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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【第五章】 裏切り者

2/1 誤字修正



 部屋に籠もってからというもの、僕はひたすらモニターと睨めっこをしていた。

 そう長い時間というわけでもないのだけど、発信器の位置を示す二つの点を凝視することしばらく。

 同じくベッドに腰を下ろしているジャックが不意に横からそれを覗き込んできた。

 最初のうちは『何を目論んでいようと口出しせずに見守るってるさ』という宣言を律儀に守って黙っていたのだが、いい加減それも限界を迎えたようだ。

「なあ相棒よ、そいつは例のなんたらいうモンを持ってる奴の居場所が分かるっつー相棒の世界の不思議アイテムだったよな?」

「なんたらっていうか、発信器ね。この光ってる点がチップの位置を示してるんだよ」

「それが相棒の企みに関係してるってことは分かるけどよ、二つ光ってる場所があるみてえだが、いつの間に誰かに持たせたんだ?」

「昨日城を出る前にちょっとね。といっても僕が直接ってわけじゃなくてコルト君の力を借りたんだけど」

「コルト君だぁ? 誰だそいつは」

「いやいや……昨日もさっきも同じ部屋に居たでしょ。サントゥアリオの魔法使いの男の子だよ」

「ああ、あのヒョロっこい野郎か。影が薄すぎて名前なんざ覚えてなかったぜ」

「失礼なこと言わないであげてくれるかな……まあそれはともかくとして、そのコルト君に頼んである場所とある人物にこっそりと仕込んでもらったんだ」

「コウヘイ、ワンダー少年に何か頼み事をしていたのは傍に居た私も知っているが、その話を聞くに昨日から計画していたということなのか?」

 驚いた様で言ったのは目の前で椅子に座るセミリアさんだ。

 コルト君に何を頼んだかということまでは知らないはずなのでそう思われても無理はない。

「全くそんなことはないですよ。コルト君に頼んだこと自体は僕なりに考えあってのことだったんですけど、今こういう状態であることは正直言って予想外どころか事故みたいなものだと思っていますし」

「よく分からねえが、結局それをどこと誰に仕込んだのかってことをそろそろ教えてくれてもいいんじゃねえか相棒様よぉ」

「それはすぐに分かるよ……多分」

 僕だって何かを断定出来る要素など持ってはいない。

 繰り言になるが、どう転ぶかは本当に分からないのだ。

 しかし、そんな返答が不満だったのか「勿体ぶんなよ~」とか言いながら肩を抱いて揺さぶられると同時に、モニターに映る固定されていない方の反応が城内のある部屋に設置されているもう一方の地点へと向かって動いた。

 それすなわち、行動に出るべき時が来たということだ。

「動いた」

「あん?」

「すぐに向かわないと。二人とも、付いてきてください」

 慌てて立ち上がり、部屋を出る。

 何事かと戸惑いながらも二人も後に続いてくれていた。

 モニターを片手に早足で廊下を歩き、階段を上り、回廊を通って本棟へと渡ると最上階にある一室の扉に無断で手を掛け、部屋の中へと押し入る。

 その目に飛び込んできたのは、予想通りに部屋の中に居た人物の想定外の姿だった。

 コルト君に頼んで設置してもらった発信器は二つ。

 一つはこの部屋、すなわち通信室にこっそり隠してもらった物。

 そしてもう一つはヘイル・ピーターソンという名前の通信係の男が身に着けている物に仕込んでもらった物だ。

 どういう方法でという部分に関しては任せきりになっていたとはいえ、『決してバレないように』『誰にも知られないように』という難題を見事に果たしてくれたようだ。

 とはいえ、である。

 どういうわけか、そのピーターソンさんは部屋の中で宙に浮いている。

 まるで蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫の様に、頭を下にして両手足と首に絡まった糸によって宙吊り状態になっていた。

