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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】
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【第二十六章】 頂上対決、その先に

11/18 誤字修正

   ~another point of view~



 アネットは真っ直ぐに敵へと向かっていく。

 その瞳に映るのは魔王メゾアただ一人。

 脇に控えるその配下には目もくれず、頭にあるのはただ親玉を仕留めることだけだった。

 事前に聞いたところによると魔王軍四天王というのは帝国騎士団の隊長達と同じく、三国の精鋭と同等以上の力を持っているという話だ。

 強さという意味ではメゾアの横に立つ【溶岩獣マグマ】も到底捨て置ける状況ではないが、同時に駆け出したセミリアが引き受けると言った以上アネットに憂いはない。

 ならば己が取るべき行動はこの国この状況における宿敵であり、自身にとっても数々の因縁がある魔族の長たる一族を仕留めることで仲間を、そして人類の未来を守る。

 それが今も昔も勇者であり続ける自分にとって何よりも優先されるべきことであると信じているからだ。

 元来の好戦的な性格も相俟って強敵を前に気は高ぶり、例えそうでなくとも除いても純粋に黙って見せ場を譲ることが気に食わないという個人的で自己中心的な感情もあってリスクや戦略的な観点での有効性など考えもせず、ほとんど本能的に突撃していた。

 アネットはメゾアの目前で飛び上がると、両手で持った剣を頭上に持ち上げる。

 百年前の戦いでは大魔王ゴアと抗争を繰り広げ、そして勝利し世界を守った。

 魔王と呼ばれる子息達の存在を知らないわけではなかったが、その当時は人間界に現れることはなくゴア自身が魔族を引き連れて侵攻していたため直接目にした経験はなく、当然ながらメゾアという名の魔族のことも何も知らない。

 見た目に武器を持っている様子はないが、まず間違いなく魔族特有の特異な能力を持っているだろう。

 そう思ってはいても、気や気配、魔法力を察知する能力に長けている自分ならば例え見ず知らずの能力であったとしても、少なくとも他の者よりは発動の瞬間にある程度の対応は出来る。

 その自信があるからこそ直接的な攻撃に打って出ることが基本戦術となっているのだ。


「食らいやがれっ!」


 アネットは躊躇うことなく頭上から剣を振り下ろす。

 未だメゾアに動きはない。ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべているだけだ。

 しかし。

 反撃、回避、両方の動きに合わせられる様に神経を集中させるアネットだったが、メゾアの行動はそのどちらでもなかった。

 鎧を身に着けているわけでもない左腕によっていとも容易くその一撃は防がれ、制止する。

 アネットは一瞬驚きの表情を浮かべるが、空いている右腕が急激に魔力を帯び始めたことに気付き、着地と同時に距離を置こうと後方へ飛び退いた。

 常人を超える反応速度によって間髪入れずに放たれたメゾアの右拳をギリギリで回避し、躱すだけに留まらず体勢を変えることでその軌道から逸れている。

 メゾアの右腕は空を切ったものの、ただの素手による突きのはずであるその拳から放出された強大な魔力がアネットの目の前を通過し、そのまま背後にある木々の枝を消し飛ばしていた。

