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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第九章 中編】 虎の恩返し/想い そして 覚悟

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

※11/24 台詞部分以外の「」を『』に統一


 まさかの展開で開かずの扉の鍵が開き、通路の続く道中に一つ設置されている鉄檻の中へと足を踏み入れた僕達。

 外から見た様子と特に変わりは無く、中にはただ部屋の中心に下へと続く階段が一つあるだけだった。

「計画通りね」

 恐る恐るながらその今までより少し長い階段を下りていく半ば、春乃さんが誰に対してなのか勝ち誇る様に胸を張った。

 体力の消耗と緊張感で静まっている空気を変えようとしてくれたのかもしれないけど、息を整えるのにも一苦労なので普段みたくあーでもないこーでもないと盛り上がる気力はなく反応したのは一人だけ走る必要もなかったジャックだけだ。

『な~にが計画通りだ、嘘吐けってんだ』

「何よガイコツ、ちゃんと開いたんだからいいでしょ」

「完全に結果オーライでしたけどね」

 またヒートアップされても困るのでジャックにジト目で睨む春乃さんの横で冷静に口を挟んでみる。

 完全にもう一度逃げる用意をしていただけに僕としてもよくあれで開いてくれたものだという気持ちは未だ晴れなかった。

「結果オーライっていうか、あんなの結果オーライ以外で分かりっこないじゃない」

「それはそうですけど……」

「チャレンジャー精神こそが道を開くのよ。それがロック魂なのよ、オーケー?」

「まあ……はい」

 そういう問題かなあ……と思いつつもそれを口にはせず、曖昧に相づちを打つ以外に言葉もない。

 あそこでボタンを押さずに慎重に行動していたとしても結果は変わらなかったであろうことは確かだが、やはり向こう見ずなのもどうかと思うわけで、かといってみんなを納得させるだけの代案など浮かぶはずもないのが悩ましいところだ。

