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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】

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【第二十四章】 嵐の前のひととき



 目が覚めたのは横っ面にはたかれたような衝撃を感じたせいだった。

 ワインを飲み過ぎたせいか若干頭がボーッとするけど、二日酔いというレベルでもなさそうだ。

 とはいえいつもより眠りは深かったらしく、体感的に普段よりも遅い起床になってしまっている感は否めない。

 起こされていなければまだしばらく寝ていたであろうことを考えると、誰だか知らないけど起こしてくれてありがとうという感じである……のだが。


「…………な、なぜに?」


 そんな起きがけに抱いた感謝の気持ちは目を開いた瞬間に前言撤回させられてしまった。

 目の前二、三十センチの距離にジャックの寝顔がある。

 その整った顔立ちが眠っていることで、言い換えれば黙っていることでどこか女性らしさが増し、一瞬ドキリとしたのも束の間。

 それよりも何よりもなぜジャックが同じベッドで寝ているのかという疑問を解消せねばなるまいと思考が切り替わる。

 ジャックが寝返りを打ち、その手が僕の顔に当たったことで目が覚めたというのは理解した。

 そして確かにここは本来ジャックに貸し与えられているはずの部屋だ。

 しかし、それは昨夜酔い潰れたジャックが僕の部屋で寝てしまったから入れ替えることにしたわけで、その僕の部屋で寝ていたジャックがなぜ隣に居る?

「…………」

 うん、分かるわけがない。

 もういっそ本人に聞いた方が早そうだ。どうせもう起きるべき時間は過ぎているわけだし。

「ジャック~。起きろ~ジャック~」

 体を起こし、布団を持ち上げてその名を呼ぶ。

 あのサミュエルさんをも遙かに凌駕する肌の露出具合がデフォルト装備のジャックの上半身は相変わらずほとんど裸みたいな状態だった。

 普段身に着けている『ほとんど下着みたいな面積しかない服』ではなく普通に下着姿だったけど、もう日頃目にするそれと大差ないので今更焦ったり慌てたりすることもないだろう。

 と、はっきり言ってしまうのも人としてどうかと思うけど……それもこれも起きた時に、或いは寝る時に大半が同意のなされていない理由で女性が隣に居ることに慣れ始めているおかげかと思うと悲しいやら、人から見るとそんなに人畜無害に見えるのだろうかと思うと男として舐められているだけなのではなかろうかと虚しくなってくるやらという感じである。

「んん……もう朝か……」

 ジャックが大層重たそうな瞼をゆっくりと開く。

 なぜか僕を見るなり、あちらはあちらで意外そうな顔をした。

「……相棒? ああ、そうか……夜中に」

 夜中に何?

 と、聞くよりも先に、おはようの後にあくび一つ挟んで起き上がったジャックの姿に僕は十秒前に抱いた認識をも覆されることとなった。

「ジャック……ストップ」

「あん?」

「あのね、いくらなんでも下は履いてるものだと思ってたし、履いてて欲しかったよ」

 そう。ジャックは下半身も下着オンリーだった。

 流石に僕とて目を逸らす。

 しかし、布団から出るという行為を制止した僕の言葉を理解してもらえなかったのか、理解してなお本人が気にしていないのか、ジャックは普通にベッドから下りてしまった。

「そう拗ねるなって相棒。眠気に負けてなけりゃ夜這いの一つでもかけたはずだったんだけどよ、さすがのアタシも眠い以外の感情が一切失われちまってそんな気力もなかったもんでな。素面の時に期待しておいてくれや」

「いつ誰がそんな話をしたのか疑問で仕方がないから……もうジャックと同じ布団では寝ないと決めた」

 決めなくても簡単にそんな状況が成立すること自体おかしいんだけどね、冷静になってよく考えてみると。

「はあ? そりゃ一体どういう理由だい」

「……心底不思議そうな顔をされても」

 なぜ伝わらないのか。

 モラルとか恥じらいとか、そういう概念がないのだろうか。

 大らかな性格がそうさせるんだろうけど、いくらなんでも奔放過ぎる。

「ていうかさ、ジャックって誰に対してもそんななの?」

「いくら何でもそりゃ失礼過ぎるだろ相棒様よ~。アタシはアタシが認めた男にしか肌は許さねえ」

「それが失礼な質問だってことは分かるんだね。分かってて聞いた僕も僕だけどさ」

「もうちょっと嬉しそうにしろってんだ。アタシが認めた男なんざ今となってはエルワーズとお前さんぐらいのもんなんだぜ? エルワーズはもう居ねえし、どのみち爺さん襲う趣味はねえとくりゃアタシの相手を務めんのは相棒しかいねえってわけだ、オーケー?」

