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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑥ ~混血の戦士~】
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【第三章】 真夜中の派遣部隊

6/8 誤字修正



 大きな正門を潜り、僕達が広場に出た頃には既に派遣部隊は出発の準備を済ませている雰囲気で満ちていた。

 統一された鎧を身に纏い、腰や背に武器を、手には盾を持ったサントゥアリオ兵、シルクレア兵合わせて六百人が同じ数の馬に跨り、傍目にいつでも城を出ることが出来る状態で待機している。

 それ以外に特に人の姿は無く、見送りや号令などをする段取りはないようだ。

 先頭にはアルバートさんとハイクさんも居て、僕はその光景を見て初めて自覚が足りていなかったことを後悔した。

 二人は日頃から軍隊に身を置いていて、誰もが無駄なく手早く迅速に行動する中で僕はのんびりとまではいかなくとも悠長に歩いて向かうどころか途中で立ち話をしている始末。

 毎度毎度一番最後に合流して、その自覚の無さが団体行動を乱しているのではないかと思うと少々認識が甘かっただろうかと歯痒い気持ちになる。

 次からはもう少し自覚を持った行動を心掛けよう。

 そう決めて、アルバートさんのところに駆け寄り頭を下げる。


「謝罪はいいから君達も準備を。彼らへの説明は済んでいる、馬はそこにいるのを使ってくれ」


 口調や表情こそ普段と大きくは変わらないものだが、口に出さないだけで『次は無いよ』と言われているも同じなニュアンスだった。

 もう一度短くすいませんと口にして、急いで傍で控えていた馬に飛び乗ったセミリアさんの後ろに跨る。

「よし、じゃあ出発だ。夜間の移動になる、くれぐれも隊列を乱さないように。前を進む者と松明の位置を常に意識しておいてくれ」

 アルバートさんが目の前に並ぶ兵士の列に向かって言うと『御意!』とか『応っ!』といった返事が次々と響く。

 広場に静寂が戻ると同時に、今度はハイクさんが僕達の横に馬を付けた。

 腰には六つのブーメラン、そして例の巨大ブーメランは背中に装着すると馬に乗るのが困難になるからか馬の横腹に引っ掛けている。

「姉御からお前に伝言がある」

「クロンヴァールさんから?」

「大将権限でこの部隊の全権と全責任をお前に与える、だとよ」

「……はい?」

「何を面食らってんだ。この中には副将のお前より上の立場の人間は居ねえ。当然と言えば当然の筋だろう」

「それはそうかもしれませんけど……」

 副将という肩書きも、グランフェルト兵士団の元帥という立場もこの国に来たことによって、或いは来るにあたって与えられたものでしかない。

 僕は元々兵を率いていたわけでもないし、それどころか軍隊に所属していた人間ですらないのだ。

 それすなわち、当然のこと僕の歳で部隊を率いた経験などあるわけがないのだけど、その常識的かつ当然の事実はやはりこの世界では中々通用しないものなのだろうか。

 ほとんど歳の変わらないセミリアさんが国を背負う勇者だったり年下のコルト君が部隊長だったりするし、ここ最近の生活を振り返ると年齢云々など何の理由にもならないことは重々承知だとはいえ、どこまでも実力主義の色が強いものだ。

「兵の指揮は基本的に僕がやるから心配は要らないよ、半分は僕の部下だからね。何か問題が起きたときやトラブルがあった時の方針の決定権を君が持つ、というぐらいに考えておけばいい」

「分かりました。ではそのつもりでいますので、色々と宜しくお願いします」

 アルバートさんの言葉に少しの安堵を覚えたということや、この場で大将であるクロンヴァールさんの決定に従う従わないの話を始めてはいつまで経っても出発出来ないという判断の下、僕はそう答える。

 誰かが代わりに指揮を執ってその上に立つ、というのであれば今の元帥としてやっていることと大きな違いはないし、これだけの人の前で『出来ません』『荷が重いです』と言ってしまうぐらいなら最初から副将など引き受けるなよという話になる。

