【第二十九章】 歯止め無き争いへ
すっかり日が落ち始めた森の中。
長い長いジャックの話が終わると、そのあまりにも衝撃的な内容のせいか誰もが咄嗟に感想を漏らすことも疑問をぶつけることも出来ずにシーンとしてしまっていた。
壮絶過ぎる過去。
そう思わざるを得ない、残酷な記憶だった。
ただ天鳳を倒すために勇者だったジャックが百年生きながらえることを選んだのだと、僕は思っていた。
それは決して勘違いや誤った憶測というわけでもないはず。なぜなら当初のジャックの口振りではそれ以外に解釈のしようがないからだ。
しかし、真相を聞いた今になって考えると僕は確かにその片鱗を随所で見聞きしてきていることを自覚させられる。
例えば一番最初にこの世界に来た時、僕達はジャックが生まれ育ったという『名も無き集落』に行ったし、その場所が『勇者が生まれた地』と呼ばれていることも聞いた。
そこで形だけのお墓に手を合わせたりもした。
あれは当時の約束通り、ジャックがネックレスになったことを誰も明かさなかったからこそ作られた物だったのだろう。
それでいて百年が過ぎてもあの場所で暮らす人達にとってジャックが敬意を表するべき人物であり続けているということだ。
そして、本人の口から聞いたこともある。
あれはサミットのためにこの世界に来た日のことだったか。
自分はグランフェルトの王家に嫌われている。そんなことをジャックが言ったのだ。
その時は聞き流してしまった記憶があるけれど、そんな深い事情や意味があるだなんて正直言って思いも寄らなかった。
「一つ聞く」
そこでようやく、クロンヴァールさんによって静寂が破られる。
しばしの無言の間はジャックの過去に驚くあまり言葉を失っていたというよりも、どちらかというと聞いた話が今の自分達にどう影響し、どんな被害をもたらすのか。そういうことを考えていたせいである様に見えた。
「言ってみな」
「その魔術の正体は解明出来ているのか?」
「いんや、残念ながらそこまでには至ってねえ。エルワーズの見解では呪いの類ではなく、暗黒魔術かそれに類似する性質を持った何かだろうってことらしいがな」
「それはつまり……解く方法があるかどうかも定かではない、ということか」
「そういうこった。術者が死ぬ以外に、という意味で言えばな。ついでに言えばどういう方法、どういう魔術でそうなっているのかもアタシ達は知らねえ。表現としては『操られている』というよりも『服従させられている』ってのが正しいんだろう。直接の命令がなけりゃ効力を発揮しないみたいだからな。だが、そこに意志が介入する余地がねえなら大差ないだろうよ。どこまでもクソったれた能力さ」
「大魔王は四つの暗黒魔術を操ると言っていたが、全て把握しているのか? 件の魔術を含め既に三つは今この場で目の当たりにしているとはいえ、どう考えてもまともではない」
「黒魔術や死霊魔術、召還魔法の類を複数習得することは不可能に近い。人間であれば尚更な。だが、野郎が性質上の限界値と言われている四つの黒魔術を扱うことは間違いない。本人の口から直接聞いたってのもあるが、それ以前にこの目で見ている」
「カオスフィールドと言ったか、我々の攻撃を掻き消したあの黒い霧、大地を揺らした魔術、そして兵士達の意志を奪い操る謎の魔術。あと一つはどのような術だ」
「指から閃光を放つ。盾程度では防御出来ないぐらいの馬鹿げた威力だ。仲間はそれで腕一本千切られた」
「大魔王の化け物具合なんざ今更確認するまでもねえだろう。黒魔術をいくら使おうが関係ねえ。さっさと奴を始末しねえとあいつら一生牢の中ってわけだ。死んだ奴等も含め、あまりにも報われねえよ。それも、うちの国のもんばかりだ」
そこで、例によっていつの間にか煙草を咥えているハイクさんが割って入った。
なぜ操られていたのがシルクレアの兵士ばかりだったのか。それは僕も気になっていたところではある。
そんな疑問はどういう方法でそうなっているのかは不明だというジャックの説明によって飲み込んだわけだけど、だからこそハイクさんの言う通り操られていただけなのに命を落とした人が居るという現実が重くのし掛かる。