 そんなことを言ってる間に縦一列に並んだ最後尾にいる僕も階段を降りきった。

「何もねえぞ」

 先頭にいた高瀬さんは辺りを見回し、どうなってんだと両手を広げて僕達を振り返る。

 目の前に広がっているのは今までとは違って通路も無く、学校の体育館ぐらいの大きさの何もない空間が広がっていた。

「まさかとは思うけど、あんな目に遭ったのに行き止まりってオチ?」

 春乃さんも目を細め、疲れた声で肩を落としている。

 あれだけの危険から息も絶え絶えに逃げ切ったというのに何もありませんでしたでは確かに疲労も倍に感じる気持ちもまあ分からなくもない。

「そうかもしれませんけど、また隠れた階段とか通路があるのかもしれませんよ?」

「あ、そっか。じゃあさっそく探しましょ」

「そうですね。あ、そういえばジャック、さっき先に何かいるって言ってたけどここがそうなの?」

『そう思ったんだが、ここには特に邪悪な気配は感じられねえ。場所が場所だけに間隔がブレてやがるのか……どちらにせよ急に襲ってくるって心配はねえとは思うが』

「何それ、曖昧すぎてわけ分かんないんだけど」

『危険はねえかもしれねえが油断はするなよって話だ。もしかしたら王様とやらかもしれねえしな』

「よし、じゃあ広いし手分けするわよ」

 気を取り直そうと春乃さんがパチンと手を叩くが、すかさず異議ありとばかりにその春乃さんに突っかかる男が一人。

 それが誰かなど敢えて言うまでもないよね。

「俺を捨て駒にしようったってそうはさないぞゴスロリ!」

「わーかってるわよ。じゃあ男女で別れるってことで」

「それなら公平だな。康平たんだけに」

「……」

「……」

「……」

「康平たんだけに!」

「……」

「……」

「さ、行くわよみのりん。あたし達右側から行くから康平っちは左側よろしく」

「了解です。みのり、危ないことはしないでよ? あと何か見つけても考え無しに行動しないように、特にボタンとか」

「大丈夫だよ康ちゃん、春乃さんも一緒だし」

 ……だから不安なんだけど。

 とは勿論言えず、

「何があっても半分ずつを見回ったらこの場所に集合、ということでいいですか? どうするかはみんなで決める方向で」

 というわけで遠回しに春乃さんへ無茶をしないようにというニュアンスで言ってみる。

 伝わったかどうかは相当怪しいけど、そこはジャックを信じるしかない。

「オッケー。じゃまた後でね、なんか面白い物見つけたら教えてよね」

 が、半身になって笑顔で手を振りみのりと手を繋いで離れていく春乃さんには全然分かってもらえてそうになかった。

 危険はなさそうだとジャックが言ってるし大丈夫だとは思うけど、ここ最近のトラブルメーカーっぷりのせいでどうしても不安が付き纏ってしまう。

 といっても……それはこっちのペアも同じなんだけどね。

「高瀬さん、僕達も行きましょうか」

 やっぱりこっちの方がトラブルが発生する確率が高いのではなかろうか。

 とか心で思いながら振り返ると、後ろにいる高瀬さんは腕を組み噛み締める様な顔で何やら頷いている。

「よーし、では壁側から回るとするか。俺が一番に王様を見つけないと意味ないからな」

「……はい」

 もうツッコむのも面倒なので黙って高瀬さんに付いていくことにした。

 そのままこの広い空間の向かって左側を壁に沿って歩いていく。

 ここもまた壁と壁の間にいくつもの牢屋が並んでいるわけだけど、薄暗いせいで中がよく見えず、確認する作業に少なからず時間を食っているため到底効率的とは言えない方法で少しずつ足を進めて行かざるを得ない状況になんともモヤモヤするばかりだ。

 何か明かりがあれば違うのだろうけど……。

「高瀬さん、そのリュックに何か明かりになる様な物とか入ってないんですか? 懐中電灯とか」

 ふと、その大きく膨らんだリュックが目に入ったので一応の確認してみる。

 持っているならとっくに使っているだろうから無駄だとは思うんだけど。

「ん? 懐中電灯なら入ってるぞ」

「ええぇぇ!?」

「なんだよ急に大きな声を出して、情緒不安定だぞ」

 いや、それはあなたにだけは言われたくない。

「……持ってるのならどうして今まで使わなかったんですか」

「使う程の暗さでもなくね?」

「いやいや、この暗さのせいでここまで結構な時間をロスしてきてますよ間違いなく」

「そうか? 俺はいつも部屋でこのぐらいの暗さでネトゲやってるから全然気にならなかったぜ」

 このネトゲ廃人め。

 と言えたらどれだけすっきりすることか。

「とにかく、ちょっとそれ貸してもらえますか? そしたらもっと効率良くなると思うので」

「それは構わんが、そんな事ではまだまだネトゲ界の神と呼ばれる俺に追い着くことは出来ないぞ康平たん」

「そうですね、これからもその距離を広げる事に腐心していきたいと思います」

 若干皮肉を混ぜて答えるも伝わってはおらず『ほれ』と差し出された懐中電灯を受け取る。どうやら電池も問題なさそうだ。

 おかげで牢の中を確認する作業も捗り、端から端までが数十メートルもあるこの空間を壁に沿って奥に向かって歩いていく。

 しかし、鉄格子のみならず壁や地面、天井までをくまなく照らしながら歩いたところで特に何かを見つけることはなく、そのまま最初に居た合流地点に辿り着いてしまった。

 無いものは仕方がないので高瀬さんと二人で春乃さんとみのりのペアを待つことに。

「あの二人は大丈夫かな?」

 女性二人という組み合わせというのは今になって考えると安全面という意味でも失敗だったのではないかと少しの後悔が浮かぶ。

 あっちは明かりが無い以上仕方ないとはいえ、先に着いて待っているのはやはり不安だ。

『一応奴等の気配は感じるし、もう近くに来てるみてえだ。問題はねえだろう』

「あ、ほんとだ。うっすらと声が聞こえてきた」

『いや、ちょっと待て相棒』

「へ?」

 二人の声がする方へ歩いていこうとする僕の足をジャックが止める。

 かと思うと急に嫌なことを言い出した。

『二人とは別の気配がある。奴等なんか連れてきてるみてえだぞ』

「なんかって……何さ」

『俺が知る道理がねえだろうよ。もうそこまで来てんだ、待ってた方が早えだろうさ』

「だ、大丈夫なんだよね……」

『大丈夫じゃなけりゃお喋りしながら一緒に戻ってはこねえだろう』

「そりゃそうだけど……」

 何かを連れてきている。

 そんな曖昧な警告によって否応なく働く想像力のおかげで気分は最低だ。どうか王様でありますように……。

「お~い、康ちゃーん」

 そんな僕の心情も知る由もなく、正面からみのりのなんともお気楽な声が聞こえてくる。

 取り敢えず何か良からぬことがあったというわけではなさそうだ。

 すぐに目で把握出来る距離にまで近付いてきたみのりは何気ない口調で片手を上げた。

「康ちゃん、お待たせ」

「それはいいけど、大丈夫だった?」

「うんっ、奥の方で猫さんを見つけたよ」

「猫さん? ………………猫さん!?」

 初めてその姿をハッキリと目にした僕は思わず繰り返していた。

 みのりと春乃さんの後ろには確かに猫……というか虎のマスクをかぶった上半身裸で、それによりムキムキの筋肉を惜しげもなく露わにしている大柄な男が立っている。

「猫さん閉じこめられてたから助けてあげたんだ」

「こんなところに捕まってる猫なんて怪しいから放っておけってあたしは言ったんだけど、みのりんが助けるって聞かなかったのよ。まあ、こういうペットってイカツいし、いかにもロックって感じだから連れて行くのはいいんだけどさ」

