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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【第七章】 迦陵頻伽



 セミリアさんが現れたのは僕が城門に着いてから間もなくしてのことだった。

 片手で綱を引き、後ろをトコトコと馬が付いてきている。

「待たせてすまない」

「いえいえ、そんなに待ってないですし、お忙しい中なので全然気にしないでください」

 再会の挨拶を交わすと、そのまま城門を潜って町へと出ることに。

 城から町の外に出るための正門へと続く大通りは多くの人で賑わっていた。

 基本的に種類を問わずこの町にあるお店のほとんどがこの大通りに集中していて、右にも左にも様々な店がずらりと並んでいる。

 例えば野菜、肉、魚などの食材を市場の様に木製の台に並べて売っている店が固まっていたり、食事をする店やお酒を飲む店もたくさんある。

 武器や盾を売っている店もちらほらと見えるし、寝泊まりするための宿屋や日用品だったり雑貨だったりを売っている店もいくつもある。

 珍しいものでいえば『占いの館』とか書かれた立て看板を置いているテントがあったり、手紙を送る為の『伝鳥屋』とかいうのも目に入った。

 かと思えば貴金属を売っている店だったり教会だったりが同じ様に並んでいるという、なんともバラエティーに富んだラインナップという感じである。

 どこもかしこもそれなりに活気に満ちており、店頭に立つ人達、行き交う町の人々の姿からは今この国が置かれている状況が反映されている様子は感じられない。

 昨夜行ったスラスも然り、占拠されている主要都市も然り、帝国騎士団や魔王軍による被害が国民にも大きく広がっていることを知らないとも思えないのだけど、王都であることが民にとっても安住の地であるという認識を強くさせているのだろうか。

 兵力が集中しているということもそうだし、町や城を守る高く強固な城壁もその要因としては大きいのかもしれない。

 といっても、占拠されている町も城郭都市という点においては変わらないんだけど……。

 そんな具合に色々と考えることもあったり、初めて来たわけでもないのにやっぱり物珍しく感じたりしながら大通りをセミリアさんと二人プラス馬一頭で歩いていく。

 要人や貴族を運ぶ馬車を例外として、人通りがある昼間は緊急時でなければ町中を馬で走ることは出来ないらしい。

 まあ普通に危ないし、当然といえば当然のルールといったところか。

 銀髪が目立つからなのか、それを含めたセミリアさんという人間が有名だからか、道行く人々の視線がちらちらと向けられていることを感じながら正門まで辿り着いたところで馬に跨り、町の外へと出るに至る。

 自然の豊かな国。

 夜であれ昼であれ夕方であれ、一歩町を出ればそう呼ばれるにふさわしい光景がどこまでも広がっている。

 目の前に見える広大な草原はとても綺麗で、そんな中を馬で駆けていくというのはきっと事情が違えばさぞ気持ちの良い時間となるのだろう。

 いつか本当の意味で自然を堪能するための時間をこの国で迎えられたらいいなと、ふとそんなことを思った。

 後ろに乗っているだけでいい上に二人して無言のままの空気だったことが風景に目をやり、そうさせるのかもしれない。

「どこにいくんですか?」

 手綱を引くセミリアさんの背中に声を掛ける。

 あまり操縦の邪魔になってはいけないとこちらから話し掛けるのは少々気を遣う部分もあったのだが、昨日の帰り道にはっきりと「いや、特に何かに影響するということはないぞ?」と言われているので僕の気にしすぎだったことが判明していた。

「出発に遅れるわけにはいかぬし、そう遠出をするつもりはないが行き先は特に決めていない。この自然の中を駆けるだけでも気分転換にはなるだろう」

「そうですね、本当に綺麗な国です」

「士官殿と話し合って部隊の準備が済み次第外で合流するということになってな。お主を送り届けてくれる兵士も用意するように頼んでおいた。帰る時間は気にせずともよい」

「何から何までありがとうございます。昨晩、僕に付き合わせてしまってお疲れなのに」

「いつも言っていることだが、私に気を遣ってくれるなコウヘイ。私が必要な時は遠慮無く言ってくれ。私がコウヘイを必要としている様に、お主に必要にされることもまた、私の意志を強くさせる」

