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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】
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【第二十七章】 異常事態×異常事態

2/9 誤字修正 非難→避難



 クロンヴァールさんを始めとする敵を倒すグループと僕達負傷兵の回収グループに分かれて行動し始めてから十分ぐらい経っただろうか。

 生死に関わる危険と隣り合わせだったせいか体感的に何倍も長く感じた短い時間ではあったが、どうにか全ての先行部隊の兵士を後方に避難させることが出来た。

 来る途中にレザンさんと打ち合わせた通り、人を運ぶ係と巻き添えや攻撃を食わないために盾を持った防御役との二人一組を作って取り掛かったのだが、クロンヴァールさんの配下の人達が加わったことにより負傷者の数を上回る人数になったおかげで予想よりも時間は掛かっていないはずだ。

 避難させた兵士達にはすぐに回復魔法による治療を受けてもらっている。僕が自ら引き受けた役目はどうにか果たせたと言っていい。

 しかし、だからといって一件落着、万事解決と言える状況では全く持ってない。

 約三分の一の人が既に助けることが出来ない状態だった。言い換えれば、既に命を落としていたのだ。

 この状況であればやむを得ないことかもしれない。

 全員が五体満足で、なんてことは叶わないことなのかもしれない。

 だけどやっぱり簡単に割り切ることは出来なくて、その事実に、亡骸として運ばれていく人達の姿に、胸が痛んで仕方がなかった。

 そんな気持ちだったり自分や他の誰かが今この瞬間に同じ目に遭う可能性あるという現実に速まる鼓動や緊張感が心の中を埋め尽くしていく中、人が余りつつあったため僕は一人前方へと視線を移し周囲の状況に目を配ったり、向こうで戦っている人達の様子を窺ったりしていた。

 右側ではジャックとクロンヴァールさんが魔王を相手にしている。

 少し距離を置いて左側ではセミリアさんとセラムさんがマグマというらしいライオンの化け物と戦っている。

 セラムさんが人外とも言えるすさまじい魔法攻撃を放っていたことも含め今のところ劣勢という感じには見えないけど、それが安心材料になるかと言えばそんな次元の話ではないことは僕程度の経験則でも分かり切っていることだ。

 その周囲では他の魔物達を相手に残る五人が戦っている。

 報告では約三十体という見るもおぞましい生物達を相手にサミュエルさん、アルバートさん、ハイクさん、ユメールさん、AJの五人がばらけた位置で、それぞれが武器を手に右往左往していた。

 三十体を五人で、つまりは一人あたり六体を相手にしなくてはならないという無茶苦茶な割り振りだけど、流石は世界有数の戦士と言われている人達というべきか、クロンヴァールさんの言うところの『雑魚』という表現が彼等にとっても当て嵌まるのか、華奢なAJも含め誰一人傷を負っている様子もなく次々とその数を減らしていた。

 そんな姿を見守りながら無事を祈り、何かあればすぐに動ける様に、僕の指示に従えと言われている兵士達をすぐに動かせる様にと見守る前で不意に起きたのは、あまりにも予想外の出来事だった。

 レザンさんから完了の報告を受けると、それをきっかけに次々と兵士達が戻ってくる中、何故か敵味方を合わせた全ての者がほとんど同時に動きを止めた。

 周りに立つ兵士達も、戦いの最中だったはずの前方に居る人達も、それどころか敵の魔族達もが上空を見上げて固まっている。

 釣られてその方向に目をやると、木々よりも更に高い位置に黒い霧のようなものが発生していた。

 見るからに異様な光景。

 モヤモヤとした気体らしき真っ黒な何かは徐々に体積を増していき、今気付いた僕ですら見ているだけでゾクゾクしそうになる背筋が凍る様な感覚に見舞われる。

 全ての視線を集める謎の現象は、まるでその中から何者かが現れようとしているのではないかと思わされるだけの緊張感でこの場を覆っていた。

 そして、そう感じたのは僕だけではなかったらしく次々と前方に居た人達が持ち場を離れ、こちらに集まってくる。

 示し合わせたわけでもないのに、あの人達が戦闘を放棄し揃って同じ行動を取ったということは余程の事態であるということ。それだけは僕でさえ理解出来た。


「なんだっつーんだ、あの異常な魔力は」


 セミリアさんとセラムさんが合流したことで全員が揃うと、咥えた煙草に火を着けたハイクさんが言った。

 変わらずその目は上空に向いており、魔王やマグマですら動く様子もなく同じ方向を見つめたままだ。

「そんなことよりも、ですっ。お姉様、服に血が……」

「後にしろクリス、何ら問題はない。コウヘイ、そちらの状況を報告しろ」

「はい。先導隊の人達の回収は完了しました。()()()()()()は治療を受けてもらっている状態ですが、軽傷の人や後方からの増援も含めこちらの指示があるまでは待機してもらうように伝えています」