「…………」

 もうどこからツッコんでいいのかも分からず言葉が出ない。

 まず何をもって二人はこの人を猫だと言うのか。

 確かに猫科の動物かもしれないよ、虎は。

 でもそれただのマスクだもの。タイガーのマスクだもの。タイガーマスクだもの。

「おいおい、いくらなんでもそいつが猫ってのは無理があんだろうが」

 言葉を失う僕の代わりに高瀬さんが虎の人を指差した。

 たまにはまともなことを言ってくれるのだと少し感激したものの、それも一瞬のこと。

「どうみても虎じゃん!」

 そういう問題じゃない!

「いーのよ、猫でも虎でも。似た様なモンじゃない」

「……似てるか? まあ俺もそろそろゲレゲレもしくはファルシオン的なポジションが必要だと思っていたところだから虎でも猫でもいいんだけどよ」

「ねえ康ちゃん、連れて行ってもいいでしょ?」

「いやあ……やめておいた方がいいんじゃ」

「えー、なんで?」

 みのりは不満げだ。

 そういえばみのりって幼少時には月に一回ぐらいのペースで捨て猫を拾って帰っては母親に呆れられていたなぁ……なんてことを思い出した。今この場においては全く関連性ないけどね。

 とはいえ……どう説き伏せたものか。

 人間だから、と口に出して言うのは虎の人に失礼だろうか。

 いやいや、どう考えても猫だのペットだのという方が失礼だろう。


【だって人間だもの こうへい】


 みたく詩的な感じで言えば誤魔化せるだろうか。うん、無理だね。

 というかそもそも虎の人は一緒に来る気があるのだろうか。話をするにもそれを確認しないとどうにもならない。

「えっと……失礼ですがあなたのお名前は?」

 あなたは人ですよね?

 あなたは何ですか?

 そんな質問が漏れそうになるのをギリギリで堪え、当たり障りのないように名前から聞いてみた。

 虎の人は太い腕を組んだまま僕を見て、えらく渋い声で答える。

「我が輩は虎である。名前はまだ無い」

「…………」

 やっぱ変な人だったー! と叫びたい衝動が半端ない。

 これはどういう状況なの?

 僕はどうしたらいいの?

 ツッコめばいいの? それとも空気を読めばいいの?

「とまあ堅苦しい挨拶はよしておこう。今説明にあった通り、わけあってここに捕らえられていたオイラを助けてくれたんだトラ。そこでオイラは命の恩人であるこのお嬢さんのお供をすることに決めた。そうだろ、レディーマスター」

「そうなんだよ康ちゃん」

 レディーマスター? 

 とか呼ばれたみのりはうんうんと頷いた。

「まあ……事情は分かりましたけど、そのトラっていうのはキャラなんですか?」

「オイラは元々こういう喋り方だトラ」

「…………」

 正直、そんな渋い声と筋骨隆々の大きな体で語尾にトラとか付けられても全然可愛くない。

「ねえ康ちゃん、連れて行っていいでしょ~?」

「何その捨て猫を拾って帰ったあとの『ねえお母さんうちで飼ってもいいでしょー?』的な感じ。そんな安易に決められることじゃないでしょ絶対」

 そうは言うものの、駄目だと言ったところで虎の人が力に物を言わせてきたらどうしようもないわけだけど。

「ジャックはどう思う? 経験則的に」

『ま、いいんじゃねえの? 猫でも虎でも人でもよ。敵意も感じねえし、捕らえられてたってんなら魔王軍の一員ってわけでもないだろう。勇者の冒険ってのは自然と仲間が増えていくもんだ』

