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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【第十二章】 生きた証をここに



 バジュラが施した転送魔法陣によって国土の中央付近まで移動した帝国騎士団の一群は王都に向かって突き進んだ。

 エリオット・クリストフを先頭に砦に残った全ての団員、延べ二百人が隊列を組んで大地を駆けていく。

 腰には剣を、手に盾を、そして背には黒い十字架の描かれた白い幟を、それぞれ携えた馬上の戦士達の感情の高ぶりは決戦を控え、道中で大河を架ける橋に設置されている関所を突破し十数名の番兵を切り伏せたことも相俟って最高潮に達していた。

 やがて目的の地点である山に挟まれた寂れた窪地まで辿り着くと、予め各主要都市から呼び戻していた団員達の姿が見える。

 すぐに合流し総員が馬から下りる中、クリストフは辺りを見回しながら駆け寄って来るなり口々に再会の挨拶を述べる先着の団員達へと声を掛けた。

「よくぞ無事に任を果たしてくれたな、お前達のおかげでここまでくることが出来た。王都さえ陥落させてせしまえば勝利は見えたも同然だ」

 顔の前に拳を作り決意じみた表情を浮かべるクリストフへと次々に力強い応答が返される。

 誰もが過去に例を見ない、最終決戦と言って相違ない最大の戦いを前に血湧き肉躍る程の興奮を抑え込むことが出来ずにいた。

 クリストフは共に砦を出た者を含む全ての団員を見渡すと、そこであることに気が付き体の向きを変える。

「ルイーザはどうした」

「アリフレート副隊長、ですか? ここでは会っていませんが、一緒にグリーナを出られていないので?」

 問い掛けに対し、若い団員は怪訝そうに顔を顰める。

 主要都市からこの地を目指した戦士達は一人としてそれ以外の何者かの姿を見てはいなかった。

「先に来ていると聞いたのだが……そのまま王都の付近で待機しているのか、或いは何かあったか」

 アリフレートは少し前にユリウスと共にレイヴァースを連れ戻すために王都へ向かっている。

 合流地点であるこの場所に戻ることになるならば一度砦に戻る意味合いは確かに薄い。

 とはいえ、姿を現わしておらず、かつ何の知らせもないとなれば状況が大きく変わることは間違いなかった。

 アリフレートの持つ他者の居場所を察知出来る能力は都市に向かった敵の主戦力が援軍に来る場合にそれを把握するために重要な要素の一つなのだ。

 それが使えないとなると不意打ちに備えることが出来ない上に状況不利を悟った際に撤退の時機を失する可能性が大幅に高まってしまう。

 シルクレアの船が到着する日、港を襲撃し一人でも多く連合軍幹部の顔を覚えさせようと直接出向かせたのもそのための布石だった。

 それらの背景や純粋にその身を案じる思い、更には同時に頭に浮かんだもう一つの懸念材料がクリストフを困惑させる。

 事前の予定通り白十字軍(ホワイト・クロス)各部隊が城を離れ、自分達がグリーナを出発するという知らせを届けたにも関わらず、同じくここで落ち合い共に王都を攻める手筈になっているはずの魔王軍の姿がただの一つもない。

 二つの予定外が重なっていることがどうにも不穏な先行きを連想させた。

「魔王軍は一体何をしている……」

「奴ら、裏切ったのでしょうか」

 顎に手を当て呟いたクリストフを見て、傍に居た若い団員がそんなことを言った。

 元より一致団結の協力関係と言える要素など微塵もないのだ。

 双方共にいつ見限るかを図るばかりの関係であることなど誰しもが理解していた。

「どうやら、そのようだな。奴らの標的は地上全て。この国以外をどうしようと知ったことではないが、敵の連合を潰すことはそのために必要不可欠なはず。だからこそこの戦争が終わるまでは下手な行動には出るまいと踏んでいたが……」

「例の魔獣神が手に入れば同盟など必要ない、ということですか」

「断定出来る段階ではないが、その可能性も大いにあるだろう。いずれにせよカルマに問い質す必要がありそうだ。我らを虚仮にする様な返答をすれば奴らも敵となるということ、その時は然るべき対価を払わせてやらねばなるまい」