「それでいい。さて二代目、()()が何を意味しているのか、お前なら分かっているのではないのか?」

「ああ、懐かし過ぎて気が狂いそうな気配をビンビン感じるぜ。だが、なぜお前さんがそれを知っている」

「なに、聞いてもいないことをペラペラと話す阿呆が紛れていただけのことだ」

 吐き捨てる様な口調を添え、クロンヴァールさんは黒い霧を指差した。

 その先にはいつからこの場に居たのか、宙に浮き、霧の側に寄っていく見覚えの無い何者かの姿があった。

 頭部の角や薄緑の肌が人間ではなく魔族であると、すなわち敵であると、告げている。

「あれは……バジュラだ」

「あれがバジュラ、ですか。しかし、いつから……いや、なぜここに」

 そんなアルバートさんとAJの会話から察するに、状況が把握出来ていないのは僕だけではないようだ。

 バジュラといえば以前の都市解放戦線でアルバートさんとやり合った相手だったはず。

 魔王のみならず魔王軍四天王という存在がこの場に二人も居る。本当にここで決戦をするつもりなのか。

 いや、今はそれよりもジャックとクロンヴァールさんの遣り取りが気になるところなのだが、僕がそれを問おうと口を開きかけた時、それを遮ったのは視線の先で僕達を見下ろしているバジュラの大きな声だった。


「刮目せよ愚かなる人間共よ! 我ら崇高なる魔族の、全ての世の支配者……淵帝様の御成だぁ!」


 耳を劈く様な大きな声が森の中に響き渡る。

 同時に、周りに居る人達が一斉に武器を構えたのが分かった。そしてその敵意がバジュラではなく黒い霧に向けられていることも、言われずとも理解出来た。

 まるでどこかとこの場所を繋ぐ扉や門であったかの様に、すぐに霧の中から姿を現したのは一人の男だ。 

 肌の色こそ僕達と変わらないものであったが、青く長い髪に揉み上げから繋がった白い顎髭という外見に加え頭には二本の湾曲した角が生えていて、その中心には赤く輝く王冠が乗っている。

 リュドヴィック王がかぶっている様な帽子部がある物ではなく、コロネットに近い放射状の小さな物だ。

 そんな風貌や高貴さ漂う黒いマント、表情、佇まいの全てから威厳や風格、威圧感や狂気の全てが感じられる壮齢の男が射抜くような恐ろしい目で僕達を見下ろしている。

「大魔王……」

 ジャックがボソリと呟く声が聞こえる。

 憎々しげに、その男を睨み付けながら。

「久しいな憎き勇者よ。だが、余は再会の祝いがてらに貴様を殺しにきたわけではない」

 ジャックが大魔王と呼んだ何者かは目下で同じくその姿を見上げる魔王メゾアへと視線を向けた。

 どういうわけか、メゾアは大層ばつの悪そうな顔をしている。

「メゾアよ、誰の命令で出向いたのだ」

「誰の命令でもねえよ親父殿よぉ。人間殺すのに誰の許可が要るってんだ? ああ!?」

「今我等がするべきことは分かっているはずだ。下がれ」

「…………」

「聞こえなかったか? 下がれと言ったのだ」

「ちっ……」

 表情を歪め、忌々しく思うのを隠そうともせずに舌打ちをしてメゾアは姿を消してしまった。

 すぐに他の魔物達もこの場から消え、宙に浮いたままの大魔王とバジュラのみが残される。

 次の瞬間だった。


「牙龍翔撃!」


断罪の十字架(ブラッディー・クロス)!」


穿戟覇王陣(ガロ・インペリア)!」


 女性の声が重なる。

 目の前でセミリアさん、サミュエルさん、クロンヴァールさんに加えてセラムさんが武器や杖を振り、直線的なものであったり十字の形をした斬撃波やクロンヴァールさんによる言葉で表現出来ない様な規模の筒状の衝撃波、セラムさんの杖から放たれた魔法が雨霰と上空に佇む大魔王へと向かっていく。

