【第二十五章】 魔王降臨
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晴天。
とは残念ながら程遠い曇り空の下。
僕達を乗せた船はサントゥアリオ共和国へと到着した。
前回と同じく丸一日をかけての移動だ。時刻で言えば夕方前といったところか。
総数は増えに増えて約三千人もの一団となっている。
積み荷の運び出しや隊列の形成など、到着してから要した時間までもが前回と同じとは流石に言えない中で僕は同じグランフェルトから来た兵士達の配置を申告してもらって回り、メモを活用しながらでこそあれそれを覚えようと必死になったりと慌ただしく過ごすこととなった。
今回は港に出迎えのサントゥアリオ兵は居ないようだ。
襲撃された過去の事情を踏まえてか、この短期間ならば案内役など必要ないと判断してのことなのかは聞かされていないが、少なくとも前回の様に待ち伏せをされていることもなく比較的スムーズに出発の準備を済ませることが出来たと言える。
一番前を走る先導隊がいて、少し後ろに僕達将と呼ばれる立場の人間が固まり、その周辺を包囲するように進む中軍がいて、その僕達の後ろに輜重隊と呼ばれる物資運搬の部隊がいて、一番後ろに後衛の部隊がいる。
それとは別に港で待機している兵士や船を守るために残っている兵士の数も前回に比べて相当に多く、何キロにも及ぶズラリと縦長に展開された一団の総数は二千人強といったところだ。
そんな配置と陣形でサントゥアリオ本城までの長い長い道を進んでいく。
前回は馬車に乗って移動していた僕達だったが、今回は他の兵士と同じく馬に乗っての移動という手段を取っている。
勿論それは敵の急襲に備えての対処の一つだ。
人数の増加に加え、前衛にも後衛にもシルクレアの兵士団の中でもそれなりの肩書きを持つ人物を複数配置しているらしく、奇襲や待ち伏せへの対処は出来る限り用意している状態というわけだ。
ちなみにというか、何度も言いたくはないが馬になんて乗れない僕はセミリアさんの後ろに乗せてもらっている。
セミリアさんのみならずジャックも乗せてやると言ってくれたのだけど、顔を合わせた途端に若干の気恥ずかしさが再燃する僕を他所に、
「クルイード、例の作戦は思っていたよりも効果絶大のようだぜ?」
とかなんとかニヤニヤしながらセミリアさんに言ってるジャックの顔はいかにも何かを企んでいそうで怖かったので今回は遠慮させてもらった。
とはいえ、
「例の作戦?」
と、言われたセミリアさん自体が首を傾げているあたり謎だらけである。
とまあ、それはさておき。
もしかしなくても移動する度に迷惑を掛けている感が半端ではないし、時間があれば馬の乗り方も教えて貰うべきなのかもしれない。
そんなことを考えたりしつつ、クロンヴァールさんやセラムさんを始めとするシルクレア王国のお偉いさん達の後ろに付くかたちでジャックやサミュエルさん、レザンさんと並んで港の側の林を抜け、長い荒野を駆け、山岳地帯や大河の横断を避けるために広く大きな森の中を進んでいく。
その半ばのことだった。
「な、なんだぁ?」
ジャックの声と同時に、周りに居る何百という馬の列が同時に足を止める。
突如として数百メートル前方で尋常ならざる爆発音が二度、鳴り響いたのだ。
まるでミサイルでも撃ち込まれたかの様な轟音に加え、大地は振動し、地面や周囲の木々が吹き飛んでいる様子がこの距離からでもはっきりと分かった。
「チッ、まーた敵さんの待ち伏せから始まるってのかい。ワンパターンな奴等だなおい」
「敵も形振り構う気はないということだ。問題はどちらか、ということだが……」
そんなハイクさんとクロンヴァールさんの会話の間にほとんど全ての人間が馬上で腰や背から剣や槍、弓矢といった武器を抜いていた。
ジャックやサミュエルさんも剣や刀を構え、普段腰だったり背中だったりと日によって剣を携える位置を変えるセミリアさんも今は僕が後ろに居ることで腰に差していた剣を既に手にしている。
これが戦争。
これがこの世界。
本当に、息吐く暇もない。
嘆かわしい現実を前に僕は僕で何があっても動じず、取るべき行動を取れるよう心構えをする。
クロンヴァールさんの言う『どちらか』というのは、襲ってきたのが帝国騎士団なのか魔王軍なのかということだろう。
