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第一話 異世界 (3)

「まったく……」


俺は大きくため息をつき、自分の服がびしょ濡れになっているのを見下ろした。


「とにかく、暗くなる前に早く帰らないと。じゃないと、母さんにすごく怒られそうだ」


そうつぶやきながら、服にしみ込んだ水を少しでも絞り出そうとする。

だが、結局そのままの姿で家へ戻るしかなかった。


しばらく道を歩いていると、前のほうに見覚えのある顔がぼんやりと見えてきた。


「セリス!?」


そう声を上げたのは、ひとりの少年だった。

名前はルドヴィク。

このあたりに住んでいる、ごく普通の村の少年で、たまに俺のところへ遊びに来ることがある。


「もう元気になったのか? それより、何してたんだよ。なんでそんなにびしょ濡れなんだ?」


俺は一瞬だけ言葉に詰まった。


「ちょっと、川で水遊びをしてきたんです」


俺は、八歳の子供にしては不自然なくらい丁寧な口調でそう答えた。


「おいおい、なんでそんなに丁寧なんだ? まだ頭ぼんやりしてるんじゃないのか?」


ルドヴィクはすぐに眉をひそめ、俺の目の前で手をひらひらと振った。


「いや……そんなことはない」


俺は相変わらず、どこかぎこちないまま返す。


「まあいいか。家まで送ってやる」


そう言って、ルドヴィクは軽く俺の肩を叩くと、そのまま隣を歩き始めた。


帰り道、ルドヴィクは友達とやった兵隊ごっこの話を楽しそうに聞かせてくれた。

想像の中で戦争を作り上げ、その中でどれだけ激しく戦ったのか。

まるで本物の戦場だったみたいに、身振り手振りを交えながら夢中で語っている。


「今度お前も来いよ。そのときは、俺がお前を相棒にしてやるからさ」


俺は黙ってそれを聞きながら、できるだけ自然に返事を返していた。


たぶん、もう少し子供らしく振る舞う努力をしたほうがいいのかもしれない。


今の俺は、もう前の世界の自分じゃない。

かつての人生は終わった。

俺がいた世界も、俺が何者だったのかも、全部過去に置き去りにされたままだ。

もう二度と戻ることはできない。


それでも、染みついた性格までは簡単に消えてくれなかった。

静けさに慣れた感覚。

情報や研究に没頭し続けてきた感覚。

そのせいで、俺は目の前のことを何でも無意識に分析してしまう。

小さなことでも、大きなことでも関係なく。


そして今、俺の頭の中は魔法のことでいっぱいだった。

魔法で何ができるのか。どこまでのことが可能なのか。

そんな想像ばかりが次々と浮かんでくる。


ほかの子供たちにとって、魔法はただの不思議でわくわくする力なのかもしれない。

だが、俺にとっては違った。

これは、徹底的に理解しなければならないものだ。


その仕組みを見過ごすことなんてできない。

どう動いているのか。

どんな法則に従っているのか。

そして何より、その限界がどこにあるのか。


それを必ず突き止めたい。


今回の転生は、ただのやり直しじゃない。

俺の中で、かつて失っていた目標にもう一度火を灯したんだ。


「セリス、セリス! またぼーっとしてるぞ!」


ルドヴィクの声に、はっと意識を引き戻される。

俺は二、三度まばたきをしてから、自分がもう家の前に立っていることに気づいた。


「もう着いたのに、なんでそんな突っ立ってるんだ」


「悪い悪い。たぶん、お前の言う通り、まだ頭がぼんやりしてるんだと思う」


「ははっ」


ルドヴィクは楽しそうに笑った。


「ちゃんと休めよ、友達。じゃあな」


俺とルドヴィクは軽く手を振り合って、そのまま別れた。


それから俺は扉を開けて家の中へ入った。

中へ足を踏み入れた瞬間、部屋の真ん中に立つ母さんの姿が目に入る。

ひどく取り乱した様子で、手にはランプを握っていた。体は小さく震えている。


「ふぅ……」


その光景を見た瞬間、俺は思わずため息をついた。

このあと何が起こるのか、すぐに分かったからだ。

そして案の定、俺の予想は外れなかった。


母さんは俺の姿を見つけた途端、勢いよく駆け寄ってきた。

泣きじゃくる声に、震えた言葉が混ざる。

怒っていて、悲しくて、でも安心もしていて、その全部が一度にあふれ出しているようだった。

言葉は途切れ途切れで、何を言っているのかほとんど聞き取れない。

ただ、何度も何度も繰り返されるのは一つだけだった。


心配したのよ。


このまま俺が自分の前からいなくなってしまうんじゃないかと、母さんは本気で思っていたのだ。


「ごめんなさい」


俺は小さな声でそう言った。

どう返せばいいのか分からなかった。

こんなふうに誰かに強く心配されることに、俺は慣れていなかったからだ。

むしろ、その感覚はひどく新鮮だった。


その夜、母さんはずっと俺のそばで眠った。

強く抱きしめられて、ほとんど身動きも取れないくらいだった。


それでも、その腕のぬくもりは心地よかった。

規則正しい寝息も、安堵したようにゆっくり打つ鼓動も、すぐ近くで静かに伝わってくる。


そして、それが俺の異世界での最初の一日だった。

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