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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

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【第八章】 枢軸の異変

※10/6 誤字修正や改行処理を第一話まとめて実行

 11/2 台詞部分以外の「」を『』に統一


「あれ? お城は?」

 視界が森の中から一転し、遮る物の無い広大な草原へと風景が変わると春乃さんはみのりと繋いでいた手をパッと離して辺りを見回した。

 今僕達がいるこの国の王様が住んでいるお城に行く、と聞いていたはずだったが確かに四方には原っぱが広がるだけでお城どころか民家の一つも見当たらない。

「少し行ったところに関所がある。そこを通ればグランフェルト城のある町へはすぐだ」

 ある一方向を見ながら説明するセミリアさんだったが、事情を知らない僕達には共通の疑問が浮かぶ。

 そしてそれを臆面無く口にするのはやはり春乃さんだ。

「なんで関所なんか通るわけ? 直接その町にワープすればいいじゃん」

「先に説明しておくべきだったな。クランフェルト城下に直接呪文やアイテムによって侵入することは禁じられているんだ」

「どして?」

 頭に『?』を浮かべながら春野さんは首を傾げると、なぜか後ろでみのりも全く同じ動きをしていた。

 とはいえそうしなかっただけで僕とて気持ちはよく分かる。

『そりゃ外敵の侵入を防ぐ為に決まってんだろ』

「ああ、あのバケモノ達ね。そりゃ無理もないか、じゃあさっさと行きましょ。あたしお城って日本でも生で見たこと無いのよねー」

 あっさり納得した風のゴスロリ衣装の春乃さんはワクワクした様子で我先にと歩き出した。

 ぞろぞろと皆がその後ろに続くと、今度は高瀬さんがまた違った疑問を口にする。

「勇者たん、この辺りは当然魔物は出るんだろう?」

「出ないことはないがこの辺り……特に関所を越えればそうそう出くわすこともないだろう。最近は一層その傾向が強くなっている」

「そうなのか? 俺は逆だと思っていたぞ? 大きな町に近づくほど敵の数や強さが増すのが普通だろう」

「何と比べて普通なのよ、ゲームでしょどうせ」

 ぼそっと僕の横で呟いた春乃さんの辛辣な言葉は届くこともなく、

「そんなに兵力があるのか? その町は」

「いや、そうではない。最初に言った通り、今この国で魔族に立ち向かわんとするのは今や私とサミュエルぐらいのものだ。討伐や地方への兵士の派遣を行わずに自衛に徹しているからこその結果なのだろう」