 それどころか気を失っているらしく白目を剥いている。

「これは……一体どういう状況なのだ」

「説明は他の方が出揃ってからしますので、お二人はクロンヴァールさんやジェルタール王を呼んで来てもらえますか?」

 目をパチクリさせて固まるセミリアさんに言うと、二つ返事で引き受けてくれた二人はすぐに部屋を出て廊下を走っていく。

 困惑するセミリアさんの反応が正しいというか、普通なのだろう。一人だけ『真っ逆さまになってんぞコイツ』とか言って笑ってるジャックは暢気過ぎだ。

 それはさておき、僕は一人になった隙にあれこれと回収し、改めて部屋を見回してみる。

 ピーターソンさんは糸によって捕縛されている。

 糸というからにはユメールさんの仕業と見ていいのだろうけど、元居た世界で言うところのブービートラップとかスネアトラップみたいなものなのだろうか。

 表現はどうあれ本人の手から離れている状態でもこういう能力が使えるのかと思うと、森の中や天鳳との戦いの時に見せた芸当も含めあの人の達人具合も凄まじいものがある。

 昨日のハイクさんの言葉じゃないけど、普段は『お姉様お姉様』言ってるか『ですです』言ってるイメージしかないのに、流石は女王の左腕だかと言われている世界有数の戦士といった感じである。

 なんてことを考えていると、部屋の扉が開いた。

 呼びに行ったにしては早過ぎる。

 もしかすると別の誰かだろうかと一瞬身構えた僕だったが、そこにはセミリアさんやジャックだけではなくクロンヴァールさんもジェルタール王も、それどころか他の側近の人達までもが大集合していた。

 ……どういうことですか、これは?

「コウヘイ、私とアネット様が下に向かっている途中でクロンヴァール王達と出会したのだ。何でも同じくここに向かっていたそうなのだが……」

「なるほど」

 そういうことですか。

「まさかお前が先に来ているとはな。どういう方法でこの男の動向を把握していたのかは知らんが、どこまでも面白い奴だ」

 後ろからクロンヴァールさんが部屋に入って来たかと思うと、ちらりと部屋を見回したのちに僕を見る。

 あの怖い顔ではなくすっかり落ち着き払った様子で、それでいて僅かながら微笑みを浮かべていた。

「遅かったですねクロンヴァールさん。と、格好付けて言うつもりだったんですけど、先を越されてしまっては格好も付きませんね」

「フン、誰にも彼にも出し抜かれるほど耄碌しておらんわ」

 クロンヴァールさんは一転して不敵にニヤリと笑う。

 ほとんど同時だった。

「クロンヴァール王……これは一体どういうことなのですか。なぜピーターソンが縛られているのか、なぜここにコウヘイ殿が居られるのか……どうか説明していただきたい」

「クロンヴァール陛下、私も同じく状況が全く理解出来ません。今この場で何が起きているのか……お聞かせください」

 唖然とし、言葉を失っていたジェルタール王、キアラさんの二人がどうにか絞り出したと傍目に分かるような絶望感さえ感じられる声で続け様に言葉を並べる。

 その様子を見るにクロンヴァールさんも他の人達に説明をしないままだったらしい。

「当然これから説明するつもりでいるが、その前に場所を変えるとしよう。クリス、その愚か者を降ろして縛り直せ。アルバートはそれを運んできてくれ」

 名指しされた二人の了承の返事を受け、至る所から何とも言えない空気が漂う中僕達は部屋を後にすることとなった。


          ○


 それから僕達は再び謁見の間へと集まった。

 通信室には来ていなかった護衛団の士官達も呼ばれており、挙って戸惑いの表情のままに脇に整列している。

 そしてピーターソンさんだが、運ばれている間に意識を取り戻しているものの両手を背中の後ろで縛られ、両足も縛られ、猿ぐつわをされているという痛々しい格好で床に転がっている。

 そんな姿は直視するのも躊躇われるものがあったが、


「大人しくしているか首を刎ねられるか、好きな方を選べ」


 と、クロンヴァールさんに睨まれて沈黙を選んだ以上は自らの置かれている立場を理解してのことなのだろう。

 ならば残念ながら庇い立てることは出来ない。そこに感情論を割り込ませることはあってはならないことだ。

「さて、全員揃ったようなので話を始めるとしよう。各々疑問だらけだろうが、それについては最初に謝罪しておく。特にジェルタール王、何から何まで事後報告になっていることに関しては申し訳なかったと思っている。だが、ジェルタール王やキアラ隊長にだけ黙っていたわけではないということは理解しておいてくれ。今この場において私とコウヘイ以外は誰一人、何一つとして把握出来てはいない」