操られていたから命を落とした人、操られていた人によって命を奪われた人、どちらを取っても理不尽極まりないし、本当に報われない。
そして、更に悪いことに不安要素はそれだけではないのだ。
ジャックの話を聞いたことでそれがあの大魔王という存在の仕業だという情報を得たからといって、では心配の種が無くなったかというと全く以てそんなことはない。
まず第一に、あれだけ大勢に対して同時に効力を発揮出来る魔術でありながら実体は定かではないということ。
それはつまり、自分自身が同じ目に遭う可能性があるということだ。
何らかの魔法を掛けられて、大魔王に服従せざるを得ない状況にあることを自覚しているならば彼等は間違いなくそれをクロンヴァールさんに申告しているはず。ジャックの話に出てきた人達にも同じことが言えるだろう。
そうしていないということは、イコール魔法を掛けられた本人にその自覚が無いということになる。
可能性の有無で言えばそれを禁じる様な命令を予め下しているというパターンも考えられるが、やはり行動に移すことが出来ないのであれば大きな違いはない。
知らない間にそうなっていて、そのせいで仲間を傷つけ、自身も命を落とすことになりかねないという洒落にならない状態。
或いは、それを自覚していながら為す術なくいつか言われるがままに味方に仇をなすことになる恐怖に怯えて過ごさなければならない絶望的な状況。
いずれにしても当事者にとっても、それ以外にとっても精神的なダメージや肉体的な危険が大き過ぎる最悪の能力であることは間違いないと言っていい。
そしてもう一つ。
この場に居た兵士が大魔王の命令に従ったがゆえに起きた惨事だというのならば、この場に居ない兵士がその状態ではないという保証は無いということだ。
港に居る兵士。
後方で待機している兵士。
もっと言えばそこに含まれておらず、かつ味方であるはずのサントゥアリオの兵士が同じ状態であったならこの先もまた同じことが起きる可能性が大いにある。
今この場で経験したことやジャックによって明かされた事実が今後一致団結するべき味方に対しての不信感や疑心暗鬼に繋がっては同盟や連合軍という言葉の意味や前提が崩壊してしまうだろう。
そうなっては魔王軍の侵攻から世界を守るだとか、助けを求めている人達を助けるだとか、そういう話ではいよいよ以てなくなる。
そんな僕の人知れず思い浮かべる最悪の未来予想図は、同じ事を考えていたらしいハイクさんの言葉に対するジャックの答えが明らかにした新たな事実が僅かな希望をもたらすこととなった。
「アタシとて大魔王の去り際の言葉がきっかけだったって確信を得たのは口から吐き出された黒いモヤを見てからだった、知らないままで判断出来るはずもねえよ。だからこそ厄介なわけだ」
「問題はそれだけじゃねえだろう二代目勇者さんよ。この場に居た兵士が服従させられた。それが事実なら、この場に居ない兵士の中にも術に掛かっている奴が居る可能性があるってことだ」
「それについてだが、一応対策はあるぜ」
「対策?」
「術を解くことは出来なくても、術に陥っている奴を見分ける方法ってもんがあってな。分かるか、相棒?」
そう言ってジャックはハイクさんから僕へと視線を移した。
なぜ敢えて僕に問うのだろうか。
クロンヴァールさんみたく僕を試そうとしているのかもしれないけど、それにしたってジャックは満足のいく答えを用意出来るかどうかで僕の器を計ろうとしたりはしないはずだ。
ならば恐らく、僕ならば考えれば行き着くであろう答えであるということ。
僕が知っていること、見たり聞いたりした経験があること、体験したこと。
その中に答えがあるとするならば……。
そう考えて記憶を辿ろうとした時、すぐに答えは見つかった。
今と同じ事情というわけではないが、かつて見知った顔でありながら敵か味方を見極めなければならないという状況を経験したことがある。
「もしかして……聖水?」
少し躊躇いがちになってしまいつつ、僕はその答えを口にする。
サミュエルさんやリュドヴィック王が変身した偽物の可能性があるという中で、そういう名前の謎の液体を口から流し込むという暴挙によって本物であることを確認した。