「オーケーではないよね、普通に考えて。そういう関係でもないのに」

「相っ変わらず奥手な男だなおい、別に責任取って嫁にしろって話でもねえだろうに。英雄色を好むって言うだろ? 肩書きを見りゃ二人でも三人でも奥方抱えてもおかしくねえ立場なんだ、若い時分なんざその時楽しけりゃそれでいいと思うがねえ」

「僕からすればそういう問題じゃないと思うんだけどねぇ」

 この世界の常識や男女関係のことなんてほとんど分からない僕だけども。

「ま、そのスーパー受け身具合こそ相棒たる所以ってなもんか。だが、誰が相手にしろいつかはそういう時が来るんだ。そんな相棒にアタシから楚夢雨雲に関する金言をくれてやろう」

「絶望的なまでに聞きたくないけど……何?」

「女だって……性欲は溜まるんだぜ」

「知らないよそんなの……絶対遠い目をして言うことじゃないから」

 というか、朝から何の話をしてるんだ僕達は。

「もうやめ。この話はここで終わり」

「初心なもんだねえ。そこが可愛らしくもあるんだが、お人好し過ぎる思考回路をお持ちの相棒のことだ、どうせ強引に迫られりゃ断固拒絶する気概も腕っ節もねえんだろうに。だからこそ他の誰かに初物を取られるぐらいなら今のうちにいただいちまおうってアタシの老婆心が分からねえもんかね」

 ジャックはベッドの脇でズボンを履いたり腕にアクセサリーを装着しながら悪戯っぽい笑みを向けている。

 そんなのは老婆心とは言わない気しかしないけど、それに言及して話が続くのが嫌だった僕はただ白けた目を向けることでその意志を示すことにした。

「わーかったわかった。これ以上言わねえって、今日のところはな」

「なんで今日のところは、なのかは置いといて、そもそもなんで同じベッドに入ってたのさ。僕の部屋で寝てたでしょ」

「夜中に目が覚めてよ、寝るにしても昼から汗も流してねえしそのまま寝るのも気持ち悪いからひとっ風呂浴びてからにしようと思ったわけだ。で、そのまま相棒の部屋でシャワーを浴びたんだが、よく考えりゃ着替えは自分の部屋に置いてあるってことに気付いたんだなこれが」

「うん、そりゃそうだね」

「そんなわけで着替えを取りに戻ってみりゃ相棒が寝てるじゃねえか」

「うん、それも仕方ないよね」

「仕方ねえな、ああ仕方ねえよ。とはいえ、だ。その時点で睡魔に負けて力尽きそうだったアタシはもう着替えも相棒の部屋に戻るのも面倒くせえやって状態に陥り、そんなアタシの目の前にゃ互いに枕になりあった仲でもある相棒が気持ち良さそうに寝ている姿。そうなりゃやることは一つだろ?」

「ごめん、それは一切共感出来ない」

 酔っていたという言い訳をされた方がいくらかマシな気がする今日この頃。

 なんだけど。

 なんというか、ジャックがスキンシップを好んだりそういう話ばかりするのは百年にも及ぶ孤独による反動なのだろうかと、ふと思った。

 人肌が恋しい的な感覚とでもいうのか。

 元々の、つまりは百年前の性格や人柄を知らない以上どんな断定も出来ないけど、もしそうだったなら何から何まで迷惑そうに拒否するというのも少し可哀想な気もする。

 だからといって一緒にお風呂に入ったり下着姿のままベッドに入ってこられるのは許容範囲を超えているけども……。

「まあ……からかうのは程々にして、せめてスキンシップぐらいのレベルに留めておいてくれるかな。それならあんまり口うるさくは言わないからさ」

 なんだか上手く誘導されているというか、ジャックの言うお人好し過ぎる思考回路ってこういうところなのだろうかと思うと自分で自分の首を絞めている気がして切なくなってくるけど……僕があれこれと余計な気を回しすぎなのかな。