 ようやく話が始まる。

 やはり進行役を務めるのはクロンヴァールさんだ。

 ちなみにという話だけど、僕はそのクロンヴァールさんの横に居るように言われているので視線が集まってどうにも落ち着かないものがある。

「クロンヴァール王にも考えあってのことだったのでしょう。それは分かっているつもりでいます、不満に思うつもりはありません。ですが、それがこの状況にどういった繋がりがあるというのか……なぜピーターソンが……」

「スラスから戻ったアルバートからの報告を聞いた時、私の中で一つの結論が出た。予てより疑問を抱いていたことではあったが、それが確信に変わった瞬間だったと言える。それは裏切り者の存在。そして、その裏切り者が敵に情報を流しているということだ」

 一瞬にして空気が凍り付き、この場に居るほぼ全員が目を見開いた。

 普段からポーカーフェイスなセラムさんやサミュエルさんは表情一つ変えてはいないが、どの国の誰であれ例外なく驚愕と戸惑いで埋め尽くされていることが分かった。その二人よりももっと無表情なノーマンさんでさえ、それは同じだ。

「それが……このピーターソンだと言うのですか。そんな、そんな馬鹿なことが……」

 玉座に座るジェルタール王は悲痛な面持ちで首を振る。

 信じたくない。そんなことがあるはずがない。

 そんな声が聞こえてくるかの様な、どこか否定的にも聞こえる口振りだ。

 追い打ちを掛けるみたいで少し気が重いが、そういうわけにもいかず。僕はそれを証明するためにポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、ジェルタール王に差し出した。

 通信室で一人になった時に発信器と一緒に回収しておいた物だ。例のレースイーグルなる手紙を運ぶ鷲に持たせるところだったことが状況からしても明らかだと言える。

「ジェルタール王、これをご覧になって下さい」

「……これは?」

「縛られたピーターソンさんの下に落ちていた物です。中を見ればクロンヴァールさんの言っていることが事実であると分かるかと」

 恐る恐るといった感じでそれを受け取ると、ジェルタール王は中身に目を通していく。

 口を一文字に結び、何かを悟り諦めた様にその目を閉じるまでにそう時間は掛からなかった。

「陛下……そこには何が書かれているのですか」

 そんな王の姿にキアラさんも黙っていられなくなったのか、一歩前に出ると弱々しい声でそう言った。

 自分の部下が裏切り者だと言われているのだ。きっとジェルタール王以上に否定する材料を求めていることだろう。

「先程この広間で起きた出来事。そして……クロンヴァール王とコウヘイ殿の間に起きた口論について事細かに書かれている。宛名は……E.C」

「エリオット・クリストフ……ですか。でもコウヘイ君、それだけでピーターソンが内通者だと決めつけることは出来ないはずよ。その手紙を本人が持っているところを見ていないなら、他の誰かが後から用意した物であるという可能性もあるはずでしょう」

「それは大した問題ではないですよね、この状況では。ピーターソンさんであるか他の誰かであるかというだけの話でしかないわけですから」

「それは……そうかもしれないけど」

「それでも彼が用意した物である証拠が無ければ決めつけるべきではないと仰るのであれば、そういう物も用意しています」

 僕はもう一方のポケットから別の手紙を引っ張り出し、キアラさんへと手渡した。

「これは……別の手紙?」

「はい。スコルタ城塞の通信係の方から預かってきた物です。こっちは間違いなくキアラさんが送るように指示をした物ですよね。中を見ていただければ分かると思いますけど、派遣される部隊の到着時間を二刻ほど遅く知らせています。伏兵を潜ませると予測していたか、それを知っていたのか、いずれにしても僕達が道中で襲撃に遭うならば向こうにとってはスコルタからの援軍が来るのは都合が悪いはずですから。これが案内役の兵士が現れなかった理由だったというわけです。そして最後に付け加えられた『念の為に読んだ後はこの手紙は燃やして処理するように』という一文は意味不明ですし、証拠の隠滅目的以外に理由が見当たりません。この書簡さえ見られなければ誰の手違い勘違いかはどうにでも言い様がありますからね」