「でもさあ、それってちょっとずるくない? 王様が自分達の住むとこだけ必死に守るなんてさ」

「うむ、ハルノの言う通り地方……特に貴族や辺境からは不満の声も多い。だが一方では安住を求めて地方から移り住む者も増えているのだ」

「ふ~ん、あたしには政治的なことはわかんないけどさ、あんまり正しいこととは思えないなあ」

「赤心を吐露するならば私も同じ意見さ。だがそうなったのはここ最近の話だ、王としても苦渋の策なのだろう」

『この国も随分と衰退したもんだ。かつては他国にも名を知られるほどの屈強な守備隊がいたもんだがな』

「それいつの話?」

『ン十年じゃきかねぇほど昔の話だ』

「なにそれ、意味無い話しないでよね」

『へいへい』

 肩を竦める春乃さんに対し、ジャックは呆れたように答える。

 本人としては僕達が知らない情報を与えてくれようとしているのだろうけど、二人はそういうの興味ないもんね。こればっかりは相手が悪いね。

「何はともあれ俺様の新兵器が火を吹くのはお預けってことになりそうだな」

 腰に着けた銃をパシパシ叩きながら言う高瀬さんはどこかつまらなそうだ。

 なまじ凄い武器を手にしたもんだから絶えず自分を勇者だの戦士だの言っているし、何かこう気持ちが戦いとか冒険を求めているのだろう。

「魔物など出ないに越したことはないさ。ノスルクの言った通り、この先は敵のレベルも上がる一方なのだからな」

「だからといってぶっつけ本番ってわけにもいかんだろう。まあ俺は既に魔物共を追い払ったほどの実力者だから構わないがな。はっはっは」

「調子に乗んなおっさん」

「誰がおっさんだあぁぁ!」

「あ、久々ですね。このやり取り」

『……冷静に言ってる場合か相棒よ』

「まあ、日常茶飯事だから」

 そんな感じで草原をしばらく歩いていると、

「あ、何か見えますよ?」

 突然みのりが前方に見えるそれに気が付き、指差した。

 指の先には確かに建物ではない何かが建っているのが見える。

 他に建物など無い広い草原に二つ並んで建つ小さななにか。

 それが川に掛かる橋に繋がる門で、セミリアさんの言っていた関所だと分かったのはもう少し近づいてからのことだった。

 そして同時に二人の人影を捉える。

 鉄の兜と胸当てを身に付け、身の丈を越える長い槍を持ったその二人は僕達が近づいていくとその長い槍を僕達に向けたが、すぐにセミリアさんがいることを理解したらしく構えを解いた。

 それに伴ってセミリアさんの背中に隠れていたみのりも、なぜか『あいつら喧嘩売ってね?』とか言って睨みを効かせていた高瀬さんと春乃さんも落ち着きを取り戻していく。

 みのりはともかくとして、いくつかの冒険をこなし武器も手に入れた二人は元々の性格も合わさってかちょっとやそっとで怯まなくなってしまっているいみたいだ。チンピラ思考も甚だしいと思う反面頼もしいことこの上ない。

「勇者殿! 久方ぶりにございます!」

 二人のうち若い方の兵士が兜を取り、大きな声で言いながら手を差し出した。歳は高瀬さんと同じぐらいだろうか。

「ご無事でなにより。後ろの方々はお連れ様ですかな?」

 もう一人の鼻の下に髭を蓄えた中年の男もすぐに続く。

 セミリアさんは両名と握手を交わし、僅かに相好を崩して無事を喜んだ。

「二人も変わらない様子で安心した。この者達は異界で見つけた私の仲間だ」

「異界で! どおりで不思議な格好をしておられるはずだ」

「世の希望であられるあなた方に刃を向けた非礼をお許し下さい。我々はこの関所の番をしているグランフェルトの兵士です。私はタップ、こっちがスビナです。以後お見知りおきを」

 二人は揃って僕達に頭を下げる。

 すぐにセミリアさんがタップさん、スビナさんに僕達を紹介してくれた。

「右からハルノ、コウヘイ、ミノリ、そしてカンタダだ。格好こそ見慣れぬものかもしれんがいずれも信頼に足る仲間だ」

「よろしくー」

 と、春乃さんはピースを向けて笑顔で答える。

 やはり根本はフレンドリーな性格なんだなぁ。なんて考えてる場合でもないので僕も会釈を返しておいた。残る二人も僕に続く。

「どうも」

「よ、よろしくお願いします」

「いやだから……」

 高瀬さんは何か言いたげだったが、僕達の一行どころかタップさんやスビナさんもが気に留めることなく話を続けたためその先が言葉になることもなく。

 タップさんがどこか神妙な表情を浮かべたせいで僕のフォローも声になる前に消えてしまう。

「あなたが来てくださってよかった。訪問の理由は謁見ですね?」

「いかにも」

「勇者様、どうか王様を元気づけてやってくだせえ。最近の王様は特に元気が無いようで……ほとんど城から出もせず、ずっと暗い顔をしておられる」

「そうであったか……だがそれも国を憂う気持ちがあればこそだろう。どうにか国王の苦悩も取り除いて差し上げたいものだ、この国の人々の為にもな。それにはやはり魔王の打倒しかあるまい」

