【第十章その②】 都市奪還七番勝負・再 再戦
広大な荒野の中心に聳える城壁に囲まれた町レンバー。
そのどこまでも広っているかの様な大きな外壁を眺めながら、サミュエル・セリムスは小さく息を吐いた。
ふぅ、と。
逸る気持ちを押さえ付ける意味を込めて、疼く体に言い聞かせる様に。
周囲に他の人影はない。
部隊長として牽引した白十字軍第四分隊は遙か遠方で待機させている。
そこに戦略的な意味や味方であるはずの兵士達の身を案ずる意図は僅かにも存在していない。
心の内にあるのは一つ。
自身にとっての因縁の相手、魔王軍四天王【蟲姫シオン】との一騎打ち、ただそれだけだった。
そのために部隊長に名乗り出た。
そのために前回と同じこの都市の担当を買って出た。
待ちに待った再戦の時。誰にも邪魔をさせるものか。
そんな強い意志によって前回と同じく部隊の同行を禁じていた。
その両手には既に愛用のククリ刀が握られている。
サミュエルは前回の敗戦以降、この日のことばかりを考えて過ごしてきた。
負けたままで終われるか、と。
抗争や都市のことはおろか助けを求める民や同じ陣営である連合軍のことにすら我関せずを貫き、シオンの首を切り落とすことだけを考えてきたのだ。
出発前に一戦交えたばかりということもあり、どれだけ冷静を装おうとしても感情が高揚するのを完全に抑えることは出来なかった。
よし。と、誰にともなく呟くと、サミュエルは目の前にある魔法陣の中へと足を踏み入れる。
すぐに結界が反応し、転送魔法の発動による光りの塊が浮かび上がった。
そこから姿を現わしたのは間違いなくサミュエルにとって因縁の相手である魔族の女だった。
夢にまで見たその瞬間を前に自然と嗜虐的な笑みが浮かぶ。
サミュエルは右手の刀をシオンに向け、挑発混じりの言葉を投げ掛けた。
「ようやく会えたわね。今日こそはアンタの首を刎ねてやるわ。前回の勝負で勝った気になってるなら……」
「誰ですか貴女は。どなたかは存じ上げませんが、わたくしは人間などに構っている場合ではございません。町でも国でも好きになさいませ」
早口でサミュエルの言葉を遮ると、シオンはそのままバシュっという音だけを残して姿を消してしまった。
広い荒野に一人残されたサミュエルは何が起きたのか理解出来ずに一瞬言葉を失ったのち、現実に頭が追い付くと同時に憤慨する。
「ちょ、ちょっと! 何逃げてんのよ! 馬鹿じゃないのアンタ!!」
会話すらまともに出来ずに逃げられてしまったこともさることながら、その口振りからシオンが自分を覚えていないらしいことを理解してしまっては冷静でいられるはずもない。
もう一度呼び出そうと考え、結界を跨いで出たり入ったりを何度となく繰り返してみるが人知れずアークヴェール宮殿に戻るなり転送魔法の術式を破棄しているシオンが再び現れることはなかった。
「クソ虫女! ヘタレ魔族! 出てこい!」
それでも、サミュエルは思い付く限りの罵詈雑言を吐き出し続けた。
怒鳴り疲れ、息が切れたところでようやく諦めるという結論に至るが当然のこと苛立ちが収まることはない。
サミュエルは多大な葛藤を経て、沸き立つ殺意のぶつけどころを失ったまま部隊の元へと戻ると吐き捨てる様に都市への突入指示を出した。
そして。
「ゆ、勇者様は来られないので?」
恐る恐るそう言った副将のレザンを理不尽にも蹴り飛ばし、一人都市には向かわずその場に居残ることを決めた。
元より都市になど何の興味も無いのだ。
いっそのこと一人で先に城に戻ってやろうかとも考えたが、土地勘の無い異国の地を案内無しで渡りきることが出来るはずもなく。
それに気付いた時には全ての兵士が都市に向かった後だったこともあり、都市奪還の報告をするために数人の兵士が戻ってくるまでの二刻弱の時間を余計に苛立ちを増長させ続けながら一人待ち続けたのだった。