 何を差し置いても組織の一部としての在り方を最優先にしようとまでは思わないが、少なくとも今はそうするべき場面だろう。

 アルバートさんは返事の代わりに微かに微笑み、再び視線を全体に向けた。


「さて、じゃあ出発するとしよう」


 その一言を合図に僕達は真っ暗な星空の下、城を、そして城下を離れて長い隊列を維持したまま荒野を駆けていく。

 僕達は先頭付近に位置しており、傍にはアルバートさんも居て、逆に最後尾にはハイクさんを置くという配置となっていた。

 加えて先頭、中間、先頭と中間の真ん中、中間と最後尾の真ん中にそれぞれ三人ずつ松明を持った兵士を置くことで後ろに続く人にとっての目印にするという夜間ならではの手法を取っている。

 月明かりが十分にあることや、訓練されている軍馬とはいえ通常夜間の移動では馬に乗っている人以外が明かりを持っているものらしいのだが、歩兵が居ないことと規模が大きいこともあってそういう形式にしたのだとアルバートさんが教えてくれた。

 こんな時に懐中電灯があれば便利だったろうに、家から持ってくる荷物の候補に入れておきながら結局置いてきてしまったのが少々悔やまれるところである。

 その存在を知らない人への説明に難儀しそうではあるけど、それを言い出したら僕が持ってきた物なんて全部そうなってしまうし、これだけ危険と隣り合わせという状況であり続ける中でそんなことを気にしているわけにもいかない。

 そんなわけで部屋に鞄を置いてきた僕は腰にナイフとスタンガン、そしてこっちに来てから貰った遠眼鏡を、手には今し方アルバートさんに借りた地図を持ってセミリアさんの後ろで馬に揺られている。

 この国の夜はグランフェルト王国よりも随分と肌寒く、パーカーを持ってきていなければ辛い思いをしていたかもしれないな。

 なんて感想を抱くと同時に、城下の町を覆う城壁を出た途端に感じたのは風の強さだった。

 一歩町を出れば辺り一面に自然が広がり、日本と違って遮る建物が無いせいかヒューヒューという音がはっきりと聞こえるぐらいには吹き荒れている。

 それも風向きが一定ではないようで、どうにもおかしな気候に思えた。

「この国は山や川、森といった自然が多いということもあって夜になればそういう風になることが多いのだ」

 (かぜ)のことだけに『そういう(ふう)に』というわけではないのだろうけど、そんなセミリアさんの説明はなるほど納得という感じである。

 そんな中で広大な草原を横切り、どこまでも続いているかの様な荒野を駆け抜け、おおよそ半分ほどの距離まで来たところで僕達は一旦足を止めることとなった。

 目の前には大きく深い森が広がっている。

 左右どちらを取っても途切れ目が見えないぐらいには幅があり、迂回すると消費する時間にかなりの差が出るということから通り抜けて進むということに予め決まっているのだが、どう考えても何か予期せぬ事態に遭遇するならここが一番可能性が高いだろうということもあってアルバートさんが五人の兵士を引き連れて偵察に出ているがゆえの一時待機というわけだ。

 勿論のこと森の中全てを見て回るわけにもいかないので現在地から見て周辺一帯ということになっているとはいえ、横にも広いせいでそれなりに時間は掛かることが予想される。

 有事の際には全員が持っていて、僕も出発前に渡されている小さな竹笛を鳴らすことでそれを知らせるという手筈になってはいるのだが、広くはあっても木々が密集しているという感じではないし、月明かりも入っていることが分かることに加えて見通しもそこまで悪くなさそうなので大人数での待ち伏せや闇討ちに適しているとは言えない様にも見えるのだが、どうあれ僕は無事に六人が戻ってくることを祈るばかりだ。

 かといって黙って待っているだけというのもどこか有効な時間の使い方とは思えず、情報収集という程ではないけど予てより疑問に思っていたことをセミリアさんに聞いてみることにした。