「我々兵士に力が無いことが歯痒くてなりません。どうか勇者様、そしてそのお仲間様の手で世界に光が差しますよう祈っております」

 もう一度、タップさんとスビナさんは深々と頭を下げた。

 その姿がいかにこの国がままならない状態であるかを示している気がして、改めて自分達が首を突っ込んだことがどれだけ大事なのかを思い知らされる気分だ。

「任せておいてくれ。必ずやその期待に応えよう、では通るぞ」

「「開門!」」

 二人の兵士が大きな声を揃えると激しい音と共に門が左右に開き、大きな橋が露わになった。

「では行くとしようか」

 そして僕達はセミリアさんの言葉を合図に門を潜り、橋へと足を踏み出した。


          〇


 この国の統治者である国王に会う。

 そんな目的の下、またまた僕達は瞬間移動用のアイテムであるエレマージリングによって付近の関所へと移動し、そこから国王の住む城がある町へと徒歩で向かっている。

 この世界の法律なんて想像も付かないけれど、何でも城下とも王都とも呼ばれるその町へと直接瞬間移動で乗り込むのは禁止されているがゆえの工程であるらしい。

 見慣れない僕にしてみれば物騒な印象しか受けない兜や鎧を身に纏い、剣や槍を持っているこの国の兵士に通行の許可を得て……といっても通行証みたいな物が必要というわけでもなくセミリアさんがいるだけで顔パスみたいなノリだったのだが、ともかく無事に通過することが出来たためそこからまた徒歩で城下? 王都? へと進んでいく。

 三十分も経たないうちに町が見えてくると、見張りなのか巡回なのか馬に乗った兵士が何人か見えてはいたものの今度は特に引き止められるでもなく内部へと進むことが出来た。

 エルシーナ町と違ってとても大きな町で大小様々なお店が建ち並び、また通りも多くの人で賑わっている。

 そしてその町並みの一番奥には大きなお城が聳え立っていて、何とも日本では目の当たりにすることなど出来ない景色に思わず感動すら覚えそうだ。

 昔学校の行事で見た大阪城と同じぐらい大きく立派な西洋風のお城で、まさか現実に外国で体験する前に異世界で体面することになろうとはという感じである。

 しかも日本のお城と違って実際にあそこに人が住んでいるというのだから凄いものだ。

 王国ならではなのかこの世界の普通なのかは知らないけど、今からあそこに行って国王に会うのかと思うと変に畏まってしまう。

 そんな異世界の都会っぽい風景に得る感慨も束の間、

「あ、ちょっとちょっと! あの店見に行っていい?」

「おい! バニーガールがいるぞバニーガールが!!」

「こらお前達、観光は後にしてくれと言うに」

 見事にバラバラな勇者様一行に急に不安が沸いてくる。

 だって絶対この人達は王様相手にも失礼な態度取るもの。目に見えているもの。

 セミリアさんが二人を連れ戻すのを見守りながらどうしたものかと考えていると、

「先に国王のところに行くと何度も言ったろう。この町は広いのだからはぐれると面倒だ、あまり離れないでいてくれ。コウヘイもミノリも……コウヘイ、ミノリはどこに行ったのだ?」