 助けてもらうことは多々あっても助ける側に回ることがほとんどないんですけどね。とは言わなかった。

 セミリアさんは僕がそう言うことを嫌うだろうし、受け取る側からすると遠慮や謙遜は卑屈さと大差ないのだということはいい加減学習した。

 だからこそ、こう返しておくとしよう。

「そう言われると照れてしまうんですけど、では一つお願いしてもいいですか?」

「何なりと言ってくれ」

「グランフェルトに帰って、もし僕が帰るまでに時間があれば馬の乗り方を教えてもらえませんか?」

 言うと、セミリアさんは僅かに振り返ったことで見える横顔を一度少し意外そうな表情に変え、やがて優しく微笑んだ。

「ああ、約束しよう。代わりに、私からも一つ頼みがある」

「何なりと」

「たまにはこうして二人で話をする時間も作って欲しいと思ってな。アネット様と仲良くするのもいいが、私もお主のパートナーだということを忘れてもらっては困るぞ。相棒、という言葉はアネット様のものなのだろうがな」

 そのストレートな物言いに一瞬言葉を失う。

 普段からあんな感じのジャックならばまだしも、セミリアさんにそんな風に言われては普通に照れるというか、返事に詰まった時点で相当格好悪いんだろうけど、どう答えれば格好悪いなりに格好が付くのかとか考えても全然分からなかった。

 その結果僕は「約束します」と、再び同じ言葉を返すというボキャブラリーの貧困さを露呈したものの、それでもセミリアさんは満足げに「ああ、約束だ」と言って前を向いた。

 なんだか少し情けなくなってというか、無言の間がいたたまれなくなった僕は別の話題を振ることに。

「そういえば、朝は助けてくれてありがとうございました」

「ん? ああ、あれか。礼を言われる程のことではないさ。あの場であれを黙って見過ごすはずもない」

「でも、僕は目でも追えなかったのにそれを横から止めるって……本当に凄いですね」

 あの速度で動けるだけでも驚きだというのに、剣で剣によるその速さの突きを防ぐというのだから達人とか神業とかといった次元を優に超えている。

「咄嗟に動いたならばそう言われても無理はないのかもしれぬが、クロンヴァール王が武器を抜いた時点で万が一の時の想定をしていたに過ぎないさ」

「それにしたって僕からすればどんな目と反射神経を持っていて、どれだけの技術があれば同じ様に出来るんだろうって感想しかないですよ」

「私にしてみればお主の一連の行動の方が余程驚くべきことだと思うがな。それに、動きの早さというのは私が強さで人に勝るために拘って磨いてきたものでもある」

 神速。

 そんな異名も持っているんだっけか。その片鱗は何度も見た経験がある。

「目の良さにも自信があるが、こればかりは血の影響なのだろうがな」

「……血?」

「ピオネロという民族は戦闘部族なのだ。往々にして他者よりも優れた身体能力を持って生まれる場合が多い。私は特出した腕力や特殊な力を持っていない分、瞬発力や目がそれに当たるのだろう。半分しかその血を受け継いでいない私にどこまで当て嵌まることなのかは分からないがな」