「前から思っていたんですけど、占領されている都市にエレマージリングで移動したり、逆に内部からそれによって逃げ出してきたりということは出来ないんですか?」

 それらの町に近付くと魔法陣によって帝国騎士団や魔王軍の誰かが進入を阻止すべく現れるという話だ。

 ならば瞬間移動の効果を持つエレマージリングで直接乗り込んだり、或いは人質となっている人達を脱出させたりということが可能なのではないか。

 出るにしても入るにしても大勢で一斉にとなると難しいのかもしれないけど、なぜそれをしないのだろうか。

 そうしないからには当然何かしらの理由があるのだろうと口にすることは控えていたとはいえ、その理由が分からない僕にとっては不思議に感じていたのだが、それらの疑問に対するセミリアさんの答えは随分と難しい話でもあり、それでいて色々と納得のいく話でもあった。

「それは出来ない。それなりの規模を持つ国では大きな町や都市には魔法陣を設置するのが一般的なのだ。小さな魔法陣ではあるが基本的に効力は町全土に及ぶ。その効果は二種類あるのだが、一つは移動系の魔法やアイテムの効力を無効化するもの。そしてもう一つはそれらを感知するという効果を持つものだ。例えばお主も知る通り、グランフェルト城下へ直接移動することが出来ないというのはこのうちの前者によるものだ。そして後者の魔法陣によって禁止されていない町へのアイテムによる出入りや出入国を把握しているというわけだ。そういった処置をしているのはこの国とて例外ではないのだが、この国にとっての魔法というのがどういうものかは知っているだろう。そういった事情もあってこのサントゥアリオでそれらの処置をする際には他国の魔法使いの力を借りるのだが、移動具の効力を感知し魔法陣が反応したところでそれを察知出来る魔法力を持つ者が居ない。ゆえにこの国ではどの都市や町にも無効化の魔法陣のみが設置されていることに加えて大前提として移動具による出入国どころか国内間での移動も禁止されている。当然この国に限らず全ての町や村にというわけにはいかないものではあるが、主要都市ともなれば漏れなくそういった処置が施されているということがコウヘイの疑問の答えとなるのだ」

「なるほど……」

 その分かりやすい説明によってグランフェルトで抱いていた疑問すらも解決した感じである。

 シルクレア王国では不法入国の罪に問われそうになったこともあったけど、どうやってバレているんだろうかと思ったりもしたっけか。

 把握出来ないから禁止している。

 すなわち日頃それを使う者が居ないということだ。

 それが魔王軍の誰かが設置したということらしい魔法陣で移動している帝国騎士団に対して後手を踏むばかりの状況に繋がっているのかもしれない。

「待たせたね。少なくとも周辺に人影は無いようだ。ただ魔物の気配はところどころに感じる。この人数を相手に襲ってくるとは思えないレベルではあるけど、一応は周囲に気を配りながら進むとしよう」

 それから五分ほどして戻ってきたアルバートさんは僕にそんな報告をしてくれた。

 奥行きではなく左右に重きを置いて見回ってきたらしく、騎士団であれ魔物であれ警戒が必要なことに変わりはないとのことだ。

 それなりに深い森だし、奥まで行ってしまっては時間も掛かる上に何かあった時にすぐに駆け付けることが難しくなる。

 それを踏まえても正しい判断だと言えるだろう。

 と、僕が兵士長のアルバートさんの行動の正否を語るのは烏滸がましい話だけどそれはともかくとして僕達は進軍を再開することに。

 外から見た印象の通り、どこまでも広がっているのではないかと思えるぐらいに木々囲まれた風景が視界を埋め尽くしてはいるものの真っ暗というわけでもなく、ここまでの道中と同じく誰かや何かに襲われることもなく、それでいてここまでの道中とは違って馬の速度を落としてゆっくりと森の中を進んでいく。

 警戒を怠ることなかれという状態とはいえ、これなら奇襲を仕掛けようとしている何者かが居たとしても単純に目で気付くことが出来ると言えるぐらいだ。

 仮に相手にその意図があったとして、ここではないとすればそれに適した場所として他の候補はどこになるだろうか。

 そんなことを考えながら地図と睨めっこをしていると、少し前を進んでいたはずのアルバートさんが馬を寄せてきた。

 ふと顔を上げると、どこか不思議そうに僕を見ている。

「随分と熱心に地図を見ているけど、何か気になることでも?」

「気になるというか、待ち伏せや奇襲に適した場所はどこかなと思いまして」

「この森ももうじき抜けるし、出発前に偵察も放っている。何よりこの部隊がスラスへ向かうことは今日決まったことだ。それを避けるためにこんな時間を選んでいるということも含めると流石に敵の手も追い付かないと思うけどね」