「……あれ?」

 言われてさっきまで横に居たはずのみのりの姿が無いことに気が付いた。

 慌てて四方八方へと視線を巡らせていると、胸元の声が第一発見者の役を買って出る。

『おい、あそこにいるぞ』

「え? どこ?」

『ほら、あそこにいるじゃねえか。そっちじゃねえっての』

「右とか左とかで言ってよ。わかんないよあそこじゃ」

『左だ、左。黒ずくめの女と談笑してんだろ』

「あ、いた」

 ジャックの言う方向に居たみのりは黒いローブに全身を包んだ、どこからどうみても怪しい人物と何やら話をしていた。

 色んな人がいるもんだなぁ、とは思うけど……さすがにあれは関わっちゃいけないタイプの人種ではなかろうか。

「誰だあれは、ミノリの知り合いか?」

「いやいや、僕達にこっちの世界の知り合いがいるはずないじゃないですか」

「ていうかあからさまに不審人物じゃない?」

「みのりたんは天然だからな。変な壺でも買わされそうになってるんじゃねえの」

「とにかく早く連れ戻しましょう」

 二人の言うことに全面的に同意出来るだけに。

「みのり!」

 ということで四人で駆け足で近付き、後ろから声を掛けると意外にも振り返ったみのりは笑顔だった。

 特に何かを買わされたわけではなさそうだ。そもそも買うお金を所持していないのだけど。

「康ちゃん。どうしたの? そんなに慌てて」

「どうしたの、ではないぞミノリ。心配しただろう」

「ほえ? あー……心配掛けてごめんなさい。でもこの人のお話がとっても……」

 みのりが黒ずくめの女を紹介しようとしたその時、

「チッ、勇者か」

 嫌悪感を隠そうともせず、黒づくめの女性は吐き捨てる様に言って早足で立ち去っていく。

 その言動は不審度爆上がりであることに間違いはないが、皆には聞こえていないらしく追い掛けようとする者はいない。

「……みのり、誰あれ?」

「分かんないけど、誘われたの。なんかね、幸せの教団に入らないかって。世界中の人間が幸せになれる方法があるんだって」

「……なんでこんな着いて早々怪しげな宗教に入れられそうになってんのさ」

「それでみのりんはなんて言ったの?」

「えーっとですね、やっぱり幸せになれるのはいいことだと思ったので凄いですーって言ったらいいところに連れて行ってあげるって言われました」

「おいおい、勧誘どころか誘拐されそうになってんじゃねえか」

 あまりの不用心さに僕だけではなく、高瀬さんや春乃さんも『大丈夫かこの娘』的な白い目を向けている。

 そんな中、難しい顔をしているセミリアさんがその方に手を置いた。

「ミノリ、人が良いのはいいがもう少し気を付けてくれ。幸せの教団というのは魔王軍以外でこの国を悩ませている問題の一つなのだ。通称邪神教といって、最近急激に広まっている謎の集団で入信した者はしばらくすると一様に『我が身は神の一部なり』とだけ書置きを残していなくなってしまうのだそうだ」