「なるほど……」

 この国の敵とされている人達の血を受け継いでいる。

 そのことを本人がどう思っているかは推して知るべしという他ないが、それだけが強さの秘密というわけではないだろう。

 並々ならぬ努力と決意、そして強い志がなければ勇者と呼ばれることも、そう呼ばれるだけのことを成し得ることなど出来るわけがない。

 僕はそう信じたいし、信じている。その心に宿る正義への執着を疑ったことなど出会った時以来ない。

 とはいえ少し嫌な話をさせてしまっただろうかと思った僕だったが、セミリアさんは特に嫌な顔をするでもなく、重い雰囲気になるでもなく至って普通だった。

 それからは他愛も無い話をしたり、この国のことを聞いたりといった会話をしながら草原を抜け、川沿いを進み、再び広い草原に出て小さな丘を登ったところで一度足を止める。

 見下ろす先にあるのはこの国を象徴するような大自然だ。

 正面にはどこまでも続いているのではないかと思うぐらいの広大な草原が。 

 向かって右側には大きな川が。

 左側にはまた随分と広く大きな森が。

 それぞれ美術の教科書に載っていそうなぐらいの美しい風景として悠々と広がっている。

 城下を離れてしばらく経つ。

 遠ざかっていく足はこの辺りで止めておくべき頃合いということなのだろう。

「綺麗な景色ですね」

 馬が足を止めて十秒程の沈黙を挟み、その背に声を掛けた。

 セミリアさんはまるでその景色をじっくりと味わうように、遠くに目を向けている。

「そうだな。これだけ広大な土地があって、多くの自然が広がっていて、なぜ同じ人と人が共存することが出来ないのだろうかと……ふと思った」

 後ろに座っている僕からは前を向いているセミリアさんの表情は見えない。

 ただ、その声音は確かな悲しみを帯びていた。

「この戦いが終われば……何かが変わるでしょうか」

「終わり方や終わらせ方にもよるだろうが、少なくともどちらかが滅んで終わりという結末を迎える可能性を少しでも減らすために私達はここにいる。そうだろう?」

「勿論です。だから、セミリアさんも絶対に無事で帰ってきてくださいね」

「コウヘイは本当に人の心配ばかりだな。異なる世界から来たお主にはそれだけで気苦労が絶えないだろうに」

 フッと、優しく微笑む吐息が聞こえる。

 セミリアさんから見た僕がそう映るのならば、それは僕が一緒に戦ったり出来ないからなのだろう。

 実際にみんなが命懸けで戦っている間、後ろに乗ってるか見守るばかり。唯一持っている身を守るための指輪もここ最近全く使っていない始末だ。

 もしもの時に自分を、或いは誰かを守るために使うつもりではいるものの、情報漏洩云々の話もあったり、ジャックが自分の能力を「極力は他言無用で頼む」と言っていたように特殊なことが出来るというのを不必要に他の人に知られたくはない、というのが本音である。

「まあ、皆さんが戦っている間は心配ぐらいしか出来ることがありませんからね。その心配を少しでも減らせるように頭を使うのが僕の仕事と言いますか」

「コウヘイが代わりに考えてくれるならば私が心配することは何もない。コウヘイが待っていてくれるならば私の帰る場所はそこ以外にはない。この先、何があっても共に乗り越え、共に国に帰る。必ずだ」

「はい、必ず」

 そこで再び静かな時間が訪れる。

 二人で景色を眺め、大自然をその身で感じるだけの本来の目的である気分転換には十分な穏やかな空間がどこか心を落ち着かせてくれた。

 空気もとても澄んでいて、普段僕が過ごす排気ガスに塗れたものとは全然違う。空気が美味しいだなんて生まれて初めて感じた。

「あの森の中にも、所謂集落みたいなものがあったりするんですか?」

 ふと、向かって右側にある森を眺めているうちにセミリアさんの幼少時の話を思い出した。

 グランフェルト王国でも城下の様に大きな町もあれば寂れた村もあるというのはこの目で見ている。

 格差という程のものではないのだろうけど、古き風習を大事にしている人達もいれば単に農業だったり漁業だったりが主となる土地柄、職業柄といった理由もあるのだろう。

 ではこの国ではどうなのだろうかと、特に深い意味もなく疑問に思った。

 自然が多いこともそうだし、そもそも何とか民族といった呼び方をしていることもあってグランフェルト王国よりもそういう場所が多いのかなと気になったのだ。

「さすがに森の中で暮らす民はそうそう居ないと思うが、私とて断定的なことを言えるほど詳しいというわけでもない。少し入ってみるか?」

 まあ、話ではこの国で過ごしていたのは十一歳までの間なのだ。

 その理由を考えても、出身地だからといってこの国のことを何から何まで把握しているわけもないというものか。

 ていうか……入るの?