 少し神経質になりすぎじゃないかい? と、続けたアルバートさんの顔は僕を安心させようとしていることが分かる優しいものだった。

 仲間として、というよりは経験の乏しい子供に対するものに見えなくもないけど、基本的には優しくて良い人なのだろう。

 そんなアルバートさんの態度に対して見くびられているだとか子供扱いされていると気を悪くしたりはしない僕だけど、どういうわけかセミリアさんがそれを快く思わなかったらしく若干反論気味に先に言葉を返してしまった。

「兵士長殿、例え万が一の可能性であっても捨て置かないのがコウヘイという男です」

「それが出来るというのは素晴らしいことだね。誰しもがそうあることは中々簡単じゃない。頭が良く、色々なことを同時に考える能力があるということだ。そうでなければ我らが姫様がコウヘイ君に部隊を託したりはしなかっただろう」

「確かに万が一でしかないから放っておいていいという考え方は主義に反するものではありますけど、今この状況に関しては万が一とまではいかないと思いますよ? 少なくとも五分五分ではあるかと」

 それも、『待ち伏せされている』ことと『待ち伏せされていない』ことの対比ではなく相手に『待ち伏せする気がある』か『待ち伏せする気がない』かという点での五分だと僕は思っているのだが、今はまだそれを口にするべきタイミングではない。

 どこに耳があるか分からないのだ。

 それこそ万が一に備えてでもこちらの意図や考えを簡単に漏らすのは避けるべき場面だろう。

 そんな考えもあって敢えて補足をしなかった僕の言葉だけでは何を言いたいのかが理解出来なかったようで、アルバートさんは怪訝な顔をした。

 一体どういう意味だい? 

 と、ストレートにその疑問を口にするアルバートさんにどう答えたものかと考えようとした時、不意に感じた違和感に思考の先が入れ替わる。

 それは先頭を進む僕達が森を抜け、目の前に広がる荒野が目に入った瞬間のことだった。

 全ての馬が動きを止める。

 右手を顔の横まで上げるという、道中で教えてもらったばかりのハンドシグナルによって咄嗟にそうさせたのは他ならぬ僕だ。

「どうしたんだいコウヘイ君?」

「風向きが……変わっていますね。一定の方向に」

 森に入る前には右に左に正面からとコロコロ変わっていた風が、今は向かって右側から一方向に吹いている。

「出発した後に聖剣ちゃんが言ってた通りだよ。風の向きなんて不安定な場所もあれば一定になる場所もある。ここはそういう国だ」

「それはそうなんでしょうけど、地図を見れば分かる通りこの先すぐには崖があって、その崖の向こうには山があるんです。つまりこれは山風ということになる」

「「山風?」」

「えーっと、ですね……放射冷却って分かります?」

「いや、聞き覚えの無い言葉だね。それは何を意味するのかな?」

「通常、山の斜面だったり頂上の方というのは平地よりも気温が上がりやすく、下がりやすいものなんです。例えば日が差している昼間には山の中の方が早く気温が上昇して、温度が上がると密度が低くなる分だけ空気の重さは軽くなり山の下から上に向かっていく気流を生むわけです。逆に夜になると山の中の方が温度が下がるのも早くなる。すると昼とは逆の現象が起きる。つまり、山の上の方から下へと向かって吹く風が発生するということです」

「そういうものなのか。説明を聞いてなおはっきりと理解したとは言えない様な話だが、お主はよくそんなことを知っているな」

 いや、僕の世界では割と常識的なことなんですけど。

 とは他の人が居る手前勿論言えず。

「僕も同じ感想だね。しかしコウヘイ君、今の説明が足を止めることとどういう関係があるんだい?」

「別に難しい説明も原理がどうとかって話も特に問題ではないんですけど、仮に他の場所で風向きが不安定であったとしてもこの場所では夜になるとこういう風が吹くことは日や時間帯によってそう大きく変わることはないということを意味している。相手がそれを知っていれば利用することは出来るはず」