 なんて心の内を知ってか知らずか、少なくとも僕が呆れたり怒ったりといった言葉を飲み込んだことは察したらしく、ジャックはどこか優しく微笑んだ。

「きっと、そういうところがお前さんの強さなんだろうな」

「強さ?」

「見放さないこと、助けようとすること、放っておけないところ、そういう性質さ」

「あんまりそういう自覚もないけど、ジャックに言わせればそれがお人好し過ぎるってことなんじゃないの?」

「間違っても悪い意味じゃねえさ。そういう相棒だから色んな奴が寄ってくるんだろうよ。アタシみたいなのも含めてな」

「そういうものなのかな、自分じゃ全然分からないけど」

「分からなくてもそのままでいりゃいいんだよ。兎にも角にも、だ。スキンシップなら許してくれるんだろ?」

「度が過ぎてなきゃね」

 あとはよその人達の前で抱っこされたり膝の上に座らされるのは恥ずかしいから勘弁して欲しいけど。

 そう続けようとした僕の口は、未だベッドに腰掛けたままの僕の前で不意に腰を折ったジャックによって塞がれる。

 目の前にはジャックの顔があって、何が起きたのか分からず一瞬思考が停止したのちに唇と唇が触れ合っていることを理解した。

 二秒か三秒かそんな体勢を維持し、ただ固まるだけの僕から顔を放したジャックは再び悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「じゃ、これもスキンシップってやつだ」

 微かに濡れている自分の唇に指で触れ、それによって現実に何が起きたのかということに頭が追い付いた僕は、それでもまともに思考を働かせることなど出来やしなかった。

「な……な……なななななな!?」

「ははっ、混乱し過ぎだろ。ちっとは女に耐性つけとかねえと、いざというときに恥かくぜ?」

 寝坊しちまったし、ちょっくら剣でも振ってくらあ。

 そう付け足して、ジャックはひらひらと手を振り笑いながら部屋を出て行った。

「………………………………………………」

 僕はその後もしばらく、ただ唖然としたまま固まるしかなかった。


          ○


 十分ぐらいが経っただろうか。

 それこそ、魔法でもかけられたが如くフリーズしたまま照れ臭いやら恥ずかしいやらで気を抜けば悶えそうになる未曾有の心理状態からようやく脱した僕は部屋を出てデッキを目指し廊下を歩いていた。

 初めてキスをしたというわけでもないのだけど、物心付いてからという意味でいえば大差無い気がする。数少ないどころか唯一の経験が幼少時のみのりだもの。

 いや……それにしてもなぜ急にあんなことを。

「……いかんいかん」

 思い出したらまた恥ずかしくなってきた。

 もう事故みたいなものだと思って忘れよう。そうでもしないといつまでも情緒不安定なまま過ごす羽目になりそうだ。

 ブンブンと乱暴に首を振って無理矢理切り替え、そのまま足を進める。

 兵士や僕達に与えられている部屋はセコンドデッキ、つまりは甲板から内部に下りた部分に広がるフロアにズラリと並んでいるのだけど、船が大き過ぎるせいで上に昇る階段まで歩くだけでも結構な距離である。

 今頃セミリアさんやジャックはさらに下の階にある鍛錬場とかいう剣を振ったり筋トレをしたり組み手をしたり、つまりは体を動かすための部屋で朝の日課である運動をしているのだろう。セミリアさんは前回もそうしていたし、本当に向上心の塊みたいな人達だ。

 すれ違う兵士達と挨拶を交わしつつ、そういえば乗船の時から会っていないサミュエルさんやレザンさんはどうしているんだろうかと今更思い出していると、ちょうど正面からそのレザンさんが歩いてくるのが見えた。

 グランフェルト王国において二十四歳にして副将という肩書きを持つ、兵士の中で二番目に偉い人物である。

 宰相や元帥という地位を与えられた僕が居なければ上には大将さんが居るだけという、普通に凄くて偉い人だ。

 僕に気付いたレザンさんはものっすごいしかめっ面をしたが、それでも挨拶ぐらいはしようと思った僕の予想に反してあちらから声を掛けてきた。

「どこをほっつき歩いてたんだ、もやし小僧」

「おはようございます。何か用事でもありましたか?」

「昼過ぎには到着する予定だということは聞いているだろう。その後の兵の配置をこっちで割り振っていいのかどうか、一応確認しておこうと思っただけだ。わざわざ部屋まで行ってやったのに居なかったからこっちで勝手に決めた。文句があるならお前がやれ」