 どれか一つ取っても不意打ちで受ければ到底無事でいられるはずがない攻撃。

 しかし、それら全てが何の意味も為さないということを理解するまでにそう時間は掛からなかった。

「無駄だ……」

 ボソリと、目の前に立つジャックが再び小さく声を漏らしている。

 その言葉が何を差すのかは、説明を求めるまでもなく目の前で展開される光景が証明していた。

 それもそのはず、四人分の全ての攻撃が大魔王の体に触れることなく掻き消されたのだ。

 避ける動作を見せたわけでもなく、防御したわけでもなく、大魔王はただジッとこちらを見ている。

 にも関わらず、姿を現した時の霧に似た黒い煙らしきものが大魔王の体の前で直撃しようとする斬撃波や魔法を飲み込む様に包み、消し去ってしまっていた。

「なん……だ」

「あれは一体……」

 クロンヴァールさんとセミリアさんの落胆の声が聞こえる。

 後ろに立つ僕にはその表情を知ることは出来ないが、愕然とし失望感を抱いていることが分かる声色だった。

「あれこそが大魔王たる所以だ。カオス・フィールドつってな、あのワケの分からねえ暗黒闘気のせいでまともに攻撃したって通用しやしねえ。四つの暗黒魔術を操る魔界の頂点に立つ男。それが……大魔王ゴアだ」

「はっ、滅茶苦茶な生物だなオイ。いっそ白旗でも掲げてみるか? クソ食らえだな」

「ダンの言う通りですっ。やい乳袋、ご丁寧に解説ばかりしてないで対処法なり攻略法を教えやがれです!」

「誰が乳袋だ。そう簡単にいきゃ苦労はしねえよ、城に着いたらアタシが知ってることぐれえは話してやるつもりだったが、まさかその前に出張って来やがるとは思いも寄らねえ」

 来るぞ!

 誰もがその会話に耳を傾ける中、言葉の最後にジャックが叫んだ。

 それが広げた右手をこちらに向ける大魔王の動きに対するものであると気付かぬはずもなく、この場に居る全ての人間が武器や盾を構える。

 呼吸や瞬きすら気を抜けば出来なくなりそうな状態でまともな武器、盾のどちらも持ち歩いていない僕もすぐに指輪から盾を発動するための構えをとった。

 大魔王は意図して作っているのではなく、天然で持ち合わせているのであろう冷え切った恐ろしい目と右手の掌をこちらに向け、何ら気にすることなく低い声で一言、呟く様に何かを唱えた。


天変地異(インヴェイド)


 刹那、大地が揺れる。

 足下はぐらぐらと波打ち、視界がグニャグニャと歪み、ただならぬ事態に見舞われていることを理解しながらも咄嗟に対処の術など浮かびはしない。

 平衡感覚を失い、沈んだり盛り上がったりする地面が踏ん張り足から力を奪い、結果まともに立っていることも出来ずに僕はその場で倒れ込んでしまっていた。

 周りに居る人達の姿も朧げにしか認識出来ない状態に陥っていたが、兵士達の戸惑いの声や狼狽える声があちこちから聞こえてくる。

 こんな状態で攻撃を仕掛けられたら一貫の終わりだ。

 どうにか手を突き立ち上がろうとしてみるも上下も前後左右も自分がどの方向を向いているのかも把握出来ず、よろめくことしか出来ない。


「うっ……」


 その時、頭に衝撃が走った。比喩ではなく、物理的な意味でだ。

 頭頂部に何かがぶつかった、或いはぶつけられたのだということを疑うまでもない重みに思わず頭を抑えるが、外傷もなさそうだし痛みもそこまで感じない。

 だからといって何一つ安心出来る要素にはならない状況なのは分かっているけど、ゆらゆらと波打つ視界が状況の把握を困難にさせていた。

 今のが大魔王による何かだったとしたら、じっとしているのは不味いのではないか。

 そこに思い至りどうにか立ち上がろうとした時、前触れもなく目に映る全てが原型を取り戻していく。

「も、戻った……です?」

「みてえだな……旦那、AJ、無事か?」

「ああ、なんとかね。特に攻撃を受けたわけでもなさそうだ」

「ボクも同じく、とだけ。だけど、今のは一体どういう魔術なんだ」

 そんな会話をしながらふらふらと立ち上がるシルクレア勢を見るに、ああなったのも元に戻ったのも僕だけではないことが分かる。

 その向こうではサミュエルさんも同じ様に立ち上がろうとしていたが、その他の四人、すなわちセミリアさん、ジャック、クロンヴァールさんにセラムさんはそもそも膝を突いてすらいない。

