表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第一話 異世界 (1)

荒い息とともに、俺ははっと目を覚ました。

胸の奥を圧迫されるような苦しさに、うまく息ができない。

震える指先を動かし、ゆっくりと腕を持ち上げてみる。

ぼやけた視界に映ったのは、小さな子供の腕だった。


全身には汗がにじみ、体にかけられていた毛布もしっとりと湿っている。

俺はそれを押しのけて起き上がろうとした。けれど、体にはまるで力が入らない。

ひどい立ちくらみに動きを止め、そのまま部屋の中を見回した。


小さな木造の部屋は古びていたが、きちんと片づいていた。

家具は少ない。それでもどれも清潔で、丁寧に使われているのが分かる。

俺の右手側、ベッドのそばには、誰かが身を縮めるようにして眠っていた。


若い女性だった。

ベッドに突っ伏したまま眠っていて、その手には布が握られている。

すぐ近くには水桶が置かれ、何種類もの薬草があたりに散らばっていた。


俺は少し身を寄せ、その顔をのぞき込む。

目の縁は、何日も泣き続けたみたいに赤く腫れていた。

やがてその青い瞳が、朝の光を受けながらゆっくりと開いていく。


深い赤色の髪は乱れていてもなお美しい。

メイド服を着ていても、若々しい顔立ちは隠しきれていなかった。

その目には、愛情と心配が痛いほどににじんでいる。

そして次の瞬間、震える声がこぼれた。


「セリス……目が覚めたのね……」


俺が何か言うより早く、彼女は勢いよく抱きついてきた。

あまりに強く抱きしめられて、息が詰まりそうになる。

耳元ではすすり泣く声が震え、その肩も小刻みに揺れていた。


「セリスがいなくなってしまうんじゃないかって……」


涙は止まらなかった。

それは悲しみの涙じゃない。

胸いっぱいにあふれた安堵と喜びが、そのまま涙になってあふれているんだと分かった。


俺はどう返せばいいのか分からず、ただ腕を上げて彼女を抱き返すことしかできなかった。


「今、どこかつらいところはない?

気分は悪くない?」


彼女は少しだけ腕を緩めると、俺の肩、腕、足、手、額へと次々に触れていく。

本当に無事なのか、自分の手で確かめずにはいられないのだろう。


その手は、かすかに震えていた。

ついさっきまで深い恐怖の中にいた人の手だった。


「大丈夫です、母さん。少しだるいだけです。そんなに悪くありません」


そのとき、静かな部屋にぐうっと腹の音が響いた。

この体が食べ物を求めていることを、これ以上ないくらい分かりやすく知らせてくる。


「それと……すごくお腹が空いてます」


彼女は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。

張りつめていたものが、その笑みと一緒にほどけていくようだった。


「そうよね。何日も眠ったままだったんだもの、ほとんど何も食べてないものね。すぐにスープとパンを用意してくるから、ちょっと待っててね、セリス」


そう言い終えると、彼女は慌ただしく立ち上がり、そのまま部屋を飛び出していった。


俺はベッドの端にもたれ、そっと息を吐く。

そして窓の外へ目を向けた。

ちょうど朝日が地平線をなぞるように差し込み、見慣れない景色を照らしている。


ここは、俺がいた世界じゃない。

そして、この体も、俺自身のものじゃない。


セリス・フォンブラント。

それが、この少年の名前だった。


大貴族に仕える侍女の息子で、母親と二人、小さな家で暮らしている。

そして、この体が死にかけていた理由は、とても単純だった。


天然痘。


この一週間、少年の体は高熱にうなされ、ほとんど動くこともできなかった。

症状は日ごとに悪化し、二日前には限界が近かったらしい。

そこからさらに容体は長引き、ついに命の灯が消えた。


そのあとで、俺が目を覚ました。


つまり、この子はもう助からなかったのだろう。


かわいそうな子だと思う。

倒れてからずっと、つきっきりで看病していたのは母親だけだった。


彼女はただの侍女だ。

医術の知識なんてないし、重い病を治すこともできない。

できたことといえば、薬草を摘んできて煎じ、少しでも症状が和らぐよう祈ることだけだった。


もちろん、彼女は仕えている公爵にも助けを求めた。

けれど、公爵はまるで取り合わなかった。


侍女の子供など、彼らにとっては何の価値もない。

生きていようと死んでいようと、風に舞う塵ほどの違いもないのだろう。


父親については、母さんは一度も口にしたことがない。

本当に一度もだ。

まだ生きているのか、それとももういないのかすら分からない。

けれど、今となってはそれも大した問題じゃなかった。


俺はベッドから体を起こした。

疲労はまだ全身にまとわりついていて、力の入らない足は今にも崩れそうになる。

それでも歯を食いしばって体を支え、どうにか部屋の隅に置かれた古い木の机までたどり着いた。


その上には二冊の本が置かれていた。

一冊は薬草治療の手引き。

もう一冊は、基礎魔術の本だ。


年の初めに母さんが買ってくれた贈り物だった。

八歳の子供にとって、この時期はちょうど学びを始める年齢らしい。


貴族の家なら、家庭教師を雇って一対一で勉強を教える。

そして十二歳で学院に入る前に、必要な準備を整えるのだという。


けれど、平民は違う。

家族が読み書きを教えるか、そもそも学ぶ機会そのものがないことも多い。

幼いうちから家の仕事を手伝わなければならず、学校へ通わせる金がない家も珍しくなかった。


それでも母さんは、俺に最高の教育を受けさせたいと願っていた。

いつか王宮で働けるように。

学者のような立派な仕事に就けるように。

自分のような苦労をせず、もっといい人生を歩んでほしいと願っていた。


ただ、彼女自身が多くを学んだわけじゃない。

文字を少し読める程度で、簡単な計算ができるくらいだ。

病気をどう治すかも分からないし、どんな薬を使えばいいかさえ知らない。


それでもなお、彼女は俺のために本や手引きを探してきてくれた。

侍女一人の給金ではとても苦しいはずなのに、それでもだ。


そのとき、扉が開く音がした。

同時に、食べ物のいい匂いがふわりと部屋に広がる。

母さんが朝食を載せた盆を持って戻ってきたのだ。


「もう、起き上がっちゃだめよ、セリス。まだ治りきってないんだから」


「大丈夫です。平気です」


「まずは食べなさい。力をつけないとね」


彼女が盆を置く。

目の前のスープは、とてもいい香りがした。

肉は入っていないようだったが、にんじんやレモングラス、それに粗く刻まれた香草がたっぷり入っていて、素朴なのに食欲をそそる。


焼きたてのパンは、表面が香ばしく、ひと口かじれば焼きたての小麦の香りが口いっぱいに広がった。


きっと、他の人から見れば質素な食事だろう。

けれど、弱りきった今の俺にとっては、それは暗いトンネルの先に差した小さな光みたいなものだった。

高価な料理ではない。

それでも、栄養と、そして母さんの愛情がしっかり詰まっていた。


俺は夢中でそれを平らげた。

スープは一滴も残さず飲み干し、パンも欠片ひとつ残さず食べる。


その間、母さんは静かに水を注ぎ足しながら、嬉しそうに俺が食べる姿を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