 その様を目で追ったのち、アネットは短く口笛を鳴らして構えを解く。

「なんつーパンチだ。つーか、パンチと言えるのかありゃ?」

「考え無しに突っ走るからそうなる。貴様一人の戦いではないのだ、少しは協調性というものを持て」

「生憎とアタシは分析やら探り合いってのはガラじゃねえもんでな」

 追い付いくなり隣で立ち止まったクロンヴァール王に対し、アネットは得意げに笑う。

 その悪びれない態度や暴走気味な独断専行を自覚していなさそうな姿を見て、この自由人だけは部下には要らんなとクロンヴァール王は心で溜息を吐いた。


「はっはぁ! 今のを躱すか。だが、そうじゃなけりゃ殺し甲斐もねえ! 今度はこっちから行くぜえ?」


 メゾアは叫ぶ様に宣言するとすぐさま二人に向かって突進する。

 右腕のみならず、その両腕は禍々しい魔力で充満していた。

 アネット、クロンヴァール王はすかさず構え直し、迎え撃つ体勢を取る。

「注意すべきはあの両腕のみだ。おかしな能力を持っているわけでもなければ多彩な魔法を操るわけでもない。両腕に集約された莫大な魔力が攻防全てを担っている」

「要するに、(パワー)でゴリ押しタイプってわけかい。ま、あれだけの魔力じゃ『だけ』の一言で済む問題でもねえだろうがな」

 口ではそう言いつつも、アネットは今し方の一撃を腕一本で防がれたのは自分が弱くなったことが原因ではないらしいと、人知れずホッとする。

 逆にクロンヴァール王の心には見知ったその顔に対する殺気が沸々と湧いていた。

 本来魔王メゾアはシルクレア王国の侵攻を指揮する立場にある。

 近年は淵帝の指示によりとりわけ大きな争いは起こっていない。

 この全面抗争のためだと聞かされてはいたが、それがメゾア本人の関心を薄れさせたこともあって自ら人間界へと赴くことはほとんどなかった。

 その中で一度だけ、クロンヴァール王はメゾアと対峙した過去がある。

 国内複数の箇所で同時に現れた魔王軍の集団を打破するべく同数の討伐隊を組み、クロンヴァール王が率いた部隊が向かった先にいたのが他ならぬメゾアだったのだ。

 一対一での戦いだった。

 それでいて戦術も駆け引きもなく、膨大な魔力のみを武器として直接的な攻撃を仕掛けるばかりの魔王に対し優勢を維持し徐々に追い詰めていった。

 簡単に仕留められるほど楽な相手ではない。

 頭では分かっていても、稚拙な戦闘技術や直情型の性格も含めまず不覚を取る相手ではないと言える状況であっただけに辛うじて取り逃がしたことが悔やまれる一戦だった。

 側近の一人でも引き連れていたならば、まずそうはならなかっただろうと思う気持ちがより後の後悔を大きくさせた。

 そんな対照的な心の内である二人に対し、メゾアはやはり直接的な攻撃に出る。

 変わらず両腕は膨大な魔力を帯びており、一般の兵士であればまず恐れ戦き闘争心を削ぎ落とされてしまうであろう危険性を惜しみなく醸し出していた。


「オラァッ!」


 二人に迫るなり、メゾアは右拳を振り下ろす。

 アネット、クロンヴァール王は左右に分かれて飛び退くことで難なく躱すと、空を切った拳は地面を叩き大きな穴を空けた。

 多少の素早さがあるとはいえ、ただ殴り付けるだけの攻撃を簡単に食らう二人ではない。

 しかしそれでも、躱せるから問題無いというレベルではない威力であることは明白であり、それゆえに追撃を防ぐべくすかさず反撃に打って出る。

 先に動いたのはクロンヴァール王だった。

 向かって右側から前屈みになったメゾアの首下に鋭い突きを放つ。

 メゾアはほとんど同じタイミングで振り下ろした右腕をクロンヴァールに向けて繰り出していた。

 打撃ではなく魔法力の放出によるその至近距離からの攻撃に対し、すぐに回避の動きへと移行したクロンヴァール王はぎりぎりのところでそれを躱す。

 一発目と同じく背後で枝葉が吹き飛ぶ音が響く中、間髪入れずに体勢を崩したクロンヴァール王に追い打ちを掛けようとするメゾアだったがアネットがそれをさせない。

 反対側に居たはずのアネットは再び拳を繰り出そうと視線をクロンヴァール王へ向けているメゾアの死角から既に剣を振り下ろしていた。

 しかし、メゾアとて左右から同時に攻めれば容易く討ち取れるというほど脆い戦闘力の持ち主ではない。

 瞬時にその攻撃に気付き、すぐに体の向きを変えると目の前に迫り来るその剣に左腕を叩き付けた。

 勢いよく振り抜かれた手刀と化したメゾアの左手に力負けしたアネットの剣を持つ右腕は大きく弾かれ、ほとんど背中の辺りまで押し返される。

 メゾアはニヤリと凄惨な笑みを浮かべ、すぐさまがら空きになったアネットの体に渾身の一撃を叩き込もうと距離を詰めたが、力一杯の握力を込めた握り拳を胴体に向けて放とうとした瞬間、その目に映ったのは同じようにニヤリと不敵な笑みを浮かべるアネットの顔だった。