 目の前には人の姿も馬の姿も無い。

 ここまでの道のり、広い荒野や草原で迎え撃つ様な待ち伏せは無かった。

 この森の中で奇襲や罠を仕掛けられることもなかった。

 この先は目的地であるスラスまで荒野が続くだけで他にそれに適した場所は無い。

 もしも相手が何かを仕掛けてくるつもりがあった場合、到着した日の魔王が率いる一団の様に待ち受けて襲い掛かってくるという所謂真っ向勝負のようなイメージが勝っていた。

 それは勝手な思い込みでしかないが、そういう主義というか方法を好む人達なのだと思っていたのだ。

 しかし、そうじゃない手段を選ぶならばここを除けばもう候補は無いとも言える。

 取り越し苦労に終わればそれが一番いいとはいえ考え過ぎ、心配し過ぎなんてことは僅かにも当て嵌まらない状況だと僕が思う限りは誰が相手であろうと考えを曲げることは出来ない。

 いつかも言ったことがある。

 腕っ節もなければ武芸の経験もない僕がこの世界で出来る唯一のこと。

 それは情報を得ること、作戦や対策を練ること、頭を使うこと、そして代わりに考えること。

 情報を集めて、知識を増やして、それを活用して少しでも安全な方法を提案することだ。

 それがこの世界で学んだこと。意味を同じくして、それが命の重みである。

 そして、曲がりなりにも他者のそれを預かる立場にある僕の果たすべき責任であり唯一役に立てる部分なのだ。

「君が君に課している役目というのは十分に理解した。この部隊のリーダーはコウヘイ君だ。君がそう言うならばそれに従うけど、今ここで抱いている不安要素というのは具体的にどういったものなんだい?」

 僕が語る説明や自らの役割に対し、アルバートさんは言葉程理解や納得をしてくれた風には感じられない表情を浮かべた。

 世界一の大国で兵士長という立場に居る人だ。相応の経験や実績を積んできたのだろう。

 そんなアルバートさんにとって組織の中で個々がするべきこと、出来ることなどわざわざ口に出して宣言するものではない。ということなのかもしれない。

「それはまだはっきりとは分かりません。ただ、何かあるならもうこの場所以外には無いだろうというだけで」

 腰から遠眼鏡を取り外し、前方の様子を注意深く窺ってみる。

 広い荒野には裸眼で見るのと変わらず特に人の姿はない。

 しかし、件の崖に目を向けた時。ほとんど僕一人が危惧しているようなその不安要素が現実であったことを知ることとなる。

 月明かりが大地を照らす闇夜の下。

 微かに見える人影とキラリと光る何かを確かにこの目が捉えていた。

「セミリアさん、アルバートさん、視線を変えずに聞いてください」

「コウヘイ、それはつまり……何かが見えたということか」

「それが何かということが分からないほど馬鹿ではないけど、そういうことでいいんだね?」

「はい。右前方の崖の上に複数の人影があります。そう見て間違い無いでしょう」

「まさか本当に伏兵がいたとは……キアラ殿の言う通り、奴等はどこまでも先回りして手を打ってくるということか」

「嘆くべきは今ではないよ聖剣ちゃん。それを踏まえて僕達がどうするかということが重要だ。こちらから仕掛けて迎え撃つのか、迂回して交戦を避けるのか。決めるのは君だ、コウヘイ君」

「恐らくですが、向こうも正面からぶつかり合う気はないと見ていいでしょう。崖の上で待ち伏せていることも然り、弓矢を持っていることも然りです。明確な数は把握出来ませんが、多くとも二、三十人程だということは分かりますし、あの位置では奇襲的に横切る僕達に向けて矢を放つぐらいのことしか出来ないはず。勿論魔法を使えない人達であるという前提での話ですけど」