「怖っ、それ地味に怖いわ」

「地味にというか普通に怖いですね、確かに」

「そういうわけだ。ミノリも勝手な行動は少し慎んでくれ」

「はう~ごめんなさいです」

 反省はしているように見えるが恐らく何が自分を危機に晒したのかは理解してないであろうみのりも合流し、僕達はようやく城へと足を進めた。


          〇


 中央を真っすぐに繋ぐ商店街のような大通りを抜け、大きなお城の入り口が目の前にまで迫ると誰もが目を丸くする中で最初に驚きや感動を口にしたのは春乃さんだった。

「は~、やっぱ実物は違うわねー」

 これにはもう大いに同感である。

 資料集やテレビでしか見たことがない様な西洋風の立派なお城が目と鼻の先にある。やっぱりこういう歴史的建造物というのは近くで見ると神秘的に映るものだ。

「いつかこんなとこに住んでみたいもんよねー」

「残念だったな小娘。仮にも女であるお前はこの城に住むのは無理だ、諦めろ」

 広い敷地を見回す春乃さんに対し、何故か高瀬さんが勝ち誇った顔で言った。

 現代日本であれば炎上待ったなしの発言の意図はさっぱり分からないが、案の定春乃さんはイラっとした様子で即座に反応する。

「は? 女だから無理ってなに? 男なら住めるとでも言いたいわけ? 男女差別よそれ」

「ふっふっふ、魔王を倒した勇者はお姫様さまとゴールインってのが定番なんだよ。待ってろよローラ姫ぇぇ!」

 高瀬さんはドヤ顔を決めて、こちらのリアクションなど完全に無視でそのまま奇声を発しながら城の入り口に突っ込んでいった。

 逆により一層意味不明な変わり様に白ける僕達はポカンとするしかない。

「なに言ってんの、あいつ?」

「さあ……もう全然わかりません」

 なんて言っていると、


「ぎゃあああああぁぁぁ!」


 直後に前方から高瀬さんの断末魔が響いた。

 何事かと視線を向けると高瀬さんが城門と思しき出入口で門番らしき兵士に力尽くで押さえ込まれ、地面に突っ伏している。

 まあ……冷静に考えればそりゃそうなるよねって話なのだけど、冷静になってい場合でもないので慌てて駆け寄っていくセミリアさんを追い掛けることに。

「カンタダ!」

 僕とみのりがすぐに後に続き、横で『自業自得よね』とか言いながら深い溜息を漏らし、冷静どころか呆れ顔で冷め切っていた春乃さんも渋々後ろを付いてきていた。

「離してやってくれ、その者は私の仲間だ!」

 セミリアさんが声を張ると兵士達は一瞬身構えたものの、声の主を認識するなりハッとした表情で高瀬さんを押さえていた手を離し、揃って敬礼のポーズを取った。

「勇者殿! 貴女様のお連れだったとは、何も知らずに無礼な真似を」

「よい、こちらにも非があったことは否めん。カンタダ、本来は民間人が出入りできるような場所ではないのだ。軽率な行動であらぬ疑いを掛けられても文句は言えぬぞ?」

 セミリアさんは高瀬さんの腕を掴んで立ち上がらせつつ、兵士の方達を責める意図も筋合いもないと遠回しに伝える意味で諫める言葉を口にした。

 言いたくはないが、そんな気遣いを汲み取ってくれる男ではない。

「いてて……ったく、酷い目にあったぜ。やいてめえら! 俺様を誰だと思ってがばあ!」

 ようやく立ち上がると衣服を手で払い、ふんぞり返って今にも逆ギレせんとする高瀬さんの言葉は春乃さんによる後頭部への一撃で遮られた。

 殴られた高瀬さんは後頭部を押さえながら勢いよく振り返る。

「何すんだ小娘ぇ!」

「あんた大概にしなさいよ。あんたが暴走するからこの人達にもセミリアにも迷惑掛かってんのよ! わかってんの?」

「今のは勘違いしたこいつらが悪いだろうが。俺は被害者だ!」

「いーや、そんな人間か魔物か分かんないようなややこしい見た目してるあんたが悪いっ」

「どこがややこしいんだよ! どこに魔物の要素があんだよ、ああん?」

 結局は春乃さんと高瀬さんが腰に手を当てて睨み合ういつものパターンに落ち着いていた。

 そして今回に限っては僕でもセミリアさんでもなく、多少は責任を感じているらしく門番の一人が割って入ってくれる。

「ま、まあまあご両人、落ち着いて下さい。知らなかったとはいえ勘違いをしたのは我々です、あなた方に責任はありません。よく見たらこの方もれっきとした人間であることが分かりますしね、ギリギリで」

「よく見てギリかよ!」

「ギリはギリでもギリギリアウトの方だけどね」

「どういう意味だそれぇ!」

「おい二人とも、こんなところで揉めていては目立ってしまうだろう。少し落ち着かないか」

 結果的に仲裁どころかむしろ煽っただけといっても過言ではない兵士の言動によって一層火が点いたいつものバトルを止めたのはセミリアさんだ。

 二人とも基本的にセミリアさんの言うことは素直に聞くようで、高瀬さんもまだブツブツ言っていたが大人しく引き下がった。

 それを見たセミリアさんはやれやれと一息吐いて兵士の一人にここに来た目的を告げる。

「国王に会いたい。案内を頼む」

 兵士達は声を揃えて『はっ』と姿勢を正すとすぐに城の中へと続く門を開いて僕達を招き入れてくれる。

 ようやくこの町に来た目的が進展をみせそうだ。

「あれ? みのりんは?」

「へ?」

 城の敷地へと足を踏み入れようとした刹那、春乃さんが思い出したように言った。

 すぐに僕も左右を見渡してみるがしばらく声が聞こえないと思っていた横にいたはずのみのりの姿が無い。

『ちっこい嬢ちゃんならあそこで黒ずくめの男と話してんぞ』

「デジャブ!?」


          ○


 色々あったけどなんとか無事に城内へ入ることが出来た僕達。

 立派で物珍しい内装、見たこともない品の数々、そしてここにいる兵士や給仕の人からすれ違う度に不思議なものを見る目を向けられることも含めて驚くことも、気を遣うべきことも山ほどあったが今の僕はそれどころではない。