 頼みの綱ジャックは随分と楽観的である。

 すかさず高瀬さんと春乃さんが同調し、いつの間にか皆して前向きになっているのは果たして良いことなのかそうでないのか。

「たまには良いこと言うじゃねえかジャッキー。これぞRPGの醍醐味だよな」

「虎を飼うって溢れんばかりのロック魂よね~、これが日本なら法的にアウトだけどこっちの世界なら別にいいじゃん康平っち」

 その場のノリなのだろうけど、まさにノリノリの二人だった。

 人を飼うとか言ってる時点で法的にどころか人間的にアウトだと思うんですけど……なんて理屈は通用しそうにないので。

「分かりました。では取り敢えず付いてきてもらって、あとはセミリアさんの意見を聞いてからということにしましょう」

 ひとまず考え得る最善の方法を提案する。

 幸いにも反対意見は返らなかった。

『ま、それが無難なとこだな』

「ありがとう康ちゃんっ」

 ああみのり、無垢な笑顔を向けないでくれ。

 正直ご遠慮願いたいだけに良心が傷むから。

「うむ、ゲレゲレの件はそれでいいとして、王様はいなかったのか?」

 人知れず胸を痛めている僕を他所に、高瀬さんが思い出したように本題へと話を戻した。

 僕達は誰かや何かを見つけてはいない。

 となると残る可能性は女性陣の側かセミリアさんの向かった先、或いは最初からこんな所には居ないの三択になる。

「いなかったわよ、トラ以外。ねえトラ、王様知らない?」

「王様?」

 春乃さんに問いは意味が通じていないらしく、虎の人は首を傾げる。

 ここに居たのなら何か知っているかもしれないと僕は事情を話すことにした。

「僕達はこの国の王様を捜しに来たんですよ、ここに捕らえられているという話を聞いて。それで二手に分かれて探索してたんですけど」

「なるほど、そうであったトラか。オイラは牢の中に居た身だ、その王様とやらの所在は知らないがここに居るのが事実ならば急がないと不味いトラぞ」

「なんで?」

「少し前の話だが、このルブフラックは近隣の国から拐ってきた権力者や腕の立つ人間を監禁するために使われていたんだトラ。ここに連れてこられた者はいずれどこかに連れていかれることになっているという話だトラ」

「ちょっとちょっと、売り飛ばされるって何よ。マジで言ってんのそれ」

 横で聞いていた春乃さんは予想を超える展開に憤りと嫌悪感を露わにしている。

 確かに虎の人が言っていることが事実ならばこれほどふざけた話はないとさえ思いたくなる嫌な話だ、無理もない。

「マジだトラ。この建物は左右対称になっていて、今オイラ達がいるこの場所は監禁のために、そして反対側にある地下牢は他所に連れて行くために捕らえた人間を閉じこめておく為にそれぞれ使われていたトラ。今もそうであるかは知らないがな……トラ」