「当然です。利用価値が無くなり、こちらから見限ってやるまでが予定調和だったというのにふざけた真似を」

 若い団員の顔は憎々しげに歪む。

 そんな遣り取りを黙って聞いていた他の団員達にあって、経験の長い顎髭を蓄えた中年の男が横から割って入った。

「団長、仮にそうだとして王都の襲撃はどうなさるのです」

 そんな疑問に対し、クリストフは僅かに黙考したのち舌打ちを一つ挟み日頃そう見せることのない感情を露わにした忌々しく思う心の内を表した面持ちで呟く様に言葉を返す。

「さすがにこの人数では無謀、か」

「では……時を改める、と」

「それが賢明なのだろうが、都市を奪い返されてしまった後では千載一遇の好機を逃すことになる。魔王軍が協定を破棄したならば、恐らく奴らが引き受けた都市も素通りされていることだろう。そうなると今後この日以上の機会を迎えることは容易ではない」

「そのことなのですが、私も含め都市から合流した同志の情報では魔王軍の者共は予定通り都市に現れ敵と一戦交えていたとのことで……」

「どういうつもりだ……奴らにも何かあったと、そういう可能性があるというのか」

「この国に大国の戦力を集めさせたことも魔王軍側の条件なのでしょう。我々は知らされていなかったとはいえ、現に魔獣神の復活後にも港付近で敵軍を奇襲しています。この国、この戦争から手を引くつもりがあるとは思えませんが」

「いずれにせよここで憶測を並べても解決する問題でもあるまい。少なくともフレデリックとラミアスの合流を待つべき状況であることは……」

 クリストフが結論を出しかけたその時、辺りに馬の足音が響いた。

 全ての団員が視線をそちらに向けると、目に入ったのは王都の付近へと偵察に出ていた団員の姿だ。

 男は真っ直ぐに傍まで駆けてくると、慌ただしく馬から飛び降りクリストフに敬礼をしながら報告を口にする。

「クリストフ団長、王都で敵の大軍が我らを迎え撃つ準備を開始しております。正門には千人近い兵が現れ、ラブロック・クロンヴァールの姿も」

「ご苦労だったな。流石に対応が早いことだ。こうなっては正面からぶつかるのは得策ではあるまい。だが、おめおめと引き戻してはこの先の戦況に陰りが差すことは間違いない。お前達はフレデリックとラミアスの合流を待ち、時間が掛かるようであればグリーナへ戻れ。王都には……俺が出る」

 そう言ったクリストフの表情には決意が滲み出ていた。

 長きに渡ってサントゥアリオという大国を手中に収めるべく戦い、準備をし続けてきたのだ。

 ここで予定を変更して撤退するということ。それはすなわち最終決戦を後回しにしようという意味に他ならない。

 敵戦力が分散し、人質を有し、魔王軍という援軍を得ている。

 それら全ての要素が揃う日を再び迎えることが出来るかと考えた時、どうしても現実的に可能であるとは到底言えない。

 過去、歴史、未来、野望、そして命。

 敗れた時には全てを失う覚悟で挑んだ革命であり民族解放戦線。それがクリストフにとっての戦争の意味なのだ。


『あなたは我らに光りをもたらす御方であり唯一の希望です。一族全てがあなたに付いていきましょう。この命をあなたに預けます。必ずや共に栄光を手に入れられる日が来ると信じています』


 そう言って、戦うことが出来ない者を含めた全ての同志がそれらをクリストフに託した。

 グリーナで暮らす同族の中には当然ながら女子供や老人も存在している。

 その者達すらもがただ生きているだけの存在であることからの脱却を望み、騎士団と生死を共にするといつだって無事の帰還と勝利の報告を待っているのだ。

 予定が狂ったから出直そうという選択など出来るはずがなかった。

 王都陥落が叶わないものとなるとしても、命を賭して持てる力の限りを尽くせば敵勢に甚大な損害を与え、主戦力達を道連れにすることぐらいは出来るはず。

 クリストフが出した方針はそんな決意によるものであったが、すぐに団員達がそれを諫めた。

 口々に考えを改める様に進言し、やがてそれは共に行くという意志表示へと変わっていく。

「長きに渡って機を待ち、ようやくこの時を迎えたのです。例え負け戦になろうとも、ここで引き下がるぐらいならば戦って死ぬが本望」

「その通りです。我らが生きた証は憎きピオネロの肉体に直接刻んでやりましょう。あなたに付いていくと決めた日からこの命を惜しいと思ったことなどありません。先人や同志達の苦しみを少しでも思い知らせてやることが出来るのならば、一人でも多く奴らを道連れに出来るのならば、死に場所としては十分です」