それによって対処を変えるつもりがあるのかと思った僕だったが、続いた会話がそれを否定した。
「お姉様、どうするですか」
「今の爆発、そしてこの強大な魔力、いずれであっても只者ではないことが分かる。姫様よ、早急な指示が……」
「皆まで言うなロス。誰であろうと我等の前に現れた敵をみすみす逃がしてやる道理などない。総員戦闘態勢だ! 奇襲好きの下郎に遅れを取ることは許さん、敵を殲滅する!」
クロンヴァールさんの号令に、グランフェルト兵を除く数百人もの声が揃う。
ただ一言『御意!』と、血気溢れる表情で構える武器を掲げていた。
爆発が起きたのは先行している部隊が居る位置だ。高確率で既に負傷者が出ていると見ていいだろう。
では僕達はどうするべきか。どう、動くべきか。
確認と意思の統一を図るべく、目の前に居るセミリアさんとジャックへ声を掛けようとした僕だったが、それよりも先にジャックがこちらに寄ってきていた。
すぐ隣に馬を付けると、声を潜めて僕の言わんとすることに対する答えを先回りして口にする。
「あの赤髪の姉ちゃんは仮にも連合軍の大将なんだ。ひとまずは合わせて動くが最善手だろう」
「ですがアネット様……」
「恐らくだが、この場に限りゃ余計な心配は要らねえよ。魔力の性質に微妙な違いってもんがあってな、ありゃまず魔族と見ていい」
勿論、あの爆発を起こしたのがそうだって話であって敵が単体じゃなけりゃその時点で前提は変わってくるだろうがな。
そう言ったジャックに言葉を返そうとした時だった。
前方から慌ただしい足音と共に一頭の馬が全速力でこちらに向かって走ってくる姿が目に入る。
まず間違いなく先行部隊に属する兵士だろう。
その兵士は声の届く距離まで来るなり、大声で叫ぶようにクロンヴァールさんの名を呼んだ。
「クロンヴァール陛下!」
「狼狽えるな! 直ちに我々も合流し敵を叩く、敵の数と姿形を報告しろ!」
「はっ。敵は魔王軍の一団であります! 総数凡そ三十、率いているのは……魔王です!」
「「「なんだと!?」」」
セミリアさんやジャックまでもが同じ言葉を揃える。
魔王。それはすなわち、化け物軍団の親玉ということ。
そう表現される誰かが複数存在することは過去に聞いた。
かつて対峙したことのある魔王と呼ばれる存在は年端もいかない少女だったけど、この場におけるその言葉が同じ者を指しているということはまずないだろう。
「到着早々に魔王自らご登場とは、舐められたものだ。伝令、後続の部隊に待機を命じろ。港にも状況を報告し警戒態勢を取らせるように鳥を飛ばせ」
クロンヴァールさんが近くに居た若い兵士に指示すると、男はやはり一言『御意』と残して後方へと去っていく。
その後ろ姿を一瞥したのち、セミリアさんがクロンヴァールさんに馬を寄せた。
「クロンヴァール王」
「ああ。いつまでも出鼻を挫かれるばかりでいられるものか。魔王というのが事実であれば敵側の主戦力であるということ、必ずや仕留めてくれる。行くぞ」
「承知。コウヘイ、状況が状況だ。お主は残った方がいい。後続と合流してくれ」
「いえ、僕も行きます。戦えないにしても、負傷者を介抱するなり何かを分析したりすることぐらいは出来るはず。皆さんにそれぞれの役割があるなら、僕の役割は戦うこと以外で役に立つことです。レザンさん、グランフェルト兵を率いて手伝ってください」
「コウヘイ……」
「お前さんがそうするってんなら文句を言うつもりはねえが、いいのか相棒? 昨日と同じレベルであっちにもこっちにも気を配れる余裕なんざねえ臭いぜ?」
「ここに居る時点で危ないからどうだって考え方は二の次だよ。クロンヴァールさん、それでいいですよね?」
「構わん。だが、そう言った以上それはお前に一任する。口にしたからには全うしろ」
「分かりました」
それを最善と判断したのか、はたまた問答の時間が無駄だと判断したのか。クロンヴァールさんは一言『よし』と呟いて前方へと目を向けた。
そして、
「全軍、全速前進だ!」
その号令を合図に、この場に居る全員が一斉に前方へと馬を走らせた。
ここまでの移動とは違い、文字通り全速力で森の中を進んでいく。
一分と掛からずに足を止めた僕達の前には異様であり、異常な光景が広がっていた。
周囲の木々はへし折れ、辺り一面に倒れたまま動かない兵士や血を流し苦しんでいる兵士達が見える。それだけではなく、同様に何十頭もの馬が傷付き倒れていた。