「っ!?」

 メゾアは驚きに目を見開き、全ての動きを止める。

 それどころか、反射的に後退し自ら距離を置いていた。

「…………」

 メゾアは不可解な現実を前に顔をしかめ、ただ沈黙する。

 決してアネットの表情に警戒心を抱いたわけではない。そんな理由で目の前の敵に対する攻撃を自制出来る程慎重な性格など持ち合わせていないからだ。

 しかし、攻撃を受けてしまったとなれば話は大きく変わる。

 そっと右手で胸元に触れると、その手には確かに血液が付着していた。

 メゾアに攻撃された自覚はない。

 それでもあの瞬間、何らかの攻撃を受けたことは間違いない。

 胴体を斬り付けられ、傷を負わされている事実がそれを物語っていた。

 その攻撃の正体は斬撃の再現を可能にする【リフト・スラッシュ】と名付けたアネットの特殊な能力によるものである。

 アネットの持つ能力など知るはずのないメゾアは何が起きたかなど理解出来ていなかったが、すぐに考えることを止め、手に付いた血液を舐めると再びニヤリと笑った。

「クックック、面白れえ技を持ってやがるじゃねえか。一体何をしやがった」

「さあ、なんだろうなぁ。ご丁寧にてめえを殺す技をてめえに解説してやるほどお人好しじゃねえぜアタシはよ」

「てめえが? 俺を殺す? 笑えねえ上に低俗な冗談だな軟弱な人間風情が……二度と舐めた口が効けねえ様に、そろそろ全力でいってやるとしようか!?」

 狂気を帯びた吠え猛る様な怒鳴り声が響く。

 同時にその両腕に充満している魔力の量が爆発的に増した。

 アネットも、その横に戻っているクロンヴァール王も、ただならぬその様相に警戒の度合いをより強くする。

 異様にして異常なまでのその膨大な魔力は、防御したところで致命傷を負いかねないのではないかと思わされるだけのレベルに至っていた。

「さーて、どうするよ赤髪の王」

「冷静に考えるならば接近戦をすべきではないと分析するところなのだろうが、そんなことを言っていては何らかの能力を持つ相手と対峙する度に同じ事を口にせねばならん。というのが私の考えだが?」

「気が合うじゃねえか。そんなチンケな思考で乱世を生き残れるわけがねえさ。お前さんはまた別なんだろうが、アタシ等みたいな剣使いは特にな」

「ならば攻めた上でねじ伏せるまでだ。必殺の一撃で終わらせてくれる!」

 毅然とした態度で睨み返しつつ、クロンヴァール王は突きの体勢から斬撃を放った。

 その動きに合わせて同じく斬撃を放ったアネットのものを含め、二本の剣から放たれた二つの斬撃波が今まさに突進してこようとしているメゾアに向かって飛んでいく。

 しかし、メゾアはここまでの攻防とは違い、両腕で防御するでもなく、拳で掻き消すでもなく、その攻撃を打ち払った。

 兵士達の集中砲火を受けた際の様に両手を広げ、体全体から魔力を放出することで二筋の斬撃を相殺したのだ。

 攻撃魔法や覚醒魔術を使えない代わりにその膨大な魔力を肉体を使って攻撃、防御の手段へと変える。それこそが魔王として、魔族を統率する存在として君臨するメゾアの持つ強さの唯一にして最大の要因であった。