「そうだ! 俺達にとっちゃあんたこそが最強なんだ! あんたが生きている限り俺達ゃ負けやしねえ。人数で劣っているなら俺達がいくらでも盾になってやらぁ! だからあんたは一人でも多くの敵を討つことだけ考えてくれりゃいい」

 絶え間なく続くそんな言葉の数々にクリストフは片手を挙げて一度それを遮り、大きく息を吐いた。

 そして、目を閉じて黙考したのち決意新たに今一度方針を口にする。

「お前達の意志は分かった。だが、俺のために犠牲になろうとするようなことはしてくれるな。お前達にも家族が居るだろう、生きてさえいれば何かを求め戦い続けることは出来る。王都を落とせずとも俺達の生き様を示す戦いだと理解していてくれ。どうにもならぬと判断すれば撤退の指示を出す、何があっても背くことは許さん。数的不利につけ込まれぬよう散り散りにならず、常に半数以上で固まっていろ」

「「御意!」」

「今更魔王軍など当てにはしない、二人が合流するまで持ち堪えることを第一に考えろ。憎しみを呼び起こせ、怒りを燃やせ、そして仇敵を滅ぼせ……帰りを待つ者達の顔を決して忘れるな。自由と栄光を求める意志がある限り我らが気高き魂は折れはしない!」

「「応っ!!」」

「よし。それでは行くとしよう、ようやく迎えた国落としの嚆矢だ」

 三度(みたび)総勢二百名を超える戦士達の大きな声が重なると、それが合図であったかのようにクリストフが馬に跨り、他の団員達もそれに続く。

 多くの時を経て、佳境を迎えた戦いの終結を目指す初めての正面衝突に挑むべく帝国騎士団は王都への進行を再開した。


          ○


 サントゥアリオ本城に敵軍来襲の知らせが届いてから半刻を迎えようとしていた。

 白十字軍(ホワイト・クロス)は既に都市を囲む城壁の外で敵を迎え撃つ準備を完了させている。

 大将ラブロック・クロンヴァールを先頭に王都バルトゥールの巨大な正門を覆い隠す様にずらりと並んだ兵士の数は千にも及ぶ。

 その迅速かつ無駄のない対応と準備の速さは本来この国を守る立場にある王国護衛団(レイノ・グアルディア)のものとは比べものにならないレベルに達していた。

 全てはシルクレア兵の練度の高さと指揮するクロンヴァール王の統率力の賜であり、それに釣られる様に他国の兵士達までもが日頃とは違った動きを見せた結果だと言えた。

 五十の大砲がずらりと横一列に並び、その後ろには騎兵と盾兵が控え、更に後方には中距離攻撃が可能な弓兵と魔法使い達が控えている。

 大軍から少し離れた位置に立つクロンヴァールの横にはハイクが立っており、共に無言のまま地平線を見つめていた。

 方や腕を組み赤い髪を風に靡かせながら、方や大きなブーメランを手に鋭い目付きで敵が現れるのを待つ時間と空間はヒリヒリとした緊張感に包まれている。

 シルクレア王国上層部では唯一と言っても過言ではない戦闘意欲の高い二人だ。

 直近の苦い戦いの記憶や傷付き倒れた部下の顔が頭を過ぎることで少しでも早くその瞬間を迎え、戦場に身を置く時を待ち侘びる気持ちが増していく。

 いつでも来い。

 返り討ちにしてくれる。

 二人に共通するそんな気概は王として、王の側近として、それぞれが互いの存在によってより度合いを強めていた。

 王都周辺の風景が仰々しくも戦闘態勢を維持した軍隊に埋め尽くされたまましばしの時が流れる。

 その静かな空間に変化をもたらしたのは、前方に見えた二人の偵察兵だった。

 クロンヴァールやハイク、キアラにセミリア、サミュエル、アネットといった将達と魔法使いのワンダー、そして非戦闘員の康平に大臣とエレッドのみを例外として統一されている鎧を身に着けた二人のサントゥアリオ兵はクロンヴァールの前で足を止めると、迅速に次なる指示に対処するために馬から降りることなく報告を口にする。

「大将殿、この先にある丘に待機していた帝国騎士団がこちらに向かって進軍を再開している模様です。どういった目的があっての一時停止かは判明しておりませんが、異常なまでに気炎万丈な様が窺えるとの報告。半刻もせずにこちらに姿を現わす見通しであります」