「いいかみのり。もう絶対知らない人についていくのはやめてよ?」

「もう分かったってば~、そんなに何回も言わなくても」

「いいや、絶対分かってない」

「子供じゃないんだから三回も同じ事しないもんっ」

「普通は二回目もしないの」

 不満げに口を尖らせるみのりだったが、こののんびりさんの場合は口煩く言うぐらいが丁度いいのだ。

 どんな奇跡が起きればこの短時間で二度も誘拐の危機に陥るのか。しかも二回目はその危険性を説明された上で自ら飛び込んでいってるのだからもう救いがない。

「みのりんはもうちょっと人を疑うことを覚えないとそのうち悪い男に騙されちゃうわよ?」

 同じくみのりを諭していた春乃さんは横目で高瀬さんを見る。

 言わんとしていることはまあ……分からないでもないが、それが喧嘩の種になるというのに。

「いくら天然キャラが売りだといってもあれはさすがに笑えないぞ。というかなぜ俺を見るんだ小娘。俺がその悪い男とでも言いたいのか?」

 予想通り高瀬さんは顔を顰めている。

 対して春乃さんは売り言葉に買い言葉な普段とまた違う反応を見せた。

「やーねえ、そんなわけないじゃん。さすがのあたしもそんな謂れのない中傷はしないわよ」

「む? そうか? 結構された気がするんだが……」

「そうよ。おっさんは『悪い』の上に『気持ち』がつく男だもんね」

「そういえばそうだったな。俺としたことがつい疑ってしまったよ、はっはっは……って笑えるかあ! そして誰がおっさんだぁぁ!」

 なぜみのりを注意していたはずが第二ラウンドのゴングがなるのだろうか。

 もう止める気にもなれないです。

「よせというに、ここをどこだと思っているのだまったく」

 今にも春乃さんに襲いかからんとする高瀬さんの襟を掴んで止めたのはセミリアさんだ。

 もうお決まりになりつつある流れの中で高瀬さんは『ぐえっ』と苦しそうな声を上げて急停止する。

「もう間もなく玉座の間に着く、国王の前でそんなことをしていたら立場を悪くしてしまうぞ」

『ったく、いい加減飽きねえなおめえらも』

 セミリアさんに続いてジャックが呆れたように言うと、


「「だってこいつが! ……ん?」」


 思わずして見事にハモった二人は顔を見合わせる。

『やれやれ、仲が良いのやら悪いのやら』

「「良くないっての! ……ん?」」

 二人は僕の胸元に向かって声を荒げ、また顔を見合わせる。

「お二人は息ぴったりですねっ」

 そんなみのりの悪意のない残酷な一言に二人は一瞬目を反らし、

「「真似すんなー!」」

 勢いよく指を差し合って同時に叫ぶのだった。

「……楽しそうですね」

 今度ばかりはみのりに同意出来た僕は、敢えて二人に聞こえるぐらいの声で呟いた。

 ほんと、仲が良いのやら悪いのやら。


          ○


 その後すぐに国王に会うための部屋であるらしい玉座の間に到着すると広い部屋の中、集まる視線と場違いな雰囲気に居心地の悪さを感じながらその国王とやらが来るのをじっと待つ流れに。

 玉座と思われる立派な椅子の前に横一列に僕達が並び、左右にはずらりとこの城の兵士が並んでいる。

 一人凛とした佇まいで立っているセミリアさんの姿とは対照的に僕は自分の中で不安が増していくのを自覚していた。

 普段から特に緊張などはしない質だが、横で不安げな顔できょろきょろとしているみのりや、

「いつまで待たせんのよまったく」

 と回りに聞こえるような声で悪態を吐き始める春乃さん。そして……、

「Zzz」

 立ったまま寝てる高瀬さんに僕はどうしたものかと思考を巡らせのに精一杯だ。

 特に後半二人は状況を分かっているのだろうかと言いたいのを我慢するのにも一苦労である。

 そう毎度毎度三人分のフォローなんて出来ないよもう……なんて心で溜め息一つ吐いたその時、

「へ?」

「お?」

「ふぇ?」

「Zzzzz」

 セミリアさんと一人を除いた僕達は室内に起こった変化に驚き、思わず声を上げた。

 僕達の左右に居た兵士達が一斉に膝を立ててしゃがみ込んだのだ。

 そして何事かと視線を泳がせたおかげでその意味を理解した時にはその人物は僕達の目の前まで足を進めていた。

「よく来てくれた、勇者とその仲間達よ」

 思っていたよりも普通の、中年おじさんが頭にキラキラと光る王冠を乗せ、ふわふわの付いた大きなマントの様な物を身に付けた男が玉座の前で僕達を見下ろした。

 見ず知らずの僕でさえ言われなくても理解出来る、この国の王が。

「ご無沙汰しております、リュドヴィック王」

 セミリアさんは一歩前に出ると脇にいる兵士達と同じように膝を立ててしゃがみ込んだ。

 僕達も同じ様にした方がいいのだろうか?