 そんな説明に対し、キアラさんは手紙に目を通すことはせずに唇を噛んだ。

 その表情からは歯痒さ、憤りがありありと感じられる。

 そして。

「それが疑いようのない事実であるということは理解しました。ですが……クロンヴァール陛下やコウヘイ君はまるでこれ以前からそれが分かっていたかのような行動を取っているように見受けられます。その理由を聞かせていただけませんか?」

「だ、そうだぞ。コウヘイよ」

「え……僕ですか?」

「解説役はお前の仕事、なのだろう」

 いつからそうなったんだろうか。

 思いつつも今一度クロンヴァールさんに逆らう勇気は無いので大人しく解説役になる僕であった。

「思い返せば、という話からになるんですけど、今思えば最初にこの国に来た時の港での待ち伏せからして違和感がありました。城を出入りする兵士なんていくらでもいるのに、そのうちピンポイントで到着日に港に向かう兵士の後を付けてきたから僕達を待ち伏せ出来たというのは無理がありますよね。勿論向こうも人数を使って城を出る人それぞれを尾行するとか、港に向かう兵士のみを常に監視するとかという方法もあるので百パーセント不可能というわけではないんですけど、それにしたって人数や時間がどれだけ必要なのかという話ですし、そもそも連合を組んだことも、組んだとしていつこの国に来るのかということを知らないとやはり無理があります。そうでなくとも今回だって港で出迎える兵士が居ない状況でありながら魔王軍に待ち伏せされているわけですから、そうなると原因を考えた時に情報が漏れている可能性が一番に思い浮かびます。前回クロンヴァールさんや僕が本隊として騎士団の本拠地に向かった時にも魔物が待ち伏せしていて錯乱させようとしてきたということもありましたし、話に聞いたスラス襲撃時の撤退もキアラさん達の動きを察知しているとしか思えないタイミングだと言えます。そういった色々な要素を踏まえた時に、内部に居ないと分かり得ない情報を利用している以上は中から情報を漏らしている人が居るんじゃないかという疑念に繋がったわけです」

「そういうことだ。そして、私はそれを確かめる意味もあってスラスへ送る部隊にアルバートとハイクを同行させた。当初は全く気付いていなかったが、今にして思えば元々お前もそのつもりで部隊に加わったのだな」

「あの段階で情報を流している誰かが居ることはほとんど確信していましたからね。不謹慎な話ですけど、僕は奇襲があると思っていましたし、それによって裏が取れるのであればそれを自分の目で確かめようかと思いまして。クロンヴァールさんが同じことを考えているとは知らなかったのであれこれと取って付けた理由を口にしてはいましたけど」

「なるほど……こうしてお二人の話を聞けば納得せざるを得ないということがよく分かりました。確かに情報を密かに流すのであれば、普段から鳥を使うピーターソンが最もそれが出来る立場にあるということも、それゆえにお二人が彼に目を付けたのだということも同じくです。だからこそクロンヴァール陛下とコウヘイ君は密かに裏で動いていたというわけなのですね。あの言い争いはそういうことだったと」

「いや、実を言うとそうではないぞ雷鳴一閃(ボルテガ)

「と、言いますと?」

「確かに私は裏切り者を炙り出す必要があると考えた。そして、そのためにはこの男が奴らに知らせたくなるような何かを用意するのが一番てっとり早いともな。だが、あれは今日この広間に来てから思い付いた策だったのだ。私にとってもある種の賭けだったと言える。その証拠にコウヘイよりも先にお前に食って掛かっただろう、この国をくれてやるつもりか、とな」

「あれは……そういう意味だったのですか」

「そうだ。何か内紛の一つでも起こせば動くはずだと踏んだ。だからこそ敢えて反論させるような問い詰め方をしたのだ。流石にそう上手くいくわけもなく、お前には至って普通に受け答えをされてしまったがな。そこで私は咄嗟にコウヘイに矛先を変えたというわけだ。こいつは私の意図に気付き、反論どころか私を挑発し自然と揉め事に繋がる様な流れに持っていった。この連合軍から去るという発言に加え、それどころか『例の作戦』などという言葉を口にすることで裏切り者まで同時に煽るということまでやってのけた。そればかりは私にとっても予想外の働きをしてくれたと言える。よく分からん言動も多いが、大した奴だよお前は」