「ご苦労。すぐに本城に鳥を飛ばしてそれを伝え、裏門に居る部隊にも同じ報告をしに向かえ。必ずしも正面突破が狙いとは限らぬことを常に頭に入れておけ、と付け加えた上でだ」

 二人の兵士は了解の返答と共に裏門へと回り込むべくその場を離れていく。

 クロンヴァールはそれを視線で追うことなく正面を向いたまま片手を挙げ、すぐに開げた手の示指と中指を残して全ての指を閉じた。

 後方に控える部隊への戦闘準備を指示するハンドサインである。

 その手が下ろされると、隣に立つハイクが懐から取り出した煙草を咥えマッチ棒で火を点けながら同じく正面を向いた状態で呟いた。

「さて姉御よ、見たまま聞いたままの解釈でいいもんかね」

 クロンヴァールは大きな息と共に煙を吐き出すハイクを横目に見て、その落ち着き払った様子に呆れた様な笑みを浮かべる。

 頼もしいのやら危機感が無いのやらと呆れる気持ち。

 そして、人のことは言えないかと自らの心理状態に呆れる気持ちが重なったことで自然と表情が緩んでいた。

 そんな心の内を悟られまいとすぐに視線を戻すと、再び凜とした表情を作り直し、その問いに答える。

「たかだか二百人で国一つ落とせるつもりでいるならば楽な相手なのだろうが、そういうわけにもいくまい」

「だが、ここまでのやり方と違うってのは間違いねえ。手中にある都市やら町やらを利用するなり焼き尽くすなりしてりゃ形勢優位でいられただろうに、ここに来て正面から攻めてくるとは何を考えてやがるのやら」

「そこに行き着く過程は魔王軍の援護あってこそのものだ。お前の言う方法を取ることが出来ない理由があるとすれば、魔獣神の復活だけが奴らの関係の全てではないといったところか」

「その魔獣神も三体の内すでに二体は消えてんだ。それが魔王軍にとってどういう意味を持つかによるが……残る一体に関しちゃ姿形も不明とくりゃ的外れな憶測をいくら働かせたところで仕方がねえ」

「いずれにせよ安全策を放棄して攻勢に転じようというのだ。それ相応の勝算があってのことだろう。少なくとも魔王軍が荷担してくることは間違いないと見るがな」

「そうなりゃむしろこっちが絶望的な状況に陥るんだろうが、都市での戦いに戦力を裂いているのはお互い様ってか。何が幸いするやら分からんもんだ」

「それも各都市で戦いがあれば、の話でしかない。それ自体が誘導であれば、いよいよこの国も終わりか?」

「この国どころか全世界がっつー事態になりかねない話だろうに、えらく余裕なもんだな。さすがにこの戦力で魔王軍まで纏めて相手するのは無茶だぜ?」

「恐れは何も生まん。それが私の主義だ」

「そりゃ聞き飽きる程に聞いてきたことだが……」

「そう呆れてくれるな。どうやら、その線はなさそうだということが分かったというだけだ」

「ああ?」

「たった今ワンダーからの連絡が入った。ロスの前に魔王軍四天王の獣が、クリスの所には騎士団の幹部が現れ交戦中とのことだ。頭の切れる奴がいれば王都を落とせたかもしれぬというのに、愚か者同士では一時の結託もままならんらしいな」

「分からねえな。その可能性があると分かっていながらなぜこの割り振りにする」

「両方を取れる状況ではない。裏目を引いた時、『王都は守ったが七つの都市で民が皆殺しにされました』ではどのみちこの国に未来はあるまい。こっちは私とお前が勝てば済む話だ」

「簡単に言ってくれるぜ。姉御に何かありゃユメ公どころかセラムの大将にぶっ殺されるってのによ。それに、旦那の方にも心配の種がある」

「それを踏まえての配置ではあるが、そればかりはアルバートの立ち回りに期待する他あるまい。お前ではあのノーマンという男を御しきれないだろう」

 ハイクは名前を出す前にノーマンのことを指しているのだと察しているクロンヴァールに少し面食らったが、言わずとも伝っているならばとそのまま話を続けた。

 一度目の都市奪還作戦後のクロンヴァールとの悶着も含め、どうにもジェルタール王やキアラ総隊長といった本来立場が上の者に対しても自己主張が過ぎるように感じ始めていた。