 そう思った矢先、行動に出るよりも先にリュドヴィックという名らしい国王は自虐的な笑みを浮かべる。

「そう畏まらなくとも楽にしてくれてよい。この国の希望であるそなたらに頭など下げさせては私が一層に悪政の王に思われてしまうというものだ」

 感謝します。と口にしてセミリアさんは立ち上がり、元いた位置に下がった。

 すっかり置き去りな僕達はどうしていいものやらとチラチラ辺りを見回す以外に為す術もない。

「せめてそなたらに労いの言葉でも贈りたいのだが、さすがに寝ていられると私も立つ瀬が無いのでそこは理解いただけると助かるのだがね」

 リュドヴィック王の視線が高瀬さんへと向けられる。

 怒っている様子ではないのが唯一の救いだが、冗談めかしていてもこちらにとっても周囲にとってもただ事ではないことは間違いない。

 そこで初めて寝息を立てている非常識な男に気が付いたセミリアさんは信じられないといった表情と珍しく焦った様子で男の名を呼ぶ。

「カ、カンタダ!」

 慌てて高瀬さんの方へ駆け寄ろうとするセミリアさんだったが、それよりも先に『スコーン!』という気持ちのいい音が謁見の間に響いていた。

 何時の間にか靴を片方脱いで手に持っていた春乃さんがそれを高瀬さんの後頭部めがけて振り抜いたのだ。

「起きろおっさん!」

「痛ってええ! 何すんだ小娘ぇ!」

「高瀬さん、ちょっと今は押さえてください」

 さすがにこんなところでいつものをやられては不味いと、僕は横から憤慨する高瀬さんの腕を抑える。

 すぐに高瀬さんもただならぬ雰囲気を感じたらしく春乃さんに向かっていこうとする体を止め、不思議そうに辺りを見回した。

「ん? あれ? どこだここ? お? 誰だおっさん?」

「王様ですよ、本当にそんなことしてる時と場合じゃないんですってば」

「なぬっ? 王様?」

「カンタダ……私からも頼む。もう大人しくしていてくれ、ただそれだけでよい」

 目を閉じ、プルプルと怒りに震えるセミリアさんはちょっと怖かった。

 だがそんなことで大人しくなってくれるはずもなく、高瀬さんはハッと思い出した様に嫌な笑みを浮かべるながら勝手にリュドヴィック王の前に出ると、止める間もなく親指を立てて高らかに宣言してしまう。

「国王よ、魔王を倒した後はローラ姫を幸せにしてやるから安心していいぜ」


「「「………………」」」


「「「………………」」」


「「「………………」」」


 ……お客様の中にニフラムかバシルーラを使える人はいませんか?

 そう思いたくなるほどに痛々しい沈黙がこ大広間に流れ、充満していく。

 リュドヴィック王には戸惑いのあまりの沈黙を、兵士達には驚きのあまりの沈黙を、そして僕達には絶望のあまりの沈黙を与えた高瀬さんは『あれ? 俺なんか変なこと言ったか?』とか言っているだけで状況を全く理解していない。

「ま、まあローラのことはひとまず置いておこう。それより私の話の続きをしてもよいかな?」

 僕達側の誰もが起こさなければよかったと後悔すると同時にあまりの無礼な言動に兵士達がザワつき始める中、リュドヴィック王が若干引き攣りつつ無理に苦笑いを浮かべながらもようやく静寂を破った。