「大丈夫なんですか? 安全面という意味で」

「私も中に入ったことはないが、王都からの距離を考えると何か危険があるということはあるまい。そうであれば放置してはおかぬだろうからな」

「なるほど……」

 といっても、僕はただの興味本位で聞いただけなんだけど……セミリアさん的には僕が森を珍しがっているとでも受け取ったのだろうか。

 いやいや、グランフェルトでも何度も森の中に足を運んでいるし、それはないか。

 そういうつもりで言ったんじゃない。なんて言うのも変に空気を壊す感じだし、静かな森の中に入ればより心が落ち着く効果もあるだろう。

 そんなわけで僕はその申し出に乗っかることにした。

「では少しだけ行ってみましょうか」

「うむ」

 短く答え、セミリアさんは再び馬を操縦し、緩やかな傾斜を降りていく。

 そのまま少し走って森へと近付いていくと、ややスピードを落としてその中へと進んでいった。

「おお……」

 なんて声が思わず漏れる。

 一言で言えば、とても綺麗な森だった。

 辺り一面が木々に囲まれているが、ノスルクさんの小屋がある森ほどは薄暗い感じはなく、ところどころに日の光が入ってきている。

 いくつもの光りの筋が辺りを照らし、どこか神秘的な光景にさえ映った。敢えて例えるならばもの○け姫とかの1シーンにありそうな感じ。

 そんな具合で「へえ~」とか「ほお~」とか二人で言いながら森の中をパカパカと進んでいると、不意にセミリアさんが馬の足を止めた。

「どうかしました?」

「どこかから……声が聞こえないか?」

「声?」

 言われて耳を澄ましてみるが、声なんて全く聞こえない。

 幽霊的な何かじゃなかろうなと若干不安になってくる中、セミリアさんはキョロキョロと出所を探るように視線を彷徨わせる。

「恐らく、あっちの方向だな。少し気になるし、行ってみるとするか」

 指差すは森の奥。

 僕には聞こえもしない声がどこからするかが分かってしまうとは、身体能力や目だけじゃなく耳も良いんだな……。

 思いつつ、耳に神経を集中しながらそのまま進んでいくこと一分少々。

 ようやくのこと僕にもその声を把握することが出来た。

 それは女性の声で、それも歌声だった。

 賛美歌? だか聖歌とかいうのだったか、詳しい知識はないがとにかく、そんな感じの歌が森の中に微かに響いている。

 周囲に人影は見えないが、そんな距離からでも分かるとても綺麗な声だ。

「人がいるみたいですね」

「人……だといいのだが」

「というと?」

「この国の森にはエルフが住み着いている場所がちらほらとあってな。そう人に危害を加える様なこともないが、だからといって魔族に違いはない。安心出来るかどうかはまた別問題なのだ」