「内通者の件以来随分とご機嫌斜めの様子だったからな。どうにも感情的になって暴走する嫌いがあるらしい。そうなりゃ歳の離れた俺の言うことを聞き入れるような野郎じゃねえよ。ブン殴って黙らせた方が手っ取り早い男だぜありゃ」

「憎しみに駆られるはあちらだけではない、ということだ。奴の帝国騎士団に対する執着は相当のものだと少し前に雷鳴一閃(ボルテガ)が言っていたよ。そのせいで指示を無視したり命令に反することがしばしばともな」

「ただ使えないだけの輩よりも余程部下には要らねえタイプだな。もっとも、その雷鳴一閃が上官として優れた存在かと問われれば少なくとも俺にはそうは見えないがね」

 ハイクは短くなった煙草を地面に落とし、ぐしゃりと踏みつける。

 人の上に立つ者としての器という意味で言えば、ジェルタール王にも同じ表現が当て嵌まる。そう言い掛けた言葉を飲み込んでいた。

 クロンヴァールが同じ風に考えていることは知っているが、敢えて本人の口からそれを肯定させるのはいかに遠慮の無い間柄でも躊躇われた。 

「それも争いが生んだ弊害の一つなのだろう。環境や巡り合わせ、運に人材、才能や能力、全てに恵まれる者などそうはおらん。その点お前達が傍に居る分だけ私は運が良い方なのだろうな」

「そういうもんかね。人の上に立つなんざ縁のない俺にしてみりゃ何だって構わねえが、んなこと言ってる間に……」

「ああ、少なくともお喋りの時間は終わりのようだ」

 そこで二人の会話は途切れ、揃って視線の先遙か前方へと睨み付ける様な目を向ける。

 微かに聞こえる地鳴りが敵軍の襲来を告げていた。

 徐々に大きくなっていく無数の馬の足音はやがて大地を振動させ、一帯に砂埃を舞わせながら白十字軍の前に正体を晒し始める。

 すぐに姿を現わしたのは紛れもなく、帝国騎士団の一団だった。

 その証である黒い鎧を纏った軍勢が横隊を組み、瞬く間に地平線を埋めていく。

 既に攻撃体勢を取っている白十字軍はクロンヴァールの一挙手一投足に神経を注ぎ、攻撃開始の合図を待っていた。

 全ての視線が集まる先ではクロンヴァールは腰から剣を抜き、ハイクは巨大ブーメランを肩に担ぐことで敵の動きに合わせる準備を済ませている。

 先に仕掛けるのはどちらとなるのか。

 誰もが身構え、五倍の兵力を前にして強行突破などさせるものかと敵意を剥き出しにしてその時を迎えようとしていた。

 しかし、同じく全ての者が武器を手に怒声を上げながら迫る帝国騎士団が突如として一斉に足を止める。

 まさにクロンヴァールが一斉砲撃の合図を出そうとする瞬間のことだった。

 声が届く程の距離まで詰めながらも、大砲の射程圏内には入らぬ計算された位置で立ち止まった騎士団の面々はずらりと広範囲に渡る隊列を維持したまま殺気に満ちた目で正門を覆い隠す白十字軍を睨み付ける。

 そんな中、一団を率いて先頭を駆けていた男が一人列を離れ、同じく部隊の前方やや離れた位置に立つクロンヴァールとハイクへと近付いていった。

 今や黄金の鎧が代名詞となりつつある、この国では誰よりも恐れられ狂人と呼ばれているその青年こそが帝国騎士団団長エリオット・クリストフである。

「お前が噂のエリオット・クリストフか。大層な鎧だな、コソコソするのはもう終わりか?」

 二人との距離が数メートルまで縮まるとクリストフはそこでようやく動きを止めた。

 そのまま攻撃を加えることも可能であろう位置に居ながらも武器を手に馬上から自分達を見下ろすその姿を見て、クロンヴァールは挑発的な笑みを向ける。

 単独で先行した目的は宣戦布告と意志表示であったが、クリストフは真の狙いを悟られるまいと同じく挑戦的な態度で言葉を返した。

「そういうお前はかの名高き姫騎士だな。安い挑発も結構だが、少々危機感に欠けるのではないか大国の王よ。我々がここまでに多くの時間を掛けたのは相応の準備のため。ならば今俺がここに居ることが何を意味するか、それが分からぬほど愚鈍ではあるまい」