普通の人間には害はない。ということや、魔族であれば苦しむか、そうでなくても何らかの反応を示す。それによって判別することが出来るのだと教えてくれたのは他ならぬジャックだったのだ。
敵に操られている、という今の問題にどこまで当て嵌まるのかは僕には当然ながら分からなかったが、すぐにジャックが僕の答えを肯定する。
「ご名答だ。人ならざる者による魔力の影響である以上は聖水を口からぶち込めばすぐに分かる。あのエルワーズが研究、解明したことだ。間違いねえ」
人間である以上そうでない者は何も反応を示さず、そうである者は多少の苦しみを伴うが、かといって後遺症が残ったりすることはない。
そういう方法なのだとジャックは言う。
それが事実であれば少なくとも危険を犯すことなく、かつ新たな犠牲を増やすことも避けられるということだ。
今後どういう方針を取るにしても、いつ味方に襲われるか分からない状況は脱したということを証明出来るだけでも精神的な負担が段違いとなるだろう。
今はそうする他ないことも含め同じ考えを抱いたのは僕だけではなかったらしく、この後すぐにクロンヴァールさんによって方針が決まり、僕達は再びサントゥアリオ本城を目指すこととなった。
僕達は後方で待機している部隊と合流して城へ、ハイクさんだけが今聞いた話と今後の方針を伝えるためにアルバートさん達と合流するべく港へと向かう。
出発前に再び城へと手紙を飛ばして集められるだけの聖水を用意するように伝えており、全ての関係者に例の処置を施すということだ。
シルクレアの兵士、グランフェルトの兵士、兵士以外の人も含めたサントゥアリオの城に暮らす全ての人間が対象となり、ハイクさんやアルバートさん、レザンさんは港に聖水が届き、持ち場に関係無くそこにいる兵士全ての状態を確認次第事後処理をし、兵数に大幅な減数が出た場合にはそれを調整してこちらに合流するようにという話だ。
既に半ば過ぎまで来ていたこともあり、二時間程の移動でサントゥアリオ本城へ到着するとすぐにジェルタール王の他キアラさん達幹部を集めてもらい、道中起きた事や分かった事の全てを説明するなり三国がそれぞれ分かれて山の様に積まれた瓶入りの聖水を使って城内に居る者全てへの検査が始まる。
到着した頃には日が暮れていたことや、兵数が多いシルクレアと大臣や使用人も含まれるサントゥアリオの両国が特に時間を要したこともあり、全てが終わったのは随分と遅い時間になってしまっていた。
僕とセミリアさん主導の下、立場的なものもあって一番最初に僕も一口程度の聖水を飲み込んだのだが特に体に異変も感じられず、幸いにして僕達グランフェルト勢には誰一人として大魔王の魔術の影響下にある人は居なかった。
何よりも危惧されていたサントゥアリオ上層部にも、それどころか兵士大臣使用人全てにも同じく幽閉対象は居らず、結果的に被害を受けていたのはシルクレアの兵士だけであることが判明した。
港からの報告も合わせるとシルクレア兵ばかり、約七百人。
大魔王の命令がない限り大きな問題が起きる心配は無いとはいえ、クロンヴァールさんはその全てをこのお城の、或いは船内の牢へと抑留することを決めると同時に近衛兵と呼ばれるクロンヴァールさん直属の部隊を一旦帰国させ、国に残る兵士達にも同じ処置をするように命令し、すぐに実行に移させていた。
どうしてシルクレアの兵士達ばかりだったのか。
そんな議論も少しばかり行われたものの答えが見つかるはずもなく、本来到着次第今後の予定や戦略の組み立てについて話し合う予定だったのだが、その作業に多大な時間を要してしまったため明日の午前に行うことになって一旦解散することとなった。
○
もうほとんど日付が変わるかどうかというぐらいの時間になっただろうか。
僕達に限らずこの大きな城に居る誰しもが随分と遅い晩ご飯になってしまっている中、僕は今日もセミリアさん、ジャックの二人と食事を共にし、それが終わるとセミリアさんと別れ先程到着したと報告を受けたレザンさんを訪ねて少し話を聞き、自分用の部屋へ戻るべく廊下を歩く。
昨日みたく酔い潰れられても色々不便(主に僕にとって)なので今日はジャックの部屋でということにしたのだが、流石のジャックも今日ばかりはお酒も進まなかったのか、いつもよりは随分と少ない量でお開きを迎えていた。