「へぇ……」

 エルフって何だろう……。

 日本での知識とイメージでいえば妖精みたいなものだろうか。いや、でも魔族って言っちゃってるしなぁ。

「念のため、確認してみるとしよう。コウヘイも注意だけはしておいてくれ」

「あ、了解です」

 何かあればそれをジェルタール王やキアラさんに報告しなければならない。という考えにストレートに行き着くのは流石である。

 僕ならその可能性に思い至った時点でそそくさと撤収しているところだ。

 そのまま奥へと進んでいくと、その綺麗な歌声はよりはっきりと聞こえるようになっていく。

 やがて発見したのは一つの小さな建物だった。

「あれは……教会、か?」

「みたいですね。声もあの中から聞こえているみたいですし」

 教会。

 確かに外から見た情報から推察するにはそれ以外にはない。

 綺麗とは言えない、木造の古い建物だ。

 屋根の上には十字架が掲げられているところを見るに、そう考えるのが自然だろう。

 しかし、だからといってなるほど納得となるはずもなく、逆になぜこんな場所に教会が? という疑問へと繋がることで一層警戒度は増していく。

 セミリアさんは「中に入ってみよう」と、馬を降り自然に僕の手を取って降りる補助をしてくれると、馬を木に繋いだ。

 そして。

「コウヘイは私の後ろにいるようにしてくれ」

 そう言って、建物へと近付いていく。

 言われた通り僕はその後ろに付く形でそれに続くと、セミリアさんは二度軽くノックをして、それでいて返事を待たずに扉を開く。

 中に足を踏み入れると、そこには複数の人影があった。

 大人の女性が一人、そしてその女性の周りに小さな子供がたくさん居る。

 左右には長い椅子がいくつも並んでいて、明かりが少なく若干薄暗いものの、祭壇があったり、扉の位置から赤い絨毯が敷かれていたり、壁の上の方にはステンドグラスがあったりと、当初の推察通り誰が見ても教会だと分かる空間だといえた。

「ようこそ旅の御方。このような場所に来訪者が現れるとは珍しいこともあるものです。これも神のお導きでしょうか」

 全ての視線がこちらに向く中、唯一の大人である女性はこちらを見てにこりと微笑んだ。

 修道服を着ていて、金色の髪をした大人といっても三十にも満たないように見える若い女性だ。

「迷い込んだというわけではないのだが、ここから歌声が聞こえたので様子を見に来た次第だ」

「そうでしたか。まさか外にまで聞こえてしまっているとは思っていませんでしたが、子供達が聞きたがるものでつい。申し遅れましたね。私はシスター・マーシャ。お急ぎでなければゆっくりしていってくださいな」

 セミリアさんが言葉を返すと、女性は笑顔を崩さずにそんなことを言った。

 見た目、雰囲気から温厚にして優しそうな印象を受ける。

「とても綺麗な歌声でした。思わず聞き入るぐらいに」

 僕だけ黙っているのもどうかと思った結果、そんなことを言っていた。

 女性は顔に手を当てる。

「うふふ、そう言っていただけると嬉しい反面少し照れてしまいますわね。歌うことには少々自信がありますゆえ、ねだられるとどうにも断ることを知らないもので」

 そこで女性は何かを思い出した様にパンと手を叩く。

「これも何かのご縁です、一緒にお祈りをしませんか? その後にお茶でも振る舞いましょう」

「うむ、ではシスターのお言葉に甘えるとしよう。コウヘイも構わないか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 そそくさと帰ろうとするのも失礼にあたるのではないかと考えたのであろうセミリアさんの言葉に同じく頷いておく。

 とはいえ、無宗教な僕は何をお祈りすればいいんだろうか。

 そんなことを考えつつ、脇でポットを火に掛けたのち祭壇の前に跪くマーシャさんに倣って同じように膝を折り、手を組んだ。

 取り敢えずみんなが無事に帰ってきますようにと、そんなことを願いながら。

「お兄ちゃん、これ見てー」

 同じ様に祈りのポーズを取っていた子供達にあって、近くに居た小さな女の子が目を閉じる僕の肩を揺すった。

 目を開くと、五歳とか六歳とかといった年齢であろう女の子がお手製の物なのか、輪っか状になっている花飾りを僕の方へと差し出している。

「これ、君が作ったの?」

「作ったの! 可愛いでしょ?」

「うん、そうだね。上手に出来てる、凄い」

 言うと、女の子は「えへへ~」と嬉しそうに笑う。

 そんな姿を見て警戒心が薄れたのか、他の子供達も僕の周りにぞろぞろと集まってきた。

「おんぶー」

 とか言いながらしゃがむ僕の背中に飛び乗ってくる子がいたり、最初の子の様に自分で作ったのであろう木で出来た馬なのか何なのか四本足の何かを見せてくる男の子がいたりと、なんだか保育園状態だった。

 お祈りの時間どこ行ったの?

