第一話 異世界 (5)
三か月目に入った。
この間にも、いろいろなことがあった。
俺は少しずつ魔法の性質を学び、観察を重ねることで、基本的な原理をいくつか理解し始めていた。
まずひとつ目の発見は、魔法で作った物体を永続的に維持するのは不可能だということだ。
俺は試しに、魔法で銀貨を一枚作ってみた。
これが思った以上に難しかった。小さな物体に細かい模様を刻むのは、それだけでかなりの集中力が要る。
どうにか形にすることはできた。
だが、そこへ魔力を流し続けるのをやめた瞬間、銀貨はゆっくりと崩れるように消えていった。
ふたつ目の発見は、きちんとしたルールに従って魔法を使ったほうが、結果が安定するということだ。
たとえば、十人の魔法使いに同時にウォーターボールを使わせたとする。
そうすれば、できあがるものは人によってばらつくはずだ。大きさも、安定性も、発動までの速さも、それぞれ違ってくる。
だが、もし共通の基準を設けたらどうなるか。
たとえば、右手に魔力を x 単位だけ流す。
大きさはサッカーボール程度を想定する。
表面は滑らかであること。
一秒以内に形成すること。
その後は一秒ごとに x 単位の魔力で維持すること。
そんなふうに条件を定めれば、得られる結果はかなり近づくはずだ。
そこからさらに発展させれば、魔法ごとの標準的な詠唱法や運用法も作れるかもしれない。
「……というのが、今のところ俺が分かったことです」
俺は朝食の席で、パンをかじりながらそんな話をしていた。
母さんはうんうんとうなずきながら聞いてくれていたが、表情はかなり困惑している。
「それって、セリスの言う通りにすれば、母さんも魔法が使えるようになるってこと?」
「母さんが頑張れば、できると思います」
俺は小さく笑った。
「そ、そっか……」
母さんは自分の頭をかきながら苦笑いし、それからいつものように俺の頭を優しく撫でた。
「でも、セリスは本当にすごいわ」
朝食が終わると、次は子供たちとの社交の時間だ。
そして今の俺は、ようやく自分に合った役どころを見つけていた。
「俺がわざわざ手を下す必要はない。人間ども……お前が片づけろ」
俺は大きな岩の上で脚を組み、腕を組んだまま、目の前にひざまずく小柄な少女を見下ろしていた。
クレオ。
俺たちとよく遊ぶ子の一人で、どうやら魔王の右腕役をやるのがかなり気に入っているらしい。
「はい、セリス様! 必ずご期待に応えてみせます!」
クレオは力強くそう答えた。
今の俺の役は、裏で糸を引く魔王だ。
自分では戦わない。
代わりに他の誰かを前に出して戦わせる。
……うん、これならまだいける。
そんなふうに遊んでいる間にも、俺はこの世界について大事な情報を少しずつ集めていた。
俺が今いるのは、アルヴェリア帝国。
この大陸でも屈指の巨大帝国で、今の世界における列強のひとつらしい。
現在は全体として平和な時代にある。
少なくとも、大きな戦争は起きていない。
ただし、80年前には戦争があったそうだ。期間はたった四年と短かったが、被害はかなり大きかったらしい。
そして、勇者と魔王の物語もまた、俺にとっては興味深いものだった。
あれは単なるおとぎ話ではない。
この世界の歴史の中で、実際に存在し、戦った者たちの話なのだ。
「どんな魔族だろうと、この俺のエクスカリバーの前ではひれ伏すしかない!」
ルドヴィクは木の枝を地面に叩きつけるように振り下ろし、それを聖剣に見立てて堂々と立っていた。
赤いマントは風に揺れ、本人の想像の中ではずいぶん勇ましい姿になっているのだろう。
エクスカリバー。
その名前は前の世界でも何度も耳にしたことがある。アーサー王伝説に出てくる聖剣だ。
だが、この世界ではそれが実在するらしい。
勇者が魔族を討つために授かった聖剣なのだと聞いている。
詳しいことまではまだ分からない。
ただ、本当に存在するらしいということだけは知っていた。
ひとしきり遊んで、みんなが疲れて解散すると、俺はまたいつもの川へ向かった。
ここは、俺専用の実験場みたいなものだ。
今日は実践の日だった。
自分の立てた魔法理論が、本当に正しいのか確かめたい。
「ウォーターバレット」
右手を上げ、正面の木へ向けて指を突き出す。
弾は発射された。
その瞬間、掌に軽い風圧のようなものが返ってくる。指先から飛び出したビー玉ほどの水弾は、そのまま木にぶつかり、小さな水しぶきとなって散った。
木に傷をつけるほどの威力はない。
だが、今ほしいのは破壊力ではなく、理論の裏づけだ。
結論として、ウォーターバレットは風圧によって前方へ打ち出せる。
しかし威力が低い理由は明白だった。初速が遅すぎるうえ、水そのものの圧力も低く、目に見える破壊につながるほどの力がない。
なら、質量を変えるしかない。
俺は息を吸い込み、もう一度構える。
今度は数十秒かけて魔法の安定性を調整する。
ウォーターバレットから、ストーンバレットへ。
親指ほどの大きさの石弾が飛び出した。
だが、高速で撃ち出されるどころか、のろのろと一メートルも進まないうちに、空中で砕け散ってしまう。
俺は眉をひそめた。
それでも、またひとつ分かったことがある。
質量の大きい物体ほど、維持に必要な魔力も増える。
そして、それをもっと速く飛ばしたいなら、押し出すための力もさらに必要になる。
俺は何十回も、何百回も同じ実験を繰り返した。
そうしているうちに、太陽は少しずつ傾き、やがて地平線の向こうへ沈んでいく。
そろそろ帰る時間だ。
家に戻ると、母さんはいつものように食卓で俺を待っていた。
俺たちは一緒に夕食をとり、少しだけ話をする。
そして最後に、母さんはいつも通り、そっと俺の頭を撫でてくれた。
そのあと風呂に入り、眠る。
それが、今の俺の一日の終わりだった。