立っている者はおらず、地面に空いた穴や左右に分かれる様な位置で倒れているあたり何らかの魔法攻撃による爆発をモロに食らったのであろうことは想像に容易い状況であり、先行部隊に配置されている両国合わせて二百人その全てがすでに戦闘不能状態に追いやられていることが一目瞭然だった。
そして、その中心に佇むはこの状況を生み出したのであろう敵の姿。
尖った耳に緑色の短髪とその頭部に見える二本の湾曲した角、そして黒いマントを装着し両肩に髑髏を模した大きな肩当てが見える戦士の様な格好。
凶暴さ残忍さがありありと感じられるその表情も加わって、この場に魔王と呼ばれる魔族のリーダー格たる者が居るのだとすれば、それは間違いなくこの男なのだと嫌でも分かった。
そして、その隣には無茶苦茶過ぎる程におどろおどろしい生物が立っている。
一言で表現するならば、薄い橙色の体毛をしたライオンだ。
二本の足で立ち、鎧を身に纏い、四本ある腕の全てに大きな斧が握られている。
そんな二つの人影は今まで見たどんな化け物よりもおぞましく、直視しているだけで身の危険を感じさせられるだけの恐ろしさがあった。
側に大勢の人間が居なければ怖じ気づき、竦み上がり、ただ逃げようとするだけのことすらまともに出来ていたかどうか。そんなレベルだ。
そんな二人、と言うべきか二体と言うべきかは定かではないが、いかにもこの一団を率いていますという立ち位置の二人の後ろには二、三十の、こちらはまず『体』という単位で問題無いであろう化け物たちが控えている。
前に見た鎧を着た熊の化け物だったり、槍を持ったケンタウロスみたいな獣だったり、もはや他の生物に例えることも出来ない人型の岩みたいなのがいたり竜と鳥が合体したようなのが浮いていたりと、こちらを待ち構えていたかのような佇まいも含め既にただの奇襲の域を超えた軍勢であることがはっきりと分かってしまうだけの光景だった。
僕達側の中で先頭に位置するクロンヴァールさんを始めとする幹部達はすぐに馬から飛び降りる。
魔族達から目を離さないことに集中しつつ僕もそれに続いて地に降り立つと、訓練されている馬達は乗り手のハンドシグナル一つで自ら後方へ下がっていく。
先頭にクロンヴァールさん、セラムさん、ユメールさん、ジャックが立ち、その後ろにハイクさん、アルバートさん、AJに加えてセミリアさんと僕が並ぶかたちで魔王とその一団に向かい合った。
さらには一番後方に居る回復魔法を専門の白魔道士と呼ばれる人達を除く中軍の三百人にもなる二国の兵士達が馬上で武器や盾を構えてずらりと背後を埋め尽くしている。
「はっはっはっはぁ! ようやく本命のお出ましか、わざわざ殺されにご苦労なことだな下らねえ人間共よぉ!」
魔王と思しき男の猛々しい声が森の中に響いた。
両腕を広げ、見るからに何の危機感も抱いていなさそうな、余裕や楽しみを感じている様にさえ映る嫌らしい笑みを浮かべている。
対して、唯一言葉を返したのはクロンヴァールさんの憎悪さえ感じられる低い声だった。
「魔王……メゾア」
「ほう、俺の名を知っているのか。お前のその赤い髪、見覚えがある気がしないでもねえがそんなことはどうでもいい! 誰が来ようと黙って俺に殺される以外の未来など存在しねえ!」
「我が国を侵攻出来ぬと見るや標的の変更か? 奇襲要因に成り下がった下衆如きが大層な口を利くものだ。人間を舐めるな!」
クロンヴァールさんは左手の剣を魔王へと向ける。
その名がメゾアであるらしいことを僕が知ると同時に、周りに立つ王の側近と三人の勇者がそれに倣って手にしている武器を構えた。
まるで『楽しませてみろ』とでも言いたげな嗜虐的な笑みを浮かべ、こちらが動くのを待っているのではないかとさえ思える余裕ぶった態度を維持している魔王メゾアとその仲間に対し、それぞれが今にも攻撃を仕掛けようとしているのが僕ですら分かる程に空気が張り詰め、緊迫感が漂っている。
そんな中、クロンヴァールさんは無言のままスッと右手を挙げると、僅かな間を置いて振り下ろす様にその腕を敵勢へと向けた。
その瞬間だった。
「撃てー!!!!」
背後からそんな声が響く。
同時に後方からの一斉攻撃が魔族に襲い掛かっていた。
弓兵によって放たれた矢が、魔法部隊によって放たれた球体の炎や白く光る魔法力の塊が、それぞれ何十という単位で魔王とライオンの化け物を始めとした敵の軍勢に向かって飛んでいく。