「チンタラとウザってえ攻撃をしてんじゃねえよ。この俺に本気を出させたんだ、さあ……本格的に殺し合おうぜ」


 メゾアの目がみるみるうちに狂気に満ちていく。

 その言葉に乗せられるわけもなく、経験則としてアネットもクロンヴァール王もこのままでは危険性が増したまま勝負が長引くだけだと感じていた。

「ったく、どこまでも七面倒くさい野郎だ。仕方ねえ、アタシが時間稼いでやっから魔法陣でもなんでも用意しといてくれや」

 心底煩わしそうな顔で舌打ちを漏らすと、アネットは返事を待たずに駆け出した。

 再び接近戦を挑もうと剣を構えたまま一気にメゾアとの距離を詰めるアネットの後ろ姿を目に魔法陣を生成しようとしたクロンヴァール王だったが、不意にその動きが止まる。

 突如背後に現れた魔族の気配に気付き、反射的に振り向き様に剣を繰り出していた。

 その目に映ったのは薄く緑がかった肌の、茶色いローブを身に纏う魔族の魔道士らしき男。

 下から逆手で振り上げたその剣は確かに男の胴体を斬り付けた感触を手に残したが、男は僅かに後退しただけで顔にはおぞましい笑みを浮かべている。

 切り裂いたはずの体の傷やローブが瞬く間に塞がっていくその姿を見て、クロンヴァール王はすぐにその正体に気付いた。

「その風貌……貴様が【呪い師カース・オブ・マーダー】か」

「ほう、俺を知っているのか。その通り、我が名はバジュラ。崇高なる魔族にあって最強の魔道士よ」

「部下が世話になったらしいな。だが、今は貴様如きに構っている暇は無いっ!」

 クロンヴァール王は殺気の籠もった目付きでバジュラを睨み付け、鋭い突きを放った。

 先の都市奪還作戦の報告で物理的攻撃が効かないという情報は得ている。

 通常の斬撃とは異なる、魔法力を帯びた斬撃波が真っ直ぐにバジュラに向かっていったが、ほとんど同時にバジュラも杖を振っていた。

 相殺する気かとクロンヴァール王はすぐに次なる一手を思案したが、その予想に反して杖の先にある赤い宝玉から放たれた黒い何か(、、)は斬撃波を逆流する様に伝って迫っている。

 その正体を考える時間も、回避する間も得ることは出来ず、黒い魔力の筋がクロンヴァールの腹部に直撃した。


「ぐっ……」


 クロンヴァールは左手で腹を押さえ、膝を突きそうになるのをどうにか堪える。

 口からは赤い血が滴り、その表情は苦しみに歪んでいた。

「カッカッカ、(せわ)しないな愚かな人間めが。俺は戦いに来たわけでないというのに」

「私に……何をした」

「今貴様が受けたのは血毒の呪いよ。体内に混入した毒が血中で増殖し、全身に広がり、その体を蝕んでいく。そしてちょうど五十の日が過ぎた時、貴様は毒に犯され苦しみながら命を落とすのだ」

 バジュラはただ再び嫌らしい笑みを浮かべている。

 それでもクロンヴァール王は口元の血を手で拭うと再び剣を構えた。

「舐めた真似を……」

「カッカッカ。この戦に勝とうが負けようが貴様は死ぬのだ、今から死に急ぐな愚かな人間よ。俺は戦いに来たわけではないと言っただろう。それどころか止めに来てやったのだ。そのために我らが主がわざわざこのような場所に参った、ならば人間らしく地を這って出迎えるのが相場というものだとは思わんか?」