「つまりはセミリアさんの方に王様は居る可能性が高いということですか」

「だったら早いとこ俺達もいこうぜ。勇者たんにおいしいところを持って行かれたら王様に恩を売れなくなっちまう」

 珍しく黙って聞いていた高瀬さん違った意味で不味いと思ったらしく、急かす様な口調で上に繋がる階段を親指で指している。

 見返りを得る作戦は正直どうでもいいんだけど、王様やセミリアさんが心配であることは確かなので反対する理由はない。

「そうですね、あっちはセミリアさん一人で心配ですし僕達もすぐに向かいましょう。みんなもそれでいいですか?」

 一応の確認をしてみると、当然ながら不満を持つ人などおらず。

 それどころか話を進める役を勝手にやっただけなのに一部からは見直されている謎現象が起きていた。

『ちったあリーダーシップが出てきたじゃねえか相棒』

「異議無し!」

「わたしもそれでいいと思うよ康ちゃん」

「ま、そんな気分悪い場所ならさっさと出て行きたいからあたしも文句無いけどさ、セミリアなら心配しなくても大丈夫よきっと」

 誰もが僕に力強い表情を、或いは前向きな笑顔を向けていた。

 春乃さんもおどけたような口ぶりでこそあったけど仲間を思い、また信頼していることはよく分かる。

「確かに強さ的には僕達が心配するのも烏滸がましいレベルですけど、結構罠的なものには弱い気がするんですよね、セミリアさんは」

「あ~、確かに。セミリアって素直っていうか実直っていうか、あんまり疑うことを知らない感じだもんね。怪しげなボタンとか取り敢えずで押したりしそうだもん」

「……お前が言うか?」

 あはは、と笑う春乃さんに高瀬さんの的確なツッコミが飛んだ。

 今回ばかりは的外れでもない指摘なのだろうが、もはやこの二人の間では言い分の正否など無関係なわけで、当然の様に睨み合いに発展してしまうのだった。

「何よおっさん。なんか言いたいことあんの?」

「ちょっと二人とも」

 セミリアさんが不在のため毎度のことながら何が引き金になるか分からない二人の間に割って入るのは僕しかいない。

 また口論に火が付いてしまうと収拾が付かなくなるし、無駄に時間を食ってしまうのは避けたいのでやむを得ないとはいえそろそろ時と場合を考えて欲しいものだ。

「一つ言い忘れていたトラが……」

「「「へ?」」」

 二人の間に割り込んだその時、見かねて口を挟んでくれたというわけではないのだろうけど虎の人の一言が全ての視線を集めた。

 それによって僕も、そして僕を挟んで表情だけでお互いを挑発し合っていた二人も一斉にそちらへと目を向ける。

「急いだ方がいいという理由がもう一つあるトラ」

『言ってみな』

「人間を集めている黒幕が誰かは知らないトラが、ここで行われていることを仕切っていたエスクロという魔族がいるんだトラ」

「そいつが誘拐なんて腐ったことしてる張本人ってわけね」

 一瞬で高瀬さんに興味を無くし、嫌悪すべき諸悪の根源に春乃さんの表情が歪む。

 魔族、というと城にいた偽物の王みたいな存在のことか。 

「いかにも。魔族がわざわざ人間を集めようとするのだから何らかの目的があるんだろうトラが、残念ながらそれはオイラの知るところではないトラ」

『人を拐ってんのは魔族の仕業だってえのか?』

 良からぬ企てであることに疑いの余地はないのだろうけど、目的と言われても僕達にピンとくるはずもなく。

 虎の人を除けばこの場で唯一こっちの世界の住人であるジャックも不可解だと言わんばかりだ。

「そうだトラ。そしてそのエスクロという男は相当ヤバい」

「やばいというと?」

「言い換えればとにかく強い。オイラも少しは腕に覚えがあるトラが、奴はまた違った次元なんだトラ。魔族の中でもまず間違いなく最上位クラスの奴に万が一出くわしてしまうようなことになればいくら腕が立つ人間であれど討ち倒すことは容易ではないトラ」

 虎の人は太い腕を組んだまま、あまり言いたくはないがというニュアンスを含んだ口調で魔族の情報を教えてくれる。

 いや、表情は全く分からないのだで半分は憶測なんだけど。

「だったら尚更早く行かなきゃ駄目じゃない。セミリアを放っておけないでしょ」

 それを聞いた春乃さんは持っていたギターケースをバンと叩き、まるで僕達に同意を求める様に全員の顔を見回した。

 自分から話を反らしておいて『そういうことはもっと早く言いなさいよ』と言わんばかりの態度なあたりはさすが春乃さんである。

 とはいえ、早く合流すべきだという意見には僕とて大いに同意出来る以上わざわざそれを口にはしない。

「でも絶対にそのエスクロっていう人がいるわけじゃないんですよね? いや、早くセミリアさんのところに行くという意見には僕も賛成なんですけど」

「どっちにしたって行くんだったら早いとこ勇者たんのところに向かおうぜ。いつまでもここに居ても仕方がないだろ」

 珍しくまともな事を言いだした高瀬さんに、まさかこの人に正論で諭されるとはとか思いながらも二つ返事で合意すると『よし、じゃあ行くぞ。俺様についてこい!』と、そろそろ聞き慣れた無駄にリーダー気質溢れる号令と同時に大股で歩き出した。

 僕もそれに続き、それを見たみのりが後に続き、同じくそれを見た虎の人がみのりに続いてようやくこの場を後にすることに。

 春乃さんもそんな高瀬さんの態度には大いに不満がありそうだったが、急ごうと言い出しただけに大人しく皆に続いた。

 まあ、文句を言いたいのを我慢したというよりも口にするのも馬鹿らしいといった感じだったけど、何はともあれこうして新たに虎の人という味方を加えた僕達はセミリアさんと合流すべく来た道を戻っていく。

 急ぐあまり自分達の身になにかあっては元も子もないので出来るだけペースを早めた徒歩で、だ。

 その道中はやはり代わり映えの無い殺風景なものだったが、セミリアさんやジャック、虎の人の話を総合する限りでは確実に迫り来る身の危険に少しずつ鼓動が早くなっていることを自覚した時、初めてここ最近何を見ても驚いたり不思議がっていただけの自分の感覚がいかに麻痺していたのかを思い知ることとなる。