時間も遅いし、明日に備えてという本人なりの自制心もあったのかもしれないけど、それよりも一連の騒動によるところが大きいのかなと勝手に思っているのだけど実際はどうなんだろうか。
百年前に自分の人生を狂わせた残酷な悪意が今になってまた多くの人間を狂わせたのだ。
ジャックの中に大魔王を仕留めきれなかったという後悔があるだけに、余計に心中穏やかではいられないことは間違いないだろう。
あまり表情や態度に出さないから実際にどう思っているのかは分からないけど、だからこそ簡単に心配する様な言葉を掛けても逆に気を遣わせるだけなんじゃないかと思うと口には出来ず、極力普段通りに接してはいたもののジャックの性格からして過去のことを引き摺るタイプではないしなぁ……なんて思うとますます分からなくなる一方なのだった。
僕とてジャックの過去を聞いた時には少なからず辛い気持ちになったし、勿論のこと驚きもした。
当初から本当に天鳳を倒すためだけに百年間を捨てたのだろうかと引っ掛かってはいたのだ。
かといって、それがついでの理由だったなんて思いも寄らない。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れる。
セミリアさんも含め、あれだけ壮絶な過去を持っている人達がそれを乗り越え、今なお誰かのために戦い、僕に笑いかけてくれるというのに、僕はその話を聞いただけでどんよりしてしまうのだから情けない話だ。そんな気持ちが自然と溜息になって現れた、という感じか。
いつまでもこんなでは駄目だ。早いところ切り替えて、明日からのことを考えるようにしなければ。
そんなことを思いつつ、誰かとすれ違うこともない静かな廊下を歩いていると丁度角を曲がったところで少し向こうに人が居るのが目に入った。
小柄な体躯に幼くあどけない顔立ちをした男の子だ。
顔見知りということもあるとはいえ、その風貌からそれがコルト・ワンダーという少年であると一目で分かる。
十五歳にしてこの国の魔法部隊の隊長を務める人物でありながら気弱で大人しい印象で、なぜか僕を尊敬していると言う凄いのか変わっているのかよく分からない子だったりする。
そんなコルト君は僕に気付いていないらしく、まさに僕の部屋の前で僕の部屋の扉を何度もノックしていた。
コンコンと控えめに扉を叩いては少し待って、そのたびに反応が無いことにしょんぼりする。ということを繰り返しているようだ。
僕がここに居る以上反応が無いのは当然なのだが、そう何度も繰り返したところで違った結果が得られるようなことでもないと思うんだけど……。
だからといってこのまま見ているわけにもいかない僕は近付いて声を掛けることにした。
「コルト君」
「へ? あ、お師匠様っ」
名前を呼ぶなり、もの凄い勢いで表情を明るくして駆け寄ってくるコルト君はなんだか顔付きや体格のせいか妙な可愛らしさがあった。
前にも同じ例えをした気がするけど、どこかミランダさん的というか嬉しそうな顔で寄ってくる様は何だかペットの小動物に抱くような庇護欲が湧く。……同じ男相手に何を考えているんだ僕は。
「僕に何か用?」
「は、はい。実は少しお願いがあって……聖水で調査をしていた時はバタバタしていてお話出来ませんでしたし、先程夕食が運ばれたばかりだと聞いてまだ起きているかなと思って勝手ながら訪ねて来てしまいました」
どこか寂しそうに言われては追い返せるはずもなく。
「取り敢えず、中にどうぞ」
と、寂しそうでなかったところでそんなつもりもないのでひとまず部屋に迎え入れることに。
無意識にミランダさんに対する時と同じ様に頭を撫でてしまっていたことに気付いたのは手を離してからだったが、コルト君は嫌そうな顔をするでもなく笑顔でお礼を言ってくれたので良しとしておこう。
そんなわけでコルト君を部屋に通し、椅子に座って貰うと僕は飲み物を用意する。
この世界にはガスコンロなんて物は無いので少し大きなアルコールバーナーの様な道具と五徳の様なものを使ってポットでお湯を沸かし、茶葉を入れた別のティーポットへ注いでかき混ぜてからティーストレーナーを使ってカップに移すと紅茶の出来上がりだ。