「大層な口振りじゃないか。その多くの時間でありもしない幻想を得る代わりに貴様達は人であることを放棄したのだ。魔族と手を組んでまでこの国が欲しいか。人外に身を落としてまで栄冠を夢見ていたいか。それがどれ程に愚かしい行為かも理解出来ぬならば、愚鈍は貴様の方だと思うが?」

「勝利の先にしか得られる物などありはしない。それこそが我らの生きた証となるのだ、今更手段など問わぬ。ただそれだけのことだ!」

「フン、誇りを捨てて得られもしない物に執着し血を流すことしか出来ない輩が一丁前を抜かすな」

「それを強いたのはこの国の歴史。一度として戦士としての栄誉ある死など欲したことはない。生への執念と過去の清算、それが我らが戦う理由だ。奪われた全てを国一つで済ませてやろうというのだ、安いものだろう」

「自惚れるなよ反逆者気取りめが。人と大地、そして繁栄の意志が揃って初めて国は成り立つのだ。過去に目を向けるばかりの者が背負うには少々荷が重いわ」

「何とでも言うがいい。誇りはこの戦場で、俺個人の戦いで誇示すればいい。俺達の戦い、その勝利のためならばそんなものはいくらでも捨て去ってくれる」

「捨て去った挙げ句が内通者の仕込みか? 覚悟だ復讐だと言葉で飾っているだけの粗末な誇りなことだな」

「ほう。部隊が都市に向かう時間の知らせが届かないと思えば、下手を打っていたか。それとも、奴自身が罪悪感に耐えきれなくなったか?」

「あれだけあからさまな先回りを繰り返されれば馬鹿でも気付く。奴の心情など知ったことではないが、よく敵であるはずのあの男を引き入れたものだな」

「はっはっは、冗談にしては不出来だな異国の王。我々がガナドルなどを引き入れるわけがないだろう。俺はただ取引きを持ちかけてやっただけに過ぎぬ」

「取引き、だと?」

「そう、ただそれだけのこと。家族の命は惜しくはないか、とな。もっとも、その家族の命などとうにこの世から消えて無くなっているわけだが」

「外道め……反吐が出るわ」

「この国の者共にとっては俺達など畜生にも劣る存在。外道も畜生も大差ないだろう。望む姿を体現してやったのだ、今更道徳を求められる筋合いもない」

「ふっ……どうやら、これ以上の対話に意味はないようだ。強いられるままに人であることを捨てたならば同情の余地などない。お前達の行く先にあるのは魔王軍と共に滅ぶ未来のみ。安寧を犯す暴徒はこの私が排除する、それが平和の礎となるのだ!」

 クロンヴァールは剣の先をクリストフへと向け、見開かれた目でギロリと睨め付けた。

 ほとんど同時に、その横ではハイクが武器であるブーメランを構えている。

 対してクリストフはそれに備える様子はない。

「国という物の重みも、世界の広さも知らぬお前に私が身の程を教えてやろう。サシで勝負をしてやる。だが、後ろの連中に対してまでそんなものを期待するなよ。二百の軍勢で千の軍隊に敵うわけもない。裏門にも同等を配置している。貴様等の革命ごっこはここで終わるのだ」

「その通り、じきこの争いは終わりを迎える。この国が三度(みたび)名を変えることでだ。数で劣るならば俺が一騎当千の武を示せばよいだけのこと……その首を落とし、王都を火の海に変えてくれる!」

 クリストフは一転して感情的に声を荒げると、馬から飛び降り右手に持つノコギリ刀を高々と掲げその先を天へと向ける。

 その動作が意味するのは事前に決めていた後ろに控える仲間への戦闘開始の合図だ。

「数が正義か、はたまた力こそが正義なのか……繰り返された戦いは常に結果よってのみ答えを導き出してきた。我らが血族も、この国の民も、思い描く先は違おうともどの時代にも互いを排除しようとすることで生きる場所と方法、権利を維持してきた。ならばこそ俺達は勝利という結果をもって今一度それをあるべき姿へと変えるのだ!」

 クリストフはもう一度吠え猛る様な怒鳴り声を上げ、真上に向けてた刀をクロンヴァールとハイクへ向ける。

 次の瞬間に繰り出された攻撃は一瞬にして王都を囲む広大な大地を戦場へと変えていった。

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