 と、若干呆れつつそれぞれ子供達の相手をどうにかこなしていると、お祈りの体勢を解いて立ち上がったマーシャさんが僕と、子供に慣れていないのか僕よりも苦戦しているセミリアさんに近寄ってくる。

 子供達に優しい目を向け、やがてその視線を僕達へと向けた。

「あなた達は、異国からいらっしゃったのですね」

 不思議そうとも、意外そうとも少し違う、どこか複雑そうな顔でそんなことを言う。

「そうですけど、なぜ分かるんですか?」

「この子達を見て……そのように優しく接してくれる人間はこの国では希有な存在ですから」

「へ? …………あ……目が」

 言われて気が付いた。

 子供達はみんな薄く緑がかった瞳をしている。

 それはすなわち、帝国騎士団の人達と同じ血筋であるということだ。言い換えれば、この国で普通に生きていくことが出来ない子供達。

「そのことをご存じなのですね。それでいて嫌悪感を露わにしないというのは、やはりこの国の者には中々難しいことなのですよ」

 マーシャさんが言うと、セミリアさんが立ち上がる。

 ようやく慣れ始めたのか、花飾りの女の子を抱いていた。

「遅れ馳せながら、こちらも名乗らせていただきましょう。私はセミリア・クルイード。グランフェルトでは勇者と呼ばれている」

「僕は樋口康平です。同じくグランフェルトから来ました」

 元帥です。と、無関係な人に名乗るのはどうかと敢えて伏せておいた。

 マーシャさんは少し驚いた様な顔をする。

「あなたが……あの有名な勇者様」

「有名かどうかは何とも言えぬが、私達はこの国に援軍を求められ一軍を率いてやってきた次第だ。言いたくはないが、今まさに戦争の渦中にいる……そのせいでこういった子供達が行き場を無くしてしまうのだから悲しい現実だ」

「争いを嘆き、他者を思い遣る心を持っているなら、きっとあなた方は優しい心の持ち主なのでしょう。とても、綺麗な髪をしていますね」

 僅かに目を伏せるセミリアさんに対し、マーシャさんはにこりと微笑みかけて、それから遠い目をした。

「これは私が誇れるものの一つだ。そう言ってもらえると嬉しい」

 マーシャさんはもう一度微笑んで、何かに思い至った様にパチンと手を叩いた。

「さあみんな、そろそろお昼寝の時間にしましょうか」

 その言葉に子供達が一斉に元気な返事で答えると、わらわらと祭壇の辺りに集まっていく。

 そしてマーシャさんがその中心で膝を曲げたかと思うと、床の一部を持ち上げた。

 パカッと開いた床の中には下に続く階段が見える。

 ノスルクさんの小屋にあるものと似た様な、隠し扉であり隠し階段であることが見た目から分かった。

 子供達は特に物珍しいと思う様子も見せず、次々と階段を下りていく。

 そうして全ての子供が居なくなると、マーシャさんはパタリと開いていた床を閉じた。 

 それを眺めながら、立ち上がったマーシャさんへと声を掛ける。

「凄い作りになっているんですね」

「あの子達がこの国の民に見つかってしまうと何をされるか分かりませんからね。隠れることが出来る場所を作ってあるのですよ。さあ、お掛けになって下さい。お湯も沸きましたわ」