「いえ、やっておいてもらえたならとても助かります。どのみちレザンさんにお願いすることになっていたでしょうから」

 ジャックの部屋に居ました。とは口が裂けても言えない。

 表現は悪いが好色なレザンさんは僕がセミリアさんや姫様、アルスさんの側に居ることが気に入らない人なのでばれたらどんな罵詈雑言が飛んでくるか分かったものじゃない。

「先行部隊に五十人、クロンヴァール陛下を始めとする将達を囲む中軍に百人、その後ろの輜重隊に五十人、後衛に五十人、舟守及び港で待機する遊軍が合わせて五十人だ。シルクレア兵が多過ぎることもあって、その中での分担や配置はあちらの部隊長に一任するかたちになるだろう。誰がどこに配置されているかは到着後に自分で確認するんだな」

「分かりました。ありがとうございます」

「それよりもだ。お前に一つ聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「昨日お前や勇者様と一緒に居たあの素晴らしい巨乳は誰なんだ。俺はそれが気になって飯も喉を通らなかったんだぞ」

「…………」

 前回クロンヴァールさん達と夕食を共にした時も似た様なことを言っていたな。

 この人は女性に目が眩む度に食事を抜くのだろうか。

「何だその目は。事と次第によっては益々自分が誰に忠誠を誓えばいいのか分からなくなるんだぞ。これは由々しきおっぱ……問題だ」

「……どういう言い間違い?」

「世界一の美貌クロンヴァール陛下なのか、そのクロンヴァール陛下に勝るとも劣らない美しさを持つ聖剣の勇者様なのか、いずれは我が主となる王女様か、或いは我が女神ステイシー様か。ただでさえ苦悩する俺の前に現れたあのパーフェクトボディーに心は釘付け状態なんだぞ」

 そうですか、無視ですか。

「というか、そもそもクロンヴァールさんやアルスさんに忠誠を誓うという関係性はおかしいですよね」

「よく覚えておけ。我が命は麗しきレディーのためにある」

「……そうですか」

 敢えて同じ表現をしよう。

 相変わらず立派なのか馬鹿なのかも、どこの国の誰なのかもよく分からない人だった。

「あの人は僕やセミリアさんの知り合いでして、腕が立つので二人の勇者と同じ立場で同行してもらうことになったんですよ」

 僕達が港に着いた時には既に船に乗り込んでいたためレザンさん以外の兵士達のほとんどはジャックと顔を合わせていない。

 その正体がかつての二代目勇者ということは伏せてくれと言われていて、グランフェルト兵にはかつての仲間であり長らく王様に仕えていたガイアという人物の孫娘という設定で当面は押し通すとのことだ。

「なんだってお前みたいなもやし野郎の周りにばかり……いずれにしても我が軍と行動を共にするなら、いや、例えそうでなくても紹介しろ」

「到着前に全員に紹介するつもりなので招集の段取りだけお願い出来れば」

「任せておけ!」

 過去最高に良い返事を受けて、にも関わらず字面ほど頼もしさを感じられないというなんとも残念な気持ちのままレザンさんと別れ、改めてデッキに向かうのだった。


          ○


 船の進行状況だったり外の様子だったりを確認しようとデッキに出た僕は毎度恒例のただボーッと海を眺めるだけの時間を過ごしていた。

 なんだか分からないけど、船の上から景色を見ているとどこか心が落ち着いていくから不思議なものだ。

 無限に広がる青い海や空が冷静にさせてくれるとでも言うのか、この先どんなことが起きる可能性があって、それに対して僕は何を考えてどういう対処を用意しておかなければならないか、そういったことに自然と考えが向かってしまう。

 辺りには頻繁にシルクレアの兵士達が行き交っていて、やや慌ただしいその雰囲気から徐々に到着が近付いていることが感じられた。

 あとは魔物への警戒態勢だったり、船同士の連携といった部分にも随分と気を配っているみたいだ。

 その辺りの練度というか、統率のレベルとでもいうのか、シルクレア王国の兵士達はそういった軍隊としての質がとても高いことがよく分かる。

 グランフェルトの兵士達も機能や指揮系統は十分に国や王様を守る組織としての役割を果たしている様には見えるが、シルクレアの人達は素人目に見てもそれらで遙かに上回っていると言えるだけの違いがあった。