 肉体の強さによって耐えたのか、何か効果を軽減させる術を持っていたのか、あんな状態で直立を維持し、しかも大魔王に視線を向けたままでいられるとは……どこまでも普通じゃない人達だ。


「いつまでも転がってんじゃねえ、野郎が余裕カマしてなきゃその瞬間死んでてもおかしくねえんだぞ」


 ジャックが振り返ることなく、緊迫感漂う口調で空気を一新させる。

 大魔王は大地が揺れる前と変わらず未だ宙に浮いたまま、嘲笑とも思える微かに変わった表情でただこちらを見ていた。

 辺りを見回してみても怪我をしている兵士はおらず、余裕をかましていると言ったジャックの言葉通りこちらに危害を加える意図があったわけではないということなのか。

 力の差を見せつけるためか、はたまた遊び半分だったのか、いずれにしてもこの人数と面子を前にして余裕がある時点で無茶苦茶な話だ。

 そんな、状況判断とも分析とも言えないことを考えながら僕も慌てて立ち上がる。

 その際、手を突いた位置の近くに動かなくなった鳥が転がっているのが目に入った。

 恐らくではあるが、先程僕の頭にぶつかったのはどうやら巻き添えを食ったあの鳥が落ちてきただけだったらしい。

「どれだけの時を経ても人間とは脆弱なものだな。我々には最後の準備がある、さらばだ勇者よ」

 大魔王の低い声が響く。

 誰一人として安堵する様子はなく、それどころか再び武器を構えていた。

 そして一番前に立っているクロンヴァールさんが左手に持つ剣の先を向け、代表して戦闘継続の意思を投げ掛ける。

「貴様を殺せばこの戦は終端に向かう、そう簡単に逃がすと思うか?」

「焦らずとも近い将来この地上の全てを消し去りに来てくれる。それまでに貴様等が生きている保証もないのだろうがな」

 嘲笑混じりに吐き捨て、大魔王は再び広げた右手をこちらに向ける。

 またあのおかしな魔法を使おうとしているのかと僕を含めたほとんどの人間が身構えたが、その口から出てきた言葉は先程のものとは全く違っていた。


「淵帝が命じる、()()()()()


 沈黙がこの場を包む。

 誰もが同じ感想を抱いたであろう中で、それを口にしたのはやはりクロンヴァールさんだった。

「……何を言っている」

 まるで理解不能な言動を繰り返すことを挑発と受け取っているかの様な怒りを帯びた口調。

 しかし、大魔王はただ冷酷な笑みを浮かべたまま言葉を返すこともなく、現れた時と同じく突然発生した黒い霧の中に姿を消した。

 この場に敵と表現するべき者は居なくなり、僕達だけが残される。  

 少し聞いたことがあるという程度の知識とはいえ、あれが魔王軍を束ねる男だということは僕にも分かる。

 もしもあのままやり合っていたらどうなっていたかは分からないが、少なくとも逃げられたという結果とは程遠い状況なのだろう。

 そんな後味の悪さを感じている者もいれば、ひとまずサントゥアリオ本城への移動を阻止せんとする一団が去ったことに安堵する者もいる中、聞こえてきたのは背後で響いた断末魔の叫びだった。