 そう言って、クロンヴァールさんは僕の頭に手を置いた。

 なんだかクロンヴァールさんに褒められたのは初めてな気がする。いつも八十点だっただけに尚更だ。

「剣を向けてすまなかったな。そっちの二人が割って入る前提だったとはいえ、怖い思いをさせたか?」

「いえ、むしろあれのおかげで本気で揉めているという印象もより強まったでしょうからお気になさらないで下さい」

 逆に僕の方がああなる前に好き放題密かに思っていたことを口にしていただけに、それについて言及されやしないかとヒヤヒヤしているぐらいだからね。

「コウヘイ君、あなたは本当に何もかもお見通しなのね。あなたが色々な人から頼りにされる理由がよく分かるわ」

「いえいえ、僕はちょっと小賢しいだけのどこにでもいるガキですよ。頼られるどころか、人に頼らないと何も分からないし何も出来ない人間ですから」

「この私がお褒めの言葉をくれてやったのだ、謙遜などしてくれるな。無事この争いが終わって国に帰る日が来た時にはお前は私の国に連れ帰るとしよう」

「…………はい?」

 なぜに?

「私のために働け、それがその才能を生かす何にも勝る居場所だ。お前を連れ帰るとなればまた聖剣が放っては置かぬだろうし、二人まとめて面倒を見てやる」

「急にそんなことを言われましても……」

 久々に見たな……クロンヴァールさんの人目を憚らないヘッドハンティング。

 どの才能かは知らないけど別にシルクレア王家に仕える理由なんて何一つ無いし、そうなったら日本に帰ることが出来なくなりそうだから絶対に嫌だ。

 素直にそう思った僕は得意のお茶を濁して誤魔化す作戦に移ろうとしたのだが、そのための言葉を探すよりも先に口を挟んだのはジャックだった。なぜか不満げだ。

「オイ、ちっと待てよ赤髪の王。そいつを連れて行くなら漏れなくアタシもセットだってことを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

「お前は扱いに難儀しそうなので要らん」

「んだとぉ!」

 辛辣な言葉に握り拳を作って憤慨するジャックだったが、慌てて隣に居るセミリアさんがその腕を掴み、詰め寄ろうとするのをどうにか宥めていた。

 どこまで本気で言ってるのかは分からないけど、そんな無関係な話をしている場合なのだろうかと思ったのは僕だけではなかったようで、代わりに割って入ってくれたのはハイクさんだった。

「んな話は後でやれ。それよりも、一連の謀を俺達にまで黙ってたってことに驚きだぜ。本当にそのガキを殺す気なのかとヒヤヒヤしてたってのによ。ま、殺せと言われりゃ当然のことそうするわけだが」