 促され、僕とセミリアさんは壁際にあるテーブルセットの方に移動し椅子に腰を下ろすことに。

 ポットやカップ、クッキーのようなお菓子をテーブルに並べると、マーシャさんも正面に座った。

「神父がいないようだが、シスターはずっとここに?」

 いただきます。と一言告げて紅茶が注がれたカップに口を付けると、セミリアさんが辺りを見回した。

 確かにこういう教会というのは神父さんがいるイメージが強い。

「いえ、私がここに来たのはこの何年かの間のことですよ。元々使われなくなっていたこの教会を使わせていただいているだけなので神父様は居ないのです。私は元々修道女でもない。国中を放浪し、ここに辿り着いただけの小っぽけな存在。今の自分に出来ることは何かと考え、こういったことをしているに過ぎないのです。平和を祈り、人々の平穏を願い、行く当ての無い子供達を保護する。それが今の私に出来ること。もっと出来ることがあるのではと思うこともありますが、無力な私にはこれが精一杯で」

 マーシャさんは自らの拳で頭をこつんと叩き、控えめな笑みを浮かべる。

「そんなことはない。それはとても立派なことだ。シスターの様に、一人一人が平和や共存のために何が出来るかを考えることがこの国の負の連鎖を解消する一番の方法だと私は思う」

「そうですね。そうあればどれだけ救われる人がいることか」

「私達も形の上では援軍として参加しているが、排除して解決という手段が正しいとは思っていない。助けを求める民を一人でも多く救いたいという気持ちはあるが、どうにか何かを変えることは出来ないかと思って参加を決めたのです。私も、このコウヘイも。悲しきかな被害は拡大し、これだけの兵力差がありながら状況は悪化するばかりなのですが……」

「その優しき心はきっと主も見てくださっています。あなた達が無事でいられるよう私も願っていますわ」

 そう言ったマーシャさんの顔は優しいものだったが、次第に神妙な顔へと変わり、その視線は伏せられる。

「この国で繰り返される歴史は私も嫌というほど知っています。それをどうにか変えようと頑張ろうとしていたこともあったのですが、国に仕えていてはそれは叶わないと痛感し城を離れることを決めたのです」

「城を離れた? マーシャさんはお城で働いていたんですか?」

「ええ。こう見えても私、七年前までは大臣をやっていたんですよ」

「それはまた……何と言っていいのか。その年で七年前に大臣であったということは秀でた能力を持っていたのでしょうね、シスターは」

「そう言っていいのかどうかは私には分かりません。結局は投げ出して、別の方法を探して今こうしているわけですから」

 そう言ったマーシャさんの表情は少し暗い。

 重苦しい空気にしてしまうのもどうかと、僕は無理矢理話題を変える。

「そうだ、セミリアさん」

「うむ?」

「セミリアさんが探している人のことを聞いてみては? 七年前にお城に居たというのなら知っているかもしれませんよ」

 ふと思い至ったそんな提案に、セミリアさんは得心が行ったように二度頷いた。

「そうだな、シスターにお尋ねしてみるとしよう」

「探している人?」

 逆にマーシャさんはカップを持ち上げた手を止め、きょとんとしている。

「実は私はこの国の出身なのです。そのためだけにこの国に来たことはないのですが、予てよりとある人物の行方を追っている」

「なるほど、それはどういった人物なのでしょう」

「尋ねておいてこう言うのは心苦しいのですが、ほとんど手掛かりも知っていることもないのです。ただ、私はその人物に命を救われたことがあって……いつか礼を言わねばと」

「そうだったのですか。私が知っている者であれば何なりとお答え出来るのですが……ちなみに、命を救われたというのは? 勿論、言いたくないことは伏せてもらっても構いませんよ」

「うむ……シスターにならば明かしても問題はないでしょう」

 そう言うと、セミリアさんは目からレンズを外した。

 僕の認識でいうコンタクトレンズみたいな物で、視力をどうにかするための物ではなく、出生を知られることに繋がる可能性が高いその瞳の色を隠すためのノスルクさん製のアイテムだ。