 今ここにいることがどれだけ理屈を並べても説明がつくことのない非現実な事象であっても、この身が体験し、この先起こりうることは紛れもない現実なのだということを。

「ふぅ~」

 一つ大きく息を吐き、心を落ち着かせるのと気を引き締めるのとを同時に済ませてみたのの、悲しきかなそんな事を真剣に考えているのが自分一人ということに一層不安が増してしまうだけだった。

 引き返した当初こそ他の面々もある種の使命感を抱いていた様子だったのだが、この人達がそんな緊張感をいつまでも保ち続けていられるはずもなく、早々に虎の人を交えた談笑モードになってしまっている。

「ていうかさ、みのりんがそのなんとかマスターだったらあたし達はどんな呼び方されるわけ?」

「ふむ、率直に言って考えたことも無かったトラが……言われてみればこの先同行するならば呼び名が無いというのもいざというときに不便だトラな。では決めておくとしよう、あんたはそうだな……ゴールドボンバーだトラ」

「ダサっ! 何そのセンス。嫌よそんなプロレス技みたいなの」

「気に入らんトラか? では……身に付けている物を考慮してブラックボンバーというのは?」

「いやだから、なんで見た目の色プラスボンバー固定なのよ!」

「やれやれ、では何ボンバーがいいんだトラ」

「いや、まずボンバー有りきの時点で無いから。なんでボンバーは許容範囲だと思えるのか全然分かんないんだけど。何その拘り? あたしのどこにボンバー要素があるわけ?」

「頭とか性格とかだろ」

「アンタにだけは言われたくないんだけど!? アンタなんておっさんかカンタダのくせに」

「うるさいぞブラックボンバー。ゲレゲレ、俺の名前を言ってやれ」

 高瀬さんは親指で自分を指し、何故か得意満面で虎の人を促すが、正直ロクな名前を付けられずにオチになるのは目に見えているのが悲しい。

 というか、自分達の名前の前に虎の人の呼び方を統一するのが先なのでは?

「あんたは……ふむ、ヤンガスだな」

「なんでだぁー! 色々おかしいだろ、お前実は最初から見てただろ!」

 案の定である。

 しかしどういった呼び名を期待していたのか、高瀬さんは凄い形相で虎トラの人に詰め寄っていく。

 そして『そらみたことか』と思ったのは僕だけではないらしく春乃さんがすかさず意趣返しに打って出た。

「あんたはどこまでいっても盗賊顔ってことね」

「ゴールドボンバーよりマシだけどな! アームライオンみたいな頭しやがって」

「どう考えたってゴールドボンバーの方がまだマシじゃない。あんたこそどっかの道化師みたいなダッサいロン毛してるくせに」

「なんだと金髪」

「何よおさっん」

「ゴスロリ」

「オタク」

「音楽馬……」


 ゴツン!


 二人が徐々に距離を詰めながら子供みたいな悪口をぶつけ合い始めた直後、辺りに鈍い音が響いた。

 いつの間にか春乃さんと高瀬さんの後ろに移動していた虎の人が何を思ったのか二人の頭を掴みその額と額をぶつけたのだ。

 察するに口論を止めようとしてのことなんだろうけど、それにしたって力尽くもいいところだな……見た目通りだといえばそれまでだけどさ。

「ぐおおおおお」

「いったぁぁぁい!」

 結構な勢いを伴っていそうな音がしただけあって、二人は頭を押さえて痛みに悶えている。

 が、すぐに二人同時に姿勢を正すとキッと虎の人を睨み、ビシッと指を指して声を揃えた。

「「何すんだ(のよ)ゲレゲレ(トラ)!」」

「いやなに、レディーマスターが止めて欲しそうな顔をしていたトラからな。もっとも、オイラとてもう一人の仲間とやらを助けに行こうというのに何をやっているんだと少なからず思っていたトラが」

 虎の人が悪びれる様子も無く言うと、二人はバツが悪そうに目を泳がせた。

 マスクのせいでその表情は不明とはいえ少し不機嫌というか呆れたような口調なのだが、地声が低いだけあって怒っているように聞こえなくもないからだろう。

 そしてその後ろではみのりが『わたしの所為なの!?』みたいな驚いた表情で僕を見ていた。

 確かに二人を見てオロオロとしていたけど、さすがにあの行動は予想出来たものではないよね。正直に言えばいい薬な気もするけど。

「役目を取られちゃったね、ジャック」

『んなくだらねえ役目なんざ喜んでくれてやるよ。いい加減懲りてもらわねえと見てるだけで疲れるってもんだ。ところで人獣よ』

 前半、僕にだけ聞こえる程度の声で愚痴を漏らすとジャックは虎の人へと問い掛けた。

 人獣……また失礼な呼び名を。

『ちなみにだが、相棒はどういう名で呼ばれるんだい』

「……え?」

 何言ってんの急に?