「…………」

 殺すのかよ。怖いよこの人達。

 一応は一国の軍隊を預かる身として来てるのに……そうなったら確実に別の国際問題が勃発するでしょうに。

「敵を騙すにはまず味方から、というだろう。こやつが動く前に下手に勘付かれることを避けるためだ、許せ」

「それならそれでいいが、セラムの大将は知ってたのか?」

「誰にも話しておらんと言ったばかりだろう。姫様の言動に違和感があれば気付くことも出来たのだろうが、その辺りもそっちの副将殿の功績ということだ」

 セラムさんはちらりと僕を見る。

 やはり渋い声と顔のせいかどうにも威圧的に感じてしまうのだけど、この人なりの賛辞なのだと思いたい。惨事になる可能性が大いにあっただけに。

「そういうことにしておいてくれ。少々話が逸れたが、ジェルタール王。こいつの処遇については私達が口出し出来るものではない。そちらに一任するが問題は無いな?」

「はい。必ずや然るべき処置を……」

「では、罪人を捌くのは我々の権利ということでよろしいのですな」

 深刻な表情のままクロンヴァールさんの問いに答えるジェルタール王の言葉を遮ったのはノーマンさんだった。

 当然の事とはいえ、問題が解決しようが話が逸れようが唯一サントゥアリオの面々だけは強張った表情を変えてはいない。

「そうなるな。この男がこの国の者でなければ事情は変わっていたのだろうが」

 クロンヴァールさんが言うと、ノーマンさんは一言。

「では、そのように」

 とだけ言って、床に転がったままでいるピーターソンさんの前に立つ。

 普段は無表情なノーマンさんの目や表情は明らかに怒りと憎しみに満ちていた。

 そして。

「何か言い残すことはあるかね。この……売国奴めが!」

 恐ろしい目でピーターソンさんを見下ろしたかと思うと、腰から剣を抜き高々と持ち上げた。

「よせ、ノーマン!」

「やめなさい!」

 ジェルタール王、キアラさんの声が響く。

 それでも迷わず振り下ろされたノーマンさんの剣を持つ右手は辛うじてピーターソンさんに触れることなく、数センチ手前の床を砕くことで制止した。

 一番傍に居た士官がほとんどタックルの形で止めに入ったからだ。

 今何をしようとしたんだこの人は……どうかしてる。

「邪魔をするな! この国に生きる者でありながら蛮族に魂を売るなどと……誇りが無いのか貴様!!」

 複数の士官に押さえ付けられながらもノーマンさんは狂った様に暴れ、吠え猛っている。

 唯一セミリアさんが戸惑い、自分も手を貸すべきだろうかと迷う素振りを見せているが、ジャックは真顔で見ているだけだし、サミュエルさんもただ煩わしそうにしているだけだ。

 シルクレアの連中にしても『口出ししない』というクロンヴァールさんの意志に準じているのか、誰一人として動く気配はない。

 かといって大柄な上に武器を持っているノーマンさんを押さえる腕力は僕には無いので止めた方がいいと思ってはいても力添えなど出来やしなかった。

「すぐにピーターソンを牢へ連れて行きなさい! 五名以上の牢番を置いて、誰一人私の許可なく面会させないように伝えて」

 キアラさんが言うと、士官の一人が恐怖のせいか気を失っているピーターソンさんを抱え、慌ただしく部屋を出ていく。

 血走った目でそれを追い掛けようとするノーマンさんだったが、ジェルタール王の叱責を受けてようやく暴れるという行為を止め、鼻息は荒いままでありながらも自ら元の立ち位置へと戻っていった。

 それから少しこの後の予定について話をし、随分と長く感じた午前中の会合はようやく終わりを迎えることとなった。


          ○


 寝る前後以外では久々に部屋で一人になる時間は、どうにも落ち着かないものだった。

 その原因となる出来事を考えれば当たり前なのかもしれないが、それがなかったとしてもこれから各部隊が都市に向かうのだと考えると大差無かったのかもしれないとも思う。

 またみんなが大怪我をして戻って来たら……それどころか戻って来なかったら……そんなことを考えると余計に心は沈んでいく。

 何度めげない挫けないと決意新たにしてみても、中々簡単にはいかないものだ。

 ピーターソンさんはなぜ国賊に身を落としてしまったのだろうか。

 サントゥアリオは全ての兵士の聖水による検査にキアラさんが立ち会っている。例の魔術で操られていたという線はない。

 尋問の結果を聞かない限りいくら想像してみたところで答えなど見つかるわけもないけど、我関せずでいられるはずもなく。

 彼の処遇が気になって解散した直後にこっそりキアラさんに聞いてはみたのだが、どうなるかはまだ分からないと言われただけだった。

 彼のしたことによって失われた命もあるのだ。裁かれて当然だし、そうあるべきだとは思う。

 それでも、自分が作り出した状況とはいえ気分はどうしたって晴れてはくれないのだった。

 部屋で一人で居ることが余計にそうさせているのかな。なんて考えてしまうと、いかにセミリアさんやジャックが部屋に来てくれていることが精神的な支えになっているかがよく分かる。

 ではなぜ一人で部屋で休んでいるかというと、現在各部隊とも出兵の準備のための時間となっているのだ。

 予定外の出来事で時間が押していることもあって前回やったような全部隊が集合しての号令などは無しということになり、それぞれ準備が済んだ段階で部隊長の判断によって出発のタイミングを決めることになっている。

 勿論時間の問題だけではなく、その情報が既に帝国騎士団に渡っている可能性を考慮して同時に出発するのを避ける意味も含まれており、同じ理由で部隊の担当都市を一部入れ替えるという処置もしている。