「これしきの攻撃で仕留められると思うな。敵が動き次第それに合わせて叩くぞ」
未だ降り注ぎ続け、魔法攻撃が生む爆発や煙によって敵の姿が覆われていくその中でクロンヴァールさんは視線を逸らさずに横に、後ろに居る僕達に向けて指示を出した。
すぐに近くに居たAJが数歩前に出てクロンヴァールさんの背後に付いたかと思うと、静かに冷静にその背に呼びかける。
手には僕が持っている物とほとんど変わらないサイズの決して大きいとは言えない派手な装飾のナイフが持たれているが諜報員という立場や自身で戦闘要員ではないと言っている通り、彼にとっても護身用の域を出る物ではない様に思えた。
「陛下」
「どうしたAJ」
クロンヴァールさんは振り返ることなく答える。
「魔王の横にいた四本腕の獅子ですが、恐らく魔王軍四天王の一角であるマグマであると思われます」
「フン、また四天王か。私にしてみれば魔王などより余程借りを返すべき相手だと言えなくもないが、この私が二番手相手で満足してやるわけにもいくまい。下衆共のふざけた企み、纏めてねじ伏せてやる。ロス、お前はあの猫を片付けろ。他の者は周りの雑魚共を蹴散らせ!」
ほとんど怒声の様なその声に、側近連中の一転して言葉もタイミングも一切統一されていない了承の返答が次々と聞こえる。
不意にその足を止めたのは、ジャックだ。
「おいおい、そりゃねえぜ赤髪の王。確かにお前さんが総大将だが、アタシ達ゃ同じ陣営の戦士ってことになってんだろう。良いとこ全部持っていかせるわけにゃいかねえなあ」
ジャックはクロンヴァールさんの横に並ぶと、肩で剣を弾ませながらどこか挑発的ににやけてみせた。
「何が言いたい」
「アタシも混ぜろよって話さ。こちとら百年分の消化不良を引き摺ったままなんだ、雑魚相手で満足出来るほど人間出来ちゃいねえ」
「毎度毎度好き勝手な理屈ばかりの奴だ。だがまあ、敵が魔王とくれば確実に仕留めることが最低条件。足を引っ張らない自信があるならば好きにしろ」
「どうにも見くびられているらしいが、遠慮無くそうさせてもらうとするぜ」
「クロンヴァール王。差し出がましいようですが、アネット様がそうされるのであれば私もそのマグマという魔族に宛がっていただきたい。奴ではないにせよ、魔王軍四天王に大きな借りがあるのは私とて同じ」
隣に居たセミリアさんまでもがクロンヴァールさんの方へ寄っていく。
強さという点で見るからに魔王や四本腕のライオンと差があることは僕にも分かるが、それでもあの化け物達を見て『雑魚』と言ってしまえる気持ちは一生分からないままなのだろう。
より強い、言い換えればより凶悪であり危険が伴う相手と率先して戦おうとする二人やクロンヴァールさんの使命感だったり己が悪を討つのだという気概はもう十分過ぎる程に知っているつもりだけど、やはりこの場で個々の希望や主張を口にしてしまっては機を逃しかねない。
あの女の子の魔王の時でさえセミリアさんやサミュエルさんが居ても最後の最後まで一方的にズタボロにされるだけだったのだ。
確実にそれを上回る強さを持っているであろうあの一団を相手にする以上こちら側の危険は何倍増しになるかという話になるはず。
ではどう戦うべきか、どういう戦略を用いるべきか。
ということになるわけだけど、ほとんど情報の無い他国の人達に指示の出しようもなければ大軍を率いての戦の経験などあるわけもない僕にはクロンヴァールさんを差し置いて口が出せるはずもなく。
とはいえ、僕なんかがわざわざそんなことを考えるまでもなく当然の如くそれらを理解していたクロンヴァールさんが返した言葉は全てを踏まえたものだった。
「ではロスと聖剣で獅子を、私と二代目で魔王を潰す。その他の者で周りにいる魔物共だ、これ以上の変更は無い」
異論反論は許さん。という副音声が聞こえてくるかの様な口調。
その横では、
「サミュエル、お主はどうする」
「はっ、私に誰かと連携取って戦うことを期待してるわけ?」
こんな状況にも関わらず、そんな相変わらずな二人の遣り取りが。
さらに別の位置でも同じく、こちらもこちらで相変わらずな緊張感の欠片も無い会話が繰り広げられていた。
「ぶ~、それならクリスもお姉様と一緒がよかったです。聖剣といい巨大化乳といい早い者勝ちとは卑怯な奴め、ですっ」
