絶望
「……エリザベスは、今夜死ぬ」
わけがわからかった。
(え?死ぬってどういうことだ?結婚するだけじゃないのか?何が起きるんだ?)
「どういう意味ですか?」
自分の立場も忘れて、鋭い声になった。
「エリザベスは、寝床でベヒモスを殺害するつもりだ。彼女がベヒモスを殺せても、殺せなくても……彼女は、殺されるだろう」
「何で……。そんなことするんだよ……。意味わかんない。あいつ、結婚して、幸せになるんじゃなかったのかよ。エリザベスは、お前の妹じゃないのか。何で止めなかったんだよ」
混乱してヨエルが国王であることも忘れて、なじってしまった。だけど、彼女を止めなかったヨエルに対しても、ボコボコにしてやりたいくらい激しい怒りが湧いてきた。
「私だって止めたかったに決まっているだろう」
ヨエルが、今まで聞いたことがないくらいイラついた声を出しながら、テーブルをドンと殴った。そのあまりの迫力に、ついビクッとしてしまう。
彼の目は、今にも泣きそうなくらい充血している。その胸が張り裂けそうな顔を見ただけで、彼がどんなに妹を愛していたかわかった。
「それが、エリザベスの願いだった。好きでもない男に抱かれるくらいなら、死にたいって。その言葉には、嘘はなかった。彼女は、自殺未遂まで起こした」
エリザベスが、兄に殴られた跡を見たことがある。あれは、ヨエルがエリザベスの自殺を止めた時のものだったのかもしれない……。
ヨエルは、ゴクリと唾を飲んだ後、「もう帝国との戦争は、避けられない」ときっぱり告げた。彼の赤い目に、フィオリを試すように見ていた。
「エリザベスが、この国の救世主になるか、悪女になるかは、私たち次第だ」
「ははっ……。何それ……。すっげぇ自己中な女だな」
そう呟いて、あの日、エリザベスが悩んでいたことを思い出す。そんなエリザベスに向って、フィオリが好きに生きていいと言ったのだ。それで、彼女は覚悟を決めたのだろう。
「いや、それを提案したのは、俺だ。そんな自己中なら、国民なんて見捨てて、どこかへ逃げてしまえばよかったのに……」
(俺だって……それをいくらでも手伝ったのに……。あの時、本当は、彼女は、俺がそう提案してくれるのを待っていたのだろうか。俺は……彼女を幸せにする自信がなかったんだ。だから、何も言えなかったんだ。バカな男だ……)
フィオリは、赤くなった目を隠すように手で覆った。
「それに、ディアボロン帝国から大量の持参金もふっかけられていた。それは、国家予算でも足りなかった。戦わなければ、ルートピアでは、またあの飢饉のような被害が起きていただろう」
「え?でも、祭りは……」
祭りにも、花火にも、国家予算が投じられたはずだ。
呆然とするフィオリに向って、ヨエルは「最後に国民に、花火を見せたかったんだ。仕方がない」と平然と言ってのけた。
(こいつ……。ディアボロン帝国に払う金が足りないことを知りながら、国民のために祭りを開いていたのか!?何て奴だ。イカれている。最初から、戦争する気満々だったのか。死にゆく国民のために、祭りで花火ぶち上げるとか、最高すぎんだろう!)
エリザベスといい、ヨエルといいチェルノボグは、頭がおかしい。
「今から助けに向かえば、エリザベス様は、助かるんですか」
「エリザベスは……助からない」
「でも、すぐに殺されるとは限らないはずです。ベヒモスを殺したら、きっとしばらくは牢屋にでも入れられるでしょう」
「私が……これから、ディアボロン帝国に大量の爆弾を打ち込む。だから、彼女は死ぬ」
「そんな!別の方法はないんですか」
思わずフィオリは、グッと身体を乗り出した。
「私だってそんなことしたくない。だけど、あいつが泣きながら望んだんだ。嫌いな男にレイプされるくらいながら、粉々になりたいと……。ディアボロン帝国は、魔術師が多い。対抗するには、爆薬でも打ち込まないといけない。俺は、兄として……国王としてできることをするだけだ」
ヨエルは、悪魔に魂を売ったような雰囲気をしていた。大事な存在を手放すと同時に、決意を固めたのだろう。
(エリザベスが……死ぬ……。爆弾で粉々になる……)
自分は、まだあいつに大事なことは何も言えていないのに……。くそっ。右の手をギュッと握りしめる。何も知らなかった自分が憎かった。
ふと、世界が破壊されるような大きな音がした。西側からだ。
(何が起きた?)
窓から外を見ると、山火事でも起きたように辺りが火の海になっていた。
「あ……」
ヨエルも、言葉を失い窓から外を眺めている。
顔中に汗を浮かべている衛兵が、ノックもせずに入ってきた。
「大変です!ヨエル様。集めていた火薬が、何者かに爆破されました。ほとんどが、爆発しています。もうディアボロン帝国と戦えるだけの武器がありません」
爆弾なしで、最強の魔術師軍団がいるディアボロン帝国と戦わないといけないのか……。
エリザベスの生存する確率が、5%くらい上がったかもしれないが、状況は絶望的だ。
フィオリの背中に冷たい汗が流れ落ちた。