 本隊の所属となっている僕は全部隊が出発した後に招集を掛けると言われているため部屋で待機しているというわけだ。

「ん?」

 何をするでもなくベッドの上で天井を眺めていると、ふと扉がノックされた。

 普段であればほとんどセミリアさんしか候補が居ない(ジャックはノックなんてせずに入ってくる)のだが、セミリアさんが今城内にいるはずもない。

 もしかするとクロンヴァールさんの招集が掛かって誰かが呼びにきてくれたのだろうか。

 なんて思いつつ扉を開くと、予想に反してというか、普通にというか、そこに立っていたのは銀色の髪をした美少女だった。

「どうしたんですか? セミリアさん」

「休んでいるところすまないな。迷惑でなければ少し付き合ってくれないか?」

「どこかに行くんですか?」

 今まさに出発を控えているはずなんだけど……部隊の準備は終わったのだろうか。そんなに早いわけがないか。

「準備は士官殿が引き受けてくださったのだ。少々時間が空きそうなので外にでも出ようと思ってな。あんなことがあったばかりだし、戦いに挑む前に気分転換という意味と少しコウヘイと話をしたい気持ちもあって来た次第なのだが」

「そうだったんですか。僕も町にでも出て気分転換しようと思っていたので丁度良かったです」

「そうか。では士官殿に伝えてくるので城門で待っていてくれるか。私は馬を連れて向かう」

「分かりました」

 では後でな。

 綺麗な微笑を浮かべ、そう言って廊下を戻っていくセミリアさんの背中を見送ると僕も軽く外行きの準備をして城門に向かうことに。

 ちょうど廊下に出た時、同じ様なタイミングで二つ隣の部屋の扉が開いた。

 すぐに姿を現わしたのは部屋の主であるサミュエルさんだ。

 どう考えてもこの時間に部屋に居るというのはおかしいんだけど……まあ、この人は部隊とか知ったこっちゃないって感じだもんね。

「サミュエルさん」

 その背に声を掛けると、振り返ったサミュエルさんは珍しく不機嫌さを感じさせない顔をしていた。まるで「何でアンタが居んの?」とでも言いたげな意外そうな表情ではあったけど。

「コウ? 何してんのよアンタ。ていうか私に黙ってコソコソやってたみたいだけど、まだ自分の立場が分かってないみたいね」

「自分の立場って……サミュエルさんの子分、という立場ですか?」

「当然じゃない」

「いや、だって呼びに行っても『パス』か『興味無い』しか言わないじゃないですか。大体、あの時一人だけ完全に静観してたくせに」

「あの時? ああ、刺されそうになった時のこと。あんなの私が放っておいたってクルイードとアネットが割って入るのが目に見えてんじゃない。私一人だったらラブロック・クロンヴァールに喧嘩吹っ掛ける大義名分として助けてあげたかもしれないけど」

「…………」

 そんなついでの理由で、その上かもしれないだけなんですね。とんだ親分がいたもんだ。

「ま、まあそれはいいとして、今から準備に向かうんですか?」

「部隊の準備はあの何とかって副将にやらせてるし、私には関係無い」

 レザンさんね、レザンさん。いい加減覚えてあげて。

「ではどこに?」

「どこでもいいでしょ。待ってるのも飽きたし、体も疼くからラブロック・クロンヴァールの代わりの喧嘩相手でも探しに行こうかと思ってるだけ」

 サミュエルさんはいつか聞いたような台詞を口にすると不意に、何かを思い出した様に僕を睨む。

「一応聞いとくけど、今回は余計な真似してないでしょうね」

「絶対に無事に帰ってくると約束してくれるなら答えます」

「また殴られたいわけ?」

 パキパキと指を鳴らす姿はおっかないけど、問答無用でそうしないのはサミュエルさんなりの優しさなのだろうか。また、といっても実際に殴られたことはないことも含め。

「殴られれば余計なことをしてもいいということなら、どうぞ」

「生意気言ってんじゃないつーの。約束なんてしないけど、前に言った通りあの虫女の生首を土産に持って帰ってきてあげるからアンタは黙ってそれを待ってればいいわ」

「いや……だから生首はいらないですってば」

 そんな僕の至極真っ当な意見は虫され……いや、無視され、サミュエルさんは既に背を向けて去っていっていた。

 それでも帰るという言葉をくれるあたり、良い人なのかそうでないのかよく分からなくなってきている今日この頃だった。


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