「主……だと?」 

 その不可解な言葉に、今まさに地を蹴ろうとしていたクロンヴァール王の足が止まる。

 ほとんど反射的に視線をバジュラから上空へと移していた。

 背後で激しい攻防を繰り広げているアネットとメゾアまでもが、思い掛けず全ての動きを同時に止め、驚愕の面持ちで同じ方向を見つめている。

 突如上空に現れた、禍々しい気配を帯びた漆黒の霧が原因だった。


          ○


 セミリア・クルイードは息を整え、冷静に敵の姿を見つめていた。

 少し離れた位置ではジャクリーヌ・アネットとラブロック・クロンヴァールが魔王と戦っている。

 あの二人が揃っていて負けるわけがない。

 ならば自分の役目は確実にもう一方の敵を仕留めることだ。

 そんな使命感の下、その敵へと攻撃を仕掛けたものの状況は芳しくないと言えた。

 目の前に立つは胴に鎧を纏う獅子の魔獣。

 橙色の体毛に四本の角と四本の腕を持ち、その腕の全てに大きな斧が持たれている。

 魔王軍四天王の一角である【溶岩獣マグマ】と呼ばれる魔族だ。

 大魔王や魔王ではなく四天王相手ですらセミリア自身も、同じ勇者であるサミュエルも、あのクロンヴァール王ですらも勝つことが出来なかったという事実が白十字軍(ホワイト・クロス)に大きな衝撃を与えたことは記憶に新しい。

 それ程の強さを持つことが明らかになった魔王軍が帝国騎士団に荷担しているとなれば、それは世界の崩壊に直接繋がる戦であるということ。

 だからこそここで倒しておかなければならない相手であると思ってはいても、初手からの長い攻防が残した結果が次なる一手を打たせず、手を止めざるを得ない状況にさせていた。

 脇目もくれずマグマに突進し、素早く距離を詰めたセミリアは迷わずマグマに斬り掛かったものの、その手に持たれた四本の斧が簡単にそれを許してはくれない。

 初撃を二本の斧に防がれると、すかさず反撃に転じるマグマの乱撃がセミリアを襲った。

 それでも神速と呼ばれる身のこなしと世界でも指折りの剣術によって重みのある何十にも及ぶそれらの攻撃全てを躱し、防ぎ、それに留まらず間隙を縫って自身も攻撃を仕掛ける。

 どうにか鎧に守られている胴体を避け、肩口と首筋を斬り付けるに至ったものの、直後に一旦距離を置こうと後方へ下がったセミリアの目に映ったのは確かにマグマの体に残したはずの傷が塞がっていく瞬間だった。

 ボッと、傷口から噴き出すように火が(とも)ったかと思うと、消えたその火と共に斬った跡までもが消えてしまっているのだ。

「…………」

 その姿にセミリアはただ無言のまま深刻な顔で状況の把握しようと頭を働かせた。

 マグマはその体を炎へと、炎から溶岩へと変えることが出来る。

 それだけではなく、多少のダメージや傷であれば肉体を炎に変化させることによって再生することを可能としている。まさに溶岩獣という異名を象徴する特異な能力を持っていた。

 しかし、その能力は天鳳のように先天的に持つ不死の能力でも肉体の自動再生能力でもない。

 自己の意志によってのみ発動し、魔力の浪費が大きいこともあって全身を炎や溶岩に変換させることほとんどないのが実情だ。

 だからこそ今この瞬間も傷のある部位のみを炎へと変えることで再生に要する消耗を抑えている。

 だが、それらの事情もマグマの持つ能力の片鱗すらも知らないセミリアにはどうしても前日の天鳳との一戦が思い起こされ、倒すことが、ダメージを与えることが、現実的に可能なのかどうかということに頭がいってしまっていた。


「どうにも、炎に縁があるようだな」


 いつの間にか追い付いていたロスキー・セラムがセミリアの傍に寄ると落ち着いた様子で呟いた。

 その手には愛用の武具であるクリスタル製の魔法の杖が持たれている。

「溶岩獣という二つ名からして予測出来ていたことではありますが、厄介極まりないものです」

「誰を取っても魔王軍四天王というのは化け物揃いということらしい。あの手の能力を持つ者相手では剣一つでは苦しかろう。もっとも、不死身というわけではないだろうがな」

「ええ、ダメージを負うことがないのであれば鎧を身に着ける理由はない。例えそうでなくとも、負けるつもりはありませぬ」

「口にするまでもない話だ。だが仮にそうだとして、どうするつもりだ勇者よ」

「情けない話ですが、魔法攻撃が活路を見出す可能性が高いとなればセラム殿が攻撃に回り私が補佐に回る。それが最も有効な手段でしょう」

「ならばそうするとしよう」

 セラムは視線をマグマに向けたまま淡々とした口調で告げ、片手で持った杖を構える。

 セミリアは自らの提案をあっさりと受け入れた異国の大魔法使いをちらりと一瞥したが、寡黙にして無表情であるその見た目から心の内を推し量ることは出来ない。無理矢理に推察したところで精々特に何も感じていないのではないかと思えるぐらいだ。