同じくティーパックという物が無いからこその手順だけど、普段我が家とも言える店でもやっていることなので慣れっこな僕だった。道具も茶葉も全部備え付けの物だしね。
「はい、どうぞ」
コルト君の前にカップを置き、向かいに腰掛ける。
「あ、ありがとうございます。お師匠様に飲み物まで用意させてしまってごめんなさい」
「いえいえ、大した手間でもないからお構いなく。それで、お願いがあるということですけど」
「はい……あの、お師匠様。一度キアラ隊長と話をしてみてもらえないでしょうか」
「キアラさんと?」
キアラさん。フルネームは確かエレナール・キアラ。
サントゥアリオ共和国の兵士団である王国護衛団の総隊長を務め、クロンヴァールさんやセミリアさんと同じ天武七闘士の一人に数えられる腕利きの戦士である女性だ。
コルト君から見れば上官であり、よくしてくれているとも聞いたことがある。僕も何度か話をしたが、とても良い人だった。
「ここ何日かの隊長は人が変わった様に冷徹になってしまって……なんだか雰囲気も全然違っていて、殺伐としているというか、どこかノーマン副隊長みたいにとにかく敵を倒せといった感じで……とても怖いんです」
「あのキアラさんがそんな風に言ったの?」
「僕に直接、というわけではないんですけど……そういう指示を出しているのを聞いてしまいました。決して逃がしてはいけない、これ以上被害を増やさないためには戦って勝つしかないんだ、と」
「そうなんだ……でも、どちらかというとキアラさんは戦う以外の道を求めている人だったよね? 急に考え方が変わるとも思えないけど、何かきっかけがあったの?」
「恐らくは、スラス襲撃事件だと思います」
スラス襲撃事件というのは確か僕達が帰国している中で起きた帝国騎士団による奇襲のことだったか。
それがきっかけだったということは、その時に余程酷いことがあったのだろう。兵士の被害も甚大だと聞いたし、数千人を率いる身であれば尚更に絶望も大きかったはず。
それが人柄を変えてしまうだけの何かだったとして、それを非難することは誰にも出来ないのだろうけど、僕が知るキアラさんはセミリアさんと同じで強さの中に優しさを持っている人だ。
出来ればそんな考えのままでいて欲しくはないし、無理にそういう意志を保とうとしてはいずれどこかで更なる後悔や葛藤を生むのではないかとも思う。
「僕も話をしようとしてはみたのですが、多くを話してはいただけなくて……ただ自分の器が分かった、としか」
「中々に深刻な感じなんだね。分かった、僕からも機を見て話をしてみるよ。また部隊を分けたり城を出てしまってからじゃ難しいだろうから、出来るだけ明日のうちに」
「本当ですか? ありがとうございます、お師匠様っ」
コルト君は再び目を輝かせる。
その尊敬の眼差しが毎度のことながら身に余る感じではあるが、そんな心の内を知るはずもないコルト君の笑顔を見ては何も言えず。
それから少し他愛も無い話をし、時間も遅いということでコルト君は帰っていった。
「紅茶をご馳走様でした。おやすみなさい、お師匠様」
という別れの言葉を聞いて初めてその呼称についてツッコむことを忘れている自分に気が付いたりもした。
しかしまあ相変わらずというか、僕達は僕達でグランフェルトでもこの国に来てからも色々苦難があったけど、こちらもこちらで大変なことだらけだったようだ。
キアラさんの件にしたってコルト君だけの問題というわけでもないだろう。
僕自身も心配だし、彼女の意志一つで軍隊が動くのだから冷静さを欠いている状態で放っておくことが正解とも思えない。
キアラさんは人の上に立つ人間で、きっとその資格がある人だ。だからこそ僕が知る二人の勇者の様に強く優しくあって欲しい。
例えそれが勝手な願望で、理想の押し付けだとしても。そうあることが出来る人であるならば、そうあって欲しいと僕は思うのだ。
争いによる被害が大きくなっていく。
犠牲者が増えていく。
その分だけ敵対心が増していく。
比例して止まる術、収まる術を失っていく。
この戦いはほとんど勝った負けたという結果が出る以外に終わる方法がないのかもしれないと、そう思わされるだけの状況まで来てしまっているのだから。