵の意識が他に向き反応が遅れるであろうタイミングを選び、かつ仕留めるには至らなかったとはいえ不意打ちで対応を後手に回させた。

 それでいて逆に先手を打たれたのは、偏にクリストフの本能が(まさ)ったと表現する他にない。

 次なる一手を予測したわけでも、その可能性に気付きそれを封じようとしたわけでもなく、ただ自然と体が動いていた。

 団員を襲った斬撃破を打ち払ったクリストフは返す刀で必殺技を繰り出す。

 魔法陣が効力を発揮するまでようになるまでの僅かな時間が一振りで技を発動出来るクリストフとの差を生み、先制を許していた。

 連雅(スタジア)

 自身でそう名付けた、大爆殺(カルネージ)に次ぐ破壊力を持つ大勢を相手にする際に使う大技だ。

 振り向き様に放ったことで僅かに照準がずれた一筋の閃光は地面に触れた瞬間に大爆発を起こす。

 魔法陣を放棄し、咄嗟に飛び退いたクロンヴァールは地面を転がったが深刻なダメージを負うことだけは回避していた。

 しかし、連雅の本質は爆発が連鎖するという点にある。

 右に左に、次々と同規模の爆発を引き起こし、散り散りになって逃げようとする騎士団に対する包囲網を張ろうとしていた白十字軍の兵士の群れを飲み込んでいった。

 規模は大きくとも攻撃範囲はそう広くはない能力だ。

 直接その爆発の直撃を受けた兵士は少数であったが、それでもその異様な光景と吹き飛ばされた味方の姿が確かな動揺を与え、爆発の影響を受けない位置に居る者を含めた白十字軍の足を止める。

 爆発の波、その中心がクロンヴァールの居た地点であることもその原因の多くを占めていたが、帝国騎士団の戦士達にそれを忖度する理由はない。

 敵が動きを止めた僅かな隙を見逃すことなく、行く手を塞ごうとする兵士達の間を突破し一散に戦場から離れていった。

 それだけではなく、立ち上がったクロンヴァールが視界を覆う白煙の向こうに見たのは、件の団員の後ろに跨り既に攻撃の手が及ばない距離にまで遠ざかっているクリストフの後ろ姿だった。

 去り行く騎士団の残党に向かって幾百もの弓が飛ぶが到底効果は得られず。

 それでいて白十字軍の兵士は誰一人追い掛けようと動くことはなかった。

 その指示を出した張本人であるハイクはすぐさま馬を走らせ、クロンヴァールの傍に駆け寄っている。

「姉御っ、無事か!」

「大した外傷は(、、、)ない。心配には及ばん」

「纏まりを欠きつつあると判断して追走は止めさせたが、追わせるか?」

「いや……数名に追尾させるだけでいい。負傷者の介抱を優先させろ。息のある敵は捕縛し、治療を受けさせたのちに牢に放り込め」

「奴らを逃がしてもいいってのか?」

「どこぞの小僧も言っていたことだが、これは敵を倒すための戦いではなく王都を守るための戦いだ。裏門も気掛かりだということもあるが、逃げ道を奪えば平気で命を投げ出して牙を剥く、あれはそういう類の人種だ。そうなれば余計な被害が増す。我らの身で済めば御の字だが、都市内部にその被害が及べば本末転倒もいいところだ。これだけ戦力を削いだのだ、都市から部隊が戻ったのちに奴らの拠点を叩く作戦へと移行する。それが済めばこの争いも終局に向かうだろう。この場はこれで良しとするべき局面だ、すぐに指示を出せ」

「了解」

 ハイクは短く返事をし、部隊の元へと戻っていく。

 確かに敵兵力の大半を削ぐことが出来た。

 無事に王都を守ることが出来た。

 しかしそれでも、あのクロンヴァールが一対一での戦いで敵を逃すなどいつかの対エスクロ戦を除けば見た記憶が無い。

 それ程にエリオット・クリストフが強者であった。

 それは間違いないだろう。

 都市奪還に向かった部隊を率いる戦士達の戦いがどうなっているのかはまだ不明であるが、騎士団の幹部達の強さはハイクとて身を以て知っている。

 そこに魔王軍四天王、さらには魔王や大魔王が丸々残っているのだ。

 どれだけ数を減らそうとも、その者達との戦いが控えている以上一概に戦況が好転し勝利が近付いたとは言えない。

 近い将来、必ずより大きな戦いに臨むことになる。

 その時こそがこの戦争の、そして世界の行く末を決める最後の戦いだ。

 全てを賭けて王をその戦いの先へと進ませる。

 それが己の役目であることを片時も忘れるわけにはいかない。

 人知れずそんなことを自らに言い聞かせながら、内乱が始まって依頼初めての王都での戦いを収拾させるべく手際よく指示を出していくのだった。


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