 それでもセラムは、人知れず感心していた。

 勇者として誰よりも敵を、悪を討つことに対する強い執着があるはず。真っ先に駆け出した様からもその気概は窺える。

 にも関わらずいとも簡単にその役目を他者に譲り、自ら脇役に徹すると申し出ることが出来るその人間性に尊敬に近い感情を抱いてすらいた。

 強過ぎる使命感や自尊心、或いは己の武に対する絶対的な自信を持つ者にとって本来それは簡単なことではない。

 身内や主従関係にある者が相手であればいざ知らず、異国の戦士相手ならばなおのことそうある場合が多いことをセラムは知っているのだ。

「俺は正面から魔法攻撃を仕掛ける。お前は隙なり死角を突いて直接攻撃を仕掛ける。挟撃の形だ」

「分かりました。私はセラム殿に合わせて動きますゆえ、セラム殿は()()()()()()()()()()奴を仕留めることだけを考えていただければ」

「了解した」

 その短い言葉にどんな意志の疎通があったのか。

 セラムはただ右手の杖を構えると、爆発系統の極大呪文を放った。

 詠唱を破棄した魔法力の塊が次々とマグマへと向かっていく。

 五発、十発と、並の魔法使いであれば一発放つことすら出来ない者が大多数を占める極大呪文が並の魔法使いのものを遙かに凌駕した威力で嵐のようにマグマに襲い掛かる。

 元来爆発や炎といった呪文に対する耐性が高いマグマであったが、このレベルの魔法をこの数でぶつけられては身動きが取れず、四本の斧を使ってどうにか直撃を避けようと防御に徹するという選択を取らざるを得ない状態に陥っていた。

 その姿を見て、セミリアもすかさず地を蹴る。

 脇からマグマに迫って行くと側にあった木を蹴って跳ねることで高く飛び上がり、頭上からマグマの背後に着地すると同時に鳴り響く爆音の中、巻き添えを食う可能性など気にもせず鎧の面積が狭いがら空きの背中を斬り付けた。

 その刹那、セラムの魔法攻撃がピタリと止む。

 それを受け、背に傷を負ったマグマは一瞬よろめいたものの素早く振り返るなり目の前に立つセミリアに向かって二本の右腕を振り下ろした。

 セミリアは身長差があることでほとんど真上からの攻撃となった二本の斧を両手に持ち替えた剣で防いでいく。

 その最中、鈍い金属音が響くと同じタイミングでマグマの背後から白く輝く魔法の矢が胴体を貫いた。

 それは問うまでもなくセラムによる一撃。

 セミリアが攻撃した瞬間に攻撃を止めたのは全てこのための布石であった。

 前方への対応の必要を無くし、背後の敵へ気を向けざるを得ないタイミングを狙うことでセミリアに矛先が向く。

 それによって再び背後に隙が生まれる。そういう狙いだった。

 目論見通りその背後からの一撃が腹部を貫いた結果、マグマは天を見上げ僅かに苦しむような素振りを見せると雄叫びを上げるが如く咆哮した。

 辺りに獅子の唸るような声が響くと、同時にマグマの全身が炎に覆われていく。

 ようやく本領発揮か。

 セミリア、セラムがその姿に対してそう感じ取った時、それを否定するようにマグマの体から火が消えた。

 マグマは何をするでもなく、セミリアとセラムはその意味を考える間を与えられることもなく、ほとんど反射的に敵から目を逸らし一様に上空のある一点を見上げる。

 マグマはその正体に気付いて。

 セミリアとセラムは突如現れた異様なまでの邪悪な気配を無視出来ずに、戦闘中であることを理解してなおただ同じ方向を眺めるしかなかった。 


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