 かつてセミリアさんやサミュエルさんだけが魔王と戦い、城下を守るのが精一杯だった頃と比べると随分その辺りも本来の姿に近付きつつあるという話を聞いたこともあるし、国の大きさや豊かさだったり絶対的な数の差、どういう相手と戦っていたかに加え、勿論のこと訓練するにあたってのシステムや率いる者の手腕など、色々と差が付く要素があるので一概に比べるものではないのかもしれない。

 それでも、五大王国と呼ばれる国の中では顕著に兵力が乏しいという話だ。

 それらの違いも含め、これが大国とそうでない国の力の差ということなのだろう。

 あとはまあ……王様自体が持つ強さや怖さも大いに関係していそうだけど。


「……げ」


 そんなことを考えながらしばらくポツンと一人寂しく過ごしていた僕だったが、これがデッキに来て初めて発した言葉である。

 ではなぜこうも落胆の色を隠す気の欠片も無い声を発したのかというと、


「やあコウヘイ君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」


 とか言いながら近付いてくる一人の人物のせいである。

 見た目の年齢は僕と同じぐらいで、役職としてはシルクレア王国の諜報員を務めるその少年の名はアッシュ・ジェイン。

 無駄に濃くはあっても決して長くはない付き合いの中で植え付けられた印象としては、まるで一定の表情を維持しようとしているかの様にほとんど微笑を崩すことがなく、自他に関わらず人の人生を左右するようなことに対しても口調や態度を変えない、この世界で会った誰よりも腹の内が読めず底知れない雰囲気を持つ人物だ。

 それでいて僕に対しては友好的な感じだったり助けてくれたりするから距離感に難儀したかつての苦労も今となっては過去の話か。

 クロンヴァールさんの側近の一人でありながら僕が知るその地位に居る人の中では唯一普通の格好をしていることも一つの特徴と言っていいのかもしれない。

 といっても僕みたくジーンズを履いているわけでは勿論なく、姫様の遣いで何度か目にしたことのある、この世界でいうところの貴族の人みたいな服装をしている。

 黒い上着に黒いパンツでその下には白いシャツが覗いているという、一見すると燕尾服やタキシードに近い物でありながらその奇抜なデザインはゴシック・ファッションと言った方がしっくりくる様な、そういう格好だ。

 そんなAJは僕があからさまに顔を顰めたことなど気にする様子もなく、勝手に横に並ぶかたちで同じく目の前に広がる大海へと体を向けた。

「こんな所で一人で何をしていたのかな?」

「何をしていたというわけでもないですよ。ただ海を見ながらもうすぐ到着だなーと思っていただけで」

 また突拍子もないことを言い出されても困るし、あまり積極的に関わろうとは思わない人ではあるけど、僕とてあの時のことで色々と聞きたいことだらけだ。

 クロンヴァールさんの弟である王子はその後どうなったのか。

 去り際に渡された鍵は何のために使う物なのか。

 なぜ僕が入っていた牢屋の鍵が開いたのか。

 数々の疑問も今になって問うことに意味があるとは思えず、無意識に飲み込んでいた。

 当たり障りの無い返答からそれを察したのか、AJは自ら切り出してくる。

「ボクに聞きたいことがあるんじゃない?」

「山程あったはずなんですけどね。もう随分と経ちましたし、今聞いてもどうなるわけでもないかなと。そうなると、あとは聞いても答えてくれなさそうなことぐらいしか残ってないですしね」

「ふふふっ、相変わらず聡いのか打算的なだけのかの判断が難しい人だね君は。だけどまあ、その選択も間違っていないのかな。聞かれたところで特に悪い知らせがあるわけでもないけど、ボクの立場上答えられないと言わなきゃいけないことも含まれていそうだしね」