「報告にあった情報を総合するに幹部連中以外にそういった能力を持つ者は居ないという話だったが……」

「問題は魔王軍の存在、か。連中がそこに加わっているかどうかが鍵になるというわけだ」

「そうですね。この場所に居る以上、向こうからもこちらの姿は既に見えているでしょうし、こちらが待ち伏せに気付いていることを示し、それによって相手がどう動くかによって対応を変えていくという方針が一番ではないかと」

 崖の高さは優に十メートルはある。

 そこに風向きを考慮してこの場所を選んだとすれば、やはり向こうは正面からやり合うつもりはないと見える。

 ここには六百人の兵隊が居るのだ。つまり、それだけで帝国騎士団の総数の倍にもなるということになる。

 スラス襲撃時の報告も含め確かに先手先手を打っては被害を拡大させているとはいえ、やはり数的不利を補うためかゲリラ先述に徹していることが分かる行動が目立つ。

 それすなわち徹底して正面衝突を避け、それでいてこちらの戦力を削ろうとしているということだ。

 冥王龍が倒れた今も同じ方針であり続けている保証はないが、崖の上で待ち構えていながらそこから降りて合戦をするつもりがあるとは思えないし、ならばこちらから先手を打って撤退させられるならそれが一番いい。

「さっきも言ったことだけど、決めるのは君だ。だけど、本当にそれでいいのかい?」

「それが一番安全な方法ではないかと僕は思っています。といっても、その上で相手が向かってくるならさすがに戦うことを避けられないでしょうけど……それを含めてお二人から異論が無ければそういう方針でいければと。毎度ながら一緒になって戦わないどころかセミリアさんに守ってもらう立場の僕の意見では説得力もないかもしれませんからね」

「何を言うかコウヘイ。お主の役割は戦うことではないと自分で言ったばかりではないか。そんなことを気にする必要は無い。お主が正しいと思うことを口にしてくれればよいのだ。私達はそれに従う。そして私は何があってもお主を守る」

「確かに、君が武器を振うかどうかによって方針が変わる方がおかしな話だと言えるだろうし、それが君の下した決定なら僕も従うことに不満は無い。ただ、僕が問いたいのはそういう意味ではないよコウヘイ君」

「というと?」

「君は言ったね。こちらが待ち伏せに気付いていることを示す意味で先手を打つ、と。それによって敵が撤退すればそれでいい、と。先手を打てる状況で、なおかつ敵三十に対しこちらは六百の軍勢という絶対的有利な局面というわけだ。つまり、君は討てるべき敵を逃してもいいと言っているんだよ」

「そう捉えられても仕方がないかもしれません。倒すのではなく逃がす。そこにどんな意味があるのかと問われれば、シビアに考えれば問題の後回しでしかない。だけど相手側にもお二人の様に一騎当千の強者がいることも事実です。それが数の差だけでは解決しない問題であることは現状を見れば一目瞭然であるはず」

 例えば、騎士団の隊長はセミリアさんやクロンヴァールさんと同等の個の強さを持っているという話は一番初めに聞いた。

 その人達が何百人に囲まれても平気で戦い続けたという話もあった。

 それだけの強さを持っているという点においては魔王軍四天王と呼ばれる者達にしたって同じだ。

 数が多い方が勝つ。そんな単純な話ではないからこそ今この国がこういう状況にあるはずなのだ。

 そうならないために戦わなければならない時もあるだろう。

 それでも避けられない戦いだっていつか必ずやってくるだろう。

 だけど。

 少なくともそれは今ではないはずだ。

「この部隊は敵を倒すために結成されたものではありません。であれば僕の仕事は部隊を無事にスラスに送り届けることです。襲い来る相手が居るならまだしも、逃げる敵を追ってまで戦闘に持ち込む意味は無いんじゃないかと思います。あっさりと逃げるということが僕達に追って来させるための罠である可能性が無いでもないということを踏まえても」

「私もコウヘイと同じ意見です。崖の上で弓を持って待ち構えているならば他に主力級の戦士が控えていない限りは向こうにもそのつもりはないでしょう。追い払えるならばそれで良しとすべき局面と言っていいはずです」