 その姿、そして露わになった薄いブルーの瞳に驚いたのか、マーシャさんはハッと驚いた顔で固まっている。

「見ての通り私は……ガナドルとピオネロのハーフなのです。ハーフかどうかということはさほど関係無いのですが、シスターが世話をしている子供達の様に、所謂迫害対象の者ばかりが暮らす村で過ごしていた幼少の時分に酷い目に遭って……」

「その時に……その人に救われた、と」

「はい。手掛かりと言えるのはリンフィールドという名前と、この記章ぐらいなのですが……」

 セミリアさんは服の中から普段首に掛けているネックレスチェーンを取りだした。

 何度か見た、その時に助けてくれたという女性から預かった記章にチェーンを通して身に着けられる様にした物だ。


 パリン


 と。

 そんな音が室内に響く。

 何事かと目をやると、マーシャさんがカップを落としていた。

 唖然とし、カップを離した手がカップを持っていた姿勢のまま固まっている。

「あなたが……あなたが、あの時の……子供?」

 掠れる声でそう言ったマーシャさんの目からは涙が流れていた。

「ど、どうしたのですシスター」

「マーシャさん……だ、大丈夫ですか?」

 戸惑う僕達をよそにマーシャさんは立ち上がってテーブルを回り込み、見上げるセミリアさんを抱き締めた。

 力強く、それでいて愛おしむ様な優しさを感じさせる姿だった。

「シ、シスター?」

「良かった……本当に良かった。生きていてくれて……それどころか、勇者として人々のために戦っているだなんて……こんなことが……」

 セミリアさんはあからさまに戸惑い、視線を泳がせつつもされるがまま抱き締められている。

 マーシャさんの言葉、態度。

 これは……もしかするともしかするのだろうか。

 二つの困惑する表情にようやく気付いたのか、マーシャさんはそっとセミリアさんから体を離す。

「取り乱してごめんなさいね。ただ、あまりにも衝撃的だったものですから」

「衝撃的……というのは?」

 涙を拭い、真剣味のある表情で真っ直ぐにセミリアさんを見る。

 そして一つ息を吐き、今一度自身の名前を口にした。

「私の名前はマーシャ・リンフィールド。七年前、焼き討ちされた村であなたと出会ったのは……私です」

「シスターが……あ、あの時の……女性?」

「ええ。間違いはありません。あの時出会ったのも銀色の髪をした女の子だった。その髪を見たときに少し頭を過ぎったのですが、グランフェルトから来たと聞いて否定してしまっていました」

「そうだったのですか……まさかこのような場所で再会することになろうとは……いや、それよりも、本当に感謝しています。それをずっと貴女に伝えたかった。後々の話だが、あの夜襲の後、村の生き残りがいないかと手当たり次第近隣を捜索して回ったのだと聞いた。幼い私一人ならば確実に見つかって殺されていただろう。貴女は命の恩人だ」

 セミリアさんはテーブルに両手を突き、深く頭を下げる。

 しかし、マーシャさんはゆっくりと首を振った。

「私にお礼の言葉を受け取る資格などありません。あれが私の精一杯だった。あなた一人しか救うことが出来なかった。それも、救えたと言っていいのかも分からないような方法で。他の村人も、あなたのお母さんも……あの時一人で向かっていったお兄さんも、救うことは出来なかった。もっと早くに知っていれば阻止出来たかもしれない……だけど、あの男はそれも計算済みだった。私は村に到着するまで夜襲を掛けることなんて知らされていなかった……」

「シスター、貴女が自分を責める理由などない。ただ、どうか教えてはもらえないだろうか。あの日、何があったのか。なぜ私達の村が襲われなければならなかったのかを」

 真剣な眼差しを向けるセミリアさんに対し、マーシャさんはもう一度大きく息を吐いた。

 そして、決意じみた凜とした表情で真っ直ぐに視線を返すと、

「分かりました。あなたには知る権利がある。私の知っていることをお話しましょう」

 そう言って、七年前のその日に起きた出来事の全てを語り始めた。




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