 ぐあぁっ! と、誰かが叫んだ。その瞬間理解出来たのはそれだけだった。

 慌てて振り返ると、その先にあったのは声の主であろうシルクレアの兵士が崩れ去る瞬間だった。

 背中から、()()()()()()()()に刺されたことによって。

「何してんだてめえ!」

 ハイクさんがすぐに駆け寄っていく。

 しかし、その兵士を殴り付けようと拳を振り上げた時、再び悲鳴がこだまする。

 別の場所で、別の兵士が、同じ様に味方であるシルクレアの兵士に斬り付けられているのだ。

 そしてまるでそれが合図であったかの様に、連鎖する様に、周囲で次々と同じことが起こっていった。

 気でも狂ったかの様にシルクレアの兵士が近くにいる味方に襲い掛かり、不意を突かれた兵士が対処出来ずに斬られたり刺されたりして倒れていく。

 そんな理解不能な光景があちこちで繰り広げられていた。


「なんで……こんなことが」


 まさに地獄絵図だと言える目の前の現実に頭が追い付かない。

 味方に襲い掛かり、命を奪おうとする兵士。

 それを阻止し、身を守るために同じ様に相手を殺傷せざるを得ない兵士。

 それはただ同じ人間同士で殺し合っているだけにしか見えない、あまりにも残酷な景色だった。

 唯一思い当たるのは大魔王が居なくなる前に発した一言。

 あの言葉が意味するところを考えるならば……。

「コウヘイっ!」

 不意に左腕を引っ張られたかと思うと、次の瞬間僕はセミリアさんに抱き込まれていた。

 直後に聞こえた金属音と、百八十度変わった体の向きが生む視界の変化によって否応なしに把握させられたのは一人の兵士が後ろから僕に斬り掛かってきていたということ、そしてセミリアさんが助けてくれたということだった。

 呆然としていたというよりも、そうなっては駄目だとあれこれと頭を働かせようとしていたせいで全く気付いていなかった。

 迂闊だったとはいえ傍にセミリアさんが居なければどうなっていたかを考えると末恐ろしいどころの話ではない。

 セミリアさんは僕を腕に抱いたまま名前も知らないシルクレアの兵士が振り下ろした剣を防ぐと、その流れで体勢を崩させ柄で首筋を殴ることで男を気絶させた。

 周りではクロンヴァールさんやその側近の人達を始め、グランフェルトの兵士達もが何十人にも増えた暴走する兵士を次々と取り押さえたり気絶させたり、場合によっては傷つけてでも動きを封じようとしている姿が目に入る。

「あ、ありがとうございますセミリアさん」

「コウヘイが無事ならそれでよい。しかし、これは一体どういうことだ。まさかクロンヴァール王の配下が裏切ったというのか……」

 そう。暴挙を働いているのはどう見てもシルクレア兵ばかりなのだ。セミリアさんがそう思うのも無理はない。

 あの大魔王の言葉にその理由があるなら、考えられる可能性は三つ。

「裏切ったか、元々敵だった誰かが紛れ込んでいたのか、操られているか……そのいずれかだと考えるしかない、でしょうね」

 最後の一つに関してはそれが可能かどうかを知らない僕には何とも言えないが、少なくとも姿を変えてなりすますという敵の策略に関しては既に体験したことでもある。

 今ここでそんな策略に嵌ったというのならば、それは果たして事前に防ぐことが出来るレベルの話であったのかどうか……。


「っ!?」


 また一人、すぐ側で兵士が倒れ込んだ。

 首に矢が刺さり、見るからに助かる見込みの無いその姿に思わず飛び退き、目を逸らしそうになる。

 それは同じ人間でありながら敵か味方かも分からない誰かの今際の際。

 今この場で何が起きているのか、それを明らかにする術はあるのか。

 こんなものが避けようのない犠牲であるはずがないと嘆く気持ちに加え、目の前で人が死ぬという現実がそんなことばかりを考えさせた。

 すぐに男は血が吹き出る首を押さえ、苦しみに歪んだ表情のまま全ての動きを失う。

 同時に、男の口から真っ黒な気体のような何かが出てきたかと思うと数秒と掛からずに消えて無くなった。

 それはまるで魂が抜けていく様だと例えるほか無い姿ではあったが、同じ人間だという前提で考えるならばそんな憶測で納得出来るわけがない。

「セミリアさん、今のは一体……」

「私もあの様なものは初めて見た。だが……明らかに普通ではないことは分かる」

 未だ僕を守るために側に居てくれているセミリアさんも同じく今亡骸になったばかりの男を見つめ、息を飲んでいた。

 周りでは変わらず敵と化した者とそうでない者が争いを続けている。

 もしも今のが何か解決の糸口になる可能性があるならば、それを伝えるべきはクロンヴァールさんやジャックだ。

 二人の姿を探さなければと振り返ると、その先でまた一人の兵士を悶絶させたクロンヴァールさんは僕の視線に気付くことなく、全体に向けてほとんど怒鳴るような声で指示を下した。