「あんたは確かレディーマスターの古馴染みだったトラな?」

「……ええ、まあ」

「あんたの名前は既に決めてあるトラぞ」

「聞きたくないなぁ……」

「その名も……」

『その名も?』

「ボーイズラブ!」

「なんで!?」

 僕がオチだったの!?

「あはは、康平っちぽくていいじゃん。草食系なあたりが特に」

「……笑わないでくださいよ、絶対嫌ですよそんなあだ名」

 人前で呼ばれようものならこの上ない羞恥プレイである。

 別に偏見とかはないけど、それにしたってどういう気持ちでそう名付けようと思ったのか。

「よかったね康ちゃんっ、かわいい名前で」

 がっくりと肩を落とす僕に容赦無く突き刺さるみのりの悪意無き言葉。

 確実に言葉の意味を理解していないであろうみのりに、今後そんなあだ名で呼ばれても困るのでちゃんと説明しておかなければと思ったその時。

 不意に虎の人が一歩前に出て立ち止まったかと思うと、直後に響いた大きな声が会話を遮った。

「っ!? 止まれ!」

 言葉の意味を理解をしてというよりも、僕達の動きを制するかの様に広げられた太い腕が皆の足を止める。

 反射的に落としていた肩を上げ、その行動の意味を問い掛けるよりも先に今度はジャックがそれを遮った。

『いるぞ。今度は本物がな』

「本物って……それはつまり」

『ああ、間違いなく魔物だ。少し先にいる』

「恐らく一体ではないな……姿形まではまだ分からないトラが、結構な大きさみたいだトラ」。

 二人の真剣な声色に僕も僕以外も状況を把握した様子ではあったが、その反応はあんまり状況的に好ましくない気がするのがなんとも言えないところである。

 僕としてはもう少し危機感を持って欲しいのだが、兼ねてから抱いているこの願いは未だ理解してもらえはせず。

「ふん、たかだが魔物の数体ぐらい来るなら来いってんだ」

 高瀬さんは不敵な笑みを浮かべながら銃を取り出しているし、みのりも例によって不安げな表情で僕の服を掴んでいる。

 春乃さんは高瀬さんみたく笑ったりはしていないが、それでもすぐに背中に追っていたギターを前に持ってくるだけで特に焦ったりする様子もなく至って普通に会話に戻ってしまった。

「ていうかトラも敵がいるとか察知出来んのね」

「気配を消そうとしていない相手ならそう難しいことではないトラぞ?」

『んなことより、どうするんだ? 迎え撃つのか、やり過ごすのか』

 ジャックの言葉はこの場にいる全員に問い掛けるようなトーンでこそあったが、それは僕一人に向けられたものだとすぐに理解した。

 お前が皆を無事に帰せと、告げられた意味そのままに。

「迎え撃つというのは危険だとは思いますけど、この一本道でやり過ごそうと思ったらどれだけ時間が掛かるか分からないですし……皆はどうするべきだと思いますか?」

 ひとまず僕は全員の意見を聞いた上で考えることにした。

 確かにセミリアさんのことは心配だけど、そのセミリアさんと無事に合流すると約束したのだ。

 考え無しに決めることは出来ないし、何よりその約束を何があっても守りたいとより強く思った。それが僕の出来る唯一の役割なのだと。

「行くに決まってんでしょ。早くセミリアを助けにいかなきゃ」

「相手は複数、こっちは康平たんとみのりたんとルミたんを除いても三人だろ? 数ではこっちが有利だ」

「……いつからそのガラクタが頭数に加わったわけ?」

 そんな春乃さんの指摘はスルーされ、

「逃げる道理はないだろう。せっかく武器も手に入れたんだ、いつまで経っても安全第一じゃあ勇者たんの仲間になった意味がないってもんだ。冒険とは成長とスリルが付き纏うものだからな」

 春乃さんはセミリアさんを想う気持ちから、高瀬さんはゲーム脳……もとい独自の自信と使命感から、それぞれ理由は違えど一片の躊躇いも感じられない。

 一緒に居る意味。

 ここに居る意味

 それは間違いなくあの人の助けになるためで、何に戸惑い何を恐れようともそこに偽りはなく、揺らぐこともない。

「トラ、あんた強いの?」

「相当強いトラぞ」

 春乃さんの問いに対し、虎の人は腕を組んだまま自信たっぷりに頷いた。

 こちらもこの見た目だけあって畏れなどは一切無さそうだ。

「ていうかさ、そもそもあんたはなんで牢屋に入れられてたわけ?」

「ふっ、所詮オイラは人とも魔族とも相容れぬ存在ゆえに、な」

「いや、マスク取ればいいのでは……」

 なんて言っている場合ではないので、

「では虎の人も迎え撃つ方に賛成ということでいいですか?」

「このパーティーの戦闘能力を知らん以上なんとも言えないトラが、オイラ個人がそこいらの野良モンスターに負けることは無いトラ。もっとも、オイラはレディーマスターの意志に従うだけだトラがな」