「クリス、お前ならあの程度の敵などすぐに片付けて私の元に駆け付けてくれると思っているからこその配置だったが、気のせいだったか?」
「それでお姉様の寵愛を受けることが出来るならクリスは邪魔者の百や二百ササッと片付けて夜通しイチャイチャタイムですっ」
拗ねた表情から一転、なぜか幸せそうな顔で鼻の穴を膨らませる色々と謎だらけのユメールさんだった。
しかしそれでも、呆れた様に首を振るアルバートさんやAJだったり面倒臭そうにジト目を向けるハイクさんのみならず、クロンヴァールさん本人すらも頭のポンと手を置くだけで特に何を言うでもなく、その手を再び掲げることでドカン、ボカンと物騒な音を鳴らし続けている一斉攻撃を止めさせた。
魔王軍の一団、特に一番前に立っていた魔王とマグマというらしいライオンの化け物の姿は煙や炎に覆われて完全に隠れてしまっている。
それでなくても何十では効かない数の矢が嵐の様に撃ち込まれているのだ。少々まともではないぐらいの生物なら生きているはずもないと、そう思えるだけの無惨で末恐ろしい光景であったことは間違いない。
しかし、魔王という存在に限らず魔王軍の幹部というだけでその程度の攻撃でどうにかならない相手であることは痛いほどに見てきたのだ。
クロンヴァールさんの言う通り、まず致命傷を与えるには至っていないだろう。
誰も彼もが異常な力や能力を持っていて、ゆえに世界を脅かしている。そういう相手だ。
数に物を言わせたぐらいでどうにかなる相手であったなら始めからセミリアさんが一人で戦ったりはしていなかっただろうし、今僕達がこの国にいるように三百人の反体制派を相手に数千人の援軍を求められることもなかったはず。
そんな分析は残念ながら経験則が生んだ正確なものだったらしく、当初の指示通り何か動きがあった場合に瞬時に対応するべく武器を構え静かに見守る周りの猛者達の中にあって、とどめの一撃だと言わんばかりに放たれたセラムさんの一撃が炸裂し、大爆発が起きたと同時だった。
轟音と共に目映いほどの大炎上を生んだその魔法攻撃だったが、三秒足らずの間を置いて視界を覆う炎や煙その全てが瞬時に消し飛んだ。
まるで蝋燭の火に息を吹きかけた時の様に、振り払ったり相殺したりといった感じではなく一瞬で消失してしまったという表現が一番近い。そんな光景だった。
そしてその中心でこちらを見据えているのは攻撃開始前となんら変わらない魔王とその一味の姿。
見るからに傷一つ負っておらず、攻撃が効いているとか効いていないということ以前に矢の一本たりともその体に受けてはいない。
こちらにとっては恐らく予想通りをも下回る結果に対してか、魔王は高らかに笑った。
「はっはっはっはぁ! ハエが集ったようなチンケな攻撃だなゴミ共ぉ! それで終わりか? てめえ等を殺せばこの下らねえ争いも終わり同然だと聞いているが、このままあっさり皆殺しにしちまうぜ? ああ!?」
再びメゾアの大きな声が響く。
誰かが反応を示すよりも先に敵に向かって駆け出していたのは、セミリアさんとジャックだった。
それは基本的に誰かの統制の下にない二人だからこその行動。
そんな二人の姿を見て、クロンヴァールさんは舌打ちを一つ挟み、
「チッ、何を先走っている。私達も続くぞ、他の者はコウヘイと共に負傷兵の回収に回れ!」
そう告げるなり、二人の後を追って前方に突進していく。
間髪入れずにセラムさんやハイクさん達が続き、少し遅れてサミュエルさんが後を追った。
「レザンさん、僕達も打ち合わせ通りに!」
「言われずとも分かっている。残っている兵は二人一組ですぐに取り掛かれ! 勇者様達が戦っているんだ、死んでも邪魔をするな!」
レザンさんの号令と同時にグランフェルト兵達も馬から降り、すぐに離散し左右に散らばって倒れている先行部隊の兵士達の下へと駆け寄っていく。
今まさに目の前で戦いを始めた人達を案じる気持ちに胸を締め付けられ、目を逸らすことすら憚られるけれど、僕は僕のするべきことをしなければならない。
戸惑えば。
躊躇えば。
怖じ気づけば。
その僅かな時間やそれによって生じる隙がいつだって取り返しの付かない事態に繋がりかねないのだ。
いつまでもただ側で見ているだけでなんていられるものか。
半ば無理矢理に自分に言い聞かせ、指示を求めてくるシルクレア兵と共に僕も負傷者の所へと急いだ。