「どうせそれも答えられないうちの一つでしょうからAJの立場がなんだって別に構わないですけど、一つだけ言っておかなければいけないことがあります」

「何かな?」

「僕のレコーダー返してくださいよ。てっきり荷物の中に入ってると思ってたのに」

「ごめんごめん。知っての通りあの後もバタバタしてたからさ、君の不思議アイテムのことはすっかり忘れちゃってたんだ。ちゃんと持ってきているから後で届けさせるよ」

「お願いしますよ、ほんと。高かったんですから」

「大丈夫大丈夫、今度は忘れないから」

 そう言ったAJの顔はやっぱりにこやかで、その微笑によって逆にあてにならない感が増しているわけだけど、それこそ今更指摘したところで意味もないだろう。

 AJは一つ息を吐き、視線を僕から海へと移したかと思うと少し間を置いて唐突に話題を変えた。

「君の国での出来事についての話は聞いた。その人と面識があるわけじゃないけど、一応ボクからもお悔やみ申し上げておくよ」

「僕がそう言っていい立場なのかは分かりませんけど、ありがとうございます」

「それも踏まえて、君はこの先の展望をどう見ているのかな。魔王軍や帝国騎士団との戦争の、という意味だけど」

「またきっと……多くの誰かが死ぬことになるんでしょうね。徐々に、だけど確実にどうしようもなくなってきている。戦う以外の方法が無くなってきている。それに関しては最低で最悪な状況だと思いますよ。だけど僕達は諦めていません。クロンヴァールさんに知られるとまた戦力外通告をされてしまいそうですけど、争い以外の方法が僅かにでも残っているならそれを追求したい気持ちは無くしちゃいけないと思っていますし、例え争いの末であったとしても一人でも無駄な犠牲を減らしたいと願う気持ちに意味はあるはずだと、助かる命を一つでも増やす道はあるはずだと僕は思っています。理想論であっても、机上の空論であっても、同じサントゥアリオの人々や未来のための戦いであるなら、それだけは忘れずにいたい」

「コウヘイ君は平和主義なんだね」

「……いけませんか?」

「まさか。それはきっと誰にとっても理想なんだろうと思うよ。だけど、この戦乱の世にはあまりにも純粋な正義感であり過ぎるような気がしてね。そういう理想を掲げるだけではどうにもならないからこそ、我らがクロンヴァール陛下も新旧含めたサントゥアリオの体制も誰かの代わりに戦っている。帝国騎士団とかいう連中も然りだ」

「それは僕だって分かっています。甘い考えだってことは嫌というほど自覚してもいます。だけど、誰もが同じことを出来るわけじゃないでしょう。戦えない人は、自分を守る強さを持っていない人は結局その争いの裏で被害者になる。多くの争いは一部の誰かの主義主張によって何かを得るためのもので、それに従うしかない兵隊も、巻き込まれる民間人もそのせいで命を危機に晒す羽目になるわけですよね? そりゃサントゥアリオの戦争においては歴史や民族といった複雑な起因がありますし、蔓延し続けた悪しき風習を考えれば一方的な被害者も無関係な人も居ないと思いますよ。だけど、だからといって殺し合いをすることで何かを解決しようとする方法が正しいはずがない。何かが解決するはずがない。それを証明しているものこそがサントゥアリオという国の争いの歴史でしょう」

「そうだね、ボクもその通りだと思うよ。一つの争いの終焉は次なる争いの火種になる。そして、その連鎖は止まることなく半永久的に続いていく。人間だとか魔族だとか、そういう違いは無関係にね。無いものを求め、有るものを守ろうとして戦うというのはきっと生物としての性なんだろう。それは何も富や領土に限った話じゃない。地位や名誉にしても、もっと言えば生きる糧を得ようとすることにも、好いた腫れたの話ですら同じことが言える。だからこそ、どれだけ争いを憎む者がいようともそれらを完全に無くすことはやっぱり難しいことなんだよ。嘆かわしいことにね」

「…………」

「あれ、どうしたのかな?」

「いえ、AJはそういうことを言うタイプではないと思っていたので意外だったと言いますか……」

「ボクも君と同じで基本的には戦闘要員ではないからね。こうして戦場に駆り出されることなんて無いに越したことはないさ。ボクにとっても、国にとっても、世界にとってもね。だけどまあ、君や君のお仲間の勇者さんはあのクロンヴァール陛下に気に掛けられている希有な存在だ。陛下が君達に何を求めているのかは分からないけど、ボクも君達が何かを変えてくれる可能性に期待しているとするよ。それじゃあ、お邪魔して悪かったね」

 AJはほとんど一方的に言い残し、最後にまたにこやかな顔を僕に向けるとそのまま立ち去っていった。

 なんというか、相変わらず掴み所の無い人だけど、そういう印象ほど達観的な性格というわけでもないのかもしれない。

 一人になった僕は改めて海を眺めながら、そんなことを思った。

 こうして到着までの一時間足らずの時をデッキで過ごし、僕達は再びサントゥアリオ共和国へと足を踏み入れることとなる。

 これは余談だが、その間際に見知らぬシルクレアの兵士が届けてくれたICレコーダーはどういうわけか壊れており、一切使い物にならない状態だった。



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