 ……というかローラ姫実在するのかよ。

「私から非礼を詫びさせていただきたい。事情あってあまりこの国の文化に精通していないのです。何卒ご容赦を」

 申し訳なさそうに、セミリアさんは再び膝をついた。

 僕だけではなく皆も慌ててそれに続く。

「す、すいませんでした」

「ごめんなさいですっ」

「こいつが馬鹿ですいませーん。ほらっ、あんたもすんのよ!」

 春乃さんに頭を抑え付けられながら無理矢理しゃがまされる高瀬さんだったが、空気を読んだのか不味いと自覚したのか取り敢えず謝意を発した。

「いてて、なんだかよく分からんがスマン!」

「ま、まあよい。とにかく話を戻すとしよう」

 国王が温厚な人で良かった。

 いや、言葉程にはよくなさそうな顔だけど、ひとまず水に流してもらえたためセミリアさんは立ち上がる。

 続いて僕達も体勢を戻すと、王様も気を取り直した様に表情を真剣なものへと変え、話の続きを口にした。

「勇者よ、今一度魔王に挑むのだな」

「はい。それが私の使命です」

「だが前回の挑戦からそう時は過ぎていないであろう。勝算に変化が?」

「そればかりは何とも言えません。どれだけ力を蓄えようとも必ず勝てるという戦いにはならないでしょう、それほどに奴の力は強大なのです。しかし今の私は一人ではありません。共に戦ってくれる仲間がいる、護るべき友がいる。私と共に来てくれたこの者達を無事に帰す……それが世界の為、(おの)が使命の為と剣を取ってきた私の成すべきことに加わった今、これまでとは違う心持ちでいる自分がいるのです。今度ばかりは私も負けるわけにはいかない、その気持ちも同様に」

「良い仲間に巡り会えたのだな。私もこの国の民も、その意志が実ることを切に願っておるよ」

「必ずやご期待に」

 セミリアさんは握った右の拳を胸に当て力強く、それでいて自信のほどが伺える真っ直ぐな眼差しで答える。

 王様はその態度に満足げな顔をしたがそれも束の間、すぐに表情を暗くして天を見上げた。

「情けない話だろう、本来民を守るべき一国の主がただ一人の少女とその仲間に未来を背負わせてのうのうとしているのだ。まったく情けない……そうだ、一つ提案があるのだが」

「提案、ですか?」

「せめてもの力添えにここの兵士を同行させてはくれないだろうか」

「兵士を? いえ、それはさすがに危険が大きいかと。心遣いだけいただいておきましょう」

「そう言わずに前向きに考えてみてはくれぬか。必要なだけ何人でも何十人でも連れて行って構わない。これでいてこの国の兵士も鍛えられている、魔王討伐の可能性が少しでも上がるのならそれに越したことはなかろう?」

「しかし、あまり大所帯になると連携にも混乱が生じるでしょう、それでは逆に危険が増してしまう。私は誰一人として魔王討伐の犠牲になどしたくないと考えます。お気持ちには感謝しますが何卒ご理解を」

 セミリアさんがやや遠慮がちに頭を下げると、国王は一瞬残念そうな顔を浮かべたものの何かを思い付いたらしく途端に笑顔へと表情を変えた。

「そうか……では宴を開くとしよう」

 その急な提案にセミリアさんは事態が飲み込めていないのか戸惑いの色を見せる。

 変わりに珍しく黙って見ていた短絡的な二人が『宴』という言葉に食いついていた。

「宴とな?」

「宴ってパーティーみたいなもん?」

 そんな二人を一瞥し、セミリアさんは少しの黙考を挟んで王様に向き直る。

 ちなみに横にいたみのりが『宴って何?』という表情で僕を見ていたけど、それどころではないので気付いてないふりをした。

「しかしリュドヴィック王……」

「そう難しく考えることではない。我々の代わりに命を懸けている諸君等をせめて労うぐらいはさせて欲しいだけなのだよ。ちょうど昨日ももう一人の勇者が訪ねてきたのだが、その者も宴に参加してもらったばかりでな。それは楽しそうにしてくれていた」

「サミュエルが?」

「ああ、彼女もまた近々魔王に挑むと言うのでな。それぐらいはさせてもらわねば王としてこの国に生きる資格が無くなってしまうよ」

 まるで世間話の延長であるかの様に王様は『はっはっは』と愉快そうに笑っている。

 セミリアさんはまだ判断しかねているようだったが、王様の申し出を一度断った後だけに遠慮し続けるのも憚られるのか少し間を置いて渋々それを受け入れた。

「よし、では早急に準備に掛からせよう。部屋を用意する、それまでゆっくりしていきなさい」

 最後に国王が左手を軽く上げると、その合図で駆け寄ってきた複数の侍女によって僕達は別室に案内されることとなり僕達は玉座の間を後にした。

 

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