「みのりはどう思う? 皆に合わせた意見じゃなくて率直に」

 まだ不安げな表情ではあったが、みのりの手にはいつの間にかグローブが装着されていた。

 それはつまり不安や怯えの中でも自らの意志を表明したということだ。

「わたしは……お化けが相手だったら怖くて戦えないけど、それでも早くセミリアさんと合流したい……と思います」

 遠慮がちな態度でいても、それはきっと精一杯の勇気なのだろうとはっきり理解出来る表情だった。

 素直に褒めてやれるほど男前ではないので黙って頭に手を置いてみると、みのりは不思議そうに僕を見上げる。敢えて言わずとも皆の言葉で意味は理解してくれることだろう。

「よく言ったわみのりん!」

「俺はみのりたんはやる女だと思ってたよ」

「心配しなくてもレディーマスターはオイラが守るトラ」

『俺と会ったばかりのころとは随分違うじゃねえか』

 春乃さん、高瀬さん、虎の人が順にみのりに褒め称えたせいか、みのりは次第に表情を緩め『えへへ』と照れたように笑った。

 何にせよ、これで方針は纏まった。あとは腹を括るだけだ。

「では危険を伴ってでも迎え撃つということで……」

「ちょっとちょっと、康平っち個人の意見はないの?」

「僕は皆が無茶しようとするのを止めるのが役目ですから。勿論僕個人も早くセミリアさんと合流すべきだと思ってはいましたけど。でも正直今までは……とにかく全員が無事で再会するという約束を守らなきゃと思う気持ちが強くて、でもそれはきっと使命感よりも僕個人やここにいる皆が危ない目に遭うのを怖がっていた部分の方が大きくて、だけど春乃さんや高瀬さんの言う様にこの先セミリアさんに何かあった時に危ないから逃げるという選択をしてしまうのなら仲間である資格がないと思う気持ちもあって、でも僕は武器も持っていないですしバケモノ相手に戦うことも出来ないわけで、にも関わらず皆に戦ってこいなんて無責任なことは言えないじゃないか。って思ってたんですけど、みのりの勇気というか、覚悟を見てたら一人だけうじうじしてるのが情けなくなっちゃったというか……勝手に考え込んでネガティブになってたのかなあなんて」

 初めて吐き出した心の内に、自然と照れ隠しの苦笑いが浮かんだ。

 少しの沈黙がその場を包み、少しばかり恥ずかしさが芽生え始めた時。ゆっくりと近づいてきた高瀬さんが僕の肩に手を置いた。

「それだけ仲間のことを考えているんだ、十分資格はあるぞ康平たん」

 高瀬さんはどこか満足げに、うんうんと頷いている。

 すぐに反対側の肩にも重みを感じた。言うまでもなく春乃さんだ。

「そうそう。あたし達がなんにも考えてない分康平っちが色々考えてくれなきゃねっ。そのかわりあたし達が康平っちの分までバケモノ退治するからさ」

「そうだよ康ちゃん、皆で力を合わせればきっと大丈夫だよっ。わたしも頑張るから一緒に頑張ろ?」

「さすがはレディーマスターの信頼に足る男だトラな、ボーイズラブ」

 次いでみのりが僕の手を握り、トラの人が頭に手を置いた。

 何だか僕一人を皆で励ます会みたいになってて余計に恥ずかしいんですけど。

『話は纏まったみてえだな。いっちょ勇者の仲間らしいとこ見せてやれ』

 ジャックが言うと皆が一斉に手を離し、それぞれが自ら決めた覚悟や決意を改めて心に刻んでいく。

 皆の気合の籠った声や表情には、少なくとも躊躇いはない。

「では、やれるだけやってみますか」

「うんっ」

「おっけー!」

「よっしゃあああ!」

「トラ!」

 仲間と無事に再会するために。

 ある意味、僕達にとって初めての障害に立ち向かうべく。

 魔物の待ち受けるこの道の先へ。

 出会って始めて生まれた団結力を感じながら、僕達は再び足を進めた。


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