 そんな僕とセミリアさんの主張に、アルバートさんは一つ息を吐いて肩を竦めた。

 日頃付き従っているクロンヴァールさんとはほとんど真逆の方針であることはほぼ間違いないだろう

 敵を追わずに安全に。なんて決定はごっこ遊びの様に思われても仕方がない。

 しかしそれでも、決定権は僕にあると言ったのは他ならぬアルバートさんだ。それもあってか、真っ向から反論してくることはなかった。

「君達二人がそう言うならそれでいい。とにかく指示を出そう、いつまでもここで立ち止まっているのもいい加減不自然だ。痺れを切らして敵が仕掛けてきては台無しなんだろう?」

「分かりました。では僕とセミリアさん、それから魔法使いの方を十人とで前に出ます。アルバートさんは後方のハイクさんに今の状況と決まったことを報告してもらうように指示をお願いします。それから、向こうが退かなかった場合はすぐに合流してください。くれぐれも弓矢の射程距離には入らないように」

 僕が言うと、アルバートさんの了承の返事と共にこちらが指示や指定をするよりも先に十人の魔法使いが前に出た。

 アイコンタクト一つでそれが出来るのは軍人としての練度の高さゆえか、その中でもシルクレア兵であるがゆえのことか。

「では出るぞ、コウヘイ」

「はい」

「他の者は後に続いてくれ。私の合図で同時に攻撃を仕掛ける」

 セミリアさんの言葉に、十人の兵士の小さな声が揃う。

 同時に、僕の乗る馬は森を離れ、ゆっくりと荒野を進んでいく。

 いつ弓矢で撃たれるか分からないという状況に緊張感は高まり、鼓動が早くなるのがはっきりと感じられた。

 そんな中を遠眼鏡で崖の上を見つつ、それが陽動である可能性を考慮して正面や左側にも気を配りながらその時に備える。

「コウヘイ、あくまで威嚇でいいのだな?」

「はい。皆さんも間違っても攻撃を当ててしまわないように。負傷者を出して相手が感情的になったり躍起になってしまってはどう転ぶか分からなくなってしまいますので」

「了解した。相手の様子はどうだ」

「こっちが少人数だからか、動きは無いみたいです。風を考えるとほとんど射程圏内に入りかけていますけど、偵察と思われているのかもしれないですね」

「ふむ、だが射程内に入れば何が起きるか分からぬ。ここらで仕掛けるぞ」

 セミリアさんは剣を抜き、カウントダウンを始める。

 そして三から始まった数字が一を過ぎた時、号令と共に十一人の一斉攻撃が放たれた。

「今だっ!!」

 セミリアさんの突きによる斬撃波が一つと十の魔法攻撃が崖に向かって飛んでいく。

 騎士団が待ち構える位置の下部にあたる岩壁に次々と直撃していったそれらの攻撃は小さな爆発を起こし、その岩の壁を破壊していった。

「コウヘイ、動きはあるか!」

 ゴロゴロと崩れた岩が地面に落下していく音が響く中、セミリアさんは崖の上から目を離さず、それに負けない大きな声で後ろに居る僕に向かって叫んだ。

 レンズ越しに見える帝国騎士団と思しき一団は明らかに馬上で困惑し、すぐに散り散りにその影を減らしていっている。

「追撃は必要なさそうです! 作戦通り向こうは退散しています!!」

 遠距離から不意打ちを食らうとは思っていなかったのか、見る見るうちに減っていくだけではなく、はっきりと『撤収するぞ!』という声まで聞こえてきている。

 決めつけることは愚かな行為に他ならないが、すでに全ての人影の消えているあの場所から狙撃される心配はもう無いとみていいだろう。

 すぐに僕は別方向にも目をやるが、特に誰かが現れるような気配はない。

 十人プラスセミリアさんには引き続き警戒をしてもらいつつ、背後に合図を出して森の出口で待機している部隊と合流し、再び隊列を組んで馬を走らせる。

 その後は特に問題もなく部隊は前進し、それから二十分もした頃、ようやくのこと僕達は無事スラス町へと到着した。



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