「馬鹿共が……余計な負傷者を増やさないことを優先させろ! 主君に背く愚か者に命は無いと思え!!」


 それは、最悪殺してでも止めろという王による命令。

 ついこの間の女王暗殺未遂事件も然り、こうも身内による背信行為が続けば僕達以上に心中穏やかでいられないのは当然のことなのだろう。

 クロンヴァールさん自身もすぐに襲い来る兵士に攻撃しようとしたが、その剣が兵士に届くよりも先に、もの凄い早さで割って入ったジャックが庇う様にそれを防いだ。

「落ち着け赤髪の王……これは裏切りじゃねえ。おいてめえら! 暴走してる奴はひとまず動けねえようにしろ! 決して殺すんじゃねえ!」

 ジャックはクロンヴァールさんの攻撃を剣で防ぎつつ、その対象であった兵士の鳩尾に空いている左肘を叩き込むことで意識を奪っていた。

「どういうことだ! 貴様、何か知っているのか」

「ああ、ようやく分かったぜ。だが話は後だ、とにかく今は事態の収拾を先決させろ。方法はなんだっていい、気絶させるなり縛り上げるなりするんだ!」

 そう言ったジャックが何に気付いたのかは僕には、いや、僕達には分からない。

 しかしそれでも、全ての()()がその言葉に従い、可能な限り殺傷という方法を避けて刃を向ける兵士達を取り押さえていった。

 ユメールさんの糸やセラムさんの魔法で作ったらしい縄らしき物を始め、魔法だったり能力的なものだったり、ジャック達の様に気絶させたり複数人で力尽くで押さえ付けたりと方法は様々であったが、見守ることしか出来ない僕の前でどうにか味方に攻撃しようとする兵士全員の捕縛が完了した。

 その数、八十二人。

 した側、された側の両方に負傷した者も命を落とした者もいる。

 それらを合わせると共に敵と相対したはずの中軍に位置する人間は当初の半分以下になっており、先導部隊も軽傷者を除く八割が持ち場に復帰することが出来ない状態だ。

 それすなわち港から本城へ向かうだけのことで前回以上の大打撃を受けたと言わざるを得ない最悪の状況だと言えた。

 縛り上げた裏切り者の兵士達はすでにアルバートさんとレザンさんの主導の下で港に連行している。生きている者は例外なく船内の牢に幽閉するとのことだ。


「さあ、二代目。説明してもらおう、お前は何を知っている」


 船やサントゥアリオ本城への連絡に手紙を飛ばしたことも含めて全ての段取りと方針の決定を済ませると、クロンヴァールさんは責めるような口調でジャックに詰め寄った。

 残った兵士は後方で待機している部隊の誘導に向かっている。側にいるのはアルバートさんとレザンさんを除いた将に位置される人間だけだ。

「大魔王は四つの暗黒魔術を操る。あれは……その一つだ。操られている、といえば分かりやすいか。ただし、野郎の思い通りに動かされているってわけじゃねえ。奴の命令には従うが、そうでないときは普段と何ら変わりはねえんだ。だからこそ知識無く見抜くことが出来ない厄介な魔術ってわけだ」

「その口振りでは、かつて大魔王を討伐した時に得た知識ということのようだな。実際に目の当たりに、いや、その能力によって苦汁を舐めた経験があるというわけか」

 ジャックの説明を受け、少なくとも表面上は冷静に見えるシルクレアの面々はやはりクロンヴァールさんが代表して話を進める間に口を挟むことはない。

 操られている。

 それが事実ならば一連の内紛も説明がつく部分が多くなるとはいえ、遙かに驚きと絶望が勝ることは間違いない。

 表情一つ変えないサミュエルさんがどう感じているのかは不明だが、少なくとも僕やセミリアさんは言葉を失うしかない。そんな状況だ。

 そんな中、ジャックは一つ大きく息を吐いた。

 そして、

「認めたくはねえが、確かに体験に基づく知識ってのが正しい表現だ。なにせ、アタシは奴のあの能力のおかげで百年もの間あんな髑髏の姿で過ごす羽目になったんだからな」

 そう言って、これまで明かされることのなかった百年前の真実を静かに語り始めた。


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